私は天使なんかじゃない
強欲な商人
商人は利を追及するものだ。
それが商人。
強欲と呼ばれるラインは、どこだろう?
テンペニータワー。
かつては金持ちの街、グールが狙う街、エンクレイブ襲来後はエンクレイブの拠点となり、去った後はグールの街、私らがいない間に元住人がグールを追い出し、現在は前述の連中と
一切関係ないスマイリング・ジャックとかいう商人が取り仕切っている、らしい。
何気に波乱万丈の場所だ。
ここに来たのは初めて。
昔はマンションだったのかな?
広い庭、それを覆う高い塀に囲まれた街。
なるほど。
こりゃグールが大挙しても落ちなかったわけだ。
もっとも空からベルチバードで攻めてきたエンクレイブには何の意味がない塀だったんだろうけどさ。
私とグリン・フィス波紋を越え、庭を通り、広いエントランスに入った。
ゴージャスだ。
受付めいた場所に支配人らしき奴がいる。
禿げ頭の髭男。
背中にコンバットショットガンを背負っている。やたら俺様は偉いんだ的なオーラを出しているしあいつに話しかけなければならないのだろう。
エントランスにはいくつか椅子がありそこでスーツ姿の奴らが新聞読んだりコーヒー飲んでいる。
スーツ服に新聞ねぇ。
もちろんそれだけじゃなくてスカベンジャーみたいなのとか傭兵みたいなのも何人かいるけど、スーツ服が異彩過ぎてついつい注意が向いてしまう。
警備兵は見当たらない。
もちろん門番はいたし中庭には外部からの攻撃に備えて土嚢が積んであり警備兵も警戒してた。
だが中にはそれらしき奴らがいない。
ふぅん。
……。
……胡散臭いなー。
今の時代どこが新聞出してるんだ、戦前ならビジネスマンで通るだろうけどこの時代じゃ場違い過ぎる。
まあいい。
特に露骨に敵意は感じない。
それと場違いなのがもう1つある。木箱が数個無造作に置かれていた。何だあれ、見た目的に悪いな。
私はグリン・フィスを伴って受付に向かう。
「ハイ」
とりあえず気さくに挨拶。
ここに喧嘩しに来たわけじゃない、あくまでレイダー前哨基地の連中がここに手下を送り込んできて私らを探すかどうかのテストがしたいだけだ。
駄目なら?
それはそれで構わない。
既にレギュレーターには無線で連絡しといたし。
援軍が来るかは謎だけどさ。
結構な数がいたから私らだけじゃ崩せない。
大概人類規格外の戦闘能力だけど、肉体的には人類並みに脆い、というか人間だ……たぶん、まあ、一応は。撃たれたら死ぬ。50人以上はさすがに崩せない。
援軍を待つ。
その為にここに来た。
それ+前哨基地の連中が、ここに逃げたんじゃないかーと探りを入れてきた用に、ここにいるわけで。
少数なら捕まえるのは簡単だ。
「いらっしゃい」
「部屋を借りたいんだけど」
「ああ。そうかい」
ぶっきらぼうな返答が来たな。
愛想がない。
客商売する気ないのか?
まあいい。
「あなたがスマイリング・ジャック?」
「それが何か関係あるのか? 会う人会う人にあんたは自己紹介してるってわけか?」
「……」
最悪だな、こいつ。
頑固親父的な場所なのか?
「テンペニータワーにようこそ。取引とかは俺が差配している。泊まりたいならそれも俺に言え。部屋だけでいいのか?」
「ええ。あの木箱は売り物なの?」
「毒入りの水だ。BOSが引き取りに来るまで置いているのさ。売りたきゃ売ってやる。勝手にてめぇで飲んで勝手に死にやがれ」
「……」
まずいな。
どんな奴かウルフギャングにもっと聞いておけばよかった。
下手なこと言ってこいつにガンガン言い返されるのは正直面倒臭い。
「あの、失礼ですがミスティさんですか?」
「ん?」
背後から声を掛けられる。
誰だこいつ?
知らん。
見た感じ旅人か?
バラモンスキンの服を着ている。腰には10oピストル。軽装だと言えば軽装だ、を通り越して完全に軽装だ。
「あなた誰?」
「私ですよ私」
「んー」
知らん。
覚えてないだけか?
