私は天使なんかじゃない






レッド・フォックス









  この時はまだ誰も気付かなかった。
  全ては旧時代を終わらせる為の、出会いだということを。





  「洗い物洗い物っと」
  自宅で私は朝食を終えて食器を洗い始める。服装はバラモンスキンの服、キャピタルでは一般的な材質の服だ。さすがに家でもいつでも臨戦態勢ってわけではない。まあ、銃はいつも手近にあるけど。
  ご飯はウマウマでした。
  お料理もそれなりに出来るのですよ、私は。
  結婚相手募集です☆
  ほほほー。
  「今日は何しようかな」
  オフは楽しみたい。
  ……。
  ……正確には、暫定的なオフ、何だけどさ。
  一昨日はジェネラルの売買で遠出したけど昨日は特に何もなかった。今日も何もないことを祈りたいですなぁ。

  ピピピ。

  「ん?」
  腕にはめているPIPBOY3000の音が鳴る。
  何だ?
  操作してみると何かを受信したようだ。
  ブッチから?
  ブッチからメールだ。
  何だろ。
  開いてみる。

  ドンドンドンドンっ!

  玄関の扉を激しくノックする音。
  何だぁ?
  まさか朝一で特急の仕事が来たってか?
  嫌だなぁ。
  私はそんなことを考えながら玄関に向かい、そして扉を開けた。
  「優等生メールを開けるなっ!」
  「うひゃっ!」
  思わず悲鳴を上げてしまう。
  ブッチだ。
  ブッチがいる。
  息を切らしながらブッチの後ろにノヴァさんもケリィのおっさんもいる。
  珍しい組み合わせだ。
  共通点は特に……ああ、外の世界でPIPBOYしているっていう共通点はあるか。
  「お揃いでどうしたの? 上がってく? コーヒーぐらいは出すけど」
  「そうじゃねぇよっ!」
  「紅茶派?」
  「ちーがーうーっ!」
  意味分からん。
  「ちょっとブッチ、順を追って話さなきゃダメでしょ」
  「全くだぜ。なあミスティ、このアホからメールが来るだろうが絶対に開くな」
  「えっと、開いちゃったけど?」



  20分後。
  私はモイラの店にきた。クレーターサイド雑貨店。扉を開けると、もう馴染となったガードマン代わりの傭兵が壁にもたれたまま手を挙げた。
  慌てて来たから44マグナムは帯びてるけど平服のまま。
  「おはよう、お嬢ちゃん。珍しい恰好だな」
  「おはよう。たまにはアーマー脱いで行動したいかなって。オーナーはいる?」
  「2階にいるよ。あんたなら勝手に上がってもいいだろうよ」
  「うん」
  最初の頃はここで寝泊まりしてたなぁ。
  随分と昔のようで、実はつい最近のことだ。
  あれ?
  すぃーっと宙を移動して売り物を運んでいるMr.ハンディが視界に入る。従業員用にモイラがどっかから買い取って使ってるのかな?
  私は階段を上がる。
  そこには知的なマッドサイエンティストがテーブルに突っ伏してた。こちらに気付くと起き上がる。寝起きなのか、髪がぼさぼさだ。
  「おはよう、モイラ」
  「あらぁ。ちょうどいいところに来たわ、ミスティ」
  「ちょうどいい?」
  何のことだ?
  髑髏のマークが表紙にある一冊の本を彼女は笑いながら渡してきた。
  「読んでみて」
  「うん」
  数ページお義理でめくってみる。
  んん?
  活字が目から飛び込み、脳がそれを理解。
  この内容は……。
  「キャピタル・ウェイストランドサバイバルガイドブック」
  「正解」
  表紙にはそう記されている。
  へー。
  完成したんだ。しかし髑髏のマークって何だ、何か恐いぞ。
  あれ?
  著者が私になってる?
  「モイラ、これ……」
  「内容はミスティが集めて来たものだからね。私はそれを纏めて上げて、文章にしただけ。だからそれはあなたの本よ」
  著者は私。
  助手はモイラ・ブラウン、となってる。
  何なのこの展開、朝から涙ぐんでしまう。良い友達を持ったなぁ。
  「ありがとう」
  「いいのよ別に。これなら内容が現実に沿ってなくても私の所為じゃなくて、著者であるミスティの所為に出来るもの。まさに献身的な、尊い犠牲よねっ!」
  「……」
  良い友達じゃ、ないかもしれない。
  おおぅ。
  「ところでミスティ、朝早くからどうしたの?」
  「これ見て」
  「うん?」
  PIPBOYの画面を見せる。
  画面は固定され、これが延々と表示されているだけ。
  馬鹿ブッチめぇーっ!


