私は天使なんかじゃない






彼女の選択







  二律背反。
  異なる命題は同時には成り立たない。
  そして彼女は選択する。

  自らの意志で。





  「面会できない?」
  パワーアーマーを着た年配の女性はスターパラディンという役職にあるグロスはグリン・フィスにそう問い返した。
  アンダーワールドエントランス。
  そこにはBOSの部隊が到着していた。
  あくまで今回動員されている部隊の一部、ではあるが。
  「申し訳ないですが主は就寝中です」
  「久し振りに会いたかったんだけどね、それなら、仕方ない」
  BOSの隊員たちはエントランスに積み上げられた木箱の中身を分配している。
  リンカーン記念館からの支援物資だ。
  銃火器。
  弾薬。
  医療品。
  携帯用食料。
  スーパーミュータントがDC残骸から撤退し、天敵らしい天敵がいなくはなったものの、DC残骸の荒廃した現状から考えると破格の支援物資だ。既にハンニバルはシモーネたちの部隊とともに
  リンカーン記念館に引き上げてはいるものの、同時期に来たウルフギャングが物資をBOSで分配しても良いという伝言をしたため、支援物資を受領している。
  当のウルフギャングたちはエンクレイブの一件が終わるまではアンダーワールトで待機するという。
  確かにカンタベリー・コモンズまでの道のりは危険だ。
  ここまでエンクレイブに捕捉されなかったのはある意味で奇跡に近い。
  「具合でも悪いのかい?」
  「無理をなれさているようで」
  「それは、そうだろうね。まだ19歳だ。なのに全てを背負わされている、辛いことだろうね。ジェームスを失ったのに、こんな重責だ」
  スターパラディン・グロス。
  かつてジェームスと赤子のミスティを連れてボルト101まで護衛した女性。
  数少ない、ミスティを出生から知る人物。
  「サラ殿のことは聞きましたか? 自分はアカハナ、仲間から聞いたのですが」
  「ああ。センチネル・リオンズが別行動を取るという話か」
  「はい」
  「ベルチバードが議事堂前に、確か12機だったかな、あったみたいだね。これは想定していなかったけど、実に嬉しい贈り物だよ。決戦は近い、だから」
  「……」
  「だから、無理をしている彼女を支えてあげておくれ」
  「承知」





  どれだける寝たのだろう。
  何かの夢を見た気がする。切ないような、悲しいような。
  ……。
  ……駄目だ、思い出せない。
  起き上がる。
  仲間たちはまだ戻っていない。
  「んー」
  伸び。
  気分は冴えないが体は休息は必要ないと言っている。
  色々と悩んだけど、ブルーな時は寝てスイッチを切り替えるに限る。完全に晴れるわけでも、問題が解決したわけでもないけど、少しは気が紛れた。
  起きてたって考えて悩むだけなんだから。
  さて。
  「少し散歩でもしようかな」
  ガウスライフルは必要ないか。
  キャロルに預けて宿を出た。
  どこに行こう?
  酒場、いや、飲みたい気分ではないな。正確には誰かに会いたい気分ではない。

  ピピピ。

  PIPBOY3000を弄る。
  データは何も来ていない。
  ハークネスから引き抜いた、移動要塞クローラーの情報は何も来ていない。まだ抜いている最中か。だったら私も少しのんびりするとしよう。
  アダムス空軍基地侵攻への合流時間にはまだ時間があるし。
  そうだ、外にでも行くか。
  足をそちらに向けて歩く。

  「主」

  「ん? おや、これはお揃いで」
  グリン・フィス、ブッチ、軍曹、アカハナという組み合わせだ。
  「よう優等生、どこ行くんだ?」
  「気分転換に外に行こうかなって」
  「俺らもだぜ。酔い覚ましな」
  プンプンとお酒臭いがしますね。
  随分と飲んだようだ。
  「主」
  「ん?」
  「お陰はよくなられましたか?」
  「まあ、一応は」
  「何だよ優等生、やっぱり体調悪かったのかよ。……俺、ちゃんと避妊したよな?」

