私は天使なんかじゃない







決着の行方





  全ての幕は下りた。





  「クリスっ!」
  「妙な縁だな、我々は」
  灰色のコートを纏った女がいる。
  クリスティーナ。
  部下を押しのけ、前に出てくる。
  私も前に出る。
  「おい、優等生」
  「乗ってて」
  「ミスティ、そんなことしている……っ!」
  「サラ、いつでも飛べるようにしておいて」
  クリスを見る。
  彼女も私を見る。
  久し振りの、顔合わせだ。
  最後会ったのはいつだ?
  ああ、ピット以来かな。
  あの動乱が終わって帰ってからは実質会ってない。キャピタルに戻ってからはすれ違いだった、そしてエンクレイブの到来。

  「主、ここは危険ですっ!」
  「閣下、核が落ちますっ!」

  同時に甲板に上がってくる人物。
  グリン・フィスと橘藤華。
  どちらもボロボロだ。
  戦っていたのかな。
  そして少し遅れてデリンジャーが現れる。どこにでも現れるな、本当に。

  「ボス、本当にいいのかよ?」
  「優等生が言うんだ、仕方ねぇよ。レディ・スコルピオン、早く乗れ」
  「了解だよ、ボス」

  トンネルスネーク、搭乗。
  この時降下したBOS部隊も各々ベルチバードを鹵獲して飛び立っている。サラが事前に命令していたのだろう、上空に展開していた編隊も、GNRのジェットヘリも飛び去って行く。
  地上軍も撤退済みかな。
  さすがはサラ。
  用意周到だ。
  「核? どういうことだ、藤華」
  「NCRです」
  「NCR? ああ、私もオータムも、いや今回のことでエンクレイブ全体はNCRに踊らされていたということか」
  「はい、閣下」
  「軍事要塞ドーンに帰ったら報復だな。お前たちは搭乗し、撤退せよ」
  兵士たちに命令する。
  訓練され、忠誠を誓っている兵士たちもさすがに大統領を置いて撤退するのは想定外の命令らしく、ざわめき、副官の橘藤華に視線が集中する。
  彼女は軽く息を吐き……溜息だな、あれ……ともかく息を吐き、それから頷く。
  兵士たちは敬礼し、ベルチバードに搭乗していく。
  そして飛び立つ。
  だがその内の一機は甲板に待機したまま。
  クリスの脱出用に待っているということか。
  「藤華、お前も搭乗していろ。1人で充分だ」
  「真似しないでクリス。グリン・フィス、私だけで充分よ、乗ってて」
  それぞれの懐刀は、どちらも似た性格らしい。
  お互いの陣営のベルチバードの側に立つ。
  「僕は中で待たせてもらいますよ、ミスティ」
  「ご勝手に」
  「水を差すのは悪いことですよ、グリン・フィスさん」
  「言われなくても分かってる。見届けるだけだ」
  デリンジャーはサラの操縦するベルチバードに乗る。
  これで。
  これで私とクリスのサシでの勝負だ。
  「久し振りだな、ミスティ」
  「旧交を温めている場合じゃなくない? 核が落ちる、ここに。私としてはさっさと帰りたい。それに」
  「それに?」
  「別に久し振りでもないでしょ」
  相手の目を見ながら言う。
  ゆっくり。
  ゆっくりとお互いに円を描くようにじりじりと動く。
  私のホルスターにはミスティックマグナム。
  クリスのホルスターにはピストル。
  コートに何か武器を仕込んでいるのかもしれないけど、分からない。
  「久し振りではないとは?」
  「とぼけるのはいらないのよ。レイブンロックでのエデン大統領、あれあなたでしょ?」
  システムオンライン。
  そう、機械のエデンは論破された時に言った。
  つまりあれは……。
  「クリス、私とパソコン越しに話してたでしょ?」
  「ふふふ。ああ、バレてたのか。そうだよ、あれは私だ。モニターしていたらお前が論破した。理論が破綻したジョンは消滅した。別に想定していたわけではなかったよ、アドリブだ、うまかったろ?」

  バッ。

  お互いに銃を抜き、構える。
  私は両手にミスティックマグナム、彼女は片手でグロッグを引き抜いた。
  照準は頭。
  クリスはどこまで私に勝てると思っているのだろうか?
  まともに撃ち合って勝てるとは思ってないはず。
  私は能力者。
  彼女は違う。
  まあ、どこまでがフェイクかは分からないから、実はクリスもデリンジャーとかレッドフォックスとかとタメを張れるだけ強いのかもしれないけどさ。
  クリスが口を開く。 
  「ついでに言うと」
  「ん?」
  「R-L3軍曹も、お前とグールが乗っていた警戒ロボットも私だ」
  「ああ、そうですか」
  リミットは限られてる。
  核が落ちる。
  そしたらさすがの主人公補正でも生き残れない。
  能力駆使してたら時間の壁を超えて生き延びました、とかいう展開はさすがにないだろ。
  トークを楽しむ気はない。
  問題は、この状況でクリスはトークを楽しんでいる感があるということだ。
  状況分かってるのか?

