私は天使なんかじゃない






どきどきわくわく空の旅(棒読)







  わー、楽しー(投げやり)





  「何で俺が……ブツブツ……」
  GNRの放送用ジェットヘリの操縦席でスティッキーが何やらぼやいている。
  気持ちは分かる。
  私もまさにその心境だからだ。
  スティッキーを巻き込まないことも出来たんだけど、キャピタル北部の街であるオールドオルニーに行くには空路が一番だし、私たちも楽だし、それに1人だけ逃げるのは許されないのだ(ゲス顔)
  損な役回り同士仲良くやりましょう(暗黒微笑)
  「スティッキー、楽でいいわ、ありがとう」
  「どういたしまして」
  棒読みですぜ、旦那。
  まあいいけど。
  さて、メガトンからオールドオルニーまでの旅路のお供はグリン・フィス、何故か軍曹とガンスリンガー。同行する理由は特にないらしい。
  暇だからな、というセリフで2人して付いて来た。
  軍曹は私がルックアウトでいない時に手に入れたというライトマシンガン、軽機関砲を持ってる。
  頼もしい限りだ。
  ガンスリンガーは色違いのブッチと言っていいほど武装が似通っている。
  ただ、ガンスリンガーの場合は能力者という別の武器も持ってるけど。
  彼の能力は通称と同じGunslingr。
  射線が見えて、その通りに撃てば当たる……らしい。らしいというのは他者にはそれが見えないわけであって、あくまでガンスリンガーの談、というわけだ。確実に当たると言っても私は弾丸がスローに
  見えたり時間止めたりできるので簡単に避けれる。なので能力者の相性によっては百発百中というわけではないようだ。
  戦力的には申し分ない。
  「付き合ってくれて嬉しいけど、どうして同行してくれるわけ?」
  ガンスリンガーは用心棒を休業して付いて来てる。
  休むにしても交代要員のブッチは行方知れず。レディ・スコルピオンも。軍曹もここにいるし一時的にゴブの酒場は用心棒不在となっている。
  2人は顔を見合わせ、口をそろえて……。
  『金だ』
  「はっ?」
  キャップっすか?
  「俺は西海岸に帰りたいんだが……このペースで行くと結構時間が掛かるんだよ。いや、給料は悪くないぜ? 賄いも美味いし。だが、もうちょっと稼ぎたいかなってな」
  「店はどうするの?」
  「オーナーは了承済みだぜ。たぶん、誰かに頼むんだろ」
  「ふぅん。軍曹は?」
  「稼げる内に稼いでおかないとな。いつまでも若いわけじゃないんだし」
  「充分おっさんだけどね」
  「ともかくだ。今の生活には文句はないが、所帯持つにしても金はいるからな」
  「ああ、なるほど」
  シルバーとの今後の為か。
  お熱いことで。
  ご馳走様です。
  まあ、今回は私の意向というよりは市長の意向、つまりは共同体としての意向での仕事。だから用心棒代わりに市長が誰か酒場に寄越すんだろう、共同体のメンツから。
  「俺は関係ないんだが……ブツブツ……」
  相変わらずブツブツのスティッキー。
  確かに関係はない。
  だけど繰り返すけどこれは共同体としての仕事。なので共同体の意向を受けた、別の人物も乗ってたりする。
  申し訳なさそうにその人物は、彼女は言うのだ。
  憂いを帯びて。
  「お手間をお掛けして申し訳ありません」
  『いえいえお気遣いなくっ!』
  声をはもらせる野郎ども。
  くっそ。
  ムカつくわー。
  何だかんだで軍曹もガンスリンガーも眼鏡の知的美女目当てで付いて来てるんじゃないのか?
  まったく。
  「わざわざ来なくてもいいと思うけど」
  嫌味でも何でもなく、今回同行している共同体の、そしてルーカス・シムズの秘書的女性オフロディテに私はそう言った。
  「いえ。交易の話し合いもありますし」
  「そうだぞ。旅には花があった方がいいってもんだ。なあ?」
  「ああ、まったくだ」
  「御意」
  「いやぁ。俺も操縦し甲斐があるってもんだ」
  男どもシネっ!
  特に軍曹、シルバーにチクるぞっ!
  はあ。
  何か憂鬱になってきた。
  一応今回の目的はオールドオルニーとの交易絡み、そして勝手に攻め込んで勝手に捕虜になってるデイブの引き取り。別にデイブなんてどうでもいいと思うんだ、共同体とは何の関係もないし。
  だけどケリィの昔馴染みみたいだし、市長もそこを考慮して引き取ることにした。
  元大統領の使い道?
  まったくない。
  オールドオルニー側も勝手に攻め込まれ、その上で捕虜になった癖に偉そうで食い意地張っているあの男に頭を痛め、こちらに引き取りを要請しているだけ。
  始末されなかっただけ有り難いと思えよ、デイブ。
  ケリィの心情を考慮した上での引取りの承諾ってだけだ。市長的には開拓の労働力に使うつもりらしい。
  人道的かは知らん。
  キャピタル・ウェイストランドに戦前の法律はないのだから。
  それにしても……。
  「大人の女性かぁ」
  私は呟く。
  オフロディテの前では皆デレデレだ。
  確かに綺麗だし知的な女性だけど……眼鏡か、眼鏡が大人度を上げるアイテムなのか。
  大人の女性には憧れます。
  「主、ご安心を」
  「ん?」
  「自分はあくまで主が推しメンなので」
  「いや意味分かんないから」
  この裏切り者め。
  「だけどグリン・フィス、アカハナと約束があったんじゃないの?」
  「アカハナ? 何故ですか?」
  「ゴブが見たって」
  「ああ。スプリングベールから休暇で飲みに来てたので少し話しておりました」
  「ふぅん」
  仲が良いのはいいことだ。
  現在アカハナたちピット組はスプリングベールに駐屯してる。
  彼らがいれば安心だ。
  前回の人狩り師団の攻撃の際もアカハナたちがいたので安心できた。結局はスプリングベールは標的にされずに戦いは終わったけどさ。ただ、人狩り師団長やタワーにいた幹部、手下たちは
  全滅したけど依然として各地に潜んでゲリラ的に暴れている。タワーにあった資料では全容が掴めないままだし、まだまだ安心が出来ないのも実情だ。
  ジェリコも生きてるしね。
  まあ、あいつは別に人狩り師団とはそもそも何の関係はないけど、上層部失った人狩り師団残党がジェリコに従う可能性もある。
  ……。
  ……まだまだ安心できませんなぁ。
  あー、嫌だ嫌だ。
  さて。
  「空の旅は楽しいなぁ」
  眼下は見渡すばかりの荒野、廃墟、瓦礫。
  それでも楽しい。
  空の旅は心躍るものがある。
  皮肉?
  いいえ、本心です。
  空の旅は楽しい。
  眼下の荒野は私が歩いたことがあるけど、空からだとまた違った感動がある。
  これで仕事じゃなければ、言うことないのに。





