私は天使なんかじゃない







激闘





  クライマックスっ!





  私の前に女がいる。
  赤毛の女。
  西海岸最強の賞金稼ぎであると同時に最凶の賞金首レッドフォックス。
  「……」
  「黙ってないで、分かるだろ? これからアタシたちが何をするのか」
  相手の手には身長ほどの高さのある対戦車ライフル。
  それを軽々と持っている。
  片手で。
  そして背中には大剣。
  ……。
  ……こいつはただの人間じゃないな。
  あんなのまず持てない。
  ストレンジャーに腕力以上のモノを持てる能力者がいたらしいけど、こいつもそんな類だろうか。
  そして厄介なのが雇い主だ。
  NCR。
  西海岸の覇者。
  私が聞く限りでは西海岸にいるBOSの本隊は大国NCRに敗北したらしい。そしてNCRは強大な軍事力を背景に別の地方モハビ・ウェイストランドに侵攻している。
  エンクレイブとNCR、その軍事力の対比は私には分からない。
  分からないけど別の地方にも侵攻出来るってことはそれだけ力があるってことだ。
  今回のエンクレイブの内乱もNCRが暗躍していた節がある。
  あーあ。
  厄介ごとはキャピタルでやらないでほしい。
  「ミスティ」
  「あなたがNCRの命令で動いているのは分かった。けど、私と戦う意味が分からない」
  「ふふふ」
  「何がおかしいの?」
  「とぼけてんだか本当にそう思ってるんだかは知らないけど……まあ、どっちでもいいよ。すぐに分からせてあげるからさ」

  チャ。

  「ミスティの体にさ」
  対戦車ライフルを私に向ける。
  距離はある。
  だけど至近距離もいいところだ。
  私の能力はどうも弾速が関係しているらしい。ガウスライフルもスローではあったけど……普通は引き金引いた瞬間に着弾というスピードだし、確かにスローではあったけど、それでも明らかに
  早かった、普通の弾丸より。スロー化は限界があるらしく、この距離で対戦車ライフルを撃っても避けれる速度かどうか微妙だな。
  相手は微笑している。
  こちらの出方を見ているのか。
  「そっちも抜きなよ」
  「いいの?」
  「いいよ、フェアじゃないから」
  「武器の差は、アンフェアなんですけど」
  「それはミスティの武器の選択の問題で、アタシの所為じゃない」
  「まあ、そうね」
  ミスティックマグナム2丁を引き抜く。
  「ブッチ」
  「おう」
  いつでも加勢するぜ、という感じかな。
  腕まくりしている。
  だけどそれは私が望んでいることではない。
  「手を出さないで」
  「何だと?」
  「決闘だから」
  「ちっ。分かったよ。水は差さねぇよ」
  「ご理解に感謝」
  これでよし。
  ここまで言えば彼の性格上、手は出さないだろう。
  ブッチは弱くない。
  レッドフォックスが異常なのだ。
  デリンジャーかグリン・フィス級のでたらめなスペックの敵だ、ブッチでは歯が立たない。
  「じゃ、始めようか」
  「Cronus」
  時間停止。
  ここで引き金を引けば、ミスティックマグナムを直撃させてもたぶん相手も引き金を引いて相打ちになる。
  
  タッ。

  停止した時間の中で私は一歩踏み出し、左手のミスティックマグナムで対戦車ライフルを払いのけ、右手のミスティックマグナムをレッドフォックスの腹部に向ける。
  終わりだっ!

  ドン。

  時間が動き出したと同時にレッドフォックスは大きくよろめいた。
  左手で大剣を抜きながら。
  「えっ?」
  「超高速振動剣」

  ヴォン。

  「……っ!」
  ズザザザザザと足は私の意思に反して後ろに滑っていく。
  衝撃波っ!
  再び対戦車ライフルをこちらに向けた。
  「つまらないねミスティ」
  先ほどまでの笑みはない。
  失望だ。
  あれは失望の顔だ。
  「さぞかし強いんだろうなぁって、期待してたのにさ、アタシ」
  「……」
  攻撃は当たってた。
  なのになぜ沈まない?
  「じゃ、サヨナラ」
  銃口を私の頭に向ける。
  まずいな。
  彼女は完全に私に興味をなくしている、挑発やらお得意の口八丁は通じそうもない。
  ならば。
  「もうこれで会うこともないね」
  「そうね、お終いね」
  「バイバイ」
  「Cronus」

  ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。

  11連発っ!
  時間を止め、私は動き、彼女を全方位から撃つ。
  「はあはあ」
  疲れる。
  時間を止めて、その空間で動くのは疲れる。
  だけど出し惜しみは出来ない。
  「生かして終わろうだなんて甘かったわよね、レッドフォックス。解禁してあげるわ、私の本気。さあ、かかってらっしゃい」
  「……ふふふ。いいねいいね、さすがはアタシが見込んだだけはある。今のは、ちょっと痛かった」
  「ちょっと、ね」
  立ち上がるか。
  立ちそうな気はしてたけど、まさか平然と立つとかこいつどんな奴だ?
  能力者?
  だとしたら肉体を強化できるみたいな?
  オラクルみたくインプラントってやつを埋め込んでいるのか、それとも教授みたくサイボークなのか、ハークネスみたくアンドロイドか?
  弾倉を交換。
  「さあ、始めようかミスティ、本気の本当の本物の、殺し合いっ!」





