私は天使なんかじゃない
赤い悪魔
怪物と戦う者は自身もその過程で怪物になることのないように気を付けなければならない。
深淵を覗く時、深淵もまたお前を覗いているのだ。
その言葉は旧世界からの警告。
「ほらよ」
スマイリング・ジャックはカウンターの上にアタッシュケースを置いた。
ここはテンペニータワー。
エントランス。
私たちはバザーでの一件を終えてタワーにやって来た。
……。
……私はここ最近常連だなー。
決まってここに来ると屋内での戦闘を強いられる。
今回も？
出来たら避けたいところです。
年中行事にされても困りますし。もっとも私の意思は基本的に関係ないんですけどねー。
嫌だなぁ。
おおぅ。
「今回はドンパチないんだろうな？ ええ？ 赤毛さんよ？」
「そう願いたいわ」
「けっ」
向こうも嫌そうな顔をしている。スーツ姿のセキュリティたちもピリピリしてて、一般の客たちは訳も分からずに居心地が悪そうだ。
私の所為？
私の所為なのか？
微妙。
どうやら私はタワー側にしてみたら疫病神らしい。
正確には、私が疫病神ではなく、私自身も疫病神に祟られてるんですけどね、もちろん向こうからしたら疫病神憑きの女も疫病神自身もそう変わらないんだろうけど。
アタッシュケースを受け取り、アマタはキャップを差し出した。
「中身確かめろよ。こっちもキャップを勘定する」
「ええ」
無愛想に言うタワーの親玉の言葉に、アマタは頷いた。
現在ここにいるのは私、アマタ、オフィサー・ゴメス、スージーのみ。グリン・フィスは行方不明だし、バザーにいたトンネルスネークはデスクロー戦の後には消えていた。デリンジャーも
報酬受け取って消えた。まあデリンジャーに関しては消えてくれてよかったんですけどね。敵だか味方だか分からん奴が近くにいると神経使う。
あいつ滅茶苦茶強いし。
絶対に勝てないとは言わないけど、負ける要素も多々ある。
何だかんだで唯一デリンジャーをまともに相手できるのはグリン・フィスぐらいじゃないかな。
「……」
私以外の3人はお気楽モード。
何というか騙し討ち？何それ美味しいの？的な感じだ。ドラクエ的というのか、何というのか、まあ、敵はフィールドしかいないよね的な感じだ。つまり屋内だからか安心し切ってる感がある。
キャップ上での取り引きは護るという評判のスマイリング・ジャックだけど元々はレイダー連合付きの商人。
レイダー連合がエンクレイブによって壊滅したドサクサにレイダー連合の資金持ち逃げしてここで一旗揚げた人物。従がえている部下もレイダー上りが多いらしい。というか当時のレイダー
連合残党部隊の一部をそのまま引き連れている感じ。立場は若干異なるけど、ドサクサで独立したマダム一派とそう変わらない。
私兵の全部が全部レイダー上りじゃないにしても親玉の命令次第で全部敵に回る。
あまり信用は出来ない。
少なくとも、全面的には無理。
不意打ちに備えて神経を研ぎ澄ます。
Cronusの能力使えばエントランスにいるスーツ姿の部下たちぐらいなら何とかなる。
最低でもスマイリング・ジャックは倒せる。
そんな物騒なことを考えている間にも取引は進む。
「ちょっと待って」
アタッシュケースを開けたアマタは怪訝そうな声を上げた。
スマイリング・ジャックはバザーで新たにアマタたちが稼いできた5000キャップを勘定している最中。
「何だ？」
「数が多いわ」
覗き込む。
アタッシュケースにはチップが5枚入っている。
1つ1000キャップ、というわけではない。バザーに稼ぎに行く前にPIPBOYで払いをしている。幾つで取引したかは知らないけど、あと5000キャップあればもう1つ売ると言われたので、バザーに
1度目に行ったときに頼まれたデスクロー退治を請け負った、というわけだ。
なお浄水チップが安いのか高いのか謎。
「話より1つ多い」
「こいつは驚いたな、サービスが気に食わないとは」
「気に食わないことはないわ、ありがたい。あればあるに越したことはないから」
「なら、そうだな、2倍にしてやる」
「えっ？」
何言ってるんだ、こいつ。
2倍？
つまりチップを10枚ってことか。
強欲なこいつが？
何を企んでることやら。
「どういうつもり？」
傍観決め込んでた私が口を出す。
さすがに話が上手過ぎる。
「何か裏が？」
「簡単なことだよ。仕事をしてくれ」
「仕事、ね」
「構えるな。簡単なことだ。バザーまで行ってサンセットサルバリラを変えるだけ買ってきてくれ。費用はこっちで持つ。10000ぐらいあればいいか？ 車も付けてやる。つまりお使いだな」
「……」
「信用ならないってか？ まあ、そうだな。上手過ぎる話だからな。まあ聞けって。話は簡単だ。西海岸の客もいる、そいつらにはヌカ・コーラは口当たりが甘過ぎて受けが悪いんだよ。西海岸の品が
大量に入るなんて滅多にないことだ、次の機会がいつか分からないからな、買えるだけ買って欲しいってことなんだよ。つまり買い溜めってわけだ。簡単な話だろ？」
「まだ信用できない。どうして自分らでやらないの？ 兵隊多いでしょ？」
「BBアーミーがあの近辺を縄張りだと主張してる、今まで喧嘩はしてないが、手下送れば喧嘩になる。それに」
そこまで言って強欲な商人は肩を竦めた。
ニヤニヤと笑っている。
何だ？
何がおかしい？
「浄水チップなんて売れるのは今だけだ。地下の連中ならいざ知れず地上の連中はもう手に入れようともしないよ。売れる奴に、売れるときに売っておきたいってだけさ」
「そういうことね」
「そういうことさ」
ジェファーソン記念館でダイタルベイスンの浄水は始まっている。
