私は天使なんかじゃない






イヴ





  偽りの楽園。





  ガタ。
  わずかな物音がした瞬間、私はベッドから跳ね起きて枕の下に忍ばせていた32口径ピストルを掴む。
  反射的に銃口を扉に向けた。
  扉は閉まっている。
  「……」
  ここは私の自宅。2階にある寝室。
  私以外にはオラクルがいるだけ。寝ているので下着姿、PIPBOYもしていない。すぐ近くのテーブルの上にPIPBOYは無造作に置いてあるし、武装はここ寝室のロッカーの中にある。
  待つ。
  待つ。
  待つ。

  「撃つなよ、餓鬼が大切ならな」

  扉の外から声。
  男の声だ。
  知らないな。
  ゆっくりと扉が開く。そこには男と、羽交い絞めにされたオラクルがいた。男の服装は街のチンピラ、と言ったところか。
  荒々しくこちらに銃を向けている。
  「入る家を間違えてない?」
  「鍵を寄越せ」
  「鍵」
  「宝箱の鍵だよっ! ついでに、そいつがどこの宝箱かも教えてもらおうじゃねーか」
  「おやおや」
  またか。
  人狩り師団も同じようなことを言っていたな。
  ジェリコの手下のガルシアの所為だ。あいつがそこら中に言いまくったお蔭で、悪党連中はその話で持ちきりらしい。
  厄介なことだ。
  「1人?」
  「1階にダチがいるよ」
  「ふぅん」
  オラクルの状況に目をやる。
  腹部から血が出いる。
  ……。
  ……まずいな、刺されてる。
  オラクル自身には意識がないようで男が抱え込んでいるようなものだ。
  「穏便に済ませない?」
  私は銃を下げる。
  男は笑った。
  「穏便? ……どういう方法で俺たちと和解しようっていうのか、一晩かけて教えてくれないか?」
  こんなのしかいないのか。
  こんなのしか。
  「どう?」
  「良いぜ、穏便は大好物だ」
  「よかった」

  ばぁん。

  問答無用で相手の頭に銃を叩き込む。
  アホが。
  この状況で私が降伏したところで無事に生きられる確率は極めて低いんだ、だったら殺すのに躊躇いなんてあるはずないだろ。そもそも私は宝箱とやらの場所を知らない、この鍵がどこの
  鍵かすら知らないのだ。それを親切丁寧に説明したところでこいつらは聞かないだろう。穏便に済ますには始末するしかないってことだ。
  ドサッとオラクルが倒れる。
  素早く近付いて脈を取る。
  生きてる。
  出血は大したことないけど意識がないのが少しヤバい。
  ロッカーからアサルトライフルを取り出したと同時に男2人が飛び込んできた。向こうはギョッとした顔をする。仲間が私を殺した銃声だと思っていたからか、それとも私が物騒な武器を
  持っているからか、おそらくどちらも正しいのだろう。
  「ハイ」
  可愛くウインク。
  夜中に押しかけてくる無粋な彼氏には銃弾のキス。
  「まったく」
  死んどけ、アホが。
  私はスティムパックをオラクルに打ち、彼を抱えて外に出ようとする。Drの所に連れて行かなきゃ。

  ドンドンドン。

  扉を荒々しくノックする音。
  声がする。
  それはメガトンの保安官助手のものだった、近くを警邏中に銃声を聞いたのだろう。
  訳を言って死体の処理を頼もう。
  「オラクル、今連れて行ってあげるからね」



  夜が明けて。
  私はメガトンの酒場に顔を出した。あれからずっと診療所でオラクルの手を握ってた。無事ではあったし意識も戻ったけど大事を取って入院となりました。
  あー、眠い。
  眠気覚ましにというか帰って寝る為にも朝酒でもするとしよう。
  「おはよー」
  「こりゃ朝早くから珍しいな、おはよう、ミスティ」
  ゴブがカウンターを磨きながら出迎えてくれる。
  私はカウンター席に座った。
  「良い匂いね」
  「まだ仕込みの最中だよ。すまないな」
  「ううん、飲みに来ただけだから」
  「あらいらっしゃい、ミス・デンジャラス」
  「どうもー」
  ノヴァ姉さんだ。
  いつ見てもお綺麗ですな。
  「聞いたわよ、ミスティ、夜這いされたんですって?」
  「傷心の私を慰めて欲しいな☆」
  「おやおや、賊をあっさり返り討ちしたわりには甘えたさんね。ふふふ、大統領さんは私の思うが儘ってことね」
  「……は、ははは」
  大統領のことは触れないで欲しいっ!
  うーがーっ!
  「ゴブ、ビール頂戴」
  「あいよ」
  酒場はひっそりとしてる。
  シルバーは、寝てるのかな。
  「ブッチは?」
  用心棒がいない。
  取り巻きもだ。
  「ブッチかい? まだあれから帰ってないなぁ」
  「ああ」
  ハーマンの薬の材料を探しに行くとか言ってたな。
  その絡みか。
  「用心棒いなくても大丈夫なの?」
  「最近は警備兵もいるし保安官助手も増員されたから滅多なことはないと思うけど、近々別の用心棒を募集しようかと思っているよ。ブッチたちはわりと出払うことが多いし」
  「そうね、滅多なことがない街の中で私も昨晩襲われたし」
  「大丈夫なのか?」
  「平気よ。オラクルも大事なかったし」
  「本当によかったよ」
  「ありがとう」

  「主っ!」
  ズザザザザザザザザザザーっ!