  その頃。
  オータム派が拠点とする衛星中継ステーション。
  作戦司令室。
  指揮をしているのはオータム大佐。
  計器類の前には通信士たちが座り、北部戦線と呼ばれているスーパーミュータントとの交戦地域とのやり取りをしている。
  大佐に常に従がっているサーヴィス少佐はこの場にはいない。
  室内に情報が飛び交う。

  「第1から第8までの機動部隊がキャピタル・ウェイストランド北部に集結中。閣下の命令通り、待機しております」
  「空挺部隊が衛星中継ステーションから発進しました」
  「前線部隊は支援部隊到着まで待機」
  「スーパーミュータントの軍勢は現在戦線を後退中」
  「原住民を狩り出し塹壕を作っているとのことです」

  「作戦開始まで待機、と伝えろ」
  オータム大佐がそう指示すると通信士たちは了解しましたと計器の向こうの前線部隊に指示をする。
  今のところ作戦通りに事が進んでいる。
  予定通りに行けば北部戦線の一件は近い内に解決するだろう。
  早ければ作戦開始と同時に。

  ぷしゅー。
  
  作戦司令室の扉が開く。
  入ってきたのはオータム大佐の懐刀であり副官のサーヴィス少佐。
  「戻ったか」
  「閣下、報告があります」
  「言え」
  「……」
  「お前たち、ここは任す」
  察したオータムはサーヴィスを伴い廊下に出た。
  「何だ?」
  「報告します。タロン社残党部隊がこちらの指示を受けました」
  「タロン社残党?」
  「はい」
  「ああ、あの件か。リック大尉は従がうと、言ったのだな?」
  「少佐と名乗ってましたが」
  「ふん。勝手に階級を上げたか。しかし、欲のない上げ方だ。まあいい。ともかくこれで攻撃衛星とのコンタクトが取れる、というわけだな」
  「はい」
  「笑える話だ。衛星中継ステーションと言いながら、こちらからはコンタクトが取れないとはな。ミュータトどもが占拠するあの場所が最後のコンタクト側で、そこが占拠されているというのも笑える
  話だ。本家のエンクレイブにそのことがばれていないのは幸いだがな。知れていたら、今頃我々は潰されていただろう」
  「もう一つ報告があります」
  「良い話の後は悪い話か?」
  「悪い話です。BOSがこちらに向けて行軍中です。リバティ・プライムを確認。歩調をプライムに合わせるとすると、こちら側への到着はまだ掛かるかと」
  「……」
  「大佐」
  「神は我々に微笑んでいる、というわけか」
  くくくと大佐は笑う。
  それから大きく哄笑した。
  基地を巡回中の兵士の一団が何事かと駆け寄るが、大佐は手で追い払う。部下たちは敬礼して下がった。
  「サーヴィス、分かっているな?」
  「この施設を引き払う、ということですね」
  「そうだ」
  「クラークソン大将はどうしましょう?」
  立場的にはオータムの上であり、衛星中継ステーションは老将クラークソンの指揮下にある。
  形の上でここを拠点とする分裂エンクレイブの首魁ではあるがオータムとサーヴィスにとってはあくまで飾りでしかない。
  笑いながらオータムは言う。
  「全軍を挙げて我々はBOSの拠点を叩く、と言うことにしておけ。クラークソンに近い連中を居残りとしておけばいい。さて少佐、エデンはどうしたらいいと思う? 奴の役は必要だと思うか?」
  「必要ないと思われます。閣下が飛躍する為には、色々と尊い犠牲が必要でしょう」
  「気が合うな」
  「だからこそ、我々はあなたを推しているのです」
  「エデン死亡のうまいシナリオを考えておけよ」
  「はい」
  「直ちに全軍出撃の準備を整えろ」
  「了解しました」
  「BOSなどに構う必要はない。北部戦線も直に片が付く。チェックメイトというやつだ」





