私は天使なんかじゃない






閉ざされた暗闇の中で







  招かれざる者たち。





  「どうぞ」
  「どうも」
  制御室の扉の前ではBOSのパワーアーマー兵士が3人警戒していた。
  ふぅん。
  完全に人を入れてないわけじゃないんだ。
  まあ、意味は分かる。
  現状制御室の人工知能マーゴットは何者かによってBOS側のアクセス権を剥奪してる。剥奪だけではなく、ここを完全に落とされたらどうしようもない。かといって全員を大統領専用メトロに
  入れるとエンクレイブのベルチバードに空爆されたらひとたまりもない。大分ぼろいもん、ここ。
  もっとも。
  もっとも、私はアクセス権を剥奪した敵とやらに疑問を感じてる。
  何でも剥奪だけで済ませたんだ?
  確かにセキュリティロボットを差し向けて攻撃はさせてはいるけど、私からしたら生温いと思ってる。アクセス剥奪できる敵なんだ、それ以上は出来るだろ。
  大統領専用メトロを管理下に置くこともできる。
  なのにしない。
  何故だ?
  「主」
  「うん」
  まあいい。
  今はやることをやるだけだ。私は開かれた扉を抜け、中に入る。
  広い空間だ。
  私たちは20人強の大所帯だけど充分座って寛げる。
  中央にはコンピューター……なのか?
  画面とスピーカーがあるけどキーボードがない。
  計器類がごちゃごちゃ付いた機械に音声出力用のスピーカーがあるだけで操作するべき代物がない。その周りには無数のサーバーが置かれていた。
  音声で起動するタイプかな?
  「来たか、ブッチ・デロリア。ミスティも」
  「よお、マキシー」
  「どうも」
  私はついでですか?
  室内にはメトロの人間が5人。
  「マキシー、これで全部?」
  「いや。向こう側の扉、奥へと進む扉の向こう側に10人ほどいる。BOSの兵士たちだ」
  「へぇ」
  戦力的には申し分ないか。
  「セキュリティは来ないの?」
  「ああ。少し前に排除した。メトロの奥ではまだ稼働しているが一定の区間からは出てこない」
  「なるほど」
  「これがマーゴットだ」
  「へぇ」
  スピーカーを指さす。
  つまり……。
  「音声で反応するの?」
  「そうだ」
  「ふぅん、ハイテクね」
  当時の水準でもこれは珍しい部類だと思う。
  マキシーは続ける。
  「Metro Authority Rapid Governmental Transit System、それが正式名だ」
  「なるほど。ん? デズモンド、どうしたの? 深刻そうな顔して」
  「赤毛さんよ、こいつは……手間じゃないか? キーボードがないぞ」
  「確かに」
  システムをパソコンに繋いで、的なことをする必要がある。
  ただボルトメンバーもいる。
  「とりあえず皆休息しましょう、アダムス空軍基地に行ったら食事なんて出来ないかもだから。飲んで食べて休憩して。……ただ、お酒はダメだからね」
  嫌そうな顔をしたのが数人いたかな。
  とはいえ飲まれて潰れても困る。
  高揚感にはなるんだろうけど認識が鈍るわけで、戦場で鈍ったら死ぬだけだ。大統領専用メトロは中立地帯種瀬箭内、もう敵が入ってると考えていい。
  さて。
  「ケリィ」
  「解析か」
  「……」
  「なんだよ? 意外そうな顔して」
  「いえ、よく分かったなぁって」
  ヘルメットを取り、悪戦苦闘しながら彼は腕部分のアーマーを取った。
  PIPBOY弄るには確かに邪魔だ。
  「ミスティ」
  「何?」
  「俺はお前らよりも前に外に出てるんだぞ、つまり人生経験が豊富ってことだ。これぐらい簡単に察する。PIPBOYでハッキングして内部弄るんだろ、やろうぜ」
  「頼りにしてるわ、ケリィおじさん」
  他の仲間たちは腰を下ろし、携帯している食料や飲み物を出してささやかな食事会を始めている。
  いいなぁ。
  勧めておいてなんだけど、私もお腹空いた。

