私は天使なんかじゃない
Escapeっ!
逃げるが勝ちっ!
……。
……それが許されるならば、だけど。
小走り。
減速。
普通に歩き、後ろをチラリ。
「しつこい」
フルアーマーのベヒモス、鎧の巨人とでも言うべきか、そいつは私をまだしつこく追走してくる。
現在私は西に大きく移動しつつ南下。
パラダイスフォールズを避けての移動なんだけど、あそこまでしつこいならそのまま南下した方が早かった気がする。既に奴隷商人どもは壊滅させてはいるんだけど、
共同体はパラダイスフォールズ跡地に入植していないし、ああいった人の住める場所はすぐに引っ越しされるものだ。レイダーとかにね。
南下して無用な戦闘は避けたかった。
ただ、ここまで追撃がしつこいなら話は別だ。
あいつを引き連れて押し付けてやればよかった。
「はあ」
駄目ですね。
住みついているのは必ずしもレイダーってわけではないしなぁ。
とにかく。
とにかく私は西に迂回している、それはもうどうしようもない。
岩場か見えてくる。
人が隠れることができるほどの大きさの、岩がたくさんある。あの遮蔽物を利用すれば、うまく移動すれば撒けるだろう。
ヴヴヴヴヴヴヴヴ。
何の音だ?
ああ、あれか。
近くをブロードフライが飛んでいる。数は1匹。ふよふよと飛んでいるだけ。
撃ち落とすか?
だけど、あれは斥候という可能性もある。
無暗に刺激して集団で襲われるのは実に困る。聞けば基本は死肉漁りらしいし、生きた人間は滅多に襲わないらしい。もっとも、襲う際には蛆を寄生させようとするとか。撃ち落とすのは
容易いけど集団で来られて蛆を吐き出されるのは面倒臭い。幸い距離はあるし、あの羽音だから少しでも接近されたら分かる。
無視していいだろう。
歩くのをやめてまた小走り。
鎧の巨人は歩幅が広いので普通なら私に追いつけるのだろうけど、鎧のお陰で極めて鈍足だ。なので私が追い付かれることはない。
……。
……私の体力が無限、ならね。
幸い食べた&飲んだばっかりでの追いかけっこだから、今すぐ飢えることはないけど建物の倒壊とともに物資は全て失われた。
あるのはこのアーマーとミスティックマグナム2丁のみ。
逃げれる内に逃げたい。
相手は鈍重ではあるものの疲れという概念がないのか、底なしなのか、非常にしつこく一定の速度で追ってくる。
私はブロードフライを無視して岩場に入る。
PIPBOY3000があるので方角は間違えることはないのが救いだ。
「おい見ろよ、チビ女だぜぇ」
「……こんな時に面倒臭い」
レイダーだ。
岩を背に立っていたモヒカンレイダーに見つかった。腰にはレーザーピストル、珍しいチョイスだな。恰好はレイダーファッション、つまりは雑魚ファッションってことだ。
そこには数人が屯っていた。
全部で7人。
男4で女3、こんな辺境でもお仕事が出来るんだろうかね。
まあ、略奪なんてお仕事は出来なくていいんですけど。
「面倒臭いだとぉ?」
最初の奴が私のぼやきに噛み付く。
面倒臭い。
マジで面倒臭い。
「へへへ」
もう1人が岩陰から出てきた。
私をミサイルランチャーで狙いながら。
「俺たちに見つかったらやばいぞぉ?」
リーダー格なのか、最初の奴がそう言った。
レイダーどもはへらへらと私を値踏みするように見てる。
「急いでるんだけど」
「まあ、そう言うなって。震えてるのがバレバレだぜ? へへへ、気丈に振る舞う女っていうのは、なかなかそそるよな?」
私の恰好からして大した稼ぎにはならない。
食料もないし。
……。
……脳内で私にセクハラしてるんでしょうなぁ、。私はそういうカモってことなんだろう。あー、面倒臭い。
「おい、チビ女」
「それって流行り?」
ルックアウトでヴァングラフにもチビ女認定されてたし。
胸がチビってことか?
そういうことなのか?
