私は天使なんかじゃない
掌の上
彼女たちは懸命に戦った。
だが全ては掌の上での出来事、予測されていたこと。
格発射2日前。
ミスティ、グリン・フィス、レッドアーミーと全面対決。北部戦線に展開しているエンクレイブ軍は動かず。
1時間後。
BOS、サラ・リオンズを総司令官として精鋭部隊リオンズ・ブライドを中核とする軍勢をオータム派エンクレイブの拠点である衛星中継ステーションを強襲。
リバティ・プライムも戦力として投入。
しかしオータム大佐はこの隠密での攻撃を早い段階で察知しており、かねてよりの計画通り衛星中継ステーションを放棄。
残っていたのは留守部隊として、実質置き去りにされたクラーク孫将軍率いる親衛隊のみ。
30分後。
レッドアーミーの下で孤立していタロン社残党がエンクレイブ側に呼応。
身柄の安全を条件に攻撃衛星の制御。
衛星基地を拠点にしたのはレッドアーミー側は地勢的に有利であった為だが、エンクレイブ側は衛星を制御するために執拗に攻勢を仕掛けていた。衛星中継ステーションには攻撃衛星を制御する
技術が失われており、それはオータム側の一部しか知りえない情報であった為、攻撃衛星でのカウンターを恐れてクリスティーナ側は攻撃してこなかったわけである。
オータム派エンクレイブ、攻撃衛星の主導権を得る。
15分後。
BOS、衛星中継ステーションを制圧。
クラークソン将軍自殺。
手薄さに不信を覚え撤退準備を始める。
10分後。
ミスティ、スティッキーの駆るジェットヘリに搭乗。
レッドアーミー総帥に成り上がったジェリコ墜落、生死不明。
同刻。
衛星軌道上より攻撃ミサイル発射、レッドアーミーが拠点としていた衛星基地は壊滅。エンクレイブ地上軍が動かなかったのは被害の外にいる為。
タロン社残党、全滅。
爆発の余波でジェットヘリ墜落、ミスティたちの生死不明。
同刻。
衛星軌道上より2発目の攻撃ミサイル発射、衛星中継ステーション壊滅。
撤退準備をしていたのでBOSは全滅は避けれたもののリバティ・プライム大破。エンクレイブとの決戦に必要な大きな戦力を失うこととなる。
1時間後。
衛星中継ステーションの戦力の90パーセントを率いて拠点を放棄していたオータム大佐率いる空挺師団がBOSの拠点である要塞に対して奇襲、BOSはオータム派の拠点に対して奇襲したつもりが
逆にカウンターを受けることになる。空からの攻撃には無力なこの時代において、BOS側もそれを踏襲する形となり敗北。
要塞放棄。
ただ、下水道を以前から万が一の為の連絡用通路として整備していた為、それを利用して円滑に撤退。
エンクレイブ追撃せず。
BOSは下水道の行きつく先である、浄化プロジェクトを継続中のジェファーソン記念館を本拠地とした。
2時間後。
BOSはリベットシティに部隊を駐留させ、ジェファーソン記念館とリベットシティによる戦線を構築。
先の1件によりリベットシティ評議会は主権をBOSに移譲していたので混乱は起きず。
エンクレイブ、襲撃するも修復されていた艦砲からの砲撃により攻撃断念。
8時間後。
要塞に北部戦線に投入されていたエンクレイブ地上軍が集結。
3時間後。
オータム大佐、BOSによりジョン・ヘンリー・エデン大統領が殺害されたと発表し、さらに自身の上官であったクラークソン将軍の戦死も公表した。
アダムス空軍基地に到着した偽りの大統領クリスティーナを打倒する為、大統領を名乗ることを宣言。
オータム派の将兵はこれを受け入れる。
オータム大統領誕生。
クリスティーナ派にしてもオータム派にしてもキャピタル・ウェイストランドはあくまでエンクレイブの主導権を握るための戦闘であり、それ以上でも以下でもなかった。
1時間後。
オータムの大統領宣言を受け、アダムス空軍基地よりクリスティーナ派の部隊がキャピタル・ウェイストランドに侵攻。
戦端が開かれる。
そして……。
要塞。
執務室。
かつてここはBOSのエルダー・リオンズが執務を執り行っていたが、彼は今ここには当然ながらいない。BOS本隊とともにジェファーソン記念館に撤退している。
交戦は最初のベルチバード群への抵抗だけで、BOSは早々にここを引き払った。
だからBOS、エンクレイブともに被害は軽微だった。
ただ、撤退の際に物資や軍需品は置き去りになっており、それらはすべてエンクレイブに鹵獲、運用されている。
「……」
執務室の机に脚を投げ出し、1人の男性士官が虚空を眺めている。
名をオータム。
階級は大佐から一気に大統領へとランクアップ、いや、クラスチェンジした。
アメリカの指導者であり、世が世なら世界に号令をかけることができる身分、それがアメリカ合衆国大統領という肩書だった。
だがあくまでまだ肩書だ。
エンクレイブの大半を握るクリスティーナに対抗するための称号でしかない。
今は、まだ。
コンコン。
ノックされる。
だがオータムが返事をするよりも先に扉は開かれた。
不満そうな顔をオータムはするものの彼は、その男はそれを流した。柔和な笑みで。
「何か用か、サーヴィス少佐」
「お寛ぎ中申し訳ありません。寛いでいるようには、見えませんが」
「何か用か」
睨み付けるもののサーヴィスは動じない。
何故?
