私は天使なんかじゃない
俺の夢
人は夢を追っていくが、夢は人から逃げていく。
デイブ共和国……いや、ボブ帝国という廃村一歩手前の集落から一路私たちはボルト108を目指す。
目的、それはワリーの偽者を倒すこと。
四天王(笑)とかワリー軍団(笑)とか妙なちょっかいを掛けて来るので面倒なのです。
それはさておき。
「ふぅ。おいしい」
ボルト108.、の前に、私達はカンタベリー・コモンズに足を止めている。
カンタベリー唯一の飲食店ジョー・ポーターの店。
カウンター席に私たちは並んで座っている。
お客は私たちだけ。
店主すらいない。
もちろん街の住人総出で、市長も含め、墓穴掘っているところに出向いて店主を探し、先に前金渡して好きに飲んでいるわけですけど。
墓穴は撃退したレイダー用。
本当にちょっと前まで人狩り師団が攻め込んで来ていて交戦状態だったのだ、カンタベリー側の勝利で終わったけれども。カンタベリーは共同体構想に入っている、なので援軍として警備兵が
加勢していたりカンタベリーの地元の皆さんが頑張ったり、何だかんだで警備会社のブルーベリーアーミーが活躍したりで勝利を収めたようだ。
……。
……本気でBBアーミーの立ち位置が分からない。
自作自演で問題起こしてそれを処理し、警備の押し売りしているという苦情もあったのに、普通に働いていたりもするし。
まあ、役に立つならそれでいいんだけれどもさ。
一応イヴ絡みでここに立ち寄った際に人狩り師団の撃退を手伝ってはいます。
あのしばらく後に舞い戻ってきた人狩り師団は戦力不足だったのが祟り壊滅した模様。戦力不足の理由はデイブが共和国奪還の為に戦力を借りたから、だとか。
あのおっさん意外に周囲に祟るわね。
ボルト108に向けての英気を飲んで養っていると……。
「ああ、本当に飲んでいるんだな」
「悪いけど手伝いはしないわよ、ドミニク」
カンタベリー・コモンズの警備隊長をしているドミニクに私はビールをあおりながらそう言いかえした。
肉体労働はしたくない。
少なくともこの瞬間は。
ワリーの偽者退治が待っているのだ、それ以外で動きたくはない。
我が儘?
んー、正当な権利だと思う。
私は働き過ぎなのだ。
「構わんさ、無縁墓地に埋めるのは慣れているんだ」
「あはは」
「しかし人狩り師団とやらは訳が分からないな。ただのレイダーってわけではないらしい」
「どういうこと?」
あまり聞きたくはないけど。
「どうもこうもないさ、そこら中の街に攻め込んでいるんだよ」
「はあ?」
それは初耳だ。
マジかよ。
「ただのごろつきの集まりじゃねーのかよ?」
「ごろつきには違いないさ」
ふぅん。
もしかしたら私たちの認識はそもそも間違っているのかもしれない。連中はレイダーではなく、統率された軍隊、つまりエンクレイブとまた別の、キャピタルを狙う勢力。
群雄割拠ですか?
乱世ですか?
……。
……群雄割拠も乱世も、まあ、間違ってないか。
繰り返される歴史ってだけだ。
問題は今までの歴史とは違い、今の時代は完全に後がないってことだ。ここで戦前と同じだけの戦争をした日には本気で人類が滅ぶことになるだろう。
「ところであんたらはどこに行くんだ?」
「ボルト108」
「ボルト108だって? 何だってあんなむさ苦しいところに」
「むさ苦しい?」
どういうことだろ。
「妙な男どもが屯っているんだよ、ちょっと前までは妙な女どもだったんだが……同じ妙な連中なら、まだ女の方がいいだろ? 選択自由の権利ぐらい、今の時代にもあるはずだ。なあ?」
「俺様もそう思うぜ。なあ、ベンジー? お前もそう思うだろ、グリン・フィス」
「だな、ボス。男だらけより女だらけの方がいいぜ」
「……同意する」
うわぁ。
男どもが妙な連帯感持ちましたよ。
「レディ・スコルピオン、あんなこと言ってるけど、どうする?」
「別に。ボスがそれでいいというなら、それでいいんだ」
「……」
何か私だけアウェーじゃね?
