天使で悪魔






封魔の死霊






  魔力。
  体力。
  機転や知恵、さらには運、財力、全てに恵まれた人間がいたとする。
  そういう人間にとって最大の敵になるのは何?
  意外に病気だったりする。

  身近に敵はいる。






  「ではワシはこれにして帰るとしよう。さらばじゃ」
  「ええ。分かりましたわ」
  ミスカルカンドの王はこれから合コンらしい。
  ……。
  ……ま、まあ、本当かどうかは分かりませんけど。
  今回は参戦したくない模様。
  確かに虫の王は死霊術を極めた存在であり、リッチであるミスカルカンドの王にとって相性が悪いだろう。死霊術の能力比べではミスカルカンドの王が劣るからだ。
  本当に劣る?
  さあ?
  わたくしは知らない。
  だけどわざわざミスカルカンドの王がここまで自分でやって来た以上、その通りなのだろう。
  それにしても驚きですわ。
  召喚せずにここまで来るとはね。
  どこが自宅なのだろ。
  ミスカルカンドの遺跡?
  結構な場所を徒歩で来ますのね。
  「ではわたくしは行きますわ。御機嫌よう」
  「うむ」
  パウロの死体にわたくしは近寄り、奴の背中に突き刺さっているチルレンドを引き抜く。
  ブン。
  刃を振るって血糊を飛ばす。
  懐から上質の紙を取り出して残った血糊を拭き取る。剣を鞘に戻した。
  奥でフィッツガルド・エメラルダがわたくしを待っているだろう。
  あの女では虫の王には勝てない。
  ならばどうする?
  わたくしが倒す。
  真の英雄は遅れて登場するものですわ。真打登場、実にわたくしに相応しい演出っ!
  そして虫の王を倒し名実ともに最強の魔術師の座を得る。
  前座には相応しい女でしたわ、フィッツガルド・エメラルダはね。まあ、わたくしが認めてあげている女ですからあと10年もすれば使い物になれるでしょうけどね。
  ともかく。
  ともかく今回の英雄はわたくしに決定。
  四大弟子パウロなんて雑魚の撃破という戦績で終わらせる義理はない。
  虫の王の首はわたくしが取る。
  ほほほ☆
  「随分とお目出度い性格をしているようだな。まるで疑わぬとはなっ!」
  「……っ!」

  ガン。

  後頭部に鈍痛が走る。
  背後から殴られたっ!
  よろけながらわたくしは後ろを見る。ミスカルカンドの王が……いや、黒蟲教団のリッチが杖を大きく振り上げて立っていた。
  不覚ですわっ!

  ブン。

  大振りに振るってくる杖を回避。
  どうやらミスカルカンドの王を装った敵のリッチという感じかしら?
  わたくしは馬鹿?
  こんなありきたりの手に引っ掛かるだなんてね。
  リッチは叫ぶ。
  「我こそが真なる虫の創者パウロっ! お前は我の人形を相手に戦っていたに過ぎんよっ! くくく、不ははははははははははははははははははははははっ!」
  「ああ。そうですの」
  なるほど。
  あの子供は偽者か。
  わたくしの裏を掻く為の雑魚に過ぎなかったわけですわね。確かにおかしいとは思いましたわ、あんな雑魚が四大弟子だなんてね。
  まあ、もちろん……。
  「リッチだからって無条件で勝てるだなんて思ってませんわよね?」
  「お前は勝てんよっ! いいや。むしろ我に殺される方が楽でいいぞっ! あのお方に殺されるよりはなっ!」
  「あのお方?」
  誰のことかしら。
  流れ的に一番妥当なのは虫の王なんでしょうけど。
  まあいい。
  一気に粉砕ですわっ!

  ガブっ!

