私は天使なんかじゃない
原点回帰
何事も初心が大切だ。
「ふぅ」
ペットボトルを口につけ、内容物を口に含む。
中身は水。
この状況を生き延びる生命線。
私、赤毛の冒険者改め赤毛の放浪者は何もない荒野を、ただただ続く褐色の荒野を歩き続けている。
あれから。
あれから私は彷徨っている。
そう、通信アレイに格爆弾が投下された後から私は彷徨い続けている。
……。
……よく生きていたものだ。
どうも私はあの時に生じた衝撃波でヘリから放り出された、らしい。
らしい、というのは記憶にないからだ。
気づけば荒野に転がってた。
幸い装備に不備はない。
ライリーレンジャー製の強化型コンバットアーマーを身に纏い、ミスティックマグナムは帯びている。2丁だ。弾も幸いにも充分に携帯している。問題があるとしたら……まあ、充分に問題
なんだけど、グレネードランチャー付きのアサルトライフルを紛失してしまったということだ。少なくとも倒れている場所にはなかった。
PIPBOY3000も何の損傷なく装着している。
つまり今いる位置は特定できる。
ここはキャピタル北部。
何もない。
何も。
エンクレイブの馬鹿どもは既定路線だったんだろうな、思えばスパミュの基地からかなり離れて布陣してた、展開してた。圧倒的に有利な状況であったのにだ。
核を投下するタイミングを狙っていたらしい。
だから影響の範囲外に留まっていた。
くそ。
ふざけやがって。
ある意味で幸運と考えられるのはレッドアーミーが根こそぎで壊滅したこと。別働で動いていた連中とか勝手に暴れている連中は生き残っているだろうけど、ほとんど一網打尽だ。
核で全て吹き飛んだ。
アンクル・レオ、彼の安否だけが心配。
ジェリコに沈められ、どんなに急いで脱出したにしても爆心地に近い位置にいたはずだ。
「やめ」
考えないことだ。
少なくとも、今は。
ジェットヘリの心配はしていない、残骸はなかったから、生きている。私はそう信じてる。
「疲れたー」
私は私で問題を抱えている。
ここから文明のある地は果てしなく遠い。キャピタルはほとんど歩き倒したけど、歩きとなるとこいつは骨だぞ。
エンクレイブは再び動き出したとみていい、格の投下はデモンストレーション的な意味合いだろう。
早くメガトンに行かなきゃ。
そこまでいけばどうにでもなる。どこにでも繋ぎは取れる。
私のPIPBOY3000は受信は出来ても送信はできない、助けが呼ばないのが難点だ。
食料も水もある。
僅かだけど。
だけど、少なくともボルト101を出た時よりはマシな状況だ。
あの時は何もなかった。
物資も、スキルも。
そういう意味では私は現在恵まれているというべきか。物資の当てはあるし、スキルは充分過ぎるほど培われている。
原点回帰な状況だけど、初期の頃よりはどうにでもなる。
ドォォォォォォォォォォォン。
どこかで爆発音がした。
「またか」
近くではないようだけど。
あれが何の音かはもう知ってる。
私はこの荒野を2日も彷徨っているのだ。知っていて当然だ。
私の物資の出どころでもある。
あれはエンクレイブのベルチバードが空中戦をしている音だ、正確には撃墜した音。
最初の時はBOS側の鹵獲したベルチバードと空戦しているのかと思ったけど、そうではなく、エンクレイブ同士の内乱らしい。
連中の内紛なんか知ったことではないけど、アダムス空軍基地と衛星通信ステーションとやらを拠点にそれぞれ敵対しているようだ。
現在はここまでお互いに出張ってきて戦闘をしている。
たぶん、そこかしこで。
喧嘩は他所でやれ。
他所で。
キャピタルを挟んで拠点を置いているだけで、もうここには用がないはずだ、エンクレイブは。今更反抗的なここを支配したいとは思わないだろう。前にオータムは全部殺して入植するだけの力は
ないと言ってたし。まあ、今までの反抗的な態度が気に入らなくて巻き込んで殺したいのはあるのかもしれないけど。
いずれにしても迷惑だ。
やれやれ。
「おっ」