今のところはピストン輸送でキャピタル全土に運んでいる状態だけど数年もしたら蛇口捻れば出る地域が増えてくるだろう。全土に行きわたるまではまだ時間が掛かるだろうけど浄水チップの
意味合いは次第に薄れつつある。もちろん不必要ではなくバックアップで欲しがる者たちは多いだろうけど、以前ほど絶対的な価値ではなくなっている。
そして現在その絶対的な価値のまま手に入れたがっているのはボルトの人間だけ。
売れる内に売ろうってわけね。
そう考えたらバザー行きも疑うべきではないのだろう、確かにBBアーミーは進出している、縄張りが重なれば戦闘になりかねない。
「これは関係ない話だけど、BBアーミーをそっちはどう捉えているの？」
「ペテン師さ。BBアーミーはそこらで警備の仕事をしている、本音か建て前かは知らんよ。だがあれでも一応タロン社残党だ、喧嘩になればこちらの被害も大きい。で？ どうするよ？」
「アマタ、どうする？」
私はあくまで余所者だ。
ボルト関連に口出す気はない。
親友として助けるだけだ。
「良い話だと思う、ミスティ、助けてくれる？ あなたが来てくれると心強い」
「行くわ」
「ありがとう」
「スマイリング・ジャック、大量買いってことはトラックってこと？」
「そうだ」
運転席、助手席、2人ってことか。
荷台にもう1人ぐらいいると助かるんだけどな。だけどゴメスにしてもスージーにしても1人で残すのはちと危険だ。街の中だろうが外だろうが孤立したら危険。
「無線機が取り付けてある。終わったら連絡しやがれ」
「はいはい」
相変わらず言葉遣いが汚い奴だ。
その時……。
「ここがテンペニータワーか。クールなとこじゃねぇかっ！ 気に入ったぜっ！」
「久し振りに清潔なところで寝れるのね。もちろんボスの奢りよね？」
「懐かしい感じがするな、戦前の文化はまだ生きてるのか、ボス、俺もここが気に入ったぜ。メガトンも悪くはないが、たまのバカンスもいいもんだ」
ブッチ、レディ・スコルピオン、ベンジャミン・モントゴメリー軍曹。
トンネルスネークの面々だ。
私は内心で神に感謝する。
きっと前世でたくさん良いことをしたから幸運なのだろう。
……。
……まあ、前世で何してかは知らんけどさ。
軽トラックを借りて私たちは再び西に向かう。
この往復は何なんだ？
面倒だなぁ。
運転は私、助手席はアマタ、荷台にはブッチ。ブツブツとブッチは言ってたけどPIPBOYの弁償の件をチラつかせたら快く引き受けてくれた。友達っていいですね。
まあ、私が修理代1000キャップ放棄しても、ノヴァ姉さんの1000キャップ、ケリィのおっさんの5000キャップは与り知らないことですが。
トンネルスネーク2人とボルト組2人はテンペニータワーに部屋を取って待機。
一応大事を取って1部屋にしてある。
何だかんだでスマイリング・ジャックはフェアではあるものの、前身がレイダーみたいなものだから信用はしていない。
「ミスティとドライブだなんてね」
「ん？」
「考えたこともなかったわ」
「そうね」
助手席のアマタは感慨深そうに呟き、窓の外を見ている。
確かに。
確かにボルト時代にはこんなことは考えたことはなかった。
それにしても少し変わったかな。
「アマタ」
「何？」
「少し変わったね。何というか防御が強くなった」
「……？ セキュリティアーマー着てるからじゃないの？」
「いや、そうじゃなくて」
「冗談。分かってる、言いたいことは。……監督官だからね、そういう感じに振る舞う癖が出来てしまったのよ」
「そっか」
そこからしばらく無言。
アマタは変わった。
本当に変わった。
接し方が、というのもあるけど、浄水チップへのこだわりだ。
必要なのは分かる。
一応耐用年数が200年ではあるけど、故障も不具合もあるからたくさんあるに越したことはない。だけど10個も必要としているのはいささか驚きではある。アマタは開放派だ、そのはずだ、だけど
10個も求めるということは実は開くつもりがそもそもないんじゃないかと勘繰ってしまう。
アマタを見つめる。
「ミスティ、何？」
「何でもない」
「そう」
お互いに視線を逸らした。私は運転に集中し、彼女は景色を眺める。
開くつもりは、多分ある。
たぶん立場が変わったからだろう、監督官という立場になったからこそ考え方が変化したのだろう。前の監督官と同じ路線に向かいつつある気がする。アマタの性格的に監督官の絶対化には向かない
だろうけど開放派と閉鎖派の対立を維持しつつボルト運営をしているような感じがする。
そんな気がしてならない。
私はどうしたらいいのだろう？
友人として意見する？
それとも……。
「おい、優等生、あれを見ろっ！」
荷台の荷物……失礼、ブッチが叫ぶ。
その意味はすぐに分かった。
黒煙が上がっている。1つじゃない、黒煙は幾つもだ。
あの方向はバザーっ！
私はアクセルを全開で踏み、バザーへと急いだ。
軽トラックはノンストップで、全力で走り続ける。
まっすぐ。
まっすぐと。
その先にある壊滅したバザーに向けて、そして……。
「ミスティ、前、前っ！」
「アマタはシートベルトして頭ガードしてっ！ ブッチ掴まっててよっ！ ヒャッハーっ！」
「マジかよーっ！」
群がるレイダーたちに向かって私はアクセル全開のまま突っ込む。
こいつらバザー攻撃しやがったっ！
私がマジにブチ切れて突っ込んでくるのを察したようだ、攻撃してくる。フロントガラスが割れ、車体に弾が当たる音、私はアクセル全開で怯まない。
鈍い衝撃を受けながら、何人も吹き飛ばしながら車はバザーの中に突っ込んだ。テントは黒煙を上げて燃え、崩壊し、人々は倒れ、バラモンは逃げるか殺され、そしてレイダーたちが商品を