  「つっ!」
  右手の指先をリッチに向けた瞬間、背後から左肩に何かが鋭く突き刺さる。横目で見るとゾンビが肩に食いついていた。
  皮鎧がまるで役に立たないなんてどんな顎の力ですのっ!
  痛い。
  歯が肩の肉に突き刺さっている。
  だけど攻撃の手は緩めない、わたくしはリッチに向けた指先に雷光を宿す。
  さあ。行きますわよっ!
  「霊峰の指っ!」
  「パウロ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  雷撃がリッチを吹き飛ばす。
  撃破完了。
  奴の手にしていた杖が足元に転がった。ゾンビはまだ私の方に噛み付いている。
  いつまでわたくしの肩に懐いているつもりですのっ!
  「邪魔ですわっ!」
  「ああ。すまんな」
  喋ったっ!
  ゾンビは意外に軽やかなステップで後ろに下がった。
  口が利ける、つまり知性がある。ああ、こいつはゾンビではなくてグールですのね。
  「お名前はあるのかしら?」
  「パウロだ」
  「パウ……えっ?」
  「お前はさっき心理戦を制したと実質的に宣言したな。あんなものはただのお遊びに過ぎんよ。俺にとっては暇潰しでしかない」
  「本物のパウロはあなた?」
  「ああ。今のリッチは俺の部下だ。子供の姿をしてたのもそうだよ。俺こそが本物のパウロだ」
  「ふぅん。大幹部にしては随分と腐った体ですのね。死霊術の失敗かしら?」
  「俺はグールではないぞ。ゾンビだ」
  「はっ?」
  グールとは死霊術に失敗して肉体が崩壊した者の総称。
  それに対してゾンビは死霊術で作り出された存在に過ぎない。知性も理性もない。自我の崩壊した魂を死体に付与されて作り出される腐肉の人形。
  外見は同じでも根本はまるで別物。
  グールではなくゾンビ?
  どういう意味?
  「それは本気で言っていますの?」
  「ああ。俺の称号は虫の『創者』。創る者だ。最高のゾンビを創生するのが俺の夢だった。そしてこの肉体こそ最高のゾンビ。俺は思った、この肉体さえ
  あれば四大弟子の筆頭に立つ事も出来るとな。俺は猊下に、俺が最強である事を示したいのだ。今回のような機会をずっと待っていた」
  「質問の答えにはなっていませんわ」
  「気が短いな。今教えてやるよ。つまりだ、俺はこのゾンビを最強と知った。故に魂をこの肉体に宿したのだ。このドレッドゾンビの肉体にな」
  「それはそれは無駄な事をしましたのね。自慢の傑作もろとも粉砕してあげますわっ!」
  「くくく。出来たら良いな」

  「霊峰の指っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィ……って……あれー?
  指先に何も宿らない。
  故に雷撃は放たれない。
  えっと……。
  「な、何故」
  「その答えはこうすれば分かり易いだろう。愚かな君には言辞よりも行動が相応しいと思うのでね」
  リッチの杖を拾うゾンビ。
  動きは意外に滑らかだった。
  そしてわたくしに対して杖を向ける。
  「この肉体は物理的には攻守に長けているが魔法に関しては脆弱。そもそも魔力の行使が出来ない。故にこの雷の杖に頼るとしよう」
  「何のつもりですの? わたくしの魔力を侮ってますの?」
  「いいや。認めているさ。だからこそ賞賛の気持ちを込めて本気を出しているのさ。……さあて。準備はいいか?」
  「……」
  こいつ何を言っている?
  確かに私の魔法耐性そのものは大した事がない。わたくしはインペリアル、魔法耐性は標準。
  だけど強大な魔力がある。
  ……。
  ……まあ、この強大な魔力に関してはわたくしの才能の賜物ですけどね。
  修行の賜物?
  いいえ。
  天性の素質ですわ。
  ほほほ☆
  ともかく強大な魔力を有しているのでそもそもの魔法耐性が低かろうと関係ない。強力な魔力により、強力な魔力障壁が展開出来るからだ。
  だから相手がどんな魔法攻撃をしてこようと怖くない。
  わたくしには届かない。
  「身を持って知るがいい、傲慢な女よ。雷っ!」
  「……やれやれ」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  杖から雷撃が放たれる。
  下らない。
  わたくしは前面に魔力障壁を展開。
  わたくしは……。
  「あ、あれ」
  「案外に鈍だな、下らぬっ!」
  「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  雷の洗礼をまともに受ける。
  な、何でっ!
  まともに受けて少々後方に吹っ飛んだ。しかしわたくしはすぐに立ち上がる。
  魔力障壁が展開出来なかったっ!
  「くっ!」
  「くくく。どうした? 四大弟子の能力を舐めていたのか? 虫の創者であるこの俺を侮っていたのか? 雑魚を相手にし過ぎた人生を送ってきたようだなっ!」
  「よく吼えますわね。淑女に嫌われますわよ」
  「くくく」
  「終わる世界っ!」
  「くははははははははははははははははははははははっ! まだ分からんか、お前の魔力は封じられたっ! 最低限の魔力しか残ってないはずだっ!」
  「ああ。そうですの。なら最適な魔法が残ってますわ。鎮魂火っ!」
  「炎系かっ!」
  「ご名答ですわ」
  火球を投げ付ける。
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  ゾンビ系の弱点は炎。
  燃える燃える。
  実によくメラメラと燃えますわね。
  「わたくしを侮るからですわ」
  「ああ。確かに少し調子に乗ってたよ。だがその程度の一撃、連打で来ない限りは怖くはないな。多少驚いたがな」
  「なっ!」