  静かに対峙していた。
  グリン・フィス。
  橘藤華。
  「任せたぞ」
  「はい」
  クリスティーナと部隊はその脇を通って、撤退の為に甲板へと向かう。
  グリン・フィスは止めない。
  本来は止めるべきではあるが橘藤華はその隙を逃さないだろう。
  彼女は強い。
  グリン・フィスが、フィッガルド・エメラルダ級だと評価した橘藤華は強い。
  「……」
  「……」
  数十秒、沈黙。
  どちらも動かない。
  グリン・フィスは腰を低く沈めて抜刀の構え、対して彼女は泰然として立っている。構えすらしていない。だがグリン・フィスには分かっている、隙などないと。
  「……」
  「……」
  動かない。
  動かない。
  動か……。
  「しゃっ!」
  短い気合の声と同時に橘藤華は動く。
  床を蹴って迫る。
  「アイアンフィストっ!」

  タッ。

  グリン・フィスも動く。
  力強く床を蹴って、剣の間合いよりも深く踏み込む。この踏み込みでは剣は上手く振るえない。それは彼も分かってる。だが、橘藤華は一瞬動揺した。
  その隙が大勢に関わる。
  「はあっ!」
  手刀。
  手刀だった、グリン・フィスは柄から手を放して手刀を橘藤華の首に叩き込む。
  大きく態勢を崩してその場に片手を付く彼女を彼は蹴り上げる。
  いや。
  蹴り上げたように見えた。
  床に付いた片手をバネに大きく後ろに飛んだ。
  だがグリン・フィスは止まらない。
  追撃する。
  ぶつかり合う拳と足。
  「ちっ!」
  珍しく感情を露わにした顔で橘藤華は徒手空拳の戦いをしている。
  グリン・フィスは前回の戦いで理解した。
  剣では勝てないと。
  間合い、殺傷力、それはショックソードを持つ彼が上。
  対して彼女は素手。
  自身に厳しいグリン・フィスですら知らず知らずに自身が優位だと感じ、そして前回は敗北した。油断ではない、自身の慢心。そして何より橘藤華は機敏で、俊足で、足のバネが尋常ではない。
  簡単に拳の間合いを作り出す、作り出されたら剣の間合いではまともな勝負にはならない。
  だから。
  だから今回は彼も同じ立場に立った。
  同じ間合い。
  これならどちらかが一方的ということはなくなる。

  ガッ。

  拳と拳がぶつかる。
  氣は瞬時に練れるものではない、橘藤華の拳は鉄ではなく、今は生身。今までの戦いでこの展開はなかった。少なくともこれは彼女が経験していない、想定していない戦い。
  グリン・フィスが拳を引く瞬間、橘藤華は手を開いてその拳を掴んだ。
  「パラライジング・パームっ!」
  氣を流し込み麻痺させる。
  相手が後ろに引くわずかな瞬間さえあればいい、彼女は氣を彼の体に流し込む。
  橘藤華にとって一番厄介なのは引かずに前に出ること。
  引いた以上、彼女の勝ちだ。
  「言ったはずだぞっ!」
  「なっ!」
  グリン・フィスはその腕を掴み、自分の方に引く。
  そして容赦なく膝蹴りを彼女の腹に叩き込んだ。たまらず呻き、血反吐を吐く。
  「ブレトンには及ばないにしても、魔法耐性はある方だとな。麻痺など効かん」
  「こ、こんな馬鹿な……」
  「魔法にはわずかな隙がある、その隙を与えずに攻めれば問題はない。肉体的な差はどうしようもない。そちらのペースで戦えない以上、この戦いはお終いだ」
  「……だから、降伏しろと?」
  「そうは言わない。お互いに戦勝はイーブンだ。また再戦したいと思っている」
  「……離して」
  「……?」
  「手を離して」
  「ああ」
  グリン・フィスは離す。
  だが間合いは先ほどのまま、彼は引かないし、橘藤華を引かせないように威圧している。
  「氣を使わせない?」
  「……?」
  「肉体的な差?」
  「……」
  「思ってたよりも詰めが甘いのね。殺せばいい。殺せる時に。それは卑怯でも何でもない、戦いの本質だ。私も今までそうしてきた。お前は私に似ていると思ったが実際は違った。甘い。実に、甘い」
  死んでいない。
  彼女の目はまだ死んでいない。
  「馬鹿な男」
  「まだやるつもりか?」
  「言っておくわ。私はお前が思っているよりもずっと強い。お前よりも、ずっと。……暗黒舞踏」
  「なっ!」
  消えた、そう思った瞬間にグリン・フィスは後ろに大きく吹き飛ばされた。
  この技はボニエが使った技。
  目にも止まらぬ連続攻撃。
  重い拳と蹴りの乱打を受けてグリン・フィスのダメージが一気に蓄積される。
  「まだ終わりじゃない。暗黒舞踏」
  「ぐはぁっ!」
  「殺せる時に殺す、それが戦いだ。それにいつイーブンになった? まだ終わってない、戦いは続いている」
  「はあはあ」
  「形勢逆転ね、お馬鹿さん」
  「だな」
  闇の一党ダークブラザーフッドの暗殺者。
  それが彼の前身。
  非情な殺し屋。
  感情を動かすことく今まで人を殺してきた。
  ……。
  ……フィッツガルド・エメラルダに負けるまでは。
  ユーモアがないから勝てないのだと彼女に言われ、彼は変わろうと今まで努力してきた。
  だが結果として、この勝てない状況は彼が変わってしまったから生じたものだ。
  彼女のジョークだったのか?
  それを真に受けた結果なのか?
  いや。
  「ははは」
  「……? 何がおかしい?」
  「昔の俺なら、確かにお前を殺してたんだろうな。だが、そんな俺のままなら、きっと彼女と一緒にいれなかった。俺は彼女を必要としないし、彼女も俺を見限るだろう」
  「彼女、赤毛の冒険者のことか」
  「不思議だな。自分で勝てない状況を作っているのに、何故か今の自分でよかったとも思える。フィッツガルド・エメラルダの真意は分からないが、変われてよかったと思う」
  「そう、よかったわね」
  氣は練れた。
  橘藤華は自身の勝利を疑わない。だが決して油断するという愚行をしない思慮がある。
  油断なく彼を見据える。
  「これで終わりよ。沈め。アイアンフィストっ!」
  そして……。