孤立しました。
おおぅ。
一時間後、私達はカンタベリー・コモンズを出た。
補給物資も確保済み。
えっちらおっちら荒野を歩く。
「あー、クソが」
ブツブツとぼやくのは軍曹。
そりゃそうだろ。
彼は軽機関砲を担いでいるんだ、重くて仕方ないだろう。だがその分威力は絶大でぜひとも欲しい代物だ。いや、私は持ちませんけども、ええ、持ちませんよ。
「うるさいよ、軍曹さん」
「レディ・スコルピオンが持ってくれたら楽なんだがな。というかお前さんはお前さんで、そんな格好で暑くないのか?」
露出しているのは目だけ。
暑そうだ。
色物のお仲間さんですな。
「……」
「主、何か?」
「何でもない」
うちの仲間も同じようなものかぁ。
剣士、今時珍しいチョイスです。
「さあ、気を付けて進みましょう」
「御意」
ボルト108まではもう少しだ。
この辺りにいた人狩り師団は壊滅したようだ、残存戦力はいないみたい。残ってても大した数ではないだろう。デイブに兵力貸したが為に壊滅したわけだし、その為に敗北が確定的になった。
わざわざ温存して負ける意味もない、本気で負けたと見るべきかな。
随分と静かに感じる。
これぐらいの静けさがちょうどいいものだ。
しかし人狩り師団、バザーでの襲撃にはプチタンクを持ち出していたしこれだけの戦力を平然と動かせるのであれば油断できないな。
どこに拠点があるんだろ。
未だに謎。
……。
……まだまだ問題は山積みだな。
レッドアーミーは残ってるし、人狩り師団もいる、BBアーミーはサンディ大尉を取り込む形である程度は監視できるけどこれまた謎だし、ジェリコがちょっかい出してくるし、そして本命のエンクレイブ。
エンクレイブが出張る前に片付けないと。
もう後戻りはできないのだ、キャピタルはアメリカを宣言したのだから。正統なアメリカ政府を自称するエンクレイブはこちらを潰すしかないのだ。
聞けばエンクレイブは2つに分裂しているらしいけど、油断は出来ない。
「なあ、優等生」
「何?」
「その、ワリーの偽者って奴は、何がしたいんだ?」
「さあ」
「さあって、訳も分からずに戦ってのかよ」
「大抵そうよ、私。大体は向こうから勝手に攻撃されるって形が多い。向こうに聞いて、私は知らない」
「マジかよ」
「マジ」
ピットなんて良い例だ。
私の意志なんてなかったろ、少なくとも導入部分はさ。途中から私好みに塗り替えてあげたけれども。
「で、ミスティさんよ、まだなのか? その、ボルト108とやらは」
「あそこよ。あの岩場。あそこに洞穴がある、そこから行ける」
「そりゃ結構」
ボルト108の入り口がある岩場が見えてくる。
くそ。
こんな面倒なことになるなら借金してでも携帯用小型核爆弾のミニ・ニュークを借金してでも買い集めて吹き飛ばしておくべきだった。ゲイリーの時点でさ。
まあ、私は神でも富豪でもないわけなので当時はそんなの無理だったんですけど。
ただそうしておけば……。
「俺はワリー軍団四天王が1人、ワリー(悪)だぜっ! よく来たなクソどもめっ!」
こういう手合いに会うことはなかった。
ボルト108のジャンプスーツを着たワリー(悪)。十中八九こいつ四天王だろう。
ワリーワリーワリー、そろそろ見飽きたな。
こんなんじゃスプリングベールの本物見ても反射的に頭吹き飛ばしそうで怖い。このワリー(悪)はコンバットショットガンを持ち、腰に大振りのナイフを帯びている。
「ぶっ殺すっ!」
「いきなりなの?」
「そりゃそうだ、俺はワリー(悪)だからなっ! 理屈じゃねぇんだよっ!」
「ちょっと待って!」
「待てるかよっ! 俺はてめぇを殺したくて仕方がねぇんだっ! 何と言っても俺様はワリー(悪)だからなっ!」
ばぁん。
先制されるコンバットショットガン、その瞬間視界はスローになる。
弾丸が視界に入る限り自動的にスロー。
私は弾丸を視界に入れつつ両隣のブッチと軍曹を押しのけ、私自身も回避。視線を逸らした瞬間に時間は動きだし弾丸は通り過ぎる。グリン・フィスは抜刀の構えのまま突っ込み、レディ・スコル
