私は天使なんかじゃない






Never give up








  決して諦めない。





  体に伝わる振動。
  鼓膜を震わすローターの音。
  目を閉じ、体を微睡に預けていた私を誰かが揺すり、耳元で囁いた。
  「主、到着しました」
  「……」
  眠たい。
  「主」
  「……聞こえてるー」
  「到着です」
  「んー」
  くっそー。
  寝たりないです。
  「ふわぁぁぁぁぁ」
  あくび。
  今は無事テンペニータワー上空だ。
  「ミスティ、着いたよ。着陸するから一応衝撃に備えてくれよ」
  「分かったわ、スティッキー」
  ジェットヘリはゆっくりと着陸。
  北部からここまで運んでくれて感謝。
  ……。
  ……あれ?
  周囲を見渡す。
  内部には私、スティッキー、グリン・フィスとアカハナ、そしてガンスリンガー。
  彼女がいない。
  「スージーは?」
  途中でスプリングベールで降ろすはずだったんだが。
  あれー?
  他の面々と一緒に陸路だったっけ?
  「ボス、その、途中でスプリングベールに寄りました。それでスージーさんは降ろしましたが」
  「そうだっけ?」
  寝てたのか、私。
  完全にボケてるなぁ。
  「アマタさんの呼びかけにも涎垂らして寝てました」
  「……そ、そうだった?」
  恥ずかしいですな。
  「大丈夫か、あんた? 疲れてるのか?」
  「そうみたい、ガンスリンガー」
  「マジかよ。しっかりしてくれよ、俺は別にキャピタルなんかどうでもいいが……ここまで付き合ったんだから最後まで付き合うけどよ、あんたがいないとバラバラだぜ、この土地」
  「責任重大ですな、私」
  能力の使い過ぎかなぁ。
  いや、ハードな展開が多過ぎたんだ、普通に。
  オールドオルニーへの簡単なお使いが、いつの間かに北部戦線への真っただ中にいたりしたわけだから。
  働き過ぎだぁ。
  考えてみたら私ってばデイブの身柄引き渡しの絡みだったんだっけ。
  あいつ核で死んだのかなぁ。
  まあ、死ぬか。
  「よっと」
  ヘリから降りる。
  テンペニータワーの中庭。
  エンクレイブに対して一大反抗するぞーという物々しい雰囲気、かと思えばまったくそんなわけでもない。タワーを覆う壁の唯一の入り口であるゲートは閉じられ、歩哨のBOSが数名屯って入るけど
  その程度だ。私のここまでで知りえる情報は全て古臭く、時代遅れ。サラはBOSの部隊をどの程度率いてここに逃げ込んだんだろう。
  メトロの面々はどこまで力を貸してくれるんだろう。
  「んー」
  大きく伸び。
  時間はあまりないけど、慌てないことだ。ライリーたちは陸路で合流しつつある。まずはそれを待とう。
  話はそれからだ。
  何か武器を調達しないといけないし。
  私の武装にグレネードランチャー付きのアサルトライフルはない。結局私は核爆発の際に衝撃でヘリから放り出されたらしく、ライフルもそのまま行方不明だそうだ。ヘリにはなかった。
  結構な付き合いだったのにな、残念だ。
  考えてみたら最初にメガトンからDC残骸からに旅立った時からの付き合いだ。ルーシーに貰ったやつだった。残念なことした。
  仲間たちもヘリから降りる。
  「アカハナ、エンクレイブには捕捉されなかったの?」
  寝てたから何とも。
  「はい、まったく」
  「ふぅん」
  完全に地元民はどうでもいいのか。前回のようにキャピタル各所の制圧には動いていないようだ。
  エンクレイブ同士の内乱で忙しい。
  勝手に潰しあえばいい。
  御機嫌よう。
  ただ、人んちの庭で喧嘩されてるようなものだ、実に不愉快。あんたらの地元でやれよ。まったく。
  「ミスティ」
  ヘリ内から声。
  「何、スティッキー?」
  「燃料の補給って出来るのかな」
  「出来るでしょ」
  たぶん。
  前は出来た。今は管理者違うとはいえ在庫はあるだろ。
  「補給したら俺一回スリードッグたちのとこに行くよ」
  「たち?」
  誰だ。