  不意打ちでメタルブラスターを使ってしまい、チャージの為に今は使えず肩にかけてある。
  レディ・スコルピオンは、ティティスと呼ばれた赤毛の女はダーツガンをNCR諜報部隊に叩き込む。
  ただの麻痺毒ではない。
  今までの毒腺は薄めた代物であり、この毒は心臓をあっさりと止めてしまう。
  数の上でNCR諜報部隊は上ではあったものの、直前のサーヴィスの裏切りもあり、完全に烏合の衆となっていた。何より指揮官のアイリッシュ中佐が既に死んでいることも大きい。彼女が生
  きているのであれば立て直しも出来たはずだがそれも既に叶わない。バタバタと倒れていく。
  「サーヴィスっ!」
  乱戦の中、彼女はサーヴィスにダーツガンを向ける。
  2丁ピストルの彼は笑った。
  血まみれになれながら。
  「そんな玩具で勝てるものかっ!」

  ばぁん。ばぁん。ばぁん。

  連打。
  確かに。
  確かに一度撃つたびにダーツを再装填するダーツガンは、どんな猛毒を塗ろうとも乱戦には適さない。肩に一発受けたレディ・スコルピオンは体勢を崩し、放たれたダーツは関係ないところに飛んでいく。
  瞬間、ダーツガンを捨てて中国製ピストルを連射。
  痛みで集中こそ途切れ途切れで命中率は低いものの諜報部隊最後の1人はその流れ弾で倒れた。
  サーヴィスは物陰に隠れ、レディ・スコルピオンは中国製ピストルの弾丸を装填する。そして諜報部隊が使っていた10oピストルを拾い、構える。
  邪魔する者はもういない。
  一対一の戦い。
  「サーヴィス、ここまでよ」
  「ええ、それは存じてますよ。最初から、これ以上生きるつもりはりません。あなたが介入しなくともね」
  既に何発も受けている。
  それでも彼が死なないのは事前に防弾チョッキを軍服の下に着こんでいたから。
  土壇場で諜報部隊を裏切るのは、彼の中で既定路線。
  そう。
  最初からこのつもりだった。
  カールはこのことを見越していた、裏切りをサーヴィスは当然カールには告げてはいなかったものの、どこかで彼はそのを察していた。
  何故だろうとサーヴィスは考え、そしてお互いにどこか似ているのだろうと結論付けた。
  「何を考えている?」
  「何を、でしょうね」
  「エンクレイブを裏切り、NCRを今度は裏切って、何がしたい? ……いや。そんなことはどうでもいい。お前は我々を裏切って何がしたかった?」
  「安穏な暮らし、と言えば満足ですか?」