ピオンはダーツガンをワリー(悪)に叩き込む。私はあまり彼女を知らないけど、思っている以上に戦闘能力は高い。
攻撃と見極めのスキルが高い。
「効かねぇーっ!」
動じずに動くワリー(悪)。
ラッド・スコルピオンの麻痺毒が効かないとは。
だけどその瞬間、グリン・フィスの間合いに入る。きらりとショックソードが光り、コンバットショットガンが真っ二つとなる。だがワリー(悪)も四天王を張るだけあってナイフを引き抜いてグリン・フィスに
躍り掛かる。ひらひりひらりと回避するグリン・フィスもさすがだけど、ワリー(悪)の動きも無駄がない。こいつもなんか改造されてるな、身体能力が底上げされてる。
しかし数の差は歴然だ。
そして私たちは別に多人数によるフルボッコに対して否定的ではない。
少なくともこちらが行使する分にはね。
レディ・スコルピオンが中国製ピストルをワリー(悪)の左太腿に叩き込み、私のミスティックマグナムがナイフを吹き飛ばした。
唐突に無手になるワリー(悪)。
だが屈せずにグリン・フィスに掴み掛り、そのまま押し倒した。
「殺してやるぜぇーっ!」
ばぁん。
「……ぐぞ……」
押し倒されたまま、躊躇いもせずにグリン・フィスは45オートピストルを引き抜いて発砲、ワリー(悪)の腹部を貫通させた。
腹部から噴き出す滝のような血を浴びながらワリー(悪)を押しのけ、立ち上がる。
「主、始末しますか」
「そうね。任せる」
「御意」
トドメを刺す、その直前に新たな人影がボルト108から出て来た。
またもやワリーだ。
見飽きた顔。
片方のミスティックマグナムを新手に向ける。当然もう一丁は倒れているワリー(悪)に向けたままだ。
「そこで止まれっ!」
軍曹が叫ぶ。
こっちの方が銃の数が多い。相手の牽制役には事欠かない。
しかし新手のワリーはどこか影がある。
何というか斜に構えている?
ボルト108のジャンプスーツを着込んではいるけど武器そのものも持っていない。まあ、四天王はどこかしら改造されているから武器なんて必要ないのかもしれないけどさ。
少なくとも今までの奴らはそうだった。
こいつも四天王だろうか?
可能性はある。
わざわざ無手でのこのこと出て来たんだ、相当な自信があるのだろう。
だが紡がれる口調はどこか重苦しいものだった。
「……あんたも、俺たちワリーの夢の為に働いてくれるのかい……?」
「はあ?」
何言ってるんだ、こいつ。
思わず軍曹とレディ・スコルピオンは顔を見合わせた。私はグリン・フィスに目配せ、彼は察して新手のワリーを注視する。ワリー(悪)は死に掛けだ、新手の方はねどこか不気味な感じがする。
強いのか?
かもね。
「あなた四天王?」
「……ああ……」
「おいおい優等生、何だこのネガティブ野郎。ワリー(底)とかじゃねーのか?」
「……ピッタリだな、俺には。お前良いセンスしてるぜまさか神か……?」
「皮肉だよ、クソがっ!」
何なんだ。
何か調子狂うなぁ。
「……それで、ワリーの為に働いてくれるのかい……?」
「まあ、ワリーの為には動いてるけど」
クローン掃討が目的です。
そういう意味合いではワリーの為に働いている。多分こいつの言っている意味とは全く違うけどさ。しかしこいつ滅茶苦茶悠長な奴だ。
ワリー(暗)とかか?
「……そうかい、ワリーの為に働いてくれるのかい。本当にありがとうよ。悲しいこの世界で唯一の救いだよ、そりゃあ……」
「あの」
「……どうしたんだい……?」
「もしかして、ワリー(悲)だったり?」
「……そうだよ。悲しいな。あっさりと見破られちまった……それで、そこにいる兄弟を含め他の俺たちをどうしたんだい……?」
「悪いけど、倒した」
「……そうか、悲しいな……」
「道を開けて」
「……なら俺はお前を殺さなきゃいけない……ワリー四天王最後の1人としてな……」
結局それかっ!