男はあはははと頭を掻いて笑う。特にこちらに対して変な感情は持っていないようだ。
「あの時は助けていただきありがとうございます」
「助けた」
あー、どっかで助けたのかも。
奴隷商人絡み?
うん。
それが一番あるかも。奴隷解放でドンパチしてたし。パラダイスフォールズ突撃する前もさ。
問題はいちいち顔を覚えていないということだ。
まあ、助けた方はともかくとして助けられた方は覚えている者なのかもしれない。私は助けた相手全員を覚えなきゃいけないのに対して、助けられた方は私だけ覚えとけばいいわけだし。
覚えてなくても仕方ないと言えば仕方ない。
「ブッチさんからも色々と聞きました」
「ブッチ」
何であのギャングの親玉が出て来るんだ?
スマイリング・ジャックが早くしろよと睨んでくるけど気付かない振りをする。
「あっ、そういえば名乗ってないですよね。アンソニー・ビーンです」
「ミスティよ」
「知ってます」
「ああ、そうだった」
「ここに泊まられるんですか?」
「ええ、まあ」
根掘り葉掘りだな。
だけどわざわざブッチの名前だ済んだから問題ないだろ。
別に変な意味じゃないけどブッチの名前はマイナーだ、本当に知り合いじゃなきゃ出さない名前だ。
とはいえ別に信用する必要はないけどさ。
つまり怪しみもしないけど信用もしていないってわけだ。
実質初対面だし。
「ここは私が出しますよ」
「はっ?」
「助けてもらったお礼です」
「ああ、そう?」
無理に断るのもあれだしな。
そういえばここは幾らだ?
「彼女らの部屋をお願いします、私が払いますから。彼女とお仲間さんの部屋をそれぞれお願いします」
「2部屋で500キャップだ」
高っ!
だけど別々の部屋?
基本的にはレイダーどもの出方を見るだけだから1部屋で充分……。
「結婚前なんですから同じ部屋は、ね?」
「ああ、そう?」
干渉するのか、そこまで。
まあいいか。
勝手に出す分には勝手にすればいいさ。
だけど言い回しがちょっと嫌だな。
アンソニーは500キャップ支払う。なかなか金持ちのようだ。羽振りが良い。鍵を2つ、スマイリング・ジャックはカウンターに置いた。
私はそれを受け取り、グリン・フィスに1つ渡した。
「3階の304、305号室だ。エレベーターは壊れているから階段で行きな。あと、返金は一切しないからな、ボケナス共」
「……」
愛想がないとか無愛想とかじゃないな、こいつ。
喧嘩売ってるだろ。
ここの支配体制というか管理体制が分からん。スマイリング・ジャックが仕切っているにしても1人でここに入ってきて取り仕切ることになったのか?
警備兵は傭兵か?
「じゃあミスティさん、ごゆっくり」
「ありがとう」
アンソニーに礼を言って私たちはエントランスを後にする。
なーんか背中に視線が張り付いている。
どっちの視線だ?
部屋に入る。
305号室、一応グリン・フィスに渡した方の鍵の部屋だ。
部屋は悪くない。
なかなか広いしスイートとまではいかないにしても高級な部類だろう。試しにお湯の蛇口を回してみたけどお湯も出る。
ベッドはシングルが2つ。
シーツも白くて綺麗。
うん。
悪くない。
……。
……これで支配人がまともならねー。
レビューの点数が悪いですな、あの支配人だと。
私は窓際に立ち外を見る。
特に意味はない。
門とは逆側の部屋だからだ。差し向けられるであろうレイダーは門を通らないと入れないわけだから、ここからは到底見えない。
外の景色を見ているだけ。
グリン・フィスは剣を片手に椅子に腰を下ろしている。
冷蔵庫もあるけど中には何もない。
電気は来てる。
エントランスであの感じの悪い商人から買えってことか。持ち込みは禁止なのかな?
