私は天使なんかじゃない






束の間







  戦士たちの束の間の休息。
  そして世界は加速する。





  人狩り師団との最終決戦から3日後。
  メガトン。
  私はBOSの拠点である要塞で指の治療後、メガトンに戻ってきた。戻ってきたのはついさっきだ。
  グリン・フィスとは私の家の前で別れた。
  私は家で旅装を解き、ミスティックマグナムこそホルスターに差しているけどジーパンにTシャツと行ったラフな格好で家を出たら友人ルーシー・ウエストと遭遇、ちょっと早いお昼を食べるとになった。
  前に約束してたし。
  「へぇ、おいしい」
  「でしょ?」
  私は露店で舌鼓を打っていた。
  たまにはお日様を浴びながらの青空食堂も悪くない。
  場所はメガトンのランプランタンという露天のお店。正確には露天に隣接している屋内も店舗なんだけど、そっちは本格的な酒飲み&常連専門店という暗黙の了解があるらしく、私とルーシーは
  露店で食べている。もちろん別に異議はない。飲むよりも食べる方が私は大好きだ。
  お昼には時間が早いらしく私とルーシー・ウエスト以外の客はいない。
  街の皆々様が働いているのを見ながら食べたり飲んだりするのは上級市民として楽しいものですなぁ。ほほほ☆
  ……。
  ……まあ、上級市民というのは冗談ですが。
  メガトンはあの戦いを生き抜いた。
  火を付けられたりとしたものの、門は死守出来たようで人狩り師団は街に大規模には入り込めなかった、らしい。
  そうこうしている内にウルトラスーパーマーケット、スプリングベールから援軍が繰り出されレイダーどもを挟撃、勝利したってわけだ。
  リベットシティ、ビッグタウンも勝利。
  完全に被害がない、っていうメルヘンはこの世界にはないけど、それでもこの戦いにより自治は護られた。
  連中の拠点だったテンペニータワーも陥落。
  人狩り師団長死亡。
  幹部クラス全滅。
  逃げたジェリコの行方と、人狩り師団残党が今だ各地にいることを考えると楽観はできないけど、だいぶやり易くなったと思う。
  組織的にはもう動けまい。
  「イグアナの串焼き頂戴」
  「はいよ」
  露店の女将に私は注文。
  ランプランタンはスタール3兄弟が経営している。女将さんはジェニー・スタールという名前で、女将さんと言っても私らより少し年上って程度の歳。今まで面識はなかったけど。
  いや、正確には面識はあったんだ、何度も通り過ぎてるし。
  この店に来たのが初めてなのです。
  「きたきた」
  串焼きを頬張る。
  このタレがなかなか病み付きになりますな、うまうまです。
  「ねっ、たまにはお店変えるのも悪くないでしょ?」
  「常連になりそう」
  「あはは」
  この露店は軽食がメイン、小腹が空いたら今後はここに来ようかなぁ。
  私は食べ、ビールを飲み、友達との日常を満喫。
  たまには悪くない。
  ふとルーシーは私の指を見て怪訝そうな顔をした。
  「右手の中指、どうしたの?」
  「ああ、戦闘でちょっとね」
  傷はない。
  BOSの医療技術は信頼性がある。
  縫うと言うよりは融合させるという感じ。スティムパックを切断された部分に注射、細胞と再生力を活性化させて、オートドクターとかいう戦前の医療システム……ドラム缶型の形状の装置
  なんだけど、そこに手だけ入れてたらいつの間にかくっ付いてた。本来はその中に入って治療するものらしいけど、そこまでの機能は失われていて四肢を治療に制限されているらしい。
  簡単に言うと?
  まあ、クロノトリガーの入るとHP&MPが回復するポッド……げふんげふん。
  ともかく。
  ともかく癒えたのです。
  ただ、ルーシーが違和感を感じた様に完全には治ってない。
  あの野郎、指の一部を食べやがった。
  ちょっとだけ指の長さが違う。
  ちょっとだけね。
  要は断面の部分を少々食べられてしまった、というわけです。
  支障は特にない。
  傷自体はないし。
  イーターは死んだのかな、生きてるといいな、ジェリコに取り込まれた望まぬ状況で苦しんでいるといいなぁ(暗黒微笑☆)
  「どうしたの、ミスティ?」
  「ううん、何でもない」
  顔に出てたかな?
  反省反省っと。
  「そういえば最近モイラってどうしてる?」
  会ってないもんなぁ、最近。
  ただ私が聞きたいのはモイラの近況ってわけでは……いや、近況も聞きたいけど、もう一つ別にある。
  「モイラ?」
  「うん」
  「サバイバルガイドブックを増刷してて忙しいみたい」
  「そうなんだ」
  私がゲットした印刷機の1つはモイラにあげた。
  絶賛稼働中のようだ。
  「商売よりもボランティアだなんて、中々出来ることじゃない。ミスティもそう思わない?」
  「思う思う」
  制作に私も協力したサバイバルガイドブックは売り物ではなく配布物。
  モイラは惜しげもなく私財を投じて増刷し配ってる。
  今だ過酷で残酷なキャピタル・ウェイストランドを行く旅人や開拓民の為に。
  もちろん完全に私財だけってわけではなく共同体は彼女に援助しているわけですけど、中々出来ることではない。その分売り物が高かったり安く買いたたかれたりするのは……仕方ない、諦めよう。
  「それで、ザ・ブレインは?」
  「あのMr.ハンディ型? 増刷を手伝ってるみたいだけど? この間行ったら店番してた。値切っても反論してくるしモイラよりも商売人してるわ」
  「あはは」
  ふぅん。
  大人しく商売人してるんだ。
  ジェリコが教授の副産物として能力者もどきとして活動している。別にジェリコは教授の意志で動いているわけがないし、キャラとしてそれはないだろうけど、教授繋がりでつるんでいるかとも若干は
  疑ってたけど別に問題はないようだ。まあ、ザ・ブレインの機体はお手伝いロボのワッズワースのものだし、ルックアウトみたいなフォースフィールドは使えない。機体が違うわけだし。
  なので敵対しても怖くはないけど、とりあえずは安心だ。
  元々教授の手下の生き残りの中で一番飄々としてた奴だし、仇とかとは無縁のようだ。