どろり。
その時、腹部を射抜かれたワリー(悪)が解けた。どうやら絶命したようだ。
そして連鎖するようにワリー(悲)も解ける。
「……戦うことなく最後か……だが、悲しくはないな、これで終わりだ……」
どろりとワリー(悲)は解けていく。
イヴたちと同じだ。
あの謎の女たちも命を共有しているタイプがいて、片方が死ねばもう片方も連鎖して消滅した。ワリー(悲)とワリー(悪)は命を共有しているタイプだったのだろう。
最後の四天王は消滅。
もっとも好戦的な奴と、もっとも悲観的な奴は揃って消えてしまった。
「終わり、かしら?」
「さてね」
レディ・スコルピオンの言葉に私は懐疑的な感情を持っている。
否定気味に肩を竦める。
四天王はこれでお終いだろうけど、ラスボスも含めての四天王だとしても、あくまでこいつらはワリーのクローンたちだ。ボスワリーがいるにしても作った奴はまた別人だ。
考えようによっては面倒な展開だ。
いや。
どう考えても面倒だ。
つまり裏打ちされた技術を持つ科学者がいるってことだ。
そいつを倒さないと解決にはならない。
ボルト108に入るしか……。
「おい、ボス、こいつは何の音だ」
「バイクじゃねーか」
排気音が響く。
無数の。
私たちは音のする方を見た。
荒野の地平線から一直線に、波状的にこちらに向かって爆走してくるバイクの集団。
おやおや、四天王の次に戦闘員ってことですか?
順番が斬新ですな。
「ようやっと出番だぜ、ベンジー」
「任せとけって」
軽機関砲を構える軍曹。
私はグレネードランチャー付きのアサルトライフル、グリン・フィスは45オートピストル、レディ・スコルピオンは単発式の中国製ピストル……メタルブラスターを使わないのは何か理由があるのかな?
そしてブッチは2丁の9oピストルをギャングのように銃を横向きにして構えた。
バイクが近付いてくる。
バイクが……。
「撃て撃て撃てっ!」
「御意っ!」
一斉射撃。
弾丸は寸分違わず吸い込まれていく。
数分。
わずか数分の戦い。
ワリー軍団と思われるバイカーたちは成す術もなく撃たれ、バイクから転倒し、絶命していく。向こうも銃を持っているけどバイクに乗りながら打つというのはなかなか難しいものがある。照準がなかなか
定まらないし、足場は戦前と違って平坦ではないのだ、どこまでも荒れ果てている。結果として抵抗らしい抵抗が出来ない。何よりこちらには軽機関砲持ちの軍曹がある。
圧倒的な弾丸だ。
トンネルスネークの軍曹は、ポジション的にはクリスチームのハークネスだろう。あのミニガンには戦闘ではまさに守護神だった。
「ちっ、他愛もねーぜ」
私たちを倒すにはもっと数を揃えるか、質を上げるべきね。
バイク軍団、壊滅。
「またもクローンか」
フルフェイスのヘルメットを付けたボルト108里ジャンプスーツを着た連中の肉体は全員解けて消滅する。メットの下は確認していないけど、多分ワリーなのだろう。
この場合はワリー(兵)になるのか?
ドォルルルルルーっ!
