私は天使なんかじゃない






うつろい





  全てはうつろっていく。
  人の心さえも。






  ジェットヘリは着陸する。
  私は飛び降り、ポールソンも続く。周囲を警戒。特に何もない。荒野が続くだけだ。ヤオ・グアイの類も見当たらない。
  荒野には少女が横たわっている。
  「ポールソン」
  「この子だ」
  リンカ。
  それが私たちが追っている少女の名前。
  西海岸から来た商人の娘で、ギルダーシェイド付近で誘拐された女の子だ。
  誘拐犯2人は罰を与えた。
  1人はミスティックマグナムで瞬殺したし、もう1人はヤオ・グアイの群れに食べられた。厄介払いは完了している。
  「無事そう?」
  「ああ」
  よかった。
  ポールソンが少女の側で屈みこんで折れてないかとか調べているけど、見た感じ息はしている。
  寝ているだけにも見える。
  走行中に窓から放り投げられたにしては、元気そうだ。
  「あなたが見ていてくれたのですか?」
  「……」
  老人が側にいる。
  杖を持った、金色の目の老人。どこか洒落ている服装。旅人には見えない。
  老人は私の顔を覗き込み、まじまじと見ている。
  悪意は感じられない。
  何だろ?
  「私に何か?」
  お礼で催促しているのかな?
  かもしれない。
  たぶん、この老人がリンカを見守ってくれていたりしたのだろう。
  「お前さん、運命を信じるかの?」
  「はっ?」
  「運命」
  「えーっと」
  脈絡もないな、この人。
  「それってつまり最初から全部決まってる的な?」
  「そう。それ」
  「えーっと」
  私にここで語れと言うのか?
  私の運命の解釈を?
  ……。
  ……何かの宗教の勧誘か、これ?
  とはいえ見ず知らずのリンカの側にいて開放したりしてくれていたであろう人に対して、無下には扱えない。
  語ってみるかー。
  めんどいけど。
  「運命なんて私は信じません」
  「ほう? 何故?」
  「全ては最初から決まってたー、これ個人限定なら、まあ、成り立つでしょうけどね。運命って等しく神が人間に対して定めた的なやつですよね? その場合、人類は決まったことを延々とさせ
  られてるだけじゃないですか。嫌なことも楽しいことも全部決まってたとしたら、そんなのただの罰ゲームです。シムシティ、いや、ポピュラスか、やってる側は楽しいでしょうけどね」
  「つまり?」
  「つまり。私は神の存在を否定してるってことです。万人が信じる神はいるでしょうけど、それって心の中にいる神様だと思うんですよ」
  「中二病じゃな」
  「う、うるさい」
  遠慮なしの言葉となってしまった。
  だけど仕方ない。
  中二病宣言されたらこうもなるさ。
  「お前さんでもいいんじゃけどなぁ」
  「はっ?」
  「何というかお前さんの場合は欲がないからなぁ。似たような女はわりと欲深いから、周囲の事象全てに手を出すような女じゃけど、お前さんはそういうタイプではないしなぁ」
  「はっ?」
  「まあよいわ。とりあえずキープということで」
  「はっ?」
  全く以て何を言っているんだかさっぱり分からない。
  何なんだ、この老人。

