私は天使なんかじゃない






明日の歌






  明日もあなたに会えますか?






  「ねぇ、何か食べ物ない?」
  「缶詰ならいくつかありますが、よろしいですか? 申し訳ないのですが暖かな食事はありません」
  「別にいいわ、缶詰大好き」
  BOSの兵士に食料を分けてもらう。
  ウマー。
  「紅茶ですがよろしければ」
  「ありがとう」
  ウマウマですな。
  ここはアダムス空軍基地、既に基地内に私たちは展開している。かつては飛行機が収納されていた倉庫が私たちの前線基地。
  BOS&メトロ連合軍、総勢300名。
  これだけの数、これだけの人数分の武器弾薬は全てこの倉庫に収容されている。
  既に前哨戦があったのか、と言われればそうでもない。
  エンクレイブ側は全く反応しないのだ。
  同基地はかなり広いものの、まともに敵が布陣しているのは基地四方にある監視塔、そして同基地の中央にある移動要塞クローラーのみ。移動要塞クローラーの出入り口周辺には銀色の
  金属で作られた組み立て式のトチーカーが6つ作られ、機銃がいくつも様々な方向に向いている。
  移動要塞そのものにも対空、対地機銃か配備されているけど今のところ攻撃はない。
  だから。
  だから私たちは休憩中。
  数分前に付いたばかりで現場指揮官とも話してない。
  これぐらいは勘弁して欲しいものですね。
  ついさっきまでストレンジャーとやり合ってたんだ、そして私はご飯抜き。お腹が空いて死にそうなのです。
  倉庫の片隅のスペースに直に座りささやかなピクニックの最中。
  「グリン・フィスたちも食べれば」
  「御意」
  「よっしゃ。食おうぜ、ベンジー」
  「俺はコーヒーがいいな。なあ、コーヒーはないのか? ない? そうか、ならいいよ、手間掛けさせたな」
  最終便に乗れたのは結局7人だけ。
  私、グリン・フィス、ブッチ、軍曹、そしてレギュレーターの死神ソノラとアッシュ、モニカだけ。
  アッシュとモニカは顔を見合わせてヒソヒソと囁き合う。
  「……すげぇな、緊張も何もしてないぞ」
  「……さすがはレギュレーターNO.1の討伐数なだけはあるわね」
  聞こえてますよお2人さん。
  というか私ってばレギュレーターのエースだったのか。
  まあ、確かに殺してますね。
  正確には何だかんだで向こうから殺しにかかってきて、返り討ちにしてるだけなんだけど誰も信じてくれなさそうだ。
  「ミスティ」
  「うん? 何ソノラ? あなたも食べる?」
  「いえ」
  「ん? どうしたの?」
  「怒り顔の人が来ましたよ?」
  楽しそうにソノラは言った。
  目?
  彼女の目は笑う為にはありません、相手を威圧する為の目力を発揮する器官です。
  近寄ってきたのはパワーアーマー男。
  ヘルメットはしてない。
  士官か。
  私は立ち上がる。
  紅茶を手にしたまま。温いけど、私好みの甘めで大変ウマウマです。
  「何か?」
  「貴様どこの部隊だっ! どこ所属だっ! 俺はパラディン・トリスタンっ! センチネル・リオンズから現場指揮を任されているっ! 現地志願兵か傭兵だな、規律を何と心得るっ!」
  「……うるさ」
  耳がキンキンする。
  グリン・フィスが中座で構えるものの、私は慌てて制した。
  柄に手を当てないでください。
  物騒ですね。
  「階級を言えっ!」
  「大統領」
  「貴様、冗談を言うのかっ!」
  「じゃあスター・パラディン」
  「何だとっ! 随分と知恵の回らない現地人だなっ! スター・パラディンは原則として1人だけだ、貴様はグロス閣下ではないだろうっ!」
  「原則は知らないけど、任命されたんですけど」
  「なぁにぃ? つまりお前は自分が赤毛の冒険者だという……」
  「赤毛の冒険者ですが何か?」
  「……」
  「パラディン・トリスタン」
  「……」
  「もしもし?」
  「温かい食事はいかかでしょうか閣下。こちらにどうぞ、席もご用意してあります。ははは、あなたが来てくださると知り、士官用の円卓を空けてあります。ささ、こちらにどうぞ、閣下」
  にこやかですな。
  ええ、一点の曇りもないにこやかな笑顔。
  素晴らしい小役人です。
  「で? どーすんだ、優等生?」
  「好待遇断るのは人としてどう思う?」
  「そりゃ悪だろ」
  「行きましょ、皆」
  パラディン・トリスタンのさっきの態度は、まあ、いいです。
  頭ごなしは腹立つけどここは前線だ。
  エンクレイブが手を出してこないとはいえ、こちらも準備中とはいえ、一触即発の最前線だ。イライラしててもおかしくない。
  私が止めなかったら首と胴が分離してたけどさ。
  命拾いしましたね、パラディン・トリスタン。
  さてと。
  「温かいご飯ご飯っと」
  「……図太いな」
  「……図太いわね」
  聞こえてますぜ、アッシュ君モニカさん。