  ばぁん。

  レディ・スコルピオンは発砲する。
  物陰に。
  だが当然サーヴィスには当たらないし、彼女もそれを理解している。
  「何故売った、あたしの両親を、お前の両親を、仲間たちを」
  「……」
  「何故っ!」
  「一切れのパンですよ。流れて、飢えて、死んでいくのが嫌だった。それだけです。悪いことをしたとは思います。でも、それ以上に生きていたかった」
  「お前は自分の親すらも捨てたんだぞっ!」
  「ええ、そうですね。だけど、こうは思いませんか? 親がエンクレイブでなければ、西海岸でBOSに負けなければ、本隊が我々を捨てて東海岸に逃げなければこんなことにならなかったと」
  かつて西海岸の覇権をエンクレイブ握っていた。
  やりたい放題だった。
  自分たち以外の者たちを原住民と呼び支配していた。
  そしてBOSに敗れた。
  ポセイドン海上基地は壊滅しリチャードソン大統領死亡。幼いサーヴィスやレディ・スコルピオンらがいたエンクレイブ基地ナヴァロも陥落。
  本隊は東海岸に撤退。
  撤退しそびれた残党は流浪の旅が始まる。
  その間にBOSはエンクレイブのような振る舞いとなり、新興勢力NCRとの長い長い戦いの末にBOSは敗走、覇権はNCRに移る。
  NCRの追撃は過酷を極めた。
  エンクレイブ再来の芽を完全に潰す為に残党をことごとく捕らえ、射殺し、使えそうな人材は永遠に投獄されて拷問の末に情報だけを抜き取られた。
  「ふざけるなっ! 親の世代の所為だと? それに関わってすらいなかったあたしらも同じ目にあってるんだぞ、お前の裏切りの所為でっ!」
  「許してほしいとは言いませんよ、しかし」
  「しかし、何だ?」
  「まさか最後の最後であなたがこの場に飛び込んでくるとはね、私がNCR諜報部隊を潰す、この時にあなたが来るとはね」
  「何のつもりだ、サーヴィス」
  「元エンクレイブのアイリッシュ中佐たちのようにNCRに飼われ、立身出世も望んではいません。あなたは私をここまで追ってきた、私を殺せば今回の作戦は不意になる。一応中心人物でしたからね。
  だから本国は賞金稼ぎのレッドフォックスを差し向けた。ティティス、まさか作戦を防いでエンクレイブへの義理立てを?」
  「下らない。あたしはどちらの派閥でもないし、派閥の意味すら知らない。連中にとって西海岸など過去の話で、なかった話扱い。あたしが義理立てする意味などない。これはあたしの復讐だ」
  「では決着をつけなければなりませんねっ!」
  物陰から飛び出てくるサーヴィス。
  反射的に彼女は撃った。
  何も手に持っていない彼を。
  「……何?」

  ドサ。

  サーヴィスはその場に崩れ落ちる。
  体に弾丸の洗礼を受けて。
  防弾チョッキを着ようとも衝撃は消せないし、そう何発も耐えれるほどの耐久性はない。
  彼は死ぬ。
  確実に。
  「何のつもりかは知らないけど、同情はしないわよ。気にもしない。死にたければ勝手に死ね」
  「……あの日」
  「……?」
  「……あの日、私はお腹が空いていた。家族や仲間たちはみすぼらしい恰好をして彷徨っていた。ある街で露天商に声を掛けられた。美味しそうなパンを売っていた。見とれていたらくれると
  言った、私はそれを頬張った。一言二言話をした。家族や仲間と旅をしていると。そいつは優れた憲兵なのか、ただ難癖付けただけなのか、我々をエンクレイブ残党だと断定しました」
  「……」
  「それだけなんです、私が口にしたのは。私は収容所に入れられ、教育され、アイリッシュ中佐たちとともにエンクレイブに送り返されました。密偵として」
  「だから何だ。同情しろと? お前は仇だ。それだけだ」
  「これを渡してはくれませんか?」
  血を吐きながら何かを投げた。
  それをレディ・スコルピオンは受け取る。
  「これは?」
  「USBです。その中にエンクレイブに入り込んでいるNCRの諜報部隊全員の情報が入っています。同調している連中の情報も。……まあ、同調している奴らはNCRに利用されているのを知らないのですが」
  「誰に渡せと?」
  「クリスティーナ・エデン大統領です」
  「……」
  「彼女は美しいんですよ。遺伝子操作で戦前に生み出された、完璧な人間。必要な時にエンクレイブに助言し、不必要な時には氷漬け。200年。200年です。しかし彼女は、凛々しく、そして美しい」
  「なるほど、節操もなく裏切りか」
  「ですね、そうなのでしょうね。私は彼女の力になりたかった、しかし私は蝙蝠だ。部下になどなれるはずもなかった」
  「それで今回はNCRを裏切って彼女の力になろうってわけか」
  「そうではないのですよ、しかし、分かってはいただけないでしょうね」
  「分かりたくもない」
  USBを見る。
  これはサーヴィスの全てであり、彼が今回した裏切りの意味そのものだ。
  だから必要ない。
  あってはならない。
  レディ・スコルピオンはそれを握り潰す。

  「お待ちなさい」

  「なっ!」
  突然肩を掴まれ、それを払いのけようにもまるで動かない、そんな手を肩に置かれたレディ・スコルピオンは手を開く。
  USBはまだ手の中にあった、残骸ではなくUSBのままで。
  「これは僕が預かりましょう」
  「誰だ、お前は」
  「ジョンと申します」
  「ジョン……デリンジャーのジョンか」
  「お初、ですかね? とりあえず初めまして。会ったとしても覚えていません。ははは、たぶん眼中にもなかったんでしょうねー」
  「ふん」
  「血気に逸って握り潰すのもいいでしょう、あなたの復讐だ好きにすればいい。しかし仲間のことを考えるのであればそれはしない方がいい。それは武器だ、この地を救う武器となる」
  「どういうこと?」
  「そこの紳士、これは必ず届けましょう。約束します。誓ってもいい。ミスティにね」
  「……すまない」
  「いいですよ、こちらの都合もありますし。さて、どうします? トドメ、刺してほしいですか? あなたは実に運がいい。気分が良いので今なら格安で殺してあげますよ」
  「いや」
  サーヴィスは首を横に振る。
  望みは叶った。
  もう生きる理由もないし、生き続ける自信もない。
  カールから貰った銃を手に取る。
  側頭部に当てた。
  「カール、君のこの銃は本当に素晴らしいよ」