  チャ。

  ショックソードを無言で引き抜いてブッチの鼻っ面に突きつけるグリン・フィス。
  「殺す」
  「何だよジョークじゃねぇーかっ! というかいつものお前の十八番だろうがっ!」
  「自分はいいんだ、ユーモアだから」
  「意味分かんねーよっ!」
  「……ボスうるせぇよ、飲み過ぎて頭が痛いんだ」
  頭を押さえて軍曹は呻いた。
  まったく。
  グリン・フィスとブッチは何をコントしているんだ。
  付き合ってられん。
  私はすたすたと歩きだす。
  歩調を合わせ、少し後ろを歩くのはアカハナ。
  「気分でも悪いんですか、ボス」
  「大丈夫よ」
  「出過ぎたことかもしれませんが体調が悪いのであれば、今回は後方に回った方がよろしいのでは?」
  「……はぁ」
  「ボス?」
  「安心できるのはあなただけよ、アカハナ」
  「ありがとうございます。これで自分もレギュラーキャラってわけですね。ピットから尽くしてきた甲斐がありました」
  「……」
  「ジョークです」
  「そ、そう」
  何かグリン・フィスに毒されてないか?
  おおぅ。
  騒いでいたグリン・フィスたちが慌てて追いかけてくる。
  ……。
  ……今は1人で空でも眺めていたいんだけどなぁ。
  体調は悪くない。
  ただ、気分は優れない。
  私は仲間に嘘をついた、本当はすっごい気分悪い。
  何だろうなぁ、この感覚。
  エントランスに出る。
  ガラーンとしていた。支援物資の木箱ももうないし、ハンニバルたちも、BOSもいない。
  静かだ。
  「主、報告が遅れました。ハンニバルたちは撤退、BOSはハンニバルたちからの物資を受領したのちに合流ポイントへ移動しました」
  「ウルフギャングは?」
  「酒場で見かけましたが」
  「そっか」
  後でまたお礼を言いに行こうかな。

  「やあ、お嬢さん」

  「……このタイミングでかよ」
  ダスターコートの柔和な笑みを浮かべた男性がエントランスにぽつんと立っていた。
  8割ぐらいの女性は彼に好意を覚えるだろう。
  割合の根拠?
  ないっす。
  適当っす。
  ともかくだ、こいつは人当たりが良く、まず嫌悪を覚えない人物というのは間近ってない。まあ、こいつの人となりとかどうでもいい。
  問題はこいつが殺し屋だってことだ。
  そして過去何回か私を狙った。
  面倒な時に来た。
  「優等生、こいつ知り合いか?」
  「殺し屋」
  デリンジャーのジョン。
  気分悪い時に最悪な奴が来たな、味方ってわけでは……なさそうだ。
  「こいつお前狙ってんのか?」
  「うん」
  「何呑気に言ってんだよ、ベンジーっ!」
  「おうっ!」
  一同武器を構える。
  ただ、私と彼は静かに視線を交差するだけ。
  「何しに来たの?」
  「あなたを殺しに」
  「ルックアウトでは仲良かったのに?」
  「しかしピットでは普通にやり合ってましたからね、別に関係性が前に戻ってもおかしくはないでしょう?」
  「そうね」
  今の私はミスティックマグナム2丁だけで、ガウスライフルは宿に置いてきてる。
  盗難は心配してない。
  キャロルに預けてきたし。
  「出来たらお仲間さんは遠慮してほしいんですけどね。こうして面と向かって1人で来た、堂々と。それを考慮してほしいんですがね」
  「何言ってやがるっ! ボス、やっちまおうぜっ!」
  軍曹はそう叫ぶものの、デリンジャーが目を細めると何かを感じたのか一歩後ろに下がった。
  「敵となるなら構いません。手加減は出来ませんが、どうぞご勝手に」
  「……」
  威圧。
  あの軍曹が言い返せないでいる。ちらりとアカハナは私を見、それからグリン・フィスを見た。どうするべきかの意見を求めているようだ。
  やるしかないか。
  私が。
  「分かった、サシでやりましょう」
  「ご配慮に感謝します」
  こいつは強い。
  でたらめに強い。
  全員で掛かればさすがに勝てる、ここにいる仲間たちもただモノではないからだ。ただ、その場合何人か必ず死ぬ。
  それは困る。
  私とデリンジャーとなら、どちらか1人が死ぬ゛けで済む。
  数で考えたらその方がいい。
  「あの、主」
  「ん?」
  「いえ、何でも」
  「……?」
  珍しく歯切れ悪いな。
  そんなに体調悪そうに見えるのか?
  デリンジャーはゆっくりゆっくり後ろに下がり、間合いを保つ。それを合図に私は仲間たちにはなれるように指示、距離を以てデリンジャーと相対する。
  この決闘が最後だ。
  「何度目でしたっけね、やり合うのは」
  「さあね」
  「ルックアウトでは貸しを作りましたが、それは忘れてあげますよ。貸し借り気にしたらつまらないでしょう?」
  「勝利の高揚感とかは確かにあるけどさ、悪いけど私は戦いを楽しんだことは一度もない」
  「そうなのですか?」
  「そうよ」
  「まあいいです。では、参ります」
  「どうぞ」

