天使で悪魔
至高の一振り
剣。
戦士にとって魂であり武器であり心の拠り所。
それを生み出す者。
神々?
悪魔?
そうではない。
それは鍛冶師と呼ばれる者達。
冒険者の街フロンティアでの一件。
怪盗黒猫が現れた。
わたくしは知りませんでしたけど最近名を馳せている怪盗らしい。伝説の義賊グレイフォックスには劣りますけどね。ただ世間的には実在している
怪盗として黒猫を1と見る風潮があるみたいですわね(グレイフォックスは都市伝説と見られている節がある)
ともかく。
ともかく怪盗黒猫は窃盗団と手を組んで偽オークションを開催。
名もなき皇帝の遺産へと通じる秘石をエサにして大金を稼ごうとしていた。結局未遂になりましたけど。
何故?
簡単ですわ。
シロディールの最大貴族ロウェン卿がオークション会場にいたからですわね。
現在皇族が不在。
故にロウェン公爵はシロディールにおける最高権威の貴族でありベルガモット兵団と呼ばれる私兵組織を抱えている。
その権威、その権勢、元老院も口出し出来ないほどであり公爵は唯一元老院を牽制できる存在。
さすがにそんな貴族にペテンを掛けるつもりはなかったらしい。
だから怪盗黒猫と窃盗団は逃走。
窃盗団はどうでもいいですわ、既にシャイア財団で確保してましたから。
まあ、連中は秘石を持っていなかった。
所持品は宝。
といっても二束三文のまがい物が多かったですけど。
それでも。
それでも財団にとってはある程度の収益にはなる。ある程度、ですけどね。窃盗団からは財宝の半分を没収してから放逐するように参謀スクリーヴァに
伝令しておいてある。今頃窃盗団は国境を越えて別の地方に亡命しているはずですわね。
衛兵には突き出しませんわ。
まあ、脛に傷はお互い様。
双方これ以上の係わり合いがない内にお別れした方が得策ですわね。
始末はしない。
何故なら殺しは闇の一党ダークブラザーフッドの領分であって我々の領分ではない。
それが代々のグレイフォックスが護ってきたポリシー。
わたくしもそれに意義はない。
……。
……まあ、こちらの生命の危機がない限りは、ですけどね。
さてさて。
そろそろ行動を開始しましょうかね。
2日後。
わたくしは密林の中にひっそりと存在する石造りの塔の前で佇む。
塔としてはさほど高くはない。
三階建て。
もっとも上層は枠組みを残して完全に崩れ去っているので何階建てだろうと関係ないでしょうけど。
下層はおそらくまだ存在しているはず。
そうじゃなかったら誰もここに住めるわけがない。
この塔はアイレイド時代の遺跡でもなく帝都軍が放棄した砦でもない、ただの廃墟。由来というものは特にないですけど、フロンティアで聞き込んだところこの
廃墟は数十年前にこのあたりに隠れ住んでいた魔術師が作ったものらしい。たった1人で作ったにしては無理がある。
だけどそのあたりは誰も気にしていない。
魔術師だから魔法で何とかした、とでも思っているようですわね。
まあ、わたくしもそこはどうでもいい。
今では魔術師もいない。
死んだのか去ったのかは誰も知らない。
ともかく。
ともかく主を失った塔は密林に浸食され、無数に破損し、廃墟となっている。
そこに現在新たな連中が住んでいるらしい。
「一つ目教団」
わたくしは呟く。
今回は1人でのミッション。
ジョニーは窃盗団絡みの一件でブラヴィルに赴かせた、そしてまだ戻ってきていない。参謀スクリーヴァへのつなぎとしての伝令の任務から戻ってきていない。
もっともジョニーは戦力外通知ですけどね。
現在のわたくしの服装は特に変わらず。
白い長袖のワイシャツに青いベスト、茶色の皮ズボン。胸元には亜熱帯対策の冷気の力を込めたペンダント。
腰には銀製のナイフ。
そして手に短くあしらった乗馬鞭。
周囲を見渡す。
ここには一つ目教団と呼ばれる邪教集団がいて、そしてその集団が秘石の1つを持っている……はずです。
だけど……。
「うっ」
わたくしは左手で口元を覆い、右手の鞭で顔の回りを払う仕草をする。
臭気が凄まじい。
そしてその臭気の元は分かっている。
「腐ってますわね」
死体。
死体。
死体。
深紅のローブを纏った連中がゴロゴロ転がっている。
死後どれだけかはパッと身では分かりませんわ。
この亜熱帯の気候ですから腐敗の速度は速い、故に正確に死後どれだけかは分かりませんわね。死体は20、いえもう少し多いですわね。
死体の右目から蛇が這い出て来てそのままその口に潜り込む。
うげー。
「何者なのかしら?」
一つ目教団?
