天使で悪魔






精霊王主







  地水火風。
  それぞれの属性に、それに対応した精霊が宿っている。
  そしてそれらを統べる王。
  精霊王。

  地の精霊王ノームルン。
  水の精霊王ウン・ディアーネ。
  火の精霊王サラムス。
  風の精霊王シルフィス。

  九大神。
  オブリビオンの魔王達。
  闇の神シシス。
  それとはまた別のまったく異なる至高の存在。それが精霊王。ただし精霊王には基本的に思念というものは存在せずあくまで元素でしかない。
  それでも。
  それでも人の身では決して御する事が出来ない存在。

  わたくしの名はアルラ・ギア・シャイア。
  火の精霊王サラムスの支配に成功した史上最強の召喚師。
  人は言う。
  わたくしは、精霊王の主であると。






  「実に見事ですわ」
  ゆったりとした椅子に身を沈めながらわたくしは手にした兜を魅入った。
  場所はアンヴィルのベニラス邸。私室。
  現在室内に1人きり。
  わたくしの両手の上には兜。
  フォルムは古風でダサいですけど強力な魔力を感じる。
  その兜、リンダイの王冠。
  古代アイレイド時代の王族の王冠。ただし権威の象徴という意味合い以上に魔力増幅器としての意味合いの方が強い。
  まあ、当時は魔力の高さが王族の象徴でもあったわけですから権威の象徴と言っても過言ではないですけど。
  ユニオは実に良い仕事をしてくれた。
  素晴しい。
  「襲撃は成功ですわね」
  あれから。
  あれから3日。
  黒蟲教団との決戦から3日後。わたくしはあの決戦後、帝都で盗賊ギルドのマスターとしての……いえいえ、子爵としての雑務をこなしてアンヴィルに来た。
  何故?
  骨休めですわ。
  テーブルの上にはどっさりとお宝がある。
  もちろんただのお宝ではない。
  全てに魔力が宿っている。
  指輪にも首飾りにもドレスにも靴にしても全部に魔力が宿っている。魔力アイテム。まあ、惜しい事に武器の類は大した品がない。武器に関しては今後も
  チルレンドを使うしかないですわね。チルレンドは弱くはないんですけど、ウンブラやパラケルススに比べると三等は落ちる。
  お宝の出所?
  魔術師ギルとですわ。
  決戦に参戦したからお礼に貰った、わけではない。
  ……。
  ……まあ、言い方を変えればお礼の品にもなりますわね。もっとも無断で報酬を先に手に入れた、わけですけどねー。
  決戦のドサクサに参謀アーマンドに指揮を任せて魔術師ギルドの総本山であるアルケイン大学に潜入させた。
  戦力を決戦に集中させていた魔術師ギルド。
  つまり?
  つまり警備もほぼ皆無の状態だった。
  出せる戦力全てを投入したわけですから閑散としたものだった、らしい。報告を受けた際にはそう聞いている。
  そして宝物庫からめぼしい物を失敬したってわけですわ。
  盗難?
  んー。
  より厳密に言うと報酬として失敬した、だけですわ。
  虫の王やその側近の四大弟子と戦ったわけですから報酬は妥当。……いや。むしろ安く済ませていますわ。さほど盗んでませんし。
  まあ、失敬した分が少ないのはマスター・トレイブンの香典分を差し引いた、と思って欲しいですわね。
  そして新任アークメイジの就任祝い。それを差し引いた分を失敬した。
  それだけの話ですわ。
  「ふぅ」
  王冠をテーブルの上に置く。
  現在のわたくしの急務は魔力の増強。
  最終目的はデュオスと黒の派閥への報復。
  従者であり友でもあったグレイズの仇を討つのがわたくしの望み。だからこそ巨大なウェルキンド石の魔力の波動を体内に取り込み、そして魔力アイテム
  を掻き集めている。火の精霊王を召喚できた魔力の大元はこうしてドーピングした結果ですわ。
  肉体への負担?
  まあ、大した事はないですわ。
  少なくとも増幅し過ぎて肉体が爆ぜるという結末はならない。その程度の思慮の元に、そして経験の元で増幅している。
  問題はあるまい。
  ……。
  ……まあ、精霊王を召喚する際には気を付けないと生命力を持って行かれますわね。最悪の展開になると魂を持って行かれる。
  つまり死ぬ場合もあるわけだ。
  召喚する時間をほぼ一瞬にしているのでそう問題はないでしょうけど……気を付けないとね。
  肉体の負担以外の最大の問題は一度精霊王を召喚するとしばらくは召喚出来ない事ですわね。肉体的にも魔力的にも色々と制限が掛かる為に精霊王
  を連続しては召喚出来ない。もちろん無理に連続召喚なんて事をすれば寿命が3年ぐらいなくなるでしょうけど。
  復讐の際には寿命なんかどうでもいいですけどね。