  バッ。

  コートを脱ぎ捨てて私に向かってに投げた。同時に私は右手でミスティックマグナムを引き抜く。
  目くらまし、ルックアウトの時と一緒の戦法かっ!
  私の能力は視界に頼る。
  少なくとも自動発動の、スロー能力は。
  例えスローに出来ても避けられなければ意味がない、コートをこちらに投げ銃弾がコートを貫通してくるまでは、視認出来るまでは私の自動発動は発揮されない。発動しても近すぎれば避けられない。
  それを狙ってのことだ。
  下らない二番煎じなど……っ!
  「なっ!」

  ザシュ。

  コートを貫通して飛んできたのは、投擲ナイフ。
  ガクンと私はその場に膝をつく。
  左太腿に突き刺さっている。
  「お嬢さん、弱くなりました?」

  タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタっ。

  こちらに向かって一直線に向かってくるデリンジャー。
  コートの下には肩掛けホルスター、黒い44マグナムが差してある。腰にはコンバットナイフ。そして投擲用のナイフを手にし、向かってくる。
  くそっ!
  ミスティックマグナムを連射。

  ドン。ドン。ドン。

  だがデリンジャーは止まらない。
  紙一重で回避して迫ってくる。
  正直、こいつが何かのミュータントでも私は驚かない。サイボーグやアンドロイドの類でも有りだ。それだけデタラメな身体能力だ。
  やばいな、これ。
  こいつ相手に弾丸を再装填している余裕はない、だから発砲の数も控えなければならない。
  二丁合わせて12発。
  それ以上は撃てない。撃ち切れば負けだと思ってる。
  それだけこいつは強いしやばい。
  相手は迫ってくる、左手でナイフを持って。
  私の能力をこいつは熟知してる。
  ノーリスクで自動発動するスロー能力を使わせない為にナイフで私を殺しに来てる、もちろん臨機応変が出来るように右手は空いている。いざとなれば右手で肩掛けホルスターにある
  44マグナムを抜くだろう。ただでさえこの状況なんだ、相手が銃を抜く前に決めてしまいたい。
  ……。
  ……仕方ない。
  失血死しないように祈るしかない。
  刺さったナイフを左手で引き抜くと血が噴き出したけど、ぶしゃーというかんじではなくドクドクとだ。動脈は無事と見るべきか。ただ持久戦だと血がなくなって死ぬ。
  とっとと決めるっ!
  ナイフを銃口に当てて発砲。

  ドン。

  「……っ! そう来ますかっ!」
  ナイフは砕け、散弾となってデリンジャーに向かっていく。
  これで終わりだっ!
  彼は方向転換、大きく左に飛び込んで転がった。受け身すら取れないほど、無理に飛んだ。ごろごろと転がりながら素早く起き上がって私にナイフを向けた。
  嘘でしょ避けたっ!
  「チェックメイトです」
  ナイフが飛ぶ。
  刀身だけが勢いよく。
  スペッツナズナイフかっ!