  はい、スライディング土下座入りましたー。
  グリン・フィス君登場。
  「申し訳ありませんでしたっ!」
  昨夜のことだろう。
  冷えたビール瓶とグラスが出て来たので私はコップにビールを注ぎ、一口。ゴブが微笑を浮かべてオツマミに缶詰の煮込んだ牛肉を出してくれた。
  サービスってことのようだ。
  かたじけないっす。
  「主、自分の不際ですっ!」
  「いいわ、気にしないで」
  「自分が、自分がすぐに察知していたらっ!」
  「家離れてるから無理でしょ」
  「主が、主が傷物に……っ!」
  「なってねーよっ!」
  ご愁傷様とノヴァ姉さんは笑い、2階からうるさい寝れないと声が降ってきた。シルバーさん、寝起きは悪いようです。
  「ハーマンは?」
  「さあ」
  「さあって……」
  「今朝起きたらいませんでした」
  「散歩?」
  「さあ」
  「……」
  本気で姪ではないようだ。
  何者だろ。
  ただ、グリン・フィスがある程度気遣うぐらいの繋がりではあるようだ。じゃなきゃ住まわさないだろう。シロディールとかいう場所の知り合いだろうか?
  「ちょっと、そんな放任でいいの?」
  ノヴァ姉さんが口を挟む。
  さすがに放任過ぎるわよね、うん。
  「あっ、いや、大丈夫です、ちゃんと飢えない程度には渡していますし、その、従妹が面倒を見てくれているので」
  嘘だろ。
  思いっきり取り繕っているようにしか見えない。
  私は彼の耳元で囁く。
  「本気で心配ないのね?」
  児童虐待は私も我慢ならない。
  グリン・フィスならそんなことはないだろう、たぶん何らかの事情がハーマンにもあるのだろう。そう思えてならないし、それを尊重してもいいだけの何かがハーマンにはある気がする。
  何かは分からないけども。
  「大丈夫です、主」
  「ならいい。グリン・フィスも飲む?」
  「いえ」
  そう言って扉の方を睨む。
  いつの間にいたのか、赤髪の女性がいた。
  「物騒ね、あなた」
  「殺気を纏った貴様に言われたくはないな」
  「いいよいいよ、アタシそういうの大好物」
  「主に手出しするなら斬る」
  「へぇ? つまり君と一戦やりたいならミスティを攻撃すればいいってわけね。今後の参考にさせてもらうわ」
  レッド・フォックス。
  赤い死神と呼ばれる賞金稼ぎにして賞金首の人。
  「やめなさいグリン・フィス」
  「御意」
  「良い躾だ」
  「あなたもよ、レッド・フォックス」
  「はいはい。今日は特に何かしに来たわけじゃないよ、大人しく飲みに来ただけ。一緒に飲もうよ」
  「それは構わないけど私はこれ飲んだらすぐ帰って寝るのよ」
  「ふぅん。じゃあしばらくお付き合いのほどを。あっ、ウイスキーね。あとは適当に食べ物頂戴」
  「あいよ」
  私の隣に彼女は座る。
  グリン・フィスは軽く舌打ちし、すぐ近くの壁際にもたれ掛った。彼の間合いの範囲内だ。
  重い。
  空気が非常に重い。
  「今更ですけどバザーの時はどうも」
  「ああ、お構いなく。ただのストレス発散だから」
  「賞金首でもあるとか?」
  「まあね」
  「つまり悪人ってこと?」
  「世の中そんなに単純じゃないのよね。NCRっていう国家体制が西海岸にはあるけど、あくまで俺様体制なわけ。逆らう者は敵ってね。法も領土全てに行き届いているわけではないし。
  結果として威光があるのがお金ってわけ。NCRにとって邪魔なものは賞金首って寸法」
  「……? つまり、悪人ですよね?」
  「体制下に置いてはね。あたしが言いたいのは、威光があるのがお金ってことなのよ。マフィアだって邪魔な奴を賞金首に出来るし、個人でも出来る。お金があればね。アタシの場合はアタシ
  自身に賞金を懸けているってわけ。NCRの法律では賞金首と賞金稼ぎの殺し合いは殺人に問われないのよ、どちらの場合でもね。法の欠陥ってやつ」
  「つまり、返り討ちにして遊んでる? NCRに賞金懸けられているわけではなく、自分で懸けているから、犯罪者でもない?」
  「そういうこと」
  意味不明な人だ。
  「そういえばここには賞金首を追ってきたとか。見つかりました?」
  「まだ。近くにいるはずなんだけど」
  「へぇ」

  「ああ、ここにいたのか」

  「ビリー・クリール?」
  「よう、ミスティ」
  眼帯の伊達男のご登場。
  メガトンの名士でありレギュレーター。
  「失礼、邪魔してもいいか? ミスティに話があるんだ」
  「お構いなくー」
  レッド・フォックスに断りを入れる。
  律儀な紳士だ。
  「どうしたの?」
  「ケリィって知ってるよな?」
  「ええ、それが? というか今更じゃない?」
  「だよな。ともかくケリィが市長の家にいる。呼んできて欲しいとさ」
  「市長の家?」
  「お前さんを訪ねに家に行ったら襲撃されてて、診療所にもいなかったからな」
  「ああ、それで市長に頼んで探してもらったってわけか。正確には市長に頼まれたビリーが、だけど」
  「そういうことだ」
  「何か話があるの?」
  「頼みたいことがあるそうだ。内容は知らんよ、あくまで探すのを頼まれただけなんだ」
  「ふぅん」
  そういえば大統領がいなくなったとか言ってたな、えっと、デーブとかいう共和国の大統領。
  サロンド乙姫にでも誘拐されたか?
  好色な人らしいし、好色といえば最近サロンド乙姫が連れまわしている人たちは好色らしいし。ワリーのオカマ化にも関係ありかも。
  「あっ」
  ワリーのこと忘れてたっ!
  誰にも言ってなかった。
  この間サロンド乙姫のトレーラーに飛び乗っていたこと。
  ……。
  ……い、いや、ほら、印刷機の運び込みとかアマタ達に感謝されて夜通し騒いでたりモイラにハグされたりとここ2日ほど忙しかったし、仕方ないって。
  「ゴ、ゴブ、ワリーってどうしてる?」
  「ん? ここのとこ見ないな」
  「そうね、見ないわね」
  失踪してるのにゴブにもノヴァ姉さんにも気付かれてないのか、あいつっ!
  ま、まあいいかー。
  「どうした、ミスティ?」
  「な、何でもない」
  「悪いが来てくれないか?」
  「分かった。グリン・フィス、行ける?」
  「御意」