バイクの爆音。
一台こちらに向かってくる。まだ残りがいたのか。そいつはメットをしていない、ワリーの顔を晒している。ボルト108のジャンプスーツは同じなんだけど、その上に革ジャンを羽織っている。
さっきの雑魚どもとは違うようだ、だけど四天王は全部倒した。
となるとこいつは……。
キキキキキキキっ。
私たちのすぐ側で停車。
腰には10oサブマシンガンをぶら下げている。
腕にはPIPBOYをしている。スプリングベールにいる本物のワリーから取り上げたものだ。それをしている、となると、こいつが親玉か。
ブッチは叫んだ。
「てめぇが最後ってわけかよっ! ワリーの偽者さんよっ!」
「よく来たな、ブッチ。まさかてめぇまで来るとはな。俺の軍団の邪魔をする奴はミスティだけかと思えば、お前まで関わってくるとはな」
「ブッチ、私に任せて。さて、あんたは何者? 何がしたいの?」
「俺がワリー軍団の王、そう、ワリーだ。兵隊は当然のことながら、四天王なんぞも前座に過ぎない。他の連中と違って俺は手ごわいぞ、ミスティっ!」
「中二病乙」
「ふん、勝手に言ってろ」
「そもそも私、別に執着される筋合いはないんだけど」
「そっちがなくてもこっちにはあるんだよ」
「オフィサー・マック」
「……? 何の話だ?」
ボルト101を脱出する際に彼の兄貴のオフィサー・マックを私は射殺した。もちろん私にも言い分はある。正当化はしないけど、ああしなければアマタが拷問されてた。
手加減するべきだったって?
今なら、それも言えるでしょうね。
ただあの時はそんな技能はなかったし、そんな芸当はできなかった。
さて。
「じゃあどうして私に固執するわけ? 本物のワリーを追って、始末したかっただけなんじゃないの? 四天王の二番手は確実に私だけを殺しに掛かってきたけど」
「それだけ俺の憎しみは深いのさ。お前は邪魔だ、いつも俺の心をかき乱すっ! ブッチ、お前もだっ!」
訳の分からんことを。
心をかき乱す、ね。
別に私に惚れてたとかいう話ではないらしい、少なくともブッチの名前も挙げているから、別の意味なんだろう。
どんな別の意味かは知らんけどさ。
「軍団とか何の意味があるの?」
「意味? 強い者が全てを仕切る、それが夢への実現の第一歩だからなっ!」
「夢」
そういえば四天王の奴もそんなこと言ってたな。
どういう意味だ?
何だか分からないけどそれがこいつらの行動原理らしい。
「夢、ね。だけどあんたがしたことは全て真逆なんじゃないの? ワリー(仮)を追ってスプリングベールまで手下送って、結果何が出来たの? 注目集めて手下全滅させただけじゃないの?」
「関係ねぇな。俺だけが残ればそれでいいんだよ、それが、始まりなんだ」
「偽者め」
「分かってねぇなミスティ。俺たちは皆本物さ。同じ、同一の人間なんだ。ただ俺が一番強いから同じ俺たちを仕切っているだけだ。スプリングベールに逃げた弱虫と俺は違う、俺こそが本物なんだっ!」
エンジンを吹かす。
こちらに向かって爆走してくるっ!
この距離でかっ!
私達は慌てて飛び退く。ただブッチはその後の行動が迅速だった、ワリー(兵)の乗っていた手近なバイクを起こすとそのままアクセルを吹かして追撃。ワリーは急停車しつつ車体を私たちに
向け、10oサブマシンガンを構えた時にはブッチの乗るバイクはワリーに肉薄、バイク同士は接触して嫌な音と激しい音をさせて激突した。
ワリーは叫ぶことなく激突に巻き込まれた。
「ボスっ!」
「……まったく、危ないことするわ」
直前でブッチは飛び降りたものの、下手したら死んでる。
立ち上がって動いているから生きているわけだけどさ。
「主、行きましょう」
「ええ」
私たちは駆け寄る。
ブッチはピンピンしてる。
軍曹はそんなブッチを小突いたり、レディ・スコルピオンは何か文句を言っている。愛されていますね。
ブッチは生きてる、直前で飛び降りたから。
擦り傷はしてるけどさ。
骨も折れているのかもしれない、今はテンション高いから痛みを感じないだけでさ。
「レディ・スコルピオン、医療に心得あるんでしょ? 軽くブッチを診てあげて」
「言われるまでもない。ほら、ボス」
ブッチは彼女に任せよう。
私とグリン・フィスは激突現場に近寄る。
「……くそ、俺が最強なんだ、いつも俺を見下しやがって……」
ワリーは憎々しげに呻く。
助からない。
助かるわけがない。
壊れたバイクの破片が胸に突き刺さっているし、お腹から下は千切れかかっている。ブッチはレディ・スコルピオンの診察を押しのけ、9oピストルを引き抜きながら近づき、ワリーの頭に照準を定めた。
「安心しろ、痛みはすぐに消えるさ」
「へっ、慈悲ってつもりか? それとも、げほげほ、目覚めが悪いからか?」
「ダチだからだ。てめぇがクローンだろうとな」
「その必要はねぇっ!」
ばぁん。
銃声。
ブッチが撃つよりも早く、隠し持っていた小型拳銃でワリーは自分自身を撃ち抜いた。
ただ反動で若干銃口がぶれた、頭をストレートには撃ち抜けなかった。
助からない。
助かりはしないけど、ミスった結果彼は一言だけ呟く時間が与えられた。
「……やっぱ、ブッチは強ぇや……トンネル……スネ……ク……」
そして命は脈打つのをやめた。
彼は死んだ。
死んだのだ。
夢、か。
結局彼の夢とは何だっただろう。
「ワリーの馬鹿野郎が。俺ら、いつだってダチだろうが」
悲しげにブッチは呟いた。
もしかしたら彼はブッチみたくなりたい、ブッチに認められたいと思っていたのだろうか?