  『灰色の壁。塵をも通さぬ鋼鉄』
  『圧殺っ!』
  『非難っ!』
  『先の見えぬ地下で蠢く小さな手。ママ? パパ? 僕は死んでるの? いや、違うっ!』
  『浄化の光へと生まれ変わるのだっ!』

  『顔が逞しい男の顔が見える』
  『僕の父さん?』
  『みんなの父さんっ!』
  『我らの人生を、我らの未来を見守ってくれている。躾の厳しさ、愛の厳しさ。我がメシアに服従せよっ!』

  『幼虫から蛹へ。蛹から働き蜂へ』
  『ブーンブーン』
  『鋼鉄製の蜂の巣』

  『10は101の中に、最後が肝心だ』
  『壁から灰色が染み出し、やがて髪に、魂に触れる』
  『その時永遠の眠りが、焼却の甘美なる眠りがやってくる』


  「何これ?」
  思わずモイラは吹き出した。
  面白いのか?
  私は内容が電波過ぎて背筋が冷えたけど、まあ、こういうのは感性によって感じ方が違うものなのだろう。
  「どうしてこうなってるの?」
  「馬鹿ブッチがいかがわしいディスクをPIPBOYで再生したのよ、そしたらウイルスに感染したんだってさ」
  「あー、撒き散らしてるのね」
  「そういうこと」
  画面は何をしようがこのまま。
  何の反応もしやしない。
  メガトンのPIPBOY組は現在全滅中。もっと早くにブッチたちが来てたらウイルスメールを開けなくて済んだのに。さすがの私も肝心のPIPBOYが使えないんじゃ対処のしようがない。
  そもそも何のボタン押そうと反応しないし。
  「直せる?」
  「うーん。PIPBOYは触ったことないからなぁ。とりあえず預かっておくわ。もしかしたらワッズワースなら直せるかも」
  「ワッズワース?」
  ああ。
  下で働いているのはワッズワースか。
  私のだ。
  とはいえ人格ないロボットは無機質で、何となく怖いので別にここに置いておいてくれていいんだけどさ。別に生活はいなくても回ってるし。
  「ミスティ、あの子ね、あなたに帰した方がいい?」
  「ん?」
  「本をキャラバン隊に委ねて、色んな人に配りたいのよ。とはいえ手書きでしょ? 店の切り盛りをあの子に任せたいのよ」
  「別にいいけど、人格なくて店番は出来るものなの?」
  「人格はあるわ」
  「んー?」
  どういうことだ?
  「じゃあ直ってるってこと? いやまあ、別に使ってくれてていいんだけど」
  「うーん、正確にはワッズワースじゃなくて別人かなぁ」
  「……?」
  言っている意味が分からない。
  モイラが叫ぶ。
  「おーい」
  「ハッ! 何が御用ですかー」
  2階に上がってくるハンディ型。
  ……。
  ……あれ、どっかでこの口調聞いたことがあるぞ?
  「ハッ! これはこれはミスティじゃないですかー。バルトたちとの因縁は終わったってことですよねー。あいつ死んだんですか? ざまぁーですねー」
  「ザ・ブレインっ!」
  教授の手下の生き残りっ!
  くそ。
  ルックアウトからここまで追ってきたのかっ!
  「ハッ! 大丈夫ですよー、今の俺はただのハンディ型の体なんで攻撃能力は従来型と同じ、防御力もね。つまりフォースシールドとか使えないんでよろしくー。お手伝いロボなんでよろしくー」
  「……?」
  敵では、ないの?
  よく分からん。
  モイラが割って入って説明をする。
  「ルックアウトからデータが飛んできてね、それがワッズワースの真っ新な人格用チップに書き込まれて今に至るってわけ。ルックアウトでのことは聞いたけどこの子はもう無害よ」
  「ハッ! 無害と言うか元々面倒なことが嫌いなんでー、命令する奴いないからあんたとも喧嘩したくないというかー」
  「元の機体は?」
  「ハッ! マクグロウと一緒に小型原子力潜水艦ごと吹き飛びましたよー」
  「マクグロウ、ふぅん」
  あいつ死んだのか。
  盛大な葬式だった模様。
  まあいいか。
  今更こいつが報復しようにも、確かにワッズワースの機体に乗り移っている状態なら、旧来のあのデタラメな能力はあるまい。ボディは別物で普通のタイプだからだ。
  それに報復しようとしたら確かに今までにも出来たはず。
  信用はしない。
  信用はしないけど、まあ、モイラが間に入っている間は別にいいか。
  ただ一応は忠告。
  「モイラ、攻撃のプログラムは変えた方がいいわよ」
  「当然書き換え済み。ある程度のリミッターがないと怖いもの。まあ、これはロボット系全般の、対処よね」
  「そうね」
  「とりあえずこの子どうする?」
  「あげるわ」
  さすがに手元には置きたくない。
  ザ・ブレインに他意はないにしてもだ。
  「やったっ! PIPBOY3000もしばらく置いといて。この子と何とかしてみる」
  「出来るだけ初期化はしないで」
  パパとの思い出とか入っているし。
  「分かってるって」
  「多分ブッチたちもここに持ち込むかも。その時はよろしくね。というか幾らぐらいかかる?」
  「それは直しながら考える。何とも言えない。どの程度の時間かかるかによって手間賃の額は変わるから。でもそれは仕方ないわよね」
  「まあね、ともかく、よろしく」
  「そうそうミスティ、どこかで印刷機見つけたら教えてね。可能なら持って来て。手書きで増刷するのって限界あるし」
  「印刷機、うーん、とりあえず覚えとく。じゃあね」
  「ハッ! またのご来店、心よりお待ちしております」