  「ドノバン、それ取って」
  「隊長、了解だ。ほら、フォークスも」
  「ありがとう」

  何だかんだでフォークスも馴染んでるなぁ。
  良いことです。
  アンクル・レオの顔が浮かぶ。
  ……。
  ……駄目だ、感傷的になる。
  グリン・フィスは大丈夫だといったけど、詳細は不明。もう会えないらしいけど、大丈夫ってなんだろ。
  慰めか?
  それとも……。
  「主」
  「ん?」
  察したのか。
  律儀な人だ。
  「無事ですよ、彼は」
  「出来たら詳細が知りたいんですけど」
  「姪の護衛をしているんです」
  「姪」
  ハーマンのことか。
  本当に姪なのか、私から見たら謎だけど。
  「今頃はシェイディンハルにいると思います」
  「今はそれで良しとするわ」
  嘘をついても分かる。
  それぐらいはグリン・フィスも分かってるだろう、となればこれは嘘ではない、ということだ。
  今はこれでいい。
  エンクレイブの絡みが終わったら、ゆっくりと聞くとしよう。
  さて。
  「ケリィ、始めましょうか」
  「ああ」
  軍曹がニヤニヤしてブッチを小突く。
  「ボス、出番みたいだぜ?」
  「……」
  「ボースー?」
  「お前たちわりぃぞベンジーっ! 俺様を弄るんじゃねぇっ!」
  まあ、ブッチ君には無理ですかね。
  「ふっ、ビッチ・テカリアはそんなことも出来んのか」
  「出来ないてめぇには言われたくねぇよサロン・パスっ!」
  「相変わらず愉快だなブッチ・デロリア。腹が満ちたら次は私を満たすのだぞ、性的な意味でな」
  「……ほんっとうに女なんだよな、マキシー」
  「性別なんて下らない」
  「いやいやっ! 俺様には重要だからなっ!」
  賑やかなことで。
  「楽しんでいるとこ悪いけど私聞きたいことがあるのよ、いいかしら、マキシー」
  「何だ、ミスティは3ピーっ!(伏字)がいいのか?」
  「露骨にエロいこと言うな露骨に」
  「ピーっ!は放送禁止用語的なピーっ!だ。屋らしいこと考えてるなんて、意外だな」
  「……」
  マキシー意外に苦手かもしれん。
  こいつ手ごわい。
  「くっ! 何てユーモアなんだ……っ!」
  お前は黙っとけグリン・フィス。
  最近うざいっす。
  「それで、ミスティ、どうした?」
  「どうしてあなたたちメトロもここに居残ってるの?」
  5人だけだけど。
  見た感じアクセス権限の復活、をしているようではない。入った時の印象は、ダラダラしてるだけに見えた。
  「我々はハイテク集団ってわけではない。アクセス権の奪還とかはっきり言って、さっぱりだ」
  「撤収してもよかったんじゃない?」
  「いや、最悪の場合は列車をコントロール室から動かさなければならない。それは、我々に出来ることだ。それをしないのはセキュリティがそのルートに一杯だからだ。突破できない」
  「ああ、なるほど」
  「BOSもこの状況をそもそも想定してなかった、3分の2を前線に送るまではアクセス出来ていたんだからな。誰かがここに忍び込んで、データを弄った」
  「そこが分からないのよね」
  はっきり言って、そんなことできるなら完全にマーゴットを管理下に置ける。
  何者だ?
  いや、それよりも何か意味があるのか?
  「ともかく我々にはどうにもできない。BOSはスクライブの集団を鹵獲したベルチバード群の保守点検に差し向けてしまった。アクセス権が奪われたのは、そのあとだ。どうしようもなかった」
  「なるほどね」
  PIPBOY3000を操作する。
  ケリィもだ。
  ハッキングして、主導権をこちらに取り戻さないと。
  最低限でもセキュリティの敵対パラメーターの無効化はしなければならない。ロボどもを止めることが出来たら、今マキシーが言ったように列車を手動で操作してもらおう。

  カタカタカタ。

  PIPBOY3000のキーボードを叩きながら私はマキシーに聞く。
  「列車って、列車内からは動かせないの?」
  「出来ない。そもそも操舵室がない。遠隔で動かすだけだ、マーゴット化、コントロールルームで我々がね」
  「なるほど」
  
  カタカタカタ。

  容易いな、これ。
  こっちを締め出そうしてるけど今回はケリィも同時にハッキングしてる。横目で彼の様子を見るけど、慣れた手付きでハッキングしてる。
  ふぅん。
  戦闘以外で今まで組んだことなかったけど、こういうことも出来るのか。
  電脳戦も卒なくこなすケリィ。
  有能だ。