  数時間後。
  オールドオルニー上空。
  街だ。
  戦前の朽ちた街がある。規模としては大したものだ。まあ、こんな辺境にどれだけの人数が住んでいるかは知らないけど。
  何しろ今は核戦争後だ。
  世界は未だ復興していない。
  ここはキャピタルの主要な街々から離れ過ぎている。
  ウィントの口振りからすると共同体に入りたがっている感じにも取れた。気持ちは分かる。孤立していてはいずれは立ち行かなくなるのは明白だし、組めるうちに組みたいのだろう。
  そういう意味では捕虜……というか、無駄飯ぐらいのデイブを引き渡すのは口実に過ぎないってわけだ。
  ……。
  ……共同体としても別にいらないとは思うけどさ。
  特に彼の使い道はない。
  あくまで、元大統領だ。
  息子がボブ皇帝名乗って集落乗っ取っているわけだし何の権限も権力もない。ケリィの知り合いだからという理由でルーカス・シムズは考慮しているだけに過ぎない。
  まあ、労働力にはなるだろ。
  冷たい?
  かもね。
  でもデイブと私は友達ってわけでも、人柄に好意を持っているわけでもないし、私は聖人君子ってわけでもない。
  好き嫌いは当然あります。
  人間ですので。
  さて。
  「ミスティ、着いたよ」
  「うん。見えてる」
  速いなぁ。
  やっぱり空からだと到着が速い。
  「なあ、ミスティ、どこに降りればいいんだ?」
  「機長にお任せするわ」
  「はいよ」
  キャピタル北部の街オールドオルニーを旋回するジェットヘリ。
  街としての基本的な原型は留めているけど、戦後200年。やはりビルは朽ち、崩れ、廃墟となっている。見渡してはいるけど……。
  「誰もいないぞ」
  そうなのだ。
  ガンスリンガーの呟きは正しい。
  誰もいない。
  こちらを警戒していて隠れているのか?
  可能性はあるかな。
  空からの来訪だと知らないのだろう、少なくとも私が市長の家に行った時のウィントと市長のやり取りではそんなことは言ってなかったし。
  「場所を間違えているんじゃないのか?」
  これは軍曹の言葉。
  それに対してスティッキーは反論する。
  「地図の見方ぐらい分かってるよ、ムンゴっ!」
  あんたもムンゴだけどね。
  どの年齢からそう呼ばれるのかは知らないけど、スティッキーはムンゴの年齢になったからキャピタルに出て来たわけで。
  まあ、ランプライトの面々は全員ビッグタウンに移住したから今更ムンゴもあったもんじゃないけど。
  「主、この街、おかしくないですか?」
  「人影がないから?」
  「いえ。周囲です」
  「周囲」
  ああ。
  街の周囲が壁で囲まれているな。
  空から見ているだけだから材質までは分からないけど、戦前から元々ある壁ってわけではなさそうだ。ところどころ壁の高さが違う。ウィントたちのお手製ってことか。
  ……。
  ……えっと、だから?
  「防備完全ってわけじゃん。何か変?」
  「周囲を飛んでいる時に見ただけなので何とも言えませんが、入り口らしきものがありませんでしたが」
  「そうだった?」
  他のメンツに確認する。
  軍曹は肩を竦めた。
  「さあな、そこまでは見てなかったが、降りればいい話じゃないのか?」
  「オフロディテ、どこで落ち合うことになっているの?」
  「すいません、着けば会えるかと思ってたんですけど……本当に申し訳ありません」
  「いやっ! 仕方ないさ。なあ、みんなっ!」
  「ああ。探せばいいだけの話だ。索敵任務は軍時代に何度もやったし、問題ないぜ。虱潰しに探そうじゃないか」
  「御意」
  「周囲を旋回して探すよ、俺っ!」
  お前ら調子良過ぎだろ、まったく。
  これだから男って奴は。
  「あれ?」
  何かいたぞ、今。
  建物の影に隠れたけど。
  「今の見た?」
  「今の? いえ、主、何のことですか?」
  「何か動いたんだけど」
  「野生動物じゃねーの?」
  私に対してはぞんざいな口調だな、ガンスリンガー。
  「ミスティ、どうするんだい?」
  「降りなきゃ始まらないし降りて」
  「あいよ。あそこの交差点に降りるよ」
  旋回、それからジェットヘリは降下し始める。
  「軍曹」
  「何だ?」
  「私らは降りるけど、軍曹はここで待機して援護して」
  「不意打ちがあるとでも?」
  ウィントはそういうタイプではなさそうだったけどね。
  まあ、見る目がなかったってこともある。
  それにここが本当にオールドオルニー化はまだ分かってない。あくまで、地図でそうなっているだけだ。測量して今のキャピタルの地図が出来上がっているわけではない。実はここはオールド
  オルニーの隣のレイダーの基地ってこともあり得るのだ。警戒しても損はないし、間違っててもそれだけの話だ。
  「キャピタル風の心構えって大切でしょ」
  「了解だ」
  「スティッキー、着陸してもエンジンは切らないで。いつでも飛べる準備して置いて」
  「ああ。そうする。いざとなったら逃げる」
  「俺は降りるぜ。用心棒は経ち続けだし、今は座り過ぎて体がだるい。たまにはぶらぶら歩きたいからな。安心しろ、警戒はするさ。これでもストレンジャーのガンスリンガー様だ」
  「分かったわ」
  「主、自分も降ります」
  「ええ。頼りにしてる」
  待機するのはスティッキー、軍曹、オフロディテ。
  降りるのは私、グリン・フィス、ガンスリンガー。
  そしてジェットヘリは着陸する。
  扉を開けて私が一番に降りた。続いて仲間たち。武装は完全武装。アサルトライフルを手にしながら私は周囲を見渡す。
  何もいない。
  何も。
  スティッキーが地図の見方が分からないとは思わない、取材で飛び回ってるわけだし。
  ウィントたちはどこにいるんだ?
  何故気付かない?
  まさか空から来たからエンクレイブと勘違いしているのか?
  「おーい……ふがっ!」
  叫ぼうとするとグリン・フィスが私の口を後ろから手で覆った。
  な、何だ?
  「主、まずいです」
  「ふが?」
  手を離せ。
  手を。
  「お前ら何乳繰り合ってるんだ? ……見せつけるんじゃねーよ。クソが」
  何言ってんだガンスリンガーっ!
  がるるーっ!
  「おい、お前」
  「お前って何だよ、剣士野郎がっ!」
  「……」
  「デ、デスに勝ったからって……調子乗るな……あの、何っすか、兄貴」
  へたれかお前は。
  睨まれたからっていきなり降伏か。
  「あの、どうしたんですか?」
  ヘリから声。
  オフロディテだ。
  しかしグリン・フィスは答えず、私の口を覆ったまま周囲を見渡す。軍曹も異変を感じたのか、ジェットヘリの方から軽機関砲を構える音。
  何なんだ、一体?
  私はもがいて彼の手を振りほどく。
  「何なの?」
  「囲まれています」
  「囲まれ……」
  「感じたことのないぐらいの殺意に囲まれています」
  「はっ?」

  ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドっ!

  ほとんど同時だった。
  ビルの影から、建物の入り口から、二階建ての建物の屋根から化け物が現れたのと軍曹のライトマシンガンが火を噴いたのは同時だった。
  敵の数……たくさんっ!
  ガンスリンガーが叫んだ、恐怖と共に。
  「マジかよデスクローの巣かよっ!」
  手には刃とも言える爪を持つ二足歩行の爬虫類。
  かつて偽ミスティが率いていたレイダー軍団をたった1匹でズタズタに斬り裂いていた化け物。
  今の今まで私は直接対決してこなかった化け物が満を持して登場っ!
  「マジかーっ!」

  バリバリバリ。

  アサルトライフルをフルオートで撃つ。ガンスリンガー、グリン・フィスも発砲。
  しかしデスクローの群れは屈せずに突撃してくる。
  まるで効いていないように。
  連射力は軍曹のライトマシンガン、続いて私のアサルトライフル、ガンスリンガーはピストル2丁で応戦し、グリン・フィスは45Pオートピストル。まずいな、2人の火力は低い。
  このままでは押し負ける。
  ならばーっ!
  「これでも食らえっ!」

  
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  グレネードランチャーを大地に叩き込む。
  数匹を巻き込む。
  ……。
  ……はずだった。
  「はっ?」
  「主っ!」

  ザシュッ。

  私に飛びかかってきたデスクローをグリン・フィスは斬り伏せ、肉塊にする。さらに肉薄してきた連中はライトマシンガンの餌食となってミンチと化した。
  マジか?
  マジかーっ!
  「赤毛の冒険者っ! 奴らの速度と連携は馬鹿にならないぞっ!」
  「な、納得」
  爆発した時には奴らはその場にはいなかった。
  そして私に襲い掛かってきたのだ。
  危なかった。
  グリンめフィスと軍曹がいなかったら私はさすがに死んでた。
  人類規格外とはいえマジモンの化け物には敵わない。
  少なくとも素のままではね。
  仕方ない
  「Cronusっ!」
  アサルトライフルを背負い、ミスティックマグナムを2丁引き抜く。
  敵の数?
  たくさんっ!
  ガンスリンガーがデスクローの巣かと表現したのは、正しい。
  尋常じゃない数だ。
  何なんだ、ここ?