  市長の家。
  わざわざ案内してもらうまでもなく、ビリー・クリールはマギーの朝ご飯の支度もあるらしく酒場で別れた。良いお父さんですな。
  居間に通され椅子に座る。
  席に付いたのは私、グリン・フィス、ケリィ、市長、それとドッグミートが伏せている。ワンコは可愛いですなぁ。
  まず市長が口を開く。
  「ミスティ、お前さんが捕まらなかったから、俺はあくまでこの場を提供しているだけだ。彼の依頼は知らないから、まあ、俺は気にしないでくれ」
  「分かった。印刷機の運び込みありがとう」
  「いいってことさ」
  スプリングベールとモイラ用の印刷機を共同体に運んでもらった次第です。
  BOS用はBOSに任せた。
  「早朝から悪いな、ミスティ、実はだな……」
  「タイムおっさん」
  「おじさんと呼べ、おじさんと」
  「おじいさん、ちょっと待って」
  「おじい……っ! クソっ!」
  今回彼はコンバットショットガンを背負い、腰には10oサブマシンガンを差している。昔に比べて武装が落ち着いてるな。まあ、前回の話では全財産を失った結果みたいだけど。
  「実はだな、ミスティ……」
  「ちょっとタイム。市長」
  「ん? 何だ?」
  「市長、もしかしてマッド・ジョニー・ウェスって知ってる?」
  「ああ、知ってるよ。レギュレーターのブラックリスト入りしている奴だがそれがどうした?」
  「始末した」
  知らずに働くミスティちゃん、実に素敵ですっ!
  それにこれで理論武装できるし願ったり叶ったりだ。悪党なら気に病む必要はないって寸法です。
  まあ、出会い頭に撃たれかけたから仕方ないんだけども。
  「ほほう? さすがだな、相変わらずの仕事の速さには感服するよ」
  「たまたまだけどね」
  どんな悪党かは知らないけどこれで少し気分が晴れた。
  いきなり押しかけた挙句に口論する間もなく殺し合いした、というのはいささか気が重かったし。
  さて。
  本題に入るとしよう。
  「それで、私に何か用なの、ケリィ」
  「手を貸して欲しい」
  「手を」
  それは分かってる。
  何だかんだで彼は強い、わざわざ私を呼びたしたんだ、何かしら手に余る案件があるのだろう。
  「デイブのことだ」
  「ダイエットすればいい」
  「デブじゃねぇってっ!」
  「で?」
  「クソっ!」
  途端に立ち上がりつつショックソードを引き抜きケリィの首筋に当てるグリン・フィス君。
  「主に対しての無礼、許せんな」
  「俺様が悪かったっ!」
  「あのな、場の提供はしたが騒ぐなら外でやれ外でっ!」
  市長の言い分はもっともです。
  グリン・フィスを座らせ、仕切り直しに。
  「で?」
  「デイブの行方を掴んだ、だが変な女どもがその場を占拠していてな、近付けない。あんな奴でも大統領だからな、小さな集落の親玉に過ぎないが昔馴染みの傭兵が大勢いるし共和国の
  兵士もいる、奪還の為にそいつらを動かそうと思えばできるが大勢で動けばデイブの身がやばい。ステルスで行きたい、少数精鋭でな」
  「ふむ」
  それで私たち、か。
  「ブッチはいるのか?」
  「あいにく外出中」
  「そうか」
  トンネルスネークにもオファーするつもりだったのか。
  その選択は間違っていない。
  「どうするの?」
  「手が足りなくはなるが……隠密で潜入するには俺らだけでもなんとかなるだろう、たぶんな。ミスティ、デイブ救出の依頼、受けてくれるか?」
  「いいわ、お世話になってるし」
  「すまん」
  「それで、どこなの?」
  「ボルト108だ」
  「ボルト108?」
  かつてゲイリーがいたクローンの研究をしていたボルトだ。
  あそこか。
  ……。
  ……クリスのことを思い出すから、あまり行きたくはないな、クリスチームと行動していた場所だ。だが、ケリィのおっさんには何度もお世話になっている。行くか。
  人手が足りないならカンタベリー・コモンズに寄り道して助っ人を頼むとしよう。
  メカニストかアンタゴナイザーにさ。
  「分かった、行きましょう」
  「助かるぜ」





  2日後。
  私たちはメガトンを出てカンタベリー・コモンズに到着した。
  人手を募るためだ。
  結局は無駄足だったけど。
  「Cronusっ!」
  能力発動。
  群がる人狩り師団のレイダーたちを蹴散らす。
  悲鳴を上げて敵は逃げだした。
  死体を残して。
  盛り上げないのかって?
  雑魚相手に行数使えるかってんだーっ!
  「丁度私たちが来てよかった」
  「ああ、確かに助かった」
  ドミニクが素直に頭を下げた。被害は軽微のようだ、相手の数からしたらちょっとヤバかったような気もする、私らが連中の後ろを突かなければさ。
  何だかんだでこの辺りは人狩り師団の攻撃範囲内らしい、本拠地不明だけどさ。全開鍵の絡みで襲撃されたけど、連中の勢力範囲に私が飛び込むことを知った上での攻撃
  であり、わざわざ私を追ってきたってわけではないようだ。私、グリン・フィス、ケリィのおっさんは街に協力、追い返した。
  今のところはね。
  あっ、ドッグミートもいます。
  和み系要員ですね。
  「すまない、コマンダー・ルージュ。手助けは出来そうもない」
  「いいわ、別に」
  メカニストが申し訳なさそうに頭を下げた。
  「自販機パラダイスはどうなったの?」
  「当然全て破壊した」
  「そうよね」
  「でも中身は回収したわ、らーめん缶っておいしいのね」
  「あー、それは羨ましい」
  「ふふ」
  カンタベリー・コモンズは警備隊が総力を挙げて死守中の模様。ロエ市長に雇われたらしいBBアーミーもこの場にいる、何だかんだで普通に警備会社として有能のようだ。
  BBアーミーの立ち位置が全く分からん。
  ともかく。
  ともかく私たちはたまたまとはいえ防衛に手を貸し、旅立った。
  向かう先はボルト108。





  カンタベリー・コモンズを北上し目的地に到着。
  目的地、ボルト108。
  クローン生産をしていたボルト。ゲイリーを排除し、その後は沈黙している……はずだった。無人のはずだった。だがそうではないらしい。ボルト108に通じる洞穴が見えてくる。
  「……またか」
  溜息。
  厄介そうな展開ですな。
  傭兵らしき集団が洞穴前に幾つも転がっていた。それとは別に地面にところどころに妙な透明な染みもある。
  染み、ね。
  何だろ。
  「主、この者は生きています」
  「おいマジかよっ!」
  ケリィのおっさんが叫び、生存者に近付いた。
  知り合いだろうか?
  他の者は絶命している。
  数は全部で12人。
  この辺りの辺境にしては多い人数だろう。
  「知り合い?」
  「デイブ共和国の兵士だっ! おい、どうした、しっかりしやがれっ!」
  「しょ、将軍……」
  ああ。
  そういえばおっさんはデイブ共和国の将軍だったっけ。
  エンクレイブ襲来の際に将軍なんてやってられるかとか言ってたけど、復帰にしたのかな?
  「待機しろと言ってただろうがっ!」
  「ボ、ボブが……」
  「ボブ? 何であいつが命令してんだよっ! というか俺が軍権持ってるんだろうがっ! 何であんな奴の命令聞いてやがるっ!」
  「は、反乱です」
  「何?」
  「デイブがいなくなったから、俺が……指導者だと……ボブ帝国を……」
  「ごっこ遊びしてる場合じゃねぇだろっ!」
  「……」
  「おいっ!」
  「落ち着け、死んでいる」
  「クソがっ!」
  肩を叩くグリン・フィスの手を跳ねのけた。
  相当頭に来てるな。
  「ボブって?」
  「デイブの長男だよ。クソ、親孝行なところ見せて部隊突入とか何考えてやがるっ!」
  「それ違うでしょ」
  「何?」
  「冷静になって。あんたなら、考えれば分かるはずよ」
  ケリィは頭が良い。
  ボルト101を脱走してから今まで生きているんだ、実力もあるし頭脳もある、冷静になるべきだ。
  「……まさか、あいつ親父を殺す気でか?」
  「いきなり帝国名乗って拉致場所と思わしきボルト108を攻撃したんだから、デイブって人を殺そうって企んでいるんじゃないの? 救出の為に国名変えるのはいささかおかしい。鼓舞にすらなってない」
  「……」
  「反乱って言ってたでしょ、今の人」
  「ああ、クソっ!」
  「しかし主、突入は失敗したのでしょうか? 救出にしろ、トドメにしろ」
  「さあね」
  それは中に入って確かめるしかない。
  私には共和国だろうが帝国だろうがどうでもいい。ここに来たのはあくまでケリィのおっさんの顔を立てる為だ。お家騒動なんてどうでもいいのだ。
  「ケリィ、どうする?」
  「中に入るさ」
  「決まりね。行くわよ、グリン・フィス」
  「御意」
  洞穴の中に入る。
  ボルト108は前回来た限りでは扉は生きていた。閉められていたらアウトだ。
  だけど……。

