天使で悪魔






黒猫





  闇夜を駆ける。
  それは気まぐれな黒猫。






  冒険者の街フロンティア。
  未開の密林のど真ん中にある街。冒険者の落とすお金で成り立ち、成長し、発展している。
  周囲に遺跡や洞穴等があり冒険には事欠かない。
  故に冒険者が集う。
  もっとも最近では新しい人種が集まりだした。
  資産家の収集家。
  通常の収集物では満足できなくなった資産家達は冒険者が掘り出した珍奇な秘宝を買い求めにやってくる。
  その結果、新たな施設が街に急造された。
  それはオークション会場。
  わたくし、アルラ・ギア・シャイアもオークション会場に足を運んだ。



  「その価格で落札されましたっ!」
  司会が壇上で宣言。
  会場は恐ろしく手狭な場所ですわね。お客は50名。ぎゅうぎゅう詰め。
  息苦しいですわ。
  ただ冷気の魔法が室内に使用されているのだろう、室内は一定の涼が保たれている。
  わたくしは足を組み直す。
  規定により従者は立ち入りを認められず。参加者である当人のみ。
  つまり。
  つまりここにいるのは全員が資産家。それ以外の者は混じっていない。
  「ふぅ」
  小さく溜息。
  まだ目的の物は出展されていない。
  ちらりと横目で見る。
  視界に捉えるのは右横の席、5つほど離れた席に座る白髪の初老男性。
  1人だけ異質な空気を放っている。
  貫禄というのか威圧というのか。
  名をロウェン。
  帝都における最大の貴族であるロウェン公爵。
  退役軍人を中心に構成された私設軍隊の<ベルガモット兵団>を率いる権威者。
  皇帝は崩御、三皇子は暗殺、結果として皇族が根絶やしにされたことにより元老院が実権を握るものの権力闘争により議員は分裂。その為、帝都で
  最大貴族であるロウェン卿を抑える者が誰もいなくなった。だからこそ私設軍隊を大手を振って動かせるのでしょうね。
  ……。
  ……んー、つまり現在のシロディールは無秩序状態?
  確か犯罪件数も大幅に増えたという統計を見たような気がしますわ。
  やれやれ。
  平和主義者の市民であるわたくしには辛い世界ですわ。

  「次の出展ですっ!」

  司会者が叫ぶ。
  わたくしは欠伸を噛み殺した。
  これじゃあない。
  目的の物ではない。
  公爵の視線にも興味の色は宿っていなかった。
  そう。
  彼もまたわたくしと同じ物を狙っている。
  もしかしたらこの場に集まっている他の資産家達も同じ物を狙っているのかもしれない。そう考えるとこのオークション、今のところ大して熱が入っていない。
  まあ、別にいいですけどね、それでも。
  敵は公爵のみ。
  ロウェン卿の資産力以外は大したことはないでしょう。
  シャイア財団の保有している金貨の量は帝都随一。
  わたくしがその気になれば帝都の流通を麻痺させることも金融を崩壊させることも可能。
  そんなことはやりませんけどね(汗)
  壇上に宝箱を持ち込むスタッフ。それを台の上に置くとスタッフは下がる。壇上にいるのは司会者、あるのは宝箱。

  「さあ本日最高の宝を皆様にお見せいたしましょうっ!」

  ふぅん。
  あの宝箱の中にあるんですわね。
  さてさてどうしたものかしら。
  ストレートに落札するか、強奪するか。
  ここに来るまで散々考えた結果が一応は落札、落札なんですけど……灰色狐の一件でわりと強奪が板に付いて来た。何よりスリルに目覚めてしまった。
  悪い習慣ですわねぇ。
  まあ、いい。
  とりあえず落札ですわ。
  駄目ならその時は実力行使で失敬するとしましょう。

  「お集まりの皆様は名もなき皇帝の遺産をご存知ですか? ご存知ですよね? 皆様方はその為にお集まりになった、そうではありませんか?」

  司会の口上が続く。
  長い。
  ダラダラと長い。
  おそらく司会の言うとおりここに集まってる金持ち連中は名もなき皇帝の遺産目当て。そしてその遺産に道を繋げると言われている4個の秘石がここにある。
  石がオークションに懸けられている。
  集まっている動機はある意味で周知の事実。
  わざわざ口上に加えるまでもない。