  <不正なアクセスを確認。IDを提示してください>

  ほら来た。
  現在アクセスが封鎖されている領域に入ろうとしているんだ、それも不正に。マーゴットはこちらを怪しいんでいる。とはいえ、エデンのように人格があるわけでもなさそうだ。
  あくまでもコンピューターってところかな。

  <不正なアクセスを確認。IDを提示してください>

  二度目の警告。
  「ケリィ、入れる?」
  「まだ駄目だ」
  「私がセキュリティ黙らせるから……」
  「いや、俺が黙らせるからお前が侵入しろ。自分のID作って厄介ごとにダイブしたくないんでな。今後もIDを提示する機会があるかもしれん、その時厄介がないと言い切れるか?」
  「分かったわよ」
  「頼むぜ。トラブルメーカー」
  何人かその発言で吹いた。
  グリン・フィスもだ。
  忠誠無比なんじゃなかったのかよぉー?

  <不正なアクセスを確認。IDを提示してください。提示されない場合はセキュリティユニットに通報します>

  警告来たな。
  だけど残念、こいつで終わりだっ!
  「ミスティっ!」
  「おっけぇ、エンターっ!」

  カタカタターンっ!

  よし、中には入れた。
  私はそのまま偽のIDを作る。マーゴットと繋がっているPIPBOYの画面に私の顔、ID番号が表示される。
  顔、か。
  どっかにカメラがあるのか、それをマーゴットが撮影してパソコン内に取り込んだようだ。
  名前を入力。
  これで私はマーゴットに登録されている、ってわけだ。
  アクセス権限取得完了。

  <ようこそ、ミスティ。何か御用でしょうか?>

  「大統領専用メトロ内の現在の状況を教えて」
  これでようやくスタートラインだ。
  何とか主導権を取り戻せたらいいんだけど。
  列車は最悪マキシーたちが動かせれる、だから最低でもセキュリティロボを全て黙らせれればいいんだけどな。力押しでも行けるけど、少しでも戦う以外のコマンドを選びたい。
  マーゴットは蓄積されている情報を吐き出す。

  <構内の視覚センサーが南東のトンネルがあるエリアに多数の不審人物がいることを確認しています。彼らはメトロ内の装置を破壊し、私との対話を拒否しています。その為、米国安全
  規定A567/Bに基づき攻撃が許可されました>

  侵入者?
  私ら……いや、違うか、対話してる。BOSは完全に外で待機だし、だとしたらエンクレイブか?
  「何者なの?」

  <そのエリアのセンサーは損傷を受けています。体熱がなく致死量の致死量の放射能を放出するということしか分かりません。違反により現在までに保有するセキュリティロボットの22%が失われました>

  「熱がない、いや、極端に低い?」
  「フェラルだろ、たぶんな」
  デズモンドが呟いた。
  なるほど。
  どっかから侵入してきたのか、戦後ここに逃げ込んだ避難民がフェラル化して彷徨っているのか。
  いずれにしても面倒だな。
  おっ、デズモンドは美味しそうなマカロニチーズ食べてるなぁ。
  「一口頂戴」
  「……」
  「えっ、あっ、ごめん。お腹空いてるのか。そこのチップスでいいや」
  「いや、そうじゃなくて、俺はグールだぞ」
  「見れば分かるけど」
  「ミスティは分からないんだよ、そういうのがな」
  フォローしたのはケリィ。
  分からない?
  何のことだ。
  「ボルト暮らしだからな、分からないんだ。俺もだけどな、たぶんブッチもだろ。外で暮らしている連中にとっては200年だ、スーパーミュータントにしても人間だとは思わない、グールもな。いや
  悪口じゃないんだ。ともかく外の連中にしたらもう別物の生命体だ。別種族だな。だが俺らはそういう概念ないんだよ。今まで混在して暮らしてないから、軋轢とか体験してないんだ」
  「あー、そういうことね。変わった人だな程度の認識だった、ゴブ見た時も」
  デズモンドは私をまじまじ見て、それから笑った。
  「あんた、やっぱり面白いな」
  「どうも」
  褒められてない気がする。
  そしてそのままデズモンドは最後の一口を頬張って美味かったぜと言って笑った。
  くれる気ないのかよ。
  まあいい。
  見かねたポールソンに差し出されたチップスの袋を受け取り、食べながら本題に戻ろう。
  パリパリ、ウマーっ!
  「マーゴット、列車の運行状況を教えて」