漁っている。私はすぐさま扉を開いて飛び降りて能力を発動する。火事場泥棒しているレイダーたちは対処が遅れた。
「Cronusっ！」
どくん。
どくん。
どくん。
手にしているアサルトライフルを乱射、さらにグレネード弾も放つ。
次の瞬間、時は動き出す。
掃射でレイダーたちはバタバタ倒れ、爆発とその余波に巻き込まれて数名が倒れた。絶命している者もいるし立ち上がろうとしている者もいる。立とうとした者は荷台のブッチが9㎜ピストルを
2丁引き抜いて永眠させた。ナイスアシスト。アサルトライフルの弾倉交換、アマタが震えながらトラックから降りた。手にはアサルトライフルだけど銃口が定まらない。
「死んどけ」
10数人の死体を前に私は吐き捨てた。
レイダーどもめ。
一体全体何のつもりだ？
バザーが最高潮の時を狙って攻撃を仕掛けてきたのか？
売り上げを狙って？
あり得る話だ。
最近連中はかなりの落ち目だ。
BOSはキャピタルの雑多勢力の掃討に全力だし、レギュレーターはこの機会に悪党を根こそぎにしようとしているし、メガトン共同体は各々の街と街道をうろつく悪党を掃討した。レイダーたちは
追い払われ、辺境に落ちた。その辺境に宝物満載の宝箱のような催しが開催されている、なるほど、確かに狙う要因はあったのか。
まあいいさ。
蹴散らすまでだ。
別に掃討を命じられたわけではないけどこういうのを見るとムカつく。
ふむ。私の方がよっぽど物騒だな。
実は私の思い過ごしでバザー壊滅とは全く関係ないレイダー集団だった、という展開はないだろ。
主人公は私だし（超適当☆）
「ミ、ミスティ」
「心配ない。いつものことだから」
震えるアマタを落ち着かせるように慰める。
落ち着くかなー？
謎です。
ただ、ブッチは非難の声。
「おいおいおいっ！ せめて合図してから仕掛けてくれよっ！ こっちはお前と違って能力なんてないんだぞっ！」
「ごめん。だけどブッチは強いじゃん」
「まあ、そうなんだけどよ」
「デス倒したし」
「まあな」
弱くはないです、ブッチ君。
デスに関してはグリン・フィスが強過ぎただけだろ、レディ・スコルピオンとかから話を聞く限り、西海岸では知らない者がいないレベルの傭兵みたいだし、それをぼこれるブッチは強い。
周囲を見たわす。
死体ばかりだ。
私が量産した死体以外にも無数に横たわっている。
生き残りは、いないのか？
警備として戦ったのかBBアーミー兵士たちの死体もある。
全滅、か。
目に付く敵は倒した。
問題は突破して来た連中がこっちに迫ってくるのと、バザー全体に敵がいたってことかな。テントの残骸を踏み越えてさらに現れる。
意外に多いな。
30、いや、もっといる。
レイダーの群れ。
手には10㎜マシンガン、中国製ピストル、ビリヤードのキュー、鉈などと一定ではない。
マダムが勢力を盛り返したのか？
それとも別の連中か？
まあいい。
始末するだけだ。
「アマタ、車体の陰に隠れてて。出来るだけ身を低くしてて」
「わ、分かった」
「ブッチ」
「わーってるよ。荷台に隠れつつ援護してやる。相変わらずロックな生き方だぜ、お前さんはよ」
ロックの定義が不明。
まあいいさ。
レイダーどもはこちらを包囲したまま動かない。
ふぅん？
攻撃してこないってわけか。
少なくともすぐには。
数が増えてる。
50はいる。
さてさて、どうしたもんかな。
可能な限り時間を止めてグレネード弾を撃てるだけ撃てば圧倒は出来る。問題は、前回の奴隷商人制圧の際に時間止めた中を動き回ったら疲労が半端なかったってことかな。時間を止める
時間が長ければ長いほど疲労が高まる、のは分かってたけど、その中を動き回ればさらに疲労が増すということらしい。そのことも踏まえて戦わないと。
だけどおかしいな。
頭数は多いけど武器は貧弱だ。
ここには売り物も含めて大量の武器があった、西海岸の最新のやつもだ、BBアーミーはアサルトライフルが標準装備だった、いくらレイダーが多いからってこんなにも圧倒されて全滅するものか？
何か違和感がある。
「ほう？ 思っていたよりなかなかやるようだな。ただの女ってわけでは、なさそうだ」
巨漢の男が現れる。
ただし、手下をかき分けて前に出る、ということはしない。あくまで手下の後ろに隠れてのことだ。
私に噛まれるのが怖いのか？
へたれめ。
そいつは戦前のスポーツであるアメフトのような防具を着ている。右手にはチェーンソー、左手には軽機関砲。
ただのレイダーってわけではなさそうだ。
ここのボスで間違いない。
「あんた誰？」
「人狩り大隊長、そう呼ばれている」
「人狩り大隊長？」
「そうだ」
なるほど。
こいつらが人狩り師団か。
大隊長、ね。
どの程度のランクになるかは知らないけど、その肩書き名と従がえている兵隊の数からして幹部クラスと見て間違いない。
つまり？
つまり情報源だ。
レギュレーターが総力を挙げているにもかかわらず依然として人狩り師団の全容は分かっていない。
好都合だ。
こいつを捕まえてソノラに引き渡すとしよう。
「俺の怖さを教えてやろう」
「へぇ」
「おい、何か投げろっ！」
手下に向かって叫ぶ。手下たちは戦利品を幾つか投げる。銃だったり瓶だったり。それを人狩り大隊長は次々と撃ち落す。
……。
……で？って言う。
持ってるのは軽機関砲だ、あんなもんで連射したら誰だって当たるだろ。
百発百中だとでも誇りたいのか？
馬鹿かこいつ。
心底呆れている私の突然視界に、あるものが飛び込む。
それは……。
「リンカっ！」
「ぐわーはーはーはーはーはーはーはーはーはーっ！」
宙に投げられた軽機関砲のリンカは餌食となり、そして地面に落ちて、転がった。
投げられた時点では生きていなかったのかもしれない。
