私は天使なんかじゃない






悪のカリスマ







  正義には正義の、悪には悪のカリスマがある。





  「主っ!」
  自分がそう叫んだ時には遅かった。
  エレベーターの扉は唐突に閉じ、そして上昇を開始した。慌ててボタンを押すものの何の反応もない。
  無情に動くだけ。
  自分にはこの装置の仕組みが分からないが、主はエレベーター内にあった死体を調査していただけだ。勝手に動く筈がない。だとしたら敵が操作しているのだろうか?
  考えるまでもない、そうなのだ。
  ここは敵の拠点。
  支配しているのは敵なのだから、エレベーターの操作ぐらい簡単だろう。
  「くそ」
  毒づく。
  今回はサラ殿率いる部隊100名がいる、今までも大勢の加勢があったものの、ここまで支援があるのはジェファーソン決戦を除いてはない。
  数の多さに慢心していた。
  油断していた。
  主に何の危害もなければいいのだが。
  ……。
  ……何の危害もない、だと?
  ありえない。
  主がどんなに強いとはいえ1人であり、敵はそんな主を攫っていったのだ。
  当然万全の備えで。
  まずいな。
  早く合流しなければ。

  「ヒャッハーっ!」

  「くそ」
  階段を駆け下りてくる一団。
  レイダーと呼ばれる、キャピタル・ウェイストランドの無法者たちだ。手にはそれぞれ銃火器を持っている。
  これが狙いか?
  敷地内に入った際にいた少数の歩哨はいた、機銃を持つ鋼鉄の移動物体も来た、だが大規模な投入はなかった。こちらの侵入に気付いていたにも拘らずだ。気付いていなかったとは到底考
  えられない、銃声はしたし爆発音だってした、つまり最初から主と分断させる為に策を練り、それが鳴った為に攻撃を仕掛けて来た、と見るべきだ。
  実に用意周到だ。
  つまり主の注意を引くようにボルト101の装備をした死体をエレベーター内に放置していた、というわけだ。
  「攻撃開始っ!」
  『了解っ!』
  サラ殿の指示で一斉にレーザーライフルやガトリングレーザーを撃ち始めるBOS部隊。
  圧倒的な火力とパワーアーマーという鎧は実に強固で相手の反撃をわずかに許すだけで相手を全滅させた。
  強いな。
  「サラ殿、ここはお任せ出来るでしょうか」
  「単身で行くつもり?」
  「はい」
  「……」
  「サラ殿」
  「あなたといい、ミスティといい、無茶ばかりするわ」
  苦笑いを浮かべるサラ殿。
  分からなくもない。
  確かに普通ならもう何十回も死んでいる。
  だがそれを乗り越えて主も自分もここまでやって来たのだ。
  この程度のこと、今まで同様に無数にある山場の1つに過ぎない。

  「お前は死肉の塊だーっ!」

  レイダーたちは更に下りてくる。
  完全に主だけを別行動にさせる、それが当初の計画だと匂わせる動きだ。階段を駆け下りて来るだけではなく外からも来る。上の階からラべリングして下りてきたのだろうか?
  BOSは強い。
  だがこの挟撃戦では身動きが取れない。
  つまり。
  つまり主の救出は遅れるということだ。
  ならば自分が行くしかない。
  その時……。