  コンコン。

  「どうぞ」
  「失礼します」
  入ってきたのは愉快なタマネギヘアのボズマーだった。
  名をユニオ。
  それが本名なのかそれとも偽名なのかは不明。
  元々は元老院直轄の諜報機関アートルムの敏腕捜査官だった男。元諜報機関の人物という事もあり隠密や聞き込みに長けている。
  諜報員と盗賊は紙一重のようですわね。
  「何か御用ですの? わたくしは戦利品を見て悦に浸るのに忙しいんですけど」
  「悪趣味ですな」
  「あら。人の趣味は人それぞれですわ。批判する権利は誰にもありませんわ。まあ、貴族としての寛容として見逃してあげますわ。それで何か御用ですの?」
  「実は宝物庫襲撃の際に違和感を感じまして」
  「違和感?」
  「不意にそれを思い出しまして。報告に帝都から来た次第です」
  「興味深いですわ。どうぞ続けて」
  「実は宝物庫に誰かが先に入った形跡がありました」
  「どういう事?」
  「王冠を飾っている台座に1つ空きがありました。元々なかったという可能性もありますが……王冠と王冠の間に空きの台座、不自然かと思いまして」
  「……ふむ」
  「捜査官としての教訓として気になったらまず報告、それ故に報告に来ました」
  「興味深いですわね」
  「調べますか?」
  「必要ないですわ」
  「了解です」
  調査の必要はないだろう。
  誰が何を盗んだかは分かりませんけど色々と想像は出来る。大学の手薄というドサクサを想定出来たのはそう多くはない。まずはわたくし達、大学の
  関係者、そして黒蟲教団。わたくし達ではない、大学の内通者かも知れないけどそれはわたくし達の問題ではない。
  黒蟲教団?
  それはそれでありえると思う。
  だけどそれも無意味。
  既に組織そのものがないのだから意味がない。要は強奪こそしたものの決戦には間に合わなかったと言うべきでしょうね。
  何故?
  だって強奪と決戦はほぼ同時期。手薄になったのはほぼ同時期。
  故に無意味。
  何を強奪したとしても間に合わなかった。
  それだけの話ですわ。
  「ところで貴族としてのお仕事はいかがですか?」
  「順調ですわ」
  港湾貿易連盟の加盟組織は現在盟主組織であるドレスカンパニーに吸収される形で存在している。同盟組織は単一組織となった。その為にわたくし達は
  港湾貿易連盟のボス達を始末した。各組織の再建と称して盟主組織は全ての組織を吸収合併した。
  厄介な展開?
  一枚岩になった?
  その逆ですわ。
  これこそが私の望んでいた展開。
  吸収合併により単一組織となった事で資産も統一された。強引な吸収だった為に反感も多く、特に資金面に関しての移動は迅速だった。金貨や宝物な
  どは帝都のドレスカンパニーの拠点に運び込まれた。実にやり易い展開でしたわ。今までのように拡散されていない以上、強奪し易い。
  実際に強奪は容易でしたわ。
  現在シャイア財団が保有している金貨の量は帝都随一。
  その資金力を活かしてドレスカンパニーが所有していたグラーフ砦を買い取った。その後に売買に動いた金貨を奪うという残酷な行動もしましたわ。
  犯罪者に人情など不必要。
  徹底して苛め抜きますわ。だってわたくしはサディストですもの☆
  ほほほ☆
  さらにドレスカンパニーが仕切っていた港湾事業はことごとくシャイア財団が買収。
  帝都の海の出入り口は制したと言っても過言ではない。
  そう。
  既に波止場地区はわたくしの傘下ですわ。
  海運を仕切るという事はそこに動く物品や金貨が全てわたくしの手の上にあるという事。完全に弱体化した港湾貿易連盟は今後とも飼い殺しにしておく
  としますわ。盗賊ギルドから財団に移行して不満を持っている構成員も多い。そういう構成員の為のガス抜きとしてドレスカンパニーを利用する。
  飲む金がないから港湾貿易連盟から強奪するか……的な感じですわ。
  波止場を抑えたのは海路で運ばれるスクゥーマ等を取り仕切る意味合いも兼ねている。もちろんスクゥーマなどに興味はない。わたくしはそれを断絶する
  為に波止場を制した。それに際しては元老院に献金をばら撒いて『私椋』の権利を得た。