  「スリードッグと、GNRのスタッフたちだよ。何かおかしいかい?」
  「いいえ」
  駄目だ。
  認識力が落ちてる、眠いからなー。
  「ボス、彼を手伝います」
  「分かった、よろしくね、アカハナ」
  「はい。グリン・フィスさん、後で一杯やりましょう。状況が許せば、ですけど」
  「いいですな」
  仲良しですね。
  ブッチたちの到着にはまだ時間が掛かるだろう、飲む時間ぐらいある。
  「お疲れですか、主」
  「そうね」
  「前向き過ぎるのでは」
  「どゆこと?」
  「考えないようにしてませんか」
  「何のこと」
  はぐらかす。
  言いたいのはアンクル・レオのことだろう。あの爆発だ、そして現状ここにいない。無事たとは思えない。信じてはいる、でも時間が経つにつれ気の良い友人がこの世のものではないと思ってしまう。
  「主」
  「大丈夫よ」
  「詳しくは言えませんし、もう会えませんが、彼は無事ですよ」
  「……?」
  「保証します」
  「……まあ、何だ、そうなの?」
  意味不明過ぎ。
  気遣ってくれているのか?
  よくわからん。
  「主、中に入りましょう」
  「そうね」
  「俺は外にいるよ。煙草も吸いたいしな。何かあったら言ってくれ。煙草を吸い終わってたら、手伝うよ」
  「分かったわ、ガンスリンガー」
  狙撃向きの能力者ガンスリンガー。
  今まで彼は自分自身の特性に気付いていなかったようだけど、今も気付いていないのかもしれないけど、いるといないとでは戦力差が激しい。再戦は勘弁ですね、視界外からの攻撃は怖い。
  私とグリン・フィスはタワーに向かう。
  扉の前にいたBOSは私の顔を知っているのか、最敬礼した後で扉を開いた。
  「グリン・フィス」
  「はい」
  私は彼に囁く。
  「OCのことは内密にね」
  元BOSの身内だ。
  蹴散らしたとなればあまり面白くはないだろう。ルックアウトにいたマクグロウとオリンに対しての対応から見てもそれは明らかだ。
  キャスディン派はキャピタルには留まらない。
  どのみち時流からは完全に乗り遅れた集団だ、数も少ない。
  今更BOS……正確にはキャピタルBOSと競争しようとは思わないはず。あの場に転がってたエンクレイブ部隊の残骸を持って西海岸のBOS本部に帰ることだろう。帰れば私とのいさかいはサラの
  耳には届かない。わざわざ対立しているキャピタルBOSに私のしたことに対する告げ口も西海岸への辞去の挨拶もするはずもない。だから敢えてここで知らせる必要はない。
  私たちが口を閉ざせばそれはサラの耳には届かない。
  「主」
  「ん?」
  「始末しなくてもよろしかったのですか?」
  キャスディンたちOCのことだろう。
  自分的にはその必要はなかった、と思う。そう判断したからそうしたまでだ。一応、ママ・ドルスでは共闘した勢力だし。
  「大丈夫よ」
  「御意」
  さて。
  扉を抜けるとタワーエントランスで叫び合っている面々が嫌でも目に飛び込んでくる。叫び声もね。
  BOSとメトロが叫び合ってる。
  何だぁ?
  サラも率先して叫んでる。
  ああ、指揮官が叫んでいるんだからヒートアップもしますよね。メトロ側は相も変わらずフル装備で顔すら分からないから誰が誰やら。知りうるネームドなのはマキシーだけだけど、彼女もどこにいる
  のかわからない。意外にグールは見分けがつくけど、メトロの住人は完全に無理です。分かれ、と言われればその方がおかしい。分かるはずがない。
  数にしてBOS30名、メトロは20名ぐらい。
  メトロは総勢でもっといるわけだから上の階にいるのかな。だけどBOSは……うーん、もしかしてここにいるのが、サラの手勢全部?
  だとしたら喧嘩している理由は……。
  「戦力の譲渡?」
  「おそらくは」
  サラたちはこちらに気付いていない。
  メトロの参戦は不可欠なのかもしれないけど、それは私も認めてるけど、私の参戦の理由とは異なるな。
  私としては道案内が欲しいって理由だし。