まあ、二度と来たくはないけど。
「グリン・フィス」
「はい」
「エントランスの奴らどう思う?」
「私服の兵士ではないでしょうか。いちいちこちらの動きを見ていましたから」
「だよね」
スーツの奴らは私兵。
それは間違いなさそうだ。スーツの胸元辺りが若干膨らんでた、たぶん銃を帯びてる。別に銃があるのは問題ない。問題なのはスーツだ。さっきも思ったけど今時スーツ姿で新聞読む
なんておかしい。とはいえ別にスマイリング・ジャックに害意はなさそうだ、態度は悪いけど。私の名前を聞いても何の反応もしなかった。
これでも有名人だ。
人狩り師団の活動拠点は謎、最近中身が入れ替わったここだって怪しいと言えば怪しいだろう。
だとしたらあいつはレイダーになる。
だけど何の反応もない。
演技?
演技だとしたら、誰も見破れないだろう。
スーツ姿の私兵も考えようによってはおかしくない、タワーの美観的な意味合いもあるだろう。
とりあえずは前哨基地の奴らの出方を見るまでだ。
「逆に主にお聞きしたく」
「何?」
「あの者は何者ですか?」
「あの者、ああ、アンソニー。知らん」
「そうですか」
「何か気になる?」
「主は何も気にはならなかったですか?」
「妙に馴れ馴れしいとは思った」
「自分もです。ですがボッチ・デロリアの名前を出したわけですから、ボッチに確認を取ればすっきりしますね」
「ブッチね、ブッチ・デロリア」
「そう、ビッチ」
「わざと言っている?」
「ユーモアです」
どーだか。
別に仲が悪いわけではないんだけど、うーん、弄っているのか?
「ふぅ」
「お疲れですか?」
「ちょっとね」
休みがないのです、私。
ルックアウト?
休暇に行ったけどいつも以上に働いたでござるー……な感じ。サバイバルごっこしたかっただけなのにマジなサバイバルだったし。
あー、やだやだ。
「グリン・フィス、悪いけど私はちょっと寝るね」
「それは構いませんが、どうしてこの部屋で?」
「分散するとめんどい」
「なるほど」
寝込み襲われるのはルックアウトで充分だ。
考え過ぎ?
それはそう思う。
だけど寝込み襲う奴があらかじめそう宣言してくれるわけじゃないし強制イベントが私の人生の攻略本に明記されていないから突然来たら対処のしようがない。本来なら1部屋でいいし、いつも
そんな感じだけど、一応アンソニーを立てた感じだ。はっきり言ってムダ金なんですけどね。
1部屋250キャップかぁ。
高いなぁ。
「寝る」
アサルトライフルだけ外して立て掛けてベッドに転がる。
他の武装はそのまま。
ライリーレンジャー専用の強化型コンバットアーマーもそのまま。
……。
……あれ?
自分で襲撃のフラグ立ててね?
い、いや、まさかね。
考え過ぎだ。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
「ヒャッハー! 殺人タイムだぁっ!」
扉を破ってショットガン手にしたレイダー登場。
あー、フラグ立ててましたね。
くっそぉーっ!
こんな生活もう嫌だーっ!
私が起き上った瞬間には既にグリン・フィスによって切られて骸となるレイダー。その時、隣の部屋でも何か騒いでいるのに気付いた。
隣の部屋、借りたもう1つの部屋だっ!
素早くアサルトライフルを手に取り壁に向かって掃射。
全ての薬莢が転がった時にはもう何の反応もない。
壁には無数の穴。
「見てきます」
「よろしく」
グリン・フィスは退室。
私は空の弾倉を捨てて新しいのを装填、砕けた扉の方に構える。
「大丈夫です、主」
「分かった」
「戻ります」
「うん」
壁越しに撃破したようだ。
ここで私の弱点に気付いた。視界に入る限りはスローだけど壁越しに不意打ちされたらやばいですね、気を付けなきゃ。まあ、気を付けようもないけど。
グリン・フィスが戻ってくる。
「チェックアウトするわよ」
「御意」
刺客は2人、少なくともとりあえずはね。
襲われるのは分かってた。
そう見越してここに来てる。前哨基地の連中が私を狙ってくるのは分かってたけど……どうして隣の部屋も狙ったのだろう?
ここまで付けてきた?