  「ねぇ」

  「ん?」
  女将さん、ジェニーが声を掛けてくる。
  「あなた赤毛の冒険者よね」
  「まあ、そう呼ばれてる」
  「頼みがあるんだけど」
  「頼み?」
  何らかの依頼かな。
  討伐とか?
  初心に戻ってそういうのもいいんだけど、エンクレイブとの決戦が迫っているし、あんまり悠長にそういうことはしたくないなぁ。
  ……。
  ……友達との休息は良いんです、たまの休みだからいいんです。
  ああっ!
  せめて労基を護ってくださいよ、キャピタル・ウェイストランドさんよぉっ!
  「上の店の奇抜な恰好した不良知ってるでしょ?」
  「上の店」
  指差す先はゴブの店。
  不良と言っても最近は2人いる。
  「黒髪の方? 金髪の方?」
  「黒髪だよ」
  「ブッチか」
  金髪の方は最近用心棒になった元ストレンジャーのガンスリンガーです。
  「彼に何か? ぶっ飛ばす?」
  「ちょっ!」
  「冗談」
  ルーシーがくすくすと笑ってる。
  「どうしたらいいの?」
  「これ、返しておいてくれる?」
  手渡されたのは革製の大きめの袋。
  ジャラジャラしてる。
  「キャップ?」
  「そう」
  「何のお金?」
  「前に彼ここに来てね、まあ、その時の迷惑料だって後日持ってきたんだけど、貰う義理は特にないし。代金踏み倒したわけじゃないしね。気にしてないから、返すって言っておいて。自分で行って
  もいいんだけど第三者を間に置いた方が受け取ってもらえると思って。頼める?」
  「んー、分かった」
  別に断るほどではないし。
  久し振りに街に帰って来たし顔見せは必要だし。
  「受けてくれるんだ、ありがとう。お礼に代金を2割引きにするわ」
  「あはは」
  商売人ですね。
  まあ、無料にしたり報酬出すほどの依頼でもないけど。割引分を注文して友人との時間を楽しむとしよう。
  「ルーシー、ビールまだ飲む?」
  「ええ。飲むわ」
  「じゃあビール2つ頂戴」
  「はいよ」
  冷えたビールを瓶ごと受け取る。
  「乾杯」
  休暇は楽しいですな。
  
