私は天使なんかじゃない






受肉







  受肉。
  神が人の形を取って現世に現れること。





  「人類サン、コンニチハ。ソシテ、サヨウナラっ!」
  「なっ!」
  こいつ人狩り師団長じゃないっ!
  中身が変わったっ!

  タッ。

  間合いを詰めてくる。
  何も持たずに。
  だが速いっ!
  「死ネっ!」

  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!

  振り下ろされた拳は床を抉っていた。
  何て馬鹿力だ。
  かろうじて体を捻って回避しなければミンチになっていた。だが、外れは外れだ、俺のターンっ!
  「斬っ!」

  ズバっ!

  横に薙ぐ、一刀両断。
  だが直後人狩り師団長は自分の体を蹴り上げた。
  たまらず後退する。
  「人工心臓というやつか」
  それがある限り体が再生するということか?
  数歩後退。
  敵は首を回しながらこちらを見ている。
  雰囲気が変わった、というか、やはり中身が変わったという印象だ。
  人工心臓とかいう奴の影響か?
  それで別人格になるのか?
  「まあいい」
  倒すのは簡単だ。
  無敵の動力となっている人工心臓を潰せばいいだけだ。
  別に防御力は変わってない、あくまでも人間レベル。
  ショックソードで貫くまで。
  問題はそれがどこにあるかが分からないが……横に斬って駄目だったんだ、今度は縦に斬ってみるとしよう。上手くいけば人工心臓など関係なく、脳が真っ二つで死ぬという展開になるかもな。
  腰にショックソードを戻し、抜刀の構え。
  「……」
  相手は止まったまま。その腕力は厄介ではあるが武器の有無は絶対的だ。
  一撃で決めるっ!
  「何故オ前ハ戦ウ?」
  「……?」
  「何故オ前ハ戦ウ? ココハオ前ハ世界デハナイノニ」
  「何だと?」
  「ソウデアロウ? 異世界ノ民ヨ」
  「貴様、一体何者だ?」
  ただ言えること。
  こいつは人狩り師団長では断じてない。
  別の誰かだ。
  いや、別の何かというべきか。
  ……。
  ……まさかオブリビオンの魔王か?
  確かシェオゴラスは、この世界を箱庭だと言っていた。神や魔王が必ずしも人の形をしていないとも。
  これを示唆していたのか?
  だが意味が分からない。
  唯一分かったのは、目の前にいるこいつに神だか魔王だかを受肉しているということだ。
  中身は人狩り師団長ではない。
  「貴様、まさか魔王か?」
  「魔王? 私ハ地球ソノモノダ」
  「地球とは何だ?」
  「オ前ガ立ツコノ星ダ。私ハ地球ノ代弁者、そして地球ソノモノデモアル」
  「訳の分からぬことを」
  「分カル必要ナドナイ。私ハ在ルベキ場所ニ座シタママ、ココニイル。人工心臓ヲ起動シタノハ愚カナコトデアッタ。私ハオ前ヲ含メ、全テヲ見テイルノダカラナ」
  「用件を言え」
  「去レ」
  「何?」
  「コノ世界カラ去レ」
  「その気はない」
  もっとも、帰れないというのもあるがな。
  魔王シェオゴラスでさえ魔力の大半を投じてオブリビオンの門を形成し、大幅な弱体化をしてようやくここに来れた。それも空間の裂け目を利用して、ようやくだ。自分にはそんな魔力はないし、そもそも
  ここには魔力の流れがない。あったところで自分には無理だが。そして次元の裂け目は閉じている。
  帰りようがないのだ。
  まあ、主に忠誠を誓う自分としてはも帰る気などないのだが。
  「ソウカ」
  「拒めばどうする? 消すか?」
  「イズレナ」
  「お前はこの世界の神のようなものなのだろう? 何がしたい、何を目的としている、そして、どうして自分を戦わずに追放しようとする?」
  「邪魔ダカラダ」
  「邪魔?」
  「異世界ノ住人デアルオ前ラガドノ程度ノ実力ガアルカガ計測デキナイカラダ。ソレニ、姿形ガ似テイルトハイエ、オ前ラハ猿デハナイ。故ニ配慮シテヤッテイルノダ」
  「待て、お前ら、だと?」
  複数形。
  誰を差す?
  「ソコニイル者ダヨ。隠レテイルノハ分カッテイル、ソシテ、コノ世界ノ民デナイコトモ。ズット見テイタノダカラナ」