  「閣下、あまり時間はありませんっ!」

  ですよね。
  「クリス、あんたは一体何なの?」
  「エンクレイブによって生み出された究極の人間だよ。200年前にな。優秀な遺伝子全てを組み合わされて生み出された、究極の人間だ」
  「200歳ってこと? ああ、そういえば皺が意外に多いわね。肌年齢は私の勝ちね、おばあちゃん」
  「そういう軽口は好きだよ、本当に」
  「……」
  ねっとりとした言い方したぞ、こいつ。
  レズなのはフェイクじゃないのか?
  うーん。
  「200年というのは便宜上の言い方だ。正確にはもっと前から存在しているが、200年の方がキリが良い数字だからな。私は……何歳かな、10歳ぐらいまでは普通に過ごしていたよ、研究所の
  中だったが。それからは氷漬けだ。何か助言が欲しい時には解凍され、終われば冷凍だ。その繰り返しだよ。唯一の友達はハニーだけだった」
  「ハニー?」
  どこかで聞いたような。
  「犬だよ、私が多分9歳ぐらいの時に飼ってた犬だ。その後私は氷漬けにされ、解凍されたのはハニーが老衰で死ぬ直前だ。犬は人生の友だな、あの子は私を覚えていたよ。尻尾を振ってくれた」
  「ハニー、エンクレイブラジオか」
  「ははは、その記憶力はさすがだな。年老いた犬、ハニーだ……そう、ジョンの言い回しだよ、ラジオのな」
  何となく分かってきたぞ。
  確かに。
  確かに違和感があった。
  あのラジオ放送、エデン大統領の追憶が織り交ぜてあった、しかし表現が、性別が時に変わっていた。
  クリスが歌うように言う。
  「エンクレイブとは私だ。姉であり、叔母であり、友人であり、隣人でもある。ジョンは私の人格コピーだ、そこに歴代の大統領の経歴全てを上乗せした存在だ。私の部分を修正しそこなったようだな、あいつ」
  「クリス、あんたは何なの?」
  「相談役だ。いや、相談ボックスとでも言うべきか? エンクレイブにとって私は生きたスーパーコンピューターだ。助言を与える、それだけ」
  「ああ、エンクレイブにとってのオカルト、か」
  「その言い回しはオータムに聞いたのだな? まあ、その通りだ。私はある意味でオカルト、化け物だ。そんな風潮を嫌った男がいたな、リチャードソン大統領だ。彼は私に聞いた、ミュータント化した
  人類、つまりはエンクレイブ以外を統べて殺すのは良策かと。私は否定した。相談終了、氷漬け。再び解凍されたときは西海岸でエンクレイブ壊滅、基盤を全て失っていた」
  「そしてジョン・ヘンリー・エデンをエンクレイブは作った?」
  「そうだ。私の人格コピーだよ。ああ、さっきも言ったな。西海岸では私が否定した通りになり、エンクレイブは私を必要以上に恐れることになった。だが良いこともあった」
  「良いこと?」
  「人手不足だ。人材が足りなくなった。そこで、私が解凍され、この歳まで成長した。藤華も含め」
  そこで彼女は忠臣を見る。
  私に視線を戻す。
  「藤華も含め私の親衛隊は私の素性を話してある」
  「その親衛隊のことだけどカロンとハークネスは拘束、リナリィって奴は倒したわ」
  「シグマ分隊も潰したらしいな」
  「シグマ、ああ、あいつらか、ええ倒したわ」
  「リナリィに譲りはしたが元々は藤華の部下たちだ。私がお前と旅をしていた時には藤華が率いて護衛していた。GNRにもいたよ、感謝しろ、私がお前の命を救ってやったんだ。塵のように死ぬ前にな」
  「ああ、そうですか」
  動いた。
  同時に。
  だがクリスは左手をコートの右懐に手を入れて別の銃を引き抜き、私に向ける。

  バヂィィィィィィっ!

