私は天使なんかじゃない






レッドアーミーの脅威







  それは巨人たちの軍勢。





  「ふぅ。暑苦しいぜ」
  「ほぅ。自己評価が正しくできるとは、やるな、ボッチ・デロデロ」
  「誰がボッチでデロデロだぶっ殺すぞこの侍野郎っ! それに俺様は暑苦しくねぇ、ロックなだけだっ!」
  ……。
  ……うるさい奴らだ。
  トンネル・スネークの2人がいればブッチに肩入れして一騒動になったんだろうけど、あの2人は今ここにはいない。レディ・スコルピオンは姿をふらりと消したようで、まあ、よくあることらしいけど。
  軍曹の方はメガトンで。その、シルバーとよろしくやっているらしい。休暇ってことか。
  私はブッチとグリン・フィスの言い合いを横目で見ながらパワーアーマーのヘルメットを取った。
  確かに、暑苦しい。
  よくこんなのをBOSやアカハナたちピット組は付けているものだ。
  サラがヘルメットなしだけど私と同じ理由かな?
  だとしたら理解できる。
  これは暑苦しい。
  「ふぅ」
  今いる場所はボルト101がある付近の崩壊したハイウェイ。半分から先がない。ここに現在BOSの部隊が展開している、野営している。
  数にして10名。
  赤い服を纏ったスクライブ・エンジェルが指揮をしている。
  ベルチバードはない、今のところは。
  目的の物の回収の為に後から来るのか、それとも来ないのかは知らないし、そこは私の領分ではない。
  「ミスティ」
  彼女が私に声を掛けてくる。
  「終わったわ」
  「ご苦労様」
  「薬品室までの空気の供給はこれで完了よ。後はそちらでお願い」
  「了解よ」
  私たちがしたこと。
  無人となった、停止した原子炉のボルト101に潜入し電力を確保すること。
  成功?
  成功しましたとも。
  とはいえ別に原子炉を再稼働できたわけではない。さすがの私もそんなことはできない。私たちがしたのは、空気の供給が出来なくなったボルト101に短時間とはいえ酸素供給能力がある
  パワーアーマーを装着して侵入し、前にハミルトンの隠れ家から手に入れて来たポータブル核融合炉で予備電力として一部の区間の酸素を供給した。
  まあ、あくまでも予備的な措置だ。
  いつまでもこの状態が維持できるわけではない。
  BOSの部隊はこの後、私たちがお膳立てしたルートを進んで薬品室の設備を根こそぎ持って撤退するって寸法だ。
  これが計画。
  そして私たちの出番は終わり。
  私とブッチ、まあ、グリン・フィスはオマケなんだけど……私らが出張ったのは当然ながらボルト101生活者だったから。ルートを確認し、まごまごせずに進めたからだ。
  だから出番が回ってきた。
  ……。
  ……最近働き過ぎだよなぁ。どっかバカンスにでも行きたいなぁ。
  まあ、バカンスに行ったらいったでルックアウトみたいなことになるんだろうけど。
  おおぅ。
  「じゃあエンジェル、私らは行くわ」
  「ありがとうございます大統領閣下」
  「……その、それってどこまで本気なわけ?」
  「エルダー・リオンズがってこと?」
  「そう」
  「かなり本気かもね」
  「……」
  マジっすか。
  嫌だなぁ。
  本気だったら全力で逃げよう、西海岸あたりまで。
  「行きましょう、グリン・フィス、ブッチ」
  「御意」
  「あー、俺様はスプリングベールに行くわ。お袋に会って来るぜ。それに用心棒は新しくいるからな」
  「そっか。気を付けてね」
  「ああ、お前もな」
  新しい用心棒、それは元ストレンジャーのガンスリンガー。
  ブッチとも敵対していたらしいけど私同様にブッチも水に流したらしい。
  「エンジェル、これ返す」
  パワーアーマーを各々返却。
  そして自前の武装を完了。
  ミッション終了。
  さて。
  「帰ろうか」
  「御意」
  BOSと、ブッチと別れて私たちはメガトンへと足を向ける。
  スプリングベールにはアカハナたちピット組が全員駐留しているから防備は問題ないだろう。どうも最近人狩り師団が各街々に対して攻撃を仕掛けているらしい、メガトンにはまだ来ていないけど、
  どちらかというとスプリングベールの方が心配。メガトンには強固な壁がある、人ではまず登れないほどの高さの壁が。物見台にはミニガンを配備。警備兵の巡回の起点だし人数も多い。
  スプリングベールにはそれがない。
  粗末な囲いがあるだけだ。
  獣にはそれで充分だろうけどレイダーどもにはあまり効果がない。
  効果があるのは軍事力だ。
  アカハナたちは精鋭だし、ピットから送られたパワーアーマーを全員が着込んでいる。
  彼らがいれば安心だ。
  他の街々も共同体が警備兵を増派しているし、それぞれの街の市民たちもバージョンアップした武装をしだしている。立ち位置がいささか不明ではあるものの、BBアーミーが警備の仕事にも就いている。
  とりあえずこれで対策は問題ないだろ。
  「ふぅ」
  荒野を歩く。
  思えば妙なことになったもんだ。
  後悔はしていない。
  私が出ていようとも出ていなくとも、パパが脱走しなくても、エンクレイブはやって来た。
  浄化プロジェクトが完成しなければエンクレイブは来なかった?
  そうは思わない。
  オータムは言った、権力者のポイント稼ぎの場だと。
  偽中国兵を作ったのはボルトテック残党だけど、その背後にはエンクレイブがいた、だとしたら私たちの行動などなくてもエンクレイブは来たのだろう。
  回避できない強制イベントってやつだ。
  私は運命なんて信じない。
  だけどこれが神様の思惑通りだとしたら?
  ……。
  ……神っていうのは、とんでもなく最悪な奴だろうなー。
  嫌だ嫌だ。
  「グリン・フィスは神様って信じる?」
  「信じてはいませんが、闇の神シシスを信奉しておりました」
  「……」
  「何か?」
  「……何でもない」
  闇の神って何?
  闇の神って何?
  闇の神って何?
  中二病かよこいつ。
  おおぅ。
  「神や魔王の区別は加護を受ける者たちが決めることです」
  「まあ、そうね」
  意外に深いこと言うなー。
  確かにその通りだろう。
  別に信じたい者は信じればいいのだ、信じたい者を信じればいいのだ、私は信じない、それだけの話。
  さて。
  「メガトンに帰ったらお風呂入らなきゃ」
  「お供します」
  「……」
  「……もちろん、ユーモアです」
  「どーだか」