そう。
これが戦闘だ。
望む望まないは関係ない。
気付けば巻き込まれている、そういうものだ。
誰であろうと、等しく。
私は英雄と呼ばれているのかも知れないけど、少なくとも神ではない。可能な限りは救いたいけど絶対ではない。どうしようもない。私が見ていないだけでいつだって人は死んでいる。
救えないことだってある。
それは分かってる。
問題は、私がそう簡単に割り切っていないということだ。
割り切れるものかっ！
「さっさと撃っとけばよかった」
「ああん？」
「自分の甘さに反吐が出る」
「おいおい、話はここからが本題だぞ？ お前さんが赤毛の冒険者だっていうのは分かってる。ここで殺す、だがちと惜しい。特別に師団長に会わせてやる、部下に……」
「師団長とやらには会うわ」
潜入捜査というのもありだろう。
このオファーは有り難い。
だけど問題がある。
私がここで全員を殺すからだ。
「師団長に会う？ そうか、仲間になるのだな。悪には悪の生き方ってものがある。そいつが……」
「黙れ」
「ああん？」
「Cronus」
どくん。
どくん。
どくん。
鼓動が耳に妙に響く。
私は時間を操作できる。
能力者、と呼ばれる者たちがいる。私がルックアウトに行っている間にやって来たストレンジャーと呼ばれる傭兵団のメンバーの主力の大半は能力者。私以外にも能力者と呼ばれる者が
たくさんいたことはいささか驚きだった。だけど私ほど絶対的な能力は、そうはいないらしい。別に誇りはしないけど、私の時間操作はかなり特別な部類だ。
周囲のレイダーどもにグレネード弾をあるだけ叩き込む。
そして。
そして時間は動き出す。
耳に響く爆発音。
連中からしたらいきなり爆発が起きて吹き飛んだ、という按配だ。
爆発そのものに巻き込まれなくてもその際に生じる礫の類で戦闘不能になる者が多数。ほぼ無傷で立っている者はわずか数名。へたれな大隊長は部下たちの後ろに立っていたから部下が
盾になってくれたお蔭で無傷。相手が呆然としている間に私は立っている連中にアサルトライフルの弾丸を叩き込む。ブッチも荷台に伏せながら応戦。
ほとんど抵抗なんてなかった。
相手はあっさり全滅。
倒れている連中は完全には死んでいない者が大半だけど呻くのに忙しいし、いきなりの爆発に動揺して何もできない状態。
人間、頭で処理できないことが起きるとフリーズする。
まともな対処なんてできるわけがない。
結果としてこんなのはあり得ないとわめくだけだ。
少なくとも、部下たちは。
「その能力、さすがは赤毛の冒険者、というところか。……能力者、それも時間を操るという稀有な存在」
「ご理解していただき何よりです」
「俺様はトンネルスネークのブッチ様だっ！」
「貴様が余計なことをしてくれたお蔭で悪党は結束で来たってわけだ。悪には悪の居場所が必要なんだよ。正義という偽善をひけらかせたところで、根幹は何にも変わりやしない。悪と善の対立は終わらない」
「興味ないわ」
ブッチ君は無視された模様。
可哀想可哀想。
それにしても、悪の居場所？
「悪を正当化するつもり？」
「ではお前は善を正当化するつもりなのか？ ……くくく。そもそもお前は善で、俺は悪か？ どちらもやりたいようにやっているだけだ」
「そうね」
「納得したのか？ では争う必要はないのではないか？」
「私は私のやりたいようにやる、あんたに同調するつもりも見逃すつもりもない」
「所詮はその程度か。這いずり回って世界を救ったとまだ世界に吹聴したいのか？ お前は、お前のしたいようにやっただけだ。その結果、たまたま善にヒットしたってだけさ」
「……」
いやに喋るな。
ああ、そうか。
「時間稼ぎか」
「そういうことだがもう稼ぐ必要はない。心強い助っ人が来たからな」
振動がする。
大地が揺れている。
地震？
違う。
これは……。
「おい、マジかよ」
ブッチが呆然と呟く。
テントを押し潰し、死体を押し潰し、ついでに身動きが出来ないものの生き残っているレイダーの一部も踏み潰しながら私たちの目の前に鋼鉄の棺桶が現れる。というか人を潰すな、えぐい。消耗品
扱いなのをようやく悟ったのか、グレネード弾の洗礼でダウンしている連中が這いずって逃げていく。所詮こいつらの結束なんてこんなものだ。
「せ、戦車っ！」
悲鳴が混じったアマタの声。
そう。
現れたのは戦車。
大隊長は顔をにんまりと歪めた。
「人狩り号の登場だ。第二ステージを始めるとしようか。人狩り中隊長、こいつらをミンチにしてやれっ！」
妙なネーミングセンスだ。
正確にはこれは戦車ではない。
主砲がない。
あるのは機関砲、そして戦車にしてはスケールが一回り小さい。軽戦車よりも小型の豆タンクと呼ばれる代物だ。
だけどこれで分かった。
レイダーどもの武装は貧弱だった、バザーを落とせるはずがなかった、なるほどね、これが奥の手か。そういえば前にベルチバードから地面にキャタピラの跡があるのを見たな。この時代に
こんなのがホイホイ動いているわけないからあのキャタピラの跡はこいつだろう。
さてさて。
どうしたもんかな。
厳密に言えば装甲車に位置するこの車輛、ミスティックマグナムで貫通するかどうか。パワーアーマーより分厚い、いや、材質的にはパワーアーマーの方が優れているのか？
材質的に優れているパワーアーマーだって貫通できるんだ、貫通出来るだろ。たぶん。
出来ないにしても跡ぐらいは残る、そこに何度も叩き込めば、あるいは。
私は視界に入る限り弾丸はスローになる。
とはいえアマタたちはそうではない。
ブッチは身軽いし戦い慣れているから敵からの掃射と同時に退避できるんだろうけど、アマタはそうじゃない。戦いが始まればトラックごとハチの巣にされるだろう。
