天使で悪魔






名もなき皇帝の遺産






  それは時系列の無視された事象。
  時が逆走した結果。





  「お嬢様。紅茶のおかわりは?」
  「結構ですわ」
  虫の王の一件から瞬く間に二週間。
  盗賊ギルド改めシャイア財団の運営や元老院議員としての活動など色々とゴタゴタが続いていたけどようやく休息が取れるだけの余裕が出来てき
  ましたわね。財団も議員も安定期に向っていますし、しばらくは休養がとれそうですわ。
  場所はベニラス邸の庭。
  うららかな午後の日差しを浴びながらわたくしは港湾都市アンヴィルでの休暇を楽しんでいる。
  側に侍るは生涯滅私奉公のジョニー。
  ちなみに<滅私奉公>を最近では<生殺与奪を女主人に預けているトカゲ人間>と読むのが正しいオブリファンですわね。
  ほほほ☆
  「絶対に違いますーっ!」
  「はい?」
  「い、いえ。何かそう叫んだほうがいい様な気がしまして」
  なかなか勘が鋭いですわね。
  ジョニー、侮れませんわ。
  まあわたくしの感情を先読みしても末路は同じですけど。
  さて。
  「暇ですわ」
  「最近まで忙しいとぼやきまくってたじゃないですかー」
  「トカゲの丸焼きしようかしら」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
  「はふ」
  暇ですわ。
  暇暇。
  ひーまーっ!
  ……。
  ……そうですわねー、思えば最近は忙し過ぎた。
  財団運営?
  元老院議員?
  そんな程度の忙しさはどうでもいいんですわ。
  わたくしが心底で忙しいと思っているのはある意味で最近までの人生そのものだ。
  盗賊ギルドや虫の王との戦いなど肉体的にも精神的にも忙しい日々が続いていたから唐突に訪れた暇に対処できないでいる。
  うーん。
  駄目ですわね、この感情。
  暇を持て余している。
  そしてそれはつまり暇を楽しめない、ということですわね。
  淑女として悠然と構えれないのはあまり喜ばしいことではない。
  「お嬢様」
  「何ですの?」
  「紅茶が冷めました。お取替えいたしましょうか?」
  「お願いしますわ」
  「かしこまりました」
  よく尽くす。
  アルゴニアンを横目で見てわたくしはそう感じた。
  名門シャイア家が放蕩クソ親父の借金で潰され、スキングラードにいる事も出来ずに帝都のあばら家に居を引き払った際にもジョニーと
  グレイズはわたくしに従ってきた。不平不満など言わずにただただわたくしに仕えてくれている。
  報いる?
  そうですわね。報いたいとは思いますわ。
  ただ、どの程度をしたら報いたことになるのかしら。
  それがわたくしには分からないでいる。
  シャイア財団の大幹部(わたくしの側近中の側近であり腹心。一応はNO.2の立場)に抜擢しましたけど……ジョニーは納得してるのかしら?
  微妙ですわね。
  「お嬢様」
  「ありがとう」
  新しい紅茶を口に含む。
  おいしい。
  ……。
  ……しかしいけませんわね、こういう感傷的な雰囲気も。
  何か暇潰しはないかしら?
  「ジョニー」
  「はい」
  「始末」
  「何でですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  よし。
  気分一新完了。
  感傷的な雰囲気を吹き払う。
  さて。
  「ジョニー、アンヴィル伯爵家は?」
  「聖堂虐殺事件を受けて街全体が不安定になっているので忙しいようでございますよ」
  「なるほど」
  アンヴィル聖堂虐殺事件。
  わたくしも知っている。
  というか既にシロディール全域に衝撃として広まっている。
  犯人は不明。
  謎の預言者の出現、それに伴い九大神騎士団の復活やら魔術王ウマリルの再来など色々と憶測と中傷が飛び交っている。情報は錯綜しており
  わたくしも何が真実かまでは分からない。それがアンヴィル市民の不安を煽り世情が不安定になっている。
  火消しに躍起になっていた忙しいのだろう、伯爵家。
  お茶を飲みに遊びにはいけないでしょうね。
  かと言って虐殺事件の調査に乗り出すのはあまり気が乗らない。泥臭い女戦士とかなら似合うでしょうけどねぇ。
  「レックスも無理ですわね」
  呟く。
  堅物衛兵隊長殿も伯爵家が忙しければ当然忙しいでしょうし。
  まあ、暇潰しをしたいと思えばシロディールには山ほど転がっており、わたくしには無数の選択肢がある。外法使いのシロディール入りとかも良い例だ。
  だけど。
  だけど気が乗らない。
  「わたくしの趣味ではありませんわ」
  現在起きている様々な事件。
  趣味ではない。
  帝都では吸血鬼が深夜徘徊しているようですけどそれも興に乗らない。
  さてさて、どうしたものかな。
  「お嬢様はご存知ですか?」
  「なにがですの?」
  「名もなき皇帝の遺産の話」
  「名もなき皇帝?」
  心に響く名称。
  何ですの、その心躍る名称は。
  これですわ。
  これ。
  わたくしが望むのはそういうものですわ。
  「ジョニー、どの程度の内容を知っていますの?」
  「触りだけっす」
  「では早急に調査を。……この一件、とことん手を出してみますわっ!」