  その頃。
  大佐のいる衛星中継ステーション。
  ここは反クリスティーナのエンクレイブ軍の本拠地であり、現在仕切りにキャピタル北部に対して攻撃を加えている拠点。
  「失礼します、大佐」
  「ん?」
  丁度書類の裁可を終えた大佐の元に訪れたのは副官であり懐刀であるサーヴィス少佐。
  彼なくしてこの反乱はあり得ないほどの智謀。
  実際総指揮を取っている将軍はただの飾りでしかなく、大佐と少佐でエンクレイブ軍を取り仕切っている。
  「何か報告か?」
  「はい、大佐」
  「言え」
  「報告します。現在最終調整の段階へと入っております」
  「ほう?」
  「ただ、長年の間放置されていたので点検作業が長引いておりますが、それは仕方のないことだと思われます。いずれにしてもこれで我々は最強の攻撃力を手に入れたというわけです」
  「ふむ」
  「クリスティーナ大統領のいる軍事要塞ドーンにもダメージを与えられます。シカゴの地中深くにありますが、推定ダメージでは本部施設の30%を地表ごと抉れるかと」
  「では核発射の準備を急がせろ」
  「了解です」
  「それでミュータントどもはどうなった?」
  「こちらも直に一掃予定です。北部戦線のミュータント軍が一部南下を開始、戦線の維持が脆弱化しております」
  「南下?」
  「理由は不明です。いずれにしてもこれで目処が立った、というわけですね」
  「ミュータントどもを駆逐してアンテナ奪還後は直ちに要塞に居座るBOSを一掃するとしよう。これでアダムス空軍基地への侵攻も可能となった、わけだな」
  「おめでとうございます」
  「ふっ」
  鼻で大佐は笑った。
  それはそうだろう。
  彼だけがサーヴィスの本心を知っている、そしてサーヴィスだけが大佐の本心を知っている。
  お互いに秘密の共有者。
  「お前は本心ではエンクレイブなどどうでもいいのだろう? おめでとうとは、面白いことを言う」
  「私は別にエンクレイブの勝利としての賛辞ではなく、大佐への賛辞として申し上げたつもりですが」
  「それとて同じだろう? お前にとってはどうでもいいはずだ」
  「例えそうであっても我々と大佐が結んだ契約が完遂するまで、私は大佐の部下ですので」
  「ふっ」
  そして戦争は加速する。