何やら建物が目に入ってくる。
まだ1キロほど先だけど、一軒家がある。
何かいる？
かもね。
こんな何もないところにレイダーがいるかは知らないけど、元々レッドアーミーが根を張る前からスバミュの勢力圏だったわけだし、まあ、何かいる可能性はある。
物資は期待していない。
うまくいけば寝床が手に入る。
敵対的なのがいたら？
「キャピタル風に話し合わなきゃ」
私も随分と変わったものだ。
パパが見たら幻滅する？
まあいいさ。
環境が変わるのであれば自分も変わらなきゃいけない、それだけだ。
さて。
「行こうかな」
「……」
数十分後。
私はトタン製の建物の前に到着。
ああ、疲れた。
足は疲労を帯びている。歩む速度が若干落ちている。太陽はまだ高いけど、ここで休息するとしよう。幸いにも物資はまだある。前に墜落したベルチバードから回収した分がある。
今日はここで休むとしよう。
ピピピ。
PIPBOY3000で索敵。
建物の中に何かいる。
何か？
何かは、何かだ。
数は１つ。
人間か、スバミュか、狂った機械か、野生動物か。
ともかくどれかだ。
いずれにしても今の私の敵ではない。
ミスティックマグナムを1丁引き抜く。
「すいませーん」
声掛け。
敵味方の判別はする。環境に適応はしたけど、レイダーになったつもりはない。
そういえば、会話こそ最大の財産、ルックアウトのオバティアがそんなこと言ってたなぁ。サイコな爺だったけど、その発言は同感だ。
まずは会話だ。
「すいませーん」
……。
……
……沈黙、ですな。
PIPBOYの反応はある。こいつは生体反応、動力反応を感知している。つまり死体ってことはない。生きている何かがいるのは確かだ。
どうしたもんかな。
「まあいいか」
ガン。
トタンの扉を蹴破る。
淑女の時間終了のお知らせですっ！
銃を片手で握り、内部をクリアリング。正確にはクリアリングの意味は特にない。室内は開けっ放しの、電力も中身も何もない冷蔵庫が一つ、マットのないフレームだけのベッド、内装は
そんなもんだ。とっくの昔に剥ぎ取られたらしい。ダッフルバックがある。あるものはそれぐらいだ。空気は埃っぽく、私は軽く咽る。
「ウウウ」
咽る音に反応したのはグール。
いや、フェラルか。
お食事中だったようだ。もはや性別も分からない骨だらけの死体を貪っていた模様。
こんなところに、フェラルねぇ。
随分と珍しい。
別に生体分布図を諳んじているわけではないけど、北はスバミュで、南はフェラルの傾向が強い気はするんだけどな。
まあいい。
フェラルはゆっくり立ち上がり、私の方を向く。
うん、こいつはフェラルだ。
ゴブと違って地勢の欠片もない淀んだ目。
私を新しい肉と断定したようだ。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ！」
飛び掛かってくる。
意外に素早い。
だけど今の私は冷静でいられる。横に避け、フェラルをやり過ごす。フェラルはそのまま勢い余って止まれず、私のその背中を思いっきり蹴った。
ドサ。
建物の外まで転がる。
「バイ」
発砲。
頭を吹き飛ばした。
外で始末しないと掃除が大変だ。
ここで寝泊まりするわけだし。
「オーダーストップの時間ですわ、お客様。またのご来店をお待ちしてます」
勝手に私を肉と断定しないで欲しいものだ。
私はメニュー表には載ってない。
さて。
「彼、いや、彼女、どっちでもいいか。埋葬ぐらいはしてあげようか」
骨となった誰かを私は埋めるべく動く。
まだ太陽はあったけど私は横になっていた。
床に。
ベッドは使い物にならないから仕方ない。
一応換気はした。
気休め程度だったけど。
「なかなかいけますなぁ」
お行儀悪く横になりながら缶詰を食す。
放っておいておくれ。
疲れてるんだ。
ここに殴り込んだ時点で本日の淑女の時間は営業を終了しているのだ。
独り言が多いのはご愛敬。