  「……っ!」
  痺れた。
  私の体が。
  これ、銃型のスタンガンかっ!
  電極が右腕に刺さってる。痺れで右手の銃を落とした。
  「何の対策もしないとでも思ってたのか、ミスティっ!」
  「Cronusっ!」
  時を止めて腕に刺さっている電極を、スタンガンから伸びワイヤーに繋がっている電極を引き抜く。
  ここに至るまでに能力を使い過ぎた。
  連戦続きだ。
  特にレッドフォックス戦もあったし、日を空けはしたもののデリンジャーとも全力でぶつかってる。
  疲労が激しい。
  蓄積してる。
  私はこの場から動き、能力を解除する。
  Cronusをこれ以上使うには消耗し過ぎている。

  ドン。ドン。ドン。ドン。

  クリスの視界から消え、私は奴の右側に出現。いや、私は停止した時間の中を歩いて移動したんだけど、クリスにしたら瞬間移動したように映るだろう。
  スタンガンを吹き飛ばす。
  さらにクリスの頭を吹き飛ばすように撃つものの全く当たらない。
  クリスも反撃してく。
  撃ってくる。
  自動発動、スロー化。緩くなった時間の流れの中で私は反撃、攻撃を避け、視界を逸らして時間を元に戻す。
  彼女のピストルの銃口にマグナムを叩き込む。

  ボン。

  暴発し、彼女の手は血まみれとなった。
  だが屈しない。
  懐から小型拳銃、32口径ピストルをこちらに向けた。
  「懐かしい銃」
  「旧交を温めるには必要かと思ってね?」

  「閣下、お早くっ! もう時間がありませんっ!」
  「主っ!」

  外野が騒ぎ出したな。
  お互いに自分以外の命も連帯させてしまっている、これ以上駄々をこねて留まり続けるわけにもいかない。
  つけなければならない。
  決着を。
  「ミスティ、腕がに鈍ったようね。まるで当たらないんだけど? ああ、私を殺すのが嫌なのね。……ボク、そういう優しさに、弱いんだ……」
  「そういうあんたは腕が痛々しいんですけど? あと、そのキャラ設定も痛々しい」
  「ふん。キャラ付けが難しかったのよ、外部の奴らと表面上とはいえ親しくしたことなんてなかったからね」
  「それでブレブレだったわけね」
  残りは何発だ?
  1発か?
  数えてなかったな。
  それにしても命中率が悪い、偏頭痛がする、これ当てるの難しいぞ。
  お互いに構えてはいるものの動けないでいる。
  クリスは涼しい顔しているけど脂汗が酷くなっている、当然だ、あの腕は治療する必要がある。

  「閣下、お願いです、お早くっ!」
  「主、もう時間が……っ!」

  「時間切れみたいよ、クリス」
  「……」
  「クリス?」
  「ミスティ、私の部下になれ」
  「はあ?」
  何を言い出すんだ、こいつ。
  部下になれ?
  「何それ、懐柔しようとしている?」
  「私に従うなら知事にしてやる。キャピタルはお前に任せる。好きに統治していい。ただし私に従え、逆らうな、それが条件だ。そうしたら撤退するよ、完全に。どうだ、良い提案だろう?」
  「で? NCRあたりに戦争吹っかける時は戦力出せって?」
  「従属とはそういうものだ」
  「……はあ」
  「何だ、そのため息は?」
  「何だろうね」
  自分でも意味が分からなかった。
  この失望感は何だ?
  パパを殺された。
  だけど今なら分かる、クリスはそれに関わっていない。エンクレイブには派閥があって、あれはオータムの派閥がしたことだ。割り切りはしてない、だけど意味は分かってる。
  ……。
  ……ああ、そういうことか。
  クリスの裏切り、これも分かっているけど、パパに関してのことと一括には考えていないのか、私。
  この失望は、彼女の言い分に対してだ。
  敵対はしてる。
  殺し合いも今してる。
  「友達だと思ってたわ、今の今まで。だけどこれは私の勝手な思い込みで、まあ、あなたに同じものを求めるのは筋違いよね」
  「友達……」
  「クリス」
  「……」
  「ここから消えて」
  「……」

  「閣下っ!」
  「ミスティ悪いけどタイムオーバーよっ! Dr.ピンカートンから連絡が入った、もう発射されるっ! 今飛び立たないと巻き込まれるわっ! あなたは1人じゃないのよ、それを忘れないでっ!」

  「ここまでね、クリス」
  「分かっているのか?」
  お互いに下がる。
  そしてベルチバードの搭乗口まで退く。
  「何を?」
  「お前たちにとっては総力戦だっただろう、だが我々エンクレイブにしてみたらこれは局地戦の1つにしか過ぎない。本当に勝てると思っているのか?」
  「だとしたら?」
  「身の程を知れ」
  視線が交差する。
  激しい怒りをぶつけて来るものの、彼女は次第に揺らいでいく。
  何故かな。
  何故私は失望感を彼女にぶつけているのだろう。
  「必ず帰ってくるぞ、我々は必ずなっ!」
  返事はしなかった。
  そしてベルチバードは飛び去る。
  それぞれの方向に向けて。





  移動要塞クローラー。
  指令室。
  もはや統制などなかった。
  攻撃衛星からミサイルは発射され、それが地上に落下するのは数十秒後だった。
  だが。
  だがカールの顔だけは晴れやかだった。
  彼は呟く。
  「僕は大統領にまでなった、アメリカの大統領だ。母さん、僕世界で一番になったよ、世界一だ」