天使で悪魔






そして伝説は始まった






  その場にいる誰もが気付かない。
  それが後世の人々にとっての伝説の始まりであったとしても。






  連携攻撃。
  怒涛の攻撃の前に虫の王はついに果てた。
  まあ、わたくしの力が大半でしたけどね(ニヤリ)。


  だが奴は果てなかった。
  正確には復活した。
  そう。
  果てるには果てたのだ。
  フィッツガルド・エメラルダのそこそこの威力の魔法、ダンマー娘のそれなりの機転、ブレトン少女の古臭い技、そしてわたくしのエレガントで卓越した召喚
  技術の前に虫の王マニマルコは滅びたはずだった。火の精霊王サラムスの業火の前に奴の命は潰えたはずだった。
  だが復活した。
  虫の王マニマルコは体内に幾千もの魂を蓄えているという。その魂により不死身に近い生命力と無敵の魔力を誇っているのだ。
  それらを駆使して奴は復活した。
  虫の王マニマルコの復活。
  


  わたくし達は限界に近かった。
  故に虫の杖を手にし魔力を増幅したフィッツガルド・エメラルダに全てを託して山彦の洞穴を後にした。
  ……。
  ……いえっ!
  わたくしは大した疲労ではありませんでしたわ。むしろ魔力も体力も有り余ってましたわ。
  だけどダンマー娘とブレトン少女は疲労困憊状態。
  さらにブレトン娘フィッツガルド・エメラルダが『ここは任せてっ!』なんて大見得を切りましたので任せた。恥を掻かせないのは淑女のたしなみですわ。
  ほほほ☆
  そして……。






  「鎮魂火っ!」
  炎の魔法が炸裂。
  場所は洞穴内から洞穴外に移っていた。山彦の洞穴の外。冷たい外気が周囲を突き抜ける。しかし寒さを感じている暇はない。
  虫の王との決戦をブレトン女に任せてわたくし達は外に。
  楽が出来る。
  そう思いましたわ。
  ……。
  ……しーかしっ!
  洞穴の入り口付近にはアンデットの群れだらけ。
  わたくし達は完全に分断、既に付近は乱戦と化していた。
  まあ、数が多くてもゾンビ風情に苦戦するわたくしではない。消耗もそれなりにありますけど……この程度の敵に苦戦するほどわたくしの腕は低くはいない。
  それに妙な連中もいる。
  黒い皮鎧を着込んだ面々だ。まるで以前見た闇の一党の暗殺者のような格好だ。
  フィッツガルド・エメラルダの仲間か何かかしら?
  そいつらもアンデッドと戦っている。
  なかなかの腕ですわ。
  この場にいるのはゾンビだけ……ああ、スケルトンの戦士や弓士もいますわね。だけど幽霊系はいないしアンデッド系最上位のリッチもいない。
  この程度の敵に苦戦する理由などない。
  「邪魔ですわっ!」
  チルレンドでゾンビの頭を斬り飛ばす。
  雑魚ですわ。
  雑魚。
  もちろん数が揃えばそれなりに邪魔ではある。
  ただしあくまで邪魔という域は超えない。
  決して難敵には認定されない。
  つまり?
  つまり目障りなだけですわ。
  果てろっ!
  「霊峰の指っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  盛大に弓矢を構えるスケルトンどもを吹っ飛ばす。
  錆びた剣を片手に、同じく錆びた盾を構えてガシャンガシャンと音を立てながら突進してきたスケルトンの戦士どもも粉砕。
  鎧袖一触。
  ふふん。
  この程度でわたくしに勝てると思わない事ですわね。
  「はあはあ」
  息遣いが荒いのは苦戦しているからではなく消耗の所為ですわ。
  さすがに虫の王戦の際に火の精霊王を召喚したのは堪える。
  それでもこの程度の相手なら……。
  「負けませんわっ!」
  斬る。
  斬る。
  斬るっ!
  冷気属性の魔法剣チルレンドでフラフラと迫り来るゾンビの群れを斬り伏せていく。
  無双乱舞ーっ!
  ともかくこの場にいる連中を全て元の死体や骨に戻さない事には楽が出来ない。とっとと片付けで休息がしたい。それ故に暴れているに過ぎない。
  片付いても麓で戦っている魔術師ギルド連合と黒蟲教団との決戦には関与しませんわ。
  少なくともわたくしはね。
  何故?
  お疲れですもの。
  貴族たる者、疲れたらティータイムをして休息するのが法律ですわ。
  「霊峰の……っ!」

  ごぉっ!