あまり彼には印象がない。
だけど、ボルト101時代にはブッチといつも一緒にいたし、ブッチと何かしら張り合っていた。そしてブッチは私に続きボルト101を後にした。もしかしたら彼は孤独を感じていたのかもしれない。
憶測だ。
憶測だけど、これが、彼の夢だったのかもな。
悲しい話だ。
いつだってブッチはワリーを大切な友人と信じていたのに。ワリーが望んだものは、いつだって彼の側にあったのだ。
……。
……あれ?
このワリー、相変わらず死体のままだぞ。
「おい、ボス、こいつ解けないぞっ!」
「特殊な奴なのかしら」
ブッチ自身も部下2人の言葉に対する答えを持っていない。私もだ。私を見るけど、私も分からない。私は肩を竦めた。
ただ、ゲイリーも量産された中国兵も解けなかった。
このワリーはそういうタイプなのだ、としか考えようがない。
「私もよく分からないけど、前に解けないタイプのクローンもいたから、たぶんそういう感じなんじゃないかな」
「そうなのか? とはいえ、顔見知りの死体は見たくねーな。クローンにしてもよ」
「まあね。埋めようか」
「だな」
ごごごごごごごごごごごごごっ。
揺れるっ!
地震か?
断続的に大地が揺れ始める、激しく脈打つように。
そして響き渡る爆音。
いや。
そんな生易しいものではない。リアルに体験したことこそないものの、核戦争の始まりと言われればそう納得してしまうだろう、それだけの激震。
数秒、もしくは数分。まるで立っていられなかった。
ボルト108の入り口である洞穴からおびただしい黒煙が吹き上がる。
ピシ。
足元からだ。
何の音だ?
絶え間なく響きだす、そして足元が再び揺れ始め、大地に亀裂が入り始める。
まるで底が抜ける……。
「マジかっ!」
この揺れと爆音は地中のボルト108が爆発した音かっ!
まずいまずいまずいっ!
崩壊した大地に引き摺りこまれてしまうっ!
「主、退避をっ!」
「ですよねーっ!」
ダッシュで逃げる。
「おい、ボスっ! 早く行くぞ、悪いが命令だとしてもここに留まるのはごめんだぞっ!」
「んな命令出さねーよっ! 来い、レディ・スコルピオンっ!」
「了解」
その場から離れる。
離れるのを確認したかのように大地が砕け、陥没した。
あ、あぶねーっ!
「はあはあ」
「主、間一髪でしたね」
「そ、そうね」
あー、疲れた。
そして心臓に悪い。
かつてボルト108があった場所は大きな穴ぼこが広がっている。
……。
……何したらこうなるんだ?
昔私はムカついてボルト106とボルト92を爆破したことがある。でもあれはあくまでシステムを吹き飛ばしただけであって、今回のようにボルト108ごと吹き飛ばしたわけではない。
自爆装置でもあるのか?
あー、そういえばママ・ドルスの地下にあったボルト23はこんな感じで吹き飛んだな、あそこもそんな感じに穴ぼこになった。
ワリーのクローンの仕業か?