立場はサーヴィスの方が上だからだ。
……。
……いや。
正確には、主導権を握っているのがサーヴィスだからだ、というのが正しい。
全て彼のお膳立てで事が進んでいる。
要塞攻略も。
大統領就任も。
それはオータムも分かっている、サーヴィスも隠そうともしない。
「閣下」
そう呼ぶのもサーヴィスにとって、そういう役割を現在担っているからに過ぎない。
だが担っている以上、役割を全力で演じているのだが。
「何だ」
「ボルト865の所在は掴めましたか?」
「ああ。カナダにあった」
要塞には、正確にはかつてペンタゴンと呼ばれた場所にはボルトの所在地が記された電子データがある。
今もだ。
「サーヴィス、お前は約束を一つ果たした」
「はい」
「労って欲しくてここまで来たのか?」
「ええ。頭を撫でてほしくて」
「ふん」
これが。
これで要塞を落とした本当の理由だった。もちろんそれはオータムの都合であり、大統領就任とそれを既成事実とする為の拠点として必要という理由でもあったが、オータムにとっては
ボルト865と呼ばれる場所を知ることが最優先だった。彼にとっての一番の関心が、それだった。
「閣下、行かれるのですか?」
「どこにだ」
「ボルト865にです。もしそうであるならば、私がタイムスケジュールを融通しましょう。まだ、時間はあります。連中はそれを快く思わないでしょうが、私が抑えます」
「そのつもりはない」
「しかし」
「ボルト865は残骸だ。行くつもりはない。俺のルーツを知りたかっただけだ」
「了解しました」
オータムとサーヴィス。
仲間ではない。
上官と部下でもない。
お互いにお互いの都合で利用し合う関係。ビジネスパートナー。だがそれはそれで楽な関係だとオータムは思っている。
感情を挟まずに、お互いの目的の為に利用し合えばいいだけだ。
変に仲間意識を持つよりも楽な関係。
「それで、何の用だ」
「要塞の、つまりはここのですが、クリスティーナ側の密偵がアクセスして形跡があります。我々が来る前にです。リナリィと呼ばれる女がBOS側に入り込んでいるようです」
「リナリィ?」
「クリスティーナ親衛隊です。この要塞のウィークポイント、BOS側の残した物資量は筒抜けです。いずれアダムス空軍基地から大部隊が投入されるでしょう、今のような小競り合いでは済まなくなります」
「それはそれは、大変だな。白旗挙げるか?」
「頭を下げる練習も必要ですね」
「笑えんな、お前のジョークは」
つまらなそうにオータムは答えた。
ここまでは想定内だからだ。
「要塞などくれてやるさ、代わりに手薄になった空軍基地にある移動要塞を貰うまでだ。あれがあれば、名実ともに大統領。……そうだろ?」
「はい。移動要塞クローラーは是非とも抑えるべき代物ですから」
「お前たちにとってもな」
「当然です。その為に支援しているのですから」
「お前は欲を隠さないな。何しに来たかは知らんが俺を整形させ担ぎ上げてまでやりたいこととは何なのかは気になるよ、NCRの情報将校さんよ」
「褒め言葉として受け取っておきます、カール大佐」