  今後はスクゥーマを運び込もうとする海賊等を襲う権限を得た。そして連中が積み込んでいる金貨などの類を合法的に押収出来る。
  スクゥーマ?
  スクゥーマは魔術師ギルドにでも売りますわ。
  魔術師ギルドは長年スクゥーマ中毒に関しての治療法を研究している。サンプルとして現物を求めている。破棄しようかとも思いましたけど売れるものは売
  るとしますわ。別に守銭奴というわけではないですけど資金があれば救える命や人々がいる。
  国が救わない以上、わたくしが正義として存在したい。
  そう。
  それが貴族としての生き方ですわ。
  格差社会をなくす事は絶対に不可能、どうしても差は生じる。どんなに格差社会根絶を訴えても元老院議員と一般人とでも生活に差は出るものだ。
  だから。
  だから病める者、貧しい者に手を差し出すべく行動するのが富める者の義務。そうして初めて平等な世界となる。
  傲慢?
  そうじゃないとわたくしは自負している。
  貴族とはそういうものだと思ってる。そしていつの日にか平等が訪れる。わたくしの行動はその第一歩ですわ。
  「それにしても意外ですな」
  「何がですの?」
  「虫の王との決戦は既に国民が知るところになっています。あなたが精霊王を従えたという事も。精霊王主(せいれいおうしゅ)、人々はあなたをそう呼
  ぶ。にも拘らずあなたは史上最強の召喚師として振舞うよりも政治家として生きるべく邁進している」
  「それが何か?」
  「政治家よりも召喚師としての生き方の方が華やかではないですか?」
  「それは違いますわ」
  「ほう?」
  「自らの生き方に自信を持つ者の生き方こそが華やかであり美しい。まだまだ美学が分かってませんのね」
  「それは失礼を」
  「分かればよいのです分かれば」
  「そういえば」
  「何ですの?」
  「昔の仲間からの又聞きなのですが禁呪の収集家がシロディール入りしたそうですよ」
  「禁呪……外法使いが?」
  「はい」
  禁呪の収集家。
  そう呼ばれる連中がいる事をわたくしは聞いた事がある。古代の秘術を探しては各地を荒らしまわっている連中だ。
  まあ、魔術師内では有名な連中ですわね。
  「何人来ましたの?」
  「確認されているだけでは3人です。シロディール国境付近の村々が壊滅させられたようです。シルヴァの仕業でしょう。奴のやり方は独特ですから」
  「シルヴァ……銀色ですわね」
  「そうです」
  「村の壊滅の仕方で判断したんですの?」
  「ええ。推測ですけど、おそらく奴で間違いなしでしょう。虐殺した人々を十字架に張り付けにされたような格好にする、奴の独特の手口ですから」
  「なるほど」
  外法使いがシロディール入り、か。
  連中は基本的に群れない。
  ……。
  ……ま、まあ、死霊術師も『群れない』とか言われたましたけどね、当初は。
  だけど外法使いに関してはそれは適用される。
  連中、自身の力に過信し過ぎている。
  何らかの形で協力する事はあってもそれは一時的な事でしかない。いつだって同志を出し抜く事だけを考えている。
  そう、聞いている。
  連中にとって大切なのは自身の能力の増強。その為だけに活動している。故に協力関係も能力増強に必要と判断した時だけ。不必要となれば
  簡単に同志に牙を向く。そう考えれば問題はない……のかな。
  わたくしには関係ない?
  いいえ。
  そんな事はないですわ。
  わたくしも能力の増強を考えている、デュオスと黒の派閥に対しての報復の為だ。
  外法使いは古代の秘術を探し求めている、つまりわたくしの目的と被る場合もあるわけですから絶対に敵対しないという定義は存在しない。
  それにしても……。
  「シルヴァ、か」
  通称『銀色』。
  収集家の中でもトップクラスとされる存在。どんな奴かは正確には伝わっていない。敵対した奴は絶対に殺されるからだ。奴がこの帝都に来たとされる
  根拠は、奴の虐殺の仕方が独特だから。帝都国境付近の村々がそんな虐殺のされ方をした、それを根拠にユニオはシルヴァが現れたと判断した。
  厄介ですわね。
  厄介。