  今のところ特に仕事はない。
  厄介は色々とあったけど。
  ゴブ&ノヴァに顔を見せる。朝食は済ませたばかりだけど暇があればここに顔を見せてる。
  「おはよう」
  「よお、ミスティ、おはよう」
  店は閑散としてる。というか誰もいない。
  朝早いからな。
  今日はまだグリン・フィスは来ていない。寝てるのか、それとも剣でも振りに行っているのかな?
  私はカウンター席、ゴブの前に座る。
  「今日はゴブだけなのね」
  「ブッチたちはどっかに行ったなぁ。何でも修理代稼ぎに行くとか言ってた」
  「ふぅん」
  用心棒してたら定期的には入るだろうけど、PIPBOYみたいなロストテクノロジーの修理代となると幾らになるか見当もつかない。レイダー狩りかスカベンジャーもどきしてるのかは
  知らないけど稼ぎに出ているらしい。多分手下の2人連れて。
  「ノヴァ姉さんとシルバーは?」
  「ノヴァは一度戻ってきて、さっきまた出て行ったな。後でブッチに請求してやるとか言いながらクレーターサイド雑貨店に」
  「ああ、そうなんだ」
  入れ違いか。
  それにしてもブッチに請求か、良いこと聞いたな、私もそうしよう。
  「シルバーはまだ寝てるよ。客もいないから別に寝てても問題ないし」
  「一番客の私はいるけど?」
  「ははは。あいにくだがミスティは2番目だ」
  奢りだよとゴブは言いながらジュースを出してくれる。
  オレンジジュース最高。
  ちょっとアルコール入っているかな?
  おいしい。
  「私って2番目? ああ、ケリィのおっさん」
  そういえばここに滞在してたな。
  「いや、彼は泊まっているだけだ。酒場の客としては、まだ今日は来てないな。一杯も飲んでない。ノヴァみたく何か朝から騒いでたけど何かあったのかい? 稼いで来るとか言っていなくなっちまったけど」
  「馬鹿ブッチの所為、それが全て」
  「意味が分からないが、まあ、そういうことか」
  「そういうこと」
  となると一番客は誰だ?
  「誰がこんな早くから飲みに来たの?」
  「アンソニーだよ」
  「アンソニー」
  ああ。
  あいつか。
  何だか最近よく名前を聞くなぁ。テンペニータワーでは部屋代奢ってくれたし。
  よく分からないけど私の周りをちょろちょろしているようだ。
  何者なんだろ。
  ただのファン?
  そうかもしれない。
  そうじゃないかもしれない。
  いずれにしても面倒なことだ。正体がよく分からないということは、実に面倒。
  「何の話したの?」
  オレンジジュースを飲みながら聞く。
  「料理の話さ」
  「料理」
  「あいつ料理人みたいでな、なかなか話が面白い。ちょっと厨房貸したらなかなか独創的な料理を作ったよ。食べてみるかい? まだあるよ」
  「いや、いいわ」
  食べて来たし。
  「他にはどんなこと?」
  「他に? そうだなぁ、ミスティのことかな。助けて貰ったこととか、どれだけ尊敬しているかとか」
  「ふぅん」
  気にし過ぎなのだろう、多分。
  考えないことだ。