  「おい、女っ!」

  扉は開いている。
  ラッキーだ。
  ただ、妙な女が2人歩哨として立っていた。レオタード姿の、アサルトライフルを持った2人の女。靴はハイヒール。顔はほぼ同じで、髪型も栗色のポニーテイル。
  双子か?
  一瞬身構えそうになるけど相手はあくまで誰何しているだけ。
  今のところは。
  兵士には見えないな。
  レオタードにハイヒールだとー?
  戦闘舐めてんだろ。
  何者かは知らないけどいきなり攻撃は出来ない。
  相手の次の言葉を待つ。
  「マダムの娘にしては顔、形が我らとは違う気がするが……まあいい、通ってよしっ!」
  「はっ?」
  何なんだ、こいつら?
  マダム?
  マダムってあのレイダー連合の生き残りの奴か、もう死んでるけど。勝手にクスリで自滅したとか何とか。あー、そういえばデリンジャーを死ぬ前に差し向けたとか?
  眉唾物ですけどね。
  デリンジャーはプロだ、手下の話ではホストのような振る舞いだったらしい。偽物か?
  かもね。
  とりあえずこいつらは私たちを通してくれるらしい、外の死体はいきなり攻撃し掛けて来たから排除されたかもだし、誘拐もあくまで仮定に過ぎない。
  喧嘩しないでいいならそうしよう。
  今のところは。
  通り過ぎようとすると……。
  「おい、女っ!」
  「何?」
  「その変な生き物は何だっ!」
  「えっ? キモいデブだけど?」
  「お前何いきなり俺様のことをディスってやがるんだよ殺すぞクソっ!」
  うるさい中年ですね。
  ドッグミートのことなんだろうけど犬を知らないのか?
  「えっ? その、犬だけど?」
  「何っ! 犬っ! そうか、これが犬か、うーむっ!」
  変なの。
  私たちはボルト108に入る。
  前回ここには来ているからマッピングは出来ている、PIPBOYが記憶している。でも変な場所は特になかったよなー。
  ボルト内を歩く私たち。
  中にいるのはレオタード姿の女たち。ただ、歩哨はアサルトライフルだったけど内部にいるのは10oピストルと武装は軽装だ。服装はどいつも軽装だけどさ。
  何者だろう?
  ゲイリーの件で来てないならボルトの住人だと思うだろうけど、一度来ているからそうとは思えない。
  歩きながらちらりと一室を見る。

  「おらおらもっと働くんだっ! もっとだっ!」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ! ここの女たちは人間じゃねぇっ! 鬼だ、悪魔だっ!」

  3人ほどの女がぼろきれの様な服を着た男を鞭で打っていた。
  何なんだ、ここ。
  えっ、そういう店なのか?
  ご褒美?
  あれはご褒美なのか?
  よく分からん。
  しばらく歩くとケリィが止まった。
  「どうしたの?」
  「あれ見ろ」
  「あれ」
  確かここは医務室だ。
  扉が少し開いているので中を覗く。スーツの禿男と……PIPBOYをしたワリーがいた。何やってんだ、あいつ。
  「見ろ」
  「見た。ワリーね」
  「いや、そうじゃなくてもう1人の方だ」
  「……?」
  誰だ。
  「ああ、顔を知らないのか。あれがDr.ホフだ」
  「へー」
  カンタベリー・コモンズのキャラバン隊の1人か。医療専門の商人。Drと名乗っているんだから自身も医者と見るべきか。
  医者は何やら作業している。
  薬の調合かな。
  ワリーは……うん変な女にハイヒールでグリグリ踏まれてる。
  何やってんだあいつ。
  「グリン・フィス」
  「御意」
  頷き、彼は部屋に中に入った。
  敵は静かに片付けるべきだ。
  Dr.ホフのキャラバン隊の護衛は死んでいた、Dr.ホフはここにいる、どう考えてもキャラバン隊襲撃はここの奴ら、敵認定でもいいだろう。
  音もなくグリン・フィスは女に近付いて一刀両断。
  よし。
  倒し……えっ?

  しゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。

  煙を立てて女の死体は解け、その場には透明の液体が残る。
  何だこれ?
  何者なんだ、こいつら?
  分かったのは外の透明なわだかまりはここの女たちの死体ってことだ。
  少なくとも人間ではない。
  周囲を見渡し、誰もいないことを確認して私たちは素早く扉の中に入って扉を閉める。危うくドッグミートの尻尾を挟むところだった、危ない危ない。
  「ワリー」
  「た、助かったわぁん」
  「……」
  オカマ化は相変わらずか。
  だけどサロンド乙姫に乗り込んだこいつがここにいるということは、サロンド乙姫もここの関係者なのか?
  あー、何が何だか分からない。
  ワリーは私にしがみ付いて捲くし立てる。
  キモイです。
  「神は最初の人間としてマダムを創りたもうた。マダムは自分一人で身籠り、やがてイヴをお産みになった。これがマダムとイヴの所以である。ここの女たちは、皆そういう神話を信じてい
  るようよぉ。……でもそれって変だよねっ! 間違ってるよっ! ねぇっ!」
  「ああ、はいはい」
  グリン・フィスに引き剥がしてもらう。
  私はDr.ホフに一礼。
  初対面。
  「初めまして、ミスティです」
  「ああ、君が。ウルフギャングからよく聞いている。助けに来てくれたのか、ありがたい。ケリィ、君にも感謝する」
  顔馴染のようだ。
  そりゃそうか。
  彼はかなり顔が広いしね。
  「Dr.ホフ、こんなところで何してるんだ?
  「私はここでオイホロトキシンを使ってオイホロカプセルを作らされている」
  どこかで聞いたな。
  無敵病院か、そうだ、そこで聞いたんだ。スティムにも使われている、鎮痛成分のある物質だ。
  何だか知らないけどそれを作る為に生かされて捕まったってことか。
  たまたまその能力をあることを知って生かしたのか、最初から知った上でさらったかは分からないけど。
  「オイホロカプセルを飲めば人はどんな痛みからも解放される。ここの女たちは鞭とオイホロカプセルで、奴隷たちを思い通りに操っているのです」
  「ここの女って何なの?」
  「クローンですよ」
  「クローン?」
  ゲイリーみたいなものか。
  誰が元になっているのか……あー、マダムか、あいつが死ぬ前にクローンを作ってたのか?
  何か時系列がおかしい気もする。
  まあいいか。
  「解けたけど、あいつら」
  ゲイリーにはなかった現象だ。
  「肉体の構成が不安定なのです。私は連中にとってよほど使い勝手が良いからかは知りませんけどね、資料も見せてもらいましたよ」
  「不安定、ね」
  「それだけではなく連中の一部は死が連動している」
  「どういうこと?」
  「極たまに、らしいんだがクローン人間にもシャム双生児みたいな双子が出来るらしい。何でもL型とかD型とか言ってね。細胞を構成するたんぱく質の分子構造が鏡に映したように反対に
  なっているとか。反対の分子構造を持つクローンは細胞そのものが不安定で、双子の内の片方が死ぬともう片方が連鎖反応で崩れてしまうようです」
  「ふぅん」
  「主、どういうことですか?」
  「双子の片割れを殺すともう片方も死ぬってこと。それって見た目は関係……ないわよね?」
  「ないですね。あくまでそういう細胞を持ちあった者たちだけです」
  「なるほど」
  だけどおかしい話ではある。
  マダムにそんな技術があるとは思えない。
  ただのレイダーだぞ?
  それも元々はレイダー連合に提供する娼婦を統括しているだけの奴だ。そんな技術があるのか?
  分からんなー。

