天使で悪魔
連携攻撃っ!
強力な力はより強力な力に負ける。
強さには限界がない。
だけどそれぞれの持てる力を足せば。
協力し合えば。
強さは二倍にも三倍にも倍加する。
絆は力。
四大弟子パウロを撃破。
ダンマー娘もブレトン少女もそれぞれ四大弟子を撃破、わたくし達は合流した。
そして向かう。
虫の王マニマルコとの決戦の場に。
決戦の主導権は誰にある?
現在虫の王と戦っているフィッツガルド・エメラルダ?
ほほほ。愚問ですわね。
決戦はわたくし主導、当然ですわーっ!
そして。
そしてわたくし達は可哀想なまでに苦戦しているフィッツガルド・エメラルダの元に到着。真打登場ですわ。虫の王よ、覚悟っ!
虫の王が叫ぶ。
「もうよいっ! 目障りだお前らっ! この場にて纏めて始末してくれようぞ、貴様の魔法でなっ! 消え去れ、虫けらどもっ! 神罰っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィっ!
雷撃が襲ってくる。その際にしばらく意識が飛んだ。
むきーっ!
どうやら致命的なダメージはなかったものの気絶していたらしい。
戦闘中に気絶。
わたくしの戦歴に傷がーっ!
誇りを完膚なきまでに傷付けたのは気絶している際に単身で虫の王と戦っていたのは眼中にすらなかったダンマー娘。
汚名返上っ!
名誉挽回っ!
気絶から復帰したわたくしは……いや『アルラと愉快な下僕達』は虫の王マニマルコに対して最後の戦いを挑む。
決戦ですわーっ!
冷気の魔法剣チルレンドを手にわたくしは虫の王マニマルコに挑む。
魔法?
確かにわたくしの持ち味は魔法、そして召喚。
ですけどそれが出来ない。
何故?
簡単ですわ。
四大弟子パウロから天霧病を感染された。お陰で魔力は自然に回復しない、魔法耐性が低下、魔力の低下。このデメリットの為に現在魔法が使えない。
つまり魔力ゼロ。
……。
……やれやれですわ。
パウロは果てたのに回復しないのは面倒。これは聖堂で快癒して貰うしかない。
もちろんこの戦いで終わった後で、ですけどね。要はこの戦いでは魔法が使えないってわけですわ。
虫の王相手に魔法なしって笑えますわ。
まあ、唯一の救いは1人で戦ってるってわけじゃない事かしらね。
バッ。
同時に4人で虫の王に飛び掛る。
それぞれの手には武器。
わたくしのこのチルレンドはそれなりに名のある剣ではあるけれど……魔剣ウンブラやパラケルススの魔剣に比べると格段に劣る。
フォルトナとかいう子供が手から紡ぐ魔力の糸なんて規格外。比べられもしない。
そしてそれぞれが一気に肉薄する。
杖を掲げる虫の王。
「無益っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
雷撃が踊り狂う。
わたくし達はそれぞれに吹っ飛んだ。
威力はさほどではない。虫の王にしてみれば間合を保つ為の魔法ってところかしら。
フィッツガルド・エメラルダの魔法耐性の凄さはマラーダ遺跡での激突で証明済み。あの女の魔法耐性はほぼ完璧な状態。しかしわたくしの魔法耐性は大し
た事がないですし、それに天霧病で魔法耐性は低下している。にも拘らず今の雷撃で死なない。それはつまり牽制程度の魔法という意味ですわね。
虫の王は吼える。
「何故貴様らはそこまでして立ち向かうっ! 煩わしいっ! 目障りっ! 忌々しいっ! ……ええい、消えるがよいっ!」
雷撃が虫の王の手に宿る。
今度は本気の一撃っ!
くっ!
わたくしも魔法が使えたら……っ!
「裁きの天雷っ!」
ブレトン女の声が響き渡った。
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
「くあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
彼女の放った雷撃で今度は虫の王が後ろに吹っ飛んだ。
威力は霊峰の指には劣りますけど、まあ、それなりに高いですわね。虫の王は焼け焦げる。
倒した?
「くくく」
焼け焦げた死体から低い笑い声が虚ろに響く。
虫の王がゆっくりと立ち上がった。
「満足か?」
こいつ死なない?
ええーっ!
これって反則ですわ倫理委員会に訴えますわよこんなのデタラメですわーっ!