  <アダムス空軍基地行きの列車のメインパワーリレーが使用不能となっています>

  「修復は可能?」
  誰かがマーゴットを弄ってBOS&メトロ部隊をセキュリティロボット群に襲わせるまでは運航してたんだ、三分の二を送ってたんだ。
  戦闘中の損傷か、何らかの妨害でシステムを使えなくしているのか。

  <いいえ。アダムス空軍基地の路線は修復は可能ですが本システムと列車のリンクが物理的に切断されています>

  となると戦闘か。
  列車の修理はどの程度かかるのか、それとも私たちには出来ないのか。
  「修復を命じたらどうなる?」
  歩いて移動するのは勘弁だ。
  歩いてすぐ着くぐらいなら列車なんていらないだろ。

  <可能です。ヒューズの交換を行います。ただ、列車のコントロールは出来ません、私の接続が切断されています>

  よし、列車は修復できるなら御の字だ。
  「出番だな」
  「お願い、マキシー」
  「だがセキュリティロボットはどうする? かなりの数だ。無茶はするが、無謀なことはしたくない」
  「分かってるわ。マーゴット、セキュリティのパラメーター解除」

  <無理です。全てのセキュリティユニットは常時稼働中です。しかし、本システムに正しくアクセスした為、あなたは攻撃されません>

  それでは困る。
  私だけ狙われなくても仲間は狙われる。
  ……。
  ……そしてその場合、私だけで全部やれとか言われかねない。
  うー、主人公降りたい今日この頃。
  ケリィはこれを見越して自分のIDは拒否ったんだな。
  賢明ですよ。
  おおぅ。
  「敵対パラメーターの再設定は可能?」

  <あなたの権限では、不可です>

  「ふぅん」
  私の権限では、ね。
  つまり止めようと思えば出来るってわけだ。何とか権限のあるようにしたいところだけど。
  「マーゴット、あなたは何者?」
  思えばエデンに似ている。
  戦前から稼働している。
  エンクレイブの回し者ではないのは分かる、だとしたら三分の二も前線に送らないはずだ。

  <私の主要機能は大統領専用メトロの保全と乗客全ての安全を保障することです。私は大統領専用メトロ内に2065年4月14日午前5時20分に起動しました。その稼働開始日以来ずっと稼働しています>

  戦争は知っているのだろうか?
  今、当時のアメリカが存在しないことも。
  命令する者もいないということを。
  知っているのだろうか。
  全面核戦争で、あなたが知る世界が既にないことは?

  <連絡システムが分断された為、現在または過去に起きたことには通じていませんが問題が起きたことは分かっています。しかし私が稼働している限り、私への命令は永遠に有効です。あなたが提供した
  情報に基づき、私のメモリを更新します。しかしどのようなことが起きようとも、私の主要機能は変わりません>

  「提供した……」
  学習してる。
  エデンになる可能性がないわけではないのか?

  <私のコアとなるCPUと論理装置は独自の思考と学習が可能となっています。しかし私の主要機能は、他のいかなる機能よりも優先されるように設定されています>

  なるほど。
  リミッターがあるのか、そして私の疑心を瞬時に読み取った節がある。
  彼女は有能だ。
  全部終わったら、新しい政府に力を貸してくれないだろうか?
  トントンと肩が叩かれる。
  アカハナだ。
  「何?」
  「ボス、合流時間もあります」
  「分かってるわ」
  先に進まなきゃね。
  ふと、この厄介な騒動の発端となった奴のことを考える。
  そうか。
  奴はセキュリティロボを動員した、BOSたちを襲わせた。まあ、セキュリティにしたらIDない奴全部敵状態なわけで、別にBOS狙い撃ちってわけではないだろうけど。
  気になるのは、どうやって派遣した?
  「マーゴットを使った」
  「主、何の話ですか?」
  「誰だかわからない敵の話。私同様にIDを取得したはずよ、まさか200年前の政府の人物ってわけではないでしょうよ。生きてるわけがない」
  「相棒は生きてるぞ」
  顔を赤くしたポールソンが陽気に言った。
  顔を赤く……飲んでるのかよ。
  「うらやましい」
  グリン・フィスが呟く。
  緩いな、空気が。
  引き締めよう。
  「グールになってたら容姿が違う、マーゴットが承認出来るとは思えない。まあ、それは仮定だけどさ。グールになってても戦前に登録してたらログインできるのかもしれない。ともかく、そいつはIDを
  持ってる。私同様に画像を添付されてマーゴットの端末に入ってる。マーゴット、私の前にログインした人物を教えて」