やれやれ。
さらに時間を止めるしかないか。本日三回目。偏頭痛がそろそろヤバくなる回数だけど仕方ない。
能力発動っ！
「Cron……っ！」
ゴロンゴロンドンガラガシャーンっ！
『……っ！』
形容しがたい音を立てながら豆タンクが宙を軽く飛び、ごろごろと転がり、止まる。
さすがに全員言葉もない。
大隊長もだ。
事故か？
いや、例え乗ってる奴の操作ミスでもそんな事故り方はないだろ。
「優等生、誰かギャグ言ったから戦車ずっこけたのか？」
訳の分からんことを。
よく分からないけどこれで豆タンクは終了か？
ひっくり返ったまま動かない。
中の奴がどうなったかとか動力は生きているのかとかあるけど、どちらが無事でも意味がない。完全にひっくり返っているからだ。これでは動きようもない。機関砲は私たちの方には
向いていないから撃ったとしても当たらない。完全に無力化状態だ。
いいのかそんな簡単で？
まあ、私は楽だけど。
その時、楽しそうな声が戦場に響き渡った。
「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハっ！ あー、すっきりした。見た目より軽いんだなぁ、アレ」
「レッド・フォックス？」
「やあミスティ。ああ、アタシは気にしないで殺し合い続けていいよ。ストレス解消に撃っただけだから。それにしてもミスティ、良い眼してる、殺し屋の眼だ」
「……どうも」
今のは彼女か。
確かに手にしている対戦車ライフルの銃口からは硝煙が立ち上っている。しかし普通の対戦車ライフルではないのか、あんな芸当、出来るわけがないもの。となると背負っている大剣も
普通じゃないのかも。彼女の立ち位置が分からないけど、少なくとも敵ってわけではなさそうだ。今のところは。
大隊長は絞り出すように呟いた。
畏怖を込めて。
「あ、赤い悪魔だとっ！ 200万NCR＄（NCR＄→新カルフォルニア共和国の公用紙幣）の賞金首が、何故ここにっ！」
賞金首？
賞金稼ぎじゃないの？
まあ、ここはNCRじゃないから別にどっちでも問題ないんだけど。
レッド・フォックスは楽しそうに笑う。
「そこの悪役さん、アタシは気にしなくていいよ、消えるから。あんたの上の連中とは古巣の付き合いだけど、別にここで同窓会するつもりもないから。じゃあね」
上の連中？
古巣？
そういえば彼女はクレーター・ウェイストランド出身だとか何とか。
……。
……いいや、考えでおこ。
どうせ考えたところで私の脳にその答えがあるわけじゃないし。
「ミスティ」
「はい？」
「その眼のままでいたらアタシと戦えるチャンスがあるよ。ちゃんと覗きなさいよ、深淵を。そうしたら、アタシの高みに来れるから」
「……」
無邪気に笑いながら彼女は消えた。
本当に興味がないらしい、この戦いに。まあそりゃそうだろ、別に当事者でもないし、助っ人するほど私の仲が良いわけでもないし。大隊長はかなり動揺しているらしく彼女が背を向けても
攻撃しなかった。どんな立ち位置なんだろ、レッド・フォックスは。
それにしても深淵、ね。
怒りのままに暴れている私に親近感を覚えている模様。
封印するわ、この怒り。
別に修羅になりたいわけではない。
こいつを殺したら、忘れよう。
あくまでこいつは倒すっ！
「Cron……っ！」
『大隊長、援護しますっ！』
レイダーどもが倒壊したテントを飛び越えて続々と集まってくる。
東から来る。
ちっ。
まだこんなに残っているのか。20ほど。大隊長にとっては戦闘の援護、ではないらしい。撤退の援護として受け取ったのだろう、威嚇程度に軽機関砲をこちらに撃ってから東に向かって走り出す。
軽機関砲はその場に身を伏せたので私達には当たらない。
アサルトライフルを撃つ。
レイダー側も撃ってくる。
弾丸の交換劇。ただし私には弾丸が見える、向こうは見えない、その差は大きい。
「優等生、ここは俺らで引き受けるぜっ！」
「えっ？ えっ？ えっ？ 俺、ら？ わ、私も含まれるのっ！」
アマタさんには大変きつい場面だとは正直思いますね。
さすがの私もここまでハードなキャピタル式歓迎会は体験していないので。
まあ何事も経験だから頑張れ（鬼畜）
カチ。
アサルトライフルが弾丸を吐き出さなくなる。
弾切れ？
ちっ、ジャムった。
BBアーミーの物であろうアサルトライフルが落ちているのでそれを使うとしよう。私はそれを拾い、走り出す。レイダーどもはまさかの猛反撃に怯んでいる。たかだか3人でこの数の差で
挑んでくるんだから、そりゃ怯むだろう。私はブッチたちにこの場を任せて大隊長を追うべく走り出す。
走る。
走る。
走るっ！
バザーは完全に沈黙している、廃墟だ。
売上目当てか？
目的は何にしても問題はどうやってここまで来たかだ。
聞くところによれば連中は神出鬼没でレギュレーターですらその規模や全容を全く分かっていないという。どこからどうやって来ているのか、それがまるで分らない。
こんなに兵隊がいるのにどこにも捕捉されないなんておかしな話だ。
「ここまでだよ、プリンセスっ！」
「お前は死肉の塊だーっ！」
「流血患者だ、医者を呼びなーっ！」
「殺人タイムだーっ！」
レイダーが銃を撃ちながら殺到してくる。
まだいるのか。
飛んでくる弾丸はスロー、その間に私は反撃、アサルトライフルが空になるまで撃つ、そして敵の弾丸を視界から外した瞬間に時間は通常に戻る。敵4人は弾けるように吹っ飛んだ。
ガク。
唐突に私はその場に膝を付く、横手から新手が突っ込んでくるのが視界に飛び込む。
アサルトライフルは空。
素早く左手でミスティックマグナムを引き抜いて引き金を引く。
