私は天使なんかじゃない






天使の肉







  食人鬼、妄想野郎、勘介、ともかく面倒な敵。





  「こんのぉーっ!」
  左手で持つミスティックマグナムの銃底で恍惚のアンソニー・ビーン、通称イーターの横顔を吹っ飛ばす。
  がはっと呻きをあげながら転がった。
  口から肉片を吐き出して。
  「はあはあ」
  私の指だ。
  くっそ。
  今まで撃たれたことはあるけどこういうことされたのは初めてだ。
  ……。
  ……まあ、滅多にあるはずない状況なんでしょうけれど。
  撃たなかった理由?
  頭を吹き飛ばすには絶好の機会ではあったけど、それしたら私の指も吹き飛んでしまうから避けた。今回はBOSも同伴なんだ、たぶん軍医もいるだろ。指を回収して置けばまだくっ付くかもしれない。
  片手でミスティックマグナムを構える。
  相手は立ち上がる。
  ステルス迷彩のフルフェイスとマスクだけ外しているから、顔だけ浮いている状態で体は見えないけど、顔の位置からして立ち上がっているのだろう。
  油断なく相手を見据えながらしゃがんで指を回収、ポケットに入れる。
  右手は少々使い物にならない。
  「痛いなぁ」
  「何となくあんたが嫌いだった理由が分かった気がする」
  本能的な直感、かな。
  今までこいつが嫌いだった。
  現在進行形で嫌いですけどね。前はそれでも相手に他意がないと信じていたから、そんな自分に自己嫌悪してたりしてたけど、後ろ向きだった自分に蹴り入れたいぐらいだ。
  全部演技だった。
  全部だ。
  スプリングベールでワリー(善)に叩きのめされたり自販機パラダイスで外道販売機相手にガクブルしてたのも演技なのだろう。
  何て奴だ。
  そして何て展開なんだ。
  ジェリコは別にいい、最初から気に食わなかったし、最初から実質的だった。
  だがこいつにしてもオラクルにしても私に取り入って来てた。
  私は騙されるのが大嫌いだ。
  「あんたが12の刺客、最後の奴ってわけね」
  「そうなりますね」
  「さっき言ったよね。ジェリコは気付いていなかったって、どういうこと?」
  「そのまんまです。雇われる際に素顔で会いはしましたけど、この恰好では会ってませんし、彼とは別ルートでここに誘われました。僕と認識はしてなかったと思いますよ、同じ経緯でここに来た
  食客って認識のはずです。僕としては彼の依頼なんてどうでも良かった、あくまで金になるからですよ。僕はあなたに会いたかった、それだけです」
  「迷惑」
  「……」
  彼は一瞬むっとした顔をする。
  何だ、その顔。
  「好かれてると思ってんの?」
  「……」
  図星か?
  そもそもこいつの行動がよく分からない。
  始まりはブッチから。
  私がルックアウトに行っている間にブッチと出会い、そこからの繋がりで私の周辺関係に浸透してきた。
  ボルトなコスプレもしてた。
  何が目的だ?
  オラクルは私を当初は暗殺する為に近付き、途中から体を奪うという目的にシフトしたからわりと気長に側にいたけど、こいつの場合は何なんだろう?
  「イーター」
  「アンソニーと呼んでください」
  「イーター」
  「……」
  「メガトンでバラモン食い殺したでしょ? あなたの仕業よね?」
  「血肉に彩られた生肉が恋しくて」
  平然と言うことか、それ。
  「でもあなたの方が美味しかったですよ。最上級です」
  「それ褒め言葉?」
  「当然です」
  「ドン引きだわ」
  「うーん。感性の違いですかね。あはは」
  人を食った態度だ。
  いや、実際人を食ってるんだけど。
  「レディキラーを殺したのはあなたよね」
  偽デリンジャー。
  吟遊詩人と称してゴブの酒場にいた奴だ。何をしたかったかは不明だけど、デリンジャーの偽者として私の殺しの依頼も受けていたし、私の暗殺を画策していた節がある。
  そしてそいつも食い殺された。
  「どうして殺したの?」
  「どうして? 決まってるじゃないですか、あなたを殺そうとしていたからですよ、ミスティさん」
  「はあ?」
  何言ってるんだ、こいつ。
  「刺客としてあなたも私を殺すつもりだったわよね?」
  自分の手で殺したいというタイプか?
  それか何か意味があるのか?
  ……。
  ……いや、これは私の悪い癖だ。
  理由なんかどうでもいいのだ。
  敵は敵。
  それ以上でも以下でもない、変えようがない厳然とした事実。
  だったら撃てばいい。
  それだけだ。
  「バイ」