  「……っ!」
  その時、突然足元を蒼い波動が通り過ぎた。わたくしの足元だけではない、まるで蒼い液体を零したかのように足元全てを染めていく。
  どこまでも。
  どこまでも。
  どこまでも。
  そして呆然と立ち尽くすわたくし達は見る。


  ドサ。ドサ。ドサ。ドサ。ドサ。ドサ。

  無数に崩れ去るアンデッドどもを。
  足元に突然広がった蒼い光に触れた瞬間、肉は肉に、骨は骨に戻る。本来のあるべき姿に戻る。
  死霊術師達に付与されていた自我の崩壊した魂が掻き消えたのだ。
  何なの?
  あの蒼い光が起因しているのはわたくしにも分かっている。

  「行くわよっ!」

  叫び声がした。
  フィッツガルド・エメラルダだ。
  手には虫の杖はない。
  いや。
  杖なんてどうでもいい。
  ここに彼女がいるという事、それはつまり虫の王マニマルコとの決戦を1人で制したという事ですわ。
  本当に1人で倒した。
  認めたくはありませんけど……この女こそ稀代の魔術師といっても過言ではありませんわ。
  呆然としていたその他の面々もようやく反応する。
  一同頷き、走り出した彼女に続く。
  ふん。
  今だけはあの女の主導で妥協してあげますわ。
  今だけは、ね。
  必ず巻き返してわたくしが最強だと教えて差し上げますわーっ!
  疲労した体を押してわたくし達は走る。
  そして雪原で繰り広げられている決戦の場が見下ろせる場所に到達した。軍団と軍団の激突を予想していましたけど……それは既に終結していた。
  「終わった」
  フィッツガルド・エメラルダは小さく呟いた。
  ……。
  ……まさかあの蒼い光の効力?
  そうかもしれない。
  あの蒼い光に触れた瞬間、アンデッドは崩れ去った。ゾンビもスケルトンも、それぞれが肉と骨に戻った。死者の安息を取り戻した。
  おそらくは死霊術を相殺する効力があったのだろう。
  この女の力?
  それは分かりませんけど……ここまで走ってきた、それはつまり決戦が蒼い光の効力で終わると知っていたからに他ならない。
  フィッツガルド・エメラルダ。ますます侮れませんわ。
  ともかく。
  ともかく3000近い兵力を誇っていたアンデッド軍団は壊滅した。
  現在眼下にいるのは人間だけ。
  魔術師ギルド連合と黒蟲教団の死霊術師だけ。純粋な生命にはあの蒼い光は意味がないのだろう。つまり対アンデッド用の魔法か何かと見るべきか。
  生きているのは人間だけだ。
  よく見るとリッチらしき死骸も転がっている。
  つまり死霊術を自らに行使した場合でも果てる、という意味かしら?
  虎の子のリッチは全滅?
  だとしたら黒蟲教団に既に勝ち目はない。
  生身の死霊術師はまだ100以上はいますけどそれでも勝てないだろう。
  魔術師ギルド側にはいつの間にかブルーマとシェイディンハル、さらにスキングラードの衛兵らしき武装の兵士が参戦している。純粋な人間の数だけでも
  魔術師ギルド側が完全に圧倒している。死霊師達は包囲された。この重囲を突破するのは不可能。
  仮に突破出来ても展開を逆転は出来まい。
  その時、死霊術師の1人が何かを叫んだ。もちろんここまでかなりの距離があるので何を叫んだかは聞き取れない。
  その叫びに連動してたかのように兵士が情け容赦なくその死霊術師に刃を振り下ろした。
  死霊術師絶命。
  それを見ていた別の死霊術師は手にしていた武器を捨てた。メイスかしら?
  抵抗は無意味と悟ったのだろう。
  次々と武器を捨てて無抵抗を示す死霊術師達。
  終わりましたわ。
  長い戦いが。

  「お嬢様」

  ん?
  ジョニーの声がした気がした。
  ……。
  ……ああ。そういえばジョニーは放置プレイ状態でしたわね。
  帰っていいとも言わずに放置した。
  つまり凍死して霊になった?
  うーん。
  ついにジョニーはお空の星になったのですね。
  もっと嬲りたかったですわ(号泣)。

