私は天使なんかじゃない
破られた均衡
均衡は崩れた。
だがそれは、この地に住む者たちにとって必要な選択。
キャピタル・ウェイストランドに流れる陽気な声。
DJはお馴染み……。
『いやっほぉーっ！ スリードックだっ！』
『こちらはキャピタル・ウェイストランド解放放送、ギャラクシーニュースラジオだっ！』
『本日は要塞のエルダーリオンズからありがたーいお話があるそうだ。ラジオの前の皆、謹聴しようじゃないか。……可愛い子ちゃんと一緒に酒でも飲みながらなっ！』
『キャピタル・ウェイストランドの皆さん、BOSを統括しているエルダー・リオンズです。今回は皆さんに重大なお話があります』
『まずこの話は、赤毛の冒険者による提言が元になっていることを承知していただきたい』
『我々はBOSは西海岸からやってきました』
『BOSの使命、それは旧世紀の遺産を次世代へと繋ぐこと。人間の作り方は誰で持っているが、レーザーライフルの作り方は語り継がなければ消えてしまう。文明の火が放射能の灰の中で
消えてしまわないように集め、保存し、語り継ぐ、それが我々の規範。それはコーデックスと呼ばれる規範に記されている。その通りに我々は動いて来ました』
『この中にピットの人間はいるでしょうか？』
『ビッツバークで我々はミュータントを掃討し、遺産を奪った。天罰と呼ばれる事件です』
『そこにいた住人は自我を失いワイルドマンと化し、トロッグと呼ばれる異形に変異していました。そしてその掃討の中で、一般の、普通の人間も殺めてしまった』
『それはBOSの罪であり、BOSの認識であり、我々はその通りに動いていた』
『何の躊躇いもなく』
『キャピタル・ウェイストランドに来てもその傾向は消えることはなかった』
『だが本部から離れれば離れるほど我々には自由意志、自分で考えることが増えてきた。当然なことだ、本部とは離れ過ぎており、補給はなく、我々は独立せねばならなかったからだ』
『そして我々は確信する』
『BOSの持つ遺産は蓄えるものではなく、使うことなのだと』
『リオンズは地元の英雄になりたがった、だからBOSの規範を裏切ったのだと、分派しOCとなった者たちはそう言った』
『それは正しいのか？』
『実に正しい』
『スーパーミュータント掃討を掲げ、地域保護を目的としつつも、我々には主体性が今だ欠けていた』
『地元の英雄になりたがった、それは間違いではなかった』
『そう。結局名声だけが欲しかったのだと今では確信している。何故なら我々は独力で何とかしようとしていた、我々だけが救えると思いあがっていた』
『それが我々の傲慢なのです』
『本当なら我々は滅んでいたはずだ』
『レギュレーターも、各街々も、決して抵抗できなかったはずだ。抗うだけの力がなかったはずだ、エンクレイブに対して』
『おそらく各個撃破され、この地は支配されていただろう』
『だがそうならなかった』
『土壇場で我々は踏み止まれた、本来手を結ばないはずの勢力が手を結び、エンクレイブを追い返した。あの圧倒的な軍勢を我々は追い返した』
『何故だ？』
『勝利は奇跡でもなければ偶然でもなかった』
『それは赤毛の冒険者のお蔭だ』
『確かに様々な偶然が結び付き、奇跡的な纏まりになった。だが全ては赤毛の冒険者の行動が結び付けた、縁だった。その瞬間我々は1つとなったのだ』
『エンクレイブは追い返されたが、連中は未だにキャピタル付近に展開している』
『アダムス空軍基地、衛星中継ステーション』
『その場所にエンクレイブがいる、分裂したエンクレイブが』
『調査の結果現在連中は分裂し主導権争いをしているようだ。双方未だ動かずだが、次第にキャピタル入りしつつある。そう、ここは連中の覇権争いの主戦場に定められている。ふざけたことだ』