  移動要塞クローラー。内部。上層、第8エリア。
  閑散とした要塞内を移動する一団がいる。
  数にして10名。
  灰色のエンクレイブ軍服を着た一団だ。その中の1人は長いロングコートを纏っていた。
  その人物、クリスティーナ・エデン。
  現エンクレイブ大統領。
  「ふんふんふーん」
  「……閣下」
  「何だ、藤花」
  「歌っておられるのですか?」
  「歌? ああ、無意識に口ずさんでいたな。何だ、耳障りだから黙れと言いたいのか?」
  「い、いえ、聞いたことのない歌でしたので気になりました」
  「ああ。戦前の有名な歌だ。確か、明日の歌とかいうタイトルだったな。さてさて、我々には明日が来るのか、少々疑問に思えてきたな」
  彼女らは逃亡していた。
  既に内部はオータム派によって牛耳られている。内通者がいた。それも多数。もちろん全員が全員寝返ったわけではない。内通者は念入りにクリスティーナ派の動きを調べ上げ、クリスティーナ派
  の兵士たちは弊社で休息中に通路を装甲隔壁で隔離されてしまった。対地対空防御も無力化され、セキュリティも解除。
  結果としてオータム率いる部隊は無傷で要塞内に入り、制圧した。
  もちろんそれには弊害もあった。
  一度システムを無力化した弊害でシステムの復旧には時間が掛かるということ。
  その為、現在アダムス空軍基地内の一画を占拠しているBOS軍に対して移動要塞クローラーは何の行動を移せないでいる。
  「報告があります」
  「言え」
  「ただいま報告が入りました、キャピタル入りしていたリナリィ中尉戦死、シグマ分隊壊滅とのことです」
  「……」
  「それともう1つ。ハークネス、カロン両中尉が拘束されました」
  「……」
  「閣下」
  「何も言うな。完全にしてやられたな、オータムにも、ミスティにも」
  これで現在遠征している親衛隊は橘藤花大尉だけとなる。
  他の親衛隊員であるガルライン中佐、クィンシィ少佐は軍事要塞ドーンにして内部統制及び隣国のメッカニアとの小競り合いでここにはいない。
  移動要塞内はオータムに同調した裏切り者たちによって抑えられ、オータム隊は迎え入れられた。
  キャピタル・ウェイストランドで交戦中の主力部隊は要塞を制圧した、無人の要塞を。その後オータム派のエンクレイブ軍によって包囲、身動きがとれない。
  つまり。
  つまりクリスティーナにはもはや手駒がいない状況。
  詰み。
  「閣下」
  「……」
  「……クリスティーナ様。あなたに歯向かう者は全て排除いたします。赤毛、オータム、全てです。私がいる限り、ご安堵ください」
  「ああ、分かっている。しかし妙ではある」
  「何がでしょうか?」
  「オータムの動きだ。確かに奴は人望がある、同調する者もいるだろう。だが、これはただの直感なのだが、調整役がいるように思えるのだ。エンクレイブではない、どこかの別の奴のな」
  「別の勢力、まさかメッカニアでしょうか?」
  エンクレイブの本国であるシカゴを脅かす勢力メッカニア。
  現状エンクレイブが勝っているものの、全面対決すればどうなるか分からない。
  「まあいい。藤花、上層まで出るぞ。甲板まで行けばベルチバードかある、オータム隊が使ったベルチバードがな。私の専用ベルトバードは、おそらく抑えられているであろうから奴らのを頂くぞ」
  「御意」