  ドン。

  まだ何かを喋ろうとするイーターの顔に弾丸を叩き込む。
  終わった。
  「悪いけどこれまでね」

  ドサ。

  倒れるイーターを尻目に私は移動しようとするものの……上に行くよりも下に行った方がいいか。指を繋げるなり何らかの処置をして貰わないと。
  意識して右手の中指を見ないようにしているけど痛みは消えるモノではない。
  スティムを打つ?
  この場合スティム打ったら傷口が塞がったり痛みが消えたりしそうだけど、傷口塞がったらくっ付かない可能性がある。
  まあ、そもそも持ってないんですけど。
  「下と合流しようかな」
  BOSには軍医もいるだろう、100名態勢の部隊だ、軍医いるだろ。
  マダム・マッスルはジェリコの高濃度放射能で死んでいるし、そのジェリコは完全に肉塊だ。イーターも大口を開けたまま倒れている。
  「あれ」
  何か違和感がある。
  気のせいか?
  「痛いなぁ」
  気のせいじゃないっ!
  イーターは立ち上がる。
  そうだ、ミスティックマグナムを撃ち込んだんだぞ、顔が原型留めているわけがないっ!

  くわっ!

  大口を開けてイーターがこっちに突っ込んでくるっ!
  構えようとするものの向こうの方が速いっ!
  イーターの大口、本当に大口だ。顎が外れているようだ。いや外れてる。意図的に外しているのだろう、こいつもしかしたら能力者か?

  パク。

  その大口が私の左手首を捕捉、いや、捕食する。だが銃ごとだ馬鹿めっ!
  「吹っ飛べっ!」

  ドン。ドン。ドン。

  連続して放つとイーターは口から硝煙を吐き出しながら後ろに吹っ飛んだ。
  だが……。

  ズザザザザザザ。

  床を滑りながらも、確かな足取りで立っている。
  間違いない。
  こいつ能力者だ。
  「弾丸を、食ったってわけ?」
  「なかなか良い火薬を使ってますね。実に美味です」
  最初の銃撃に耐えた理由もそれか。
  こいつ、銃弾を食べたんだ。
  能力は口限定なのだろう、イーターという通称の所以はそれか。
  手にあるミスティックマグナムの残弾は2発。
  ホルスターにあるもう一丁は6発。
  予備の弾薬はある。
  わざわざテンペニータワーに突入するんだから弾丸は持ってきた。問題は私の今の手の状況だ。右手は指が一本ないし痛みがひどい、意識しないようにしているけど痛みをそれで消せるほど
  人間は便利には出来ていない。そしてイーターはかなり敏捷だ。とろとろ弾丸を装填している時間は多分くれないだろう。
  残弾を大切に使わなきゃ。
  「任意? 自動?」
  「それは何の話です?」
  まあ、一般的な分類ではないか。
  私もあくまでBOSが分類した通りに理解し、喋っているだけだし。
  「能力よ」
  「能力?」
  こいつまさか自分が能力者だって意識して使ってないのか?
  だとすると自動発動か?
  ふぅん。
  任意同士は反発し合って頭痛が発生し、能力が実質相殺し合うけど、任意と自動は反発し合わない。あくまで任意同士の組み合わせによるものだ。
  だとしたらCronusで倒せるな。
  まだ手はある。
  「僕が能力者? ミスティさんと同じような?」
  「多分ね」
  能力者の区分もわりと適当な気もする。
  master系という、特定の生物を支配する、私のような能力者とはまた別ジャンルもいるし。
  「わぁ」
  頬を赤く染めるイーター。
  何だこいつ?
  「僕はやっぱりミスティさんとお似合いなんですね。ボルト時代からそう思ってたんです」
  「ちょっと待て」
  「まあ、僕はミスティさんが僕のに好意を持っていること知ってたんですけどね。ふふふ」
  「ちょっと待って」
  「何です?」
  ふふふって何だ、キモイんですけど。
  そして何言っているかイミフ。
  ボルト時代?
  何言ってるんだ、こいつ?
  考えてみたらレディキラーを始末した件も意味が分からない。私を殺そうとしてたから、殺したって、お前はお前で私の殺しの依頼を受けていただろうよ。
  話が噛みあってない。