敵の頭が吹き飛んで首なしの肉体が転がった。
右足に弾丸が貫通しているのに気付く。
血が止まらない。
溢れてくる。
どんだけ能力を駆使しようとも数の差はどうにもならない。まあ、かなり覆してはいるけどさ、無傷で勝てるかと言えばそうでもない。
スティムの手持ちがない。
漁ればどっかにありそうだけど、とりあえずはこの窮地を何とかしなければ。
「へへへ」
「鬼ごっこはお終いだ、さあ、どこの部位から抉られたいのかな？」
「タイムオーバーだよ。プリンセスっ！」
「どうされたいんだい、チビ女っ！」
「ビビってんのかよ、お前」
新たに5人。
数は問題じゃない。
問題なのはその武装だ。
全員接近戦の武器を持っている、鉈を手にしてニヤニヤしている。対私用っ感じで温存していたレイダーってわけじゃないだろうけど、たまたまそうなった模様。能力、弾丸以外は自動発動しない。
任意能力で倒せ？
遠巻きに道らを見ている人狩り大隊長がいる、能力は出来るだけ温存したい。
3度目はかなりの疲労になるからだ。
大隊長が叫ぶ。
「殺せーっ！」
『イエッサァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ！』
傷が痛む。
立てそうもない。
片膝を付いたままミスティックマグナムをもう1丁引き抜いて連射。
痛みと能力酷使で狙いが定まらない。というか能力を使わない場合、必ずしも百発百中ではない、まあ、あたりまえだけど。
2人倒した、だけど3人は倒しそこなった。弾丸は弾倉にまだ残ってるけど接近されたっ！
鉈を振りかぶって飛びかかってくる。
後ろに引く？
左右どちらかに転がる？
いや、この場合は……。
「前に飛び込むっ！」
ズキ。
痛みに悲鳴を上げる足を酷使して前に飛んだ。その行為に抗議するように血が傷口から溢れだす。敢えて前に飛び込むことにより、敵の方に飛び込むことにより、間合いを若干崩した。相手が
鉈を振り下ろすタイミングを若干狂わせた。若干ね。軽く左肩に入って、そのまま刃が通り過ぎる。防刃仕様とはいえ鉈を防ぐには防御力が足りない。
傷つきながらも私は敵3人は交差し、通り過ぎる。
ごろごろごろと前に転がりながら素早く振り向いて銃を連射。
レイダー3人の背後から銃弾を叩き込む。
排除完了っ！
さらに振り返り今まさに軽機関砲を撃とうとしていた大隊長に連打。
3発撃ったものの、駄目だな、本当に当たらない。
軽機関砲そのものは弾き飛ばしたけど相手には当たらなかった。まあ、ハチの巣にされなかっただけマシか。視界に入る限りは弾丸は自動でスローになるとはいえ、今のこの状態では見えても避けれない
大隊長は吠え、右手のチェーンソーを手にこちらに走ってくる。
銃を構えようとするものの血を流し過ぎたのかクラっとしその場に私は倒れた。一瞬意識が飛ぶ。
……。
……おいおいおい起きろ私っ！
手に銃がない。
倒れた際に手から離れたらしい、その間に大隊長はチェーンソーを振り上げ、振り下ろしたっ！
咄嗟に右手で落ちている鉈を掴み、チェーンソーを受け止める。
火花が散る。
受け止めたって……受け止めれるか、そんなもんっ！
普通に力負けする。
両手使って支えても押し切られそうだ。
ならばっ！
素早くポケットに手を突っ込んで32口径ピストルを取り出して相手の足に弾丸を連打。
支える足が穴だらけになってことにより形勢逆転、大隊長はその場に崩れ落ちた。私は弾丸がなくなった32口径ピストルを捨て、ミスティックマグナムを1丁拾って後ろずさる。
右手の鉈を地面に突き刺して支えにし立つ。
立つ意味？
特にない。
言うならば見栄ってやつだ。
「何か遺言はある？」
「例えこの俺を殺そうとも師団長たちがこの仇を取ってくれるだろう、お前は惨たらしく殺されるのだっ！ 俺は死を恐れない、俺の言葉を恐怖として刻むがいいっ！ そして……っ！」
ばぁん。
弾丸を大隊長の腹部に叩きこきこむ。
腹に撃たれてもすぐには死なない。大隊長は茫然と腹部に手を当てたまま私を見ている。どこかキョトンとしているような感じだ。
私は肩を竦めた。
「ごめん、遺言聞こえなかった。また最初から頼める？」
「……き、貴様……」
ドサ。
悪党に遺言なんざいらない。
死んどけ。
妙なプライドも勇ましい死に様とやらも皆無な無様な死を晒せ。
「リンカ」
私は茫然と呟く。
結局。
結局の子を私は救えなかったんだな。
「虚無殺意憎悪、そしてたっくさんの怨念と無念、良い贄でした、どうもです。思ってたよりも強いのね、なるほどなー。だけど人形撃たれたからって頑張り過ぎ。きっとお仲間引いてるよ」
「……っ！」
ざわざわということが耳元に響く。
振り返る。
誰もいない。
な、何だ、今のは。
私はその場に尻餅を付く。
……。
……あー、体が限界っぽい。
ダメだ。
だるい。
「優等生っ！ おい、クソ、ボロボロじゃねぇか。俺様は周辺警戒するから、アマタ、スティム打ってやれっ！」
「え、ええっ！」
幼馴染たち到着。
ブッチは9㎜ピストルを２丁手にして周囲を警戒。よく見ると彼の右肩が血だらけだ。
プス。
スティムパックの針が私の体に入る。
体内に癒しの薬液が充ちていく。
「大丈夫、ミスティ」
「血を流し過ぎたけど、まあ、何とか。ブッチも撃たれたの？」
「あの敵の数だから撃たれたわ。私は大丈夫。彼もスティムパックで治したわ」
「そう」
「それにしても、その、そんなにお人形が好きなの？」
「人形？」
何の話だ？
「リンカって呼んでた人形」
「リンカ、えっ、はっ？」
「昔ボルトの映写室で一緒に見たよね、あの人形はその時に見た日本人形とかいうのに似てた。紫色の着物って衣服を着た、髪の長い人形。……えっと、それ欲しさに大暴れ？」