  ばぁん。

  発砲音の後に彼は倒れた。
  絶命している。
  苦々しくレディ・スコルピオンは吐き捨てた。
  「勝ち逃げか。この裏切り者め」
  「勝ち負けで終わる話なら楽でしょうね。あなたは生きている、生き続ける必要がある。ではありませんか? あなたは、復讐だけで今は生きていない、そんな目です」
  「殺し屋に説教される筋合いはないっ!」
  「それは失礼」
  「だけど、そうね」
  ブッチ・デロリアは彼女を必要としてくれた。
  軍曹もだ。
  ミスティたちも彼女を仲間として受け入れた。
  ならば。
  ならば彼女もそのように動く必要がある。
  「面白いものね。復讐を原動力に生きて、ここまで来て、そいつを殺しても人生は終わらない。生ある限り続いていく。そしてあたしはまだ自分の人生を終わりだとは思えていない、今も生きている」
  「面白がる必要はないですよ。それが、生きるということですから」
  「……」
  「僕の顔に何か?」
  「説教が聞きたいなら教会に行く、殺し屋に言われたくないわ」
  「あはは。ミスティにも言われましたよ、同じようなこと。さて、仲間繋がりの関係として、協力し合いませんか?」
  「分かったわ、行きましょう」
  彼女は走り出す。
  移動要塞内にミスティやブッチがまだいることは分かっている、そもそも情報提供者は彼女自身だ。
  遅れてデリンジャーも続こうとする。
  倒れているサーヴィスを見て、呟いた。
  「おめでとう。あなたは報われました。これは届けますよ。こちらの都合も多分にありますが」
  にこやかにデリンジャーは呟く。
  それかしばらく黙り、口を開いた。
  「エンクレイブもNCRもいらないんですよ、ここにはね。あなたの思惑とは違うと思いますが、まあ、安からに死んでください」





  数分後。
  NCR諜報部隊が全滅している通路。
  スーツ姿の3人が立っている。
  形状が違うが3人ともサングラスをしている。
  長身の男が、PIPBOYを腕に嵌めている女性と小太りの男性に目で合図し、2人はアイリッシュ中佐の亡骸から何かのスイッチを取り出す。
  それを手渡された長身の男はしばらくスイッチを手で弄んだ。
  「ブレークダウンを始末して終わり、でもよかったのだが……」

  カチ。

  その彼がスイッチを押した。
  攻撃衛星からのミサイル発射スイッチを。
  「よろしいのですか? その、今回はそのような任務ではなかったと思いますが……」
  「言われたことだけをやるのは馬鹿のすることだ。ここにいる3人の猿は潰しておく必要がある。管理できないからな、生かしておいては。ある程度は、力の均衡を維持せねばならない。……今はな」
  「……」
  「不服かな? まあいい。知性という武器を持った猿は潰さねばならないのさ」
  スイッチは押された。
  そしてカウントダウンが始まる。





  アダムス空軍基地。上空。
  ベルチバードの編隊が生き残っている砲台と機銃を破壊するべく攻撃を続行している。
  思っていたよりも攻撃は苛烈で、ベルチバードの編隊は甲板を叩いてエンクレイブの脱出に使用されるであろう停められているベルチバード群を潰せないでいる。