  



  その頃。
  キャピタル・ウェイストランド北部にはアンテナ基地が3つある。
  通信アレイNN-03d、NW-07c、NW-05aの3基。
  元々はレイダーが巣食い、近隣を彷徨う旅人を餌食にしていた場所ではあるが今は違う。
  そこはレッドアーミーと呼ばれるスーパーミュータントの軍団が本拠地としていた。
  そしてこの場所を狙いオータム派のエンクレイブが絶えず交戦している。
  故にここは北部戦線と呼ばれていた。
  3つあるアンテナ基地の1つで、レッドアーミーの指導者カーティス大佐が居住しているのはNW-05a。
  その一室。
  「本当に我々を、その、エンクレイブに迎え入れてくれるんだろうな?」

  <カール大佐との盟約により、そもそもあなた方はエンクレイブ。現在は脱走状態ではありますけどね。引き受けてくれるのであれば身柄は保証します。いかがです?>

  通信機の前で会話しているのは黒いコンバットアーマーの男。
  傍らにはもう1人、同じ格好の男性が通信内容を固唾を飲んで聞き入っている。
  「信用していいんだな? サーヴィス少佐」

  <もちろんですよ、リック少佐>

  通信相手はオータム大佐の副官サーヴィス少佐。
  この部屋で通信しているのはタロン社残党であり、ジェファーソン決戦の際には部隊ごと撤退した指揮官の1人でリック少佐。撤退後、Dr.アンナ・ホルトに雇われた。
  だが……。
  「分かった。拠点制圧を手伝う」

  <オータム大佐も喜ぶことでしょう。では、よろしくお願いします>

  「通信終了」
  スイッチを切ると無線機越しのサーヴィスが黙る。
  傍らで聞いていた兵士が怯えながら呟いた。
  「信頼できるのでしょうか?」
  「さあな。だがここにいるとミカヅキとかいう科学者に人体実験されかねない。雇い主も既にいないしな」
  Dr.アンナ・ホルトは既に放逐されている。
  FEVを使ってスーパーミュータントを製造できないことが見抜かれたからだ。
  その代わりに現在カーティス大佐がどこからか拾ってきたDr.ミカヅキが作業を引き継いでいる。結局リックはアンナ・ホルトが何故FEVを求めていたかは彼女が放逐されてしまった為、既に
  知ることはできないが、このままここにいたらミカヅキにスーパーミュータントの材料にされてしまうだろう。
  それは本意ではない。
  当然だが。
  「エンクレイブが信頼できるかは知らんが、相手が人間である以上、まだ交渉の余地はある。ここにいる化け物どもが信頼できるか?」
  「それは、確かに」
  「部隊を招集しろ。誰も逆らわんだろ。このままここにいるよりはマシだからな」
  「はい」
  「ここのシステムを奪い、エンクレイブを引き入れる」