  「あの」

  「グール?」
  女性だ。
  女性のグールが申し訳なさそうに私に声をかけてきた。
  「誰あなた?」
  BOSでもメトロでもなさそうだ。
  「ベッシー・リンだよ」
  「初めまして、よね?」
  「一応、何度か相対はしてるんだけどね。その、敵対はもうしたくないから、先に言っておくわ」
  「反ヒューマン同盟か」
  「う、撃たないでよ」
  「そんなことしないわ」
  敵意は感じないし。
  にしても何だってここにいるんだ?
  「どうしてここに?」
  「その、ボスのロイも後釜のマスターズも死んだし、組織は完全に崩壊したから、ここに流れてきたんだ。何人か仲間も一緒だよ」
  「ふぅん」
  ここにはいないから上か?
  「よくメトロが受け入れてくれたわね」
  「同じ地下暮らしだから、交流自体はあったのよ。それで受け入れてくれた。……戦いはもううんざり。平和的にここに暮らしたい」
  「その心がけなら大丈夫だと思うわ」
  サラたちを見る。
  話し合いというか口喧嘩が両陣営エキサイトしていて私が入るのはちょっとなぁ。
  仲介?
  まあ、最終的にはするけど今は別のことがしたい。
  「無線機ない?」
  「通信室があるよ。こっち」
  「ありがとう」
  かつてジャックおじさんが陣取っていたカウンターの脇を抜け、その先にある部屋に入る。
  通信室だ。
  備え付けの無線機があり、携帯用の無線機も壁にいくつも掛けてある。
  「グリン・フィス」
  「はい」
  「外で待機してて。誰も中に入れないで」
  「御意」
  「ベッシーもいいわ。案内どうも」
  2人は退室。
  状況判断だけはしておきたい。
  無線機の前の椅子に座り、チャンネルをいじる。確かこの周波数だったわよね。

  「メガトンだ」

  「久し振りね、ルーカス・シムズ市長」
  ……。
  ……考えてみたらそんなに久し振りでもないか。
  ただ、私はオールドオルニーで拉致られて行方不明扱いだったし、心配は掛けたかな。デイブの受け渡しを依頼してきたのは市長だし。
  「旧交は後回しにして簡潔に話すけどごめんね。そっちはどんな状況?」

  「メガトンは無事だ。ピットから来た女がアッシャーのペットちゃんはどこだとうるさいが、特に支障はない。援軍はよく働いてくれている」

  「ペットちゃん」
  何なんだその女は。
  よく分からん。
  ただ、アッシャーがそいつを指揮官として援軍を送ってきたということは、そのルルって女がアッシャーを絶対に裏切らないという確信があるからだろう。
  そうじゃなかったら余計な厄介になるだけだ。
  「他の街は?」

  「小競り合いはあるようだ、その手の連絡はいくつも入ってきている。メガトンにも攻勢を仕掛けてくる奴らがいる。だがメガトンを含め、大半は人狩り師団の残党どもだ。ビリー・クリールが保安官
  助手や警備兵を差配してくれている。お陰で、俺はコーヒー飲みながらお前さんと話が出来るって寸法だ」

  「あは」
  市長のジョークだ。珍しいな。よほど神経を擦り切らしているのだろう。
  それにしても人狩り師団の残党、ね。
  師団長も余計なことをしたもんだ。悪党に意味を与えるって、実に面倒だ。意味を与えられた悪党どもがキャピタル支配の為に今後も動くんだろう。
  まあ、中枢が既にいないわけだから今後のビジョンとか関係なく、ステイタスとか意識高い系的な感じで暴れてるだけだ。

  「BBアーミーはよく働いてくれている」

  「へぇ」
  BOS傘下となった、タロン社が前身の警備会社BBアーミー。
  ブルーベリー大佐は出来る人間のようだ。
  ああ見えて、ね。
  「裏切る心配はないのよね?」

  「ないだろ。メリットがない。これは前に聞いたエルダー・リオンズの大佐の評価なんだが、立場を認めて功績を称えれば満足するタイプ、だそうだ」

  「ああ」
  褒められれば伸びるタイプってことね。
  あのおっさんがここまで役立つとは正直意外ではある。

  「サンディ大尉がテンペニータワーに援軍として向かってる、12人だったか、それぐらいの部隊を連れて飛び出していったよ。ミスティがそこにいるとか何とか」

  「ふぅん。私はここにいるわ」
  ここに来る、ね。
  超能力か?
  んー、たぶん仲間の誰かが伝達したのか、サラの無線を傍受して聞いたんだろう。
  戦力が増えるのは願ったりだ。

  「問題があるとしたらアレフ居住地区だ。空爆された。今はファミリーの支援で高架下に避難している。メレスティトレインヤードまで一時避難するかエヴァンとヴァンスが話し合っているそうだ」

  「そっか」
  状況は動いてる。
  私がこうしている間にも進行している。
  「他には?」

  「カンタベリー・コモンズ、アンデール、ギルダーシェイド、ビッグタウン、スプリングベール、地雷原、スーパーウルトラマーケット、ウィルヘルム埠頭は無事だ。リベットとジェファーソンはエンクレイ
  ブと対峙しているようだがこれも小競り合いの域を出ない。問題があるとしたらリンカーン記念館とアンダーワールドとの交信が出来ないことだ。DC残骸で通信が遮断されている可能性がある」