  「何だ、貴様、マダムの娘ではないなっ!」

  激しい銃声が響く。
  「しまった、咄嗟に反応しちまった」
  コンバットショットガンで女をバラバラにするケリィ。銃声が結構響いたかな?
  これで少し騒がしくなるかな。

  ブーブーブー。

  サイレンが鳴ってます、警戒態勢っすな。
  やれやれ。
  「ケリィ」
  「す、すまん」
  「別にいい。頼りにしてるわ」
  「ああ、任せろっ!」
  「ちょっとぉん。こっちはどうするのよぉんっ!」
  「大丈夫でしょ」
  余計なことをしない限りは。
  Dr.ホフは厚遇されてた。
  まあ、拉致されて厚遇っていうのはおかしなことだけど、余計なことをしない限りは殺されないだろ。尋問されてもいきなりやって来た私らの所為にすればいいわけだし。
  「ホフ、ドッグミートを預かってくれねーか?」
  「構わんよ。だが、大丈夫かね?」
  「歩哨は犬を敵視していなかった、むしろもの珍しそうに見ていた。大丈夫だ。それに、いざとなればそいつがお前らを護ってくれるさ」
  ドッグミートを預けることに決定。
  よし、行くか。
  廊下に出る。
  周囲には……あー、いた、私達が来た方向から2人来る。
  外の歩哨か?
  顔が同じだからよく分からん。どちらもアサルトライフル持ちだからその可能性は高い。
  まあいい。

  バリバリバリ。

  アサルトライフルで掃射。
  撃破っ!
  ふむ、今の私なら能力使わなくてもかなりの精度で当てることが出来る。成長したもんだ。敵は侵入者を知っている、今更自重する意味もない。
  デイブを始めとする人質たちが危ない?
  それはある。
  それはあるけど、もう既に敵にはばれているんだ、だったらある程度は数を減らしておきたい。
  もちろん慎重を期するときはそうするけどさ。

  「何だ今のはっ!」
  「こっちだっ!」
  「部隊を急行させろっ!」

  やれやれ。
  お祭り騒ぎ状態になってしまった。
  新たに現われた3人を迎え撃つ。グリン・フィスが45オートピストルを引き抜いて発砲、良い腕だ、1人の頭に命中。直後隣の奴が解けて消えた。
  これでDr.ホフが言っていた現象か。
  もう1人は私が射殺。
  だけど騒ぎは収まらない、まだ来るか。
  付き合いきれない。
  移動だ。
  「行くわよ」
  「おう」
  「御意」
  敵に遭遇したら戦い、時にはやり過ごし、私たちは進む。
  レイダーよりは統率があるから纏まると強いけど、少なくとも今のところ全員がレオタードしか身に着けていないので防御力は皆無。
  勝てない相手ではない。
  それに死んだら解けるという特性もなかなか都合が良い、死んだ振りが出来ないわけだから不意打ちに怯える必要がないのはいいことだ。
  「主、次はどちらに?」
  「そこの扉」
  「御意」
  グリン・フィスが蹴破る。
  中には女たちがいた。

  「あなたたちは何なんですか? 我々は女です」
  「私たちは作っている。男性ホルモンからマッチョエキスを」
  「それらは捨てられるべきです。それらは合成に失敗したところのマッチョエキスです」
  「私達は働いています。私達の仕事は献上すべき物の検査です」

  ……?
  女たちがその部屋にいる、今までと同じ顔、同じレオタード、だけど武器は持ってない。
  ベルトコンベアから流れてくる瓶詰の何かを検査し、木箱に詰めて、時にバツ印を付けてその場に転がしている。
  作業部屋?
  マッチョエキスってどこかで……。
  「主、確か……」
  「無敵病院か」
  あそこにいたマッチョの兄貴もそんなことを言っていてた。
  それを摂取した瞬間、体が倍加した。
  ワリーたちをさらったのはそういうことなのか?
  何だか分からない物質を体から抜き取られてああなってているのか、そしてその物質からマッチョエキスとやらを精製しているのか?
  マダムがどう関係していたんだ?
  ダメだ。繋がらない。
  たかだかレイダーの女ごときにこんな大がかりなことが出来るとは思えない。
  「醜い者どもよ、死にたくなければ立ち去るのだっ!」
  ああ。
  完全に作業員クローンだけではないのか。
  10oピストルを手にした女が現れる。
  数は5人。
  奥に扉がある、ここを通り抜けるとしよう。攻撃型がわざわざ作業場に配置されているんだ、奥には何か重要な物か、重要な施設に通じているはずだ。
  「押し通るっ!」
  「ふん。不細工な上に愚かとは救いようがない奴らだっ! 我々が今、楽にしてやろうっ!」
  「Cronusっ!」
  時間停止。
  反撃も考慮するとここは時間停止でしょ、敵すべてに攻撃。そして時間解除。
  「つっ」
  2回目の能力は頭が痛い。
  作業員の3人ほども双子型らしく連鎖して解けるけど周りは特に反応がない。
  「馬鹿なっ! 我々がこんな醜い奴らに敗れようとは……っ!」
  おや。
  1人外した。
  ダメだ、能力は使えば使うほど精度が落ちる。グリン・フィスが背を向けて逃げようとした女を追撃、後ろから両断した。
  これで敵はいなくなった。
  ケリィが扉を破壊、開く。
  そこには大勢の、数十人の男たちが囚われていた。こちらを怪訝そうに見ているが、年長者の老人が口を開いた。
  「あんたらもここの女たちに奴隷にされたんかい?」
  「違うわ」
  奴隷、ね。
  囚われた男たちってわけだ。ただ年配者もいるから全員が全員サロンド乙姫絡みではないのかもしれない。
  「気を付けなされっ! ここの女たちは女であって女ではないっ!」
  「女では、ない?」
  「マダムという女の細胞からクローン増殖された、人造人間なのじゃっ!」
  なるほど。
  Dr.ホフの裏付け感謝です。
  「デイブって人いる?」
  「デイブ?」
  「黒人のエロ野郎だ」
  ケリィの補足。
  だけど全員首を傾げるだけだ。
  「あなたたちはどこの出身なの?」
  「かつてはユニオンテンプルが保有していた雑居ビルで暮らしておった。グールズと呼ばれておる」
  「ああ」
  前に聞いたな、窃盗団か。
  難民とも言う。
  まあ、だからと言って窃盗をしていいという理由にはならないけど。
  そこから連れてこられたのか。
  1人の男が叫ぶ。
  「初めてシャワー室の掃除を命令された時は鼻血ブーだったけどもよ、今じゃ何見てもハナクソも出ねーや」
  知らんがな。
  女たちが持っていた銃を渡した。全員分はないけど身は護れるだろ。
  さて、残りの作業女はどうしたもんか。
  考えているとケリィが容赦なく射殺、解けていく。
  ……。
  ……まあ、いいか。
  どちらにしても攻撃用の女たちは私たちを見つけて攻撃してくるだろう、倒したら結果としてここの奴らも連鎖して解ける奴もいる、解けないのもいるだろうけど、残しておいて気持ちが良いものではない。
  人の形はしているけど、人ではない。
  少なくともここの運営用のピースでしかない。