『エンクレイブは強大だ。分裂したとはいえその戦力は油断できない。むしろ我々を越えている』
『ならば我々はどうする？』
『連中に白旗を上げる？ それともどちらかに加担する？ 自由という従属を保証してもらって？ いや、違う』
『纏まるべきだ。今以上に』
『だが諸君は正直な話、BOS主導を面白く思っていないはずだ。それは、分かっている』
『ここに、今手元に独立宣言書がある』
『赤毛の冒険者が持ち込んだものだ。かつてアメリカは独立宣言をし、この地を、アメリカとし、自由国家とした』
『これは彼女の提案である』
『そして我々BOS、レギュレーター、メガトン共同体、有志の傭兵連合団との協議の結果、その提案を検証し、乗ることにした』
『今更アメリカである必要はないのかもしれない』
『かつての政府を継承するというわけではない』
『だがどういう形であれ、ここが廃墟であるにしても、我々はアメリカの地で生まれ、アメリカで死んでいく、これ以上の名があるであろうか？』
『エンクレイブとの対決姿勢を鮮明にするという意味でもある』
『連中がアメリカ政府再建を目的としている以上、我々は明確な敵となり、ただの戦場という認識ではなくなるだろう』
『ここに我々は提言する』
『本日を以て我々は赤毛の冒険者を大統領とし、エンクレイブと明確に対決していくことを宣言する』
『今後はアメリカを継承、それを国名とするものであるっ！』
『以上だ。ご清聴に感謝する』
その頃。
衛星中継ステーション。
「オータム大佐」
「……」
「オータム大佐」
「……ああ。サーヴィス少佐か。どうした？」
「お休み中申し訳ありません。キャピタル・ウェイストランドでBOSがアメリカ建国宣言をしました」
「何？」
「赤毛の冒険者を大統領に据えるとのことです」
「なるほど。対決姿勢を強めるというわけか。赤毛、ね。悪くない話だ。BOSがトップに立てば反感が強くなる、が、あの女がトップに立つのであれば話は別だ。お飾りであるにしても」
「どういたしますか？」
「構わんさ。我々は北部を抑える、その後は要塞だ。さっさとミュータントどもを蹴散らせ」
「はい」
「それにしてもクリスティーナもミスティも大統領、か。釣り合いをとるために俺も大統領を名乗るべきか？」
「形の上で我々はジョン・ヘンリー・エデンを大統領にしています。大佐と私が演じているに過ぎないにしても、です。大義が失われます。それに、お飾りのクラークソン閣下もおりますし」
「ふん」
「命令通り、スーパーミュータント制圧を急がせます」
「サーヴィス」
「何でしょう？」
「俺とお前はある約束をした。それを果たすつもりはあるのだろうな？」
「あります。約束の先は保証しませんが」
「問題ない。俺は先のことまでは考えてない」
「気が合いますね。私も、その先のことは考えていません」
シカゴ。
地中深くにあるエンクレイプの総司令本部、軍事要塞ドーン。
大統領執務室。
「何だ、ガルライン中佐」
「ご報告があります。ただ今、キャピタルに内偵中のリナリィ中尉から緊急通信がありました」
「ほう？」
書類を裁可する手を止める。
傍らに控える橘藤華が軽く咳払い。苦笑しつつクリスは裁可を続けた。
「言え、どうした」
「BOSがアメリカ建国宣言をしました」
「……何だと？」
「赤毛の冒険者を大統領にする、とのことです。我々に対抗するためのものと思われます」
「……」
「閣下」
「あっははははははははははははははははははははっ！ 実に面白い話ではないか。……当然、連中はその意味を分かっているんだろうな？ アメリカを継承しているのは、我らだぞ？」
