私は天使なんかじゃない
ホットライン
そして人類は過ちを繰り返す。
西海岸。
かつてエンクレイブが台頭し、その後BOSにエンクレイブは敗退。
基盤を失ったエンクレイブは東に撤退。
覇権を握ったBOSではあるものの、その牽制は長くは続かずに新カルフォルニア共和国、NCRと西海岸の覇権を争って抗争、長きに渡る戦いはNCRの勝利と終わる。
その基盤を盤石なものとしたNCRは西海岸に残留したエンクレイブ残党を一掃、BOSは決戦を避けて地下に潜った。
NCRはさらに勢力を広げる。
旧世界の国家体制を具現化させた稀有の国家となり、各地方に対してNCRり権勢を広めていった。
そしてNCRは更なる領土拡大を求めてモハビ・ウェイストランド、かつてのネバダ州に向けて進軍。
2274年。
NCR、モハビ・ウェイストランド侵攻。
ミスティがボルト101から這い出す一年前に、侵攻作戦は開始された。
だがそれとほぼ同時に東の大国リージョンもまた侵攻。
両軍はモハビ・ウェイストランドの覇権を巡って激しい戦争を始める。
長い長い戦いの始まり。
だが、その戦いは終わりの兆しを見せつつあった。
NCR。
NCRとは国名でもあり、首都の名もNCR。
大統領官邸。
執務室。
「ふむ、それは朗報だ。君を司令官に抜擢したのは、間違いではなかったようだ」
黒いスーツを着込んだ男性が椅子にゆったりと腰を掛けたまま電話をしている。
室内には彼だけ。
名をアーロン・キンバル。
現NCRの、終身大統領。
「戦争終結の手筈は君に一任するよ、オリバー将軍」
<ありがとうございます、キンバル大統領>
電話の相手。
リー・オリバー将軍。
NCRモハビ・ウェイストランド駐留軍の総司令官。
議題は停戦について。
実のところこの戦争の落としどころを将軍はリージョン側と話し合い、その話が付いていた。
泥沼化しつつあるこの戦況をNCRだけでなく、リージョン側も辟易していた。
だから。
だから非公式に落としどころを探っていた。
それが形になりつつある。
最終的な停戦交渉の裁可を、将軍は大統領に求めて現在交信している。
NCR国内も長期化するこの戦争に対しての反対論も相次いでおり、議会制および民社主義を前面に出している国家としてもこの不満は抑えきれるものではなかった。
幸いリージョンも乗り気だった。
今までいくつもの部族を併合し、モハビの東を全てリージョン領にしてきたシーザーではあったが、今までNCRほどの兵力を相手にしたことはなかった。リージョンはシーザーのカリスマ、戦争の
勝率100%で成り立ってきた勢力故に長期化はシーザーの足元をすくわれる結果となる。だからお互いに停戦協定は願ってもない状況となっていた。
後はどちらの対面も立つ落としどころだけだ。
「停戦協定にはシーザーが出て来るのかね?」
<いえ。最高司令官のジョシュア・グラハムが出て来るようです。なので一任してくれるのであれば、私が出ればよいのではないでしょうか>
相手も現地司令官ならば、自分が出るまでもないだろう。
キンバルはそう考えた。
「分かった。その件は君に任す」
ザー。
「将軍?」
ザー。
何の反応もない。
ノイズだけだ。
<お初、ですね>
「誰だ、お前は」
知らない声。
それは女の声だった。
この回線に割って入ってこれるわけがないし、将軍がいきなり女性に代わる意味もない。
「誰だ、お前は」
もう一度繰り返す。
<エンクレイブ大統領クリスティーナ・エデン>
「な、何っ!」
ガタっと椅子から立ち上がる。
偽物か。
それとも……。
「悪い冗談だな」
キンバルはそう言い、デスクの上に置いてあったボタンを押す。数秒で扉が開き、秘書が入ってくる。
「調べろ」
小声で言うと、再び電話に言う。
「それで、何の用かな」
たちの悪いハッカーか何かが騙っているのだろう。
そう思いながら探知の時間稼ぎをする。
「エンクレイブの大統領殿が何か?」