  「ミスティ」

  「えっ?」
  ポールソンに呼ばれてそちらを見る。
  怪訝そうな顔をしている。
  「どうしたの?」
  「どうしたの、はこっちの台詞だ。何を1人でブツブツと言っている?」
  「1人って……」
  「1人だろ」
  「……」
  振り向くと老人がいなかった。
  あれー?
  「ここに、その、お爺ちゃんいたよね? ずっとリンカの側にいたよね?」
  「何を言ってる?」
  「えーっと」
  「お前さんは能力者とかいうやつだったっけ? 能力使い過ぎてボーっとしてたんじゃないのか? リンカは無事だ、息している。特に外傷もない。奇跡だな。ヘリってやつに乗せよう」
  「え、ええ」
  老人がいない。
  うーん。
  確かにバザーで1回、誘拐犯に1回、計2回能力を発動している。自動発動は勝手に発動するし制限はない、少なくとも今のところは。それに対して任意での発動は使えば使うほど偏頭痛がする。
  頭が痛いしその関係で幻覚を見ていた?
  ……。
  ……だ、だいぶ、ヤバイ症状だなー。
  幻覚どころか幻聴もしたし話もしてしまった。
  少し休憩しなきゃ。
  リンカをポールソンがヘリに乗せる。まだ意識は戻っておらずリンカは目を瞑ったままだ。
  さて、どうしたもんか。
  「ポールソン」
  「何だ?」
  「どうしたらいいと思う?」
  「そうだな」
  「テンペニータワーに誘拐犯を使ってた連中がいる。奴隷商人の残党。……奴隷商人っていうのは、パラダイス・フォールズって場所を拠点にしてた悪党どもね、仲間たちと一緒に私が潰した」
  「その生き残りってわけか」
  「そう」
  「じゃあ絞りカスどもをとっとと潰して平和にするとしよう」
  「良かった。私もそれは思ってた。問題はリンカを連れてギルダーシェイドに一度戻るか、どうか」
  「ふむ」
  こちらの人数は2人。スティッキーは戦力には勘定してない。
  テンペニータワーを取り仕切っているスマイリング・ジャックは金で転ぶ。前回のマダムの時のようにキャップで抱き込めば奴隷商人たちの不意を衝ける。不意打ちさえ出来たら勝てるだろう。
  リンカはヘリに待機させておけばそれでいい。
  もちろん早く両親のところに送り届けてあげたいというのもある、ただ往復すると奴隷商人たちがいなくなってしまう可能性もある。
  居場所が分かる内に叩きたい。
  「俺らだけで勝てる相手か?」
  「何とかなると思う」
  「だろうな。じゃなきゃこんな提案しないわけだしな。良いぜ、乗った。俺は奴隷制には反対なんだよ。ぶちかましてやろうぜ」
  「あはは」
  気が合う相棒ですね。
  さあ、悪党退治と行きますか。
  「行きましょう」
  「ああ」
  ヘリに駆け寄る私たち。
  「スティッキー」
  「なんだい?」
  乗り込んで、扉を閉めてパイロットに直談判。
  「テンペニータワーに乗せて行って欲しいんだけど」
  「この子の家?」
  「違う」
  後部座席に寝かせているリンカの両親はそこにはいない。もっとタワーが近ければスティッキーにリンカを送ってもらい、私たちは徒歩でタワーにという方法もあるんだけど地味に遠い。
  奴隷商人どもに逃げられる可能性がある。
  それは困る。
  スティッキーはため息を吐いた。
  「やれやれ、俺はまだスリードッグの所に帰れないってわけか」
  「ごめんなさい」
  「いいよ、別に。どの道帰ったところで今日は雑用しか用事ないんだから。……今日帰らなかったら、雑用はあいつがやってるかな?」
  「雑用の内容は知らないけど、明日に持ち越しして残してるかもよ?」
  「うー」
  「それでも、手伝ってくれる?」
  「そういう聞き方やめてくれよ。断れないじゃんか。まあ、別にいいさ。友達だしな。ただし、俺が困ってる時は無条件で手伝ってくれよ?」
  「……それは話数増えるってこと? 新たにスティッキーに関する話が数話続くっていう前振り?」
  「はっ? 何言ってるんだよミスティ、意味分かんないぜ?」
  「ごめん、能力行使の反動で偏頭痛が」
  「しっかりしてくれよ」
  「ごめん。それでー、乗せて行ってくれるの?」
  「いいよ」
  「ありがとう」
  頼りになります。
  頼りにしてます。
  「ポールソン、武装は?」
  「充分だ。出掛ける時は完全武装って決めてるんだ」
  「良い習慣ね」
  「だろ」
  ジェットヘリは空を舞う。
  このままテンペニータワーまで向かってもらうとしよう。中庭は降下する広さがあるし問題ないだろ。