  ザシュ。

  くそっ!
  左頬っぺた切ったっ!
  ねっとりと熱いものが首に伝わる。結構深そうだ。こいつ乙女の顔になんてことをーっ!
  「こんのぉーっ!」
  
  ドン。ドン。

  「よっと。お返しです」
  再び投げナイフ。
  これはかわす。
  相手も弾丸を避けている。また弾丸を消耗した、左手でもう一丁を抜く。
  さっきの不意打ちの飛びナイフ、デリンジャーがナイフ散弾を無理な態勢とは言え回避したから狙いが甘かっただけで、本当なら私の額に刺さっていただろう。
  くそ、ルックアウトとかで仲良かったけど、普通に殺しに掛かってるな。
  面倒な敵だ。
  デリンジャーは何本持っているのか、更に投擲ナイフを取り出して私に投げる。
  右手にあったミスティックマグナムが私の手から離れた。
  武器を吹っ飛ばされた。
  「舐めてます?」
  「何が?」
  「覇気がない。いえ、僕に対しての闘志ってやつは感じますけどね、何というか、覇気がない」
  「さあね」
  どちらにしても残弾は1発だった。
  吹っ飛ばされた床に転がったことで、何らかの策に使える。
  どういう策にするかは、決めてないけど。
  「ところでデリンジャー」
  「何ですか?」
  「誰に頼まれた?」
  「何だそんなことですか。てっきり命乞いだと思いましたよ」
  「何でそんなことをする必要があるの? 私が勝つのに? ナンセンス」
  「……」
  「何よ」
  「何かありました?」
  私の迷いを見通しているのか。
  まったく。
  「身の程をわきまえなさいよ」
  「身の程?」
  「あなたは殺し屋であって、精神科医ではないでしょ? 悩みは精神科で診てもらう、あんたに言うことじゃない」
  「あはは、なるほど、確かに」
  仕切り直しだ。
  私は銃を右手に持ち直す。
  デリンジャーは腰に差してあったコンバットナイフを引き抜いた。
  静かに対峙する。
  ただ、私は出血してて、ミスティックマグナムが一丁転がっている状態。相手はまだ44マグナムはおろかデリンジャーすら使っていない。
  やばいな、これ。
  能力の使い方が要となる。
  いつ、使うかだ。
  「それで、依頼人は誰?」
  「プロの殺し屋が聞かれたからといって依頼人言うとでも思ってますか? 僕が美学を持つ殺し屋だって、あなたも知っているでしょう?」
  「そうね」
  少し考えてから、私は続けた。
  「でも、友達でしょ」
  「ほう?」
  心底意外そうに、考えてもなかったかのようにデリンジャーは私を見た。
  正直私も考えてもなかった。
  言葉が自然と出る。
  「僕とお嬢さんが、友達? 敵でしょう、普通に」
  「そうかな」
  「懐柔しようとしてる?」
  「そんなタマじゃないじゃない、あなた。確かに私も意識せずに今言った、友達だって。でも敵ではないでしょうよ、お互いに別に敵対はしてないと思うけど。あなたは依頼、私は標的」
  「ふぅん。……へぇ。斬新な発想です。考えてもみなかった。でも、僕に狙われて気持ちはよくないでしょう?」
  「うん、ムカつくよ。でも敵とは思ってない」
  「だけどこれは殺し合いだ」
  「ですよね」
  じりっと私は一歩下がった。
  下がる意味はない。
  足の調子を確かめてみたかっただけだ。
  うん、大丈夫、足は完全に死んでる。
  ……。
  ……まずいなぁ、これ動けないぞ。
  大立ち回りが出来ない。
  ブッチたちは動こうとするけど、グリン・フィスが留めた。さすがにアカハナは食って掛かるけど、私が首を振って彼も大人しくなる。
  彼らに加勢を頼めば、痛みに感情を許して泣き叫べば助けてくれるだろう。
  でもそれはしたくない。
  デリンジャーはこの状況で、アンダーワールドの現在の状況で単身で私に挑んできている。
  水を差したくはない。
  一方的に狙われている状況ではあるけれど、それに付き合う必要は全くないけれども、私にだって意地も美学もある。
  負けたら、その時はその時だ。
  「それで、何を以て友達だと?」
  「友達に意味なんてないでしょ。何となくよ」
  「あはは」
  彼は笑い、コンバットナイフを手の中で回転させた。
  器用なことで。
  「お嬢さん」
  「何?」
  「餓鬼じゃないんだから殺し合いの場で友達なんて必要ないんですよ」
  来たっ!
  向かってくる、デリンジャーはコンバットナイフを手にこっちに向かってくる。
  左右にステップを踏みながら向かってくる。
  「……すー、はー……」
  呼吸を吸い、吐く。
  どう撃ったところであいつはかわすだろう、私だって能力を、Cronusを発動させれば投擲ナイフだって別に怖くない。
  そう、距離を以てやり合っても決定打に欠けるのだ、お互いに。
  だから。
  だから私は相手を引き付ける、相手も向ってくる。
  無駄な攻撃はもう意味がない。
  どのみち私の足は死んでる、感覚がない、立っているだけだ。一度足を動かせば、鈍感な左足は急に立っていられないということを知り動かなくなるだろう。
  私は完全に待ちの状態。
  デリンジャーほどの手練れだ、それを見越してはいるけれども、それで油断することはあるまい。
  それでいい。
  私が能力を使うことは分かっているはず、私の攻撃は読んでいる、そして私も相手が私をどう殺すかは読んでいる。
  この状況で勝敗を分けるのはただ一つ。
  もはやこれは悪運の問題だ。
  人智は尽くした。
  天命を待つっ!
  「突っ!」
  妙な掛け声でコンバットナイフを突き出すデリンジャー。
  カウンター発動っ!
  「Cronusっ!」