  どくん。
  どくん。
  どくん。

  どんなに敏捷でも止まっていたらどうしようもない。
  そしてその中で私だけが動けるのであれば。
  ふふん、化け物とはいえただじゃ済まない。
  吹っ飛べっ!
  時間は元に戻り、私が放った12発の快進の一撃がデスクローたちの頭を吹っ飛ばした。さすがの化け物も頭が吹き飛べはどうしようもあるまい。
  ヘリで軍曹が叫ぶ。
  「戻って来いっ!」
  異議なんてない。
  私たちはヘリに飛び乗ると同時にデスクローたちが殺到してくる。だけどその時にはヘリは浮かびつつあり、不用意に突っ込んでくるデスクローたちは軍曹の掃射で一網打尽となる。正確には
  数発では絶命せずに、速度を落としつつも突っ込んで来ているわけだけど、それで充分だ。落ちた速度の分だけヘリが上昇する時間稼ぎとなるのだから。
  街の上空で滞空。
  まだ扉は開いたままだ。
  「どうする、俺の機関砲で空から蜂の巣にするか?」
  「弾丸は大切にしましょ。さすがに飛んでは来ないでしょ」
  「分かった」
  軍曹はそう言ってヘリの扉を閉めた。
  とりあえずここは安全圏内だ。
  「何なんだよ、ここはっ!」
  スティッキーが泣き叫ぶ。
  まあ、私も怖かった。
  「オールドオルニー、でしょ」
  「……俺、地図の見方間違ってたのかもしれない」
  「もう一度確認して」
  「う、うん。誰か地図広げてくれよ。操縦しているから手が離せない」
  「小僧、地図はどこだ? これか? よし、これでいいか」
  「ああ。助かるよ、ムンゴ」
  ここが何だか知らないけど、街を覆っていた壁はあの化け物たちを外に出さないための物なのだろう。
  だから入り口がなかったのだ。
  「なあ、赤毛の冒険者」
  「何、ガンスリンガー」
  「東海岸でもデスクローは繁殖しているのか? ここって連中の産卵場所なのか?」
  「産卵? あいつら卵なの?」
  「元は爬虫類の改造生物だからな」
  「ふぅん」
  東海岸でも、ってことは西海岸でもあれは普通に生息しているのか。
  だけどこことは生態が違う。
  「エンクレイブよ」
  「エンクレイブ? 連中がどうしたって?」
  「キャピタルの勢力を削ぐために連中が投入したのよ。私は、そう聞いている」
  「……厄介な物を、まあ、よく投入するよ。制御出来んだろ、あんなもん」
  「私もそう思う」
  だとしたら。
  あの壁は投入後に築かれたってわけだ。
  デスクローを出さない為に。
  デイブはオールドオルニーをデイブ共和国の属領とか言ってた、あんな場所を属領とか言うか?
  おそらくデイブは知らなかったんだろう、投入されたデスクローがあそこを巣にしていたことを。となると壁はデイブが作ったわけではないだろう、おそらく現在住んでいるウィントたちの作ったものだ。
  「スティッキー」
  「地図は合ってる、ここがオールドオルニーだよ。少なくとも地図では、ね。たぶん表記間違いだと思う。ここは地獄だ」
  「壁の外側に降りて」
  「壁の外側?」
  「内側はデスクローを出さない為の物よ、だとするとウィントたちの街は地下にあるのかもしれない」
  「ですが主、どう見つけるのです?」
  「向こうが見つけてくれる」
  「と、言いますと?」
  「接触方法は決めてなかった。でしょ、アフロディテ」
  「ええ、その通りです」
  「向こうは私らが陸路で来ると思ってたんでしょ。まあ、普通はそう思うわよね。どっかに見張り立ててて、私らを見つけて、接触するつもりだった。でも私たちは空から来てしまった」
  「なるほど。接触する術はありませんね」
  「そういうこと」
  今のご時世空から来れるのはエンクレイブかBOS、GNRの取材ヘリぐらいだ。
  空路はまず考慮されない。
  というか出来ない。
  そんな技術は限られているし、キャピタルの航空事情はエンクレイブ襲来前はパラダイス・フォールズのジェットヘリだけだったわけだし。
  ともかく。
  ともかく私たちはウィントたちの接触をすっ飛ばしてデスクローの巣に降りてしまったってわけだ。
  「スティッキー、あそこに降りて」
  「あいよ。今度は、大丈夫だよね?」
  「ええ」
  多分ね。
  街の外側、壁の外側に降りる。私が指定したその場所には数人が立っていた。
  武装したグールの面々。
  数は5人。
  デスクローではないけど、実は反ヒューマン同盟の残党でした、ってノリだと困りものです。
  「警戒はしてて」
  誰に言うでもなく私はそう呟き、着陸したヘリの扉を開いて外に出た。
  後に続くグリン・フィス、ガンスリンガー。
  さっきの体制と同じだ。
  別にそう指示したわけでも提案したわけでもないけど、良い手だと思う。
  何かあれば軍曹の軽機関砲が火を噴くし、一般市民のオフロディテは機内で安全、スティッキーはエンジン切ってないからいつでも離脱できるってわけだ。
  出来れば平和的に終わりたいものですどね。
  私って平和主義者だし。
  「ハイ」
  「よお、赤毛さん」
  聞き覚えある声だ。
  「ウィント?」
  「ああ、そうさ」
  グールはなかなか見た目で見分けが付かないけど、ビンゴらしい。見分けるコツは見た目、というか、雰囲気かな。
  実際この中にゴブがいても私は彼だと分かるし。
  「まさか空から颯爽と来るとは思ってなかったよ」
  「でしょうね」
  「そしてデスクローの巣に突っ込むとは、予想外だった」
  「でしょうね」
  「怒らないのか?」
  「止めようがないじゃない、空の私たちをさ」
  「ははは。あんたが冷静で、良識ある奴でよかったぜ。ようこそ、俺たちの街へ」
  「歓迎会は別にいいわ。街は地下なの?」
  「ああ。前に赤いスーパーミュータント売った時の10000キャップで必要な物資を掻き集めて地下に街を築いたのさ。地上は化け物だらけだが、地下のシェルターは快適で防御に優れてるんでね」
  「ふぅん」
  物価の適正の値段があってないような場所、それがキャピタル・ウェイストランド。
  10000でどこまで出来るかよく分からない。
  おそらく元々資金はあったんだろう、最後の10000が街を作る決定打になったってところかな。
  「あのデスクローは何なの?」
  「エンクレイブに……」
  「それは知ってるけど、どうしてあんなに群れてるわけ?」
  「わかんねぇ。巣作りに適してたんじゃねぇのかな」
  「壁はあなたたちが?」
  「ああ。貫徹して一日で作ったんだ。あいつらが出られないようにな。まさか、壁飛び越して空から来る奴がいるとは想像もしてなかったけどさ」
  「でしょうね」
  「地下だが街は快適そのものさ。人数も結構な物なんだ。寄ってくだろ?」
  「先に問題を済ませましょう」
  「問題?」
  「デイブ」
  「ああ、そうだった」
  大丈夫か?
  罠ってわけではなさそうだけどさ。
  「引き取るわ」
  「それなんだが……」