「ふっふっふっ」
「あん?」
「ぶっ殺ーすっ!」
「ひゃははははははははははははははははははははははははははははっ! 俺たち人狩り師団に逆らうとはこいつは活きの良い女だぜ、俺たちで可愛がってやるぜぇーっ!」
「Cronusっ!」
どくん。
どくん。
どくん。
時間停止。
発砲、そして解除。瞬間、レイダーたちの体が宙を舞う。
「人狩り師団だったのか」
ボスである人狩り師団長は死んでるし幹部も全滅してる、少なくともテンペニータワーにいた連中は。
師団長の目的は悪党に意味を与えることだった。
結果、本隊が全滅してもこうして残党が活動しているってわけだ。いや、違うか。多分こいつらは人狩り師団とは関係ない。もしかしたら本当に人狩り師団かもしれないけど、関係ないレイダー
たちも自分たちの拍付けに人狩り師団と名乗る可能性は否定できない。そういう意味では師団長は厄介な遺産をキャピタルに根付かせたことになる。
今後数年はこんな流れが続くかもしれないかな。
さて。
「スカベンジングでもしようかな」
弾丸を再装填。
死屍累々。
生きている者はいない。
「デリバリーありがとう」
死者に感謝。
物資に感激。
武器は見た感じジャンクばっかりだ、戦後に作られたデッドコピー。アサルトライフルを拾って構えてみるけど、何だこの照準。グリップも妙に手に馴染まない。使えないな。
放り投げた。
とりあえず食料等を回収しよう。
大物の武器ミサイルランチャー、単発式で撃つごとに装填が必要なタイプだけど火力は絶大。
万が一に持っていく?
いやぁ体力が消耗するだけだ。重いもん。
一瞥しただけで私は食料をかき集めることに決定する。
これで飢えることはない。
レイダーもたまには役に立つものだ。
「あっ」
目が合った。
大柄のしつこいカレに。
銃声音で引き付けてしまった、わけだ。あー、もう、逃げてた意味ないじゃんっ!
鎧の巨人がいる。
立ち止まり、遠くから私を見ている。
やばいな。
完全に認識されてしまった。
まったく。
ホルスターに銃を戻してレイダーが所持していたミサイルランチャーを拾う。1発っきりだけど結構な重武装が手に入っただけ、良しとしよう。
ゆっくりとした歩調で鎧の巨人は近付いてくる。
「あー、もう」
結局真正面から戦うことになるのか。
だったら迂回して逃げることもなかったな、余計な時間と距離を費やしてしまった。全部レイダーどもの所為だ。責任取って死んでるから、まあ特別に許すけど。
相対する鎧の巨人。
初戦のGNRの時とは違う。
私には経験も準備も出来ている。
早々に沈めるっ!
「こんのぉーっ!」
鹵獲したミサイルランチャー発射っ!
白煙を立ててミサイルはまっすぐに鎧の巨人に突き進む。鎧着てるしベヒモスの巨体では致命的ではないだろうけど、鎧は吹き飛ぶはず。
鎧の巨人は煩わしそうに手を振り払った。
ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
「嘘っ!」
手甲の部分が弾け飛んだだけ。
マジかよあいつっ!
火力が弱かったのか、可能性はある。火薬をケチったジャンク品の可能性がある。
違う場合?
考えたくはないですね。
その場合、あいつは結構なタフネスであり、それなりの頭があるということになる。
「やれやれ」
ガン。
空になったミサイルランチャーを捨てる。
シンプルに行こう。
シンブルに。
ミスティックマグナムを2丁を引き抜く。
爆発力が無意味なら貫通力で勝負するまでだ。頭を撃てば終わるんだ、この銃で撃ち抜けないものは今のところ存在しない。
終わらせるっ!
ドン。
ミスティックマグナムを撃つ。
頭部に命中。
こいつの威力はパワーアーマーすら貫通する。弾丸は奴の頭部を貫いた。
ふん。
盛り上がりもなく倒せるんだったらとっとと倒しておけばよかったか。
負けるとは思ってなかったけど、厄介だとは思ってた、時間が掛かると思ってた。過大評価だったようだ。
はい、お終い。
「じゃ、そういうこと……で……?」
倒れない。
鎧の巨人は倒れない。
咆哮。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!」
「なっ! 嘘でしょっ!」
巨腕を振りかぶり攻撃してくる。
その拳は大地を抉る。
マジかっ!