  どくん。
  どくん。
  どくん。

  時間が遅く、可能な限り遅く、こいつが一回目なんだ、完全に止めるっ!
  停止中に撃つだけなら、避けるだけならともかく、動けば動くほど消耗が激しくなり発動後に体力の消耗が半端なくなる。動けなくなることもある。
  私はデリンジャーの背後に回り、発砲と同時に解除。

  ドン。

  「終わりよっ!」
  後頭部にほぼ密着して発砲、弾丸が飛ぶ。
  卑怯?
  卑怯ではないだろ、向こうだって何度も狙撃してきてる。こいつは競技ではない、殺し合いだ。
  「くっ!」
  倒れながらデリンジャーは呻く……呻く、だと?

  ばぁん。

  いつの間にか携帯していたであろう小型拳銃デリンジャーを左手で抜き、私の右足に叩き込む。
  何だとっ!
  こいつ、時間解除したと同時に頭を右にずらして避けたっ!
  さらにカウンターだと?
  化け物だろ、完全にこいつ。
  両足を潰された私が膝を付くのと同時にデリンジャーが苦悶の顔を浮かべ、彼もまた不安定な態勢で片膝を付いた。
  視点が定まっていない。
  「ちぃぃぃぃっ!」
  そうか。
  脳震盪か。
  ミスティックマグナムほどの一撃だ、当たらなくたってあの距離なら脳震盪を起こしてもおかしくない。

  ドン。ドン。

  連続発砲。
  小型拳銃のデリンジャーとコンバットナイフを破壊する。残弾はあと4発。普通ならこれでお終いだ。ただデリンジャーのジョンは屈しない、定まらない視線で44マグナムを引き抜く。
  そしてそれを私に向けた。
  「……」
  「……」
  視線が交差する。
  相手の視点は若干怪しいけど。
  「……」
  「……」
  向こうは残弾6発。丸々残ってる。
  こっちは4発。
  能力だって私はまだ使える、普通ならまた戦える。喧嘩にならないってほどじゃない。
  だけど私は足が潰され、おそらくもう立てない。
  ああ、スティムを使えば立てる、この戦いでは無理って意味だ。
  ……。
  ……たぶんねー。
  神経は大丈夫でしょうね?
  後遺症ないといいけど。
  「どうです、撃ち合ってみます?」
  「そうね」
  少し考える。
  「やめた」
  「また引き分けですか? あいにくですが僕は……」
  「そうね、あんた頑丈だもんね。もう驚かない、今更だし。視線もちゃんとしてきてるし、もうちょっと待てば私は完全に殺されるってわけだ」
  「……? 何のつもりです?」

  ガチャン。

  私は銃を捨てた。
  「おい優等生、何してんだよっ!」
  外野をグリン・フィスが黙らせる。
  心底悪いと思う、彼に嫌な役をやらせちゃってさ。ブッチの心配もありがたい。
  だけど、これは私の覚悟だ。