まさか殺しても死なない、つまりは不死?
……。
……ですけど、ブレトン女の魔法が直撃した際に命の波動が消えた。
パウロ曰く虫の王は魂を取り込むとか何とか。
つまり?
つまり虫の王は蓄積した魂分は復活し続けるという事ですの?
デタラメですわ。
うー。
テンションがかなり下がる。
わたくし基本的に強気のつもりですけど意外に逆境に弱かったりする。お嬢様らしい、か弱さですわ☆
だけどブレトン女はそんなか弱さは持ち合わせていないらしい。
彼女は肩を竦めて笑った。
「ええ。少しは気が晴れた。ありがとう、わざと死んでくれて。……あれ? もしかしてわざとじゃなかった?」
「……小賢しい小娘だっ!」
「そりゃ失礼」
「礼儀のない者は嫌いだよ。余に逆らう者は特に嫌いだ」
「お互いに嫌い合う仲。実に結構だと思わない? 何の情も挟まずに殺し合えるわけだからね。お前殺すよ」
「小娘っ!」
「フォルトナ」
構える虫の王は突如としてズタズタに切り裂かれる。フォルトナというブレトン少女の異能の力、魔力の糸で。
さすがの虫の王も古代アイレイドの特殊能力は苦手らしい。
文献でしか読んだ事のなかった人形遣いの力が今この時代に現存するとは……ふぅん、世の中って意外性に満ちてますのね。
虫の王はズタズタとなる。
そう。
そうですわね、こちらは1人じゃないわけですから連携すればいい。
魔法が使えないなら使えないでその分を補って貰えばいい。
それが仲間。
フィッツガルド・エメラルダが叫ぶ。
「一気に畳み掛けるわよっ!」
『はいっ!』
元気があって大変よろしいですわね、ダンマー娘とブレトン少女は。
わたくし?
わたくしは元気一杯には叫んでいませんわ。
仲間、つまり連携できるという強みは承知していますし理解していますけど……やはり魔法が使えないのは痛いですわ。剣術はそれなりには得意、並の戦士
よりは格段に上だとは自負していますけど虫の王を相手に出来るだけの剣ではない。チルレンドではパワー不足。
わたくしは沈黙のまま。
不審に思ったのだろう、フィッツガルド・エメラルダが怪訝そうな声で問う。
「アルラ?」
「わたくし、魔法が使えませんの」
「はっ?」
「魔法を封じられてるんですわ」
「アリス、フォルトナ、虫の王の相手を」
2人に指示するブレトン女。
何、この女?
まさか主導権を握っているとでも思っているのかしら?
この場のリーダーはわたくしですわーっ!
……。
……ふん。魔力さえあれば虫の王なんてあっという間に蹴散らしてあげますのに。
せっかくの召喚魔法、見せたかったのに。
残念無念ですわ。
「魔法が使えないってどういう意味?」
「そのままの意味ですわ」
「魔法が使えない豚はただの豚なのよっ!」
「誰が豚ですの誰がっ!」
むきーっ!
名門シャイア家のわたくしに対して豚とは何ですの豚とはーっ!
「で? 何で使えないわけ?」
「四大弟子のパウロとかいう奴に天霧病を感染させられたのですわ」
「天霧病。聞いた事がない病ね」
「それは当然ですわ。パウロが作り出した病気みたいですもの」
「ふぅん」
わたくしの顔をよく見るフィッツガルド・エメラルダ。
穴が開くほどにじっと見ている。
何ですの?
……。
……ま、まさかっ!
このままキスという展開ではないですわよねっ!(汗)。
そ、そういえばこの女、どことなく女好きの雰囲気を発している気がしますわ。きっと女好きに違いないですわっ!(超偏見)。
ブレトン女は冷静な声で問う。
そう。
とても冷静な声で。
まるで心の静と動を自分の意思で使い分けれるかのように。
ふぅん。
四大弟子パウロは自身を心理戦に長けていると言っていましたけど……この女ほど心理戦に長けている、という表現が相応しい奴もいないだろう。
言葉の端々に、そして行動の端々に心理戦に長けているという雰囲気がにじみ出ている。
「天霧病のデメリットは?」
「魔力の低下、魔力の自己回復不可、魔法耐性の低下、ですわ」
「これは肺が温床ね」
「肺?」
「ええ。だからこうすればいい」
グググググググっ!