  リンカーン記念館、ハンニバルたち。
  アンダーワールドも気になる、ゴブの故郷だし、あそこのグールたちは私によくしてくれたし。
  私の心情を察したのか、ルーカス・シムズは早口で言った。

  「心配するな。レギュレーターは今回悪党退治よりも拠点防衛を優先している、ソノラの命令だ。DC残骸にはしばらく前にアッシュとモニカを送った。なぁに、あの一帯はただ通信が不安定なだけさ」

  「そうね。ありがとう」
  憂いている時じゃない。
  今は動く時だ。
  それも、機敏であると同時に慎重に。
  レギュレーターが動いてる。
  他の面々も動いてる。
  何も心配することはない。
  何もだ。
  私は、私にできることをしよう。
  「モイラたちによろしく伝えておいて。交信終了」

  無線機は黙る。
  「ふぅ」
  私は数秒机に突っ伏し、それから立ち上がった。サラたちの軍議が気になる。部屋を出ると一気に喧騒が耳に飛び込んできた。
  思わず回れ右して部屋に戻ろうかと思うが思い止まる。
  嫌々だけど。
  「どうなったの?」
  誰に言うでもなく、エントランスで大声を張り上げているBOSとメトロの面々に私は問う。
  答えたのはサラだった。
  「突撃するのよっ! 戦わずして、勝利は得られないわっ!」
  「うん。そうね。それで、メトロ側はどうしたわけ?」
  「我々はそっちの指揮下に入るつもりはないっ!」
  「それはそうね、マキシー」
  「えっ? いや、人違いだ。見れば分かるだろ、このマスクのこの意匠全く違うだろ」
  分かんねぇよ誰だお前。
  メトロの面々は顔がガスマスクで分からないし、体型も大型のボディアーマーで覆っているから性別すら全く分からない。分かるのは身長ぐらいだけど、それで誰かを判別するのは無理だ。
  声もくぐもって分からないし。
  「マキシーは自分だ」
  挙手。
  そうね、名乗ってくれたら分かり易い。
  「ミスティ、ブッチはどうした?」
  「陸路で来るからまだだけど、何か用があるの?」
  「折角の排卵日なんだが」
  知らんわ。
  がるるるるるるるる。私は今機嫌が悪いぞーっ!
  「主はいつ……」
  「うるせぇーっ!」
  「あの、主」
  「なんだーっ!」
  「あれを」
  指さす方向を見る。
  そこには……。

  「相変わらずトラブルメーカーなようだな、赤毛さんよ」

  「デズモンド?」
  「そう。無敵のデズモンド・ロックハートだよ」
  グールの友人がそこにいた。
  そして保安官も。
  「ポールソン」
  「よお。久し振りだな、ミスティ」
  ギルダー・シェイド在住の2人がここにいる。
  確かに。
  確かに地理的にはこことは近い。
  だけど何だっている?
  「何かあったの?」
  さっきの市長の話ではギルダー・シェイドは特に問題なしだったけど、何か問題が起きたのだろうか?
  それで援軍を呼びにここまで?
  ポールソンは笑った。
  「あんただよ、ミスティ」
  「私?」
  どういうことだ?
  「……トラブルメーカーだから私を殺しに?」
  「……何でそうなる」
  「ですよね」
  「無線を聞いたんだよ。サラって名前でコールしてたからな、ルックアウトで仲間だった彼女に違いないってピーンと来たのさ。無線じゃあんたも呼ぶとか言ってたし、それで来たんだよ」
  「援軍ってこと?」
  「そうだ」
  「助かるけど、ギルダー・シェイドは大丈夫なの? 2人がいないと戦力が落ちると思うけど」
  「嬉しいを言ってくれるぜ。ミスティのお仲間が街に来たからな、青い奴らも。自警団もいるし、安心して任せて来れたってわけさ、なあ、相棒」
  「ああ、そういうわけさ。よろしくな、赤毛さんよ」
  私の仲間、たぶんレギュレーターだろう。
  青い奴らはBBアーミーか。
  ふぅん。
  本気で役に立つんだな、ブルーベリー大佐。
  今度何か持って挨拶にでも行くか。
  「心強い限りですね、主」
  「ええ。本当に」
  ポールソンとデズモンド、百人力だ。
  問題はこちらの戦力だ。まだ到着していないトンネルスネークやライリーレンジャーは個としての能力は高いけど、統率した軍として私たちは機能するのか、それが問題かな。