  ドサ。

  尻餅を私は付く。
  足がやばい、膝を付くということすらもう出来ない。
  「行儀悪いけどごめん」
  「何を、考えているんですか?」
  「そうね、自分のことかな」
  「何を言っているか分かりませんが、僕を謀ろうとしている?」
  私は笑った。
  笑うしかないだろ。
  「謀る? あんたを? そんな無謀なことするなら、射殺してるわよ。別に武器を吹っ飛ばさなくともあなた自身を撃てばよかったんだから。……まあ、そうしないと相打ちの可能性大だけど」
  「そうですね、相打ちは可能でした。ただあなたには能力がある。避けれる公算もあったでしょう?」
  「あったかもしれないし、なかったかもしれない。それは分からないわ、やってみなきゃ」
  「ではやってみればいい」
  「状況はもう違うでしょ、私は能力まだ使えるけどこの足だ、どうにもならない」
  「ふぅん」

  チャ。

  黒い44マグナムを私の頭に定める。
  撃つでしょうね、彼。
  「あなたは僕を友達だと言いましたけど、随分と容赦なく撃ってきましたよね、後ろから。普通に殺す気だったでしょう?」
  「そういう状況だったし、それはお互い様でしょ」
  「確かに。しかし何故土壇場でこのような行動に? それが僕には分からない」
  「実は私にもよく分からない」
  くらっとする。
  やばいな、血を失い過ぎてる。

  「グリン・フィスさん、ボスの言い分は分かりますし、覚悟も分かります。手は出しませんが……輸血の準備ぐらいはしますよ。反対するなら、幾らあなたでも……っ!」
  「お願いする。頼みます」
  「よっしゃ、俺らも手伝うぜ。優等生の血液型は俺が知ってる、医務室に行くぜベンジーっ!」
  「了解だ。……あんたも辛いよな、俺には分かるぜ」

  軍曹はグリン・フィスの肩を叩き、アカハナとブッチとともにアンダーワールドの奥に消えた。
  残っているのはグリン・フィスだけ。
  「随分と辛そうですね」
  「そうでもないわ、感覚もうないもの」
  「命乞いはしないんですか?」
  「あなたそういうの好み? 泣き叫べばいい? 媚びればいい? それとも強がればいい? ……あー、そんなのしてる余裕ないぐらいにフラフラするから、今回はしないことにするわ」
  「あなたらしい」
  「それ、どういう意味?」
  「……?」
  「私らしい、あなたに私の何が分かるの? 私だって、何も分からないのに」
  「どういう意味ですか?」