  「そんなことはどうでもいいから早く競売を開始しろっ!」

  ほら怒られましたわ。
  金持ちの1人が叫ぶと司会は平謝り。余計な前説なんて必要ではない。
  必要なのお宝だ。
  ……。
  ……それにしても無名もなき皇帝の遺産の話、一気に広がってますわね。
  公爵は、まあ、理解できますわ。
  公式ではない最大の私設軍隊を公爵は保有している。
  ベルベット兵団。
  その諜報力もかなりのものだと聞いている。元々が退役軍人が中心の私設軍隊、現役の兵士にも顔が利くし繋がりもある。おそらく情報網はピカイチ。
  まあ、シロディール中の物乞いを情報ネットワークとして活用している盗賊ギルドには及ばないでしょうけど。
  だから。
  だから公爵が知っていてもおかしくはない。
  ただ他の金持ち連中はおかしい。
  確かに中にはいかがわしい組織を従えている富豪もいるかもしれないですけどこんなにも知れ渡っているのは不自然。
  「急速に情報は伝達されている?」
  わたくしはつぶやく。
  だとすると<伝聞している誰か>が存在することになる。
  ふぅむ。
  そう考えると妙な話ですわね。
  ジョニーですら知っている話ですから急速にシロディール中に広がっているのは確かでしょうね。
  誰かが故意に情報を広げている。
  それは誰かしら?
  ふふふ。それを調べるのもまた一興。
  楽しそうですわね。

  「本日の最高の一品、秘石をごらんくださいっ!」

  「別にわざわざ見せる必要などないだろう。金貨10万で落札しようじゃないか。私はロウェン卿、即金で払う」
  「ロウェン卿っ!」
  ざわり。
  司会者の叫びと同時に会場がざわついた。
  そりゃそうだろう。
  シロディールで最大の私兵組織(公認ではない組織の中では最大という意味。公式にはベルガモット兵団は存在せずあくまで公爵が大量に抱えている
  用心棒という位置付けになっている)を持つ帝都で最も権勢を持つ帝国貴族がここにいるのだ。
  驚くのも無理はない。
  ……。
  ……まあ、私も帝国貴族の端くれですけどね。
  階級は子爵。
  ただしわたくしの場合は階級以上の経済力を持っている。
  シャイア財団(その前身は盗賊ギルド)の創始者。
  爵位という格では負けてこそいるものの総合的に考えると甲乙付け難いって……どーでもいいですわね、そんなこと。
  ざわざわ。
  壇上がざわついている。
  司会者が手振りで他のスタッフ達を呼んで何やら話し込んでいる。距離があるので声は聞こえないですけど何やら慌てているようにも見える。
  何ですの?
  スタッフが奥に引っ込む。
  騒がしい。
  数分間の間が生じる。
  「そ、それでは」
  司会は宝箱を開ける。
  そして……。

  
ドカァァァァァァァァァァァンっ!

  「つっ!」
  突然耳を覆うような爆発音。実際私は耳を覆った。
  どこかで爆発した。
  どこかで。
  そう遠くない、この建物のどこか。
  一瞬状況判断が出来ない。
  耳が聞こえない。
  悲鳴を、そして泣き喚きながら金持ち達はその場に引っくり返っている。逃げるという行為すら思い付かずに引っくり返っている。
  壇上を見る。
  「あっ」
  「あっ」
  思わずわたくしは小さく声を上げた。
  壇上の人物も。
  女がいる。
  体系的には女ですわね、胸がありますし。
  黒い服を着た、仮面の女。
  その女が叫ぶ。
  「秘石は怪盗黒猫が華麗に頂戴っ! じゃねー☆」
  「はっ?」
  お宝と一緒に逃走する怪盗黒猫。
  ……。
  ……えっと……これは先を越されたってことですの?
  呆気に取られているわたくし。
  我に返るのに数秒かかる。
  逃がすものかっ!