そうね。
それなら分かる。
ただ私が分からないのは、一緒に入ったこの部屋ならともかく、借りるだけ借りて一度も入ってない部屋にまで攻撃してきたのは何故だろう?
それを知っているのはカウンターにいたスマイリング・ジャックとアンソニーだけ。
聞きに行くとしよう。
私たちはエントランスに戻る。
すると一斉にスーツの連中が銃をこちらに向けた。やはりスーツの連中は手下か。
他の客たちは関わりあいにならないように遠巻きに見ている、そしていつでも立ち去れるようにしている。
賢明だ。
私でも他人事ならそうする。
アンソニーはいない。
旅立った後か、逃げたか。
……。
……もしかしたらブッチの名前はもうマイナーではないのか?
私がいない間に名が上がっているのかもしれない。
だとしたらマイナーな名前知ってた、ブッチの知り合いか、安心安心、とも言ってられない。臆せずスマイリング・ジャックに近付く。もちろん完全には近付かない。手下の銃が全て視界に
入る位置で止まった。視界に入る限りは一斉に撃たれても大して怖くない。苛立たしそうにスマイリング・ジャックはこちらを見ている。
「今の銃声は何だっ!」
「レイダーが入り込んだ。殴り込んできた」
「揉め事には関知しないよ、ただ何か壊したなら弁償して貰おうか」
「壁を穴だらけにした。ああ、あとクリーニングが必要かも。血の海にしたから」
「あんたなぁっ!」
こいつは多分関係ないだろ、刺客には。
あー、いや。
関係はある。
レイダーどもを素通りにさせた。
私が関係ないと思っているのは、私に対しての敵意だ。少なくとも前哨基地の奴らじゃないし私を殺したいと思ってない。私を殺したいなら手下全員送り込むだろ。
2人で不意を打てば殺せると思っているなら大分甘い。
「弁償はするわ」
「当然だっ!」
「でも私の言うことを聞いてもらえないなら、ここでさらにクリーニング代が必要になるかもね? ……全員始末しちゃうわよ?」
ハッタリです。
殺せるには殺せるけど、殺すというのはハッタリです。
さすがにスマイリング・ジャックは言葉を詰まらせた。手下たちも動揺している。
普通これだけの敵相手にそんなことを言うはずないからだ。
手下はともかくとしてスマイリング・ジャックは私がミスティだと知っている。自分のネームバリューなんてどうでもいいけど、レイダー連合の本拠地に住んでたなら私の力は知っているはず。
少なくとも総力を挙げて殺そうとしていた相手だとは知っているはず。
驕ってもないし自分の名を利用しようとも思ってないけど、ある程度の実力は知っているはずだ。
それに何よりこいつは私を丸め込もうとしている。
手下に銃を向けさせることでね。
そんなの通用するか。
「私の部屋番号教えたでしょ?」
「な、何のことだ?」
「買収された? あー、情報料貰ったって言った方がいい? あなたを疑っているわけじゃないわ、私殺す気ならあの程度じゃ意味ないってあなたは知っているでしょ?」
「……まあな」
「返り討ちに合うのは分かってたけどレイダーどもから情報料だけ貰って、それで全てが済んだら凄んで私を丸め込んで迷惑料払えって?」
「……」
「それってあくどくない?」
「商売さ」
「強欲なことで」
「ふん」
ナップサックからキャップを取り出して床に落とした。50キャップぐらいかな。
近付いて手渡すと手下全員が視界に入らなくなる。
それは困る。
だから床にぶちまけた。
「情報料」
「何?」
「あいつらレイダー前哨基地の奴らよね?」
「ああ」
ビンゴ。
連中の素性が分かったことが、ではない。スマイリング・ジャックが強欲な商人だと判明したことがだ。
キャップで動くなら分かり易い。
質問を続ける。
「関係は?」
「俺とのか?」
「他に誰がいる?」
「関係があるといえばある。。いや待て早まるな撃つなよ。昔エバーグリーン・ミルズにいた頃の知り合いだ。少なくとも仕切っている奴とは顔見知りだ」
「それは誰?」
「マダムという奴だ。名は知らん。もしかしたらそれが名前なのかもしれん。何というか、エバーグリーン・ミルズの中には歓楽街的な場所があってな、そこを差配していた奴さ」
「ふぅん」
「幹部ってわけじゃないんだが、女を宛がう総支配人的な立ち位置でな、レイダー連合の中でも発言力はそれなりにあったよ」
「それが今じゃレイダー前哨基地のボスってこと?」
「そうなるな」
「手下の数は?」
「知らん。直接聞けばいい」
「直接?」
意味ありげに上を見る。
まさかマダムって奴もテンペニータワー入りしてるのか?