  <許可できません。役職者のみ有効な命令です>

  「行き止まりか」
  「そうでもないぜ、ミスティ」
  カタカタターンとケリィはキーボードを叩いた。

  <役職を確認、ミスティ上級職員の権限によりIDを表示します>

  画像が出てくる。
  帽子を被った、眼鏡の男。40代か50代か、首元までしか画像はないけど白衣らしき者を着てる。
  誰だこれ?
  名前はマイケル。ただ、名前は当てにならない。私の名前だってただボードを叩いて入力しただけで、本人かどうかの確認のしようもないし。そもそもミスティは本名ではない。なのに登録できた。
  名前は当てにならない、だけど顔は当てになる。
  「これ、誰か知らない?」
  仲間に聞く。
  大半は、というか全員首を捻った。
  「知らないわ」
  ライリーは首を横に振る。
  「教授を追ってアメリカ中を回ったが俺も見たことないな」
  デズモンドも駄目か、一番顔が広そうなのに。
  「デリンジャー」
  「僕も知りませんねぇ」
  マジか。
  誰も知らないのか。
  「ケリィ」
  「キャピタルの奴じゃないだろうな、さすがにライリーかデリンジャー知らないとなるとそうなるだろうな。おいデリンジャー、西海岸の奴じゃないのか?」
  「だとしたも僕がいたのはかなり前ですからねぇ」
  そしてデズモンドも知らない。
  お尋ね者とかではないという可能性がある、いや新顔の悪党か?
  エンクレイブではないだろ。
  こんなことならカロンたちを案内役として連れて来るべきだったか、そうしたら面は割れたのに。まあ、本当のことを言うとは限らないけど。

  <上級職員。あなたの権限によりこのIDの人物を追跡できます。実行しますか?>

  「お願い」
  有能ですね、マーゴット。
  画面が途切れ、数秒してからどこかの部屋を映した。
  配管が一杯ある部屋。
  そこに男が1人、いや、少なくとも3人いる。向こうの部屋に付いているカメラはその人物を追尾しているのだろう、IDの人物が動くと他の2人は画面から消えた。
  何か作業してる。
  何かを壁に取り付けたりしている?
  何してるんだ?
  その時、ふと男はこちらを見た。
  ID写真の男だ。
  男はカメラの方に手を向け。軽く振った。

  ザー。

  映像が消え、砂嵐となる。
  見られてることに気付いたっ!
  「主、今のは……」
  「投擲したんでしょうね、ナイフとか」
  発砲ではないだろ。
  発砲なら、さすがに壊れる前に銃声がスピーカーを通してこちらにも伝わったはずだ。
  ただ……。
  「いえ、投擲でもないですねー」
  「デリンジャー、どういうこと?」
  「刺さる音がしたはずです、だがそれがしなかった」
  「じゃあ、衝撃波とか出したって?」
  私は笑う。
  そんな漫画みたいなこと……あるか。
  「能力者」
  「かもしれませんね、まあ、僕には分かりません」
  だけどあいつは何してたんだ?
  「マーゴット、あそこの部屋は何?」

  <情報をサーチしています。サーチ完了。ガス管、水道管の検査エリアです。ただしガス及び水道は今から102年3か月と21日前に地上に流出し枯渇しています>

  元栓的な場所か。
  だけどそんなところで何を……。
  「爆弾、ではないか」
  「爆弾」
  フォークスはそう言った。
  なるほど。
  確かにガスなり水なりが通っているなら爆発、水攻めが出来る。だけど枯渇している。知らないってことは……ないな、少なくともID作った奴はこちらと同じぐらいの技術がある。
  それぐらいサーチしてるはずだ。
  なら、何で……。
  「位置か。マーゴット、あそこで爆発物が爆発した場合の影響は? 影響が出る程度の威力で算出して。何が、どうなる?」

  <情報をサーチしています。サーチ完了。爆発した場合、その影響でアダムス空軍基地への路線が崩壊します>

  「マジか」
  決まりだな、あいつらエンクレイブに雇われてる。
  何者かは知らない。
  だけどやることが増えたな。
  手分ける必要がある。
  まずは……。
  「マーゴット、セキュリティレベルの一部を解除。可能? コントロールルームまでの道のり、および列車までの最短ルートまでのセキュリティを解除」