それはないと思いますわ。
ローブも腐食が進んで大分痛んでますけど元々はかなり上質な代物。少なくとも知名度が低い田舎集団が掻き集めれるような代物ではない。
ならば誰だろう?
ただこいつらが一つ目教団じゃないとしたらどんな展開?
一つ目教団ならそれでいい。
ベルガモット兵団に先を越された程度で片が付く。そしてそれならそれで、秘石の所有者がロウェン卿に変わっただけで済む。
ですが正体不明の集団の死骸は何を指す?
何を意味する?
何を……。
「そこにいるのは誰か?」
「……っ!」
鋭い、抑揚を抑えた声が響き渡った。
気配がまるでしなかった。
わたくしは別に戦士でもなければ武術家でもない。気配を読むのに卓越しているわけでも得意でもない、それでも実戦をこなし視線を掻い潜ってきた。
ある程度は気配が読める。
少なくともそのあたりの雑兵や中級クラスの面々の気配ぐらいは読める。
つまり。
つまりこの誰何の声を発した奴は少なくとも中級以上。
殺意は感じない。
敵意は感じない。
ただ肌がピリピリするような威圧感を感じる。
息苦しい。
腰のナイフに手を伸ばそうとして、やめた。
あくまでこの銀製のナイフは装飾用に帯びているに過ぎず実用性はない。少なくともこんな威圧感を発する奴には意味は成さない。
わたくしは腕を組む。
攻撃は愚かですわね。
その仕草をするだけでバッサリとされそうな感じ。構えるのは得策ではない。
「そこにいるのは誰か?」
また誰何の声。
刃物。
まるで刃物のような鋭さを帯びた声。
視線で周囲を探る。
見えない。
密林に潜んでいるのか、それとも視界の中にいないのか。
まるで分からない。
アイレイドの雷撃魔法<霊峰の指>は広範囲に及ぶ。そしてその威力はおそらく雷撃魔法としてはシロディール随一。
フィッツガルド・エメラルダの<裁きの天雷>よりも高威力。
声の出所すら分からないけれどある程度の見当は付いているから霊峰の指で吹っ飛ばすのもありですけど万が一にでも外せばおそらくわたくしに次はない。
とりあえずこの威圧感はいただけませんけど、相手が敵とは限らない。
ならば。
ならばわざわざ喧嘩する必要はありませんわね。
一応向うも誰何してきている。
それはつまり相手側も積極的に戦闘を求めているというわけではないということだ。
「旅人ですわ」
わたくしはそう答えた。
沈黙が続く。
空気が異様なまでに重い。虫の声と何かの獣が唸る声だけが耳に響くだけで相手からの返答はない。相変わらず威圧感は消えない。そして空気は重い。
「旅人にしては軽装だな。正気か? 欺瞞か? いずれにしても密林を歩く格好ではないな。ここはモンスターが徘徊するこの未開の地だぞ?」
「まあ、物騒な人もいますしね」
「少なくとも嘘は付いていないらしい」
男だ。
男が出てきた。
ボサボサの白髪の男性。年の頃は40……いやもしかしたらもっと若いかもしれない、30代?