  「ようやく着いた」
  「お疲れ様です」
  メガトンの門を潜り、ようやく帰還。
  私用にベルチバード化欲しい今日この頃。
  大統領様なんだから専用ベルチバードがあってもおかしくないような。
  まあ、そもそもBOSが保有しているのはジェファーソン決戦でエンクレイブから鹵獲した5機だけだし、エンクレイブ側もここ最近はBOSの対応を見る為に領空への侵入を繰り返している。
  とてもじゃないけど回せる余裕はないだろう。
  そう考えたら大規模な編隊を持っているエンクレイブは強力であり、それでいてこちらに対して積極的に仕掛けてこないのは、別にこっちを恐れているというわけではなくエンクレイブが本気で
  分裂しているからなんだろうなぁと推察してみる。アダムス空軍基地と衛星中継ステーションにそれぞれ拠点を持って内部分裂中の模様。
  こちらは眼中にそもそもないらしい。
  いい気なもんだ。
  もちろんこちらにしてみたら好機以外の何物でもない。
  エンクレイブの総兵力はこちらを越えているし、訓練も装備も超えてる、だったらその内部分裂の隙を衝いて勢力を伸ばすしかない。
  現在の積極的なキャピタル統一路線はその一環だ。
  ある程度の目処は立ってきている、リベットはBOSの管理下に入っているし、共同体とレギュレーターの動きも密接、レイダーどもは人狩り師団という形で纏まってきているから住み分けが分かり
  易くなった、拠点さえ掴めれば後は一網打尽ってわけだ。BBアーミーの立ち位置が不明だけど、今のところはキャップの上とはいえ契約関係。
  武器と食料、水の確保も完璧。
  「戦争、か」
  「主?」
  エンクレイブとの最終決戦は近付いてきている。
  ただこの戦いは連中を殲滅する、というものではなく、あくまでキャピタルから追い返すという意味合いが強い。
  エルダー・リオンズたちは統一に尽力を尽くしているけどその後のことは想定しているのだろうか?
  第二第三派が来られたら勝ち目はあるのか?
  とはいえ戦うしか道がないのは確かだ。
  私たちには分裂したどちらのエンクレイブが主導権を握っているのかすら分からない、勝ち馬に乗れる算段はないし、その勝ち馬がこちらを対等に扱うかは分からないのだ。
  勝つしかない。
  勝つしか。
  そして我々の独立の価値を知らしめるのだ。
  「主はこれからどちらに?」
  「ん? 酒場に行こうかな。お昼ご飯をテイクアウトしてく。オラクルも家にいるし。グリン・フィスは?」
  「自分は剣の稽古を」
  「ふぅん。ハーマンはどんな感じ?」
  「さあ」
  「さあって……」
  「主にだけ申し上げますが、あの娘はモロウウインドの名門グラスフィル家の次女で、黒魔術師なのです。狂気の魔王シェオゴラスと何らかの契約を結び、こちら側の世界にやって来たのです」
  「……」
  「衝撃的な話ですから、言葉がないのも理解できます」
  「……そ、そうね」
  相変わらず訳分かんねーっ!
  ユーモア?
  まあ、ユーモアなんでしょうけどねー。
  「ではこれで」
  「ええ。またね」
  グリン・フィスと別れる。
  忠実な仲間で、友人だけど、意味不明なユーモアの持ち主だ。
  まあいい。
  私は足をゴブの店に向けた。
  街は相変わらず平和だ。
  時折青い軍服の面々がいる、BBアーミーの兵隊だ。あれから各街々は連中と契約した、正確には共同体は契約を結んだ。人狩り師団の攻勢があるからだ。
  もしも。
  もしも人狩り師団とBBアーミーが繋がっていたら?
  連中は埋伏の毒ってやつになる。
  もっとも末端の兵隊はかなりの割合で負傷死傷当たり前な過酷な業務だ、何しろ皮脂狩り師団の攻勢が強まって以来各街々はある意味で前線。いくら何でも埋伏という策の為に兵隊が
  喜んで死んでいるとは思えない。BBアーミー上層部の動きや思惑は知らないけど、いざとなったら兵隊はこちら側に付くだろう。
  楽観的?
  ですね。
  ただ、肉欲のサンディ大尉が形の上では……本心は知らんけど……形の上では共同体の味方をしている、色々な情報も提供している。
  こちらが後手に回るというのはまずないはずだ。
  そこまで楽観的には考えてないけど、後れを取ることはあるまい。
  そんなことを考えながら私は酒場の扉を開いた。