「承知の上でのことでしょう。先の中尉での報告でも内部統一に動いているとのことでした」
「ふん、エンクレイブを敵に回すか。たかだかオータムとの戦場に過ぎない地域の分際で」
「いかがなさいますか」
「潰すしかないだろう」
ペンを置き、立ち上がった。
「直ちに移動要塞クローラーをアダムス空軍基地へと派遣しろ、議会など通す必要はない、ことは急を要する、いいなっ！」
「はっ」
「オータムたちも連中を潰しに掛かるだろう、睨み合いの均衡が崩れたのだ、キャピタルを抑えられたら面倒だ。アダムスも失うことになる。まずはクローラーをアダムス空軍基地に先行させる。
可能な戦力をクローラーに搭乗させ、キャピタルに向かわせろっ！」
「はっ」
「用意が整い次第私も出る、行けっ！」
「はっ！」
敬礼し、中佐は退室する。
クリスは橘藤華の目を見ながら言った。
「もはや自重しろとは言わんだろうな？」
「……」
「どうなんだ？」
「総大将自ら前線に立つなど下策……ではありますが……事ここに至るとそうも言ってはいられないでしょう。クラークソンやオータム、そしてミスティ、閣下に仇なす者は排除しなければなりません」
「開戦はどれぐらいになると思う？」
「クローラーの移動、オータムの動きもありますが、一か月ほどかと」
「馬鹿な奴らだ。エンクレイブを敵に回した。この私を。殲滅させるしかない、というわけだ」
再びキャピタル・ウェイストランド。
メガトン。
ゴブの店。
『すげぇ話だったな。だが赤毛の冒険者曰く、まだ自分は人助けをしたいのよー、とのことなんで出会っても大統領っ！何て畏まる必要はないらしいぜ？』
『聞いてくれて感謝するぜ、俺はスリードックっ！』
『どんな辛い真実でも君にお伝えするぜ？』
『さてここで一度曲を流そう』
「……マジか……」
カウンターで私は絶句した。
気を利かしてか、ゴブがラジオを止める。
ビールを飲む。
苦い。
苦いです、何か無意味なまでに苦いです。
「お、おい」
「……」
「そ、そうだ、ハンニバルのおっさんにリンカーンの品送ったぞ。それで、その、元気出せよ」
「放っておいて、ブッチ」
「お、おお」
本日は満席。
そうは言っても仲間内だけ、なんだけど。
トンネル・スネーク、オラクル、カレーのレシピをゲットしたアンソニー、アマタにラジオ無視して何か賢明にお絵かきしてるスージーにアカハナ、そしてグリン・フィス。ハーマンはグリン・フィスの自宅。
ラジオの内容を反芻する。
「……マーベラス……」
大統領だと？
私が？
わーたーしーがーっ！
「お、おめでとうございます、主」
「……」
「主？」
「……黙ってお願い……」
「ぎょ、御意」
BOSの真意は分かる。
BOSが主体だと反感があるからだ、それはニュースでもリオンズが言っていた。
良い案だとは思う。
……。
……私をトップに持ってこなければねー。
くっそぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ！
レギュレーターとか共同体も賛成したらしい。
たぶん嘘じゃない。
というか完全に嘘じゃない、勝手にアメリカ建国宣言したら主勢力は切れる。話は通して、すり合わせた上だろう。
私を無視してねー。
「グリン・フィス、アカハナ。ルーカス・シムズをとりあえず殺すわよ」
「御意……はっ？」
「いやいやいやボス、それはまずいですっ！」
うがー。
ビールを注いでくれるノヴァ姉さん。
「落ち着いて、ミス・プレジデント」
「大統領命令っ！ ノヴァ姉さんは私の恋人っ！ 反論したら死刑っ！ ……ブッチを」
「……滅茶苦茶言うわね、ミスティ」
「ちょっと待て俺完全にとばっちりじゃねーかっ！」
うがー。
ビールを飲み干す。