「……ちょ、ちょっとっ! く、苦しい……っ!」
「……」
無言でわたくしの首を絞めるブレトン女。
その顔には何の感情もない。
こ、こいつ殺す気ですのっ!
わたくしの首を絞めるその手には淡い光が灯る。
それと同時に天霧病に感染した際から感じている倦怠感めいた感じが消えていく。……ま、まあ、苦しさは消えませんけど。
意外にこの女、力が強い。
振り解けない。
このままでは窒息死するのではないかと思った瞬間、彼女は手を離す。
「けほけほっ!」
咳き込む。
……。
……い、今、一瞬お花畑が見えましたわ。
うー。
完全に殺意があったんじゃないかしら?
まさか主役の座欲しさにわたくしを始末しようとした?
狭量な奴によくある行動ですわねー。
事務的にブレトン女は言う。
「症状は緩和させたわ。魔力、回復してきてない?」
「魔力……ああ、そういえば……」
確かに。
確かにわずかずつではあるけど魔力の波動を自分の奥底から感じる。
こいつ何した?
どんなマジックですの?
「一時的に治したわ」
淡々と言う。
ただ私の頭の中では驚愕が広がっていった。この女、わたくしの顔や眼を見て症状を見て取った、という事だろう。
病気の症状が分かる。
それは錬金術師の領域だ。
医者の領域?
いいえ。
錬金術師の領域ですわ。錬金術とは、すなわち薬学。薬学を究めし者が錬金術師だと言っても過言ではない。医者の上位バージョンが錬金術師。
この女、知識半端ないって事ですわっ!
「あ、あなた、錬金術を会得してますの? 錬金術師のスキルを身に付けるのは並大抵の量の文献の読破では済みませんわよっ!」
「意外?」
「ま、まあいいですわ。破壊魔法ではわたくしの方が上ですからねっ! あと、召喚魔法っ!」
「それを証明する気は?」
「ありますわっ!」
「じゃあ戦闘継続おっけぇ?」
「望むところですわ」
不敵に笑う。
そう。
見せ場は今からですわ。
所詮錬金術なんて戦闘向きではない。破壊魔法だってどこまで錬度を高めても結局は人の身では限界がある。
だけど。
だけど召喚魔法にはそれがない。
何故?
そもそも召喚される存在は人ならざるモノ。
人でない以上、人の限界が適用されない。召喚魔法を極めてみると人の身がいかに脆弱化がよく分かる。
もちろん人には人の利点がある。
長所とも言うのかしら。
精神的には人の方が強い。そして肉体的に脆弱だから、人外の世界や存在に対抗する為に魔法が発達した。精神力と魔道が組み合わさった結果、人より
も遥かに卓越した能力の存在ですら下僕とする事が出来るのだ。
わたくしは史上最強の召喚師。
そして精霊使い。
……。
……いや。
既にわたくしは精霊使いという名称を超越した場所にいる。
ふふん。
わたくしの力、見せて差し上げますわっ!
「アルラ、行くわよっ!」
「ええ。分かりましたわっ!」
戦場に向き直る。
戦況は……。
「フィッツガルド・エメラルダ、あのダンマー戦士……空間転移先が見えてるんですの?」
「さ、さあ?」
「フォルトナちゃん、あたしが進む先が常に虫の王の転移先っ! そこを狙ってっ!」
「分かりましたっ!」
戦況は善戦。
ダンマー娘には虫の王の魔法の軌道が見えるのかしら?
ことごとく回避している。
まあ、それは理解出来る。反射神経がいい、そういう理由は容易に導き出せる。
だけど空間転移先が読めるのは何故?
あのダンマー娘、見た目地味ですけど何かの裏技でも持っているのかしら?
戦闘はダンマー娘&ブレトン少女のペースで進行している。ダンマー娘が攻撃を読んで回避、空間転移先を読んではブレトン少女に戦闘指示。それが
実に上手い具合にいっている。虫の王は完全に受けに徹していた。侮れませんわね、この2人も。
その時、虫の王が叫んだ。
「いい加減しつこいぞ、ダンマーの戦士っ!」
虫の王は虫の杖を地面に突き刺して両手をダンマー娘に向ける。
雷が宿った。
でかいっ!
どうやらこの一撃で勝負を決めるつもりですわね、虫の王っ!