  「いらっしゃい。あら久し振りね、ミス・プレジデント」
  「ノヴァ姉さん」
  私は酒場の扉を開け、中に入る。
  結局ランプランタンで結構飲み食いしている間に正午を周り、店の中はお客でごった返していた。満席に近い。
  壁に背を預けているのは用心棒のガンスリンガー。
  私を見ると手を挙げた。
  私も手を挙げ返す。
  さて、どこに座ろうかな。
  「よお、ミスティ、ここが開いているぞ」
  「ありがとう」
  ゴブが手招き。
  彼の前の席、カウンター席が数席空いている。私の特等席だ。
  「よっと」
  座る。
  良い席だけど空いてるのは、たぶんゴブがグールだからだろうか。
  「本当に久し振りだな、ミスティ」
  「街も大変だったみたいね」
  「お前さんの方が大変だったろう? グリン・フィスに聞いたけど、大丈夫なのかい?」
  「まあね」
  指のことかな?
  決戦のことかな?
  まあ、両方かも。
  「彼も来てるの?」
  私の家の前で別れたっきり会ってない。
  店の中にはいないような?
  ん?
  シルバーもいないぞ、ノヴァ姉さんが1人でウェイトレスしてるのか、大変そうだな。
  「グリン・フィスはさっきまでいたけど、少し前にアカハナと一緒に来て出て行ったな」
  「ふぅん」
  アカハナはスプリングベールに常駐してるんだけど、何か報告があって街に来たのかな。
  もしかしたら息抜きかも知れない。
  「シルバーはいないのね」
  「……」
  「ゴブ?」
  「……」
  「まさか、人狩り師団との戦いで?」
  何かあったのだろうか。
  この沈黙は何?
  「ゴブ」
  「あ、ああ、二階にいるよ」
  「何だ、心配した。何で隠すの?」
  「その、軍曹とよろしくしてるんだよ」
  「そ、そう」
  少し顔が赤くなる。
  ま、まあ、付き合ってるわけですし、大人ですし、よろしくしてますよねー。
  「何か飲むかい?」
  「じゃあジュースで」
  「ジュース?」
  「うん。今日はちょっと浮気して別の店にいたから、もう充分飲んだ後なのよ。ゴブに会いに来たんだ、元気だった?」
  「お、おお、元気だったよ」
  目に見えてゴブが喜ぶので嬉しくなる。
  「ご機嫌伺いもそうなんだけど、ブッチはいる?」
  「ブッチ? 最近見ないなぁ」
  「最近、見ない?」
  「ああ」
  軍曹は単独でここにいるだけか。
  まあ、チーム組んでいるとはいえ個々に動く権利がある。
  「そういえばレディ・スコルピオンも見ないな」
  「ふぅん」
  「彼に用なのかい?」
  「うん」
  「軍曹に後で聞いたらどうだい?」
  「そうする」
  「さて、ジュースだ」
  「ありがとう」
  んー、おいしいですなぁ。
  酔いに優しいです。

  「おや、ミスティ。お久しー」

  「レッド・フォックス」
  西海岸の賞金稼ぎ&賞金首の女性。
  彼女が店に入って来ると一瞬酒場はざわめき、沈黙した。そりゃそうだろ、自分の身長ほどの大剣と対戦車ライフルを何食わぬ顔して背負っているんだ、体のラインがぴったり出ているライダー
  スーツを着て魅惑的な恰好とはいえ誰も声を掛けられない。彼女は涼しい顔をして私の隣に座った。
  「ワイン。あと、バラモンステーキ」
  「あいよ」
  「さて、ミスティ」
  「ん?」
  カウンター席に彼女は紙を置く。
  顔が書いてある紙。
  あと数次。
  「何これ?」
  「マッスル三兄弟の手配書」
  「へぇ」
  そういえば見覚えある顔だ。
  1人知らないけど、これが人狩り師団長か。