  「あの」

  「ん?」
  グールの女性、ベッシー・リンに呼ばれる。
  忙しいな。
  何だ?
  「どうしたの? 何か用?」
  「無線が来ました。その、あなたを名指ししています」
  「私を?」
  「はい」
  「それで、誰?」
  「話せば分かると。女性の方です」
  「ふぅん」
  何か面倒臭そうな相手だな。
  まあいい。
  「サラ、状況が状況だけど、誰もがエンクレイブ相手に戦おうってわけじゃないから少し頭を冷やした方がいい。それに、主導権は別にBOSにはないでしょう?」
  「……」
  「サラ、ちょっと流儀を変えないと。いつまでも以前の流儀だと……」
  「……分かってる、分かってるわよ」
  「ならいいの。ちょっと交信してくる。グリン・フィスはここにいていいわ」
  「御意」
  私は通信室に。
  サラは別に悪い人間ではない、ただBOSが長いからか……たぶん生まれてからずっとBOSだから、周囲が必ずしもBOSに振り回されるわけではないのを知らないでいる。
  トゲなく言えたかな?
  ちょっと微妙。
  さて。
  「私よ、ミスティよ」
  名指しの相手と交信する。
  少しの間。

  「簡潔に言う。アダムス空軍基地に移動要塞クローラーがある」

  「まず、あなた誰? 知らない相手と延々と話す気はない」
  女性だ。
  女性の声だ。
  ただ、何かの変声機を使ってるのだろう、異様に甲高い女の声だ。もっとも女性の声に聞こえるように変声しているだけかもしれないけど。
  それにしても移動要塞?
  どこかで……ああ、レイブンロックでエデン大統領に聞いたやつか、移動要塞を二基持ってるとかなんとか。となるとアダムス空軍基地にいるのはここに遠征しに来ている連中の巣窟か。
  そこに軍を入れ、現在キャピタルまで出張ってきているのだろう。オータム派を潰す為に。

  「これは話し合いではない。余計な討論はするつもりはない。嫌なら切れ。ただし、これしか勝つ方法はない。そしてお前の望む勝ち方でもある」

  「直接敵地に乗り込むって? 私が? そんな馬鹿な勝ち方……」
  得意技ですけどね。
  あえて否定してみた。

  「好きだろう? こちらを探る物言いは必要ない。聞け。そしてもう一度言う。嫌なら切れ」

  「分かったわ。続けて」
  相手は私を知ってる。
  これは確実だ。
  私のやり方、考え方をある程度熟知している。知った上で提言してる。
  エンクレイブの回し者か?
  クリス?
  だけど彼女の場合はアダムス空軍基地にいる側だ、私をわざわざ誘う意味合いが分からない。誘われた場合、軍勢引き連れて雪崩れ込む結果になるのは明白。まあ、元々そのつもりでは
  あるけど、その後押し的な情報提供の意味が分からない。これはクリスではなく別の誰かと見るべきか。まさかオータム側の策謀?
  まあいい。
  まずは聞こう。
  「それで?」

  「アダムス空軍基地にいた部隊は要塞を抑えるべく突入した、無人の要塞にな。要塞の部隊はオータム派に取り囲まれ身動きが取れなくなった。そしてオータム派の精鋭部隊は包囲には
  加わらず一路アダムス空軍基地に向かっている。ベルチバードの編隊で。アダムス空軍基地はほぼ丸裸の状況だ。クリスティーナは戦略を見誤った」

  「クリスティーナ? 彼女が今回の指揮を?」
  遠征軍の司令か。
  確か大佐。
  指揮官としての階級は申し分ない、か。

  「クリスティーナ・エデン大統領。それが彼女の名前であり役職だ」

  「クリスティーナ、エデン?」
  おいおい。
  あいつ大統領なのか。
  となりますと、私も大統領ですので、最後は大統領同士の一騎打ちで決めちゃったりしたら盛り上がるのかねぇ。
  ……。
  ……それにしても、エデン、か。
  確かジョン・ヘンリー・エデンは言った。元になった人格があると。そして元になった人格に歴代全ての大統領の知識を統合されたのが自分だと。
  つまりクリスがエデンの元?
  「あんの変態女めっ!」
  叫ぶ。
  軍人ボクっ子女は最初から全てを見ていたわけだ、私の旅を。
  一緒に旅してきたときはもちろん、その後も遠隔で見ていた可能性がある。レイブンロックでコンピューター大統領を論破した時、唐突にシステムオンラインになったのは奴が介入したからか。
  私は更新されただけだと思ってたけど、パソコンを通じて、警戒ロボを通じて奴と直接話していたのか。もしかしたらあの紙装甲の軍曹もそうかもしれない。
  だがそうなるとクリスは何者だ?
  エデンに逆らうな。
  それがエンクレイブの不文律だとオータムは言った、それを無視したからリチャードソンは失敗したのだと。そして、エデンに関することはオカルトめいたことだとも。
  「ふぅ」
  謎が一杯だ。
  だけどそれは置いておこう。
  今はもう片方のエンクレイブの指導者が誰か分かっただけ充分だ。
  今は、ね。
  「続けて」