<お互い大統領同士なのにコンタクトする手段がないのも不便かと思ってね、ホットライン開設などいかがかと>
「それはいい」
既にたちの悪い悪戯だと断定している。
キャピタル・ウェイストランドに送り込んだ諜報部隊は壊滅したと既に報告は届いてはいるものの、作戦そのものは完遂したという報告も来てる。
移動要塞は吹き飛んだ。
大統領もろとも。
エンクレイブの各方面の基地に潜り込んでいる諜報員たちからも異常なしと来ている。
つまり。
つまりエンクレイブは頭をもがれた、終わった組織。
今更ホットラインもクソもない。
エンクレイブに手を出したのはかつて連中が西を支配していたころの恐れであり、この感覚は西海岸に古くから住む者にはありふれた感情だった。
だが状況は変わった。
変わったのだ。
NCRはかつてのエンクレイブ以上の勢力となり、西の雄となった。
BOSなど恐れるまでもない。
時代は変わり古い勢力は退場していく。
それが世の習いであり、理。
だからこそ東で再建しつつあるエンクレイブに対してトドメを刺す意味で、諜報部隊を送り込んだ。
そして成功した。
エンクレイブの復活はもうあり得ない、あとはリージョンとの和平が終われば領土拡大も滞りなく進み、そして和平そのものは決定事項となっている。
大統領としての自分の立場も安泰だ。
ガチャ。
扉が再び開く。
秘書だ。
顔が強張っていた。
「正確な発信元は不明ですが、東です。軍事要塞ドーンが含まれる一帯からです」
「何、だと?」
軍事要塞ドーン。
シカゴの地下にあるとされるエンクレイブの拠点。
キャピタル・ウェイスランドにあった本拠地レイブン・ロック壊滅後は指揮権限が軍事要塞ドーンに一元化された。当然エンクレイブ大統領もそこに座し、全ての命令を下している。
ただの悪戯ではない。
だが、手の込んだ悪戯とも考えられなくはない。
<どうかしましたか?>
「お前は、本当にクリスティーナ・エデン……」
そこまで言って気付いた。
その名は公式化されてはいない。
少なくともエンクレイブが健在だと知っているのはNCR上層部だけで、公式にはエンクレイブは壊滅したことになっている。騙るにしても現エンクレイブ大統領の名を知る者がいるだろうか。
つまり、これは……。
「何の、用だ」
<キツネ狩りが全て終了したので、ご挨拶をしようかと>
「……」
キツネ狩り。
諜報員たちを差す隠語だろう。
<そちらには問題なしと報告させた後で処刑しました。次の定時報告はないでしょうね>
「……」
今すぐ確認する術はない。
ハッタリかどうかは直に分かる。定時報告を待てばいい。
だがどこで情報が漏れたのか。
全ての諜報部員の所在を知る者はアイリッシュ中佐だけだが彼女も死んだという報告がある。裏切りか、それとも……。
<西海岸はこれから良い気候でしょうね、過ごしやすそうだ。そちらで過ごそうと思います。それでは、また>
ザー。
通話が途切れた。
無言で佇む大統領。
これはクリスにとって、あくまで虚勢だった。実際は建て直しの為に数年が掛かり、立て直し後も近隣にはメッカニアという勢力がいる。動ける状況ではなかった。
だから。
だから敢えて攻め入るという表現は使わずに、しかし攻めるというニュアンスも含ませていた。
攻めると言って攻めなければ、実際攻めれないのだが、そうなればエンクレイブをキンバルは下に見るだろう。だからそうは言わずにニュアンスに留めた。
クリスとしては精一杯の強がりであり、今回の件での牽制だった。
だがキンバルはそうは取らなかった。
エンクレイブ再来。
それを真に受けた。
結果……。
「閣僚たちを集めろ、将軍たちもだっ! 和平会談の席でリージョンを皆殺しにしろっ! 禍根を断てっ! エンクレイブが戻ってくるぞ、備えねばならんっ!」
こうしてモハビ・ウェイストランドは混乱へと突き進む。
そして人は過ちを繰り返す。