  人狩り師団長。
  賞金額24000。

  マッド・マッスル。
  賞金額5000。

  マダム・マッスル。
  賞金額15000。


  「これ、高いの?」
  額の単位はNSR$。と言われても東海岸でキャップオンリーの私にはまるで分らない。西海岸の、NCRという国家の通貨だし。
  出されたワインをグラスで味わいながらレッド・フォックスは笑う。
  「まあ、それなりの額ね」
  「ふぅん」
  無敵病院の奴は結構安いな、少なくとも他の2人に比べたら低い。
  「こいつらはさ、アタシが昔いた場所の……まあ、昔馴染みみたいな連中だったわけよ」
  「昔馴染み?」
  「ビッグ・エンプティ仲間」
  「へぇ」
  そう言うしかない。
  特にコメントのしようがないし。
  昔馴染み、ね。だけどレッド・フォックスにはそんな昔馴染みを倒した私に対して恨み言のような雰囲気はない。
  「それで、レッド・フォックス、賞金首は見つかった?」
  「全然」
  彼女は別口の賞金首を追って東海岸であるキャピタル・ウェイスランドに来た。
  だがまだ見つかっていないようだ。
  「こいつよ」
  一枚の手配書を置く。
  前は教えてくれなかった。どうやら内緒は解除らしい。
  顔か書かれているけど名前は不明。
  金額は……。
  「1、10、100……100万っ!」
  「凄い額でしょ」
  「凄い」
  換算すると幾らかは知らないけど、キャピタルで軍団を築けるぐらいの連中との額の差を考えたらかなりの高額だ。人狩り師団長と比べても桁が2つ違う。
  だけどこの手配書で何とかなるのか?
  名前がない。
  顔は記されてるけど、美人の女ってぐらいしか分からない。
  知らない人だ。
  「赤毛の女だよ」
  「ふぅん」
  「見たことは?」
  「見たことないなぁ」
  「そう」
  手配書を畳んで懐にしまう。
  「貼っといてもらえば?」
  「グッドアイデアだけど、賞金の受け取り方知ってるのは西海岸のアタシだけだし、成功報酬だから山分けってわけにも行かない。協力者が西海岸まで着いてくるってんなら話は別だけど、かなり
  過酷な道のりを付いてくるわけないしね。だから協力は期待出来ないし、出し抜いてどうにかしようにも西に行かなきゃ結局どうにもならないし。それに、気付かれるのは御免だ」
  「じゃあ何で見せたの?」
  「キャピタルの隅々を見聞してきたあんたなら、分かるかと思っただけさ」
  「足取りも分からないんだ?」
  「まったく」
  「レッド・フォックスに気付いて逃げたんじゃないの?」
  「それはないね」
  「何で?」
  「アタシはNCR直々に頼まれてここにいるんだよ」
  「ああ、機密事項なんだ」
  「そういうこと」
  何か企んでるのかな、NCR。
  どうやらその賞金首は都合が悪いことを知っているのか、都合が悪いことをするつもりなのかな、NCRにとって。機密事項で始末しようとしているんだから、まだ事を起こしていないのかもね。
  さて。
  「ゴブ、お勘定」
  「おや。もう帰るのかい?」
  「うん」
  ブッチ探しに来ただけだし。
  軍曹なら知ってるかもだけど、シルバーとラブしているのであれば邪魔するのは、人としてねぇ?
  待つのもごめんだ。
  他人のラブ交渉時間を知るのは趣味じゃない。
  「久々だし、今日は奢るよ。だからまた来てくれよ」
  「いつもご馳走して貰ってるし……」
  「まあまあ、奢ってもらえばいいじゃん。アタシもご馳走になりたいし」
  「あんたは別だ」
  「あらら、バーテンちゃん意外に商売人じゃないのー」
  レッド・フォックスとゴブのやり取りを見つつ、私はまたねと手を振った。
  ジュース代?
  ゴチになりました。あざーす。