  「移動要塞は戦前の最高技術の一つだ。普通ならベルチバードの編隊とはいえ勝てない。ただし内部にオータム側の内通者が多数いる。機関は抑えられる。無力化される。どういう形であれ
  一時的にオータム側が移動要塞を制圧するだろう。攻撃衛星の動きもそこから遠隔で出来るようにするはずだ。そうなると無敵となる。今がチャンスだと思わないか?」

  「迎撃が無力化され、内部で抗争状態の間に抑えろと? ……悪くないわね。例え制圧出来なくとも、運用できなくとも、両軍のトップ2人を始末できる絶好のチャンス」
  悪くない。
  悪くないが、この女がどこまで利用できるかだ。
  「要塞に関しては偵察を出せばすぐに分かる。で? アダムス空軍基地に関してはどう把握すればいい?」

  「現地に行くしかないな。可能性がないと判断したら撤退すればいい」

  「あなたもそこにいるの?」
  空軍基地の動きまで把握しているのであれば現地にいるとしか。
  いや、内部の情報にも詳しい。
  内通者のことも知ってる。
  まあ、本当にそれがいるのかは私には分からないけども。
  「無粋だけどもう一度聞く。あなたは誰」
  エンクレイブだ。
  そうとしか思えない。

  「エンクレイブだ。聞くまでもなく分かっているだろう。だから動きは予測できる。そこにいるかどうかは勝手に判断すればいい。ただ、分かるんだ、動きはな。それだけは理解してくれ」

  「ふぅん」
  隠す気なしか。
  どこまで本気か分からないけど、私たちを空軍基地まで誘い込みたいのは分かる。積んだクリス側の策かもしれない。私たちを動かしてオータムの背後を攻撃させる?
  だとしたらナンセンスか。
  誘い込みだけど別に連動して動いているわけではないから、クリス側からしたら使えるようで使えない手駒にしかならない。
  エンクレイブの内情が分からない。
  さらに別の一派が?
  それにしても動きは予測できる、か。これは内部にはいないとみるべきか。
  どこまで当てになるかは未知数だが情報はありがたい。
  本当ならね。
  ……。
  ……やめよう。分からないことを悩んでも仕方ない。
  行くしかないんだ。
  もちろん最終的に撤退することも考慮だけど、まずは要塞を調べるべきか。これぐらいなら偵察は可能だ。
  ブッチたちの到着もまだだ。
  動くにしても時間的にすぐには動けない。
  情報収集するか、その間に。
  「いいわ。利用し合いましょう。それで最後に一つ、あなたが得るものは何?」
  無線機は黙る。
  たっぷり一分掛けてから彼女は言った。

  「過去の清算だ。西海岸での恨みを東海岸で晴らす、それだけだ。エンクレイブに関してはもうどうでもいい。どのみち親が属していただけだ。ただ、ケジメだけはつけたいんだ」

  ザー。
  それっきり、無線機はノイズだけを発する。
  切ったか。
  「西海岸、か」
  かつてエンクレイブが勢力を誇っていた土地。
  BOSに敗北後は一掃された、らしい。
  そして現在西海岸はNCRが最大勢力として君臨している。NCR、新カリフォルニア共和国。本家BOSを戦争によって追い落とした圧倒的な物量を誇る国家。エンクレイブは過去のやりたい
  放題の結果、NCRに抹殺されたと聞いたことがある。となると今の相手は西海岸エンクレイブの生き残りか?
  今のエンクレイブとは関係ないのかもしれない。
  まあいい。
  「よし」
  方針は決まった。
  オータム派の動きはすぐに分かる、その結果次第で、今の女の策に乗るような形になるだろう。いずれにしても攻撃衛星は実在してる、北部戦線と衛星中継ステーションの壊滅の要因だ。
  その気になれば私たちの粉砕など容易いこと。
  空から降ってくるものは対処のしようがない。
  ならば。
  「動くしかない」
  私は立ち上がる。
  そして歩き、扉を開けて外に出る。エントランスではまだ言い争いが続いていた。