  <可能です上級職員。解除。セキュリティユニットは別の警戒エリアへと移動を開始しました>

  「優等生、何だって全部止めないんだ? 止めちまえば楽だろ?」
  「フェラル徘徊してるのに?」
  「あー、そういうことか」
  「そういうこと」
  こちらの移動に必要なところ以外は警戒レベルを維持するべきだ。
  傭兵のフェラル使いがいるのか、完全にただフェラルの大移動に巻き込まれただけなのかは知らないけど、全部を相手にしている余裕はない。
  その時、ライリーが無線で誰かと話していることに気付いた。
  「どうしたの、ライリー」
  「良い話と悪い話があるけど、どっちが聞きたい?」
  「じゃあ、悪い話から」
  「外の部隊がエンクレイブに捕捉された、現在交戦中。グロスって指揮官が、最終便を出していいってさ」
  私らが最終便、か。
  襲来してきたエンクレイブの連中はよっぽどの大部隊のようだ。
  外に布陣してたからか?
  いや、呼んだ可能性があるな、内部にいる傭兵が。もっともどちらの派閥かは分からないし、ただ最初からこちらの行動を呼んでて部隊を派遣した可能性もある、か。そしてグロスさんもそれを
  呼んでた。だから内部にとどまらず、移送可能になるまで外に布陣していたのだろう。大統領専用メトロはガタが来てる、内部にこもるべきではないと判断したのだ。
  「じゃあ、良い話は?」
  「私たちは外で戦う必要がない」
  「それは、良い話ね」
  「気に入ってくれてよかったわ」
  ハハハ、ワラエルー。
  私的にはどっちも面倒な気がする、というかこのまま行けばクリス派とオータム派の最大の修羅場のアダムス空軍基地行きだ。むしろ外で戦って終わりの方が良い話のような。
  おおぅ。
  「赤毛さんよ、こいつは時間的な余裕がないのかもしれないぜ?」
  「ないわね」
  エンクレイブの攻撃に巻き込まれて崩壊の可能性がある。
  そして爆弾犯。
  そいつを何とかしないと移動が不可能となる。
  内部にいる傭兵は馬鹿じゃない、マーゴットを完全にシャットアウトしなかったのはこちらを分断する為だ。じゃなきゃ意味が通らない。分断して各個撃破するって寸法だろう。
  だけどそれならこちらにも勝機がある。
  割かなければならない理由があるはずだ、それは多分傭兵の数。
  絶対的に多いわけではないだろう。
  ただし、能力者のような奴もいる。
  油断はできない。
  とはいえ分担が必要だ。
  分担が。
  「ライリー、レンジャーの半分連れて爆弾を解除してきて。出来るわよね?」
  「出来るわよね? 当然でしょ。その程度が出来ないなんてライリーらしくないわ。それで、フォークスはどうしたらいい? 大きな戦力よ、彼は」
  「こっちに同行お願い。あと半分隊員を貸して。人選は任せる」
  「分かったわ」
  「僕も爆弾解体に回りましょうかねぇ」
  「任せた」
  即答。
  ライリーはデリンジャーに対してあからさまに怪訝そうな顔をしたけど、デリンジャーは強い。キャピタルで確実に上位に入る。
  能力というチートがなければ私も死んでる。
  彼がいれば爆弾班は問題ないだろう。
  「マキシー」
  「何だ、ブッチと子作りの時間か?」
  「……」
  「冗談だ。私がブッチを妊娠させる。案ずるな」
  「……そ、そう」
  一瞬理解が追い付かなかった。
  ブッチは、どういうことだ俺って妊娠できるのか?と軍曹に連呼してる。混乱してるなぁ、ブッチ君。
  「マキシー、列車を動かして」
  「つまり我々は前線には行けないのだな?」
  「そうね。でも、大切なこと」
  「いいだろう、サポートする。だが1人で良い、人数をつけてくれ」
  「ポールソン」
  「俺か? まあいい分かったぜ、ミスティ」
  「残りは私と一緒に列車に」
  ミスティ組は人数の半分以上だ。
  もちろん意味がある。
  列車で前線に行くわけだから人数は必要だし、フェラルどもとぶつかったとき用に大所帯にしてある。
  我々はどうする、と部屋の前後を護っていたBOSが入ってくる。
  「ここを護って。マーゴットが落ちると、まずい」
  「了解した、閣下」
  これで全ての行動が決定した。
  問題があるとしたら。
  「お腹空いた」
  「俺もだ」
  私とケリィだけ飯抜きっ!
  お仕置きですか?
  悪いことなんてしてないのにぃー。