  グリン・フィス不在とはいえ私も完全武装だし別に体調も悪くない。
  能力2回使ったからちょっと頭が痛いけど充分戦えるコンディションだ。
  窓から外を眺めながら優雅な空の旅と洒落込もう。
  すぐに戦闘だけどさ。
  それまでは……。
  「あれ?」
  眼下に大型のトレーラーが停まっている。廃車って訳ではなさそうだ、排ガスが出ている。荷台の部分から誰かが数人の……女か、女だな、数人の女に引き摺られるように荷台から放り出された。
  あれは男?
  男の左手が妙に光って見える。
  何か装着してる。
  この高さだからよくは分からないけど……あれはPIPBOY?にも見える。目を凝らす。駄目だ、やっぱりよく見えない。
  女たちは男を無視して荷台に乗り込み、そのままトレーラーは走り去った。
  男はとぼとぼと歩きだす。
  何だー?
  「サロンド乙姫だな、あれ」
  ポールソンも見ていたのだろう、そう呟いた。
  あれ?
  聞いたことある名前だな。
  どこで聞いたっけ。
  「知ってるの?」
  「ああ。走る娼館だ。客の選定理由は分からないがギルダーシェイドのロナウドって脳みそピンクの奴もあれに乗り込んでどっかに行っちまったよ。キャップがあれば客になれるってほ訳ではない
  らしい。そういえばあの野郎まだ帰ってきてないな。連日連夜で腰が抜けちまってるのかもな、ははは」
  「そういう話やめてよ」
  「すまんすまん」
  「まったく。サロンド乙姫、どっかで聞いたような……あー、メガトンか」
  そうか。
  あれがノヴァ姉さんが言ってたサロンド乙姫か。
  だとするとあの男、あれがPIPBOYだとするとワリーかも。そういえば女たち連れまわしてメガトンでブッチを泣かしていたような。
  ……。
  ……だけど何で捨てられてるんだ、あいつ?
  ポールソン曰く別にキャップの量が客になれる理由ってわけでもないらしい。じゃあ何でなれたんだ、そして何で用無しになったんだ?
  「どうするミスティ、降りるのかい?」
  「いいわ別に」
  ワリーなら自業自得だろう。
  「よかった」
  「よかった?」
  「燃料が心許ないんだ。あんまり離着陸を繰り返したくない」
  「ああ、そうなんだ」
  確かに燃料は死活問題だ。
  あっちこっち飛び回ってもらってるんだ、燃料がそろそろヤバいのは当然か。気付かなかったのはちと無神経だったかな。
  「テンペニータワーで補給しましょう、それぐらい私が出すわ」
  「サンキュー」
  「その代り最高の操縦してよ?」
  「こりゃ手厳しいな」
  「あはは」
  スマイリング・ジャックは商人だし、たぶんあるだろ、燃料。
  もっとも相場が分からん。
  誘拐犯からキャップ巻き上げておくんだったな。
  私の手持ちで足りればいいけど。
  「そうか」
  奴隷商人から巻き上げたらいいのか。
  今の私から見たら連中は歩く宝箱のようなものだ。げっへっへっ(鬼畜顔)
  仲間内で話しながらヘリは進む。
  30分後。
  ヘリはテンペニータワーの中庭に着陸。その間リンカは目を覚まさなかったけど、何やら寝言を言ってたし大丈夫かな。
  タワーのセキュリティ兵3名が武器を手にこちらに寄ってくる。
  私は扉を開けて降りる。
  ポールソンも続いた。
  セキュリティの1人が口笛を吹く。
  「ひゅー。こいつは凄い、空からのお客さんは初めてだよ。BOSは、まあ、例外だけど」
  「ここに着陸していていいかしら?」
  「構わないよ。別に規定はない」
  「料金は?」
  「料金?」
  怪訝そうな顔をした。
  バザーでの教訓はここでは必要ないようだ。バザーではBBアーミーに車爆破されたからな、駐車料金払わなかったから。
  まあ、正確には咥え煙草したままガソリン缶を開けられたから爆発したわけだけど。
  何だってガソリン缶を開けたんだろ。
  酒でも入ってると思ったのか?
  いずれにしても勝手に開けて、勝手に車ごと爆発して、勝手にこっちを敵視するのは迷惑だ。
  くそ。
  あいつらの1人を誰でもいいから一発ぶん殴っとけばよかった。
  「スティッキー、ここにいて」
  「分かった。付いてかない、絶対に、付いて行かない。ろくなことなさそうだから」
  「私と付き合うだけでどこにいても災厄が来るかもよ?」
  「……洒落にならないから言わないでくれ」
  「あはは。行きましょう、ポールソン」
  「ああ」
  ポールソンを伴ってタワーに入る。