  同刻。
  移動要塞クローラー。内部。指令室。

  「第1から第3エリア、クリア」
  「セキュリティ復旧まではまだ掛かるかと」
  「第5エリアでは依然抵抗激しく。援軍を送ります」
  「BOS、動きはありません。監視塔及び守備隊に通達。警戒を緩めるな」
  「クリスティーナ・エデン第6エリアまではいません。引き続き探索を」

  指令室では大勢のオペレーターが作業していた。
  完全に。
  完全にオータム派が移動要塞クローラーを制圧している。
  ただ、奇襲時には内通勢力が手引の為にセキュリティを解除しており、その影響がいまだに残っていてシステムの半分も機能していない。
  指揮官席に座るオータム。
  傍らに侍立して控えるサーヴィス少佐。
  「おめでとうございます、大統領」
  「ふん」
  サーヴィスの言葉に、満更でもなさそうなオータム。
  ……。
  ……いや。
  その正体は、整形したタロン社のカール大佐。
  そしてサーヴィスは西海岸の大国NCRの諜報員であり、NCRから派遣された諜報部隊の1人。
  本物のオータムはジェファーソン決戦の撤退時に消されている。
  カールを抜擢したのはサーヴィスだった。
  彼の野心、したたかさ、虚栄心、それらを評価した上で偽オータムを演じるように持ち掛けた。
  エンクレイブ大統領にすると囁いた。
  実際にはエンクレイブの全てを統べているわけではないものの便宜上オータムは、カールは大統領を名乗っている。サーヴィスは約束を果たした、というわけだ。
  「クリスティーナは袋のネズミです」
  「ああ」
  「全ては閣下の望み通りの結果となるでしょう」
  「そうか?」
  「と言いますと?」
  「お前らの望む結果だろ、俺はここまでだ。これ以上は求めていない。そしてお前らが求めるのはここから先だ。さて、俺はどうなるんだろうな」
  「……」
  「明日は明日の風が吹く、だが誰にでも明日が来るというわけではない。俺は輝かしい明日を迎えれるのか? お前らのプランではどうなっている?」
  「……」
  小声でカールは呟いた。
  彼は馬鹿ではない。
  サーヴィスは黙るものの、普段通りに涼しい顔をしている。
  「NCRの諜報部隊員さんよ、俺の明日はどっちだ?」
  「それを、ここで宣言しますか?」
  「したところで俺が偽物だとばらされるだけだしな。まあ、お前は死ぬな。だが部下に疑われたままっていうのもしんどいんだよ。どうもしない、勝手にやればいい。それが約束だったはずだ。ただ」
  「ただ?」
  「外の連中は何とかしろ。ミスティがいる、奴は何とかしないといかん。だろ?」
  「確かに」
  NCR諜報部隊はエンクレイブに入り込み、根を張り、機会を伺っていた。
  今回のエンクレイブ分裂は望む展開ではあったものの、NCR諜報部隊が画策したものではない。あくまでミスティが絡み、彼女がキャピタルの勢力を1つに纏めた結果だ。
  何とかしなければならない。
  利用できる、便利だ、とミスティの行動を容認してきたものの、NCR的にも既にミスティは脅威でしかなかった。
  「サーヴィス」
  「はい」
  「何だろうな、この感覚は」
  「……?」
  「もうどうでもいい気がするよ、心底ではな」
  「それは、どういう……」
  「さあな、俺にも分からん。ただ分かるのは、俺は別に明日なんぞ要らないということだ」





