私は天使なんかじゃない







カウントダウン





  残されている時間はわずか。
  刻まれたら最後、それは誰にも止められない。
  誰にも?
  誰にも。





  アダムス空軍基地。
  同基地の中央には移動要塞クローラーが鎮座している。
  最大収容人数1000人。
  甲板にはベルチバードが20数機。
  対空及び対地攻撃可能な砲台と機銃群。
  攻撃衛星とのリンクも可能。
  稼働したら私たちには勝ち目はない。
  ……。
  ……そう、稼働したらね、まともに。
  「こんのぉーっ!」

  カチ。

  ガウスライフルのトリガーを引く。
  引いたと同時に移動要塞から放出された群がりつつある敵を消し飛ばす。
  敵、それはロボット。

  「波状攻撃しろっ! 近付けるなっ!」

  パラディ・トリスタンが叫ぶ。
  ほほう?
  指揮能力はあるらしい、結構高い。
  さすがはサラが指名した指揮官ってだけはあるのかな。どういう取り決めかは知らないけどメトロの部隊も命令に従っている。
  BOS&メトロ連合軍は移動要塞から発進したロボ群を蹴散らしている。
  「ベンジー、地獄を見せてやれっ!」
  「あいよ、ボス」
  軍曹の軽機関砲は頼りになるな。
  敵は、私がガウスライフルで監視塔とトチーカーを破壊し展開していたエンクレイブ部隊を蹴散らした直後にロボット群を投入してきた。
  戦力がない、と見るべきかな。
  何しろ投入しているタイプはバラバラだ。警戒ロボやMr.ガッツィーは軍用だから分かるとしても、Mr..ハンディ、アイポッド、極め付けがプロテクトロンだ。予備兵力というか作業用に使っている
  であろうプロテクトロンをこの場に投入するなんて戦力がないって証拠じゃないかな。
  意味は分かる。
  何しろクリスにしてもオータムにしても主戦場をキャピタルにしている。
  ここにいるのは少数だ。
  もっともクリスの方は完全にオータムにしてやられた感じで、キャピタルに戦力を集中し過ぎてしまった。対するオータムはクリス側の戦力をキャピタルに引きずり込むことによって、アダムス
  空軍基地の手薄を狙って少数精鋭で急襲し、現在占領している。謎の情報提供者の言葉を信じるなら、そういうことだ。
  「主、抵抗が激しくありません。突入しますか?」
  「グリン・フィス、今は撃って」
  「御意」
  「撃て撃て撃てっ!」
  波状攻撃。
  何しろ距離がある。
  攻撃の射程的な意味合いから警戒ロボット以外は特に問題ではないし、警戒ロボットも私のガウスライフルであっさり粉砕だ。
  周りのロボごとね。
  まずは数を減らそう。
  エンクレイブ側もこれで勝てるとは思ってないはずだ、こっちには完全武装の300人がいる。
  となるとこれは時間稼ぎか。
  攻撃システムの復旧とかかな?
  だとしたら……。
  「無駄っ!」

  カチ。

  砲台を吹っ飛ばす。
  制圧はする。
  制圧はするけど、無傷で制圧はしない。考えてみたら鹵獲しても維持できる戦力もないし、物資も技術もない。長い目で見たらあった方がいいのかもしれないけど、これで奪われたことを考えると
  ここで破壊しておいた方がいいと判断した。その旨はトリスタンにも、無線でサラにも伝えてある。サラの編隊はまだ来てないけど、空中から攻撃する手筈となってる。
  自走不能な状態にまでしても別に構わない。
  それならそれで固定の砦ぐらいにはなるだろ。
  ぶっちゃけガウスライフルがあるならエンクレイブの対抗手段としては充分だ。
  「攻撃続行っ!」






  監視塔。
  他の監視塔はガウスライフルで潰されたものの、そのうちの1つは健在だ。
  屋上にレギュレーターがいる。
  「ソノラ、どうしますか?」
  「モニカ、レギュレーターとして長い私ですが、今回のような派手な攻撃は初めてですよ。さあ、始めますよ」
  僅か3人。
  キャピタル・ウェイストランドの動乱により、レギュレーターは組織の全戦力をキャピタル防衛に残してきた。
  最前線にいるのは彼女らだけ。
  ソノラ、モニカ、アッシュ。
  3人は構える。
  移動要塞に向けて、ヌカ・ランチャーを。
  そして……。