  15分後。
  配管エリアに向かう一団が通路を歩いていた。
  ライリーとそのレンジャー10名。
  デリンジャーのジョン。
  この区域にいたセキュリティロボットの類は既にここにはいない。上級職員のIDを得たミスティによって警戒は解除、セキリュティ部隊は警戒エリアへと移動している。
  照明は薄暗く、ところどころ落ちていた。
  マーゴットのアクセス権を卯木射返したもののね物理的に損傷した設備はどうにもならない。
  ただ、全く先行きが見えないという暗さでもない。
  「隊長、このペースならあと10分と言ったところです」
  「分かったわドノバン。制御室、配管エリアの状況は?」
  無線で制御室に詰めているBOS兵士に聞く。
  室内のカメラは破壊されたが配管エリア周辺の全てではないもののカメラはまだ生きており、必ずどこかで捕捉される。゜

  「まだ捕捉できていない。ただ全てが追えているわけではない、それは理解してくれ」

  「分かった。通信終了」
  アサルトライフルを構えつつ部隊は進む。
  敵の正体、規模はまだ判明していない。
  「デリンジャーのジョン」
  「何ですか?」
  「はっきり言う、私はあなたを信用していない」
  「構いませんよ。僕はあくまでミスティと友達になっただけですからね。あなたとは仲間でも何でもありません」
  「気が合うわね。私も、ミスティが言うから我慢してあげてるのよ。忘れないことね」
  「ええ、それはどうもご丁寧に」
  デリンジャーのジョン。
  ライリーレンジャー。
  殺し屋と傭兵、特に接点があるというわけでもない。事実面識はあるものの、依頼が被ったことも、敵味方になったこともない。ただ虫が好かないのだ。ライリーからしたらデリンジャーのジョンは
  悪役であり、淘汰するべき存在という位置付けだった。それはデリンジャーも理解している。実際レイダー連合やパラダイス・フォールズの奴隷商人には何度も雇われている。
  それに。
  それに本当に彼にとってはミスティ以外はどうでもよかった。
  だからこそ、別にぶつかるつもりもない。
  「おや」
  立ち止まるデリンジャー。
  つられてライリーたちも止まった。
  「何? どうしたの?」
  「闇の向こうに何かいます」
  「はあ?」
  目を凝らす。
  何も見えない。
  だがライリーはプロだった、虫が好かないから無視するという性格ではない。
  「散開、攻撃に備えろ」
  瞬時に待ち伏せだと察した。
  その次の瞬間には何かが闇を割いて通り過ぎた。指示がなければ隊員の誰かが確実に死んでいた。
  「不意打ちっ! 応戦……っ!」
  「応戦しなくていいです。前の敵を気にしつつ、後ろからの銃弾を気にすると、疲れますから」
  そう言うと同時にデリンジャーは走り、すぐに闇の中に消えた。
  補佐のドノバンがライリーに判断を問う。
  「どう、しますか?」
  「あなたたちはここで待機、私が行く。ドノバン、指揮を。何かあったらすぐに無線で呼ぶわ」
  「了解です」
  「まったく、先走って」
  ライリーもアサルトライフルを構えつつ、細心の注意を払って進む。
  走りながら発砲音。
  通路の向こうで何やらちかちかと光ってる、銃の火花が散っている。戦闘が開始されている。