動きそのものは鈍重で、読みやすいから当たりはしないけど……最後の力を振り絞って、という攻撃ではない。
現に再び攻撃のモーションに入っているからだ。
どういうことだ?
貫通してる。
なのに死なない。
だったらっ!
「これでも食らえっ!」
心臓に叩き込む。
もしかしたら心臓が左側にある特異体質かとも思ったので左右の胸を重点的に、薬莢が空になるまで撃つ。
確かに貫通してる。
穴が開いて、そこから陽が差しているからだ。
終わった。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!」
「いやいやいや死んでるんだから死になさいよそれが理解出来ないほど脳筋なのっ!」
空の薬莢を捨てて弾丸装填。
タフ、というレベルではない。
ゾンビか、こいつ?
GNR、DC残骸、ジェファーソン決戦でエンクレイブに操られた2体、いずれも死なない相手ではなかった。死なないなんてありえない、生物なんだから確実に死ぬ。
なのにこいつは何だ?
何で死なない?
死なないんじゃなくて殺し方が間違っているのか?
まあいい。
考え方を変えよう。
殺せないんだったら動けなくしてやるまでだ。
徹底的に。
「これ以上遊んでられるか」
両足の腱を撃ち抜く。
正確には、腱があるであろう場所を重点的に弾丸を叩き込む。
頭を撃とうが心臓を撃とうが死なないゾンビ的な的であろうとも、身体を動かす仕組みは変わらない……はず。まあ、厳密に言えば心臓と頭撃っても死なない時点でまともな
相手ではないんだけどもさ。
それでも。
それでも肉体を動かすに必要な仕組みを潰せば、腱を破壊すれば動けなくなる。
ゾンビ的な不死身さで死なないにしてもだ。
「跪け」
ズシィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
巨人はその場に倒れた。
大地が揺れる。
弾丸を交換して今度は腕を潰す、武装はミスティックマグナムだけだけど弾丸だけは充分にあるんだ、たっぷりご馳走してやる。それに、このミスティックマグナムはパワーアーマーですら
貫通する。GNR前で戦った時の44マグナムとは格が違う。敵の筋肉ごと貫通する、その攻撃力は絶大だ。
結果……。
「はい。終わり」
私は横たわる巨人を作り上げた。
こいつはもう動けない。
頭に何発か改めて叩き込んだけど首だけ動かして私に噛み付こうとする。私には届かない、届く位置にいるほど間抜けではない。
もうどうしようもないだろ、これは。
このまま放置しても問題あるまい。
どこかの旅人が通りすがっても大丈夫だろ、四肢は死んでるし這いずることもできない。
しっかし何で死なないんだ?
まあいい。
「じゃあね」
こんなところで遊んでいる場合ではない。
メガトンに戻らなきゃ。
メガトンに戻って、文明的なところに戻って、BOSと繋ぎをつけてエンクレイブに対しての対応を練らなきゃいけない。
余計な時間を食ってしまった。
こいつはロスだ。
「ん?」
どろり。
ベヒモスの体から何かがにじみ出てくる。首は動いていない、動きを止めている。死んだのか?
流れ出るのは血液。
いや、これは……。
「うっ」
私は顔を歪める。
腐臭。
これは腐臭だ。
激しい臭いを帯びた茶色の液体がベヒモスの死骸から流れ出てくる。これはさすがに血の色ではないだろ。
そしてそれは一つに集まり、まとまり、茶色の腐臭を帯びた水溜りを作った。
まともな代物では、ないな。
集まり、まとまる?
こいつは面倒な展開だ。
ミートスライムとでもいうべきか、そのスライムの中心が起伏を起こし、ある物体が出来た。
顔だ。
誰だか分からない顔だ。
それが生えている。
眼孔はあるけど空っぽ、鼻はなく、口はある。
何ミュータントだ、これ?
「よお、追いついたぜ。世界の王ともなるべき俺があの程度で死ぬと思ったか? このままやられっ放しってのも詰まらないのは嫌なんでな、追ってきたってわけだ」
「……はあ、あんたか」
「嫌そうな顔するなよ」
目がないのに見えてるのか?
声のニュアンスでそう言っている?