  移動要塞クローラー。内部。
  指令室。
  「揺れたな」
  「揺れましたね」
  大統領と副官は呟く。
  作業用のロボットまで投入し、出せる戦力をオータム派エンクレイブは全て出し切った。現在移動要塞内にいる兵力は100人ほどだ。
  「セキュリティ回復の目途はっ!」
  「直です、閣下」
  「急げよ」
  「はっ!」
  オペレーターがそう答えると、やれやれと呟いてオータムは、いや、カールは体を椅子に沈めた。
  この時点でミスティたちにとってロボット程度では足止めにしかならないものの、欲しているのはその足止めであり、時間稼ぎ。
  これで少しは余裕が出来た。
  「閣下」
  「ああ、サーヴィス、そうだったな、俺の話だったな」
  「はい」
  「俺がボルト出身なのは、もう知っているな?」
  「はい。我々としては要塞を手に入れ、クリス側を誘き寄せ、出し抜く必要がありました。結果それは成功し、クリス派のほぼ全部隊は無人の要塞を制圧。その間に閣下は精鋭を率いて移動要塞
  を制圧、クリス派は閣下の軍勢に包囲されて身動きが取れない。我々の作戦としては、それがどうしても必要だった。しかしあなたは、そうではなかった」
  「そうだ。俺は要塞にある、ボルトの位置を記したデータが見たかっただけだ」
  それが。
  それがオータムが、いや、オータムに扮するカールが出した条件だった。
  ボルトの位置を知る。
  彼の目的。
  「ボルト865、それが俺のいたボルトだ」
  「はい、以前聞きました」
  「ボルトにはそれぞれ意味があるらしい。大きく分けたら2つ。種の保存用と、研究用。データを見る限りでは研究用ボルトは、全てクソみたいな代物ばかりだな。俺のボルトの研究は残念ながら不明だ」
  「システムが劣化していた?」
  「かもしれん。場所しか分からなかった」
  「それは、残念なことですね」
  言葉を選びながら、サーヴィスはなぜこんなことを言い出したのか真意を測りかねていた。
  カールを選んだのはその虚栄心だ。
  他の諜報部隊メンバーは危険視したが、逆に御し易いとサーヴィスは判断した。
  だから選んだ。
  キンバル大統領にごり押ししてまで。
  カールらしくない、そう思った。
  昔話など彼らしくない。
  「俺のいたボルトの意味は分からない、だが、そこにいた俺なら何となく分かる。正しいかどうかは、今となっては分からないが」
  「その、意味とは?」
  「一番になること、それだけだ」





  移動要塞クローラー。内部。
  第9エリア。
  「クリスティーナ様、ここも閉鎖されています」
  「ちっ。迷路だな、完全に」
  隔壁で通路が閉鎖されている。
  これでは戻るしかない。
  兵士の数は増えている。
  ここまで撤退している最中に、逃げ延びてきたクリス派の部隊が合流して来た。
  それでも数は30名。
  そう多くはない。
  BOSたちが雪崩れ込んで来たら勝ち目はないし、オータム派がシステムを復旧したらセキュリティで殺されてしまう。
  「藤花、先ほどから揺れるな」
  「おそらくミスティたちが攻撃を開始したのではないかと」
  「好機と見るべきか」
  「結果として好機にはならないとは思いますが、オータム派もそれほどの数はいません。キャピタルに主力を置いているのは彼も同じ。当面はミスティが彼と潰し合うでしょう。あくまで、当面は」
  「ここまで到達する前には、逃げねばな」
  「はい」
  橘藤花は強い。
  まず勝てる相手はいない。
  だが、不味いことにミスティは側にツワモノを何人も置いている。
  ミスティ自身も強い。
  いくら橘藤花でも全員相手は出来ない。
  「やれやれ」
  クリスはため息を吐き、それから笑った。
  「閣下?」
  「面白いな、自分の要塞で、迷子などと。……愚痴だ、気にするな。大尉、ルートを帰るぞ」
  「御意」