  その頃。
  クリスティーナ・エデン専用ベルチバード内。
  クリスと藤華の会話。
  「閣下」
  「……」
  「閣下」
  「……えっ? ああ、寝てた。コールドスリープを200年続けていたからな、眠り癖がついたのかもしれん。それで、何だ?」
  「先ほどアダムス空軍基地から報告がありました。移動要塞クローラーが到着したようです」
  「ほう」
  「アダムス空軍基地及び移動要塞クローラーの指揮権は移動要塞司令のザルヴァス少将に委ねてもよろしいでしょうか?」
  「構わんよ。私が行くまでの、短い期間の総司令官ではあるがな。他に報告は?」
  「内偵中のリナリィ中尉から報告。近々BOSが大規模な作戦行動に移るそうです」
  「狙いは?」
  「衛星中継ステーション、とのことです」
  「ふふふ」
  「閣下?」
  「お手並み拝見というわけだな、キャピタル原住民と、オータムの。まあ、せいぜい潰し合うがいいさ」
  「御意」





  「やあ、嬢ちゃん」
  「ハイ」
  クレーターサイド雑感店に入り、既に馴染となった傭兵と挨拶を交わす。
  カウンターには何かのジャンクを弄っているモイラ。
  「あら、ミスティ。久し振りね」
  「うん。元気だった?」
  「サバイバルガイドブックの考案も思ったし、ちょっと暇してる。それでね、新しい能力の身に付け方を考えたんだけど、ミスティ実践してくれない。お手製の薬を飲むだけで新しい能力が……」
  「そ、それはやめとく」
  「どうして? 能力者の実験台は……ううん、友達はミミスティしかいないし、あなただけが頼りなのよ」
  「……」
  「これって献身的な行為よねっ!」
  「……違うと思う」
  「えー」
  そうでした。
  こういう人でした。
  相変わらず無茶苦茶言うなぁ。
  「さて、挨拶はこれぐらいにしてっと」
  「挨拶? あれって挨拶なの? ねぇ挨拶なの?」
  「クレーターサイド雑貨店にようこそ。今日は何がご入り用?」
  「いや、別に用はないんだけど」
  「ああ、お客じゃなくて友達として来たのね」
  「そうそう」
  「コーヒーでも飲んでく?」
  結構飲んだからな、ビール。さっきジュースも飲んだし。
  「やめとく」
  「そうだ。ヌカ・コーラ・クアンタムが珍しく入荷したから飲んでく?」
  「絶対に嫌っ!」
  「……? 別にいいけど、どうして力一杯否定してるわけ?」
  「トラウマっす」
  二度と体験したくねぇ。
  おおぅ。
  「サバイバルガイドブックの増刷はどんな感じ?」
  傭兵が椅子を持って来てくれたので私は彼にお礼を言い、カウンターの前に座る。
  「刷っても刷っても足りないわ」
  「そうなんだ?」
  「ええ。わりと平穏にはなったけど、どこも街とそのほんの近くの場所だけだし、まだまだキャピタルは過酷な場所だと思うわ。だから、サバイバルガイドブックが必要なのよ。そしてミスティもね」
  「私も?」
  「つまり、私とミスティは最強のパートナーってことよね」
  「あはは」
  懐かしいな。
  まだそんなに経ってないけど、彼女の気まぐれと好奇心が私を救い、今こうして私はここにいる。二人三脚でサバイバルガイドブックも作った。
  感慨深いものがあります。
  「そうだモイラ、ザ・ブレインは?」
  「奥で印刷してるけど」
  「ちょっと話があるんだけど」
  「ザ・ブレイン、ちょっと来て」
  少し間。