  チン。

  間の抜けた音を立ててエレベーターの扉が開いた。
  中には例の死体だけ。
  主は当然いない。
  罠か?
  罠だろうな、これは。
  「サラ殿、任せます」
  「まったくっ!」
  応戦しながら彼女はそう叫んだ。
  次に続く言葉が何かは分からないが、その言葉が発せられるよりも先に自分はエレベーターに飛び乗った。瞬間、扉は閉まり、エレベーターは上昇を開始する。
  人狩り師団が何を企んでいるのか、これには何の意味があるのか。
  自分は何も知らない。
  相手の戦力も、そもそもボスが誰なのかも思惑も何も知らない。
  だがそんなことはどうでもいいことだ。
  そう。
  これは今まで超えて来た無数の山場の1つにしか過ぎないのだ。
  主は常に自分の信念で戦ってきた。
  それはとてもシンプルで分かり易い行動理念だ。
  自分はもっと分かり易い。
  主の敵は殺す。
  それだけだ。
  相手はわざわざ自分を招き、襲い掛かって来るのだろう、実にやり易くしてくれたと思っている。
  100の敵がいたら100の死体を築くだけ。
  「簡単な話だ」
  独語する。
  エレベーターは上昇を続け、そして、止まった。
  扉が開く。
  「主は、いないか」
  広い部屋に到着した。
  足を踏み入れたのは異様に広いフロア。
  そして男臭い。
  ところどころ個室の名残が床に残っているところを見ると、全ての部屋の壁を撤去して広いフロアにしているのだろうか?
  「来たか」
  ぽつんと立っていると異装の男がいる。
  確か羽織袴、だったか。色黒で銀髪のその男は腰に刀を差していた。
  ほう?
  刀、とはな。面白そうな男だ。
  「主はどこだ」
  「悪いがお前の主はここにはいない。だが、俺の主はこの上の階にいる。申し遅れた、俺はムラサメという」
  「グリン・フィスだ」
  「知っている」
  この階層に招いた理由は何だ?
  奴の主、おそらく人狩り師団のボスなのだろうが、そいつは上にいる。自分の主も上にいるという意味なのか?
  いずれにしてもここにはいないのは確かだ。
  「この部屋は何だ?」
  「兵たちが雑魚寝している部屋だ。今は出払っている。3階層ほど、こういう造りとなっている」
  「そうか」
  どうでもいいことだ。
  奴の後ろには階段がある。
  「俺の主人である人狩り師団長がお前を待っている。階段を上るといい」
  「そうさせてもらう」
  足を前に進める。

  タッ。

  唐突に奴は前に踏み込み、抜刀。
  剣は何もない空間を薙いだ。
  自分はその瞬間に後ろに大きく飛び、その攻撃を回避。
  「何のつもりだ?」
  「俺を倒した後に、待っているという意味だ」
  「そうか」
  相手は正眼の構え。
  腰を落とし自分は抜刀の構えで相手の次の出方を待つ。
  「……」
  「……」
  動かない。
  双方、動かない。
  「……」
  「……」
  こいつ出来るな。
  不意打ちしてきたが、せこい相手ではない。裏打ちされた強さがある。キャピタル・ウェイストランドでは剣の相手はなかなかいない、比べれる相手がデスとかいう奴だけだが、ムラサメの方が強い。
  主の身は心配ではあるが、戦う相手としては面白いものがある。
  「はあっ!」
  動いたのはムラサメ。

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  必殺の抜刀は奴によって受け流された。
  「ほうっ!」
  思わず声が漏れた。
  面白い。
  面白いっ!
  デスは弱くはなかったが持っている武器の差が大きかった、まあ、腕が拮抗していたら関係ないわけだが。
  だがムラサメは違う。
  腕も経つ。
  そして武器もショックソードと渡り合っている。
  ショックソードで相手の刀身が破壊できない、つまりはそういうことだ。

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  刃と刃が交差。
  ここまで白熱した戦いは久し振りだ。
  ムラサメは叫ぶ。
  「我が主より賜りし降魔刀の威力思い知ったかっ! さらにっ!」
  「さらに?」
  「キェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェっ!」
  「……っ!」
  奇声を発するムラサメ。
  突然自分の体の動きが鈍くなる。
  な、何?
  「ふはははははははははははははははははははははははははははっ! 重くなった体でどこまで捌けるかなっ!」
  「ちっ!」

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  「しぶといな、だがこれでどうだっ!」
  袈裟懸け。
  逆袈裟懸け。
  連続攻撃をしてくるムラサメ。捌くのが精一杯で、反撃など出来ない。間合いを取ろうにも向こうは自分が下がれば詰めて来るしどうしようもない。
  何だこの体の重さは。
  刀の力?
  そうは思わない。
  こいつ何らかの能力者か。
  だとしたら意思1つで発動しているのか?
  分からない。
  分からないが相手は自分を当然ながら殺しに掛かってる、そのことに集中している。
  ならばっ!
  「これで、お終いだっ!」
  今だっ!

  ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  鈍い音を立てて刀身が飛んだ。
  奴の刀身だ。
  自分は奴の術中にあって動きが制限され、交差し合うほどのお互いの武器は強度があり、ムラサメは優勢であり自分を斬ろうとしている。
  つまり。
  つまり相手は自分を斬ることに全力ということだ。
  自分は逆に相手の武器を破壊することに全力を投じた。渾身の一撃をムラサメは自分に込め、自分は相手の武器に込めた。その差は大きい。それが結果として降魔刀の破壊に繋がった。
  唖然とするムラサメにショックソードを一閃。
  相手の両目を横に薙いだ。
  「目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  「終わりだ」
  膝を付くムラサメ。
  能力が目に宿っていた、と確信しているわけではない。
  ただ、主は偏頭痛により能力が制限されることが多々あった。あくまで憶測ではあるが、痛みが能力を中断させていると自分は考えている。
  束縛が解ける。
  目を失ったからか、痛みがあるからかは定かではないが。
  武器破壊だけで戦いが終わるとは思ってない。
  ムラサメノ繊維がそれだけで終わるとは思えなかった。
  目を潰すことで強制的に戦闘を終わらせた、というわけだ。ここで殺すには惜しい……というわけではなく、特に殺す意味はないのだ。こいつに何かされたというわけではない。
  それに人狩り師団の幹部クラスと思われる。
  敢えて殺さなかったのはサラ殿に引き渡す、その為の配慮だ。
  いずれにしても目は潰し、武器もない。
  戦闘力は消えたも同じだ。
  「殺せぇーっ!」
  「断る」
  そのまま脇を抜け、上の階層を目指す。
  階段を上りつつ警戒。
  だが敵のまったく攻勢はない。
  警護もいないのか?
  ムラサメが言うには人狩り師団長とやらがいるようなのだが、警護がいないというのは、ムラサメの力量で自分が仕留められると思っていたからか、それとも最初から招くつもりだったのか?
  だとしたにムラサメは体の良い前座ということになる。
  ムラサメはダース単位を超えるレイダーよりも強かった。今更雑魚を並べて待っているとは考えにくい。
  だとしたらボスは更に強いのか。
  何か策がある?
  別に構わない。
  蹴散らすだけだ。
  階段を登り切り、そしてその先にある扉を開いた。
  「外」
  空が近い。
  そこは屋上だった。
  タワーの最終地点というわけか。