  ブォン。

  この時、奴の体が具現化した。
  アーマーのステルス機能を切ったらしい。顔だけ浮かんでいるのは何か視覚的にキモかったから助かった。まあ、全身があろうとも人間的にキモイんですけどね。
  「どうして私に近付いたの?」
  「ジェリコからの依頼ですよ。殺せってね」
  「レディキラーを殺した理由は?」
  「あなたを殺そうと敷いたからに決まっているじゃないですか。それと、色目を使ってたからですよ、ミスティさんに。僕というものがありながらそれは許されないでしょう? だから奴は殺されるべきだったんです」
  「……」
  矛盾してる。
  考えるまでもない、矛盾してる。
  「ボルト時代って?」
  「ボルト101時代に決まってるじゃないですか。やだなぁ」
  「私が恩人っていうのも、嘘なのよね? 近付く口実ってことでおっけぇ?」
  「……」
  「黙秘?」
  「いえ」
  「いえ、何?」
  「ミスティさんの言っていることが分かりません。G.O.A.T.試験の時ですよ」
  ボルト101の職業適性テストのことだ。
  それによりボルトで宛がわれる仕事が決定する。
  私はラッド・ローチ退治のハンターしてた。
  しかし何でこいつがそんな話題を持ち出すんだ?
  思い出を検索してみる。
  ……。
  ……記憶にない。
  こいつがボルトの人間ってことはないだろ。
  こんなに濃い性格なら絶対に覚えているはずだ、こんな奴はいなかった。
  じゃあ、こいつは何を言っているんだ?
  「助けてくれたじゃないですか」
  「何を?」
  「僕を、ブッチから」
  「はっ?」
  意味を計り兼ねてはいたけど、そんなものはどうでもいいことに気付いた。
  眼がおかしい。
  「あの時、絡まれている僕を助けてくれたじゃないですか。だから、僕は試験に遅れずに済んだんです。あはは。忘れちゃいました?」
  「ああ、そういうことか」
  「んー?」
  「納得、理解した」
  こいつ狂ってるのか。
  どういう経緯かは知らないけどブッチは定期的に当時アマタに絡んでた。試験前の時もだ。絡まれていたのはアマタであって、こいつはアマタのことを自分に置き換えてる。
  ふと思い出す。
  前にブッチのことを横暴だとか暴力的だとか言ってたな。
  これはつまり、今の状況を差しているのか?
  アマタを自分に置き換えてる。
  狂ってる。
  「一つ聞きたいんだけど」
  「何です?」
  否定するのは容易い。
  だけどこのタイプは否定するとプッツンする気がする。いや完全に頭の線は全てブチ切れてるんで今更プッツンも何もない気がするけど。
  「私をどうしたいわけ?」
  展開がブレブレだ。
  私を好きにしたいのか、食べたいのか、殺したいのか、結局どれなんだ?
  例えどれだろうと受け入れはしませんけれども。
  「美味しかったです」
  「はあ?」
  「ミスティさんの指、とても甘かった」
  「そ、そう」
  リアクションに困るな。
  甘いって何だ?
  怖いわー。
  「ずっとミスティさんは僕に語りかけてた、ラジオを通じてね。僕は穴蔵で肉を食べてたけど、飽きてたし、堅かったし、まずかった。思ったんです、天使の肉は、人間よりも美味しいだろうって」
  「何を言って……」
  「あれは僕に語りかけてたんでしょう? だから、僕は外に出て来たんです」
  「……」
  ダメだ。
  脳内設定をこいつは完全に信じ切っているし、幾つものストーリーを持っている。
  使い分けている?
  ごっちゃにしているだけだ。
  もっと言うなら整合性も何もない、矛盾でデタラメな内容だけど、こいつはそれを信じ込んでいる。
  「まったくっ! 困った人だな、あなたはっ! 僕にそこまで会いたいなんてっ!」
  「……」
  私の頭の中で誰かが叫んでいる。
  危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険っ!
  他の誰よりもこいつはヤバい奴だ。
  どこの穴蔵の人食いかは知らないけど厄介なのが這い出して来たな。
  ……。
  ……穴蔵?
  それと、ラジオに、人食い、まさかこいつハミルトンの隠れ家の奴か?
  あの大量のラジオの部屋の住人か?
  だとしたら末恐ろしいものがあるな。
  まだクリスチームがいた頃だ、ルーシーの手紙を運ぶ為に家族の行方を探していた時、グリン・フィスは単独でハミルトンの隠れ家の扉前まで行ってる。当時は扉がまだ閉まってたみたいだけど、この
  男は扉の向こうで住人を食ってたのか。その後私のことをスリードックが放送で言い出して這い出してきた、ってわけだ。
  私の所為か?
  私の所為ではないけど、私が無意識化に生み出した怪物ではある。
  面倒ではあるけど殺さなきゃならない。
  衛生的にもこいつは死んでおくべきだ。
  じゃないと安心できない。
  「こんのぉーっ!」