ならばわたくしも勝負を決めましょう。
ただし虫の王の攻撃を阻んだ後でね。虫の王の渾身の一撃は絶対に放たれる。手に宿った雷の大きさから察するとわたくし達全員を消し飛ばすほどの威力
だと見ていい。つまりダンマー娘達が避けてもわたくし達にも影響が及ぶ。仮にダンマー娘に直撃してもそのままわたくし達にも雷撃が襲ってくる。
防ぐ必要がある。
フィッツガルド・エメラルダが囁く。
「アルラ」
「分かっていますわ」
魔力はまだ本調子ではないですけど一回分の魔力障壁を張る程度には回復した。
その時、虫の王が叫ぶ。
「覇王・雷鳴っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィっ!
「な、なにぃっ!」
雷撃を放った後、すぐに驚愕の声を発したのは魔法の発動者である虫の王本人だった。
雷撃はことごとく遮断される。
奴の目の前で。
魔力障壁は術者の目の前に展開しなければならないという法則はない。わたくしとフィッツガルド・エメラルダは虫の王の目の前に展開した。
そう。
合同の魔力障壁が奴の魔法を阻んだのだ。
攻撃は相殺しましたわっ!
ダンマー娘は機敏に行動した。瞬時に自身を消し去れるほどの魔法攻撃を受けるという誓約がなくなった以上、接近戦を躊躇う理由はどこにもない。
魔剣ウンブラを手に肉薄する。
「やあっ!」
「小賢しいわぁっ!」
バッ。
虫の王は両手を勢い良く掲げた。
ゴオオオオオオオオオオオっ!
瞬間、物凄い衝撃波が生じた。
魔力を帯びていない物理的な攻撃なので魔力障壁では阻めない。物理障壁じゃないので衝撃を阻めない。
ダンマー娘は数秒耐えたものの耐え切れずに後ろに吹き飛ばされた。
もちろんそれだけでは終わらない。
わたくし達にも衝撃波が容赦なく襲いかかる。
物理障壁が間に合わないっ!
ごろごろごろ。
わたくし達は吹き飛ばされ、転がる。
衝撃波の威力はない。
台風並みの突風のようなものだ。どうやら間合を保つ為だけの意味合いらしいですわね。それにしても間合を大切にするだなんて……虫の王も実は大した
事がないのかもしれない。超絶なまでの魔力の持ち主だというのは認めますけど魔法の威力そのものは侮れないにしても絶対的ではない。
もちろん理由は分かる。
肉体的な制限があるのだろう。
どんなに魔力を高めても、攻撃力には限界があるのだ。それを越えると恐らく肉体が崩壊するのだろう。負荷に耐え切れなくなって。
制限がある以上、勝てない相手ではない。
いいえ。
ここでわたくしが討ち取って、わたくしが伝説となりましょう。
フィッツガルド・エメラルダが仲間達に言う。
「無事?」
「大丈夫です、フィッツガルドさん」
「問題なくってよ」
「フィーさん、問題ないです。いつでも行けます」
懐いてますわね、他の2人は。
まあ頼り甲斐がある人物だというのは分かりますけど……わたくしの方が上ですわ。
ほほほ☆
その頼り甲斐のあるブレトン女は虫の王相手に不敵に笑った。
どこまでも倣岸に。
虫の王相手に嘲笑の念を込めてね。
「びびってんの? 私達に?」
「トレイブンの養女よ、余に対しての暴言は許さぬ。いかに貴様が希代の魔術師だとしてもこの肉体の持ち主には遠く及ばぬ」
「……?」
虫の王は低く笑う。
「余はお前達魔術師ギルドの祖だと言ったらどうする?」
「はっ?」
「この肉体、ガレリオンなのだよ」
「どういう意味?」
「余はあの時、ガレリオンに敗北した。しかし余は奴の肉体を乗っ取った。死の間際にな。……考えてみよ。何故ガレリオンは余の遺産を破壊せずに
隠匿したと思う? 分かるかな? お前達は結局は余の計画したシナリオ通りに舞っているに過ぎぬ」
「……」
「次第に余に取り込まれ狂っていくガレリオンの魂は美味であった。余は魔術師ギルドを鍛えた、余の部下である死霊術師とぶつけた。何年も何十年も。
結果として魔術師ギルドの魔術師達は鍛え上げられた、魂の質が向上した。それを余は取り込んだ。結果として余の生命と魔力はより高まった」
「……」
「その後、余は……いや、ガレリオンはこの世を去った。永遠に居座るのは無理なのでな、死んだ振りをした。今度は余は黒蟲教団を鍛え上げて、魔術師
ギルドにけし掛けた。戦いの中で魂の……くくく、以下略だ。余は同じ事を何度も繰り返してきた。分かるかな? 今回の一件もまた同じ」
「……」
「そうともっ! お前達が命を賭けているこの戦いも何度も繰り返されてきた、他愛もないイベントなのだよっ!」
「あんたの生贄の儀式ってわけ?」
「そうなるな」
「それでスケール大きいと威張れると思ってるわけ?」
「何?」
「そんなに死ぬのが怖いのか、この腰抜け」
「……何だと?」
「だってそうじゃない?」
ブレトン女は静かに微笑を浮かべる。
微笑。
……。
……まあ、今の虫の王の発言はトンデモ発言ですけど……正直わたくしにはどうでもいいですわ。魔術師ギルドの人間じゃないですし。
信憑性もないですしね。
それに。
それに今から倒すべき相手のプロフィールに何の意味がある?