そもそも耳がないしこいつはまともな生物でもない、か。少なくとも常識を逸脱している存在だ。考えるだけ無駄。
「会いたかったぜ、ミスティ」
「決裂ね。私はそうでもないわ、ジェリコ」
「可愛げのない女だよ、お前は」
「名実ともに、完全な化け物ってわけね。もう人型ですらない」
「誰かさんのお陰でな」
「私ではないでしょ。核はさすがに使ってないわ」
「クソエンクレイブの所為ってか? 自分は関係ないってか? まったく?」
「ええ。まったく」
一歩下がる。
この状態は攻撃効くのか?
何というかミートスライム状態だ。その状態で、茶色の顔が生えている。眼孔にはぽっかりと穴、鼻はなく口がある。言葉を発しているけど声帯があるのか?
「ふむ」
とりあえず試すか。
ドン。
一発叩き込む。
頭に。
ぐちゃっと嫌な音を立てて爆ぜた。飛散する液状肉。
……。
……液状肉、いやな表現だ。
見てくれがここまでキモい敵は初めてだ。
ケンタウロスより醜悪。
「けっ、相変わらず嫌な性格だな、ミスティ。用心深く、それでいて対処法を見極める為に控えめに攻撃ってか?」
「ありがとう」
「褒めてねぇよ」
ぐちゅぐちゅと音を立てて首が生えてくる。
駄目か。
こいつ物理的には殺せないんじゃないのか?
だけどわざわざベヒモスに寄生してここまで来たのは何故だ、無敵なら別にベヒモスに寄生して攻撃してくる必要はなかった。となると移動速度か。
ミートスライム状態では遅いのか?
なら倒せないにしても逃げれる。
こんな目立つ奴なら一般人に紛れて街まで入れないしすぐ見つかる。ここで撒いても移動速度も計算したら大体の位置も分かる。
後日始末するか。
それがいい。
どっちにしろ銃弾で殺せないならそうするしかない。
「嫌な餓鬼だ」
「ん?」
「その顔を見れば分かるよ、計算してるんだろ、どうするべきかってよ」
「算数苦手だから計算は苦手なの」
「嫌な餓鬼だ」
またジェリコは同じ言葉を呟いた。
とりあえず頭を潰すか。
視界を奪う。
あー、そもそも目がないから意味ないのか?
音の振動をあの液体化した体で受け止めてこちらの位置を把握しているのか?
真偽は分からないけど少なくとも顔はこちらを向いている。
「なあ」
「何?」
「巡り合わせっていうのは、奇妙なものだな」
「どういうこと?」
「てめぇに会わなかったら、こんな妙な体にはならずに済んだ」
「ふっ」
思わず笑う。
妙な体って表現で済む程度か?
「ジャンダース・ブランケットに雇われなかったら私とは会わなかった、その程度の因縁。後は関係ない。あなたの結果は、基本的に私は関知していない。でしょ?」
「何言ってやがる、誰だって心のどこかで自分を理解されたいものさ。例え敵であってもな。だろ?」
「あいにくそれほど因縁深くない」
「冷たいな」
「クールビューティーな淑女ですので」
「クソ淑女の間違いだな」
「それは失礼。御機嫌よう」
「しゃっ!」
ビュッ!
奴の体から肉の触手が伸びる。
くだらないっ!
ドン。
破砕。
さらに無数に伸ばしてくる。
ふん、奇襲が失敗した時点で私は戦闘態勢なんだ、今更そんなくだらない攻撃が効くものかっ!
全て撃ち落とす。
奴の頭も砕く。
数歩下がり弾丸を交換、ミートスライムから伸びかけていた触手は奴の体に全て戻っていく。
頭か。
頭という司令塔がないと攻撃できないのか、いや、正確には頭の再生を優先しているのか?
問題は……。
「ふん、言っておくが俺びゃっ!」
ドン。
頭を吹き飛ばす。
あれ?
何か言いかけた?
「おい、話びょんっ!」
ドン。
「話を聞けよっ!」
「嫌。どうせ八つ当たりだし」
問題はこいつを殺せないということだ。
攻撃そのものはしょぼい、正確には今の私には通用しない。能力を使うまでもない。まあ、能力を使えばこいつが何らかの能力で相殺してくる可能性があるから使いたくはないけど。相殺は
別にいいんだけど、あの片頭痛は困る。攻撃がキャンセルさせてしまうからだ。こいつは痛む脳もなさそうだから、無問題なんだろうけどさ。
……。
……あれ?
能力?