  ドン。

  サッと避ける。
  やはり見えてるのか、こいつも。ボルト77の奴を見る限り弾丸が見えていた節がある。能力者は動体視力が上がるのかもしれない。
  当たるまで撃つまでだっ!

  ドン。

  回避。
  イーターは避けながらこちらに足を進める。
  速過ぎず、ゆっくり過ぎず、普通の歩調で。
  舐めやがって。
  弾倉が空になった銃をホルスターに戻さずに床に落とし、もう一丁を引き抜く。だがその瞬間イーターはさらに加速し私に肉薄、そしてそのまま押し倒した。
  口が臭い。
  「離せっ!」
  「やだなぁ。そんな口の利き方。ご褒美、あげてもいいんですよ?」
  「ああ、そうですかっ!」
  股間を蹴りあげる。
  ぐふぅっと呻きながら床に転がった。
  くっそ。
  何て一日だ。
  股間を撃ち抜いたり、股間を蹴り上げたり、嫌な一日だ。
  戒めが解けた私は素早く立ち上がりイーターの顔を全力キックっ!

  ガブっ!

  「なっ!」
  靴に噛みつきやがったっ!
  足の指まで食われるのはごめんだ、発砲する。奴はまるでトカゲのように四足のまま後退する。靴は食い千切られていはいるけど、指はある。
  悪食めっ!

  ドン。ドン。ドン。

  「当たりゃしませんよっ! あっははははぁーっ!」
  「ちっ!」
  曲芸師かよ、こいつっ!
  全弾回避。
  弾倉にはあと2発。
  「そろそろ僕と一緒になりましょうっ! そうですよ、結婚式です、今夜僕らは1つになるんですよぉ」
  「どっちの意味なのかしらね」
  「おやぁ? 2つも意味があるんですかぁ? 説明してくださいよぉ」
  「マジうざい」
  胃袋の中だろうが何だろうがこいつと一緒になるつもりはない。
  銃は効かない。
  いや、食われない限りは当たれば大丈夫だとは思うけど、こいつの動きから想定するとなかなか当て辛い。能力を使えば楽なんだろうけど、駄目だ、指の所為だな、意識が集中できない。
  「ふぅ」
  疲れるけど仕方ない。
  「来なさいよ」
  「ん?」
  「……アンソニー、こっち、来て」
  「ようやくその気になったんですね。分かりますよ、分かります」
  スタスタと近付いてくる。
  私は銃をホルスターに戻し彼を待つ。
  「ミスティさん」
  「なぁに?」
  「処女ですよね?」
  「ぶぁーかっ!」
  全力パンチっ!
  にこやかに聞くことかこのクソがぁーっ!
  殴る殴る蹴ぇるっ!
  最初の一発が無条件に入ったので続く攻撃は順調に入る。後退しようとしたので奴の耳を左手で思いっきり掴み、逃がさない、そしてそのまま右手でバーンチっ!