  ドン。

  とりあえず銃を引き抜いて天井に発砲。
  突然の発砲音に何人かは私に武器を向けるものの、視線が全て注目し、誰もが黙ったことを確認。
  「サラ、直ちに要塞に対して偵察を。エンクレイブがエンクレイブを包囲している状況になっているかを確認して」
  「ミスティ、何を……」
  「急いで」
  「……ふぅ。分かった。分かったわよ。あなたに指揮権は譲る。それに、全体を指揮するより部隊長している方が気は楽だし」
  「どうも」
  サラは部下たちに指示。
  途中で捕捉されここにBOSの援軍が到達できないにしても、偵察程度ならジェファーソンやリベットにいる部隊でもできるだろう。偵察の人出は問題あるまい。報告は無線でしてくれればいいわけだし。
  「マキシー」
  「何だ?」
  「人手を借りたい」
  「戦力の供与か?」

  ざわり。

  メトロの住民たちの敵意が私に飛んできたような。
  意味は分かる。
  唐突に来てキャピタルやばいから戦えというのは横暴以外の何者でもない。別に私たちは指揮系統で繋がっているわけでもない。メトロはメトロで独立した勢力だ。
  命令なんてできないし、するつもりもない。
  「マキシー、あなたに決定権はー……ないわよね? この中に長老さんはいる?」
  「長老は急な生活の変化で寝込んでいる」
  ああ、それでいないのか。
  もっともどれが長老かなんて私には見分けがつかないけども。
  「待て、インカムで話してる」
  「分かった」
  インカム内蔵か。
  なかなかリッチな装備してるなぁ。
  「ミスティ」
  「ん?」
  「指揮権が私に移った。一時的なものだが。長老の指示は受けた。譲歩可能なことは承った。それは、口にはしないけどね」
  「あはは」
  なかなか交渉うまいな、メトロ。
  譲歩可能な部分を言わないのはこちらの出方を見る為だ。言わないことで、こっちのぎりぎりの要求を避けようとしているのだろう。別にそれは悪ではないし、問題ではない。
  「アダムス空軍基地って知ってる?」
  「アダムス空軍基地?」
  「うん」
  「新しいのか、古いのか。どっちだ?」
  「はっ?」
  2つもあるのか?
  「分からないけど、たぶん古い方」
  エンクレイブは元々あった基地を再利用しているだけだろう、と思う。
  「なら分かる」
  「はっ?」
  「従来あった基地なら把握している、という意味だ。新たに建設された場所なら知らない、という意味だ」
  「ああ、そういうこと」
  「それでそれが何だ?」
  「案内を頼みたいんだけど。すべての道はメトロに通ず、みたいな? 地下から行けるなら助かるんだけど」
  「アクセスするには一度地上に出ることになる。DC残骸だ。そこからホワイトハウスに行き、地下に潜ることになる。その先がそうだ。それが目的か? それだけでいいと?」
  まだ要求は可能なようだ。
  「武器の手配がしたい。元々ドゥコフとかいう武器商人に卸してたんでしょう? 可能な限り代金は払う。足りない分は持ち合わせがないから、BOSのツケにして」
  最後の部分は声を潜めた。
  笑いが起こる。
  「他には?」
  「以上よ」
  「あるだろう、まだ」
  「……」
  何を言わそうとしているんだ?
  焦れたのかマキシーは切り出した。
  「我々に運営権を貰いたい」
  「運営権?」
  テンペニータワーのか?
  「あなたたちの家よ、今更言うまでもないでしょ」
  「そうではない」
  「えーっと」
  「鈍いな。いや、人がいいのか。まあいい。我々に頼まなければならないことがあるだろう? 現状我々しかできないことだ」
  「主」
  いつの間にかグリン・フィスが私に寄り添うように立っていた。
  ポールソンとデズモンドもいる。
  気が付けばサラたちもこちらを見ている。
  私の発言を待っている?
  しかし、それは……。
  「メトロにしかできないことがあるだろう?」
  「戦えと言うの? 私が、あなたたちに」
  「その通りだ」
  「だけど……」
  「我々を地上に引っ張り上げたのはミスティだ。変わらなければならない、そう、我々はもっと変わらなければならない。その為の投資、とでも思えば気も楽になるだろう」
  「投資?」
  「この国の運営権、我々も噛ませてもらいたい。つまり……内閣というやつか? それに入閣したいんだよ、大統領」
  「死ぬわよ」
  確実に、誰かが。
  サラたちは戦う気があるし、私たちも戦う気がある。だけどメトロは別に巻き込まれる道理が今までの経緯でないし、私たちが命令する権限もない。
  マキシーは続ける。
  「そうだな、死ぬな。だが、死なない努力は出来るだろう?」
  「ふっ」
  思わず笑った。
  別に彼女を笑ったのではない、その言い方は過去ビターカップに私が言った言葉と同じだったからだ。
  弱気になっているのか、私。
  なってるな。
  エンクレイブは強大だ、スーパーミュータントの軍勢とはそもそもの桁が違う。
  弱気にもなるさ。
  「ふぅ」
  「さすがね、ミスティ。私に出来ないことを容易くしてしまう。主人公補正ってやつかしら?」
  「意味分かんないサラ」
  「それで? 戦力借りるつもりなかったみたいだけど、どう手配するつもりだったわけ?」
  「BOS掻き集めればいいかなって。人狩り師団の要領で」
  「ああ、なるほど」
  地下を動く。
  そうすることで人狩り師団はずっと捕捉されずに行動できていた。最終的に壊滅したけど。
  メトロという勢力は地下に精通してる、味方にすることで遠隔に動きたかった。
  それだけだ。
  ただ、展開は大きく別の方向に動いた。
  共闘。
  これにBOSの部隊を増強すれば怖いものなしだ。
  「それで攻撃目標は? 定石通り要塞?」
  「違う」
  「……まさかアダムス空軍基地を狙うわけ?」
  「主人公補正あるからね」
  「当てにしてるわよ、主人公さん」