  「逃げたらしいぜ」

  「えっ?」
  そう言ったのはウィントではなかった。
  他のグールでもない。
  「ケリィ」
  「そう、ケリィ様だ」
  何だってここにいるんだ?
  デイブの第一夫人と子供たちと、デイブやボブのやり方に不満を持つ人たちを率いてスプリングベールに引っ込んだ、元アウトキャスト専属スカベンジャー。今も現役スカベンジャーだし、別に
  スプリングベールに常にいるってわけではないにしても、このタイミングで何でここにいるんだ?
  ガンスリンガーが不審そうな顔をした。
  ああ、会ったことないのか。
  「誰だ、このおっさん」
  「メタボリック・ケリィって人」
  「何を微妙に格好良い呼び方してやがんだっ! いずれにしても悪口だろうがっ!」
  「主のネーミングセンスに何か疑問が?」
  「剣をこっちに向けるな俺様が悪かったっ!」
  「で? 何でここに?」
  「まったく。お前の従者は荒っぽいぜ。来た理由か、ミスティと一緒さ」
  「一緒」
  「そうさ」
  「デブ」
  「俺見て憐れむ目でデブとか言うんじゃねぇよっ! デイブだ、デイブの絡みでここに来たんだよちくしょうめっ!」
  「なるほど」
  私らはここにデイブを回収に来た。
  ウィントからの要請でね。
  彼は彼で別の所からの情報でここに来たってわけだ。既にいないということを口にしているから、私らよりも先に来ていたんだろう、多分。
  「お前らはどうしてここに来たんだ?」
  「無駄足ぐらいはいらないから引き受けて欲しいって、彼が」
  ウィントの方を見る。
  彼は補足した。
  「正確にはどうでも良かったのさ。何というか、俺たちは共同体との取っ掛かりが欲しかっただけだ。あの親父は、まあ、話の種ってやつだ」
  「ふぅん。ケリィはどこ情報?」
  「ジョーさんだ」
  「ああ」
  前に聞いた、ケリィの先輩格のスカベンジャーか。
  何でも屋って異名だったかな。
  「それで、どうしてここにいないわけ?」
  「それは俺が話そう」
  ウィントは咳払い、それから話し出す。
  「実はまた襲撃されてな」
  「襲撃?」
  「ああ、あの後……共同体への通信の後だ。5時間ぐらい後だったかな? ともかく、襲撃されたんだ。モブ帝国がどうとかいう奴らだった」
  「モブ帝国」
  思わず吹き出す。
  良い聞き違いだ、それでいて間違ってない。
  ガンスリンガーは話に興味がないらしくタバコを吸い始め、軍曹はヘリから降りてタバコを一本くれと言い、2人で吸い始めた。
  まあ、2人は興味ない展開だろう。
  私にもない。
  あくまで、ここにはお使いできただけだし。
  さっさとお使いを終わらそう。
  「もしかしてデイブは連中に殺された?」
  デイブはボブに政争で負けて追放された、その後デイブは人狩り師団から人数借りてリベンジしたりとかなり険悪化しているはずだ。
  わざわざ乗り込んできたんだ、デイブを殺しに来たんだろ。
  「いやいや。殺されてはないよ」
  「じゃあどうなったの?」
  「モブどもは俺らで追い返した。皇帝とやらもな」
  「へー」
  わざわざ皇帝陛下自ら乗り込んできたんだ。
  ガッツあるじゃん。
  まあ、やろうとしていることは親殺しであり、やっていることはただの侵略なんだけども。
  「それで?」
  「そのごたごたでそのデブは逃げたのさ。デブにしては逃げ足速かったよ」
  「へー」
  ケリィをじろじろ。
  「動けるデブかぁ」
  「俺様を見るなぶっ殺すぞっ!」
  「きゃーグリン・フィス私ってば怖いよー(棒読み)」
  「処理します」
  「俺様が悪かったっ!」
  話が進まないな。
  私の所為か?
  かもねー。
  「あんたやっぱ面白いな」
  「どうも」
  ウィントに褒められた。
  「Mr.グリフォンと一度掛け合いさせてみたいよ」
  「誰それ?」
  「アンダーワールドの、まあ、コメディアンみたいなものだ。本人はエンターティナーと呼べと、怒るがね」
  「ふぅん。ともかく、デイブは逃げたのね?」
  「そういうことだ。取り引きは……」
  「その件については私はタッチしてない。オフロディテ、大丈夫よ、来て」
  ヘリに乗る秘書を呼ぶ。
  入れ替わりにガンスリンガーと軍曹はヘリに乗り込んだ。特に問題ないだろ、別に騙し討ちがあるわけでもないし、交渉の際に彼らに何かできることがあるわけでもないし。
  「取り引きの件はあなたに任せるわ」
  「ええ。分かりました。ではお話をしましょう、ええっと」
  「ウィントだ」
  「オフロディテですわ」
  クイッと手で少し下がってきた眼鏡の位置を戻す。
  取り引きの話は私も別に役立てるわけではないし彼らの街でダラダラするのもなぁ。
  「ケリィ」
  「あん?」
  「彼女のお供してあげて」
  街に入ろうとする……と言っても瓦礫と瓦礫の隙間にあるマンホールが入口なわけだけど……ともかく、ウィントに続いてマンホールを降りていく彼女には護衛が必要だ。
  罠とか罠じゃないは関係なく誰か必要。
  私ら?
  デスクロー戦でちょっと疲れたから休憩したい。
  別に地下が嫌いってわけではないけど、ボルト101から開放的な外に出て来た私からすると、ああいう密閉された空間は少し息が詰まる。出来るなら入りたくない。ガンスリンガーと軍曹は完全に
  休憩モードだし、戦闘後という条件は私と同じだ。スティッキーも長時間の操縦だし、そもそも彼は共同体の意向で動いているわけではない。あくまで善意だ。
  「ケリィ、お願い」
  「まあ、いいけどよ」
  そう言って彼もマンホールに消えた。
  残ったのは私ら、そしてグールの4人。外の歩哨なのかな、この人らは。
  「主、よろしいのですか?」
  「たまには楽したい」
  「何かあると?」
  「さあ、それは知らないけど。私って受難体質だし。ウィントは悪い奴じゃないし問題ないでしょ。別に人となりは断定するわけじゃないけど、わざわざ共同体の人間呼んで置いて騙し討ちはない
  でしょうよ。全面対決する意味はないし、お互いに仕掛ける意味もない。彼らが反ヒューマン同盟……いや、ないな。その場合でもわざわざ呼び込んで1人2人殺す意味はないわけだし」
  「なるほど。確かに」
  「ケリィのおっさんいるし、まあ、万が一でも大丈夫よ」
  強いし。
  というわけで私は外でぶらぶらできるってわけだ。私らの気配を察知しているのか時折塀の向こうでデスクローが叫んでいたり、爪でガリガリしているけど、突破してくるってことはなさそうだ。
  突破されても困るけど。