こいつには無数の力がある。
ブロードフライを操るmaster系能力、イーターの取り込む力、Vジーン計画の産物、ザ・マスターの力、教授に与えられたの再生能力。
再生能力はある。
それは疑いようもない。
だけどしょぼい攻撃しかしてこない、蠅をけしかけても来ない。スバミュとも喧嘩していた。
私を油断させようとしている?
まさか。
今更油断させる意味は特にないだろ。どう動いたところで私は油断しない、それはジェリコも分かってるはず。つまり油断狙いは意味がない。この状態で出し惜しみする意味もない。
もしかして……。
「ジェリコ、あんた能力が使えないの?」
「……」
「図星か」
「ちっ、小賢しい餓鬼だ」
「どうも」
そうか。
それで最初に遭遇した際にスパミュと戦ってたんだ。
スパミュ操作の能力はザ・マスターを取り込んだから。それは失われた、ということか。
となると奴の今の状態は教授に与えられた放射能を吸収して再生する能力だけという可能性が高い。
だからあの核でも生き延びたんだ。
それ以外の能力は使ってきていない、考えてみたらブロードフライをこちらにけし掛けてもいいのにそれをしない、私を監視する斥候だけじゃなくて攻撃に使えばいいのに使わない、これはつまり
使えないってことか。奴自身も今肯定した。元々の肉体が吹き飛んだミートスライムになった際に能力の大半が失われたんだ。
Vジーン計画の産物は残っているのか?
イーターの取り込む力は?
いずれにしても大半の力はリセットされてる、と見るべきだ。
策?
それはない。
前述のとおり私は油断しないし、今更の出し惜しみは意味がない。
つまり。
つまり、今のこいつはただの喋るスライムだ。
殺せはしないけど逃げることは出来る。
無視は出来ないにしても後回しには出来る、当面の敵はエンクレイブだ、私はその為にメガトンに戻り、何とかBOSと繋ぎをつける必要がある。
肉塊は吠える。
「俺は全てを手に入れるっ! 世界をっ! このつまらなくなった世界を面白おかしく変えるのさっ!」
「単細胞生物に何が出来るわけ?」
「なっ!」
「諦めなさい、あんたはもうただのスライム。醜悪なだけの。時勢は失われた、世界の王なんてもうなれない。時勢を失ったモノ、世界の片隅で生きていきなさい」
「ミスティぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!」
ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。
放たれた触手を打ち砕く。
当然頭も。
飛び散った肉液はしばらくした後に一つに結合し、また頭を生やす。もちろん私は銃弾を交換した後だ。
「何でっ! 何でだっ! なんで俺はお前に勝てないっ!」
「諦めなさい。もう無理よ」
「無理じゃないっ! 力を取り戻す、じゃなきゃ、こんな体の意味がねぇだろっ!」
「さっきも言ったけど、今のあなたの体に私は関知していない」
「うるせぇっ!」
「何を、どうしたいの、あなたは一体」
「ずっと世界が詰まらなかったっ! レイダーをしている時も、傭兵をしている時もっ! キャピタルは一定の距離を保ってた、善玉と悪玉はなっ! 何で交じり合わない、どうして殺し合わない、
あんなものはなれ合いの妥協で、談合みたいなものだっ! 俺がずっと求めてたのは、求めてるのは、そんな生温い世界じゃねぇっ!」
「過度期の混乱は時間とともに安定する。戦後200年なわけだから、住み分けはもう出来てる」
「だが、だがてめぇが這い出してからはバランスが崩れちまったっ! 混ざり合いもせず、悪玉が負けちまった。挙句この体だっ! 世界を取れってお告げみたいなもんだろっ! なのに、なのに……・」
「なのに?」
「なのにっ! それすらも出来なくなっちまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「同情はするけど、それは私の所為ではない」
因縁はある。
だけどそれはあくまでピットで敵対しただけ。
ボルト87に迷い込んで教授に改造されたのは私の所為ではない。
その後の行動も。
全てこいつの行動の結果でしかない。
「お前の所為だっ!」
「違う」
「お前の所為だっ! お前の所為にしないと、俺の存在が維持できないだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「ああ」
そういうことか。
絶望してしまったこいつは、誰かの所為、何かの所為にして今まで自分を保ってきたのか。
だけど私不在の時にこいつがしたこと、その後のことも容認は出来ない。
「去りなさい、時勢を失ったモノよ」
「殺す殺す殺すそしてお前を、そうさ、俺様のモノにするんだっ! お前の体に入り込み、隅々まで、奥まで、もっと奥まで俺を満たすのだそして俺は俺は生まれ変わるキャピタルの英雄
として、刺激に満ちたお前の人生で生きるんだうひゃははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
「分からず屋め」
性懲りもなく放つ触手。
付き合いきれないな。
だけどこいつは他人にも寄生できるわけだ、ベヒモスにしたように。となると何とか始末しないと意外に面倒な相手ではある。
触手を打ち砕きながら私は考える。
対処法を。
対処……あれ?