そうでもしないと孤独で気が滅入る。PIPBOY3000は生きている、でも何の通信も受信しない。その機能だけが死んでいるのか、それとも外の通信が完全に途絶しているのか。
あり得る話だ。
私が持っている情報はもう古いゴミでしかない。
核の投下はもう古い話だ。
情報は常に更新されている。
推測ではあるけどエンクレイブがこの地で交戦している状況だ、キャピタルは再び抑えられた可能性が高い。
あの喋りたがりのスリードッグが沈黙しているんだ、通信も遮断されている。
そう考えた方が合理的だ。
……。
……あー、やめやめっ！
気が滅入っても仕方ない。
考えるだけ無駄だ。
「お酒、飲んじゃってもいいか」
気分転換です。
缶詰ももう一つ開ける。豆を煮たやつだ。
贅沢しよう。
エンクレイブから漁った物資が大量にあった、というわけではなく、現在贅沢している分はこの建物の先住者のものだ。あー、先住者がフェラルで、あの骨の人が後から来たとも
考えられるのか、まあどっちでもいい。
ともかく。
置き土産としてあったダッフルバッグには食料と水があった。お酒も。
賞味期限？
200年前ですがそれが何か？
「ぐびぐびーっと」
ワインをラッパ飲み。
ふむふむ、なかなか美味しいじゃないですか。安物のラベルだけど美味しければ値段なんて関係ない。
メガトンに帰るだけの物資はないけど、これで切り詰めれば1週間は大丈夫だ。
今日は贅沢しますけど。
弾丸も入ってた。
10㎜ピストルの弾丸。100発分もだ。
問題は銃がどこにもないということ。
あの骨さんがどこかで銃を紛失してここまで持ち込んだのか、そもそもダッフルバックは別の誰かのものなのかはわからないけど、弾丸だけでもありがたい。
これだけあれば物々交換ができるからだ。
問題は……。
「文明人がここにいるかどうかだけどねー」
トレードできるだけの頭のある奴がいればいいけど。
いやぁ難しいなぁ。
ここは辺境。
さすがにカンタベリー・コモンズのキャラバン隊も通ってないだろう。
それに、エンクレイブ同士が抗争を開始しているのであれば、前回キャピタルが抑えられた時のように物流が止まっている可能性が大だ。
どちらにしても基本は自分で確保、となるだろう。
やれやれだぜー。
「もうちょっと食べようかな」
空腹は人類の敵だ。
今のところはエンクレイブの部隊を回避……まあ、レッドアーミー壊滅させてこんな辺境にいまだに展開しているとは思えないけど……ともかく、現在のところはエンクレイブとは遭遇していない。
戦闘後はともかくとしてだ。
今後もこんな感じで行きたいものだ。
メガトンに行くには南下するわけだけど……ふむ、少し東か西に迂回しつつ南下した方がよさそうだな。パラダイス・フォールズにこのままではぶち当たるからだ。
奴隷商人どもの本拠地、あくまで元だ。
ユニオンテンプルのハンニバルたちとともに壊滅させた。
ただ、共同体はその施設を確保していない。
何故？
少々離れ過ぎてるからだ。
共同体としても孤立している、突出している場所は入植させ辛いのが現状。なので現在は無人のままだ。
無人、それはつまり別の勢力が入ってくる余地があるということだ。
レイダーとか、まあ、そんな類。
今の私なら別にどうってことはないだろうけど……迂回するより戦闘する方が時間食いそうだし、迂回するとしよう。
ピピピ。
PIPBOY3000の索敵を限界まで高める。
これで何か近付いてきてもアラームが鳴って私に知らせるって寸法だ。
さて。
「食べたら寝よう」
お酒飲んだしお腹は一杯。
足は疲労マックス。
起きている理由がある？
ナッシング。
アーマー脱ぐと敵襲あった場合やばいので着たままだ。とはいえ私もキャピタル暮らしはなかなかのものだ、防具着てても寝れないことはない。寝辛くはありますが。
「寝よ」
ふわぁぁぁぁぁ。
おやすみー。
まどろみ。
瞳を閉じて数分か、数時間か。時間の感覚がないまま私は眠りへとダイブしつつある。
睡眠。
それは休息であると同時に、最大の娯楽でもある。