  「乾杯をしよう。若さと過去に」

  店を開けると男の歌声。
  金髪の男だ。
  名前は……聞いてないな、そういえば。ゴブが最近雇った吟遊詩人。この吟遊詩人の効果で酒場の客層はメガトンの女性たちに変わったらしい。実際吟遊詩人目当てで女性客がごった返している。
  平和なことで。
  私の姿を見ると、新しい用心棒のガンスリンガーが軽く頭を下げた。私は手を振りかえし、カウンターに座る。
  シルバーと軍曹がいない。
  まあ、よろしくやっているのだろう、よろしくが何かは……聞くなーっ!
  「いらっしゃい、ミスティ」
  「ハイ、ゴブ」
  「何か飲むかい?」
  「ううん。テイクアウトでお願い。何かすぐに出来るもの」
  「ハンバーガーでいいかい?」
  「2つね。オラクルの分も。あっ、特製ソースたっぷりでね」
  「あいよ。アンソニー、頼む」

  「はい」

  厨房の方で声がする。
  ちらりと顔が出て来た、アンソニーだ。私に対してにこにことしているけど、どことなく仏頂面でもある。顔はすぐに引っ込んだ。
  何なんだ?
  「どうしたの、彼?」
  「吟遊詩人を雇ってから機嫌が悪いんだ。まあ、あれであいつは色男だから、影が薄くなったと思ってるんだろう。俺には分からない悩みだけどな」
  「ゴブって目が綺麗だと思うけど」
  「ははは。そう言ってくれて嬉しいよ。何かサービスしようか」
  「そういうつもりじゃないからいらないわ」
  「そういえばノヴァを見なかったか?」
  「ノヴァ姉さん? 知らない」
  そういえばいないな。
  「さっき休憩するって街に出たんだが、こうも忙しいからな、帰って来て欲しかったんだが」
  「見掛けたら言っとく」
  「頼む」
  適当にお話して、出来上がったハンバーガーの包みを2つ厨房から出て来たアンソニーから受け取る。
  32キャップでした。
  安いんだか高いんだか。
  ガンスリンガーの一日の報酬を考えると、ハンバーガーは高いのか?
  わりと価格はノリな気がする、キャピタル全体的に。
  まあいい。
  アンソニーは私を見て親しげに微笑んだ。
  以前私に助けられたとか言ってたけど、いつのことやら。私は覚えてないけど、向こうは覚えてるんだ、いつ助けた人ですかって聞くのは失礼だろう。しかし彼の恰好はどうだろ、ボルト101の
  ジャンプスーツにPIPBOY。予備知識なしで見たら彼をボルトの住民だと思うだろう。完全にボルト住人ですってテンプレ的な格好だ。
  PIPBOYはテンペニータワーで買って、ボルトスーツはアマタたちから買ったのか貰ったんだろ。
  ボルトマニアか?
  「また来てくださいね、ミスティさん」
  「ええ」
  帰るとしよう。
  帰り際に吟遊詩人が私に手を振った、その瞬間女性たちの殺意を一身に受けたりしてみる。
  おお、怖っ!
  ノヴァ姉さん、この状況が嫌で脱走してるんじゃね?
  ありえる。
  そんなことを考えながら私は店を出た。
  「帰るか」
  ボルト101での作業が思ったよりも時間食った。
  オラクルにはキャップをいくらかは常に持たしてあるから餓死はしないだろうけど、いつも私を待っている健気で可愛い子だ。
  市長の好意でオラクルが持っていた鍵は複製され、何人かがその鍵に合うものはないか旅先で試したりはしているものの、今のところ良い返事はない。
  オリジナルの鍵は私が持ってる。
  結局何の鍵なんだ、これ?