  新聞読んでるスーツ姿の連中がチラホラ。こいつらが屋内用のセキュリティ兵なのはもう分かってる。いかつい武装ではなくクールに決めてるってわけですね。
  その他にも旅人とかスカベンジャーとかが数人いる。これは客だろう。
  ……。
  ……おや?
  こちらをじーっと見ている2人がいる。
  恰好は悪くない。
  洒落ている。
  そいつらは私がちらりと見るとわずかに嫌そうな顔をした。
  私を知ってる、か。
  顔を見合わせると階段に向かい、そのまま消えた。
  こりゃ当たりかな、まだいるな。
  受付に向かう。
  「景気はどう?」
  無愛想なこのタワーの支配人に声を掛ける。
  スマイリング・ジャック。
  「あんたが来るまでは儲かってるよ。今からは、知らないけどね。この間の損害賠償しに来たのか?」
  「あれはマダムの手下の遺品で払ったじゃないの。ああ、マダムは?」
  「知らないね」
  「キャップ払えば?」
  「思い出すかもしれないし何も知らないかもしれないな」
  「ふぅん」
  これは何も知らないな。
  マダムが今更戻って来るわけないか。だけど私にしてみればあんなのはどうでもいい。レギュレーターが人狩り師団に関係しているんじゃないかと追ってるし、向こうで処理するだろ。
  今のところ私はまだ人狩り師団に接触してないな。
  まあいい。
  「ヘリの燃料ってある?」
  「ヘリの?」
  「ええ。どんな種類があるかは専門外だから知らないけど」
  「あるよ。ヘリは外に?」
  「ええ」
  「どれだけ補給する?」
  「満タン」
  「金はあるんだろうな? 最低でも1000はいるぞ?」
  「大丈夫」
  安いんだか高いんだか。
  まあ、今のご時世燃料系は使い道がない代物でかなり安い。車はともかくヘリなんてキャピタルであれぐらいだろうしヘリ用燃料は安い……はず。足元見られない限りは。
  支払う。
  「チャーリー、外のヘリ見てきてくれ。燃料を給油して来い」
  「イエッサー」
  スーツの1人が頷き外に出て行った。
  さて本題に入ろう。
  「実は情報が欲しいのよ」
  「マダムか?」
  「あいつはどうでもいい。さっき消えた2人はどこの階にいるの? たぶんフォーティって奴の仲間だと思うけど」
  「8階だよ。フロア全て借り切ってる」
  「……」
  「何だよ? 不服か?」
  「キャップ取らないんだ。何か企んでる?」
  「あんたらが来た、あいつらがコソコソと話して消えた、あの連中に用があってきたのは分かるし、あの連中も臨戦態勢になっている、別に隠す必要はないだろ。ただし対処策はタダじゃ駄目だ」
  「いくら?」
  「お気持ちで」
  嫌な言い方だ。
  相場が分からないと面倒。安ければ重要なことを言わないだろうし、払い過ぎればこっちが損をする。知っていること以上は言えないわけだから、払い過ぎは損だ。
  これがメガトンならいい。
  家に帰ればいくらでもあるから。
  出先であるここではそれが出来ない、少なくともアマタに会うまでは帰れない。
  節約はしないと。
  「500」
  「……」
  「500」
  「……」
  「500」
  「もう一声って気はするが、それ以上は払わないってことか。まあいいさ。教えてやるよ。ここはエレベーターは使えない、階段で登るしかない、当然連中は8階付近の階段を封鎖して待ち構えている」
  「でしょうね」
  「知ってるか? ここってルームサービスやってるんだぜ」
  「値切るわ。200で充分。言いたいことは分かった、貨物用のエレベーターは生きてるのね、じゃなきゃ上に物は運べないものね。先に私が答えを言った、200で充分」
  「おいっ!」
  「でも貨物の使用料は払うわ、300」
  「1人300だ。つまりは600だな」
  「いいえ1人だから300だけ。ポールソンは貨物用エレベーターで行って。私は階段から行く。陽動作戦ってわけ」
  静かにポールソンは頷いた。
  カウンターに500キャップを置く。支配人は不服そうだが何も言わなかった。
  「ドンパチし始めたらポールソンもパーティーに参加して」
  「あいよ」
  「ちょっと待て赤毛の冒険者、8階から先には行くな。そこから上の階は、20階までは俺らのプライベートルームだ。いいな?」
  「ええ。それよりも8階にしかいないのよね?」
  「安心しろ。フォーティの一味は8階にいる。12、いや、15ぐらいか。さすがに配置は知らんけどな。1人義手の女がいるが立ち位置的にフォーティと同格か上だ」
  「へー」
  誰だか知らんけどさ。
