天使で悪魔






ベルガモット兵団





  全ての結末は最初から決まっていた。
  果てにあるのは絶望だけ。

  本来は彼女のこの一歩はそもそも存在しなかった。
  そう、今までは。






  冒険者の街フロンティア。
  かつては冒険王と称されたベルウィック卿が創立した街。
  ベルウィック卿の爵位は子爵。
  わたくしと同格。
  本来ならばシロディールに領土は持てない身分(子爵は中央地方ではなく基本的に他地方に領土を与えられる)ではあるものの彼は密林の
  ど真ん中という辺境とはいえシロディールに領土を持てているのには秘密がある。
  ……。
  ……まあ、秘密と言うほどではありませんわね。
  子爵の立場で元老院になったわたくしと意味は同じ。
  元老院に献金という形で金貨をばら撒いた結果でこうなっている。ベルウィック卿にしてもわたくし同様に金貨は目的の為の道具でしかないようですけど。
  意味?
  簡単ですわ。
  わたくしは魔術師ギルドを救う為に元老院議員になった、その為のばら撒き。そして貧民の救済の為。
  ベルウィック卿にしても私利私欲ではないでしょうね。
  私利私欲の為なら密林に街なんか作らないでしょうし。快適とは言いがたいでしょうからね。
  要は彼は自身が冒険者だっただけに、冒険者のメッカと言うべき場所を作りたかったんだと思う。
  その証拠にその街には独特な組織がある。
  冒険者ギルド。
  ある意味で戦士ギルドのような組織。流れの冒険者に仕事や情報を提供している。街の運営資金が冒険者が落とすお金というのも冒険者の街らしい。
  地理的には密林のど真ん中にある。
  この街の周辺には手付かずの遺跡や洞穴が多数あり冒険者は毎日のように集まってくる。
  冒険者は得た財宝で湯水のように贅沢をしそのお金を街が吸収してフロンティアは大きくなった。
  運営の才はあるようですわね。
  現在、わたくしはその街を目指してジョニーとともに密林を歩く。




  「ふぅ。疲れましたわね」
  「確かにそうっすねー」
  密林を進むわたくしとジョニー。
  今回は財団は使わない。
  私事ですもの。
  それに毎度毎度組織絡みで動くのは楽しくない。
  名もなき皇帝の遺産を狙うのも基本的に興味本位であってそれ以上でも以下でもない。財産は、まあ、シロディールでもっとも金貨を
  保有しているシャイア財団の総帥ですから特に興味はないですし。
  わたくし、セレブですから。
  ほほほ☆
  「お嬢様、やっぱりその服装はお似合いっすね」
  「あらありがとう」
  わたくしを先導する形で藪や蔦を手斧で薙ぎ払っているジョニーが振り返ってそう言った。
  今回のこの恰好はわたくしなりにこだわりがある。
  改めて自分の姿を見てみる。
  微笑。
  「ふふふ」
  この恰好、気に入ってる。
  白い長袖のワイシャツに青いベスト、茶色の皮ズボン。
  胸元には冷気の力を込めたペンダントをしているので亜熱帯でも暑くない。
  むしろ涼しい。
  腰には銀製のナイフ。
  チルレンド?
  使い慣れないものは帯びないことにしました。
  ある程度は剣術も出来ますけど、まあ、基本的にわたくしは破壊魔法か召喚魔法専門ですから。
  右手には乗馬鞭。
  顔に纏わり付く虫を払いながらわたくし達は先に進む。
  ここからは徒歩しかない。
  馬でこの密林を踏破するのにはいささか問題がある。馬を途中で捨てるつもりがあるならともかく、その覚悟がなければ徒歩しかない。
  馬を見捨てるのが覚悟かはまた別問題ですけど。
  さて。
  「ジョニー」
  「はい?」
  「生き埋め」
  「何でですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  「始末だけでは味気ないと思って。不服でした?」
  「違うそこ観点違うっすっ!」
  「ジョニーうるさい」
  「……ひでぇ……」
  「それで今どの辺かしら?」
  「中間地点ですかね」
  「では今日も野宿ってことですの?」
  「そうっすね」
  「ジョニーに命じます。今すぐここに快適で清潔な街を創りなさい」
  「無理っす」
  「死刑」
  「うっわ直球発言来た直球来たぁーっ!」
  その時、男性の声が密林に響いた。

  「ちくしょうっ!」

  「何かしら?」
  「何でしょうねー」
  悪態をつきながら誰かが走ってくる。
  それはミスリル製の防具に身を包んだインペリアルの男だった。
  近付いて来るにつれてその異様な状態に気付く。
  腰に鞘はあるけど剣がない。
  抜き身で剣を持っているわけでもない。
  何より彼は時折後ろを見ながら走っている、それはつまり誰かと戦い、その誰かに追撃されているということだ。
  つまり?
  つまりは厄介。
  やれやれ。
  面倒な展開の始まりだと思うのはわたくしの気のせいかしら?
  喚きながら走りながら近付いてくる。