  「やっほー☆」

  「ハーマン」
  同じ年代の子供4人を引き連れている。マギーはいないけど、ハーデンはいる。
  「こんにちは、お姉さん」
  「こんにちは」
  ハーデンが私に挨拶、私もそれを返すと他の子供たちも同じように挨拶。
  可愛いですね。
  「ハーマン、友達たくさんなのね」
  「まあねー」
  「薬は飲んでる?」
  「一応は」
  顔色が悪いのは西海岸の薬物を両親が摂っていた影響らしい、お腹の中にいた頃にその影響があった、ようだ。
  私は詳しくは知らない。
  あくまでレディ・スコルピオンの談だ。
  その影響で顔色が真っ青になるとかいろいろと怖い世界です。今のところハーマンはまだ元の顔色のままだけどいずれはよくなるようなことを彼女は言ってた、服薬し続ける必要があるようだけど。
  「オラクルとも遊んでくれてるようね、ありがとう」
  「いいよ、別に」
  「叔父さんは稽古に行くと言ってたわ」
  「モドリン・オレイン……ああ、違うか、ここはコロールじゃないんだった。うん、叔父ね」
  「……?」
  さすがグリン・フィスの姪だけあるな。
  たまに違う世界の住人じゃないかっていう発言はある。
  「慣れた?」
  「この世界に?」
  「そこまでおっきなスケールじゃなくて、この街に」
  「んー、慣れたよ。面白いと思う」
  「面白い?」
  「神様の姿って色々ね」
  「はっ?」
  「たまに神様がこっちを見てるよ、というか今も見てる。動けないのかな、会ってみたいとも思うけど、戦争始まったら帰れそうだし、会わずに帰ることになりそう」
  「そ、そう」
  「理解しなくていいよ、じゃあね」
  「……」
  謎の子だ。
  私は力なく手を振って、その場を後にした。
  オラクルが待ってる。
  帰らないと。





  かつて世界にある科学者がいた。
  その科学者の男は自身の体がFEVにより変異しつつも世界を再建すべく、人類を救うべく行動を開始した。
  彼が導き出した答え。
  それは人が人である以上は救いようがないということ。
  だから。
  だから彼は作り出した。
  人を超えた存在、彼の意志のままに動き、忠実無比な存在を。そしてその存在で構成された軍隊を作り出した。西海岸の人々はそれをマスターズ・アーミーと呼び怖れ、怯えた。
  その男は自らをザ・マスターと名乗った。
  だが彼は気付かなかった。
  肉体と同時に心も変異してしまったことに。それ故に導き出された、狂気の行動であるということに。
  ザ・マスターは<ボルトの放浪者>によって倒され、マスターズ・アーミーも四散した。
  こうして全ては終わった。
  ……。
  ……そのはず、だった。
  