  「2階から7階にも客がいる、そいつらには当然だが危害は加えるなよ。あくまでここは客商売なんだ。あんたが誰だろうがそいつは許さん」
  「人を虐殺大好き人間みたいに言わないで欲しいんだけど」
  「ふん」
  「建物の間取りはある?」
  「欲しいのか?」
  「ええ」
  「30キャップだ。8階のだけでいいんだろ?」
  「……よくコピーしてあるわね」
  「商売上手っていうのは用意が良いもんさ」
  そういうもんだろうか。
  キャップを支払い私は間取り図のコピーを受け取る。
  ポールソンにスタンバるように言って別れる。上に……行く前にスティッキーに会う為に私はタワーを出て中庭に向かう。
  静かに奇襲はもう無理。
  エントランスに手下を配置して置くとは敵ながらなかなかやる。まあ、ミスティが攻撃してくる、と思って配置していたわけではないだろうけど。おそらくはたまたま私の顔を知る2人がだべってただけ、かな。
  まあいいさ。
  逆にやり易くなった。
  こっちはこっちで出せる手を総動員するとしましょうか。
  「スティッキー」
  「終わったのかい?」
  機体にもたれ掛っている操縦者に声を掛ける。補給はまだ行われていないようだ。スマイリング・ジャックの部下たちが用意をしている最中。
  「リンカは目を覚ました?」
  「まだだけど」
  「そう。実は頼みがあるのよ」
  「頼みって?」
  「8階あたりを飛び回って欲しいの。これ間取り図。要は8階の辺りをぐるぐる回って、窓から中を見て。敵のいる部屋を教えて欲しいの。そっちに無線機ある?」
  「あるよ。携帯用の予備もある。欲しい?」
  「貸して」
  「どうぞ」
  「ありがとう」
  「ミスティとつるむとなんか大変なことばかりだよ。どんな星の元に生まれてきたんだよ、ほんと」
  「それは私も知りたい」
  思わず2人で笑い合う。
  聞けば戦闘終了までの燃料ぐらいはあるようだ。補給は終了後にしてもらい、私はスティッキーと別れる。そして再びエントランスに入る。スマイリング・ジャックはご勝手にどうぞと言って
  無愛想な顔で雑誌を読み始めた。いい面の皮ですね、本当に。自分とこのタワーでドンパチしててもキャップさえ払えばいいってどうよ?
  もちろん手下引き連れて介入されても面倒だけど。
  階段を上る。
  階段を上る。
  階段……以下略。
  「あー」
  こいつは選択ミスかも。
  8階まで上るのってかなり体力失う。足痛くなってきた。
  アサルトライフルを構えて進む。
  向こうさんは既にパーティ開催を知っている。向こうは向こうで歓迎の準備をしていることだろう。武器とかクラッカー、シャンパンを持ってさ。私を歓迎してくれることだろう。知られている以上、こっちも
  ヘリを飛ばしてるし私もステルスで向かって神経すり減らさなくて済むんだけど向こうの方が数が多いからな。いくら私が能力持ちとはいえ油断は禁物だ。慎重に行こう。
  とりあえず6階までは不意打ちがなかった。
  ふぅん。
  これはシンプルに8階の階段で集結しているのかな?
  一応6階の様子を見る。
  廊下には特に人影はない。
  壁に女性を押し付けてラブしてる男性なんて見えないし女の嬌声も聞こえない。
  くそ、したきゃしてもいいけど廊下ですんなよ。
  どんなタワーだよ。
  ……。
  ……あー、もしかしてここってそういう系のホテルなのか?
  嫌だなぁ。
  そんな行為を扉を少し開けて見てるいるのがチラホラいる。客層良くないんじゃないか、ここ。
  私は見なかったことにして次の階に進むべく階段を上る。
  7階に到達。
  敵さんは次の階だ。
  「ふむ」
  PIPBOY3000を起動。
  この距離あたりからなら8階の布陣が分かるかな?
  近くに生体反応多数。
  8階の階段登りきったあたりに多数確認。どうやら敵さんはそこに集結しているようだ。分かり易い。一応7階の廊下も見てみるけど、立ち話してる連中とかがいるぐらいで特に問題はなさそうだ。
  1人か2人ぐらい7階の部屋に伏せているのかもしれないけど、奴隷商人どもは基本8階でケリをつける気らしい。
  それはつまりスマイリング・ジャックを敵に回したくないからだろう。
  借りているフロア以外でのドンパチをして客に怪我をさせたくないのだろう。そうするとあの強欲な商人、この辺りでは権力があるんだな。考えてみたらここにはBBアーミーの売り込みもなかったみたいだし。
  なかなか油断ならんようだ、あの商人。
  さて。
  「始めるか。Kronosっ!」