  バリバリバリ。

  その時、銃声が響いた。
  それも近くっ!
  バタバタとグールの兵士3人が倒れた。撃ったのは、もう1人のグール。私は咄嗟に銃を向け、グリン・フィスも抜刀の態勢に入る。ヘリのメンツも身構えている。
  だが誰も撃たない。
  何故ならそのグール兵士はアサルトライフルを捨てたからだ。
  今回の呼び出しは罠か?
  だけどその場合仲間を殺した意味が分からない。
  ウィントが裏切ったってわけではなく、実は反ヒューマン同盟の残党のグールがここに入り込んでいたってことか?
  こいつみたいなのがここに他にも入り込んでる?
  くそ。
  厄介フラグを回避しようと街に入らなかったのに、ここにいることでフラグが成立してしまった。
  ……。
  ……ああ、いや。
  私がここに来た時点でもうダメってことかもなぁ。
  ちくしょう。
  「ヘリに乗って貰おうか」
  「女?」
  このグール、女だ。
  見た目で分からないのが難点だ。街にいるグールなら服装で判別できるけど、防具で武装してたりすると分からない。アーマーは男性用女性用の区別ないし。
  「何のつもり?」
  「ヘリに乗りな」
  「だから……」
  「こいつを割られたくなかったらね」
  「……?」
  試験管を持っている。
  何かの液体入りだ。
  封はされているけど、毒か?
  「毒じゃない」
  こちらの考えを先読みしてる。
  「じゃあ、何?」
  「FEVさ」
  「ハッタリ?」
  FEV。
  強制的な進化を促す代物で、スパミュ製造に使われる代物。廃墟で見つかる代物ではない。
  「ハッタリだと思いたければ思えばいい。割ればどうなるか、分かるでしょう?」
  「……」
  「割ってみようか?」
  「全員武器を下ろして」
  こいつ本気か?
  だけど本物ならかなりやばい。私らが汚染されるってだけじゃない、下手したら……下手しなくてもこんなものが散布されたら生態系がさらに狂う。あの程度の量でもだ。特に一番面倒なのが
  デスクローの生息地が近くにあるってことだ。風に乗ってあいつらまで汚染されたら、強制進化が成功してしまえば。考えたくないな、その状況は。
  いずれにしても私らはアウトだ。
  このグールもね。
  その上で脅しているわけだ。
  覚悟ありと見るべきか、ただのハッタリか、いやハッタリならFEVなどと言わずに毒と言うか。FEVを語る以上、少なくともこいつにはその知識がある。まず普通のウェイストランド人は知らない単語だ。
  考えろ。
  考えろ、私。
  「操縦者以外は降りて貰おうかしら」
  「そいつは聞き入れられないな。ボスにどやされちまう、仲間を見捨てるとはどういうことだってな」
  軍曹はタバコを吐き捨てつつそう拒絶した。
  グールは笑う。
  「あんた頭おかしいんじゃない? それともFEVを知らないとか? まあ、そうね、ウェイストランドの馬鹿どもには……」
  「割りたきゃ割りなさいよ」
  「ふん。あんたまでそんなこと言うなんてね。FEVの意味ぐらい分かってるんでしょう?」
  「ええ。タダじゃ済まない。でも私を連れていきたいのよね、どこだか知らないけどさ。問答無用で割らない、つまり私が必要ってわけだ。少なくとも生きている状態で。そうでしょ?」
  「だからあんたは嫌いなのよっ! 賢しい餓鬼がっ!」
  「まさかDr.アンナ・ホルト?」
  「……」
  「だんまり? 図星ってことね。雰囲気変わったわね。髪型変えた?」
  「……なんで……」
  「ん?」
  「……なんで、分かった?」
  「同じ台詞を言ったでしょ、レイブンロックでさ。ふぅん。あんただったのか。確かレッドアーミーとつるんでいるんじゃなかった?」
  「笑える話。追放されたのよ。用無しだってね。後釜のあの博士の所為だわ」
  「それはそれはご愁傷様」
  私を手土産に返り咲くつもりか。
  ふぅん。
  だとしたら殺せないわよね。
  一応、FEVは脅しか。使うつもりはないだろう。ただしもみ合っている間に落として割られても厄介だから、しばらくは従がうしかないか。
  本物か偽物化は判別は出来ない。
  「さあ、楽しい楽しい空の旅に行きましょう」
  「……」
  ほざけ。





  北部戦線。
  それはスーパーミュータントの軍勢であるレッドアーミーと、オータム派のエンクレイブとの激戦区。
  戦闘は一進一退。
  圧倒的な物量を誇るレッドアーミーは突撃を繰り返しては、エンクレイブの圧倒的な科学力に蹴散らされている。重火器を手に突撃する巨人の軍団ではあるものの、エンクレイブの科学力の
  前では的でしかない。かつて東海岸で敗北し、武力によるアメリカ全土統一が潰えたエンクレイブではあるが、その科学力は未だに追随を許さないものがある。
  とはいえエンクレイブも決定打に欠けていた。
  アダムス空軍基地への警戒だ。
  そこは現大統領であるクリスティーナ派の、キャピタル・ウェイスランド攻略の前線基地。
  下手に戦力を北部戦線に投入すれば、オータム派の拠点である衛星通信ステーションががら空きになる。だからこそ大兵力を投入できないでいた。
  ……。
  ……つい最近までは。

  「作戦司令部から通信。オータム大佐が援軍をそちらに派遣した。巨人どもを早々に蹴散らせとのお達しだ」
  「空挺師団が基地を発進した」
  「支援ありがたい。空挺師団のデリバリーを巨人どもは喜ぶことだろう」
  「敵の塹壕突破、数日あれば可能です」
  「出し惜しみするな。大佐はあらゆる支援を約束してくだされた」
  「大隊を投入します」
  

  現在、北部戦線に大規模な兵力が集結しつつあった。
  展開が動きつつある。
  戦況が変わる。
  物量を得たエンクレイブの攻撃の前にレッドアーミーの前線部隊は総崩れ。
  そう。
  キャピタルを取り巻く戦いの決戦が近いのだ。
  お飾りの総大将であるクラークソン大将を切り捨て、一気に展開を進めようとするオータム大佐。
  衛星通信ステーションに電撃的に攻撃を開始しようとしているBOS。
  アダムス空軍基地入りし前線を指揮しようとするクリスティーナ・エデン大統領。
  ザ・マスターの流れを組み、スーパーミュータントの軍団の再建を図るカーティス大佐。
  そして赤毛の冒険者。
  ゆっくりと全ての決着が付きつつあった。