  「ああ、ライリーさん」

  ライリーが付くと、その場には2つの死体。
  戦闘は終了していた。
  「出遅れたわ」
  「スコアを稼ぐってわけではないので、いいんじゃないですか?」
  「スナイパーのコンビか」
  2人の死体の近くにはスナイパーライフルが転がっていた、2丁。
  先ほど制御室で映った2人だろうか。
  何人編成でいるのかは分からないものの、もう1人いる。ID登録した奴がいる。検視の為にライリーはしゃがむ。死体の首元は割かれていた。
  ナイフで切り裂いたらしい。
  「ライリーさん、知ってますか、こいつら」
  「1人は知ってる。サム・ワリック、最近2人組で殺し屋をしている奴だ。もう1人は相棒なんだろうが、この顔は私は知らない。殺し屋同士、お前は知ってるんだろ?」
  「ははは。絡みますねぇ。サム何ちゃらは初耳ですけど、こいつは確かに知ってます」
  「誰だ」
  「ドリフターです」
  「ドリフター……ストレンジャーか」
  「そうです。西海岸最強の傭兵集団。確かドリフターはポマーの招集に応じなかった、と聞いています。今回ここにいる理由は何でしょうね。殺し屋として僕みたくエンクレイブに雇われたのか」
  「ストレンジャーとして雇われたのかってこと?」
  「そうです」
  「だけど全滅したって聞いてる」
  「大半は、ということでしょう。ミスティの仲間にガンスリンガーという奴がいますし、グレイディッチから逃れた奴もいる。サム何ちゃらは知りません、キャピタルの支隊ではないでしょう。依頼人に
  よってただ単にドリフターと組まされた殺し屋なのか、それとも別の地方にいる支隊が招集されたのか。いずれにしても言えるのは、面倒な展開ということですね」
  「お前がこちら側っていうのも、面倒だけどね」
  「絡みますねー」

  こつ。こつ。こつ。

  靴音。
  それは闇の向こうから聞こえてくる。
  瞬時にライリーはアサルトライフルを構え、デリンジャーはナイフを手に佇んだ。
  男が暗がりから現れる。
  「止まれ、動くと撃つっ!」
  ライリーが警告した。
  爆薬の量は知らないものの、構造上ここで爆破はしたら彼も巻き込まれる。爆破はしないと踏んでいる。
  中年に差し掛かる男は眼鏡を掛け、ツバ付きの帽子を被り、白衣を羽織っている。
  だが武器らしい武器は腰に差してある10oサブマシンガンだけだ。
  連射系の武器は脅威ではあるがライリーにしろデリンジャーにしろ修羅場を潜り抜けている。どうにもならない相手ではない。
  「拘束させてもらう、何者かを教えてもらうわ」
  「……」
  「両手をあげなさいっ!」
  「撃つ、だと?」
  「……?」
  彼は右手を中ほどまで上げる。
  警戒するものの銃に手を伸ばせば瞬時に射殺できる。
  「Break Dowm」
  無数の金属音を立てて、アサルトライフルとナイフは床に転がった。一つ一つ分解され、銃とナイフを構成している全ての部品が床に散らばった。ライリーの腰にあったサブウェポンもだ。
  ライリーはもちろんのこと、デリンジャーもまたあまりの展開に呆気に取られる。
  それが隙となる。

  「ふははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
  
  バリバリバリ。

  10oサブマシンガンが火を噴く。
  デリンジャーは咄嗟にライリーを押しのけ、自分もその場に勢いよく転げるもののライリーは弾けるようにして後ろに飛んだ。
  「くあっ!」
  苦悶の声を立てて転がるライリー。
  数発をアーマーに受け、2発ほど右足を貫通していた。デリンジャーが押しのけていなければ即死だった。通路の向こう、ライリーたちが来た方向からも悲鳴がいくつか聞こえた。
  流れ弾が当たったのか、銃撃に動揺しているだけか。
  デリンジャーは転がりながら、ポケットから小型拳銃デリンジャーを取り出して狙いを定める。
  「Break Down」
  再び音を立てて崩れる銃。
  バタバタと走ってくる音を聞きつけた男は踵を返して闇の中を疾走した。別ルートで移動するつもりらしい。
  「隊長っ! おい、スティムパックの準備をっ!」
  「わ、私は大丈夫よ、ドノバン、爆発物の解体を急いで。奴が爆発の影響範囲外まで到達したら爆破される、それでは意味がない。スティムだけ頂戴、弾は貫通してるから私が自分でやる」
  「し、しかし」
  「行きなさいっ!」
  「了解ですっ!」
  部隊が爆発物のある部屋へと向かっていく。
  そんな中、デリンジャーは呟いた。
  「何故最初の能力の時にデリンジャーを破壊しなかった……いや、これは……視認したものだけを解体するのか? ともかくミスティに連絡しなくては」





  DC残骸。
  地上から侵入できる、大統領専用メトロの別ルート。
  「奴を発見したようです」
  「始末する。奴は我々を殺す手段を持っている、全員、気を引き締めてかかるように。……想定外ではあるが、邪魔者がいたら殺していい」
  『了解しました』