  ドン。

  空を舞うベルチバードに直撃。
  墜落した。
  指揮をするサラは甲板に降り、ベルチバード群を奪うことを考えていた。
  甲板に降下して制圧。
  移動要塞を無傷で手に入れれない以上、ベルチバードだけでも入手しておきたかった。エンクレイブの再来があるかはともかく、ベルチバードを量産する技術はBOSにはない。
  だから。
  だから抑えておきたかった。
  地上部隊は撤退し、拠点としている倉庫に撤退しつつある。
  幸いなことにエンクレイブ地上部隊は存在しない。
  既に追撃する戦力がない。
  サラたちベルチバード隊は移動要塞に対して繰り返し攻撃を続けていた。
  そんな空中にジェットヘリがいる。
  GNRが保有するモノだ。
  ジェットヘリの中ではスリードッグが今回の戦いの様をつぶさに実況していた。
  売名?
  そうではない。
  真実の戦いを伝える為にここにいる。
  エンクレイブからキャピタル・ウェイストランドを救う為に戦っている者たちのことをウェイストランド人に伝える為にここにいる。
  「スティッキー、もっと近付けないのか?」
  「無茶言うなよっ! 落とされちまうっ!」
  移動要塞からの機銃の掃射が激しい。
  これ以上は近付けない。
  「おい、やばいぞっ!」
  護衛として乗っているガンスリンガーが叫んだ。
  機銃が掃射を続けながらジェットヘリに対して照準を合わせようとしているからだ。ガンスリンガーがミサイルランチャーを撃つものの、それは掃射に阻まれて途中で爆発。
  「あーもうっ! こんなんばっかだーっ!」
  「ちょっとあたしの体押さえててっ!」
  「俺か?」
  シーリーンが、シーがガンスリンガーに指示。
  彼女の手にはヌカ・ランチャー。
  「おい、そんなもの撃ったところであの要塞の装甲は半端ないぞ。ベルチバードの爆撃見てなかったのかよ。機銃潰して延命は出来るが、別ので撃たれて……」
  「度肝を抜いてやればいいんでしょ」
  「はあ?」
  「さっさと押さえてっ! それとっ! 変ところ触ったら10000キャップだからねっ! 踏み倒したり異議申し立てしたらミスティに言いつけて始末させます☆」
  「たちわりぃぞお前っ!」
  「てへ☆」
  「……分かったよ。こうか?」
  ガンスリンガーが彼女の体を抑える。
  シーは2本の足でしっかりと立ち、両手でヌカ・ランチャーを構える。
  「高度気を付けてよ、操縦者さん」
  「えっ? あ、ああ」
  「じゃ、いっきまーす☆」
  軽い口調。
  ヌカ・ランチャーの方針から6発のミニ・ニューク、小型核が連続で発射される。通常のヌカ・ランチャーは1発装填で、連射は出来ない。
  そして。
  そしてきのこ雲があがり、移動要塞の側面部をことごとく破壊した。
  「ひゃっはー☆」
  撃った後、再び装填を開始するシーリーン。
  彼女は今まで稼いだ来たキャップ全てを使い、キャピタル中のミニ・ニュークをかき集めた。
  それを惜しげもなく撃つ。
  「な、なんだ、そりゃ」
  ガンスリンガーは驚愕する。
  西海岸でも連射式のヌカ・ランチャーは見たことがない。
  高額で取引される小型核を惜しげもなく使う女も。
  「試作型MRIV、あたしの最強装備」
  実際に撃ったのは今回が初めて。
  修理に時間が掛かった。
  そして補修用の材料があまりにも足りなかった為、ライリーレンジャーの宿舎でヌカ・ランチャーをばらして補修用の材料として失敬したのも彼女。
  ベルチバード編隊の波状的な爆撃ではなく、ピンポイントで同じ個所を攻撃することで装甲を破壊していく。
  実況を止めてスリードックが低くつぶやいた。
  「旧世界が滅ぶわけだ」





  移動要塞クローラー。
  指令室。
  依然として閉鎖されたままの指令室は完全に混乱していた。

  「BOS側の攻撃により第3、第4、第5セクションが壊滅っ!」
  「第6セクションが放射能汚染、セキュリティにより自動封鎖されましたっ!」
  「移動要塞内の兵士たちの損傷甚大っ!」
  「キャピタル・ウェイストランドにおける主力壊滅により我が軍の再建は困難かと……」
  「報告っ! 攻撃衛星が、こちらに向けてミサイル態勢に入りましたっ!」
  「駄目ですっ! 攻撃解除できませんっ!」

  オペレーターたちは錯乱しつつ叫び、指令室内の兵士たちは扉を破壊しようと狂乱していた。
  ただ1人、カールだけは平然としている。
  終わりだ。
  これで、終わりだ。
  クリスティーナは生きて本国に撤退すれば、軍事要塞ドーンに撤退すれば兵力がまだある。対してオータムの手駒はキャピタルに駐屯しているのが全てであり、全て失われては再建はありえない。
  「これがお前たちのシナリオか、サーヴィス?」
  NCRに踊らされているのは分かってる。
  踊らされ、いや、意識して踊りながら大統領にまで上り詰めた。
  カールは笑う。
  彼だけが、この戦争の中で何物にも囚われず冷静だった。





  「ぐはぁっ!」
  吹き飛ばされるグリン・フィス。
  完全に形勢逆転だった、
  橘藤華のペース。
  「しぶといわね」
  「はあはあ」
  立ち上がる。
  だが足は震え、動くのもままならない状態。
  「その頑丈さには感心する。とても人間とは思えない」
  「自分はアカヴァル大陸の人間ではないからな」
  「意味不明」
  「どうでもいいことさ、出自など。自分はここにいて、ここに立っている、それだけだ」
  「いいえ」

  ズザザザザザザザザザザ。

  暗黒舞踏。
  氣を纏った不規則な動きで対象を翻弄し、拳と蹴りの乱打を叩き込む技。
  「今は立っていない」
  「はあはあ」
  体に力を入れ、立ち上がる。
  このタフさとしぶとさに橘藤華はため息を吐いた。
  「きりがない」
  「殺せる時に殺す、それが、勝負だろう? 随分と舐めているな」
  「ふむ」
  彼女は少し考え、髪をかき上げた。
  「確かにそうだな。殺す」
  「模範解答だ」
  「消えろ。暗黒舞踏」

  タッ。

  前に出た。
  グリン・フィスは一気に前に出た、勢いをつけて。
  目測を誤った橘藤華は衝突と同時にその場に倒れ、グリン・フィスもまた痛みを覚えたもののそのまま彼女を蹴り上げた。

  ガッ。

  倒れつつも腕でガードする。
  「ふん、最初と同じ戦法とは芸のない……なっ!」
  「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
  「この、馬鹿力めっ!」
  腕でガードしたまま橘藤華は蹴り飛ばされた。
  力尽くで彼女を蹴り飛ばす。

  ドン。

  「ぐっ!」
  ガードのまま壁に叩きつけられる橘藤華。
  その一瞬の隙をついてグリン・フィスは猛攻する。彼女が立ち上がるとほぼ同時に拳を繰り出し、蹴り上げ、体術で攻め立てる。
  最初の戦法と同じ。
  氣を練る隙を与えない。
  だが最初と異なるのはグリン・フィスの考え方だった。
  殺す。
  殺す。
  殺す。
  殺すことに重点を置いているわけではないものの、先程のように退くのであれば引き分けでもいいという考え方ではない。
  「はあっ!」
  「調子に乗るなっ!」
  拳を受け流し、カウンターで橘藤華は拳を彼の顔に叩き込む。
  氣は込めていない。
  その隙がない。
  だが渾身の一撃、それを顔に受けたのであれば動きが鈍る。
  ……。
  ……普通なら。

  バキィィィィィィィィィっ!