  どくん。
  どくん。
  どくん。

  全てがスローに。
  私の世界が広がる、私だけの領域。
  操れる時間は限られているけど階段を駆け上る程度は余裕がある。いた。5人が私が来るのを手ぐすね引いて待っている。
  無駄なんですけどねっ!
  アサルトライフルのトリガーを引き、そして能力解除。
  敵は突然目前に現れた私を見た瞬間に弾丸を叩き込まれて全滅。
  「はあはあ」
  止めれば止めた分だけ、使えば使った分だけ頭痛が激しくなる。
  私1人で無双するには限度がある。
  能力者と言えども無敵ではないってわけだ。
  とりあえず出迎えは全滅。
  私は8階に到着。

  「いたぞっ!」
  「おい嘘だろ、いきなり現れたぞっ! ば、化け物かよ」
  「フォーティたちがやらちまったっ!」
  銃を撃ちながらわらわらと集まってくる。
  廊下で撃ち合うのは得策ではない。挟まれたらさすがに負ける。視界に入る限りは弾丸は自動でスローだけど後ろからは避けようがない。手近な部屋に飛び込む。808号室というプレートが扉にあった。
  808の最初の8は8階、という意味かな。
  当然PIPBOYで内部に誰もいないのは分かった上で入ってる。
  鍵を掛けるて部屋の真ん中で蹲る。
  「うー」
  偏頭痛。
  誰かが頭を乱打しているような感じだ。
  今までだったら操作した時間で攻撃回避や多数を切り崩す敵に使ってた、今回みたく完全に移動に使ったの初めて。相手にしたら瞬間移動した感じになるのかね、便利ではあるけど頭がやばい。
  今度同じ使い方は控えよう。
  というか完全に拒否しますっ!
  頭がー(泣)
  まあ、本日3回目っていうのもあるんだろうけど。

  ガチャガチャ。

  ノブをガチャガチャ向こう側で回している音。
  迂闊な奴。
  アサルトライフルを背負い、ミスティックマグナムを引き抜いて扉に向かって発砲。悲鳴。何かが倒れる音。
  さらにその後銃撃音がフロアに響き渡る。
  私じゃない。
  貨物用エレベーターで奇襲してきたポールソンだ。
  完全に奴隷商人たちは後手に回っている。
  エントランスに入った時点で私に仲間がいたこと、ポールソンのことは見たはず知ったはず。なのに私1人で殴り込んできておかしく思わなかった理由。
  たまたま同時期にタワー入りしただけだと思った?
  違う。
  スマイリング・ジャックがキャップ払いが良い方の味方に簡単になることを知らなかったんだろうな。
  貨物用エレベーターはあいつの助けなしでは使えない。それがキャップ次第で使えるなんて考えなかったのだろう。
  もちろん相手の誤算なんかどうでもいい。
  好都合だ。
  蹴散らしてやる。
  扉を開いて廊下に飛び出る。敵は右手に2人。少ない。飛び出て来るとは思わなかったのか、すぐには撃ってこない。馬鹿めっ!