  ドサ。

  今度は私は転がる。
  「悪い、尻餅も疲れた」
  「構いませんよ。少し失礼」
  彼は自分のコートを拾い、私の銃を拾い、コートの中に丸めて私の両足の下に置いた。
  ああ、楽になるようにアシストしてくれてるのか。
  まあ、この状況では死ぬのが伸びるだけだけど。
  「アシスト感謝」
  「コートが汚れましたので後で弁償してください」
  「私への香典からコート代を引いといて」
  「香典ですか? 餞別の間違いでは?」
  「ああ、そうですか」
  スティムは打ってくれないし医務室にグリン・フィスと一緒に運ぶでもない、ただ私の言葉に興味を抱いて延命してくれているだけだ。
  やばいな、ちょっとマジで死にそうだ。
  「私は赤毛の冒険者って呼ばれてる。確かに私は助けてきた、それでそう呼ばれてる。私は赤毛の冒険者としてやってきたつもりだけど、でもさ、違うんだよね。それに気付いたのよ。あなたが
  感じた違和感はそのせいじゃないかな。私は自分の在り方に今戸惑いと疑問を感じてる。そう、私は気付いたの」
  「何に、気付いたんですか?」
  「流されてるってことに」
  そう、気付いたんだ。
  確かに私は助けてきたかもしれない、エンクレイブだってみんなと一緒に追い返した。
  今だって戦ってる。
  「私さ、いつの間にか納得しようと思ってたんだろうなって。赤毛の冒険者、だから私は戦わなきゃダメなんだって。もちろん半端な気持ちで戦ってないし、キャピタルが故郷だと思ってる、一緒に歩ん
  できた皆は大切な仲間で彼ら彼女らの力になりたい、一緒に平和を勝ち取りたいと思ってる。顔も名前も知らない、キャピタルの皆の為にも勝たなきゃって思う」
  「高尚な人だ」
  「でもさ、私っていう存在そのものは半端なんだよね、ブレブレなのよ、私」
  「今、半端な気持ちで戦ってはないと……」
  「それはそれ、覚悟はある。私が言いたいのは、私自身の、私という人間の足元はフラフラなのよ。それを見ない振りして、赤毛の冒険者やってる、流されてる、そういう意味」
  「赤毛の冒険者という役を演じていると?」
  「言葉にすると難しいなぁ。演じているとかそうじゃ……何で私はあんたに人生相談してんだろ。謎の展開だわ」
  私はグリン・フィスを見た。
  彼に言うとしよう。
  今までの足取りを、旅をいつも近くに見てきた彼に。
  「私はパパに会いたかったのよ。その為にボルト101を出た。まあ、監督官はプッツンしてたし、ジョナスを混乱の鎮静化という名目だけで殺したぐらいだから私は残れなかったわけだけどもさ。ともかく
  私パパはを捜して出てきた。そしてたくさんの出会いがあって、別れもあって、今の私がいる。別に赤毛の冒険者が嫌とか、否定はしてない。これは私だ、私の持ち物だ、分かるでしょ?」
  「はい、主」
  「でもさ、パパは死んでしまった。私はそれから赤毛の冒険者であろうとした、救世主、そうね、救世主であろうとした。その意味は分かってるし、意味があるのも分かってる。一人で今まで歩んできて
  もないし、仲間のお陰、皆のお陰だと分かってる。客観的に自分が分かってる、でもさ、ふと思ったんだ。私は何がしたかったのか、本当は何がしたかったのか。分かる? 私の言っている意味?」
  「はい」
  天を仰ぎ、顔を手で覆った。
  涙が止まらない。
  「私はパパがいればよかった。それだけでよかったの」
  「……」
  「英雄になんてなりたくなかった。自慢の娘でいたいとは思った、仲間も助けたい、全部救いたい、そう思った。でも私は選択しなければならなかった、やれること、やれないことを知らなければなら
  なかった。私は天使なんかじゃない、全部を捨てたくなくて、護りたくて、でも一番大事なものを失ってしまった。自分の本心に気付いて全てが嫌になった、全部捨てたら、パパは救えたのにって」
  「……」
  「……パパに会いたい……」
  「主、自分は……」

  「ああ、もうっ! 調子狂うなぁっ!」

  ガチャンと音がしてデリンジャーが吠えた。
  見ると、いつもの余裕はなくなり、苦々しい顔で髪をかき上げている。
  銃が転がっている。
  投げ捨てたのか。
  でも何故?
  「やめです」
  「やめ?」
  「僕はこれでも紳士なんですよ、そんな状況見たら殺せないじゃないですかっ! 命乞いする奴はごまんと見てきましたけどね、人生相談されたり本音吐露されたり、慣れてないんですよ」
  彼は荒々しく頭を振り、溜息を吐いた。
  「調子狂います、やめです」
  「それで、いいの?」
  「あなたは銃をあの時捨てた、それは何故です? まだ分かりません、何故なんですか? まさか友達だからとか言うんじゃないでしょうね? 実にナンセンスだ」
  「私は、赤毛の冒険者であろうと思った。だからカロンやハークネスに銃も撃てたし、ハークネスに非道なことも出来た。でも気付いた、違うって」
  「違うとは?」
  「分かんない」
  「……ふっ、何ですか、それは」
  「パパが死んでから何でもできるようになろうって思った。皆を護りたかったから。だから強くあろうとしたし、仲間を護る為なら何でもできた。でもさ、違うんだよね、仲間皆にも意思があって、人格
  があって、私と同じように考えていることに気付いたんだ。NPCじゃない、確固たる個人なんだって。だからさ、私だけが頑張る必要はない。助け合えばいい、ため込むことはないってさ、気付いた」
  「なるほど、実に良い話だ。それで、それが僕に何の関係が? 僕にそれが言いたくて、話し合いに持ち込んだんでしょう?」
  彼はそこまで言い、少し間をおいてから言った。
  「あのまま撃ってたら勝てたのに」
  「そうかもね」

