天使で悪魔




人形遣い




  人形。
  人の形をした、モノ。
  人ではない。
  操り人形、というものがこの世界にはある。
  糸で操られた、人形。

  操り人形は人間の持つ糸で操られ、それを操る人間は神々の御手で操られている。
  ……滑稽。
  ……極めて滑稽。
  神様なんて存在しないそんなのはただの御伽噺無意味な話。そう、きっとそう。
  でもあたしは思う。
  ……あたしは一体、誰の為に人形でいるのだろう……?






  「がぁっ!」
  「ぎゃっ!」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……っ!」
  悲鳴。
  絶叫。

  場を支配するのは死への絶望と、血の吹き出る音、肉の裂ける音、骨が砕ける音。
  夜を支配するのは暗殺者。シシスを信奉して夜母を愛する死の具現の実行者。

  全ての用心棒が始末され、肥え太ったインペリアルの武器商人は這いずりながら逃げ惑い、倒れたテーブルの陰に隠れる。
  ヒュン。
  あたしが手を振るう。

  途端、テーブルは真っ二つに裂けた。
  「待て待て待て待て待て誰に頼まれた金は倍出すいやいやいや三倍出すだから頼む殺さないでくれっ!」

  「……」
  ヒュン。
  躊躇わず手を振るう。どさり。彫像の影で弓を構えていたダンマーの女性は、彫像ごと切断され、その場に崩れる。
  鋭利な刃物は持っていない。
  あたしの手にあるのは糸。指から伸びる、見えない糸。
  あたしは人形遣い。
  操るは人形、そう神々の人形である、人間達だ。
  そして操るべきはただ一つ。
  ……その者達の生死。

  ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンっ!
  壁が、裂けた。砕け、破片が飛ぶ。
  いや破片だけではない。斧を手にしたノルドが……ノルドだったものが、そこに転がっていた。
  「おいおいレクターさんよぉ。お前さん、死の商人で金持ってるんだからもっと強い奴雇えって。ケチって死んだら誰が金使うんだ?」

  白い髪をした、中性的な顔立ちの存在。
  綺麗な服を着て大人しくしていたらおそらく誘拐されるであろう、存在。
  金持ちなら愛玩用としてさらうその存在は、人ではない。
  「フィフス、暗殺の意味分かってる?」
  「分かってるぜフォウ。要は全部ぶっ壊せばいいんだろ? 殺しゃ同じさ。物食って腹の中で同じになるのと一緒だ。けけけっ!」

  愉快そうに笑う。
  彼……性別はないけれど、彼で通しましょう。
  彼はフィフス。
  有史以前に世界を支配したアイレイドの自律戦闘人形マリオネット。
  肉体的に劣るアイレイドのエルフ達が、反乱を起こした奴隷である人間達を制圧する為に造り出した魔法機械であり、魔法こそ行
  使できないもののその戦闘能力はオークですら素手で粉砕する。

  最も実戦投入が反乱後期だった為、大量には生産されずあまり現存していない。
  また現存していても今の技術では修復は不可能に近く、フィフスはそういう意味で奇跡的に存在している。

  「フォウ、とっとと終わらせようぜ。お前だって仕事終わらしてあのおっさんの説法聞きたいんだろ?」
  「おっさんと呼んではいけません」
  「ありゃおっさんだぜ、実際。まったく、お前がファザコンなのはいいがあのおっさん、ロリコンじゃあねぇぜ?」
  「黙りなさい」
  「……はいはいご主人様。貴女の命令には逆らいません」

  勝手にしてくれ、そう言いたげに煩わしそうに手を振った。
  標的レクターを見る。
  太ったインペリアルは絶命している部下の手からロングソードを奪い、こちらに向けている。
  ヒュン。ヒュン。ヒュン。
  手を振る度にその剣は輪切りになり、使い物にならないただの鉄くずに変じる。
  「慈悲を乞いなさい」
  「た、頼む殺さないでくれあんたの言う事はなんでも……」
  「あたしにではありません。神に祈りなさい」
  「か、神に頼んでも意味はないっ! た、頼むよお嬢ちゃん助けておくれ……っ!」
  「あたしでは貴女は救えない。あたしは闇の一党の殺し屋。九大神とは無縁、だから救えない。神に祈り、来世でやり直しなさい」
  「あ、あんたからも何とか言ってくれっ!」
  跪きながらレクターはフィフスに叫ぶ。フィフスは馬鹿にしたように笑った。
  「けけけ、俺? 悪いな、俺はフォウが定めた結果にしか興味はない。こいつ、どうするよ?」
  「神の御手に送ります」
  「……だとさ。残念だったな」
  「か、家族がいるんだっ! 頼む、見逃してくれっ! 生まれたばかりの……っ!」
  ヒュン。
  ……ごろり。生首が一つ、転がる。
  自分の死をまだ気付いていないのか、続きを物語ろうと口は開いたままだ。
  「けけけ。随分自分勝手だな、こいつ。お前が不正に売買した武器で、死んだ他人様の家族の事は考えてねぇっ!」
  けらけらと笑い、フィフスはここを去ろうとあたしを促す。
  夜がもうすぐ終わる。
  既に死に満ちたここに、確かにもう用はない。
  「……どうぞ神よ、彼らに祝福を」
  「おいおい殺しておいてまたお祈りかよ。お前、潔癖か?」
  「あたしは罪人」
  「悲劇のヒロイン気取るなよ。何やったって、何言ったって、死んだ奴は生き返らないしお前の犯した罪だって消えはしねぇ。まったく生
  きてる連中は意味不明だぜまったくよぉ。だったら最初から何もしなきゃいいじゃねぇか。けけけっ!」
  「……」
  辛辣な言葉。
  生まれながらの暗殺者であるあたしにとって、別の道を選択する自由はなかった。
  血塗られた両親から生まれたあたしは、生まれながらに両手は真紅に染まり、乳臭い肌ではなく血臭と死臭を撒き散らす。
  ……そしていずれ任務の際に死に、腐臭を。
  ……臭うかな。
  ……このままマーティン様の聖堂に説法を聞きに言ったら、臭うかな?
  立ち尽くすあたしを見て、頭を掻きながらフィフスは言う。
  多少、慰めと言い過ぎたという後悔を含んだ口調で。
  「俺はお前の物だ。お前の命令しか聞けないように、なってる。お前がそうしろと言うなら小うるさいサーシャの婆も闇の一党の連中も
  殺してやるよ。だがお前は何も言わねぇ。何故だ、嫌じゃないのかよ?」
  「……あたしも、人形だから」
  「……」
  「逆らえないように、躾けられてるから。……それに今更、別の生き方なんて……」
  「ああもうっ! イライラするぜ、まったくっ!」
  「……ごめんなさい」
  「ったく。生きてる連中は面倒だぜ。おら、行くぞ」
  「うん」
  あたしは人形を操る、人形遣い。
  ……そのあたしは誰に操られているの……?