「えーっと」
アマタの瞳に恐れが宿っているのは気のせいでしょうか？
あれー？
どういうことだ？
「ブッチ」
「ん？ どうした？」
「車は無事？」
「おお、まあな。盾代わりにしてたから車体にだいぶ穴が開いたがよ。走るだろ。たぶん。それがどうしたよ？」
「連れてって」
体に力が入らない。
トラックに備え付けられている無線機で確認しなきゃ。
体を引きずるように、というか実際２人に引き摺ってって貰って軽トラックに移動。
……。
……まさか、車の修理代は私持ちなのか？
スマイリング・ジャックのことだ、ありえる。
嫌だなぁ。
運転席に座り、無線機を起動。
周波数はこれでよしっと。
＜こちらギルダーシェイド保安官事務所。悪いが保安官ならいない。そっちは誰だ？ 悪戯か？ 悪戯ならこの回線から出て行け＞
「私よデズモンド、ミスティ」
ギルダーシェイドに現在2頭の犬と住んでいるデズモンド・ロックハートの声だ。
当然昨日宿泊した際にも会ってる。
別に保安官ってわけじゃないけど電話番というか無線番を頼まれて保安官事務所、まあ、ポールソンの家にいるようだ。
＜赤毛さんかよ。どうした？ 何かあったか？ 現在この街は警戒中だ。住民たちが武器を手にピリピリしてる。ポールソンも妙なタイミングで女遊びにリベットまで行ったもんさ＞
「警戒中？」
何か、ああ、バザーの異変を察知しているのか。
そうね。
地理的には凄く近い。
街から黒煙が見えているのだろう。
「バザーの件なら問題ないわ。人狩り師団は撤退した。ほとんど処理したけど、何人かは逃げた。悪いけどそっちまで手が回らないから残党には気を付けて。それと、バザーは、今は誰もいないから」
最後の言葉辺りで声を潜める。
彼なら意味が分かるだろ。
＜そいつは心躍る言葉だな。宝探しってやつか。だけどいいのか、お前さんは正義の味方って奴だろ？＞
「商人たちは全滅してる。どうせ放っておいてもスカベンジャーあたりが寄って来るだけだし、お好きなものがあればどうぞ。BOSも呼ぶから、まあ、お早めに」
別に変なことは言っていない。
バザーの壊滅は確かに痛ましいがどの道すぐにスカベンジャーあたりが集まってくる。
結局漁られるのだ。
現在ギルダーシェイドはメガトン共同体に参加している。リベット評議会がBOSの傘下に入ったので系統的には異なるけどさ。
ともかく。
ともかくギルダーシェイドも共同体入り。
ただ、別に共同体構想は全部の街の資産を一括して共同体運営しているってわけではなく、分担金をそれぞれの街の規模で捻出し、その分担金で警備兵の派遣とか街道の整備を担っている
だけ。つまり全部の街が平等になるってわけではない。今までより発展はするけど、やはり辺境は後回しになる。中央から整備され、辺境に広がっていく、そんなスタンス。
それが悪いかは知らないけど、まあ、基本誰がやってもそうなるだろ。
実質メガトンが一番栄えているし、栄えているところから中心に富が広がっていくのはある程度普通のことだと思う。その方が効率的だろうし。
だから、結局それがビッグタウンやアンデールのような問題に繋がる。
整備の遅れがBBアーミーのような連中の介入を許してしまう。
ギルダーシェイドはさらに辺境だし加盟が遅れたから、まだあまり共同体としての恩恵を受けていない。支援を待つより、バザー残骸である程度の物資を手にして体力を付けるべきだろう。
長くなったけど、私的にはそんなつもりで勧めている。
「それよりデズモンド、聞きたいことがあるの。リンカは？」
＜リンカ？ ああ、あの子供か。父親に聞いたんだがこのまま西海岸に帰るそうだ。さっき挨拶に来た。まだ宿にいるが、何だ、話でもあるのか？＞
「何でもない。またね。通信終了」
通信を切る。
となると、あれは幻か？
考えてみたら小さな女の子とはいえあんなに簡単に宙を舞うほど投げれるわけないか。
……。
……何かこの間からおかしいなぁ。
変な爺ちゃん見えたし。
話もしたし。
だけどポールソンには見えていなかった。
能力使った影響で今更ながら精神か脳にダメージ来て幻覚が見えてるのか？
嫌だなぁ。
「あ、あのー」
何故かよそよそしいアマタさん。
まあ、気持ちは分かる。
だいぶ敵をデストロイしたし人間規格外だもんな、私。ビビッて当然だろう。
「何？」
「漁るの？ その、ここを？」
「ええ」
放っておいてもスカベンジャーたちの宝山になるだけだし。
「人が沢山、その、死んでるのよ？」
「私達が廃墟とかで得ている物だってゲームマスターが配置してくれたものでも何でもない、随分前に死んだ人たちの残骸。意味は同じよ。まあ、視覚的にえぐいし納得できないだろうけど」
「……」
「生きるのって、理屈通りにはいかないの」
「……」
カルチャーショックだろうなぁ。
だけど知らないとはいえアマタにだって責任はある。こんな物騒なエリアに来た方が悪い。人類規格外の私だって最初は旅立ちの街的な辺りをうろうろしてたんだし。
アマタはいきなり魔王城周辺まで来ている感じだ。
ブッチがフォローする。
「そんなに言ってやるなよ、優等生。アマタの感性は別におかしくはねぇよ。だろ？」
「そうね。分かってる。ブッチ、それはそうとサンセットサルバリラを集めてくれる？ 私はBOSにも連絡したいし、ちょっと体調的に動けない」
「ちっ、仕方ねぇな。その代りPIPBOYの修理代は本気で棒引きにしろよ？」
「約束でしょ、分かってる」
「警戒はどうするんだ？」
「アマタに任せる。アマタ、よろしく」
「え、ええ」
分担完了。
ブッチはテントの残骸を巡り始める。私は周波数を合わせ、要塞に繋げる。