  「何ですかー?」

  ふよふよと宙を漂いながらタコ型ロボのザ・ブレインが出て来る。
  「ミスティが話があるって」
  「ハッ! それで、何の用ですかー?」
  「単刀直入に聞くけど、ジェリコって知ってる?」
  「そりゃ昔モリアティの雇われてた傭兵だろ? まさか嬢ちゃんは知らないのか?」
  馴染の傭兵がそう言った。
  無論それは知ってる。。
  「知ってる。知りたいのはそこじゃなくて、ザ・ブレイン、あなたは知ってる?」
  「ハッ! その口振りからするとカルバート教授絡みですよねー? 私にわざわざ聞くわけですからー」
  「まあね。疑ってはないけどさ、念のため」
  「ハッ! ポイント・ルックアウトにそんな奴は……」
  「いや、キャピタルのボルト87の絡み」
  「では知りませんねー。私はあくまで向こうで教授に仕えていただけですからー。それで、そいつはどんな奴なんですかー?」
  「再生する。他者も取り込む。能力者というか、本当の化け物」
  「ああー。つまりスーパーミュータント・コマンダーの進化系ですねー」
  「コマンダー……ああ、あいつか」
  「ハッ! まあ、進化系というか、発展形というか、色々と微妙ですけどねー。コマンダーは異様なまでの再生能力がありましたー。そのデータを元に、ボルト87で作ったんでしょうねー」
  「へぇ」
  「以上でー?」
  「えっ? ああ、うん、ありがとう」
  「ハッ! ではまたー」
  彼は奥に消える。
  ふぅん。
  コマンダーの流れを受け継いでいるのか、確かにグリンめフィスに両断されても後に何食わぬ顔して復活して来たもんなぁ。
  教授は既に死んでるし、ジェリコは別に教授の意向では動いていないけど、これはこれで教授の遺産か。
  死した後も間接的に教授は絡んで来るなぁ。
  あー、嫌だ。
  「モイラ、そろそろ行くわ」
  「忙しいの?」
  「そうでもないけど、帰ってきたばっかりだし市長にも顔出しておかないと」
  「仕事の予感がするけど?」
  「……そこは触れないで」
  「そうそう、ボルトの子たちがたまにここに来て色々と持ち込んでくれるんだけど、中々面白いものばっかりと胸が躍るわ。それでね、そういうの見てたらインスピレーションが湧いたから食べ物の放射能
  を除去する簡易的な除去装置を開発中なの。完成したら人類の為になると思わない?」
  「思う思う」
  純粋に凄いと思う。
  ボルトの子たち、か。アマタやスージーもここに定期的に来てるのかも。
  「完成したら実験台……ううん、一番目のリピーターになってね」
  「……」
  「献身的な行いよねっ!」
  「……そ、そうっすね」
  侮れん。
  侮れんぞー、モイラさんよぉっ!
  おおぅ。
  「ま、またね」
  怒涛のモイラ節によりHPがギリギリまで追い込まれた私は店を辞去。
  太陽がまぶしい。
  モイラも指摘してたけど、市長の所に行ったら仕事が待ってるんだろうなぁ。共同体の仕事はまだ楽だけど、市長はレギュレーターでもある。レギュレーターの仕事は指定する悪人を探し出して
  殺して来いがメインだから面倒。行かないのが一番なんだろうけど、まあ、久し振りだし顔を出しておくとしよう。
  足を市長の家に向ける。
  「おっ」
  ふと仲良く街を歩くビリー・クリールと養女マギーが目に入る。
  2人はこちらに気付いていない。
  何か喋りながら歩いてる。
  良いなぁ、お父さんかぁ。
  「やめた」
  考えるのを、やめた。
  感傷に耽るとネガティブになってしまう。少なくともまだ思い出には浸れない。パパの記憶は、まだ悲しみだけに囚われている。
  今はまだ考えないことだ。
  今はまだ、ね。
  家族水入らずを邪魔しちゃ悪い。
  私は声を掛けずに市長の家に足を向ける。
  ……。
  ……べ、別にビリーの「マギーは凄いんだぜっ!」列伝が聞きたくないわけではありません。ありませんともー。
  さて。
  「市長」