  結局ノヴァ姉さんとは会えず。
  会えても戻るように言ったかは……んー、言わないかも。吟遊詩人目当てで集まっていた女性客たちはちょっと怖いものがある。
  熱狂的なファンってやつ?
  ああいうのって何か妙なスイッチが入って矛先が向いたら面倒だ。
  まあ、ゴブ、1人でガンバっ!
  そして私は家で食事中。
  「美味しいね、お姉さん」
  「そうね」
  メガトンの自宅でテーブルに座ってハンバーガーを食べ、オラクルはオレンジジュースを飲みながら私と談笑。私はコーヒーです、大人ですので、おほほ☆
  何気ない日常。
  でもこれこそが至福なのだろう。
  私的にはこの子は弟なんだけど、オラクル的にはどうなんだろ。
  なかなか聞き辛いものがありますな。
  「さっき先生の所に行ってきたよ」
  「先生」
  「うん」
  診療所のDrのことだろう。
  深夜に押し入ってきたならず者たちにオラクルは刺された、一命は当然のことながら取り留めることが出来たんだけど……くそ、あれは私の所為だ。連中は鍵を狙ってた、そのこと自体は私は特に
  関わりがないんだけど、背後にいるのはジェリコもしくはその手下のガルシアだ。ガルシアとは面識はないが全員ぶっとばしてやる。
  刺客を差し向けられたりとうんざりだ。
  「オラクルはどこに住んでいたかは覚えてないの?」
  「分からない」
  「そっか」
  それが分かれば鍵がどこの鍵かは分かるんだけど。
  ザ・ブレイン曰く、海軍の鍵云々だけどどこまで当てになるか分からないし、正しいにしてもどこの鍵かまでは分からない。ていうかざっくり過ぎだ。
  鍵がなぁ。
  どこのかが分かれば、中身が何か分かれば、ある程度はすっきりするのに。
  ある程度?
  ある程度です。
  ガルシアが煽って差し向けた連中は<何の鍵かは知らないけど鍵寄越せ>と言ってた、もしかしたら鍵そのものには何の意味がないのか?
  それとも悪党どもを先導するのに宝箱の鍵云々の話が必要なのか?
  たしかに以後襲ってきた連中はガルシアの話を聞いた云々できたメンツもいた。
  うーん。
  まだまだ謎だ。
  「ずっと旅してたから」
  「ああ、うん、ごめんね」
  聞いてはいけないことを聞いたな。
  反省。
  彼のご両親はその旅の途中で襲われて命を落としたのだ。
  だからこそ解決しなきゃ。
  彼の為にもね。
  「お姉さん、オレンジジュース一口飲む?」
  「うん?」
  「仲良しの証」
  おやおや。
  間接キッスっすか?
  照れますなー。

  「主っ!」

  「うわっびっくりしたーっ!」
  グリン・フィスが私の側に膝を付いて畏まる。
  「鍵閉めてたけど」
  「こじ開けました」
  「空き巣かお前は」
  「それよりも、緊急事態です」
  「緊急、どうしたの?」
  「ボルト101にスーパーミュータントの軍勢が。赤い軍勢です」
  「はっ?」
  赤いスパミュ、レッドアーミーっ!
  北部にいるんじゃないのか、あいつらっ!
  何だってこんなとこにっ!
  くそ。
  エンクレイブ仲良く潰し合っていろよっ!
  「既にメガトン市長はメガトンに非常事態宣言を発令、防備に構えです」
  「防備」
  撃って出ないのか。
  まあ、門閉じて防備してしまえば連中と手が出せないのだからいきなり攻撃はしないか。少なくとも気を見てからのはずだ。
  「スプリングベールは」
  「そちらはアカハナたちがいます。既に無線で連絡を取り合っています。救援不要とのことです」
  「そう」
  アカハナたちがいるなら問題ないだろう。
  まだいるならブッチもいるし、共同体から送られている警備兵もいる、アマタたちだって別に丸腰ってわけじゃない。一番の安心はアカハナたちだ、あいつらがいるなら問題はないだろ。
  よっぽどおかしい数がいない限りは。
  そうなると……。
  「エンジェルたちが孤立してる」
  「はい。連絡が取れないようです。市長も救援部隊を送るのは市民を犠牲にしかねないので判断を迷っているようです」
  「でしょうね」
  判断は間違ってない。
  私でもそうする。
  問題は私が黙ってそれを見ているかってことだ。
  ダメだ、動いちゃう。
  「連中の目的は……いえ、攻撃対象は?」
  「今のところはボルト101付近に展開している模様です」
  「分かった」
  私は立ち上がる。
  「オラクル、戸締りして良い子にしておくのよ。グリン・フィス、行くわよ」
  「御意」
  スパミュとはいえ今の私たちにはそれほどの脅威ではないだろ。
  軍勢って言ったってカルバート教授の支配時代にかなり個体数減らしているし、量産している施設のボルト87はもう存在していないし、エンクレイブとも戦争中で北部を放棄していない限りは大した
  数ではないだろう。大軍送ればそれだけ北部は手薄になり、エンクレイブに潰されるからだ。
  放棄してきた場合?
  たぶんエンクレイブがそれなりに追撃するでしょうね、黙って退かせるとは思えない。
  北部戦線を維持できるだけ戦力を残してこちらに来ているんだ、こっちに来ているのはそこまで圧倒的ではないだろう。
  ……。
  ……それにしても、無人になっても私に祟りますね、ボルト101。
  嫌だなぁ。
  「これでよしっと」
  武装完了。
  弾丸はふんだんに。
  完全武装。
  私たちはボルト101へと向かう。