  ワンっ!

  犬が元気よく吼えて部屋に入って来る。
  ドッグミートだ。
  ケリィに体当たりし、顔を踏みつけて私にじゃれてくる。
  「可愛いなぁ。ケリィ、躾が良い犬ね」
  「どこがだ、どこがっ!」
  後に続くのはDr.ホフ。
  ん?
  「ワリーは?」
  「彼は何か金目の物がないかと言ってどこかに」
  「アホか、あいつ」
  「だがホフ、お前は何だってここにいる? ドッグミートと一緒に残ってろと言っただろ。何だ、こいつが散歩しろと駄々捏ねたのか?」
  「そうではないよケリィ。女たちが犬を攻撃しようとし、犬が女数人の喉元を食い千切ってね、あそこにいれなくなった」
  喉元食い千切った?
  銃持った数人を?
  やだ何それ怖い。
  だけど丁度いいところに来たものだ。
  「Dr.ホフ、マッチョエキスって知ってる?」
  ふざけた名前だと思うけど。
  「ああ、あの合成物か」
  「何なの?」
  「男性ホルモン、プロテイン、オイホロトキシンを合成した代物だよ。他にもまだ何か入っているのだろうが、私はそこまでしか知らない」
  「男性ホルモン?」
  「どう抽出しているのかは知らん、ワリーとかいうオカマもその犠牲者だ」
  「ああ」
  それでホルモンバランスおかしくなってああなっていのか。
  でもどう抽出するのだろう?
  そしてあんな風になるものなのか?
  だけど、これでサロンド乙姫の役割が分かった。男性ホルモン過多な奴を探してはさらって抽出、使い物にならなくなったら捨ててるのだろう。ワリーは舞い戻ったけども。多分エロ目的で。
  「使ったらどうなるの?」
  「無理だ、人では分解出来ない成分があった。多分人では効果がない」
  「ふぅん」
  でも人ではなかったら?
  無敵病院のハゲ兄貴はマッチョエキス飲んだら戸愚呂弟みたく筋肉倍加した。となるとあれは人ではないのか?
  まあ、鼻から上がメタリックになってたし、人間辞めてるんだろうけどさ。
  ここがあのデタラメな飲み物の製造場所らしい。
  となるとあいつもいるのか?
  いたら嫌だなぁ。
  「それでー、オカマになった奴らは戻るの?」
  「戻るはずだ。男性ホルモンのバランスが正常になれば勝手に戻る……と思う。戻らないとやばいか?」
  考える。
  「やばくないけど、うざい」
  「……確かに……」
  相当うざかったようだ、ワリー。
  私は彼らにここにいるように言い、私、グリン・フィス、ケリィの3人でボルト108の深部へと向かう。
  明確なボスがいるはずだ。
  そいつを倒す。
  それにまだデイブが見つかっていない。
  ここにいない可能性もある、ケリィたちの調べが間違っていたということもあるんだろうけど、わざわざボブ皇帝陛下が元指導者始末しに部隊を送り込むぐらいだから、ここにいるという確率は高いのだろう。
  進む。
  進む。
  進む。
  その間、女たちが私たちの行く手を阻む。
  正確には女のような存在、だ。
  人間ですらない。
  少なくともゲイリーは肉体が安定していた、ここの女たちは死ねばすべて解けていく。人間というカテゴリーではないだろう。
  扉に行き当たった。
  女が立っている。
  1人。
  「ほーっほほほっ! あなたたちはイヴには会えない、私を倒さない限りっ!」
  イヴ?
  それがここのボスの名前?
  ……。
  ……ああ、マダムとイヴか。
  ここの連中が信じている創世神話ね。となるとイヴは一番最初のクローン、ということになる。マダムが独力で妊娠して生んだとかいう伝説だから、クローンなんだろう。
  グリン・フィスが腰を沈める。
  女は鞭を片手に叫んだ。
  「倒せるかしら? 醜いあなたたちが、美しいこの私をっ!」
  「なかなか出来る。お相手願う」
  睨み合う。
  と言っても2人が邪魔だから私たちはそれを見守るしかない。任せた先に行くわー、は出来ない。
  もっとも……。
  「我々のお相手も願うわ、虫けらども」
  5人、私たちの後ろに現れる。武器を手に向き直る。
  各々10oピストルをこちらに向けている。
  貧弱な武装だ。
  だが銃は銃だ、当たれば死ぬ。
  「降伏するなら男は奴隷にしてやる、女は美白クリームの材料にしてやる。どうする?」
  美白クリーム、ね。
  女が原材料の?
  例え貰っても私は絶対に使いたくないです。っていうか私死ぬんじゃね?
  その条件で誰が降伏するか。
  「ケリィ、奴隷にしてくれるって。ご褒美じゃん」
  「はっ、寝言は寝てから言えって。俺様はどちらかといえば純愛派なんだよ」
  「あら意外」
  「ふん、お前ら正気でやる気?」
  「やってやろうじゃん」
  瞬間、相手の銃が火を噴く。距離が近いとはいえ単発だ、視界に入る限りはスロー、かわすのは訳がない。かわしつつアサルトライフルを連射。ケリィのおっさんも只者ではない、戦闘開始と
  同時に壁に体を押し付けるように身をひるがえしコンバットショットガン撃つ。グリン・フィスたちも銃声を合図に動く。勝負は全て一瞬だった。
  「馬鹿なっ! 私たちがこんな醜い奴らに敗れようとは……っ!」
  転がる5つの死体。
  「良い勝負だった」
  転がる1つの首と1つの首なし死体。
  全ては解けていく。
  撃破っ!
  これで邪魔者はいなくなった。
  扉を開く。