物乞いのようなボロボロの衣服を纏ったインペリアル。
ただ元々は上等な衣服のようにも見える。
腰には一振りのアカヴィリ刀。
……。
……あー、嫌ですわ嫌ですわ。
この男の眼に宿る光、常人の輝きではないですわ。
人斬り。
そう。
そうですわね、人斬りという表現が一番でしょうね。
まあ、いずれにしてもここに転がっている腐乱死体の製造元はこいつでしょうね。
ともかく。
ともかく相手は出てきた。
こちらに対して興味を示している、そしてとりあえずは敵意はないと見るべきですわね。
気勢をもう少し殺ぐ必要がある。
一礼。
「わたくしはアルラ・ギア・シャイアですわ。御機嫌よう」
「その名」
「何か?」
「その名、聞いたことがある」
「あら嬉しいですわ」
どのように聞いているかは知りませんけどね。
それなりに肩書きは多い。
子爵。
シャイア財団総帥。
精霊王主。
他には……まあ、とりあえずメジャーはそれぐらいかしらね。もちらんこの男がどのように認識しているのか、記憶しているのか、どうでもいい。
「それであなたは?」
「サイラス、そう名乗っている」
「初めまして。御機嫌よう」
聞かない名前ですわね。
それでも。
それでも彼が発していた威圧感は只者じゃあない。
ふぅん。
名が知れてない強者はそこら中にゴロゴロしているってわけですわね。
シロディールは広いですわ。
「ところでサイラス、そのあたりに転がっている死体の生産元はあなたかしら? ちゃんと生ゴミは分別しないと怒られますわよ?」
「死体を見ても動じない、少なくとも素人ではないようだな」
「誉め言葉ですの?」
言葉が何を指すのかはよく分からない。
ただ、今の発言から察するとわたくしの名を聞いて<精霊王主>として認識しているわけではなさそうですわね。
密林を歩き死体を見ても動じない物好きな旅行者として認識させておくとしましょうか。
「サイラス、聞きたいことがあるんですけど」
「……」
「コミュニケーションする気はあるんでしょう? いきなり斬りかかってこなかったわけですし。質問よろしくて?」
「……ああ。好きにしてくれ。悪いな、悪気はないんだ。あまり人と接する事はなくてな、かなり億劫になっている。それで何が聞きたい?」
見かけによらず気さくらしい。
血臭と死臭をプンプンとさせたかなり殺伐とした奴ですけどね。
少なくとも紳士ではない。
……。
……まあ、こんなのが紳士でしたら社交界はデストロイなロワイヤルな場所になりますわねぇ。
さて。
「ここには一つ目教団がいるという話でしたけどあなたが討伐したんですの?」
「一つ目教団? 何だそれは?」
「はっ?」
嘘を言っているようには見えない。
サイラス、自身が言ったように人と接するのが極端に少ないらしい。気が回らない。察しが悪い。死体を見回してから合点がいったようで頷く。
「こいつらか?」
「ええ。そうですわ」
「こいつらは深遠の暁とかいう連中だ」
「深遠の暁?」
「ああ」
一つ目教団ではないらしい。
「こいつらは一つ目教団とも呼ばれているのか?」
「さあ、わたくしは何とも」
呼称が2つあるだけで同一の組織なのか、まったくの別物なのか。
わたくしには分からない。
サイラス、しばし考えてから再び合点がいった模様。
「ああ、おそらく一つ目っていうのは旦那のことだろう」
「旦那」
「鍛冶師の旦那だよ。この塔を仕事場にしている名工だ。深遠の暁は旦那に武器作りを強要した。それだけではなくここに居座っていた」
「ああ、なるほど」
理解しましたわ。
なるほど。
つまりは深遠の暁とかいう連中がここに集結→鍛冶師を監禁→誰かが一つ目の男を教祖として崇めているとデマを流す→一つ目教団だー、という流れかしら。
何故鍛冶師が一つ目だと思われたか。
溶けた鉄を見つづける為に片目が潰れるからですわね。
「サイラス、あなたはその鍛冶師の仲間か何かですの?」
「いや」
「いや?」
「ただ密林を歩いていたら斬れる相手を見つけたので蹴散らしたに過ぎない」
「……」
殺伐とした奴ですわ。
一応聞いておく。
「今は斬りたい衝動はないんでしょうね?」
「この腰のは代刀でな、借り物だ。これで斬る気はない。最低限のマナーだ」
「……」
それはつまり代刀でなければ斬るのも辞さないという意味ですのよね?
殺伐とした奴ですわー。
ただ今の台詞から察するに、サイラスはこの塔に住まう鍛冶師に刀を預けているらしい。それでこの近辺を徘徊しているのか。もしくは用心棒的な役割かしらね。
「あっ」
「どうした?」
「何でもありませんわ」
不意に本来の目的を思い出す。
そもそも邪教集団だろうが何だろうがわたくしには関係ない。ここに来た理由はただ1つだけ。
名もなき皇帝の遺産を手にする為の秘石を求めてきた。
それだけ。
少々脱線してましたわね。
本題に戻ろう。
「変わった石を知りません?」
「変わった石?」
「ええ」
「さあな。少なくとも俺は知らない。旦那絡みかもな。だがそんなものがあろうがなかろうが旦那への直接の質問は許さない」
「何故ですの?」
「剣の製作の邪魔になるからだ。この間も同じような奴が来たな、確か。だが追い返した。……女、帰れ。次は斬る」
「御機嫌よう」
あっさりと踵を返してわたくしは相手に背を向ける。
粘る?