  ばぁん。
  ばぁん。

  2人にそれぞれ1発ずつ脳天に叩き込む。
  これで当面の敵はいない。
  残りを探すとしよう。

  『……ミ……スティ……こち……ら……』

  「ん?」
  無線機から声が流れてくる。
  スティッキーからだ。
  私は無線機で答える。
  「どうしたの?」

  『大変だ、ポールソンって奴が捕まった。811号室にいる。女が拘束してる。もう1人敵がいる。そいつは扉の方に銃を向けてる』

  「分かった。ありがとう」
  無線を切る。
  残りの敵は2人ってところか。
  少ないな。
  ……。
  ……あ、あれ?
  今思えば最初の時点でフォーティって倒してるような。名前持ちなのにカマセかよ、とメタ的な発言をしてみる。
  さて。
  「よっと」
  ミスティックマグナムの弾丸を装填。
  811号室に向かう。
  このフロアは完全に制圧した。まあ、ここが最後の敵の牙城ってわけだ。残り2人か。簡単だな。
  ヘリで窓から室内を見たスティッキーの情報ではポールソンは敵の女に拘束、もう1人の敵が飛び込んでくるであろう私を銃で牽制しているっと。
  つまり?
  つまり敵さんはいきなり撃つ気はないってことだ。
  ポールソンを無力化せずに……訂正、拘束されているから無力化されてるわけだ……少なくとも五体満足で人賃わけだから私相手に高笑いとか勝ち誇りと化したいのかね。
  まあいいさ。
  私はわざわざそれに乗るほどお人好しじゃない。
  811号室だ。
  1丁をホルスターに戻し左手で私は扉を開ける。

  ばぁん。

  開けた瞬間、問答無用で男の方を射殺。
  女は右手でポールソンを首辺りを掴み、左手に持った……違うか、これはナイフを仕込んだ義手か、ともかくそのナイフでポールソンの首元に刃を突きつけている。
  詰みですね。
  ポールソンも、だけど、女もこれで詰みだ。私に対しての牽制が何もできない。
  保安官は苦笑した。
  「……俺の身を案じてくれての行動だよな?」
  「細心の注意を常にしてる」
  「……そりゃどうも」
  「リラックスしてくれていいわ」
  私は肩を竦めた。
  女は女で私を憎々しく睨む。
  「いきなり撃つってあんたっ!」
  「別に犯行声明出されてないし、要求とかなかったし。どうしたらいい? クッキーでも差し入れたらいいの? ……というかクローバー?」
  奴隷商人のボスの愛人だ。
  何でこいつがここにいるんだ?
  私がルックアウト言っている間にジェリコと組んでちょろちょろしてたって話を誰かから聞いたような覚えがあるけど、考えてみたらこいつはベガスの街に行ったはずだ。
  西海岸にバカンスに行ったはずだ。
  パラダイス・フォールズの全財産を持ってね。
  何だって居残ってる?
  そして何だって左手が義手になってんだ?
  「クローバー、彼を放しなさい」
  「見返りに何くれる?」
  「そうね」
  少し考える。
  「レギュレーターに引き渡すって方針はどう? 少なくとも、私は手を下さないわ」
  「魅力的ね」
  「放しなさい」
  「動くんじゃない。手詰まりなのは認めるけどね、どう撃とうともこの男を道連れには出来るんだよ」
  「ちっ」
  どうしたもんか。
  ポールソンは目でちらちらと自分の足元を見ている。
  足を撃てってことか?
  ミスティックマグナムなら貫通してクローバーの足も射抜けるけど……このアイコンタクト、もしも間違えてたら恨まれるしなぁ。だけど確かに良い案ではある。
  どうする?