  「レリックドーンに続いて今回はベルガモット兵団にも追われるのかよっ! ……くそぉっ! あのブレトン女と関わってから運勢が最悪だぜっ!」

  独り言多いですわねー。
  おや?
  よく見ると手に何か持っている。
  ビー玉ぐらいの球体。
  男はそのままわたくしの横を通り過ぎた。何を言うでもなく通り過ぎた。
  ただ……。
  「ちょっとっ!」
  「そいつはあんたにやるぜっ! じゃあなーっ!」
  通り過ぎる瞬間、男はわたくしのズボンのポケットに素早く何かを入れた。走り去る姿を見ながらわたくしはポケットの中のものを取り出す。
  ぞくり。
  その瞬間、わたくしの体に寒気が走った。
  そこには小さな球があった。
  球体。
  手に収まるほどの小さな代物ですけど……これはでかい……。
  「な、何ですの、この魔力っ!」
  思わず悲鳴めいた声を発する。
  ジョニーは覗き込むものの彼にこの異質さ、異常さは気付くまい。
  異様なまでの魔力を発してる。
  表面はまるで常に霧が流動しているかのように揺れている。
  「……」
  見たことがない、こんなもの。
  魔力の塊。
  そう。
  表現するならば魔力の塊ですけど……こんなものを好き好んで手に入れようとはとても思えない。
  何故?
  とてもじゃないけどこの世のものとは思えない。
  おそらく異界のものだ。
  人外なのは確かだ。
  「お嬢様っ!」
  鋭い警告の声。
  突然物言わずに鋼鉄の鎧に身を包んだ戦士たちが襲い掛かってくる。おそらく先ほどの男を追ってきた連中だろう。
  正確にはこの球体目当てと見るべきかしら。
  球をジョニーに手渡してわたくしは連中に指先を向ける。
  「向ってくるならば排除しますわ」
  「クロード・マリックの仲間を殺せっ!」
  「クロード・マリック?」
  知らない名前。
  さっきの奴の名前だというのは流れで分かる。
  ふぅん。
  問答無用で襲い掛かってくるのであれば排除させてもらいますわ。
  徹底的に。
  手加減するのであれば<鎮魂火>という炎の魔法ですけど、こんな密林で炎を使えば火災の元。ならば雷属性の<霊峰の指>しかない。
  ですけど問題がある。
  それは威力が最高過ぎて鋼鉄の鎧ごと粉砕してしまうという欠点だ。
  警告はした。
  その上で、人違いで殺しにかかってくるのであればわたくしもまた非情になるとしよう。
  「霊峰の指っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  『……っ!』
  戦士達は1発で粉砕。
  鎧袖一触。
  身の程知らずは怖いですわね。
  「ジョニー」
  「は、はい」
  「もう少し後ろに下がっているべきですわね」
  「はっ?」
  「今の雑魚よりは歯応えのありそうなのが来ましたから」
  ぞろぞろと鋼鉄製の武装をした戦士たちが現れる。
  数は20。
  その者達を従える形で3人の男。
  中央の男はオールバックをした小男。年の頃は50かそのあたりかしら。まるで執事のような姿をした銀髪の男性。武器は帯びていない。
  右隣の男はスキンヘッドの髭男。手にはブラスナックル。30代あたりかしら。皮鎧に身を包んだ格闘家かしら。
  左隣の男は手入れの行き届いた銀の長髪の青年。20代前半。豪奢な服に身を包んでいる。腰にはショートソード。
  何者かしら?
  ただ、戦士とは桁が違いますわね。3人とも。
  戦闘力を総合したらわたくしでも分が悪いかもしれない。
  一気に決めるっ!
  手にしている乗馬鞭を構える。
  「サラムスの……っ!」
  「お待ちくださいシャイア卿」
  その一言でわたくしの動作が止まる。
  わたくしを知っている?
  小男は恭しく一礼。
  「我々はロウェン卿の手の者にございます」
  「公爵の?」
  「はい」
  ロウェン卿。
  爵位は公爵。
  私設軍隊ベルガモット兵団を率いる人物で古代の秘宝マニア。
  ……。
  ……ああ。
  そういえば喪部がフロンティアで活動している云々言ってましたわね。
  つまり吹っ飛ばしたのは公爵の私兵?
  展開が面倒ですわね。
  「子爵にはご無礼を働きました。実は我々は公爵の私物を盗んだ男を追っている最中でして。クロード・マリック、かつてはウンバカノに雇われていた
  トレジャーハンターとは名ばかりのこそ泥です。そしてその私物はシャイア卿が現在保護してくださっております」
  「……なるほど」
  向うの手落ちで処理してくれるってわけですわね、今の交戦は。
  それはそれでありがたい。
  さすがのわたくしも公爵を敵に回すつもりはない。
  「ジョニー、お渡しして」
  「はい」
  トカゲの従者に命じて返却する。
  小男は再び一礼した。
  「お手を煩わせて申し訳ありませんな、シャイア子爵」
  「いえ」
  「ところでシャイア子爵はどちらに? ……ああ、こんな密林にいるという事は子爵も名もなき皇帝の遺産探しですかな?」
  「まあ、そうですわね」
  隠しても意味はない。
  「ではお急ぎになられた方がよろしいかもしれませんね」
  「どういう意味ですの?」
  「秘石ですよ、鍵となる。それがオークションに出品されました。この秘石とはまた別物の」
  「……」
  あれが鍵となる秘石?
  あれが……。
  「では子爵、我々はこれで」
  「御機嫌よう」
  立ち去るベルガモット兵団を見送りながらわたくしは思う。
  自然と笑みが浮かぶ。
  「少しは楽しめそうな展開になって来ましたわね」