  「お嬢様」

  幻聴?
  幻聴ですの?
  きょろきょろと周りを見る。すると透明な何かを視界の端で捉えた。透明ではあるけど輪郭だけがおぼろげに見えている。
  「未練で成仏できないのですのね」
  「……死んでないっすよ」
  「ああ。透明化しているのですね。それで? 何して遊んでるんですの?」
  「……すいません一応あっしは命の恩人的な立場なんですけど」
  「あら? どの口がそんな事を言いますの?」
  小声でやり取り。
  何故?
  決戦の終結という雰囲気をギャグキャラの登場を公にする事で無駄にはしたくないからですわ。シリアスな展開ですのにジョニーにも困ったものですわ。
  「お嬢様、これを」
  「何ですの?」
  差し出された首飾り。禍々しい力を感じる。わたくしはそれを手にしながらその異様な魔力に内心で震えていた。
  ジョニーは平然としている。
  まあ、透明化のままですけど平然としているからこそ私に手渡せるのだろう。
  つまり?
  つまりジョニーはこの首飾りの邪悪さに気付いていないのだ。魔道に疎いからこそ平然といられる、しかしわたくしはそうはいかない。
  「こ、これは何ですの?」
  「虫の王の首飾りっす」
  「虫の……死霊術師のアミュレット……」
  確か奴の魔力増幅の物だと何かの文献で読んだ気がする。
  虫の杖。
  血虫の兜。
  死霊術師のアミュレット。
  この三つが揃った時、虫の王は無敵の存在と化すと文献には記されていた。もっとも血虫の兜に関しては魔術師ギルドが押さえていた、故に虫の王は
  無敵の存在にはなりえなかった。しかし死霊術師のアミュレットは奴の手に落ちたと聞いている。
  何故ジョニーが持っている?
  「どこでこれを?」
  「奴からスリました」
  「はっ?」
  「ブレトンの姉御と戦ってる最中にあっしがスリました。その直後にお嬢様達が奴の雷で気絶したりしてましたけど……その、大丈夫ですか?」
  「……」
  そ、そうか。
  虫の王の出力が弱かったから助かったのか。
  だとしたらジョニーが戦いを制した?
  ……。
  ……よ、世の中って意外性に満ちていますわねー。このチンケなトカゲが伝説の死霊術師の滅亡を導いたと言っても過言ではない。
  それでこのアミュレットはどうしましょう?
  ジョニーは私に献上する気でいる。故にスリを働いたのだろう、虫の王相手に。
  だけどこれはこの世にあってはならないものだ。
  魔術師ギルドの祖ガレリオンは虫の王の遺宝を秘匿した、故に今回の展開を招いたと言っても過言ではない。
  わたくしは賢明のつもり。
  ガレリオンと同じ轍は踏みませんわ。
  死霊術師のアミュレットを宙に投げて、手のひらで狙いを付ける。

  「霊峰の指っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  天に向って雷撃を放つ。
  それは死霊術師のアミュレットに直撃、粉々に打ち砕いた。
  これでいい。
  これで。
  仮に虫の王が再び復活しても奴の力の源の1つは粉砕できた。仮に復活できても、攻勢の災厄の種を1つ取り除いた。

  
ごおおおおおおおおおおっ!

  突然、わたくし達の後方で突然凄い音がした。
  振り向く。
  すると山彦の洞穴があったであろう場所の方向から1本の蒼い閃光が天に向って柱のように立ち昇っていた。
  何ですの、この膨大な力はっ!
  
  「綺麗ですね。アリスさん」
  「そうだね。フォルトナちゃん」

  魔道の『ま』の字も知らないのだろう、ダンマー娘とブレトン少女は囁き合っていた。
  そ、そういうレベルですの?
  こんな魔力の波動は見た事がない。わたくしがミスカルカンドで入手した巨大なウェルキンド石から魔力を放出させてもここまでは行かない。今、目の
  前で起きている蒼い光の柱の出力はその100倍、いや、それ以上だ。
  これだけの出力。
  これだけの爆音。
  当然ながら眼下の連中にも聞こえている。そして連中はこちらを見る。
  敵も味方もこちらを見る。
  フィッツガルド・エメラルダは漆黒の魔剣を天に掲げた。その直後、大歓声が起きる。
  戦いは始まり、そして今日終わった。


  今日この日、新たな歴史が綴られた。
  そして伝説は始まったっ!