  ……と向かってはみたものの。
  「あれー?」
  「いませんね」
  ボルト101裏にある高架の残骸の上に到着。
  何もいない。
  というか誰もいない。
  BOSの部隊もいなければレッドアーミーの姿もない。誰の死体もない。戦闘の後すらない。
  ただ、何かがあったのは確かだ。
  先ほどまであったBOSのテントや物資がそのまま残っている。
  全員でピクニックにでも?
  ないだろ。
  「これは、逃げだ後?」
  「自分もそう思います」
  戦わずに逃げた、か。
  ふむ。
  別にBOSが臆病だとは思わない。たった10人しかいなかったんだ、しかも隊長格のエンジェルの役職はスクライブ、学者というかの技術士官というのか、いささかあいまいではあるけど戦闘が
  得意というタイプではない役職だ。スパミュが群れをなしていた場合、戦える頭数が少ない中でさらに1名脱落するわけだから、戦わずに逃げてもおかしくない。
  むしろ撤退は最善の策だと思う。
  しかし……。
  「スパミュの群れを発見して逃げたにしても、追撃されるはず。逃げ切れた? ……いや、これは……」
  「ボルト101の中に逃げ込んだとのでは?」
  「私もそう思う」
  2人でボルト101に向かう。
  入り口は洞穴の中。
  死体はない、BOSもスパミュの死体も。
  歯車型の入り口は開いている。
  「あれ?」
  開いているのは別にいい。
  現在ボルトの電力はポータブル核融合炉から供給されているに過ぎない。一部の施設を稼働させているだけで限界。なので出入り口は最初からオープンにしてある。
  気に食わないのはスパミュがどこにもいないということだ。
  BOSがボルトに籠らずに逃げたとして、スパミュがBOSを追って行ったにしても斥候あたりとは遭遇してもいいはずだ。というか別にBOSの一部隊を狩る為に南下したわけでもあるまいよ。北部戦線
  を脆弱化させてまで何しに来たのかは知らないけど、仮にBOS憎しで来ているにしても、展開がおかしい。
  何だこの状況?
  「主、どうしますか?」
  「んー」
  何かの罠か?
  可能性はある。
  BOSにではなく連中がボルト101そのものに用があるとしたら?
  その場合も不可解だ。
  哨戒がいない。
  ここは引き返すべきか……。