  ガチャ。

  「お嬢様、お茶の時間ですが……」
  「ジョニー、始末」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ唐突になんでだーっ!」
  「何となくですわ☆」
  「……ひでぇ……」










  その頃。
  薄暗い、湿気の含んだ洞穴の奥。ただしその洞穴は人が住めるように新たに掘り抜き、調度品を置き、ある程度の生活空間が構築されていた。
  洞穴の最奥。
  赤い法衣を纏ったアルトマーの老人が黙って椅子に身を沈めていた。
  老人、満足そうに微笑している。
  手には異質な兜がある。
  外観的にはアイレイド時代の兜。しかしそこに秘められた魔力はアイレイド時代の王冠とは格段に違う。遥かに高い魔力を有している。
  「これが血虫の兜か。実に美しい」
  「閣下に相応しい代物です」
  そう追従したのはインペリアルの男だった。線の細いインペリアルの男性。赤い法衣は纏わず、青い法衣を纏っていた。
  インペリアルは続ける。
  「虫の王は滅びました。血虫の兜、閣下が所持すべきだと思い魔術師ギルドから強奪して来ました」
  「実に素晴しい。この兜さえあればオブリビオンの門の具現化を安定的に出来る。よくやった」
  「ありがとうございます」
  「それで? 連中は君の事は疑っていなかったのかね?」
  「まさか。魔術師ギルドは私が深遠の暁の密偵だという事にはまるで気付いていません。大学の連中の目は節穴です。気付くわけがない。このまま戻り、連中
  の動向を監視します。魔術師ギルドそのものは大した事はありませんが新任アークメイジの女は油断なりませんので」
  「確かフィッツガルド・エメラルダ……だったかな?」
  「はい。閣下」
  「虫の王を倒すほどの女だ。目障りだな。隙あらば殺してしまえ」
  「分かっております」
  「頼りにしているぞ、クラレンス」
  「御意のままに。全て自分にお任せください、マンカー・キャモラン様」


  一時はラミナスの後任として活動していたクラレンス、深遠の暁の密偵と判明。
  そして邪教集団の暗躍が始まる。