  「ここってやってる?」

  「いらっしゃい」
  客が来たらしい。女の声だ。
  振り返る。
  知らない女だ。
  赤毛のショートヘアで、右目を髪で隠している。全身を覆うボディスーツはやたらボディラインを強調してて何かエロい。とはいえどんな男でも声を掛けたり茶化したりはしないだろう。
  背中には身の丈以上の大剣と対戦車ライフル。
  よくこんなの背負って歩けるものだ。
  私と離れたカウンター席に座る。
  ゴブが私から離れて接客。
  「何にしますか?」
  「そうだなぁ。水ってある? 新鮮なの」
  「アクアビューラでよろしいですか?」
  「それ」
  「かしこまりました」
  アクアピューラは善意の水。とはいえ別に売買してはいけないわけではない。そもそも私が出て来る前から、精製された水は売り物だったし、適正価格なら問題はないだろ。
  値段は10キャップ。
  女は出されたペットボトルの水を受け取り、同じように出されたコップはゴブに押し返して蓋を開いて水を飲む。
  「ふぅ、うまーい」
  ご満悦のようだ。
  物騒な武装だけど性格は明るい感じなのかな?
  「何か用?」
  ちょっと相手を見過ぎたらしい。
  「ごめんなさい、初めて見る顔だから」
  「別にいいよ。アタシは西海岸から来たんだ」
  「西海岸」
  最近よく聞くフレーズだ。
  東海岸への旅が流行っているのかな?
  「察するに、君はハンター、しかも成り立てほやほやってところだ。そうだろ?」
  「ハンター?」
  「賞金稼ぎ、冒険者、狩人、まあ、そんな総称だ。ただの一般人にしては物腰が素人っぽくないからそうかとも思ったけど……あはは、どうやら成り立てってわけではなさそうだね」
  「それなりには経験積んでるかな」
  「アタシはレッド・フォックス、あんたと同じハンターさ。よろしくな」
  「ミスティよ。よろしく」
  ハンターってわけでは……いや、区分的にはハンターなのかな?
  まあいいか。
  似たようなことしてるし。
  「ここにはお仕事?」
  「そうだね、アタシはある奴を追ってきたんだ。賞金首をね」
  「賞金首」
  「誰かは教えないよ。まあ、教えてもいいけど、アタシ以外に換金する手段はないからね。そいつを消せばNCRから大金が貰えるって寸法なのさ」
  「NCR」
  レイブンロックで聞いた。
  確か新カルフォルニア共和国、だっけ。向こうの、西海岸の大国だ。
  エデン大統領曰く、エンクレイブよりも強大。
  「悪党を追ってきたってわけですね」
  特に敬語を使うこともないけど相手は初対面だ。歳的にも向こうが少し上かな?
  赤狐は私の言葉に笑う。
  「悪党とか関係ないんだ、賞金掛けられたら賞金首、そういうもんだろ? NCRにとっての悪党が本当の悪党とは限らない。都合の悪い奴っていう捉え方もできる」
  「まあ、そうですね」
  一理ある。

  バッ。

  赤狐は素早く立ち上がって、軽々と大剣を引き抜いて入口の方を見据えて構える。
  そこにいたのは同じように臨戦態勢の、抜刀の構えのグリン・フィス。
  「これはこれは、あははははは、なかなかの使い手だ。東海岸行きは特に期待してなかったけど、これは楽しい旅になりそうだ」
  変にテンション高い赤狐。
  何なんだ?
  「グリン・フィスやめて」
  「しかし主」
  「明確な意味がないなら、やめて」
  「御意」
  グリン・フィスが構えを解く。
  すると明らかに不機嫌そうになる赤狐。しかしそれは一瞬ですぐに元の、妙にテンション高い状態に戻った。
  「なかなか強いお仲間をお持ちのようで。もしかしてお嬢さんも、実は強い?」
  「さあ」
  私を知らないのか。
  別にそれはそれで構わないけどさ。
  勘定を済ませて彼女は去って行った。何だったんだ。
  「ごめんね、ゴブ」
  腰抜かしているバーテンに言う。
  「べ、別にミスティの所為じゃないさ。あー、びっくりした」
  「ところでグリン・フィス、どうかしたの? 飲みに来ただけ?」
  「いえ」
  「いえ?」
  「主を探していました。ルーカス・シムズ市長の元にBOSからの緊急指令が届きました。主に対してです」
  「……あー、そう」
  スター・パラディンを暇させることがないように働かせる気らしい。
  嫌だなぁ。
  「それで誰を助けるの? もしくはどこで悪党倒すの?」
  「DC残骸に新たに見つけたスポットがあるようです。そこに幾つか病院が。その病院から医療物資を確認、その後にBOSに連絡して回収してもらう任務、のようです」
  「偵察というか露払いね」
  「御意」
  幾つか、ということは複数あるのか。
  だけどさすがに私に全部はやらせないだろ、同時進行で別の所は、別の誰かたちに任すのだろう。
  「分かった。それで何て病院?」
  「それが……」
  「うん?」
  「元の病院の名前の上に誰かが板切れを打ち付けているそうです。それでですね、そこにはこう書かれているようです。無敵病院と」
  「はっ?」
  何だそりゃ。