  「ミライノタメニっ!」

  その声と同時に激しい銃声。
  帰ろうと思って振り向き途中だったのが良かった、背後にいた数体の赤いスパミュが視界に入る、そして鉛弾を吐き出すアサルトライフルも。
  視界に入る限りは自動的に弾丸はスローになる。
  視界がスローとなる。
  大量の弾丸がこちらに向かって発射されたのだ。
  あ、危なかった。
  私はミスティックライフルを2丁引き抜いてトリガーを引き、そしてその場に倒れた。
  瞬間、時間が元に戻る。
  弾丸は私の上を通り過ぎ、現われたスパミュは屍と化す。
  グリン・フィス?
  彼は能力者じゃないけど、人類規格外。
  弾丸?何それ美味しいの?状態。
  回避はお茶の子さいさいです。
  ……。
  ……ほんっっっっっっっと、彼にしてもデリンジャーにしてもどうやって弾丸回避してるんだ?
  デリンジャーなんて私が能力使っても避けるし。
  やり方教えて欲しいものだ。
  「ふぅ」
  立ち上がって弾丸装填。
  赤いスパミュ、しかしそれはジェネラル種ではなく、全身を赤く塗っているスパミュ。
  やれやれ、レッドアーミーだ。
  北部戦線にいる奴らが何だって南下してきたんだ?
  エンクレイブに負けて落ちてきたのならBOSから何らかの連絡があるはず。それがないのだから、何らかの意味があって南下してきたのだろう。
  私を殺す為?
  それは、あまり考えられないかなぁ。
  この間までキャピタルのスパミュを仕切っていたカルバート教授は死んだ、現在後釜に座っているのが誰だか知らないけど、私を殺そうと思うだろうか?
  北部に一大勢力を築いている謎の黒幕が?
  ありえない。
  私を殺したいのであれば北部なんかに拠点築かないで一気にメガトンまで殺到すればいい。……いや、やられても困るけど。
  ともかく。
  ともかく北でエンクレイブとドンパチしたり、悠長に野良スパミュを勢力に取り込んだりと、私狙いだとしたら方向性がいささかおかしい。
  「グリン・フィス、どう思う?」
  「……」
  「グリン・フィス?」
  「ボルト内の空気はいつまで大丈夫なのですか?」
  「あー、それか。それが狙いか」
  「だと思われます」
  彼の
着眼点は悪くない。
  ボルト101の原子炉は停止している、空気の供給も止まっている。現在ボルト内の一部の電力、一部の空気はポータブル核融合炉で確保しているに過ぎない。いつまでも保てるわけではない、
  少なくとも一両日中には停止してしまう代物。だとしたらスパミュは私たちを奥に追いやって料理しようとしている?
  うーん。
  その場合は私狙いでもあるのか?
  まあいい。
  しばらくは空気はあるんだ、探索するとしよう。
  「行くわよ」
  「御意」
  彼を伴ってボルトの入り口を通り過ぎる。
  幸いボルトの出入りは、全て出入り口付近の端末で行う仕組みとなっているし……ああ、監督官の部屋からも出来るのか、だけど出入り口には電力が通っていない。
  入ったところで閉じ込められることはあるまい。
  薄暗いな。
  まあ、電力が来てないのだから仕方ない。

  ごごごごごごごごご。

  「はっ?」
  音を立てて扉が閉じた。
  えっと……閉じ込められた?
  何故にっ!
  「ちょっ!」
  歯車型の扉に縋りつく。
  当然開くわけもない。
  完全に闇となった空間でわずかな光を求めてPIPBOY3000の照明を点ける。扉を照らしてみる、やはり閉じている。
  どういうことだ?
  機械音は何もしなかった。
  普通はサイレン鳴らしながら開閉するのに、何も鳴ってない。
  何で閉まった?
  どうやって?
  「主、こうなったらやることは……」
  「死ね」
  「まだ何も……」
  「うっさい死ね」
  「……すいませんでした……」
  まったく。
  そんな場合じゃないでしょうに。
  扉付近の端末を触ってみる、電力が通っていない。監督官の部屋から操作しているのか?
  「面倒なことになった」
  私はため息とともにそう呟いた。
  唸り声がする。
  無数に。
  そしてドスドスと何かが奥からやって来る、これまた無数に。
  私狙いにしては計画がずさんではある、私が来ない場合は完全に意味がないからだ。私の性格を考慮した上であっても……ふむ、ずさんですね。まあ、引っ掛かったわけですけど。
  まあ何でもいい。
  「グリン・フィス」
  「はい」
  「蹴散らすわよ」
  「御意」