  「待ってたぞ」

  褐色の肌を持つ、筋肉質の大男がいる。
  でかい。
  アンクル・レオ殿と同じぐらいの大きさだ。
  それだけなら大男、というカテゴリーで済むのかもしれないがこいつの格好はムラサメよりも奇抜だ。
  裸。
  完全な裸ではないが、腰蓑一つだけ。
  変態か?
  頭にはバラモンの骸骨を被り、右手には死神が持つような大鎌、左手には大盾。
  どこの部族だ、こいつ。
  「何者だ」
  「聞くまでもなかろう」
  声は渋いな。
  確かに聞くまでもないか。
  人狩り師団の拠点の、最上階である屋上にいる人物がただの門番か?
  つまり、こいつが……。
  「お前が人狩り師団長か」
  「いかにも」
  「主はどこにいる」
  「ここにいると誰かが言ったか? 赤毛の冒険者は3階層下にいる。オラクル・ベリーたちは倒したようだな、現在マダム・マッスルたちと交戦中だ」
  「そうか」
  見ていたのか。
  どこかに監視カメラの類でもあったのだろう。
  「自分の戦いも見ていたのか?」
  「ああ。よくムラサメを倒したな。奴は腕は立ち、魔眼を持ち、降魔刀を帯びていた。能力は高いが特筆することはない、腕は磨けばある程度の高みに登れるのだからな。だがあの剣をへし折るとは」
  「あれは何だ」
  「ビッグ・エンプティで作られていた代物だよ。俺が持ち出したんだ。人体実験にされてたんだ、つまり退職金ってやつだな」
  「ビッグ・エンプティ?」
  最近よく聞くな。
  科学の墓場が何とか。
  つまり……。
  「あの刀はショックソードみたいなものなのか?」
  「そうだ。スペック的には降魔刀の方が高いのだがな。あれを折った、つまりはお前の力量がムラサメを越えていたというわけだ。あれは簡単にできる芸当ではない。しかし何故殺さなかった?」
  「情報源として生かしておいた。目を潰したのは、何となくだ」
  「お前は勝った。つまりは勝者の権利としてそれは正統のものだ」
  「……」
  こいつ何なんだ?
  威厳というものがある。
  今まで何人か敵を見て来た、組織を支配する者、もしくはそれに準じる者をだ。
  だがこいつほどの雰囲気を感じた者はいない。
  カリスマ、そうだな、これはカリスマだ。
  主が正義のカリスマなら、こいつは悪のカリスマ。
  「何がしたい」
  「さあ、何だろうな」
  「はぐらかすな。自分や主を上に寄越したのも、意味があるのだろう?」
  「ふっ。確かに今更隠すことはないか」
  「言え」
  「ツケだよ」
  「ツケ?」
  「お前の主は、赤毛の冒険者は正義を示した。それは悪いことか? 悪いことではない。だがそれにより淘汰される者が出る。ツケ、いや、反動というべきか。そいつらは死ぬべきか? 黙って死ねと?」
  「レイダーのことを言っているのか?」
  「そう呼称されている者たちだ」
  「今までやったことの報い、そうではないのか?」
  「その通りだ」
  「……」
  何が言いたいんだ?
  威圧感を感じる。
  こいつは強い。
  だが、すぐに襲い掛かって来るわけでもない。
  時間稼ぎか?
  その可能性もある、主を救いに行く時間がどんどん遅くなる、だがまともにぶつかってもすぐには決着が付かないだろう。ならばここは主を信じ、こいつから情報を引き出すべきか?
  どの道こいつを倒せばすべて終わる。
  ならば話を引き出すべきか。
  「鋭い敵意が消えたな」
  「……っ!」
  「つまり俺の話を聞くということだな。良い子だ」
  「……」
  こいつ。
  「俺は、俺たち兄弟はここの出身ではない。クレーター・ウェイストランド出身だ。異邦人、余所者だよ」
  「兄弟?」
  「バニスター砦で倒されたマッド・マッスル、現在赤毛の冒険者と交戦中のマダム・マッスルは俺の弟であり妹だ。ああ、弟に関してのことは気にするな。戦って死んだ、それだけだ。お前たちは
  迎え撃ち、弟は戦いの末に果てた。敗北は褒められることではないが奴は奴の意志で戦って死んだのだ、俺が恨むことではない」
  「その余所者が何故ここで事を起こす?」
  「特に意味はない」
  「何だと?」
  「ただ、事が起こし易かっただけだ。赤毛の冒険者により悪は駆逐された。明確には線引きがされた。それが良いか悪いかは、俺は論じない。だが線引きされた者たちが、駆逐される側の者たちは
  黙って死ねというのか?この世界の秩序の為に? それは傲慢であろう、俺はその者たちを束ね、意味を与えた」
  「意味」
  「そう、意味だ」
  「何がしたい」
  「この地をいただく。それだけだ。別に世界にとって不義理でも、お前たちにとって不条理でもないだろう。同じことをそちらもしている、エンクレイブも、各地の勢力も。そう、同じことを俺はしているだけだ」
  「覇権を求めるか」
  「違う。意味が欲しいんだよ、あいつらはな。生きる意味が必要だ。俺はそれを与えた、覇権などもののついでに過ぎない。あくまで、それは生き甲斐としていの口実だ」
  「迷惑なことをここでされると困るな」
  「余所ならいいのか? だろうな。それはそれで間違いではない。だが俺はここで事を起こした、お前たちもそれに付き合う義務がある。ここに住んでいる以上はな」
  「主と自分に何の用だ」
  「会ってみたかった、それだけだ」
  ふざけたことを。
  「分断しておいてか?」
  「お前さんの主は恨みを買っているからな、そいつらが欲しがったってだけさ。俺は別に気にはしていないが、妹はマッド・マッスルの死に恨みを抱いている」
  「知ったことか」
  「だろうな」
  「ともかく、お前はこの地が欲しいんだな?」
  「そうだ」
  「表に出ずにここまで事を成したのは大したものだよ。お前の手下どもはともかく、主もサラ殿もお前という存在は知らない。ここまで事を成したんだ、お前のカリスマは大したものだ」
  「そりゃどうも」
  「だがその程度だな。それが、お前の限界だ」
  「ほう?」
  心底興味がある、そういう顔を相手はしている。
  こいつは大したものだ。
  大物と言っていい。
  だが主と比べると一等劣る。
  「お前はここまで勢力纏め、事を成した。まさかエンクレイブ以外にもここまでする奴がいるとはBOSも思ってなかっただろう。それは称賛に値する。だがお前にはそれが限界なのさ」
  「限界、だと?」
  「ああ」
  「貴様の主と何が違う? 奴が正義のカリスマなら、俺は悪のカリスマだ。対極にあるが、同じカリスマだろう?」
  「お互いにそれぞれの陣営で尊ばれるだろう。それは分かる。だが主はお前側の陣営でも名が通るが、お前はこちら側の陣営では無名だ。主には劣るよ」
  「それはただ姿を隠し、隠然とした存在でいたからだろう? 知名度などその程度だ」
  「分かってないな」
  「何?」
  「主には、どこか助けたい、支えたいと思わせる何かがある。器と言ってもいい。主がただの人付き合いのうまい、立ち回りのうまい人物だと思っているのか? それだけでここまでなると? そんな
  わけがないだろ、本来相容れない勢力を主は纏め上げた。それは主に天性の何かがあるからだ。それが何かは自分にも分からない。だが、主にあって、それがお前にはないよ」
  「面白いことを言う。そんな曖昧なことで俺を論じるのか? 侮辱のつもりか?」
  「お前は凄いよ、ここまで姿を現さずに事を成した。それは認めよう。だがここまでの存在だ。お前は自分が思っているほど、大した男じゃないよ。正義だろうと悪だろうと、天性の何かがあれば引き
  込まれる。お前にはそれがない。実際、お前がここで倒れてもBOSは何も感じないだろうよ。ただ親玉が死んだ、それだけだ」
  「言いたいことを言ってくれる」
  「気に食わないならどうする?」
  「始末するさ」
  「だろうな。さあ、始めようか」