粘りませんわ。
あの男はある程度の節度と礼儀を持っていますけど……少なくとも、剣士の眼ではない。
人斬りの眼。
わたくしのお友達には相応しくないですし、それに長居をしたい相手ではない。
幸いあの男は剣待ちでありここに永住するわけではないのだろう、ならばその後を狙えばいいんですけど……問題はタイミングですわね。
深遠の暁とやらがここで全滅しているかは不明。
そもそもそんな組織聞いたことがありませんし。
全滅しているならいい。
全滅しているならいいんですけど問題はまだ残っている場合。もっと問題があるとすれば、ここで死んでいるのがその組織にとって大した痛手ではない
場合。その組織の構成員次第ではこの塔を包囲し、突入し、もしかしたらあるかもしれない秘石を奪う可能性だってある。
秘石の意味も知らずに。
もちろん意味を知ろうが知るまいが奪われればわたくしにとって意味は同じ。
仮にここに秘石がないにしても手がかりを知るかもしれない鍛冶師が殺されるか攫われてしまえばまた意味は同じ。
そう。
タイミングですわね。
わたくしがここに戻ってくるタイミングが重要な鍵になりますわ。
「ふぅ」
ただ、どちらにしても厄介ですわね。
深遠の暁とは別物が石を狙っている可能性もある。サイラス曰く「この間同じような奴が来た」ですからね。
さてさてどうしたものかしら。
密林を歩きながらわたくしは考える。
その時……。
「無駄足だったろ?」
野太い男の声。
周囲が囲まれている事にすぐに気付いた。
密林に伏せてはいるけど数は10、そうですわね、大体その前後ですわね。
深遠の暁?
それとも……。
「また会ったな、アルラ・ギア・シャイア子爵殿」
「あなたは……」
男は隠れもせずに出てきた。
囲んでいる10人前後は今だ密林の中ですけど、問題はないですわね。おそらくこの男が仕切っているのでしょう。
一度会っている。
……。
……あら。二度でしたっけ?
まあいいですわ。
その男、インペリアル。スキンヘッドの髭男で手にはブラスナックルしている。おそらく。30代。
皮鎧に身を包んだ格闘家。
ベルガモット兵団に属している。
今回は他の2人はいないようですわ。おそらく他の2人とこいつはベルガモット兵団の3幹部、と言ったところかしら。
相手はにぃっと笑った。
特に敵意は感じないし不意打ちを仕掛けてくる気配もない。
「俺の名はルガイン」
「初めまして。御機嫌よう」
脇を通りの過ぎる。
「待て待て待て待てっ! 話ぐらい聞いてくれっ! ……あんたも秘石狙いなんだろ? だったら手を組まないか?」
「わたくしをけし掛けて剣士を倒させようって腹ですの?」
秘石狙いで訪れた別口はおそらくベルガモット兵団ですわね。
「子爵殿、あんた悪いが勘違いしてるぜ」
「勘違い?」
「ああ。あのサイラスって奴も厄介だが一つ目の鍛冶師もあまり良い噂を聞かない。つーかよ、その鍛冶師も元々剣士でよ、至高の一振りを求めてたって話だ」
「至高の一振り? 今じゃ自分でその理想を叶えようと転職を?」
「多分な。で俺はサイラスのいない間に部下を送り込んだんだが1人を除いて全滅しちまった。問題はそいつの報告なんだ。塔の地下には誰かの絶叫が続い
ていたらしい。その声を聞いただけで部下達は発狂して死んじまったらしい。らしいっていうのは報告した奴も今じゃ正気がないからだ」
「塔の中、興味深いですわね」
「だろ? ……預かった兵隊はほとんど全滅しちまったしこのままじゃ俺も帰れないんだよ。とりあえず手を組もうぜ、石を見つけるまでは」
「仲間意識持つ必要はありませんよね?」
「ないな。互いに利用し合うだけのドライな関係だ。どうするよ?」
「わたくしもその方が楽ですわ。いいですわ、一時的に手を組みましょうか」