  移動要塞クローラー。内部。
  指令室。

  「閣下、見つけましたっ! クリスティーナ・エデンは第9エリアにいますっ!」

  生きている監視カメラにでも引っ掛かったのか、オペレーターの1人が叫んだ。
  オータムが答えるよりも先にサーヴィスがそれに答えた。
  「アイリッシュ中佐に追撃を通達」
  「了解ですっ!」
  指令室に安堵の声が漏れる。
  クリスティーナを生きて軍事要塞ドーンのあるシカゴにまで逃げられたら討伐軍が派遣されるのは明白。そうなれば勝ち目はなくなる。
  「閣下」
  「ああ、聞こえてるいるサーヴィス。……タイムオーバーか?」
  「まだ少しだけ」
  「そうか。話を元に戻すぞ」
  「はい」
  何故ここまで話たがるのか、サーヴィスにはまだ分からないでいた。
  オータムはホルスターから銃を抜く。
  9oピストル。
  「良い銃だろう、俺のだ。タロン社に仕官して買ったんだ。大分古くなって最近は使ってなかったんだが今日は帯びてみた」
  「……」
  返答に詰まる。
  死を前にして穏やかになっているのだろうか。
  それとも……。
  「話を戻すぞ。ボルト865では一番になることが推奨されていた。何に対してもだ。勉強もジャンルごとに一番を目指し、大人になってもそれが続くっていう世界だった。特に疑問は抱かなかった。
  生まれてからずっとだったし俺のお袋もそうやって生きてきた。周りの連中もだ。監督官の言われるがままにそうやってた。もしかしたら監督官自体も意味なんてもう知らなかったのかもな」
  「閣下の栄達を望むルーツということですね」
  「虚栄心だ」
  くくくとカールは笑う。
  「何にでも一番が設定されていた、そしてどんなにとろ臭い奴だって何かしらの一番にはなれる。だが俺は出来なかった。なれなかったんだよ、ただの一度も」
  「何故でしょうか?」
  「努力が足りなかった、と言えばつまらないよな? 答えは捻くれてる、分かるか?」
  「さあ、何とも」
  「馴れ合いが俺には出来ないほど、正義感が強かったんだよ」
  「馴れ合い、とは?」
  「出来レースだったんだよ、最初から。ここで一番を取るから、譲ってくれ、別の一番を譲るからって流れが出来てた。俺はそれに乗らなかった。努力こそが全てだと思ってた。気付けば俺は
  ハブられ、罵倒される存在になってた。お袋はいつも言ってたよ、一番になりなさいってな。俺のお袋は、監督官の一番になれなかった女だった」
  「……」
  ここで一度カールは言葉を止め、オペレーターの声に耳を傾けた。
  あっさりとロボ群が抜かれた、とのことだった。
  「来るか」
  ミスティたちが来る。
  ただ、良い知らせもある。
  時間稼ぎ用のロボットたちを相手にしている終盤あたりからはガウスライフルを使わなくなったという。
  壊れたか、エネルギー切れか。
  何にしてもガウスライフルを封じれたのは願ってもないことだ。
  「俺は独房に放り込まれた。何度目かは忘れた」
  不意にカールは話を再開する。
  時間は迫っている。
  NCR諜報部隊の作戦行動が迫っている。
  彼にとってカールは手駒であり、今後彼をエンクレイブ大統領とし、キンバル大統領の操り人形にするというつもりは最初からなかった。
  ここで消す。
  クリスティーナと共に、攻撃衛星で。
  あくまで偶然の産物でしかないがミスティもここに侵入しつつある、願ってもない好機だ。
  まとめて吹き飛ばすには好都合。
  だが……。
  「何故、閉じ込められたのですか?」
  サーヴィスは聞いた。
  アイリッシュ中佐は作戦が滞るので怒るだろうが、彼はそれを無視した。
  「一番になれなさ過ぎたからだろうな、俺はボルト865のお荷物だった。そんな時だ、よそ者がボルトの外に来たのは。俺が知っているのはここまでだ。独房にいたからな。音がした。それから止んだ」
  「どうなったのですか?」
  「独房をこじ開けて出てみたら全員が死んでいた。何故死んだのかはいまだに分からん。ボルトの扉は開いていたからそのよそ者がやったんだろうな、1人なのか複数なのかも俺は知らない。ボルト
  の連中はよそ者と一番に仲良くなるつもりだったのか、一番に殺すつもりだったのか、それも定かではないが、俺はそこで生き延びてしまった。俺は一番に死ねなかった、ビリだった」
  「それからタロン社に?」
  「いや。レイダーもしたしスカベンジャーもした。傭兵も物乞いもした。レイダーはある程度良いところいったんだぜ、だがすぐに飽きた。その群れでは一番でも他にもレイダーの集団はいた、明確な
  一番になれないから俺は流れに流れてここに来た。タロン社はよかったよ、階級が全てだ。勲章を一番付けてる奴が偉い。シンプルで、分かり易い。そして今、エンクレイブにいる」
  「はい。閣下は大統領になりました」
  「一番だな」
  「世が世なら、世界で一番でしょうね」
  ここでカールは笑った。
  実に晴れやかで、楽しそうな笑顔だった。
  この時サーヴィスは彼が何を言いたかったのかを理解した。
  遺言?
  違う、これは……。
  「サーヴィス」
  「はい」
  「俺の銃をやる。これは、実に良い銃だ。俺には俺のルーツがあったように、お前にもお前のルーツがある。何でお前が俺を推したか分かったよ、似ているからだ」
  「似ている、ですか」
  「不思議だな。ミスティとはこれまで何度もやり合ってきた。だが最終決戦の場で、俺は奴に会わないまま退場することになるだろう。だが気にするな。俺は俺のやりたいようにやった、お前も好きにやれ」
  「……」
  銃を向け取り、何と返そうかと考えたが、サーヴィスはカールに敬礼した。
  軽く頷きあい、サーヴィスは指令室を退室する。
  扉が閉じた。
  この扉はもう開かない。
  そう、設定してある。
  サーヴィスは通路を歩く。無人だ。基本的にオータムの手勢は指令室や機関室と言った、移動要塞の中枢を維持する役割をこなすほどしか人数はいない。
  無人の通路。
  いや、そこには……。