  同刻。
  移動要塞クローラー。内部。通信室。
  「なってないね」
  ウェーブの掛かった金髪を揺らしながら、通信室内を歩く灰色の軍服の女性。
  室内は広くない。
  彼女は通信室内を右へ左へと歩き続けている。
  部屋の中には5人。
  同じ軍服。
  そしてその軍服は偽装で、実は別の勢力に属している者たち。
  「アイリッシュ中佐」
  「何よ」
  「落ち着いてください。作戦行動まではまだ時間があります」
  「落ち着け? ふん、開始したら早々に離脱しなきゃいけないんだ、落ち着いていられるか。それに、こんな作戦、誰も今までしたことがない大仕事だ。ど派手に全部ぶっ飛ぶんだよ? 凄いじゃないか」
  「確かに」
  NCR諜報部隊。
  移動要塞内にはまだ同志がおり、それだけではなく各エンクレイブ基地内に入り込んでいた。
  その目的、それはエンクレイブの殲滅。
  かつて西海岸で権力を欲しいままにし、虐殺や非道な実験をしていたリチャードソン大統領率いるエンクレイブ軍。既に西海岸ではリチャードンは死に、軍は壊滅し、主力は東に撤退したものの
  エンクレイブの名はいまだに脅威として、嫌悪として語り継がれている。西海岸のエンクレイブ生き残りは裁判なしで銃殺されるか永遠に牢獄に繋がれるかのどちらかしかない。
  ……。
  ……表向きは。
  実際には第三の選択肢がある。
  エンクレイブに連なる幼い子供たちは施設に収容され、NCRに教育され、親のIDを利用してエンクレイブに復帰するようにNCRに命令される。
  そう。
  現在潜入しているNCR諜報部隊は西海岸エンクレイブに関係している面々であり、作戦を遂行することで自分たちの立場を改善しようとしている。ただし幼少期からの教育により既にエンクレイブは
  嫌悪の対象でしかなく、より純粋に言えばこの作戦行動はNCRへの忠誠心の賜物なのだ。
  そしてNCRはエンクレイブの再来を恐れている。
  だから。
  だから命令した、エンクレイブを潰せと。

  ぷしゅー。

  通路へと繋がる扉が開く。
  そこには赤毛の女。
  「ああ、よく来たね」
  「任務の為だ、どこにだって行くよ。アタシとしても、楽しそうだしね」
  その女、レッド・フォックス。
  NCRに雇われた西海岸最強の賞金稼ぎにして、西海岸最悪の賞金首。
  「それで? アタシに何をしろと?」
  「簡単なことよ。クリスティーナを殺すだけでいい」
  「ふぅん。つまらなそうだけど」
  「そうでもない。奴の近くには常に橘藤花って奴がいる、エンクレイブ最強の女だ。きっと楽しめると思うけどね?」
  「ああ、そういうことか。だけど例の女はどうするの? アタシは奴を追ってここまで来たんだけど」
  「今更奴が我々の邪魔を出来るとは思えない。作戦は最終段階だ、邪魔しようもない。見つけたら殺せばいいし、殺したら賞金は支払われるけど、今回の任務を優先してほしいものだね」
  「いいよ、了解、そのクリスティーナとかいうのを殺してくる」
  彼女は退室した。
  アイリッシュ中佐は笑う。
  「なってないね、エンクレイブのセキュリティはさ。私らを含めて入りたい放題じゃないか、この移動要塞に限らずさ」
  彼女は笑う。
  作戦は最終段階だ。
  キャピタル・ウェイストランドにいるエンクレイブ両軍を吹き飛ばす手はずは整っているし、移動要塞もどうにでもなる。
  あとはゴーサインを出すだけだ。
  本国にいるキンバル大統領は喜ぶだろう。帰国すれば報酬が待っている。
  輝かしい明日は約束されたも同然だ。
  「攻撃衛星にコンタクト、攻撃用意っ!」
  「了解しました」






  アダムス空軍基地。倉庫内。BOS&メトロ連合軍の拠点。
  「お腹一杯」
  満腹満腹。
  温かいモノを食べれるとは思ってなかったよ。
  ささやかな食事会を開催中。
  メンツは私、グリン・フィス、ブッチ、軍曹の4人。ソノラたちはどっかに行った。お腹空いてなかったのかな。まあ、彼女らの分も私が食べましたけど。
  「主、その、食べ過ぎでは?」
  「そう?」
  「優等生、動けなくなるぞ?」
  「私は制御室では何も食べてないから」
  あんたらは食べましたけどねー。
  ぶーぶーっ!
  「だがボス、これからどうするんだ?」
  軍曹の言葉。
  その真意は作戦行動についてだ。
  私らは飲み食いしていただけで、この大部隊をどう動かすかは実は知らないでいる。謎の内通者によって移動要塞クローラーがまともに稼働していない、それは真実だった。おそらく内部では
  クリスティーナ派とオータム派がぶつかっているのだろう、勝手に潰し合ってくれたらいいけど、確実にどちらかは生き残るだろう。
  そうなると勝ち目がなくなる。
  混乱している今の内に叩かないと、移動要塞クローラーの火力で私らは全滅だ。
  正確なスペックは知らない。
  ただ、あんな巨大な代物だ。
  銃火器でちまちま戦っている間に吹き飛ばされかねない。
  「俺様に聞くなよ、知らん。ミスティ、どーすんだ? まさかノープランか?」
  「まさか。考えてるわ。ねぇ軍曹、あなたはあれを知っているのよね?」
  「移動要塞か?」
  「うん」
  「まあな。アンカレッジであれかリバティ・プライムのどちらかが投入されていれば兵隊はいらなかったって話だ」
  「マジか」
  「マジだ」
  アンカレッジの戦い。
  戦前の、全面核戦争に突入するきっかけとなったアメリカ軍と中国軍の戦いのことだ。
  兵隊がいらないとか、どんなスペックだ?
  「兵士の収容数は1000人。兵士の数は別に問題ではない、問題なのはあれが移動するってことだ。移動式の軍事要塞、対地対空攻撃で近づくモノを瞬時に灰とする。さらに攻撃衛星とリンクし
  ていて、あれがまともに稼働したらこちらの戦力は1分もしない内に壊滅だ。あれが攻撃衛星と現在リンク可能かは知らないが、やばい代物だ」
  「マジか」
  「マジだ」
  脅威ではある。
  だがあれを奪えば私たちが優位に立てるだろう。
  別にこの戦い後のエンクレイブとの関係性なんかどうでもいい。ただ、あれを有していれば、まともに稼働させれば手を出してこようとは思わないだろう。
  動かない今がチャンスだ。