  オークション会場をわたくしは走り出る。
  外は闇に包まれている。
  頼りになる月も星も今宵は役に立たない。
  何故なら曇。
  もっとも酒場や家々の明かりが窓や戸口から溢れ出ているのでまったくの闇というわけではない。わたくしは周囲を素早く見渡す。
  往来には冒険者達がいる。
  酒に酔っている者、収集物を抱えている者、今から冒険に出る者、様々な冒険者が往来にいる。
  邪魔ですわっ!
  これではどの方向をあの黒猫が逃げたのか分からない。
  その数秒の間にオークション会場から公爵が出てくる、なにやら喚き散らしている。公爵の側には3人の人物、おそらく側近だろう。
  あっ。
  密林で会ったあの3人組ですわね。
  次の瞬間には鎧姿の兵士達が大勢集結してくる。
  まずい。
  ベルガモット兵団ですわ。
  質としてはさほど強くはないですけど物量では圧倒的。別にわたくしと敵対する謂れはないですけど大量に兵士を擁している以上、向こうの方が優勢。
  これは競争だ。
  わざわざ奪い返したものを公爵に渡す理屈など存在しない。
  わたくしは闇を駆ける。
  ここは義賊としての勘を信じるとしよう。
  通りを駆ける。
  走りながらわたくしは灰色狐の仮面を被る。
  何故?
  一応秘石を落札しているのはロウェン公爵。
  別にそこは気にしない。
  別にそこは気にしませんけどわたくしも帝国貴族なので素顔でゲットするのは正直まずい。
  グレイフォックスとして手に入れる。
  それがわたくしの流儀。
  「まったく。どこですの?」
  立ち止まって周囲を見渡す。
  黒猫の姿はない。
  そして他の人影もいない。周囲には畑や家畜小屋が無数にある。どうやらこの区画ではこの街の食料の供給元のようだ。
  牛が鳴いている。
  牧歌的ですわ。
  「……」
  わたくしは耳を澄ます。
  牛の鳴き声以外は何も聞こえない。どうやらこの時間帯はここには人はいないようだ。
  道を間違えた?
  そうかもしれない。
  わたくしは義賊で貴族。義賊に関してはつい最近得たノウハウ。
  「んー」
  義賊の勘は大したことないですわねぇ。
  やれやれ。
  逃げられたと諦めるしかない。
  とりあえずは引き下がるとしよう、とりあえずは。
  ベルガモット兵団の動員力は半端ないのでもしかしたら泥棒を捕えているかもしれない。だとしたら公爵は秘石を2個保有した事になる。
  「まとめて頂くのもありですわね」
  公爵に全部集めさせる。
  その後頂戴しちゃうというのも悪い案ではないですわね。
  罪悪感?
  ありませんわ。
  だってわたくしは盗賊の元締めですもの。
  ほほほ☆