かもね。
「くそ、これじゃあ何も分からねーぜ」
ブッチが呟く。
その疑問は正しい。
結局何も分からず終いだ。
自分が関わらないならそれでもいい、でも現状関わっているし、クローンの大元の装置が消し飛んだとはいえ安心できるものではない。
「主、クローン騒動だけはこれでお終い、と見てもいいのではないですか?」
「そうね。だけは、終わりよね」
「はい」
それだけは救いか。
クローン発生装置が別の場所に持ち出された後?
それは、ないと思いたい。
というかそんな技術がある勢力はどこだろう?
ただ持ち出しただけではなく、メンテも出来、有効活用できる勢力……エンクレイブ……いや、連中のやり方とは一致しない。昔ボルトテック社のウェスカーが言ってた、グール兵のクローンを
作ったのはエンクレイブだと。つまり連中があの場所をボルトテック社を通じて支配していた、単純にゼロから無限の兵を作ろうとはしなかった。
わざわざ中国兵だと装わせ、世情不安を作り出し、正義の味方推参的にキャピタルに現われようとしてた。
私たちがその計画を潰したけど。
今更クローン発生装置を使ってキャピタルに介入するか?
仮にするにしても、ワリーのクローンを作る意味が分からない。
「あー、もうっ!」
ダメだ。
さっぱり分からない。
何だったんだ、マダムとイヴも、ワリー軍団も。何がどう繋がって、誰が独立した敵なのか、目的は何なのか、さっぱり分からない。
考えるだけ無駄か。
まあ、無駄なんだろう。
なるようになるし、ならないのであればそれだけの話だ。
「盛大な爆発だったな。滅多に見れるものではないぞ。んん?」
『……っ!』
私たちは一斉に声がした方に武器を向ける。
今の発言、ここにいるという現状、どれをとっても今の爆発に関係あるものの発言だからだ。
男がいる。
白衣の男。
七三分けの、チョビ髭の中年男性。
どこかで見たような……。
「あんた何者?」
ミスティックマグナムを向けながら私は問い質す。
だが相手は銃を意に介していない。
「Dr.ミカヅキだ」
「そう。どうぞよろしく。それで、ここで何を?」
「ゾウリムシのような脳みそしかないお前さんにそれを語ったところで何の意味がある? 私という存在はお前さんたちの知り得る知識の次元を超えているのだからな」
「意味の分からんことを」
「それだよそれ。意味が分からないというのは理解する頭と認識が欠けている証拠。それがお前さんの限界なのさ」
「……」
そうか。
こいつシェイル・ブリッジに、そしてカンタベリー・コモンズにいた奴だ。
「この爆発はあなたが?」
「そうさ。クローン技術は実に有意義であり素晴らしい技術だ。戦前にもこれだけの技術は一般的ではなく、確立されておらず、ここにあるのは野心的な試作品だったのさ。だがそれだけに
不完全であり危険な代物だった。原住民には過ぎた技術だ。私は記憶した、この技術は持って帰る。ではな」
「待ちなさい」
「何だね、私は忙しいのだ」
こいつ向けられている銃口の数、そしてその意味が分かっていないのか?
しかも何て言った?
記憶した?
記録したと言い間違えたのだろうけど……そうでないのであれば……こいつ化け物だろ。
「何故あなたはクローンの手助けを?」
「手助け? 手助けだって?」
「違うの?」
「実験だよ。良いタイミングで実験体が飛び込んできた、それだけの話さ」
「そうなんだ」
「そうだ」
ドン。
「話はお終いよ」
「……」
ドサッと彼は倒れた。
地面に血が広がっていく。
死んでる?
死んでるわ、心臓撃ち抜いたから。しかもモノがミスティックマグナムだ、パワーアーマーですら貫通する代物。生身で受けたら、受けた周辺が吹き飛ぶ。
確実に死んでる。
「まっ、仕方ねーよな、優等生」
「ご理解感謝」
Dr.ミカヅキが何者かは知らないけどクローンを作っていたのは実質こいつであり、改造もこいつだろう、あくまでワリーのクローンは操られてこそいないものの便乗していたに過ぎない。
この博士は邪悪だった。
そう判断して撃った。
尋問すればって?