＜要塞＞
「2035986」
識別番号を口にする。
数秒向こうは沈黙。
＜照合しました。どうしましたか、スター・パラディン閣下。何かトラブルが？＞
思わず苦笑。
確かにトラブルなきゃわざわざ通信しないもんな、私。
別にBOSってわけじゃないし。
称号は、まあ、ありがたい。ある程度は楽出来るしタクシー呼べるし。でもそれ以上でも以下でもない、BOSに対して愛着というものは全くない。
とりあえず今回はトラブルではない。
あくまでお知らせだ。
善意のね。
「バザーが開催しているのは知ってる？ そこが人狩り師団によって襲撃されて壊滅したわ。人狩り師団は蹴散らした。現在無人。ギルダーシェイドの住民も来るけど、BOSもどうかなって」
別に彼らに抵抗はないだろ。
ミュータント化していたとはいえわざわざピットの住人を抹殺してまで戦前の遺産を奪ったわけだし。
＜ちょうどセンチネル・リオンズがボルト112で手に入れたVRシュミレーションの飛行訓練を終え、実地をしようかというところです。飛行ルートをそちらに変更するように上に提案します＞
「ボルト112？」
変態幼女博士がいたところだ。
ふぅん。
あのシュミレーションの機械を持ち出したのか。
ボルト112も管理下にあるのかな？
センチネル・リオンズ、ね。
サラのことだ。
「悪いけど私は長居はしないから、サラにまたどっかで会いましょうと伝えておいて。通信終了」
「ミスティっ！」
通信を切るとアマタの金切り声が聞こえる。
ハイハイ聞こえてます。
そして見えてます。
車から飛び降りてミスティックマグナムを2丁引き抜く。
青い軍服の集団が散開、私たちを取り囲もうと動いている。BBアーミーだ。銃口はまだこちらに向けられていないけど、私たちと仲良しって雰囲気でもない。
「あんたら何者？ スカベンジャー？ お早いお着きね」
言ったのは私ではない。
階級章を胸に付けた、軍服の女だ。階級は不明、あの階級章がどの階級を差すのかは知らない。もしかしたらただのワッペンかもしれないけど。
髪は金髪、丸刈りに近い短髪。
顔立ちは悪くない、かなりげっそりと痩せているけど、美人さんの部類だ。髪伸ばしたらモテるんじゃないかな。
……。
……ちっ、体型は、私をはるかに上回ってやがるぜー。
ルックアウトにいたミス・グラマラス同様に胸がめちゃくちゃでかい。こっちの彼女は痩せ過ぎだけど。
あー、そういえばあいつどうなったんだろ、トドメ刺してないし、ソドムで別れたきりだなー。
「私はミスティ、スカベンジャーではないわ」
「ああ、あんたがあの」
「そちらは？」
油断はしていない。
ただ、敵意は感じない。
「私はサンディ大尉、見ての通りBBアーミー。この部隊の指揮官。人は私を肉欲のサンディと呼ぶわ」
「肉……」
えろい意味だろうか。
私が何を考えているのか分かったのか、彼女は楽しそうに笑った。
「違う、そうじゃない。肉好きなのよ、三度の飯よりね。暇さえあれば始終食べてる」
「肉好き」
その割には太ってないな。
「あなたって天使とか呼ばれてるわよね」
「天使」
前にアガサさんに言われたぐらいだな。
あとスリードッグの放送でも何度か言われたような。
「美味しいのかしらね、天使の肉は」
「はっ？」
「今のところ色々食べたけどバラモンが一番だった。やっぱり天使っておいしいのかしら。ねぇ、どう思う？」
「ふぅん」
一歩下がる。
こいつヤバい奴か？
くくくと彼女は笑い、それから首を横に振った。
「冗談よ。話を先に進めましょう。我々は人狩り師団への報復に来た。けど、もういないみたいね？」
「残念。蹴散らした」
「そうなの、さすがね。私らに権利はないけど主張したいものがあるんだけど」
お零れ狙いか。
たぶん報復というよりは壊滅したバザーの物資狙いだろう。
別に構わない。
私らのものでもないし。
「ご勝手に」
「あら、太っ腹ね」
「先に警告はしておく。ギルダーシェイドもここに漁りに来るし、BOSも来る。私らは私らで漁るし、そっちはそっちで漁ればいい。下手に喧嘩は、しない方がいいわよね？」
私はともかくBOSを敵に回す気はないだろ。
一応釘を刺しておく。
「もちろん喧嘩するつもりはないさ、誓ってもいい」
最近誓いの言葉も安くなりましたけどね。
何気に毒舌か、私？
すれてきたなぁ。
「ところで肉欲さん、聞きたいことがあるんだけど」
「何？」
「BBアーミーって誰が取り仕切っているの？」
「ブルーベリー大佐さ」
「ブルーベリー大佐？」
「元々は下級士官だったんだけどさ、カール大佐のクーデター騒ぎとかジェファーソン記念館での決戦でタロン社は分裂してね、バニスター砦の部隊を立て直して確固たる戦力を維持したことで
大佐になったんだよ。今のところは警備会社云々で地元とそれなりには付き合えてる。最終的には知らん。私は気に入ってるけどね、今の態勢」
「そうなの？ というかそうじゃないのもいるの？」
「そりゃいるさ。メンバーは旧タロン社系だけじゃなくてレイダー系とかもいるしね。警備なんてクソ食らえなのはいるよ。タロン社系にもね。まあ、大佐の心底も分からないけどさ」
「もう一つ聞きたい。カールはどうなったの？」
「知らないね、あの裏切り者がどこでくたばろうと知ったことじゃない」
「ふぅん」
ジェファーソン決戦直前に逃亡したカール。
最終称号は大佐。
死んでるのか？
それとも……。
その後、私たちはサンセットサルバリラを積んでタワーに戻った。
車が穴だらけなのは文句言われたけど。
このままボルト101に戻っても良かったんだけど、そうも行かなくなった。
タワーがフェラルに取り囲まれたからだ。
そして3日が無為に過ぎた。