  「ハッ! ハッ! ハッ!」

  そこは監督官の部屋。監督官がふんぞり返る為の机と椅子がある。規格はボルト101と同じようだ。机の上に何か小瓶が置いてあるのに気付く。
  そこで女が1人、シャドウボクシングをしている。
  短い白い髪の女。
  他の女たちと同じくレオタードとハイヒールだが、こいつは肩当てがある。
  明らかに立場が違う。
  監督官の部屋にいるし、ボスで決定(投げやり)
  「デイブっ!」
  天井からローブで吊るされている男がいる、黒人。サンドバックにされていたのか視線が虚ろだ。ケリィの呼びかけにも反応しない。
  女がこちらを見た。
  「んー?」
  こちらに気付く。
  銃声に……ああ、そうか、ボルト101の監督官の部屋は防音だった、ここボルト108の監督官の部屋の同じ構造なのだろう。
  イヴとかいう奴だろうか?
  「ここまで来たってことはあんたたちっ! 私の可愛い妹たちをやっつけあそばしたわねっ!」
  「あなたがイヴ?」
  「ふーっ! ふしゅるるるるっ!」
  敵対的だ。
  私とケリィは銃を構える。相手は無手、何も帯びていない。
  肉弾戦するつもりか?
  銃を相手に?
  正気とは思えない。
  「だけど偉大なる我らが母であるマダム自身を倒さない限り、私達は幾らでも創れてよっ! ほーっほっほっほっ!」
  やはりクローンなのか。
  そして知らないらしい。
  「マダムは死んだわ」
  「……何?」
  「死んだ」
  「きぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
  いきなり飛び掛かってくる。
  早いっ!
  私たちはその場から飛び退いた。イヴもまた後ろに大きく飛び退く。
  「そんな嘘をっ!」
  「嘘ではないわ」
  「ふん、愚かな。そんなハッタリを言ってしまった己の愚かさを呪うがいいっ! これで生き残る術がなくなったのだからねっ!」
  机の上の小瓶を掴み、それを一気にあおった。
  ……。
  ……あれ、この展開どこかで……。
  「マッチョエキースっ!」
  ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああやばいーっ!
  無敵病院の奴と同じだーっ!
  筋肉が肥大化、イヴは筋肉ダルマとなる。
  「はっはぁーっ!」
  「ぐはぁっ!」
  ケリィのおっさんが吹っ飛ばされる。
  えっと、見えなかった。
  イヴは私のすぐ横に立っている。
  あれ、これヤバい……。
  「主っ!」
  「ほほうっ!」
  すぐさま反応し、グリン・フィスは斬り込む。しかしイヴはその動きを後退しつつ、紙一重で回避している。
  こいつ見えてるのか、斬撃を。
  「ぬるいぬるい、はぁーっ!」
  「……っ!」
  掌底をまともに腹に受けるグリン・フィス。屈しなかったものの威力は殺せていない、数歩後ずさりをした。
  殺せる場面で殺さなかった、ケリィにしてもだ。
  遊んでるのか?
  余裕ってやつですか?
  くそ、舐めやがってっ!
  アサルトライフルを捨てミスティックマグナム2丁を引き抜く。
  「食らえーっ!」

  ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。

  12連発っ!
  「ハッ! ハッ! ハーッ!」
  「マジかっ!」
  こいつ全部避けてやがるっ!
  44マグナムを無敵病院の巨人は耐えた、だからそれの上を行くミスティックマグナムを叩き込もうと思ったけど……まさか回避するとは……っ!
  「そうか叔父上の言ってたのはお前のことか、お前が赤毛の冒険者か、だが無駄なこと。ここで死ねぃっ! 台風チョップっ!」
  両手から繰り出されるチョップ。
  その異常な速度から2つ以上に見える、複数のチョップが降り注ぎ……。
  「Cronusっ!」
  時間を止めて私は急いで後退。
  解除っ!

  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!

  直撃した床が抉れ、衝撃波で私は壁に叩きつけられる。
  「がはぁっ!」
  血反吐。
  時間を止めて攻撃は、まだ疲れない。2回目から偏頭痛がするけど。
  時間を止めて移動だと凄い勢いで消耗する。
  例えば、デリンジャー相手にそれを使って、相手の近くにまで移動し眉間に銃を突き付けて発砲すれば確実に勝てる……のだけどその動作の最中におそらく能力は解除される。消耗が激し
  過ぎるのだ、たぶん最中で解除、身動きできなくなった私にカウンターが来て、私が死ぬ。だからあまり今のような使い方はしたくなかった。
  「はあはあ」
  頭が痛い。
  頭が……。
  「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  両手で頭を押さえて転がる。
  無様だけど仕方がない。
  イヴが嘲る。
  「おやおや勝手に苦しそうで勝手に死にそうね。気に入らないな、私も混ぜて貰おうかしら」
  「斬っ!」
  「ふん」
  抜刀したグリン・フィスが斬り込む。
  だがイヴには通じない。
  ドーピング前の状態なら私らでも対抗出来たんだろうけど今のイヴは敵なしだ。だけど常時この状態でないのだから、マッスル状態でいられるリミットとやらがあるはずだ。
  それが見極めれば、あるいは……。
  「ケリィ」
  「……つっ……」
  死んではないが動けないようだ。
  私も動けない。
  敵はグリン・フィスを翻弄していた。
  何て奴だ。
  「ほら、頭、足っ! お次は腕だよっ! ……うーそ、腹でしたっ!」
  「くぅっ!」
  的確に相手はグリン・フィスの体に攻撃をヒットしていく。
  グリン・フィスは弱い?
  いや。
  強い。だが相手も強いし、何より相性が悪い。展開はイヴの間合いで進行していく、グリンめフィスにとっては近過ぎる間合いだ。剣を振るうには近過ぎる。
  「そろそろ終わらせてやるよっ! 台風……っ!」
  「ちっ」
  「待ちなよ」

  ガッ。

  飛び退こうとするグリン・フィスの髪を掴み、イヴはそのまま右手でパンチを叩き込んだ。その瞬間、手を放す。
  グリン・フィスは仰け反りながら後ろに吹き飛ぶ。
  「あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ! いい様だ、終わりにしてやるよ、台風……っ!」
  「死ね」
  響く銃声。
  イヴは勝ち誇った顔のまま、前のめりになってその場に倒れた。
  私は見た、彼女の額に穴が開いていたのを。
  吹き飛ばされた瞬間に眉間を撃ち抜いたってわけか。
  「はあはあ」
  肩で荒く息をしながらグリン・フィスは銃を下した。
  柔軟な戦い方だと思う。
  それに命中率も悪くない。あの状況で銃を抜き、相手の額に銃弾を叩き込むなんて芸当素人では無理だ。銃の腕前が上がりましたなぁ。
  「ナイス、グリン・フィス」
  「ありがとうございます。主、お加減は?」
  「平気よ、助かった」
  「有り難きお言葉」
  イヴは死んでいる。
  そう、死んでいるのだ。

  しゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。

  彼女もまた他のクローン同様に崩れていく。
  そして数秒で消失した。
  以前ここにいたゲイリーと違い生死の判別が分かり易いのはいいことだ。
  「ケリィ、大丈夫?」
  「あ、ああ」
  腰を打ったようだ。
  仕切りに腰を摩っている。痛そうですなー。
  「何だったんだろうな、ここの奴らは」
  「そうね」
  謎だ。
  マダムは死んでいるしイヴも今死んだ。
  そして強過ぎた。
  叔父上というのは無敵病院の奴のことだろう、何者なんだ?
  結局全容は何も見えないままで今回の件は終わったのかもしれない。ああ、いや、無敵病院の奴がまだ生きているんだ、解決してないと言えばまだしていない。
  無関係?
  それはないだろ。
  マッチョエキスなんてネーミングセンス皆無な代物を全く無関係な奴らが使うか?
  ありえない。

  「さっさと解放しろ、死刑だぞっ!」

  宙吊りの男が叫んでる。正気に戻ったらしい。今まで死んだ振りしておきながら大層な威張りようだ。
  デイブとかいう奴だ。
  尊大な男。
  このまま放置してやろうか?
  まったく。
  ケリィが頷くので、解き放つ。とりあえず当人で間違いないようだ。まあ、別に偽者だろうがと当人だろうが私はどうでもいいんだけど。私にも共同体にも別に影響はないし。
  「主」
  「ん?」
  「まだ残党がいるかもしれません。自分が始末してまいります」
  「私も……」
  「大丈夫です」
  「じゃあ、任した」
  「御意」
  彼なりの気遣いだろう、退室する彼の優しさを感じる。
  お言葉に甘えて楽させてもらおう。
  「デイブ、大丈夫か?」
  「くそくそくそくそくそっ! 大統領である俺に……っ!」
  「……相変わらずか」
  なーんでこんな奴の友達やってんだか。
  「はあはあ、ケリィ、感謝するぞ」
  「あまり言いたくはないがこのまま帰ると面倒そうなので伝えておく」
  「何だ? 何が面倒なのだ? 俺は誰を死刑にすればいいんだ?」
  死刑にしか興味ないのかお前は。
  えっ?
  こいつ助けちゃいけない奴じゃね?
  「ボブが反乱した、ボブ帝国だそうだ」
  「なーにぃーっ! やっちまったなぁーっ!」
  ネタキャラ?
  ネタキャラなのか、こいつ。
  確かに何も知らずに反乱された自分の国に帰れば殺してくださいと言っているようなものだからな、ケリィの告白は正しいんだけど……やばい、デイブがマジなのかアホなのか分からん。
  マジでアホ、あー、それだっ!
  とりあえずここに留まる理由はない。
  私たちはボルト108を出る。
  Dr.ホフはお礼を言いカンタベリー・コモンズに帰り、奴隷にされてた窃盗団の面々は旧ユニオンテンプル本部後の雑居ビルに戻って行った。
  「主、完了しました」
  「ご苦労様」
  グリン・フィスが残党を排除済み。
  ここには未だクローン設備があるっぽいのでBOSに委ねるとしよう。
  自分で探索しないのかって?
  何か勝手に自分のクローンが出てきて騒動になるという展開が脳裏に浮かんだので探索強制終了。
  そしてデイブとはというと……。
  「死刑だ、死刑っ! このままでは済まさんぞ、ボブめっ! 共和国軍をウェイストランドで再建し、国に舞い戻って帝国の喉元に食い付いてやるっ!」
  そう叫びながらデイブという男はスタスタと歩き去った。こちらに対して何のお礼も言わずに。
  別にお礼の為にやっているわけではない、わけではないが……。
  「主」
  「言いたいことは分かるし私もそう思うけど、何もしちゃ駄目」
  「御意」
  あいつぶん殴りてぇーっ!
  だけどやってお終いと言ったら最後グリン・フィスは加減出来そうもないしなぁ。
  イライラ。
  がるるーっ!
  言ってることも完全に中二病だしなー。
  「悪いな、ミスティ。すまん」
  「いいわ、別に」
  ケリィが謝ることじゃないし。
  「それで、どうするの?」
  「何がよ?」
  「反乱よ、反乱」
  「……ああ、その話か」
  「そう」
  ボブ帝国にデイブ共和国、同じ集落に2つの勢力。
  当人たちは真面目に敵対しているんだろうけど私からしたらただの親子喧嘩にしか思えない。
  「仲裁するさ」
  「へー」
  「何だよ」
  「放っておけば?」
  「そうも思うがな、シャウナ、俺の彼女なんだが……あいつが悲しむからな、親父と兄貴が喧嘩するとよ」
  「彼女いたんだ」
  「ああ」
  「……妄想か、末期だな」
  「聞こえてんだよクソがっ!」
  ともかく。
  ともかくこれが今回のことは解決。
  結局イヴが何者だったのか、マダムってただのレイダーではなかったのか等色々と面倒なことが残ったけど、まあよしとします。イヴもマダムも死人だからだ。
  死人なわけだからこれ以上迷惑かけてこないだろ。
  例え死んでても祟ってくる?
  ……あー、祟ってきそうかもー……。
  おおぅ。
  「反乱って大事じゃない?」
  「そうでもないさ、あくまで集落のいざこざだからな。大した規模じゃないんだよ。それに繰り返されていることだ」
  「繰り返されていること?」
  「昔はトム王国だったんだよ、デイブの親父が治めてた。それを反乱してデイブ共和国とし、今またボブ帝国になったってだけだ」
  「つまり性質の悪い親子喧嘩?」
  「みたいなものだ」
  「私は関わりたくないし疲れた。じゃあケリィ、私らは帰るわ」
  「おう、ありがとな、色々とよ。ドッグミート、お別れの挨拶だ」
  「ワンっ!」
  「あはは。良い子。さて、グリン・フィス、行くわよ」
  「御意」


  Dr.ホフ、救出。
  デイブ、不本意ながら救出。
  囚われていたグールズの難民たち、開放。
  ボルト108、再び沈黙。










  無人となったボルト108。
  探索する者がいる。
  PIPBOYをしたボルト101の住人ウォーリー・マック、通称ワリー。何か金目の物はないかと彷徨っている。
  「何かないかしらぁん」
  それが。
  それが次の騒動の発端となる。