  『はっ?』

  突然、私たちは、この場にいる3人は意思が統一された。
  本当に唐突に。
  おそらく同じことを考えている。
  あれ?足元なくなってね?という感情だ。
  突然小さな爆発音とともに足元が抜けた。私たちはそのまま7階の一室へと転落する。私が入室したから床が抜けた……いやありえない、私はどんだけ重いんだよっ!
  「くー」
  さすがに対処のしようがない。
  瓦礫の上で私はひっくり返っていた。ポールソンもだ。クローバーは……あれ?

  「その女は放っておきなよ。さあ行くよっ!」
  「あんた、どこかで……」
  
  誰だか知らないけど、後ろ姿しか見えないけどクローバーを引っ張っていく奴がいる。女だ。銀色の棒状の物を抱えてる。それはあらかじめ開いていた扉から廊下に飛び出した。
  逃げる?
  逃げるっ!
  「ミスティ追えっ! 俺は、足を捻った」
  「分かった」
  廊下に飛び出る。
  瞬間、青い光の弾が飛んできた。
  何だこれっ!
  その場に倒れてかわす。見ると女が、黒人の女が銀色の物をこちらに向けて青い弾を撃ってくる。あれはレーザー銃の類だったのか。自動発動能力は実弾しかスローにできない。
  触らぬ神に何とやらだ。
  無理追いは避けて元の部屋に戻った。
  今更ながら部屋の状況を見る。7階の天井であり8階の床にあたる瓦礫が部屋を覆っているけど、その下から手が出ていた。掘り返してみる。女性の死体だ。頭に穴が開いている。私が撃った
  奴隷商人ではない、たぶん元々のここの部屋を借りてた奴だろう。瓦礫で押し潰されたんだったら頭の穴は必要ない。
  おそらくあの黒人女、クローバーを救う為にクローバーの部屋の下の階の部屋に押し入り、借主を射殺、天井を爆破はしたんだろう。上の階で結構派手にドンパチしてたしその関係でクローバー
  の部屋を特定したのか、それとも最初から知っていたのか。ただ、少なくともクローバーの一味ってわけではなさそうだ。クローバー自身が戸惑っていた。
  そういう意味では今回スマイリング・ジャックは情報の出し惜しみをしていない。
  「はあ」
  「追わなくていいのか?」
  「妙な武器使うから追えなかった」
  レーザーは赤い。
  プラズマは緑。
  だとするとあれは何系の武器になるのだろう、エネルギー体が青という武器を私は知らない。
  「ポールソン」
  「何だ?」
  「リンカを連れて帰りましょう。フォーティと手下たちは倒した。クローバーにどの程度の手下がいるかは知らないけど、とりあえず手下は取り上げた。これ以上の連戦はちょっと厳しい」
  「そうだな。ここでやめとくか」
  「ええ」
  とりあえずスマイリング・ジャックに損害賠償云々言われても面倒なので奴隷商人たちの財産とやらを没収してみた。
  結構ある。
  結局赤い宝石はクローバーが持って行ったわけだけど、仕方ないのかなぁ。
  私たちは財産を没収、その上でブツブツうるさいスマイリング・ジャックに損害賠償を支払ってその場を後にした。
  ヘリの中でリンカは目を覚ました。
  可愛い子だ。
  「助けてくれてありがとう、おばさん」
  ……。
  ……だけどね。おばさんはちょっと……。
  おおぅ。






  「何だって助けた? ……おや? どこかで見たような……」
  「私は元奴隷商人だからね、クローバーさん。変態男が幼女を買いたいって言うから手下にビッグタウンからさらわせたんだけど戻ってこないし、多分死んでるんだろうね。儲け口を失ったってわけ」
  「それで? 助けた意味は?」
  「ボスの遺産を持っているとか小耳に挟んでね。どうだろう、武器を買わないか? 良い武器がたくさんあるよ。エイリアンの武器がね」
  「エイリアン? それは笑えるジョークだけど、確かに面白い武器を持ってたね。あんたの名前は?」
  「ソマー」