  「世界の殻を破らねば雛鳥は生まれずに死んでいく。我らが雛で、卵は世界だ。世界の殻を破壊せよっ!」

  いつからいたのか、自分の背後に立つ小柄の少女。
  ローブを纏った稀代の黒魔術師。
  「ハーマン」
  「少女革命ウテナって面白いよね。……さて、神様、ようやく会えたね」
  「ようやく、知ってたのか?」
  「お船の街の監視カメラってやつ?から見てたよ、神様」
  「……」
  この少女、扱う魔法のジャンルが違うからフィッツガルド・エメラルダと比べようがないが、少なくとも自分とはけた違いに強い魔力を持っている。
  そして視点が違う。
  何を見ているのだろう、この少女の目は。
  「来タカ。改メテ言ウ。去レ」
  「去るよ、私はね。アリスが待ってるし。でもさ、この人は帰らないと思うよ」
  「ああ、帰るつもりはない」
  「何故残ロウトスル。ココハオ前ノ世界デハナイノダゾ? 異郷ノ地デ寂シク死ニタイトデモ言ウノカ?」
  「生まれ落ちた場所が自分の世界か?」
  「何ダト?」

  「違うな。生きた場所こそが、自分の世界だ」

  パチパチパチ。

  ハーマンが拍手する。
  それから右手を軽く振る。振った瞬間に手に赤い果実が出現した。林檎だ。彼女はそれを両手で持って頬張った。
  「必要な魔力が貯まったら私は帰るから心配しないで、弱虫の神様」
  「弱虫、ダト?」
  「本音言っちゃえば? 魔法が厄介なんでしょ。ああ、彼は心配しないで、こっちでは使えないから。でも私は使える。そこらに溢れる負の感情を魔力に変換するってわけ。でももうすぐ帰るから、
  だからビビらなくてもいい。神ってわりにはせこいよね、何を企んでいるかは知らないけど、この世界を支配し切れていないんじゃない?」
  「……」
  「図星?」
  「……所詮ハ人トイウワケダナ、世界ハ違エド所詮ハ人デシカナイ」
  「ダンマーですけどそれが何か?」
  「貴様ラノ好キニハサセンゾ、知性トイウ武器ヲ持ッタ悪魔ノ猿メっ!」

  ドサ。

  そのまま人狩り師団長の体は床に倒れた。
  何があった?
  「死んでるよ、そいつ」
  「何?」
  「そいつの体に降りてた奴はもういない。どこにいて、どんな形で、何がしたいのかは知らないけど、大したことないんじゃないかな」
  「どうして言い切れる?」
  「私らにビビってた」
  「……」
  「警告だけに留めたんじゃなくて、警告しかできなかったと思うよ。まあ、私には関係ないんだけど」
  「どうしてここに?」
  「どうしてって?」
  彼女はケラケラと笑った。
  「こんなに面白そうな会談、そうないからねー」
  「……」
  つまり、こいつはこいつで魔力でキャピタル全域を見ていたのか?
  なんて魔力だ。
  「それでグリン・フィス、どうするの? 神様はどうでもいいとして、そいつは死んでるけどさ」
  「そうだな」
  師団長は死んだ。
  ならば人狩り師団の動きも止まるだろう、止まらないにしても鈍る。分裂もあるだろう。
  結局この男がどういう経緯でレイダーたちを軍隊化したのか、キャピタルを攻撃したのかが分からず終いとなってしまった。奴は排斥されつつあった悪党たちに意味を与えたかったらしいが、だとしたら
  終わらないのかもしれないな。一度動き出したキャピタル制圧の為の軍隊は動き続けるかもしれない。
  野心や野望ではなく、自分たちの意味として戦い続けるかもしれない。
  だとしたら。
  「勝ったのはこいつか?」
  目的は果たしたのだから、そういう見方もあるだろう。
  その時、歓声が聞こえた。
  屋上から下を見てみる。
  BOSの兵士たちが何やら騒いでいる。これは、勝ったのか?
  「制圧出来たみたいだね」
  「そのようだ」
  「私は帰る」
  「シロディールにか?」
  「それはまだ魔力足りない。近々戦争が起きそうな気配もあるし、その時必要な魔力が手に入りそう。挨拶せずに帰るけど、泣かないでねー。先に飴ちゃんあげようか?」
  「いらん。それで、この場から去るという意味か?」
  「私がいる理由を説明できる?」
  「……無理だな」
  「でしょ? だから帰るの、とりあえず、メガトンとかいう街に」
  「そうか」
  「グリン・フィス」
  「何だ?」
  「これは忠告。同じ世界の住人としてのね。さっきの自称地球が何を企んでいるかは知らないけど、奴はこの世界の殻。多分管理してる。見られていることは、覚えておいた方がいい」
  「そうだな」
  「いつかきっと会うと思う。これは勘だけどね。役者が揃った時、きっと戦うことになる」
  「ああ、分かってる」
  奴とは必ず決着を付けることになるだろう。
  それはハーマンに言われなくても分かっている。
  だが。
  だが、今はタワー制圧の余韻に浸るとしよう。



  テンペニータワー制圧完了。
  人狩り師団長死亡。
  幹部全滅。
  各方面の侵攻軍は全て撃退され、作戦失敗。
  ……。
  ……しかし指導者を失ったものの人狩り師団はこの後数年に掛けて各地でゲリラ的行動を続けることになる。
  それは人狩り師団長に意味を与えられた、悪党たちの最後の灯。