  ブチ。

  うん、何か千切れたけど気にしない。
  倒れるイーター。
  やっぱりだ。
  倒れ方は素人臭かったんだ。
  たぶん銃弾は見えてるんだろう、私のように止まって見えているかは知らないけど、回避出来るだけの見え方はしているのだ。そして回避するだけの身体能力もある。ただ、さっき2度ほどこいつは
  倒れたけどその倒れ方が完全に素人だった。その結果、私はこいつがただの能力馬鹿だと判断した。体術が得意というわけではないと判断した。
  考えてみたらワリー(善)の時も簡単にのされた。
  あれは演技ってわけではないらしい。
  こいつの口は要注意だけど、それ以外は大したことがないと踏んだ。
  そして私は賭けに勝った。
  「おらぁーっ!」
  「僕は初めてなの、優しいしてっ! ……優しく」
  ぞわぞわっと背筋が凍る。
  マジで。
  「キモイっ!」

  バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  殴り飛ばす。
  あっ、やばい、つい我を忘れて奴を吹っ飛ばしてしまった。
  奴は床を転がり、素早く立ち上がって私に飛びかかってくる。
  しまっ……。

  「もらったぁーっ!」

  「なっ!」
  叫んだのはイーター……ではなかった。ドロドロの肉塊、一つになって、人間になろうとしている肉塊だった。半分欠けた顔を持つ肉塊がぎこちなく笑った。
  イーターの体に纏わりついたまま。
  そう。
  私に向かってイーターが飛びかかってくる瞬間、この肉塊がイーターを捕捉したのだ。
  ジェリコの肉片が。
  「失敗しちまったぜ、赤毛の体を奪おうとしたのになぁ」
  「それは失敗したわね」

  この状態で生きてるとは。
  化け物め。
  銃を引き抜いて私は一歩下がった。必死の形相でイーターは抵抗するもまるで手応えはなく、むしろ肉塊に取り込まれつつある。
  こいつ、まさか、融合でもするつもりか?
  「た、助けてっ!」
  羽交い絞めにされるイーター。
  悪党の仲間意識なんてこんなものだ。
  「それにしても、まさかてめぇだったとはな、覆面野郎。俺からの依頼はどうしたんだ? 12の刺客さんよぉ」
  「は、離せっ!」
  「お前は俺の依頼に失敗した、だから前金を返してもらおうと思ってな」
  「ま、前金?」
  
  ズブブブブブ。

  ゆっくりと。
  ゆっくりとジェリコの肉体に浸食されていく。
  こいつまさか、取り込む気か?
  ジェリコは笑った。
  狂った笑い。
  「肉が足りない。再生不可能なまでに肉を失ってんでな、お前の肉体を貰うのさっ! なあに、心配するな、前金の50000キャップ分の肉を頂くだけさっ!」
  「ミスティさん、助けてっ!」
  照準を合わせながら私はもう1歩だけ後退する。
  助ける?
  その意思はあるかと聞かれれば、ないとは言わないけど、下手に近付いて私も取り込まれるのはごめんだ。
  情報源としての意味は特にない。
  立場が逆なら、侵食されているのがジェリコなら資金源とか聞きたいところだけど……まあ、クローバーが引っ付いてたって話だし、奴隷商人の遺産ってところだろう。
  「ミスティさんっ!」
  どこを撃てば殺せるんだ?
  能力者ってレベルじゃないぞ、ジェリコの力は。少なくとも私やガンスリンガー、デス、ボルト77のあいつとは全く桁違いの力だと思う。
  私ら能力者も厳密にはミュータントの部類なんだけど、ジェリコは人間という範疇を既に超えている。
  教授の奴、どんな実験したんだ?
  やれやれ。
  厄介な遺産を残したものだ。
  「ミスティさんっ!」
  頭か?
  頭を完全に吹き飛ばせば……。
  「おいミスティっ! 僕のことが好きなんだろっ! 抱かれたいんだろっ! 分かってんだよ、そんなことはっ! だったら早く助けろよっ!」
  「……ふっ」
  思わず吹き出す。
  好き?
  私がこいつを?
  笑わせてくれるわ。
  「はっきりさせとこうか。私はあんたが大嫌いなのよね、勝手に死ね」
  「……嘘だ。嘘だろ?」
  「さあ、どうだろ」
  銃をホルスターに戻す。
  ジェリコはにぃぃぃっと笑い、半ば融合したままの歪な格好で後ろずさりし、唐突に反転、そのまま走り窓ガラスを割って飛び降りた。イーターがどうなろうと構わないが逃がすつもりはない、走りながら
  アサルトライフルを拾って割れた窓ガラスから身を乗り出して敵を確認、眼下にグレネードランチャーを叩き込む。
  爆発。
  やったか?
  中庭にいたBOSが騒ぎ出す。
  当然ながら巻き込まないように確認してから撃ちました。