  流れに酔うとしよう。
  勢いに乗るとしよう。
  この期に及んでエンクレイブが我々と共存するとは思えないし、例えありえるにしてもこの状況は自力で乗り越えるしかない。力を示すしかないのだ。
  戦争は変わらない、ならば人間が変わるしかない。
  変える為に戦争をするのはナンセンスなのだろう、だけどこの状況で他に何がある?
  吹っかけてきたのはエンクレイブ、家の中でおとなしく震えていることも許さないのもエンクレイブ。
  ならば戦うしかない。
  そしてその戦いの後、しばらく待って、憎しみと悲しみが和らいだころに私たちはそのことから学ばなければならない。
  世界にメルヘンなんてない。
  あるのはただただ悲しくて無情で残酷な世界。
  私は天使になんかなれないし、天使なんかじゃない。人として抗って抗ってこの世界を良くしていくしかないのだ。
  だから。
  「別に私が内閣作るわけじゃないけど、一緒に頑張りましょう、マキシー」
  「これよりメトロはあなたの指揮下に入ります、大統領閣下。何なりとご命令ください。……武器代と案内代は割高でいただきますけどね。文句は長老に言ってね、あくまでは私は代弁してるだけ」
  「あはは」
  心強い味方だ。
  戦う戦力は整ってる、あとはブッチたちと情報待ちだ。
  「主は1人ではない。実に素晴らしいことですね」
  「そうね、グリン・フィス。でもね」
  「はい?」
  「あなたも1人じゃない、それは忘れないで」
  「御意」
  後戻りはできない。
  進むだけ。
  進むだけだ。
  さあ、始めようっ!








  キャピタル・ウェイストランド東部。
  DC残骸。
  かつての首都は中国軍の集中的な攻撃により瓦礫の山となり、時折スカベンジャーが旧世界のジャンクを漁りに来る程度の場所。ここを徘徊していたスーパーミュータントの大半は駆逐され、
  その後カーティス大佐により統合されたもののそれらは全て北部戦線で壊滅した。
  結果、この残骸の地は静寂に包まれている。
  「なんだ、つまんない。もうお終いか」
  赤い髪の女性はそう呟いた。
  片手には対戦車ライフル、片手には大型の長剣。それぞれを片手で軽々と扱うその女性は累々と転がる死体に一瞥をくれてから空を仰いだ。
  「エンクレイブ狩り、楽しいと思ったんだけどなぁ」
  静寂の地にエンクレイブの両派閥が降り立ち、抗争を続けていた。
  しかしその戦いも長くは続かなかった。
  赤髪の女性、西海岸最強の賞金稼ぎであり最大の賞金首でもあるレッドフォックスが静寂に戻した。
  圧倒的な戦闘力で。

  「聞こ……ザー……るか……?」

  「ん? あー、スポンサーさん」
  長剣を地に刺し、無線機を取り出す。
  エンクレイブ狩りの依頼人。
  派閥は問わず殲滅しろと依頼してきた人物。
  「それで? 何か御用?」

  「……ザー……移動要塞に招待する……内部に入れるように手引する……ザー……赤毛たちも来ると予測している。全員殺せ……ザー……」

  「移動要塞? 面白そう。それに赤毛の冒険者、ね」
  無線はそこで途絶えた。
  本来この地に来たのはNCRからの依頼で、エンクレイブ狩りとはまた別件だ。ある女を殺しに来た、ただ戦闘は彼女にとって最大のご馳走。
  楽しめる機会を見逃すつもりはなかった。
  「アタシの欲求を満たせれればいいんだけどねぇ」