  「閣下、お味はいかがだったでしょうか?」

  パラディン・トリスタンだ。
  最初の時とは打って変わってひたすら下出に出てるな。
  「これからどう撃って出るの?」
  「センチネル・リオンズの編隊待ちです、閣下」
  「ああ。地上と空から攻めるのね」
  「その通りでございます」
  悪くない。
  悪くないけど、それでは連中に時間を与えてしまう。
  「具体的には何をするの?」
  「空中からの援護の後に内部に突入、制圧します。もちろん制圧が可能であるならば、です。不可能と判断した際はベルチバード隊が爆撃します。いずれにしても内部制圧に部隊を送ります」
  「策としては間違ってないわね」
  「色々と案がありましたが正攻法が一番だと、決しました」
  「なるほど」
  ふぅん。
  この人、別に能力が低いわけではないな。
  確かに正攻法が有効だ。
  「軍曹」
  「ん? 何だ?」
  「ガウスライフルの射程ってどれぐらい?」
  「基本的に射程なんてないに等しい。携帯用武器としては破格のスペックだ、スナイパーライフルよりも飛ぶ」
  「マジか」
  「マジだ」
  すげぇ。
  どんな武器だ。
  「おいおい、優等生、まさか……」
  「そのまさか」
  私はブッチにウインク、そしてトリスタンに言った。
  「ジープか何か都合できる?」



  ジープはアダムス空軍基地内を走る。
  運転しているのはブッチ。
  助手席には軍曹、後部席には私とグリン・フィスだ。このジープはBOSが持ち込んだものではなく、戦前の代物。ガタが来てるけど、200年前の代物でここまで動くんだ、奇跡のレベルだろう。
  「ブッチ、ゆっくりとね」
  「あいにくスピードなんかそんなに出やしないぜ」
  監視塔からも移動要塞からもかなり離れて走行。
  スナイパーライフルでもそうそう当たらない距離だ。相手の力量にもよるけど。
  「ふぅん」
  本気で攻撃してこないんだな。
  移動要塞から砲撃でもしてきたら簡単に吹き飛ぶ状況なんだけどな。
  ……。
  ……ま、まあ、吹き飛んでも困るんですけどね。
  「攻撃できない、か」
  謎の情報提供者は正しかった。
  完全に攻撃できない。
  だったらエンクレイブの態勢が整う前に何とかしたいところだけど。
  「ブッチ、止めて」
  「ここでか?」
  「うん」
  「分かったよ」
  ジープは止まる。
  さて、試し打ちしてみるか。
  軍曹曰く、射程なんてないようなもの、らしい。
  眉唾ではあるけど撃ってみたらわかる。
  「よっと」
  私はジープから飛び降りてガウスライフルを構える。
  狙うは監視塔の1つ、移動要塞の東側にある監視塔だ。