まあ、それも悪くなかったんだけど……撃てば終わる、それだけの話だ。つまりはキャピタル風ってわけ。
背後関係なんて考えたって頭が痛くなるだけ。
今はこれでいい。
今はこれで。
無敵病院の奴の件もあるし、何か関係しているなら介入してくるだろう。
私が望む望まぬ関係なく。
だったら待てばいい、敵が私にちょっかいかけて来るのを。
果報は寝て待てってね。
「用件は終わり。さて、グリン・フィス、帰りましょうか」
「御意」
「何か疲れたぜ、俺たちも帰ろうぜ」
「ああ、賛成だ、ボス。シルバーにそろそろ会いたいしな」
「ボスがそう言うのであれば問題はない。了解」
私たちはメガトンへの帰路に。
もうここに用はない。
同刻。
スプリングベールの街。
アマタの家。
「というわけだ、よろしく頼むぜ」
「ええ。ケリィおじさん。こちらこそよろしく」
「……」
「どうしたの?」
「……いや、アマタの思慮深い言葉を聞いてるとなんか泣けてきてな……あの生意気な餓鬼ども2人とは雲泥の差だぜ……」
「……?」
アマタの家に訪ねてきたのはケリィ。
アマタは初対面のつもりでいたが、ケリィ曰く面識はあると言う。記憶を遡り、思い出してみたら、確かに幼少時に遊んでもらった記憶がある。
当時はこれほどケリィは太ってはいなかったが。
「受け入れてくれて助かるぜ」
「こちらも来てくれて嬉しいですよ」
ボルト101から旅立った者たちが住まうスプリングベールの街。
人口わずか30人。
ただ、メガトンからの援助、ミスティからの可能な限りの尽力、その結果として街の方針も定まりつつあり、発展の可能性を大いに秘めている新興の街。万が一レイダー等に襲撃されたとしても
ミスティの命令でピット組の半分が駐留している。アカハナを含めわずか5名だが、キャピタルでも屈指のパワーアーマー部隊でありレイダー程度なら太刀打ちできない戦力。
そんな街に越してきた者たち。
それはケリィを始めとするデイブ共和国からの亡命組だ。
大統領ごっこや革命ごっこに嫌気が差したデイブの第一夫人と子供たち、ケリィと同業で引退して共和国で兵士をしていた元スカベンジャーたち、さらには恋人のシャウナとドッグミートとその
家族たちを引き連れてケリィはスプリングベールに移住してきた。その数25名。メガトンやリベットシティに比べると微々たる数だが、アマタたちにとっは大きな発展だ。
現在デイブ共和国は革命により瓦解し、ボブ帝国が樹立している。
そこに住まう者たちは、そこで生まれた者たちのみ。
つまりは世間知らずな者たちばかり。
ケリィの昔馴染みの兵士たちは全員スプリングベールに来ている。
だから。
だからウェイストランド軍と戦う為に鎖国政策が簡単に推し進められている、というわけだ。
こんこん。
扉がノックされる。
「ちょっと失礼」
ケリィの会釈してから、アマタは立ち上がり、扉に向かって開ける。
そこには……。
「スージー、どうしたの?」
「ねぇ。ここにワリー来てない?」
「ワリー? いいえ」
「おかしいなぁ」
「スージー、ワリーを外に出したの? ミスティが偽者の区別付かなくなるから出さないようにって……」
「出してない出してないっ!」
「じゃあ、どうして探してるのよ」
「あいつお風呂に入っているはずだったのよ。いつまで経っても出てこないし、声掛けても返事ないし、それで、その、覗いてみたのよ。そしたら」
「そしたら?」
「浴槽に変な液体が浮いてて。いや、違うの、やらしい意味じゃないのよっ!」
「……スージー、何言っているか分からないわ」
「ともかくっ! いなくなったのっ!」
「逃げられたのよ、まったく」
「もう、ワリーの奴っ! ミスティに怒られるじゃんっ! こんなことならお風呂沸かしまくって解かしてやればよかったっ! むしろ解けちゃえーっ!」
ボルト108跡。
立ち上がる死体、いや、それは命ある肉体。
「まったく。これだから未開の原住民は嫌いなんだ。攻撃すればいいと思っている。全く、嘆かわしい。戦前から退化した猿どもめ。マシンミュータントの肉体に脳を移植していなかったら死んでいたところだ」
Dr.ミカヅキは歩き出す。
彼はどこに行くのだろう?