私はさらにキャップをぶちまける。
100キャップほど。
「2階にいるよ、208号室だ。手下数人を連れてるぞ、気を付けろ」
「グリン・フィス、行くわよ」
「御意」
数歩私は後ずさる。視界に入れながら。だけどスーツの手下たちは別にやり合うつもりはないらしく銃を下した。私も踵を返して歩き出す。
階段を上って2階に向かう。
アンソニーは関係ないのか。それともレイダーか?
あり得ると言えばあり得る。
だけどスマイリング・ジャックは違うだろう、金に汚いだけだ。
2階に到着。
206、207、208、よし、ここだ。
グリン・フィスを見る。
彼は静かに頷いた。気配を読むのは彼の方が長けている。言われたぐらいの数が中にいるようだ。
「ノックして」
「御意」
とはいえ違ったら困るからね。
確認はしよう。
コンコン。
「失礼します。ルームサービスです。赤毛の冒険者をお持ちしました」
私がそう言うと中で面白いほど慌ただしく動き回る音がする。
さすがに苦笑。
分かり易過ぎだ。
バリバリバリ。
アサルトライフルを掃射。
弾丸全て尽きたところでグリン・フィスが穴だらけで砕けた扉を乗り越えて室内に飛び込む。中にはまだ1人生きていたけど、残りの5人は血塗れで転がっている。そう認識した時には全て死体となる。
状況終了。
これで片付いた。
バタンっ!
その時、207号室が開く。
中から3人のレイダーが飛び出してくる。
隣にもいたっ!
素早く44マグナムを引き抜いて全員射殺。
バリィィィィィィィンという音がして、それから悲鳴がいくつか聞こえてくる。くそ、スマイリング・ジャックめ、情報料が満足しないから情報を小出しにしやがったっ!
慌てて部屋に入るものの窓は割れている。
ここは2階だ。
運が悪くなければ死なないだろう。
足も折れないはず。運が悪くなければね。
窓に近付いて眼下を見る。
レイダーだ。
レイダーが3人逃げていく小太り女1人、男2人。警備兵は特に何の対応もせずに……いや、何だ、警備兵は警備兵でバタバタしてるぞ。慌てて門を閉じようとしている。だけどレイダーを逃が
すまいとしてではない。レイダーたちはそのまま門を通り抜け、そして警備兵は門を閉じた。
くそ。
逃げられたっ!
「主、始末しましたが……こちらの敵は……」
「逃げた、追うわよ」
「御意」
1階に戻る。
エントランスも慌ただしい。
何だ?
何なんだ?
床にぶちまけたキャップは1枚もない。しっかりした性格ですね。
「どういうことっ!」
「あの情報料じゃあれが限界さ。それより部屋を荒らした分を払えっ!」
「死体から剥ぎ取りなさい。そんなことより、何で門を閉じるのっ! 開けなさいっ! まさかそれも金次第ってこと?」
「やなこった、あんた正気かっ! グールがフェラルどもをけし掛けてきてるんだよ、毎日数回来る、ちょうどその時間帯なのさっ!」
「くそ」
悪態。
こんなタイミングで反ヒューマン同盟の残党がアタックしてくるのかっ!
間が悪いっ!
「オーナーっ!」
警備兵がエントランスに来る。
オーナー、そう呼ばせているのか。
「何だ」
「BOSがFEV入りの水の回収に来ました。ベルチバードか中庭に着陸します」
FEV入りの水?