  ザー。

  「主、無線が入りました」
  連絡用にトリスタンから貰ったものだ。
  「グリン・フィス、応対して。私は試し打ちで忙しい。照準はっと……」
  「主」
  「何? 適当に応対しといて」
  「そのまま撃てば照準を合わせたスナイパーライフルで主の頭を吹き飛ばすとソノラが言っております」
  「やだ何それ怖い」
  構えを解く。
  「優等生、あそこにいるんじゃねえのか、ソノラさん」
  「ありえる」
  神出鬼没だもんなぁ。
  スナイパーライフルであそこから狙ってるのか、ソノラなら当てれそうな気はする。というか危うく仲間を吹き飛ばすところだったのか?
  危ない危ない。
  ……。
  ……いやぁ、これはソノラ……たぶん、ソノラたち、複数形だろう、ソノラたちが何も言わずに行動したのが原因だろ。
  報連相、大切です。
  さて。
  「グリン・フィス、無線機貸して」
  「どうぞ」
  「ありがとう。ソノラ、そこにいるの?」

  <いますよ。アッシュとモニカとで制圧しました>

  「制圧した?」
  監視塔の周りにはエンクレイブ部隊が展開してますけど。
  どっかから忍び込んで、上だけ制圧したのかな。
  冗談みたいだけど、レギュレーターなら可能な気がする。

  <最上階は制圧です。見晴らしが良いですよ、景色を楽しんでいたらあなたが私たちを攻撃しようとしていた。指をゴリゴリとナイフで落とされたいのですか?>

  「いやいやいや。私はエスパーじゃないから展開している部隊に見付からずに最上階だけ制圧してる、なんて分かんないから」
  無茶苦茶言いますね、ソノラ。
  今に始まったことじゃないけど。
  「それで、どうしたの?」

  <ヌカ・ランチャーとミニ・ニュークが大量にあります。BOSたちが行動を開始したら小型核を撃つつもりだったのでしょう、4つの監視塔からね>

  「それは、貴重な情報ね」
  危なかった。
  小型核であるミニ・ニュークはキャピタル・ウェイストランドでも希少な代物ではあるけど出回っている。
  それを大量に、か。
  具体的にはどの程度のことを大量とソノラは表現しているかは分からないけど、さすがはエンクレイブと言ったところか。キャピタルにあるのは過去の遺産だけど、連中は製造してるのかもしれない。
  となるとやはり戦力の差は大きいな。
  移動要塞クローラーは抑えたい。
  もちろん、それが不可能なら破壊するまでだ。レイブン・ロックでの情報が正しいなら、移動要塞は2基ある。
  多いとみるか少ないとみるかは人それぞれだろうけど、エンクレイブ全戦力の中でも2基しかないと考えるなら、ここで破壊することで連中に対しての堂々たる意思表示になる。
  我々は屈しないという意思表示だ。
  「ソノラ、他には何か情報は? 気付いたことはない?」

  <移動要塞の上部、甲板とも言うべきでしょうか。ベルチバードか20数機あります。気付いたことはそれぐらいですかね>

  「ベルチバード」
  クリスティーナ側のか、いや、オータム側のか。
  移動要塞を奇襲した際の機体だろう。
  逆にクリスティーナ派の編隊はオータム派の本拠地と踏んでいた要塞に突入、しかしそこは既にもぬけの殻で逆包囲されて身動きが取れないと聞く。
  ふぅん。
  意外とクリスって詰んでいるんじゃないだろうか。
  親衛隊のカロンとハークネスは拘束、親衛隊と思われるリナリィは戦死し、精鋭らしきシグマ分隊も壊滅してる。そう考えたらオータムも結構被害大きいなヘルファイヤートルーパー隊潰したし。
  ベルチバード、か。
  万が一には脱出に使うことになるかもね。
  覚えておこう。
  「ソノラ、今後はどうするの?」

  <我々はここで待機します。なので攻撃しないように徹底してください。した場合、どこにいようとミスティの頭に鉛玉を叩き込みますから。……ふふふ、私もジョークを言えるようになりました>

  「……つ、通信終了」
  ジョークか?
  ジョークなのか、今のは本当に?
  後でトリスタンに通達しよう、ソノラのいる監視塔を攻撃した奴は極刑に処すとっ!
  ソノラまぢ怖い。
  嫌だなぁ。
  「で? 優等生、俺らはどーするんだ? 偵察して帰還か?」
  「あれ以外なら問題ないんだから試射する」
  ガウスライフルを構える。
  ソノラの監視塔?
  まさか。
  ……。
  ……い、いや、いっそやっちまった方が……。
  はっ!
  何考えてんだ、私。
  トラウマですね、ソノラの恐怖。
  おおぅ。
  「撃つわよ、離れて」