  タッ。

  床を蹴り、抜刀の構えのまま相手に肉薄する。
  ピカッと腰の剣が光り、相手を一閃。

  バッ。

  何っ!
  人狩り師団長は上に大きく跳躍、自分の攻撃をかわす。
  何て跳躍力だ。
  上を見るよりも、警戒するよりも早く大鎌の一撃が叩き込まれる。
  「くっ!」
  「良い動きだ」

  ゴっ。

  すれすれで回避した自分の腹に相手の掌底が繰り出された。
  まともに受けて後ろに吹き飛ぶ。

  ズザザザザザザ。

  「言いたいことを言ってくれたな。それは別にいいのだが、俺より弱い奴に好き勝手黙って論じられるほど俺はお人好しではないぞっ!」
  床を滑りながら体勢を立て直そうとする自分に、人狩り師団長が真っ直ぐにダッシュしてくる。
  こいつ、強いっ!
  「はあっ!」
  ショックソードの突き。
  だがそれは空しく盾によって弾かれた。
  ただの盾じゃないのかっ!
  「ムラサメは自身の能力に、俺が与えた降魔刀に頼っていたが、お前もその傾向があるな。良い腕なのに惜しいことだ」
  「……っ!」
  盾で打ち付けられ、数歩下がる。
  さらに乱打。
  「どうした、その程度か」
  「くそ」
  45オートピストルを引き抜いて大鎌を振り上げた人狩り師団長に叩き込むが、奴は盾を前面に出して突っ込んでくる。盾に全ての弾丸は弾かれた。
  「無駄だっ!」
  「これでいいのさ」
  大きく飛んで奴を飛び越える。
  盾を前面に突き出して突っ込んでくるんだ、視界は遮られている。
  飛び越しざまに刃を振るい、奴の首の後ろ側を切り裂いた。
  着地。
  後ろを振り返ると人狩り師団長はゆっくりとその場に倒れた。
  終わったな。
  「ふぅ」
  強かった。
  
「これで終わりか?」
  「何っ!」
  ゆっくりと、ゆっくりと奴は立ち上がった。
  馬鹿な。
  死なないにしても動ける傷ではないはずだっ!
  「俺はビッグ・エンプティにいたんだぞ」
  「……」
  何を意味するかは分からないが、次の動きを警戒する。
  奴はしっかりとした足で立っている。
  「俺にはもう一つ心臓がある、機械の心臓だ。本来は自分の意志で止めてある。そいつを起動させるとな、全ての傷は治り、俺は不死身となれるのだよ」
  「化け物め」
  「そう、奴らが俺を化け物にしたんだ、ビッグ・エンプティのクソ科学者どもがな」
  「……?」
  言っている意味が分からない。
  だが不死身云々は間違っていないのだろう。
  あの傷で動けるはずがないからだ。
  少なくとも生命力は人間を越えている。本気で死なないのかは分からないが、まともな人間ではないのは確かだ。
  「さて、第二ラウンドの開始と行こうか」
  「ちっ」
  「……」
  「……?」

  カラン。
  
  武器と盾をその場に落とす人狩り師団長。
  目が虚ろとなり、口が呆けたように開いている。
  何かの攻撃の前兆か?
  隙だらけだ。
  誘っているのか、こちらの攻撃を。
  カウンターがあるのか?
  「……ジ……」
  「……?」
  声の質が変わった?
  どういうことだ?
  機械の心臓を起動すると何らかのリミッターが外れるのか?
  分からない、何なんだ?
  人狩り師団長はこちらをじっと見て、言葉を続けた。
  「人類サン、コンニチハ。ソシテ、サヨウナラっ!」
  「なっ!」
  こいつ人狩り師団長じゃないっ!
  中身が変わったっ!