  「もう着くわ。受け入れの用意を。攻撃してこないでよね。通信終了。……さあ皆様、楽しい空の旅もお終いよ」
  「はぁ」
  面倒臭い展開になったなぁ。

  数時間後。
  ジェットヘリは三基のアンテナが立ち並ぶ上空に到達していた。
  まずい。
  非常にまずい。
  ここは噂に聞くレッドアーミーの本拠地だ。
  「あそこに降ろしな」
  「……」
  「餓鬼っ! 聞いてるのっ!」
  「……ミスティ」
  「仕方ない。スティッキー、降ろして」
  「分かった」
  「ふん。躾の行き届いたことね」
  指定された場所、アンテナの近くだ。
  そこには無数のスーパーミュータントがいて、そして大勢の人間もいる。
  人間?
  「おい見ろ、あれ人間だぞ。何やってんだ、あれ?」
  「この時代の奴らは塹壕堀も知らんのか。アンカレッジでは俺も手伝ったものだ」
  塹壕掘り、か。
  拠点に近過ぎるぞ、ここが最前線ってわけではあるまい。
  ……。
  ……まさか前線がここまで後退してるのか?
  あり得ない話じゃない。
  エンクレイブはある意味でチート過ぎる。
  教授もスーパーミュータントの軍団が健在なのに私らにタイムスジュールを狂わされただけでもう勝てないとか言ってこの地から去ろうとしていたぐらいだ。実質あれから軍団が半壊している
  スーパーミュータントではエンクレイブには勝てないだろう。くそ、連中本腰入れてるのか。北部戦線は終わりつつある。
  だけど。
  「利用できるか?」
  これはこれで一つの手だろう。
  ドサクサで逃げれる。
  だけど、やはり、今の状況を打破する必要がある。エンクレイブが戦線を突破するまで私らの身が安全とは思えないし、エンクレイブとて仲間ではない。
  何か手はないか?
  「主」
  「あんた、動くんじゃないっ!」
  「グリン・フィス、いい」
  「……御意」
  まずい。
  非常にまずい。
  ここに来るまで何の対策も出来なかった。
  Dr.アンナ・ホルトの手には試験管で中身はFEV。下手に抵抗したり取り押さえれば試験管が割れる恐れがあった。中身が本物かは知らないけど、私がルックアウトに行っている間にこいつは
  シークレットボルトから大量のFEVを手にしている。レッドアーミーから追放された身で本物を持っているとも限らないけど、あの程度ならガメててもおかしくない。
  手を出せない状況だった。
  スティッキーは息を止めればいいとか言ってたけどそういう問題じゃない。
  私はFEV感染者。
  ガンスリンガーもだ。
  能力者全般に言えるのかは知らない。master系能力者は、私らとはまた別系統の能力者だし。
  ともかくだ、私とガンスリンガーはFEVによって能力を得ている。
  ここで割れたらどうなる?
  上手くいけば更なる能力者誕生だ、私とガンスリンガーはパワーアップするかもね。
  だけどケンタウロス化する確率がはるかに高いだろう。
  というかほぼ100%?
  ご都合主義をそこまで当てには出来ない。
  だから。
  だから抵抗できずにここまで来てしまった。
  厄介なことだ。
  ジェットヘリは降下していく。
  こいつの狙いは私で、レッドアーミーも私の引き渡しを無線で了承したからこそ攻撃されないわけだから、いきなり殺されることはないだろう。
  さてさて、どうしたもんかな。
  ヘリが完全に着陸した。
  巨人の兵隊が近付いてくる。
  「扉を開けなさい」
  グールの女科学者はそう叫ぶ。
  私が頷くと軍曹が扉を開けた。
  整理しよう。
  Dr.アンナ・ホルトは私の首に右手を回し、拘束している。これは問題ない。振りほどける。問題は左手のFEV入りの試験管。この科学者は私を警戒し、故に私が身動きすることも恐れてそれを許さない。
  だから私は武装解除していない。
  解除の命令すらなかった。
  よっぽど私に余計な動きをされたくないようだ。
  巨人どもも攻撃の許可はされていない。
  少なくとも、すぐには。
  「進みなさい」
  「はいはい」
  ヘリを降りる。
  拘束しながら、Dr.アンナ・ホルトも私と一緒に降りる。こっちに近付いてくるスーパーミュータントの兵士は5体。手にはアサルトライフル。
  他の兵士たちは人間の捕虜たちを監視、監督している。
  ……。
  ……おや?
  あれはデイブとボブじゃね?
  親子仲良く捕虜になっているらしい。仲が良い親子って素敵(棒読み)
  数にしてみたら100名は越える。デイブ、ボブ絡みではない人間たちもいるようだ。よくもまあ、ここまで攫ったものだ。ここは辺境だ、それを考慮するとかなりの人口密度だと思う。スーパーミュータント
  の仲間入りをさせないところを見ると、仲間作るよりも塹壕掘らせる方を優先させているのだろうか。となると勝敗は決しているようなものか。エンクレイブは直に来る。
  もちろん、それはそれでまずい。
  私ってばそこら中に敵を作ってるからなぁ。
  おおぅ。
  「ん?」
  ここにいる人間、なんかおかしいぞ?
  人間たちはおかしなもので虚ろな目で一心不乱に塹壕を掘っていた。焦点が定まっていない、どういうことだ?
  うわ言の様にブツブツと呟いている。

  「ここは彼の祠」
  「人々は忘れてしまったが」
  「ここで我々は苦役する」
  「その記憶は消え去らない」
  「我々は夜を取り戻す」
  「昼に奪われたものを」
  「彼を身近に感じる」
  「何も見えてないかった我々は今」
  「彼の目で見ることが出来る」
  「かつて怠惰だった我々の手は今」
  「彼の言葉を伝えることが出来る」
  「世界は聞くことになる」
  「世界は見ることになる」
  「世界は記憶することになる」
  「世界に終わりが来るということを」
  「彼は我々の主」
  「全ての主」
  「世界の主」
  「ここは始まりの地、そして世界はここから膨張する」