夢は楽しいものだ。
奇想天外で、粗筋が分からなくて、突拍子もなくて。
まあ、悪夢はノーサンキューなんですがねー。
安息、安眠、休養。
私の体がそれを全力で求めている。
あっ。
意識が途切れそうだ。
意識が……。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ！
「もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ！」
私は跳ね起きて叫ぶ。
何かが建物にぶち当たった……うお、一部貫通しとるーっ！
索敵は鳴らなかった。
つまり？
つまり飛来物は生物ではない。
……。
……あー、違うのか、生きていない、と言うべきか。
何が飛んできたんだ？
飛来物は建物を抜けてしまっているので何が飛んできたかは謎。
危ないな、危うく私も巻き込まれるところだった。
寝ている場所がずれていたならね。
外から差し込んでくるのは陽光。
大した時間は経ってないらしい。
ふらっとする。
ああ、そういえば飲みましたなぁ。
「おちおち寝てられない」
ミスティックマグナム2丁を手に私は建物を出た。
不意打ちはない。
「あれか」
少し離れたところで、1キロぐらいかな、そこで戦闘をしている連中がいる。
「また厄介な奴が」
独語。
スパミュどもが争っている、赤く塗装した奴らと無印の奴ら。
それはいい。
それはいいんだけど、巨人どもの戦いにさらに巨人な奴がいる。
ベヒモスだ。
それもただのベヒモスじゃない、全身を何かで覆っている。
目を細める。
赤く塗装した……違うな、赤錆が浮いた鎧だ。
車の残骸か何かを利用して作った代物のようだ。そいつが赤いスパミュと無印スバミュを無双している。赤も無印もお構いなしだ。
何故に？
「指揮系統が、ない？」
それだ。
教授も大佐……正確には大佐はザ・マスターの力でなんだけど、もういない。
操る者がいない。
あれが本来の姿か。
レイダーみたくある程度の集団としては成り立つけど、種として全員が全員同胞ってわけではないのだ。だからそりが合わない者同士潰し合うのだ。
しかし出来るなら他所でやっておくれ。
わざわざベヒモスまで出してくんな。
「ん？」
ベヒモスは赤いスバミュを鷲掴み。
そしてそのままこちらに投げた。
「うげっ！」
建物は轟音を立てて崩れ落ちた。
さっきのもあれか。スバミュを投擲するとは、危ないな。避けるのが遅れたらやばかった。
……。
……あれ？
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ私の食糧がぁーっ！
完全に瓦礫の下だ。
くそーっ！
最後に立っているのはベヒモスだけになっている。
あれは何なんだろ。
鎧は誰かが仕立てたのだろう、教授にフルアーマー化されたのか、大佐がフルアーマー化したのか。どっちにしても、大佐の指揮下に入って他のスパミュもろとも格で吹き飛んでほしかった。
目が合う。
数秒の間の後、こちらに向かって歩き出す。恋が芽生えたらしい。
うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああこんな展開もう嫌だぁーっ！
何でだよっ！
何でキャピタルに5体しかいない貴重種のベヒモスに私は全部遭遇するんだよっ！
ある意味ラッキー？
はっはっはっ♪
そんなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ！
まったくっ！
エンクレイブが本格的にキャピタルにちょっかいを出してきているときに面倒なっ！
「うー」
一瞬戦闘するか逃げるか迷うけど、迷うまでもない。
いくら初期とは違うとはいえ、ミスティックマグナムがあるとはいえあんな化け物と正面切って戦う気はない。
西に迂回して軟化するルートを選択。
西は幸い岩場が多い、と記憶している。
うまくいけばあいつを撒けるだろう。
「逃げよう」
Escapeっ！