  痛みを覚え、橘藤華は膝を付いた。
  グリン・フィスは攻撃を受けたと同時に彼女の右足に打撃を叩き込んだ。
  「くそっ!」
  悪態の橘藤華。
  受け流れたのカウンターを受けたのはあくまでグリン・フィスの作戦だと気付いた時にはもう遅かった。
  足が潰された。
  機敏には動けない。
  その間にグリン・フィスの連打。
  容赦ないラッシュ。
  ふらふらと後ろに押されていく橘藤華。
  「情けは掛けない、これでお終いだっ!」
  「破甲脚っ!」

  ボキ。

  鈍い音。
  鋼鉄の如く硬くなった橘藤華の蹴りがグリン・フィスの脇腹にまともに入り、逆に彼が倒れそうになる。
  「情けは掛けない。乱流旋風脚っ!」
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  鋭い蹴りから放たれる衝撃波。
  決定的な一撃。
  彼は壁に叩きつけられ、そして動きを止めた。
  「足を潰せば終わりと思った? 間合いを考えて剣を捨て私の間合いに入った。愚かね。私のは間合いに入った時点で負けは確定していた」
  「……」
  「排除完了」





  「こんのぉーっ!」
  ミスティックマグナム連打。
  平然と立っているレッドフォックスはこちらに向けて対戦車ライフルを撃った。
  視界に弾丸が入る。
  全てはスローに。
  私はこれを避ける……まあ、避けますけどね、当たるつもりはないけど……意外にこれが面倒だったりする。視界に入り続けている以上はスローなわけで、これは私が制御しているわけ
  ではない。もっと言うのであれば私は全く制御していない。対応策はただ一つ、弾丸を見ないことだ。
  視線を逸らすなり目をつぶるなりすること。
  今まではそれでよかった。
  今までは。
  問題は今私の目の前にいるのが西海岸最強の女だってことだ。
  西海岸は外地なので本当に最強、彼女がNO.1なのかは知らないけど、桁違いの強さを持っているのは正しい。
  そんな相手の前で視界を逸らしたりしたらどうなる?
  「くそ」
  弾丸を回避する軌道に体を動かして私は視線を逸らす。
  弾丸が通り過ぎる。
  「優等生っ!」
  ブッチが叫んだ。
  レッドフォックスがそのわずかな隙、私が視線を逸らした隙を狙って間合いを詰めてくる。
  大剣を手に。
  「お終いだよ」

  ガン。

  大剣を紙一重に……正確にはぎりぎりで回避する。
  その剣は床を砕く。
  切り裂くというよりは骨を砕くという部類の剣。
  ……。
  ……くそっ!
  こいつはまずいぞっ!
  レッドフォックスは微笑して呟いた。
  楽しそうに。
  「超高速振動剣」
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  剣から発せられる衝撃波。
  私は吹き飛ばされる。
  銃を放さなかったのは、ナイスです。ごろごろと転がりながらそんなことを考えていた。
  あの剣、見た目に騙されてはいけないやつだ。
  古臭い武器に見えるけどそうじゃない。
  ハイテクだ。
  剣の中に高周波を発生するような何かが仕込まれてる。
  グリン・フィスのショックソードと同様に旧世代のハイテクってところだろうか。
  「そこっ!」
  「アハハハハハ。ガッツあるね、でも効かないよ」
 