ああ。あの木箱の中のはFEVか。毒入りってそういうことね。私がいない間に前テンペニータワー残党がグール抹殺に持ち込んだ水の残りか。それをBOSが回収に来たってわけだ。
何はともあれ……。
「ラッキー」
空中から追撃。
このベルチバードはエンクレイブから鹵獲した物だ。
なかなか快適だ。
確かに眼下にはフェラルがタワーに押し寄せてくるのが見える。とはいえタワーを囲う外壁は高いし問は堅い、だからこそ今まで打ち破れなかった。今もだ。
どうやらフェラルの攻撃は風物詩的な感じのようだ。
特にタワー側に被害はない。
マダムって奴がいたのかは知らないけど、あの女がマダムなら、逃げ切ったのかな?
ベルチバードはレイダー前哨基地のある崖の方に向かう。
……。
……ん?
荒野に何かが通った跡がある。空からでも分かる。何か重い物が通った後だ。キャタピラの跡?
BOSが快諾してくれてよかった。
私たちは後部席に座っている。
BOSはパイロットとサブパイロット席に座った2人だけ。水の回収に来ただけなんだけど、わりと気さくだ。
「助かったわ」
「構いませんよ。エルダー・リオンズがあなたをパラディン待遇として接しろと言われていますから。パラディンではないので命令は聞きませんけど、この程度の頼みならお安い御用です」
「ありがとう」
「おっと、狙撃されてます。まあ、防弾なのであの程度は……あそこか、攻撃は……してもよいのですよね?」
「ええ」
「攻撃開始っ!」
崖の方から何発も弾丸が飛んでくる。
ああ、レイダーたちが総出で攻撃してきてる。数にしたら20ちょっと。あれで全部なら、最初に遭遇した50人がほぼ全戦力か。それにしてもベルチバードは凄いな、瞬く間に粉砕していく。
その時……。
「主、あれを」
「ん? あー、あれは攻撃しないで、仲間だから」
「了解」
レギュレーターの格好をした面々が視界に入る。8人ほど。ソノラが送ってくれた援軍だ。
勝ったな。
数分後、レイダーたちを蹴散らしたベルチバードから私たちは降り、BOSはベルチバードで空中支援、レギュレーターとともにレイダー前哨基地に突入した。
中はもぬけの殻。
マダムらしき人物はいない。あの小太り女がマダムなら、だけど。
逃がしたか。
ともかく。
ともかく掃討は完了。
他の討伐部隊は結局人狩り師団のアジトと思われる場所は見つけられなかったらしい。
だけど……。
「ここがそうだ、という可能性があるわね」
蓄えられた物資がものすごい。
100、いや、200は1か月養えるだけの武器や弾丸、物資がある。
「この物資はどうするの?」
名前も知らない若い男のレギュレーターに聞く。
「ここだけではなく今回我々が掃討したレイダーの物資の半分は我々が押さえます。もう半分はBOSに委ねるとソノラさんは言っていました」
「ふぅん」
BOSも軍拡の関係で物資不足だ。
エンクレイブに対抗する為に兵力を増強している。問題は物資が追い付かないということだ。
ソノラもうまいことやるわね。
これでBOSもレギュレーターが求めたら積極的に支援しなければならなくなる。ベルチバードの威力は絶大だし、空挺支援があるとないじゃ全然違う。
「ミスティさん」
「何?」
「実はこれはオフレコなんですが……マザー・マヤはどこからか軍需物資を得ていたようです」
「マザー・マヤ?」
「アトム教団の女性です。現在逃走中の」
「ああ」
私がいない間の事件の話か。
「かつてメガトンの核爆弾を得る為に集めた武器と爆薬の出所がもう少ししたら分かるとのこと。レギュレーターからか、BOSからかは分かりませんけど……」
「私に指令が来るってこと?」
「はい」
「知っていると知らないとではテンション違うもんね、ありがとう、前もって教えてくれて」
「いえ」
「とりあえずはこれでお終いでいい?」
「マダムの追撃は我々でやります。お疲れ様でした。BOSがメガトンまで送ってくれると言っています」
「分かった。お疲れ様。グリン・フィス、帰ろう」
「御意」
とりあえず今日はこれでオフだ。
だけど展開がなぁ。
キャピタルの内部体制を整える必要がある、エンクレイブが再び侵攻してくる前に。
だけどしばしの休息だ。
「帰ったら飲みましょう、奢るわ」
「主、楽しみです」
「あなたお酒好きだもんね。さあ、帰るわよ」
「御意」