横一列に並ぶ、何者かが不意に目に入る。
数は50、いや、100はいる。
1キロは離れているから細部は分からないけど、あの恰好は……。
「ん?」
そいつらが何かを放った。
天高く。
赤い球体。
それを無数に、横一列に並んだ100名近い奴らが天高く放つ。
炎だ。
あれは炎だ。
それは大きく弧を描き、こちらに……。
「やばいっ!」
「熱い熱いアツイィィィィィィィィィィっ! 嫌ダ、死ニタクナイヨォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!」
無数に降り注ぐ炎の弾。
熱には弱いのか、効果が覿面なジェリコ。苦悶の雄たけびも降り注ぎ、爆ぜる炎にその姿と声が掻き消されていく。
ブクブクと音を立てて液状化した肉塊は蒸発していく。
死んだか?
死んでほしいものです。
だけど私はジェリコの抹消の状態を確認している場合ではない。
何故ならば。
「うひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
容赦なく私も巻き込もうとしているからだ。
……。
……あー、違うか。
これは、ジェリコはただの巻き添えだな。
狙いは私と見るべきか。
どんな兵器かは知らないけど、無数の炎の弾を弧を描くように撃ち出し、ここに降り注がせているのはKいパワーアーマーの集団だ。
距離は1キロってところ。
そいつらが100名。
黒いパワーアーマーの形状は、ここか見る限りではエンクレイブ製の一般的なパワーアーマーではない。
特殊部隊か?
ただ言えること、あれは味方ではないということだ。
BOSが私を攻撃するはずはないし、まあ、意味もないし、OCは分裂したりキャピタルの情勢の流れに乗り損ねて弱体化しているしここまで来るとは思えない。COSはルックアウトで
全滅状態らしいし、となればあれはエンクレイブの部隊なのだろう。見たことないタイプのパワーアーマーと武器、厄介な連中と判断するべきか。
「やれやれ」
一難去ってまた一難。
Escape?
出来たらいいなぁ。
まあ、許されない気が全開でしますが。
今の私は1人。
完全なるソロプレイ中。
部隊はこちらに向かって前進し始める。
ゆっくり、ゆっくりと。
炎の弾をここに着弾するように天高く撃ち出しながら。
まずいな。
強いぞ、こいつら。
さてさて。
「どうしたもんかな」
前進中の部隊。
横一列に進み断続的にミスティに着弾するように火の弾を乱射している。
その武器はヘビーインシネーターと呼ばれる、火炎放射器のような形状の火炎弾を放つ兵器。携帯武器としてプラズマピストルも装備。
纏っているパワーアーマーはエンクレイブの標準的なパワーアーマーの次世代型であるヘルファイヤーアーマー。
オータム大佐が鍛え上げた最強の部隊ヘルファイヤートルーパー。
ジェファーソン決戦の際にはリベットシティに駐屯し、クリスティーナの妨害によりジェファーソン記念館に参戦できなかった。
しかし満を持して、ついにこの場に現れた。
ミスティの前に。
「隊長、クリスティーナの部隊を蹴散らしてこの辺りを哨戒してみれば、面白い相手に出くわしましたね」
「あれが、ミスティで間違いないのか?」
「はい。照合済みです」
「敗走しているBOSの残党、クリスティーナ・エンクレイブの部隊、どれもつまらない相手だった。奴は能力者とかいう化け物とはいえ、たかが1人だ。早々に始末してオータム大佐の元に戻るぞ」
「はっ! 全隊、包囲用意っ!」
「あの女は英雄などではない、ただの穢れた地元民を殺せっ!」