  バジュ。

  「うわっ!」
  中庭から赤いレーザーが何条も飛んでくる。
  敵じゃないんですけどっ!
  まあ、仕方ないか。
  ジェリコの再生能力からしたらあの程度では死なない可能性が高い、そもそも死ぬという概念はあるのかね、あれ。上手くいけば死んでいるし、上手くいけばBOSが捕獲するだろ。
  失敗したら?
  見失うだけだ。
  いずれにしても人狩り師団も潰せば奴の寄る辺はなくなる。
  まさかエンクレイブもあんな化け物は受け入れないだろ。というか原住民受け入れるほど度量が高いとは思わない。
  面倒事は1つずつ潰していこう。
  どっちにしてもジェリコは単品であって、組織ではない、固執するにしても私の周りをちょろちょろするだけだ。今はまず人狩り師団をきっちり潰しておきたいところだ。
  「あっ」
  ふと気付く。
  あそこまでミュータントだとレッドアーミーが身内として取り込むかも。
  それはそれで面倒かな。
  だけど、とりあえずは、これで終了だ。

  ポン。

  間の抜けた音がしてエレベーターが開く。
  どかどかと5人のパワーアーマー兵士が降りてきた。標準装備のレーザーライフル装備、その内の1人はレーザーガトリングを装備している。
  心強い騎兵隊の登場だ。
  「閣下」
  1人が私を呼んだ。
  ああ、そういえば私は大統領だったな。それともスター・パラディンとしての認識で閣下なのか?
  この人らの上官ってことは確かだ。
  「状況は?」
  「あなたの仲間の剣士が敵の誘いに乗りエレベーターに」
  「マジで?」
  「はい」
  この階に来ていない。
  となるとグリン・フィスは別の階で幹部と戦わされているのか。
  なかなか人狩り師団も意味が分からないな。
  純粋に数で何故押さない?
  悪党どもを集めて、別に何かするつもりなのだろうか。
  何の意味が?
  ボルト101から私が這い出てきた所為で悪党どもは商売上がったり。人狩り師団はそんな悪党に再就職先を斡旋して、生き甲斐でも与えたいだけなのか?
  あはは、馬鹿げた憶測だ。
  だけどその通りだとしたら、実に迷惑なハロワだ。
  「下はどうなってるの?」
  「大変な状況です、レイダーが大挙して押し寄せました。ただ、サラ隊長が8階まで制圧し、現在も交戦中です」
  「なるほど」
  数で押されててもここにいるのはBOSだ。
  そう簡単には終わらない。
  8階ってことは順調に押しているんだな。私がここで幹部と戦っている間にそこまで登ったんだ、かなり速いペースだろう。
  「我々は隊長の命令で援護に参りました」
  「ありがとう。ところで、軍医いる?」
  「軍医、ですか?」
  「これ」
  アサルトライフルを背負い、ポケットから指を取り出して見せる。
  「くっ付けてほしいんだけど」
  「現在タワー1階を本部と定めております。一度後退しましょう、そこに軍医もおりますので」
  「私1人で行ける。悪いけど、グリン・フィスの援護をお願いしたい」
  「御意のままに」
  私は一度下がるとしよう。
  先ほどの戦闘で床に捨てたミスティックマグナムを回収、ホルスターに戻す。
  グリン・フィスのことは気掛かりだけど今の私は戦える状況ではない。中指1本無くても死なないけど、機敏な動作がどうしてもできなくなる。痛みが邪魔して能力に集中できないし。
  「閣下、お気を付けて」
  「ありがとう」
  「では我々はこれで。よし、救出に向かうぞ」
  BOS5名編成なら援軍として充分だろ。
  グリン・フィスも強いし。
  今までこういうパターンはなかったけど、たまにはいいだろ、決着を付ける前に退場するのもさ。
  「後は任せたわよ」
  私はエレベーターに飛び乗り、1階のボタンを押す。
  ……。
  ……間違ってもまたエレベーターの操作をジャックしないでよー(泣)
  おおぅ。


  赤毛の冒険者、戦線離脱。









  ※補足。

  アンソニーは一応伏線的な感じでフルネームを名前をアンソニー・ビーンとしておりました。
  伝説の人食い一家の家長ソニー・ビーンですねー。

  では、引き続け紀ご拝読いただければ幸いです。