  「遅かったね、サーヴィス」

  「アイリッシュ中佐」
  NCR諜報部隊の指揮官。
  彼女も、彼女に従っている兵士たちもエンクレイブにも籍がある、スパイたち。自分を含めて。
  「作戦開始時間が遅れた。下手したら逃げれなくなるところだ」
  「ですが予測範囲内では?」
  「時間は厳守だ。そう通達したはずだ。ミスティども動きが早過ぎるんだよ、こいつは想定外だった」
  「申し訳ありません」
  「まあいい。直通エレベーターを復旧させた、このまま甲板まで行ってベルチバードでトンズラよ。クリスティーナに対しては赤い悪魔を差し向けた。まあ、報酬は払うつもりはないけど?」
  「では、既に?」
  「ああ、作戦は実行した。発射したよ、5発ほど。そろそろキャピタルから連絡がエンクレイブどもに行くんじゃないのかな、ああ、目撃者もいないほどの威力かな」
  「……」
  「さあ行くわよ、我々の撤退が確約された時点で、ここにも撃ち込む」





  数分後。
  キャピタル・ウェイスランド南部。
  かつては国防総省と呼ばれ現在は要塞と呼称されている場所。
  BOSの撤退後はオータム派が占拠、決戦としてクリス派が要塞に突入した際にはもぬけの殻で、要塞に入ったと同時にオータム派が包囲したこの場所は、もう存在しない。
  数発のミサイルが天から降り注ぎ壊滅。
  オータム派も。
  クリス派も。
  双方キャピタルにおける主力がここに壊滅してしまった。
  「……マジ、だよな?」
  「……マジ、だな」
  偵察中だったBOSの2人は呆然とその光景を見ている。
  そこにはクレーターだけがあり、荒涼とした風景が広がっていた。
  「エルダー・リオンズに報告するぞ、こいつはやばい」
  「あ、ああ。エンクレイブ以外にもこの戦争に介入している連中がいると知らせないとっ!」





  「こんのぉーっ!」
  迎撃に出てきた……いや、足止め程度のロボット群を蹴散らして私たちは進む。
  BOS&メトロ連合軍に隙はない。
  楽勝だ。
  特に私たちがいる。
  メトロの連中は知らないけど、BOSは訓練された軍隊だ。そして自負ではないけど、この連合軍には私たちがいる。ブッチも軍曹もグリン・フィスも普通なら何回も死んでるはずの死地を超えてる。
  私なんて人類規格外だ。
  時間を止められるんだぞ、負けるわけがない。
  ただ、どんなに私たちが奮戦しようとも当然ながら負傷者は出るし死人も出る。
  「主」
  「ええ、行きましょう」
  それでも。
  それでも私たちは先頭に立つ。
  勝利を目指して。
  可能な限り被害を抑える為に。
  ……。
  ……まあ、その為に敵を容赦なく殺すんだ、ある意味では矛盾ですな。
  人を助ける為に人を殺す。
  「可哀想だけどこれ戦争なのよね」
  「優等生お前いきなり何アニメみたいな言ってんだ?」
  「メタ発言」
  「まあ、いいけどよ」
  ミスティ組は損害無し。
  さすがです。
  問題があるとしたらガウスライフルが稼働しなくなったことだ。マイクロ・フュージョンセルを交換したけど稼働しない。
  おそらくだけど、メカニストたちが修理の際にリミッターか何かを外したんだろうな。
  安全装置というべきか。
  ともかくだ。
  そいつを解除したから桁外れの威力になった。
  そしてその結果、ガウスライフルの回路の一部が焼け焦げたんだろう。
  今は直せない。
  かといって背負っているのも疲れるので負傷兵を連れて後退する部隊に預けてきた。代わりにアサルトライフルを頂きました。ガウスライフルが失われたのは計算外だったけど、移動要塞
  クローラーは穴だらけになった。可能な限りは砲台や機銃を破壊した。今はセキュリティ死んでて何もしてないにしても、復活されたら面倒だ。
  サラたちの編隊を落とされても敵わない。
  まだ来てないけど。
  移動要塞を奪おうかとも考えたけど、潰せる内に潰した方が犠牲も少ない。
  下手に無傷で手に入れようとしたら返り討ちになるかもしれない。
  だったら潰した方がいい。
  後腐れないし。
  さて。
  「突入開始っ!」