意味は分かる。
意味は分かるんだ、エンクレイブとの対決姿勢を明確にしたかったんだ、今までの内部統一戦は大体その流れだし。武器の調達だってそれだった。だから、意味は分かるんだ。
私に話し通せよっ！
まあ、拒否るけど。
それを見越して決定したんだろうな、確かに独立宣言書を持ち込んだ際にそう提言したのは私だ、アメリカを名乗ればって。
だけど私を大統領にするなよっ！
「ミスティ、よかったら私を大統領付きのシェフにしませんか？ ねぇ、ゴブ？」
「ははは、そりゃいいな。俺も頼むよ」
アンソニーとゴブは場を和ませようと笑う。
あーはーはーはー。
たっのしぃー。
「盛り上がってるのね。どうしたの？」
一同ぎょっとした顔をした。
ハーマンだ。
何故ぎょっと……・ああ、ハーマンの顔の色か。会ってない人にしてみたら驚くのも無理はない。
青いし。
「こ、これがサロン・パスの娘か？ へ、へぇ、可愛いじゃねぇか」
「姪だ」
初顔合わせらしい。
ふぅん。
ブッチにリベットで会ったとは聞いてたけど、ハーマンには会わせてなかったのか。
「ああ、可哀想に。受け継いでしまったのね」
そう呟いたのはレディ・スコルピオン。
相変わらず肌を露出していない謎なお人。
にしても受け継いだ？
何のことだ？
「グリン・フィス、あの子の母親はヒドラ中毒だったのね」
「ヒドラ？」
グリン・フィスは呟き、それから慌てて頷いた。
話を合わせようとしている？
「そ、そうだ」
「やっぱり」
「おいおいどういうことだよ、俺様にも教えろよ」
「ボス、あの子はヒドラっていう薬の特性を受け継いでいる。感染者は肌が紫色になるのよ、その子供は青色の肌で生まれてくる、この子の肌の色はそういうことよ」
「マジかよ」
「ボス、軍曹さん、あたしは薬を作れる。服用すれば一か月もすれば肌は元に戻る。材料探しに行くわよ」
「おっしゃ」
「了解だ。行こうぜ。シルバー、しばらく留守にする」
「ダーリン。気を付けて」
お熱いことで。
トンネル・スネーク、退場。
「ヒドラ、かぁ。へぇ、そういう設定にしとこう」
相変わらず謎なお子様だ。
アマタが笑った。
「役職があろうとミスティはミスティよ」
「どうも」
「そうよ、大統領だろうと無職だろうとお人好しのミスティはミスティよ」
「……どーも」
スージーは褒めているのだろうか？
「何よ何よ、うるさいわねーっ！」
「……お姉さん、あれは、オカマなの？」
階段から降りてきたオカマことワーリー。
何でオカマかは謎。
しっしっと二階に追い返す。
まったく。
「おお、ここにいたのかっ！」
「大統領命令よ全員あいつを始末してっ！」
「……無茶苦茶言わないでくれ」
「あんたがそんなこと言わないでよルーカス・シムズっ！ がるるーっ！ それとも何？ 大統領様にまた仕事持ちかけに来たってわけっ！」
「プ、プレゼントだよ」
「プレゼント？」
「ああ。実にチンケなトレジャーハンターがいるんだ、いや、詐欺師か。お前さんバーバリアン何とかって漫画好きだろ？ モイラにそう聞いた」
「ええ。それが？」
「その詐欺師の男がな、そこら中に最新刊を売りつけていたのさ。中身はただの紙切れなんだが、表紙は本物らしい。コレクターから見てもそうとしか思えないようだ。かなりの被害が出てる」
「それで？」
話が見えてこない。
「そいつは捕まえた。でな、いつが言うには表紙は本物らしい」
「どういうこと？」
「ある場所にトレジャーハントしに行ったときに見つけた代物らしい。探せば中身、つまり漫画の部分もあるかもしれないとのことだ」
「マジかっ！」
「ハブリスコミック社、そこにあるようだ。だが会社の前にはスーパーミュータントが巣食っているらしい、行くなら気を付けてな」