  「優等生っ!」

  ブッチたちが駆け込んでくる。
  グールの医師も一緒だ。
  たくさん連れてきたな、レギュレーターもBOSもアンダーワールドの皆様もいる、ケリィもケルベロス……ザ・ブレインかも、ともかくいる。
  自然と笑いがこぼれた。
  「よかった」
  「よかった、とは?」
  「パパを失ったけど、ちょっと考え方がずれちゃってたけど、私にはまだ仲間の資格があるって分かった。私一人で頑張る必要はないんだ」
  「主は、ミスティは1人ではありません。自分がいます。ついていきますよ。あなたと一緒なら、どこまでも」
  「ありがとう」
  「正直、僕には分かりませんね。僕に何をしろと? 僕にそれを話してどうしろと? ラブも仲間意識も実に結構、でもそれが僕に何の関係が……」
  「ジョン」
  「何ですか?」
  「私たちを助けて。私にはあなたが必要なの」
  「……」
  沈黙。
  仲間たちは銃を手にしてデリンジャーのジョンに向ける、その間にグールの医者と看護婦が私に駆け寄りとりあえずの止血をしてスティムパックを打つ。
  「ハッ! あなたに死なれるとつまらなくなるから困るんですよねー。やべー俺ってばマジでツンデレやべー」
  ザ・ブレインか。
  知識の塊の彼ならば医療にも長けているのだろうな。
  「てめぇ、俺の親友の娘に何しやがったっ!」
  ケリィがトライビーム・レーザーライフルを構えた。
  一触即発だ。
  だが彼は動じない。
  ……。
  ……いや、彼は笑っている?
  「助けて、か。命乞い以外の助けては初めて聞きましたよ。……赤毛の冒険者であろうとしていた? 救世主ではない? 私は天使なんかじゃない? ふふふ、どれも全部外れです」
  「えっ?」
  「あなたは紛れもなく全てに該当していますよ。そして僕は、ミスティという女性自身の言葉も聞いた。これはおそらく稀有な体験ですね、僕以外ですと、この場にいた彼だけだ」
  グリン・フィスを指さす。
  ショックソードを引き抜いてグリン・フィスは構えた。
  「主に仇なすなら斬る」
  「主、か。ぶれないですね。まあいいです。僕の依頼人はエンクレイブですよ、リナリィ中尉とかいう女です。どちらの派閥かは知らない。お役に立てましたか、お嬢さん?」
  「何故それを言うの?」
  「潮時ってやつです。人狩り師団は名前だけで、実際は小規模のグループがそれぞれ名乗っているだけです。つまり僕を雇えるほどの資金持った奴がキャピタルにはもういないんですよ、悪党
  限定ではね。共同体やBOSが僕を雇うとは思いませんし。商売あがったりなんですよ、なら最後ぐらいは善人でいようとも思いまして。つまり」
  「つまり?」
  「これからは僕の力を使ってください、ミスティ。惚れました、これからよろしく」
  「は、ははは」
  ガクッと力が抜ける。
  仲間に出来たらな、という意味合いで武器を捨てたわけではなかったし、説得とかの確率も考えてなかった。
  彼は多分私の行為を過大評価してる。
  私は撃てなかった。
  ただ、撃てなかったんだ。
  どうしても敵として倒せなかった、撃ち合っている時はそのつもりだったんだけど、不意に萎えてしまった。
  心が彷徨っていたからかな?
  さあ、分からない。
  もっと分からないのは……。
  「おいグリン・フィス、こいつ殺すぞっ! 惚れただとぉー? 舐めやがってっ!」
  「ふっ、初めて意見があったな、やるぞっ!」
  何でブッチとグリン・フィスが切れる?
  意味分からん。
  「赤毛さんよ、モテモテだな」
  「……? 何が?」
  「マジかよ、おいポールソン、こいつは天然記念物だぞ」
  「ああ、初めて見たぜ」
  ニヤニヤする2人。
  何よ何よこいつらっ!
  プンプンだ。
  「グリン・フィスさん、そんなことよりボスを運ばないとっ! ……奴を殺すのはその後です、部隊招集して倒しましょうっ!」
  「承知っ!」
  意味分からんわ。
  あっ、やばい。
  意識飛ぶ。
  その瞬間、デリンジャーのジョンは微笑した。
  「あなたは僕の最初の友達です。これからどうぞよろしく、ミスティ、僕の天使様」