意味なんてありませんわ。
わたくしも微笑を浮かべる。虫の王は顔をしかめた。どちらの微笑に腹が立ったのかは分からないけど忌々しそうに問う。
「何だ、その笑いは」
「あら敏感なのね。やっぱり弱虫の王は人の侮蔑には敏感なのかしら?」
答えたのはフィッツガルド・エメラルダ。
心理戦に長けていると思われる女性ですけど……まあ、人を怒らせるのは得意そうですわね。
「……貴様……」
押し殺した声で恫喝する虫の王。
わたくしは彼女に小さく呟いた。
「……あなた、このトークは何の意味ですの?」
「時間稼ぎ」
「……時間稼ぎ? それは挑発って言うんですのよ……」
「あら失礼」
「まったく」
呟きを無視するかのように彼女は続ける。
挑発。
ええ。完全なる挑発ですわね。
「無敵の死霊術師、伝説の死霊王、誰もが恐れて震える虫の王マニマルコ……だけどその実態はただの臆病者ってわけだ。あんたって噂ほどじゃないわね」
「……何?」
「聞こえなかったわけ? 噂ほど大した事ないって言ってんのよ、小物」
「小娘っ!」
「吼えるしか能がないってわけ? あんたの囀りは聞き飽きたわ」
「囀りだと?」
「わざわざ聞き返さないで。それとも何? あんた耳が遠いわけ? 隠居すれば? そろそろさ」
「小娘っ!」
ドンっ!
力強く足を踏み鳴らす虫の王。
本気で怒っているらしい。
ふぅん。
伝説って大して当てにはならないものなんですわね。矮小ですわ。この程度で怒るのでは王者の風格はないに等しい。
容赦なくブレトン女は続ける。
……。
……口喧嘩だけはしないでおきましょうか、この女とは。
口では勝てそうもないですわ。
「何をびびってんの? 無敵の存在なんでしょう? だったら大物らしくデーンと構えたらどうなの? 私は思うのよ、あんたは結局死を恐れてるってね」
「死を恐れる? 馬鹿な。余は死を超越した……」
「その発想がそもそもおかしい。本当に死と向かい合えるのであれば、超越はおかしいの。だって越えるべき対象ではないでしょう、死は」
「何が言いたい?」
「死とは受け入れるもの。越えるべき事ではないわ。その発想をした時点でお前はただの落伍者でしかない」
「撤回せよ」
「いいえ。むしろ繰り返す。あんたは、ただ、死を怖がってるだけに過ぎない。あんたの同類の死霊術師もそうよね。死を越える、死を否定する、その定義は
そもそもが過ちそのもの。死は超えるべきでも否定すべきでもない、受け入れてこその、強さなのよ」
「ではお前はトレイブンの死を受け入れたというのか? 死は悲しむべきではないと?」
「そうは言ってないわ」
「ではお前に問おう。トレイブンの養女よ、お前は死を身近な存在としたいというのか?」
「それはおかしな質問ね。死は私達の一部。私達は生れ落ちた瞬間から死の抱擁を免れる術などない。ただ私達は死を人生の一つとして、生活の一部とし
て受け入れるしかない。人生を送っていく内に私達は死の観念を学ぶ。それが正しい人間としてのあり方。不老不死などただの逃げ道でしかない」
「死を否定して何が悪い?」
「死を否定する為の代価は何? 何を等価交換した? ……あんたはね、自分以外の命を代価として払って生きているに過ぎない」
「それが悪か? 自分だけが幸せでありたいと思うのは悪か? 競争なのだよ、全ては。勝つ者がいれば負ける者もいる。真理だ」