  こんこん。

  市長の家の扉をノックする。
  しばらくして扉が開いた。
  「何か?」
  出て来たのは眼鏡の黒髪美人さん、オフロディテ。秘書的な存在であり、共同体の監査官でもある。
  「ああ、ミスティさん」
  「えっ? 同居してるの?」
  まさか知らない内に再婚したのか、市長?
  こんな美人と?
  「いえいえ。仕事でいるだけです」
  「ああ、なるほど」
  「市長に何か御用ですか?」
  「久し振りな帰ってきたしご機嫌伺いだけど……今、まずい?」
  「ギャラクシー・ニュース・ラジオのインタビューがもう少ししたらあるんですけど、それとは別件で今無線で何か難しい話をしています」
  「別件。難しい話」
  うん。帰ろう。
  回れ右。

  「その声ミスティか? 入って来てくれ」

  くそ、気付かれたっ!
  「どうぞ」
  にこやかにオフロディテに私は家の中に通される。
  やれやれ。
  来たのが運の尽きか。
  「ミスティ、悪いが座ってくれ」
  リビングでルーカス・シムズは無線機で誰かと話していた。
  勧められるままに座る。
  「それで、引き渡しの条件は?」

  <特にない。面倒なんでな、引き取って欲しいだけだ。……ああ、あと、取引がしたい。違う、引き取りの条件ではないぞ。何というか、そう、共同体と貿易がしたいんだ。食い物とか銃とか>

  男の声だ。
  「誰?」
  「ちょっと待ってくれ。……オールドオルニーのウィントって奴だ」
  「ウィント?」
  どっかで聞いたような?

  <んん? その声、聞き覚えがあるぞ、赤毛さんか。俺だよ、俺っ! あんたからも言ってくれ、俺は無害だってな。だろ?>

  「あー」
  北部に街を作るっていってたグールか。
  前にジェネラルの売買で会ったな。
  市長も知っているはず……いや、知らないのか、あの時はあくまでBOSの代理で売買用のキャップを都合し、私にBOSからの依頼の伝言をしてくれただけだし。
  「彼は問題ない。何の話をしているかは知らないけど、紳士的」
  「そうなのか?」
  「ええ」
  「分かった。そちらに引き取りに行く。それと、交易の件に関しても色々と詰めよう」

  <ありがたい。早々に引き取りに来てくれ。飯代も馬鹿にならない>

  「分かった。通信終了」
  ウィントは黙る。
  さて。
  「何の話なの?」
  「デイブって奴を知っているか?」
  「デイブ、ああ、あのおっさん。知ってる。それが?」
  「そいつがオールドオルニーは自分の属領とか言って、ウィントって奴の街を襲ったらしい。傭兵だかレイダーを率いてな。結果的にはデイブは返り討ちにあった、捕虜となった、扱いに困ってるらしい」
  「何で?」
  「大統領とか言い出したらしくてな。万が一にも本当なら殺したらヤバいと思ったんだろ。それでこっちに連絡寄越した。まあ、たらい回しってやつだ。うちもそんな奴はいらないんだがな」
  「でしょうね」
  確かにオールドオルニーが属領とか言ってたな。
  ふぅん。
  人を集められるだけの人望か、もしくは雇えるだけのキャップがあったんだ、ちょっと意外。
  「それで、引き取ってどうするの?」
  「決めてないがどの街も開拓やらで人手が欲しいからな」
  「ああ、労役させるわけね」
  「そういうことだ。確か、前にケリィが言ってた奴だろ? 引き取ってから殺したり放り出すのは、色々とまずいしな」
  「人道的に見たら、そうよね」
  「そこでだ」
  「はいはい私が行きますよ」
  「まだ何も言ってないが……」
  「言わなくても分かります」
  損な役回りは仕方ない。
  そういう星の元に生まれたんだ、きっと。

  「市長、GNRのレポーターが来ました」
  「レポーターのスティッキーだぜ。よろしくな、おっさん。……うげっ! ミスティっ!」

  「ハイ」
  私同様に損な役回りな奴、みーつけた。