  ドン。

  当たってる。
  当たってるんだけど、死なない。
  何だ、こいつ?
  「あー、もう」
  面倒な相手だ。
  どんな攻撃でも涼しい顔して避けるデリンジャーも嫌だけど、どんな攻撃を受けても涼しい顔しているこの女も嫌だ。
  あの剣は、威力は大したことない。
  あくまで衝撃波はね。
  故意に威力を下げているのかもしれないけど、あれがMAXの威力なら吹き飛ばされるだけだ。
  まあ、吹き飛ばされる=死亡なんだけど。
  普通なら転がっている間に対戦車ライフル撃ち込むか、大剣で追撃してくる。衝撃波の威力はしょぼくても、大剣をまともに振り下ろされたら私はつぶれて死ぬ。
  ウォーミングアップってところか?
  舐めやがって。
  「アハハハハハハハハハハハっ!」
  上機嫌ですね。
  そうやって笑ってろ、バーカ。
  弾丸を装填する。
  その間攻撃してこない、楽しそうに笑ってるだけ。
  殺そうと思えは殺せるのだろう。
  この、私を。
  あいつにとっては遊びってわけだ。
  疲れることはしたくない。
  だからこちらとしてもムキになって戦う気はなかった。死ぬ気はないけど、それなりに余力を残して戦ってた。
  私を、簡単に、殺せる?
  ……。
  ……へー、ふーん。
  イラッとした。
  とことんやってやろうじゃん。
  「ミスティと遊ぶと楽しいよ」
  「そりゃどうも」
  「久し振りだよ、簡単に潰れない相手。アタシがまともに相手するとすぐ潰れる奴らばっかでさ」
  「そりゃどうも」
  「クリスティーナって奴を殺すのは本当はどうでもいいんだ。アタシ的には、橘なんちゃらって奴と戦いたかったんだよ、エンクレイブ最強らしいし。ミスティとも遊びたかったけど、まあ、代わりってところ」
  「それって橘藤華?」
  「そうそう、それ。本当に強いの?」
  あいつの顔を思い出す。
  確かに強い。
  デタラメな部類だ。
  ふぅん。
  まともにぶつかったらどっちが勝つのかな、レッドフォックスと橘藤華。
  興味のある組み合わせだ。
  ただ、非常に不幸なことに私がこいつと組み合わせ中。
  嫌だなぁ。
  疲れるのは嫌だなぁ。
  「ねーねー、強いの? 橘藤華」
  「……」
  「ねー……」
  「ぶっ飛べ」

  ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。

  12連発っ!
  「ガハッ! ……嘘、何これ、嘘、マジでアタシの血?」
  血を吐いた。
  レッドフォックスは血を吐いてその場に膝を付いた。対戦車ライフルを手から放し、倒れないように大剣にしがみ付いている。
  「すげぇぜ優等生っ! 何したかは知らんけどスゲーっ!」
  「どうも」
  同じところに全部叩き込んでやった。
  ありえない?
  不可能?
  ほほほ、人類規格外なのをお忘れなく。
  「悪いけど」
  「まさか、アタシが……血を吐く……」
  「悪いけど、これぐらい能力使わなくても出来ますので。さて、私と遊んでくれるのよね?」
  「……よっと」
  立ち上がる。
  タフだな。
  ダメージは与えれたみたいだけど、損傷はない。
  どういうことなんだ?
  やはりサイボークか何か?
  だけどどうでもいい。
  血を吐くなら効いている。
  殺せる。
  「レッドフォックス、あんただけがデタラメじゃないのを忘れないことね」
  「再生機能が発動しない、こりゃ危なかったな、受けすぎたか。あと数発……そうだね、2発ぐらい多ければ再生負けしてたかな」
  「再生?」
  治癒してたのか、こいつ。
  受けた瞬間に再生して損傷がなかった、ということか?
  何者だ?
  「レッドフォックス、何ミュータントよ、あんた?」
  「ミュータント? いえいえ、機械を埋め込んでいるだけだよ」
  「機械? サイボーグってこと?」
  「そんなダサい連中と同じにしないで貰えるかな。イカれた連中だったけど、ビッグエンプティの博士どもは確かに天才だったよ。アタシをこんな姿に改造しやがったんだからね」
  「ビッグ……グリゴリの堕天使?」
  「何それ、意味分かんない」
  「何かそこから這い出してきた奴に会ったんだけど。そいつがグリゴリの堕天使を名乗ってた。私が知ってるのは1人だけど、複数いるらしい」
  「……へー、それは知らなかった。どこにいるの?」
  「西海岸に戻るとか何とか」
  「そっか。博士どもは先に出てきたんだ。それで研究所は誰もいなくてアタシらが脱走出来たってわけか。そういうことかぁ。会ったらお礼しなきゃ」
  風向きが変わった?
  このまま西海岸に消えてもらえたら嬉しいんですけどね。
  「ミスティ」
  「何?」
  「決着は付けたいから帰らないよ、ミスティ殺してからだよ帰るのは。だから弾丸装填しておきなよ、再生が出来なくなったけどこの義体はまだまだ動くよ、別の機能だってある」
  「義体?」
  「サイバーウェアって言ってさ、サイボークなんかの数世代先の技術なんだよ」
  「なっ!」
  姿が消えていく。
  彼女の姿が消えていく。
  「ステルス機能、ON」
  「……デタメラ過ぎるでしょ」
  「再生が失われるほどの損傷は初めてだよ、アタシとしても楽しみだ。失われるかもしれない命、それを懸けて戦う高揚感と脳髄を駆ける生への衝動と死への甘い渇望、楽しみだと思わない?」
  「1つだけ言いたいことがあるんだけど」
  「何かな?」
  「随分とイカれてますね」
  「よく言われる。アタシは別に博士どもに復讐心はないのさ、人狩り師団長って名乗ってた連中とは違う。ビッグエンプティに核を撃ち込みたいとも思ってない。この体は意外に便利でさ、それに
  関しては感謝してるのよ。戦闘への衝動を抑えるのが容易ではないけど。……まあ、博士どもには舐めてくれたお礼はするけどさ、探し出して」
  「核、か」
  あれはそういう意味だったのか。
  なるほど。
  つまりビッグエンプティは格爆弾で吹き飛んだのか?
  調べようにも場所分からないしなぁ。
  少なくとも場所は東海岸ではないらしいし。

  「さあ、ミスティ。始めようか」
  「やれやれ」