  カチ。

  その瞬間、きのこ雲が上がった。
  「はっ?」
  おそらくミニ・ニュークが他の監視塔にもあったんだろう、あったんだろうけど、引き金引いた瞬間に吹き飛んだ。
  弾速はぇーっ!
  何だこれっ!
  「ト、トチーカーで試してみる」
  そうよ。
  あくまでミニ・ニュークがあったから核爆発しちゃっただけなんだ、今のじゃ正確な威力が分からない。
  トチーカーならいいだろ。
  「撃つわよ」

  カチ。

  ちゅどーんと粉砕。
  えっ?
  えっ?
  えっ?
  何なの、この威力。
  ええー?
  「ぐ、軍曹、これ、すごいのね」
  「いやいやいやいやっ! パターソン大尉の使ってたのはこんなに威力ねーよっ! 万里の長城どころか宇宙まで吹っ飛ぶ威力だぞ、これっ! 出所どこだよ、魔改造ってレベルじゃないぞ」
  「魔改造って……」
  メカニストたちが改造したのか?
  あれ。
  確か宇宙船で見た記憶があるな、その時ジョンソン・ブライトが修理してたけど、あはは、宇宙人の使ってる機械の謎パーツで知らず知らずに改良しちゃったのかもなぁ。
  それで、メカニストたちがリミッターか何か外してこんな威力になったとか?
  あはははー。
  「……駄目だ、無茶苦茶すぎる」
  「主? どうされたのですか?」
  「……ねぇ、皆」
  「何だよ、優等生」
  「制圧とか言ってないで、私がガウスライフルで移動要塞を壊した方が早くない?」





  同刻。
  移動要塞クローラー。内部。指令室。
  「……おい、サーヴィス」
  「はい、閣下」
  「……監視塔はともかくとして、簡易組み立て型トチーカーは移動要塞クローラーの外装と同じ材質だったよな?」
  「はい、閣下。フォース・フィールドの応用で装甲を強化した代物です。フォース・フィールドほどの防御力はありませんがBOS程度の軍事力ではまず潰せません」
  「……潰したぞ、一瞬で」
  「まあ、確かに」
  「……」
  「ははは」
  「ははは、じゃねぇぞ」
  次の瞬間、再び振動。
  監視塔がまた破壊される。
  さすがに監視塔に展開していたエンクレイブ部隊がミスティたちに攻撃を加えようとするものの、遠距離からの一撃で全て粉砕される。
  これで。
  これで移動要塞クローラーの守備隊は全滅した。
  監視塔が1つ残ってはいるがミステイが攻撃しないところを見ると既にBOS側に落ちているのだろう。
  この状況に際し、BOS&メトロ連合軍がミステイたちの周りに集まってくる。
  「来るか」
  「いえ、閣下。まずこちらに攻撃してくるようです。総員対ショック態勢っ!」
  移動要塞が震える。
  ダメージだ。
  確実にダメージを受けている。
  サーヴィスは呟いた。
  「これは、想定外だ」
  そう。
  ミスティが動き回り、自分たちNCRが優位に立てるように算段はしていた。
  だがこれは想定外だ。
  むしろ余計な行動でしかない。
  邪魔だ。
  完全にNCR諜報部隊はミスティを過小評価していた。そしてそれが今、祟ってきている。
  カール、偽オータムが叫んだ。
  「指令室に繋がる隔壁を緊急閉鎖っ! 代わりに;連中が要塞内に侵入したと同時に第1から第5のセクション解放っ!」
  「了解しました大統領っ!」
  オペレーターの1人が答える。
  ほぅ、サーヴィスはその対応に感嘆の吐息を吐いた。
  悪くない手だ。
  「クリスティーナ側の兵士を使うのですね?」
  「ああ、閉鎖して押し込んでいた連中だ。要塞内にミステイたちが入り込んで来たら連中とぶつかるってわけだ。敵の敵は敵なんだよ、結局な」
  オータム派の兵力は少ない。
  100程度しかいない。
  セキュリティが死んでいる以上、まともにぶつかれば負ける。
  「さてサーヴィス、まだ時間はあるか?」
  「ええ、まだ少しだけ」
  「では話をしないか?」
  「話、ですか?」
  「ああ」
  「どのような?」
  「俺のルーツだよ」