「真の理、なるほど、それは真理足りえる。だけど外道に落ちた者が言うべき言葉ではないわね」
「何?」
「死を越えようと行動した瞬間、お前はこの世界の全ての敵となった。私は死を否定するお前を、否定するまでよ」
「余を否定するだと?」
「ええ」
「それはつまり、不老不死となった、つまりは死を超越した余を殺すという事か?」
「ええ」
「……やれるものなら、やって見せるがよいっ!」
「アリスっ!」
瞬間、ダンマー娘は動く。
虫の王を倒すには相応し過ぎる魔剣ウンブラを手にして突っ走る。
タタタタタタタタタタタタタタタッ。
虫の王に向って疾走するダンマー娘。
手には魔剣ウンブラ。
唯一完全に虫の王を滅する事の出来る魔剣ウンブラを手にしたダンマー娘を警戒するのは当然だろう。
「ふぅん」
わたくしはこの時、ピンと来た。
手品のタネなのだ、あのダンマー戦士は。
手品で一番大切なのは手先が器用な事などではない。いかに相手の思い込みを利用するかだ。それが根幹。魔剣ウンブラを持つ者を突っ込ませる、当然
虫の王は彼女を主力として戦いを挑んでくる、他の者達はその援護に回る……そう、思い込む。
それは当然の判断。
だがそれこそが最大の思い込みとなる。
そう。
当然の判断とは思い込みにもなるものだ。
ならば。
ならばわたくしも用意するとしよう。この機を活かして最大の攻撃の準備をするとしよう。
このままブレトン女に株を持っていかれる。
それではわたくしの立場がない。
そのブレトン女が叫んだ。ダンマー娘が虫の王に到達するよりも先に。
「アリス、魔剣ウンブラをこっちにっ!」
「分かりましたっ!」
迷わずダンマー娘は叫び返した。
そして投げる。
抜き身の魔剣ウンブラを。
その連携、無駄というものがまるでない。2人には絆というものが存在しているらしい。宙を舞う魔剣ウンブラ、それを一同眼で追う。虫の王もまた然り。
「ちっ」
舌打ち1つして虫の王は魔剣ウンブラを凝視した。
ダンマー娘を始末するよりも先に唯一自身を滅ぼせる魔剣ウンブラを奪う事に決定したらしい。しかしわずかな逡巡が命取りとなる。
ブレトン女には次の成算があった。
彼女は叫ぶ。
「フォルトナ、魔力の糸で魔剣を奴にっ!」
「分かりましたっ!」
なるほどっ!
魔力の糸とやらで魔剣ウンブラを遠隔的に操るらしい。ダンマー娘をこのまま始末するか、魔剣ウンブラを先に奪取するか。わずかな間とはいえ逡巡し
ていた虫の王の対応は当然ながら遅れた。それに対してブレトン女、ダンマー娘、ブレトン少女魔連携は完璧。
寸分の無駄もない。
そして。
そして魔剣ウンブラは一直線に、物凄い速度で虫の王に突き進む。
魔力の糸での遠隔操作。
「おのれぇっ!」
バッ。
虫の王、両手を突き出した。しかし今回は雷は宿らない。攻撃魔法ではなかった。
ただ魔剣ウンブラの動きが止まった。
この波動は念動っ!
虫の王は念動の力で魔剣ウンブラを押し留めている。そう、魔力の糸で操られた魔剣ウンブラを阻んでいる。
純粋に集中力と集中力のぶつかり合い。
カタカタカタ。
魔剣ウンブラが揺れる。
少しずつ。
少しずつ向きを変えようとしている。
どうやら魔力の糸に操られた魔剣ウンブラを念動の力で押し返そうとしているらしい。念動で操ろうとしているっ!