  カタ。

  誰かいる?
  どうやら完全なる外れではなかったらしい。
  どこですの?
  どこ……。
  「追い掛けて来たのね、えーっと……何かな、その仮面?」
  「狐」
  「狐? 何それ伝説の義賊グレイフォックスの真似事? まあ、別に好きにしてくれたら良いけど」
  資料小屋の上だ、屋根の上。
  そこに人影があった。
  声は女。
  黒猫の仮面の女。
  もちろんリアルな黒猫の仮面ではないですわよ。
  私の被る灰色狐の仮面だって<言われてみれば>というだけであって、黒猫の仮面もまた同じようなデキですわね。
  「貴女が泥棒猫ですわね」
  「泥棒猫? ああ、それ違う。少し違う」
  くすりと彼女は笑った。
  間合いは遠いですけど魔法で吹っ飛ばせれる位置。もちろんそのつもりはないですけど。
  秘石が魔法の威力に必ずしも耐えれるとは思えない。
  乗馬用の鞭を構える。
  「どういう意味ですの?」
  「これを遺跡から発掘したのは、あ・た・し」
  「えっ?」
  「まだ正式な契約は結ばれてないしロウェン公爵のモノじゃあない。つまり所有権はあたしにあるの。……ああ、オークション会場に訴えても無駄よ。
  それにあなたに実害があるわけじゃないでしょ、えーっと、狐女さん。ここでお互いさよならってわけで」
  「……なるほど。上手い手ですわね」
  「どういう意味?」
  「グルなんでしょ、全員。カモろうってわけでしょ、オークションで。落札額頂戴したら宝ごと逃げる。そうじゃない?」
  「……」
  「だけど途中でそれを持って逃げ出した。契約前に。何故か? 秘石の落札者がロウェン卿だと知ったから。面倒ですものね、帝国最大の貴族を騙すのは」
  「……」
  「盗賊に奪われたから交渉は白紙、それで公爵をカモるのを回避した、そうじゃなくて?」
  「まあ、ぶっちゃけそんな感じ。ただ少し誤解してるようだから言っとくけどあたしは窃盗団と組んでるだけであって仲間じゃないわ」
  「警告しますわ」
  「秘石を置いていけって?」
  「そうですわ」
  「さっき言ったの聞こえなかった? 元々発掘したのはあたしなの。まあ、ペテンの道具にしたけど。所有権はあたしにある、あなたは渡せと言う。おかしくない?」
  「いいえ。わたくしは盗賊ですから実力で奪うまでですわ」
  「うっわあんた悪党っ!」
  「お互い様ですわ。……ん?」
  足音が近付いてくる。
  無数に金属の音がガチャガチャと近付いてくる。
  ベルガモット兵団か。
  時間がない。
  一気に片をつける必要がありますわね。
  屋根の上で黒猫は肩を竦めた。
  「騎兵隊が来ちゃったわね」
  「そのようですわね」
  「で? どうするの? あたしとやり合ってる時間はないはずだけど? 狐さんも別に正義の味方ってわけじゃないし都合悪いんじゃない?」
  「問題ないですわ。お宝ゲット、あなたを生贄にして逃げるまでですわ」
  「うっわ言ってることえぐいねぇ」
  「勝てば官軍ですわ」
  相手は屋根の上。
  どうやって叩き落しましょうか。
  瞬殺するのは容易い。
  ですけど別に黒猫を殺す必要はないですしそのつもりもない。ただしわたくしの手持ちには叩き落す魔法はない。
  黒炭にするなら話は別ですけど。
  それにしても。
  それにしてもこの黒猫、実にやり辛い性格ですわ。
  誰かに似てる気がする。
  誰だろう?
  「来ないならこっちから行くわよ」
  黒猫は緑の光をこちらに放つ。
  属性系の魔法ではないですわね。
  あの波動、おそらく麻痺。
  麻痺効果の魔法は持続時間に比例して必要な魔力の量も増す。効果範囲によってさらに増す。その消費量は純粋に攻撃魔法の比ではない。
  軌道は直線。
  回避するのは容易いことですわ。
  わたくしは直撃する瞬間、横に回避。緑の光は私の横を通り過ぎて虚空を飛んでいく。
  丁度その時鎧の集団が踏み込んできた。
  ベルガモット兵団だ。
  例の3人組が指揮しているようですわね。その内の1人、3人組の中心的な人物らしき銀髪の小男に当たった。
  あらあらご愁傷様。

  ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

  その瞬間、緑色の光が周囲に弾けた。
  わたくし達はその場に倒れた。
  ずっこけた?
  そうではない。
  全身が麻痺し、全身が硬直し、全身の神経が脳に逆らっている。
  麻痺の魔法っ!
  それもまさかこんなに広範囲のっ!
  わたくし達が全員身動きできない間に黒猫は姿を消していた。
  そして思い出す。
  あの性格、あの言動、フィッツガルド・エメラルダにそっくりですわ。
  ……。
  ……苦手ですわ、あの手の奴……。
  


  4個の秘石の現在の所有者達。

  1個→ロウェン卿。
  1個→黒猫。
  1個→一つ目教団(あくまで噂であり所有の事実は不明)
  1個→情報なし。