  「……何言ってんだ?」
  謎の文言。
  スカイリム?
  スカイリムなのか?
  考えてみたらカーティス大佐は私を操作しようとしていた。私には効かなかったけど。だけどそれが奴の能力なのだとしたら、ここの人間たちはその能力で塹壕掘りさせられているってわけだ。
  なるほどなぁ。
  さて。
  「そろそろ教えてくれない? 何がしたかったわけ? 私がルックアウト行っている間にシークレットボルトからFEVを大量に確保したみたいだけど、スパミュ軍団の再建ってわけでは、なさそうね」
  「大佐と組んだ理由は、その軍団とやらの再建よ。私はただFEVが欲しかった、だから連中と手を組んだ」
  「ふぅん? そもそも、あんたエンクレイブに付いたんじゃなかったの?」
  「人はどうしたら分かり合えると思う?」
  「はっ?」
  「腹を割って話し合うこと? 欲するものを全て得た後? それとも愛、絆、信頼? いいえ、違うわ、同じ境遇になった時よ」
  「人間全部スパミュにするつもり?」
  「大佐はそれを望んでたけどね、あいにく私にはその能力はないのよ。それがばれて、首になったわけだけど」
  「……」
  何て奴だ。
  こいつがやろうとしていることが分かった。
  大義などない。
  目的もない。
  ただの道連れが欲しいだけだ。
  「あんた無差別にばら撒くつもりだったのね」
  「そうよ。私はレイブンロックの爆発でグールとなって生き延びた。こんな醜い姿になってねっ! 放射能ではなくFEVだけど、これを使えばみんな私と同じ醜くなる。これこそ、平等でしょう?」
  「救えないよ、あんた」
  「救う必要はないわ、対等になるのよ、全員ね。そうしたら私はまた世界を救う意欲がわくだろうし、人間を愛せると思うのよ」
  「そんな物は一生来ないわ。悪いけどもう数分であんたは死ぬ」
  「へぇ? どうやって?」
  「スティッキー、行ってっ!」
  私が叫ぶ。
  一瞬の間があるもののグリン・フィスがスティッキーを促し、ジェットヘリは爆音を立てて急上昇。
  まさか私を置いて逃げようとは想像してなかったのだろう。
  巨人どもは対応が遅れる。
  アサルトライフルを宙に向けた瞬間、空から降ってきたライトマシンガンの弾幕によって肉の塊となる。
  私はアンナ・ホルトに肘打ち、彼女は膝を付いて崩れ落ちる。
  軟弱め。
  一撃必殺のミスティックマグナム2丁を引き抜いて塹壕監督役の巨人どもが攻撃に転じる前に次々と沈める。
  グール博士は私を手土産に返り咲こうとしたに過ぎない、盾にしたところでスパミュも容赦しないだろう。
  使えないので放置。
  こいつを盾にするなら防弾チョッキの方がまだマシってものだ。
  ヘリは宙を飛びながら軽機関砲の弾丸の雨をを降らす。
  さて、どうしたものか。
  敵をある程度蹴散らして降下、回収が望ましいけどそれは無理がある。
  何故?
  エンクレイブによって戦線が後退している状態とはいえ、ここはスパミュの本拠地だ。降下には無理がある。実際アンテナ基地からわらわらと兵隊が出てきている。
  私の身は安全かと言えば、安全だろ。
  私を欲しているのだ、カーティス大佐がね。良い意味で必要ってわけではないけど、殺されはしない、少なくともこうして撃ち合っている限りは。塹壕掘りの人間は操られている、ボルト101の時のことを
  考えたらこれはカーティスの力と見て間違いない。スパミュが暴発して私を殺してしまうってことはあるまい。大佐が管理している、文字通り思考までも。
  つまり、一応今のところ私は安全。
  殺さない程度に足吹っ飛ばして捕獲ってぐらいはするだろうけど、向かい合って撃ち合う分には私の能力でどうにでもなる。
  仲間たちには一度ここを離脱、私が合流地点まで逃げるというのが得策かな。
  このままここにヘリが滞空していても撃ち落されるだけだ。
  急いで回収も無理がある。
  連中がそれを大人しく眺めているとは思えない。
  つまり、私だけなら、少なくとも殺されないというある一定の保証がある。そして時間停止のCronusという能力、視界に入る限り自動で弾丸がスローになる能力、私だけならまだ何とかなる。
  ヘリはどんどん上空に。
  当然ヘリも狙われるけど集中砲火されない限りはどうってことないだろ、ある程度は防弾仕様だし。
  「よし」
  塹壕監視役のスパミュを蹴散らす。
  12の死体を築き、12の弾丸を再装填。
  さあ、おかわりはどこだ?
  「黙って捕まりなさいっ!」
  うるさいな。
  Dr.アンナ・ホルトはまだ動いているのか。頭抱えて死んだ振りしとけばいいのに。
  邪魔だな。
  撃つか。
  「私は、私はあんたを捕まえて人間に戻るのよっ! Dr.ミカヅキはそう約束……っ!」
  「Dr.ミカヅキ?」
  知ってる名だ。
  だけどあいつは死んだはずだ。
  どういうことだ?

  ザシュ。

  私が聞き返そうとした次の瞬間、Dr.アンナ・ホルトはそのまま文字通り両断されてその場に転がった。
  えっと?
  「グリン・フィス、どっから出て来たっ!」
  「飛び降りました」
  「ちょっ!」
  50メートルはあるんですが。
  こいつ何者だよ、今更だけど。
  「ご安心を。地獄の軽業上げの為にジャンプと落下を繰り返し、既にスキル100です。スカイリムでは廃止されましたが、自分の軽業の前に高さなどもはや敵ではありません」
  「すいません何言っているか分かりません」
  相変わらず謎の奴だ。
  おおぅ。
  「ある意味で幸せな最期かもね」
  真っ二つとなったDr.アンナ・ホルトの死体を見下ろしながら私は呟く。
  死んだことすら気付かずに死んだ。
  良い終り方だ。
  良い人生だったかは、微妙なところですけどね。
  ともかくこいつはこれで死んだ。
  まさか両断面を縫い合わせてアシュラ男爵的な復活はしないだろ。されても困るけど。
  さて。
  「それで主、いかがなさいますか?」
  「そうね」
  アンテナ基地から大量のスパミュ兵士。
  前線からも後退してくるのが目に飛び込んでくる。
  つまり囲まれつつある。
  ならば。

  「待て」

  「ん?」
  ふよふよと宙を漂いながらエンクレイブアイポッドがこちらに向かってくる。
  男の声を発しながら。
  どこかで聞いたような声だ。

  「手出しはさせない。案内しよう、中に入るがいい。この数に勝てると思ってるのか? 正気で? そこまで過信していないだろ? 付いてくるがいい、少なくとも挽回するチャンスにはなるだろう?」

  誰だか知らないが痛いとこを突くなぁ。
  そう。
  正気で勝てるとは思ってない。
  脱出が目的ではあるけど、私ら2人でも危ういのは分かってる。この包囲を突破する為に私が模索していたこと、それは敵のトップを潰すこと。元々ここのスパミュどもはカーティス大佐に支配されてい
  るに過ぎない。もしかしたら、大佐がジェネラル種を支配し、そのジェネラル種が能力でスパミュたちを統率している。のかもしれない。
  ともかく、だ。
  指揮系統は知らないにしても、今までの流れで操られているだけなのは分かってる。
  だとしたらトップを潰せば瓦解する。
  エンクレイブはそこまで来ているんだ、後は連中の戦線突破の隙を利用して逃げるつもりだった。
  「ふむ」
  わざわざ迎え入れてくれる?
  上等じゃないの。
  包囲突破、基地突入、これを省くことが出来る。
  利用するか。
  私を生かして手元に連れてきたいという相手の思惑に乗ることになるんだろうけど、それはお互い様だ。利用しようとしましょう、お互いに。
  まあ、私が利用するだけなんですけどねー。
  「主」
  「仕方ない。それしか手がない。もちろん引っくり返すけどさ。行くわよ」
  「御意」
  招待してくれるなら行こうじゃないの。
  レッドアーミーどもの巣に。
  「ところで主」
  「ん?」
  「そもそも、同脱出するつもりだったのですか? 自分が来なかった場合」
  「ノリ」
  「……」
  「そういうあんたは?」
  「主の主人公補正に頼ろうかと」
  「それ、私にしか適応されないんじゃない? 残念ね、モブ君」
  「……」
  「ユーモア、好きでしょ?」
  「……は、ははは」
  顔が引きつってますぜ?
  さてさて。
  「行こう」
  「御意」