力負けした瞬間、魔剣ウンブラは今度は虫の王の制御下になるだろう。
それは困る。
わたくしは印を切る。
とっておきの存在を召喚するには若干の時間が必要。しかしわたくしが召喚するよりも先に、この状態では恐らく念動の力で魔剣ウンブラは支配されるだろう。
ダンマー娘は無手の状態だからどうしようもない。わたくしが必殺の召喚をするまではブレトン女に時間稼ぎしてもらうとしましょうか。
ブレトン女の手に雷が宿る。
「裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
雷撃が虫の王を焼く。
まさにわたくしの思ったとおりの行動ですわ。彼女に時間稼ぎしてもらうとしましょうか。
それにしても戦闘の際の思考はわたくしと彼女、ほぼ同じ。
つまり?
つまり戦闘に関しては安心して任せられる。戦闘以外の事はまだ分かりませんけどね。それだけの付き合いはないわけですし。
ともかく雷撃が虫の王を焼く。
奴にしてみれば一度死んだ程度の損害でしかない。
それでも一時的に念動の制御が乱れた。
カタカタカタ。
魔剣ウンブラは揺れながらブレトン少女の……ちっ、完全に制御はやはり奪えないか。次第に軌道を変えつつある。
まずい。
さすがは虫の王と言ったところかしら。
魔力の制御の高さは半端ない。
「アルラっ! 手伝ってよっ!」
「うるさいですわ」
ブレトン女の要請は却下。
確かに魔力は回復している。わたくしの気力は高い、故に魔力回復も早い。それに『ドーピング』もしてある。天然のドーピングを。というか恒久の能力アップ。
まあ、そこはいい。
ともかく。
ともかく霊峰の指あたりを放てば一時的に虫の王の行動に歯止めが掛けられるだろう。ブレトン女の裁きの天雷という魔法との相乗効果で虫の王を一時的に
行動不能に出来る。しかしそれで倒したという事にはならない。わたくしはリアリスト。一時的ではなく永遠に沈黙させたい。
その為にはもう少し時間が掛かる。
だから無視した。
「裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
わたくしの虫をどう取ったのか?
まあ、それは分からない。
ただ助勢を求めている場合ではないと踏んだのだろう、更なる雷撃を放つ。魔剣ウンブラの切っ先はほぼ完全にブレトン少女に向いていた。
少しずつ。
ゆっくりと。
魔剣ウンブラはカタカタと揺れながらもブレトン少女に向かって進み始める。
雷撃で焼かれつつも制御は乱れない。
わずかな時間稼ぎにしかならない。
……。
……ちょっとまずいですわね。
でも、だからと言って最高の召喚魔法を中断して霊峰の指を放ったところで相手の動きを封じる事にしかならない。結果としてそれでは意味がない。
後が続かないからだ。
だけどこのまま召喚の印を切ったり精神集中したりしている場合でもないのは確かだ。
確実にブレトン少女は死ぬ。
魔力の糸を極度の集中力で操っている。つまり身動きが取れない。わたくしは魔力の糸とかはよく知りませんけど、集中力が必要とする魔力を介した攻撃を
する際には身動きそのものが出来なくなるのは知っている。ギリギリの精神力で制御するのだから身動きなんて出来ない。
身動きした瞬間、集中が一気に吹っ飛ぶ事だってある。ブレトン少女はその状態。
そしてわたくしもだ。
でもだからといってここで何もしなければ彼女は死ぬ。戦力が1つ消える。
どうする?
どうしよう?
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ。
その時、無手となったダンマー娘が雷撃を放ち続けるブレトン女の左隣に走り寄ってきた。すぐ近く、彼女の真横で止まる。
そして物言わず左腰に差してある鞘から剣を引き抜いた。
何らかの魔力を帯びている剣。
見た感じ雷系かしら?
右手でダンマー娘はそれを構えてそして虫の王に向って投げ付けた。
「やあっ!」
……?
何の意味がある?
まあ、苦肉の策ですわね。奴に投げた剣が突き刺さればわずかにでも集中力は途切れる。でもそれだけ。それだけですわ。
念動が止まるわけでもなければ奴が死ぬわけでもない。
もちろんケチをつけるつもりはない。
ただの感想ですわ。
もっとも投げた際のフォームや剣の軌跡は見事なものですわね。吸い込まれるように虫の王の体に突き刺さる。虫の王は避けようともしない。ダンマー娘
の機転を侮っているというのもあるでしょうけど、虫の王もまた極限まで念動の集中している。つまり動きようがない。
虫の王の体に魔力剣が突き刺さった。奴はそのままの姿で念動を制御している。
魔剣ウンブラはゆっくりゆっくりとブレトン少女に向かう。
究極に厄介な展開ですわーっ!
ブレトン女フィッツガルド・エメラルダは静かな微笑を浮かべてさらに雷撃を発した。
まったく無駄な……。
バチバチバチィィィィィィィィィィっ!
突然、突き刺さった雷の魔力剣から雷撃が踊り狂う。
「……っ!」
な、何事っ!
まるで魔力剣に封じられていた雷の魔力が解放されたかのように。雷が荒れ狂う。
……。
……えっと、もしかして封じられていた雷の魔力が、雷の魔法の影響で解放された……そういう原理?
それなら辻褄が合う。
魔力剣に宿された魔力は半永久的に効力を維持する。それが安物であってもだ。古代アイレイドとか魔王系の武器とかは永久に魔力を宿し続けるの
かもしれませんけど、ともかく封じられた雷の魔力と雷の魔法が爆発的な威力を発揮した。そういう原理?
ふぅん。
知らなかったですわ。
また1つ利口になりましたわ。人生は日々勉強ですわね。
そして虫の王、不勉強でしたわね。
彼自身知らなかったらしい。
驚愕の表情で踊り狂う雷撃に焼かれている。しかし念動の呪縛からはまだ逃れ切れていないっ!
この状況でまだ念動を操るかっ!
だけど……。
「火よ、炎よ、焔よ」
わたくしは静かに呟く。
まるでその呟きに殺意が宿っているかのように、フィッツガルド・エメラルダは振り返ってこちらを見た。その表情、凍り付いている。
ごぅっ!
炎がわたくしの足元から噴出す。それは地を規則的に走り魔法陣が形成される。
深紅の魔法陣。
ゆらり。
ゆらりとその魔法陣が動き出す。まるで底から何かが這い出してくるように。
呪縛から抜け出すように。
身動ぎするかのように動き出す。
やがて具現化する。
ただの炎などではない。それは人が扱えるレベルの炎などではないのだ。虫の王とて例外ではない。そもそもの次元がまったくの別物の存在。それ
がわたくしが召喚した、使役した存在なのだ。デュオスや黒の派閥に復讐する為に体得した召喚魔法ではあるけど……まあいいですわ。
虫の王が倒せれば連中も問題なしですわっ!
いっけぇーっ!
「火の精霊王よ、紅蓮の吐息をっ! 我が意に従い敵を焼き尽くせっ!」
こちら側に呼び込んだトカゲのような姿の火の塊。
それは全ての火の元素を司る者。
立ちはだかる敵を焼き尽くせ、火の精霊王サムラスっ!
ゴオオオオオオオオオオオオっ!
絶対的な火力を放出する火の精霊王。
火の精霊王サラムス。
それがわたくしが召喚した至高の存在だ。
虫の王が伝説の死霊術師なら、そしてフィッツガルド・エメラルダが伝説の魔術師となれる存在だとすれば……わたくしは伝説の召喚師となるだろう。
精霊王を召喚するなんて生半可なレベルではない。
そもそも人の身で召喚出来るものではない。
精霊王は4体いる。
火。
水。
土。
風。
それぞれの元素に、それぞれの王がいる。
火の精霊王サラムス。
水の精霊王ウン・ディアーネ。
土の精霊王ノームルン。
風の精霊王シルフィス。
それが4体の精霊王であり、わたくしが召喚した火の精霊王はその一角。
……。
……まあ、さらに伝説では4体の精霊王の上位には光と闇の精霊王が座しているとかいないとか。
そのあたりは確認不明ですわ。
どっちにしても火の精霊王を召喚するなんて人の身では出来ない。
ではわたくしは人ではない?
いいえ。
わたくしは生粋のインペリアル。
人科に属していますわ。
魔力を恒久的に増幅できた最大の理由は巨大なウェルキンド石の波動をその身に取り込んでいるから。常にその出力を発揮すると恐らく体が魔力に
耐え切れずに爆ぜるのでそう滅多には使えない。というか使っては駄目な裏技ではある。
ともかく。
ともかく虫の王を業火が包む。
そして……。