  うじゅうじゅうじゅ。

  まるで蛇がのたうつ様に焼け焦げた肉体が脈動。
  気味が悪い動きですわ。
  焼け焦げた肉体は次第に元の腐り加減の素敵な腐肉に戻り、吹き飛ばした部分も再生していく。
  このゾンビ、再生能力があるっ!
  それもトロルの数倍の速さの再生能力。
  ちっ。
  この程度の魔法では力不足ですわね。
  ならば連打するのみっ!
  「鎮魂……っ!」
  「くくく」
  ぐらり。
  眩暈がした。
  魔力が……尽きた……?
  何故こんな程度でっ!
  それにこの世界の法則では使った魔力は回復する。自身の放出した魔力は世界に吸収され、そしてやがて自分に還る。
  そうやって永久に魔力は循環する。
  それが法則のはずだ。
  ……。
  ……まあ、一応は例外もある。
  精霊座という特殊な星の下に生まれた者は強大な魔力と吸魔能力を得るものの、魔力の循環という法則が適用されないという呪いに掛かっている。
  つまり魔力が自分では回復出来ない。
  わたくし?
  わたくしは精霊座ではない。
  なのにどうして……。
  「教えてやろうか、世間知らずなお嬢さん」
  「ええ。是非とも聞きたいものですわね」
  さりげなく一歩下がった。
  魔法が駄目でも剣がある。問題はあいつの再生能力。肉体という器に魂を宿している以上、肉体が形成出来なくなれば死ぬ。
  剣術には自信がそれなりにはありますわ。
  ただ相手の首を刎ねるだけの腕力がわたくしにはない。剣術と腕力は別物。
  パウロは言う。
  「お前は病気に感染したのだ」
  「病気?」
  「この俺の肉体、ドレッドゾンビという特性の肉体の目玉は再生能力? 腕力? 脅威の耐久力? いいや、そうじゃない。病原菌さ、特別のな」
  「饒舌ですのね。わたくしは寡黙な殿方が好きですの。気が合いそうにはありませんわね」
  「病気の名は天霧病と言う」
  「天霧病」
  余裕?
  余裕ですの、こいつ?
  わざわざタネを明かしてくれるなんて気前が良いのか馬鹿なのか……まあ、敵ですので馬鹿という事にしておきましょうか。
  さっきの子供バージョンよりも確かに強いですけど能天気な馬鹿は変わりようがないらしい。
  馬鹿は死んでも治らないとはよく言ったものですわ。
  「その病の特性は?」
  「今のお前の症状そのまんまさ。俺はこの病を魔術師殺しの病だと思っている」
  「ふぅん」
  「症状は簡単だ。魔力の低下、魔法耐性の低下、そして魔力の自然回復の封印。今のお前は残った魔力を使い果たせば魔法が使えない。分かるかぁ?」
  「ええ。実によく分かる説明ですわ。でも教師になるには修行が足りませんわよ?」
  「いつまでその軽口が叩けるのか見物だな」
  「ほほほ」
  微笑。
  微笑……するけど……まずいかも、この状態。
  天霧病って何っ!
  突然変異の病原菌なのか知りませんけど後遺症とかないんでしょうねっ!
  嫌ですわねぇ。
  まあ、魔法が使えない理由がよく分かっただけでもマシですわね。理由が分からないのが一番気味が悪いですから、そういう意味では安心。というか
  わざわざわたくしに対して安心感を与えてくれるパウロのこの行為は余裕なのか馬鹿なのか判別し辛い。
  謎にしておいた方が得策だったのではないでしょうかねぇ。
  だけど魔法が使えないのは痛い。
  奴が寄生しているドレッドゾンビというアンデッドの再生能力は半端ない。剣の腕には自信がありますけど腕力そのものはない。結果として魔法に頼る必要がある。
  魔法耐性に関しては特に問題ないですわね。
  相手が魔法使えないのであれば特に問題ではない。杖から雷撃発したにしても回避すればいいだけですし。
  「お前は俺には勝てん。分かるな?」
  「さあ?」
  「分かるなっ!」
  地を蹴って迫ってくる。思ったよりも早いっ!
  「くっ!」
  「遅いっ!」
  チルレンドを振るおうとしたものの奴に右肩を殴られて剣を落とす。骨が軋む音がした。腕力半端ないっ!
  こいつ接近戦仕様に特化されたゾンビか。
  「炎の精霊っ!」
  ……。
  ……あーっ!
  完全に召喚できませんわーっ!
  まずい。
  まずいですわ、本気でっ!
  この程度の魔力がないのであれば本気で魔力がやばい。腐敗したゾンビの顔がわたくしに肉薄してくる。
  近寄るなーっ!
  「鎮魂火っ!」
  「小癪っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  炎の球が奴の顔に直撃、爆発。
  顔が原型なくなるまで吹き飛んだもののすぐに再生する。こいつの再生能力は高い。この程度の魔法では倒せない。
  「魔力が尽きましたわっ!」
  「そいつは残念っ!」
  「なっ!」

  バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  ドレッドゾンビの拳がわたくしのお腹に直撃。
  体を前に折る。
  「まだまだだぞ、これからだっ!」

  バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  蹴りがわたくしの顎を捉える。そのまま後ろに引っくり返った。
  一方的な戦いが展開する。
  殴る。
  蹴る。
  さらには投げる。
  わたくしはフルボッコ状態。もっともわたくしは元々お嬢様ではなくスラムで生きてきた愛人の娘、生きる為に喧嘩に明け暮れてた。ある程度の受身や
  防御の仕方は心得ている。決定的な一撃はまだ受けていない。しかしこのままでは嬲り殺しは確実だ。
  「魔力のない魔術師ほど貧弱な奴はいないな」
  「くっ!」
  「命乞いしろっ! 這い蹲れっ! 惨めに泣き叫べっ!」
  「ついでに服を脱げとか付け加えたらどうですの? このサディストのゾンビさん」
  「まだ軽口が叩けるか。そろそろ終わりにしてやる」
  「あなたの人生の? それなら止めませんわ。どうぞご自由に」
  「生意気な女だ」
  「誉め言葉として受け取っておきますわ」
  「その軽口が気に食わんのだっ!」
  「失礼」

  ジリジリと腰を落としたままわたくしは下がる。足がふらついて立てない。強く打ったらしい。
  パウロはゆっくりと近付いてくる。
  一思いに殺しに来る?
  それとも嬲る?
  さてさて、どっちかしらね。
  ともかくわたくしは後ろに下がる、パウロは追ってくる。
  「殺しますの?」
  わたくしは止まった。尻餅は付いたまま。
  チルレンドは鞘には収まっていない、わたくしは無手。必殺の一撃である霊峰の指を放つだけの魔力もない。お手上げの状態ですわね。
  パウロも一定の距離を保って止まる。
  「ああ。殺すよ」
  「ふぅん」
  「お前まだ自分が勝てるとでも思ってるのか?」
  「ええ」
  「魔力もない、武器もない、この状況でどう勝つ? そして俺はどう負ければいい? 随分と不思議な事を言うんだな、お前は。笑えるよ」
  「では笑いなさい」
  「それでいいのか遺言は? 冴えん遺言だったなっ!」

  バッ。

  ドレッドゾンビは動く。
  こいつの攻撃手段は接近戦のみ。当然想定していた。わたくしに対して飛び掛ってくる。
  わたくしは叫ぶ。
  「パウロっ! 笑えるのなら笑いなさいっ!」
  「なっ!」

  ヴォン。

  わたくしの手に異界の長い魔剣が出現する。武器召喚ですわ。
  これぐらいの魔力はまだ残してある。
  魔力ゼロ宣言?
  ごめんなさいね、わたくしは嘘吐きですから☆
  腕力そのものはわたくしにはないけど勝ちを確信して飛び掛ってくるパウロ自身の勢いを利用する。奴は自らわたくしの具現化させた魔剣の切っ先に
  飛び込んできた。わたくしはただ剣を構えるだけでいい。向うが飛び込んできてくれるから。剣は深々と胸元に突き刺さる。
  勝ちを確信した時、人はもっとも隙が出来る。パウロのように。
  こいつの敗因は油断した事。
  随分とありきたりな敗北理由ですわね。
  「ば、馬鹿な……っ!」
  「笑えるのでしょう? 笑いなさい」
  「……こ、この俺が、本当に滅ぶ事になるとは……し、しかし、猊下のお力で俺は再び蘇るっ! だ、だから俺は負けてない、俺の勝ちだっ!」
  「それでいいんですの遺言は? 冴えませんわね」
  「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
  「負け惜しみは聞く耳がありませんわっ!」
  魔剣を素早く抜き、そのまま横に一閃。
  奴の首を飛ばす。
  召喚武具には重さが存在しない。だから軽々と振るう事が出来る。しかしそれでいてこちら側の世界の武器よりも切れ味は段違いで高い。
  パウロの首を切断、首は転がった。
  肉体は数秒間は立っていたものの、倒れた。もう動かない。
  撃破完了。
  魔力はまだ戻っていませんけど……というか天霧病って自動で治るのかしら?
  わたくしはパウロの首を見て微笑。
  「御機嫌よう」
  「まだ死んでないぞっ!」
  「ひゃっ!」
  勝利宣言したわたくしは思わず妙な声を出して飛び上がる。
  仕方ありませんわ。
  だって『猊下に復活させてもらうぜーっ! だから負けてないーっ!』的な発言をしたもんだから死んだものだと思ってた。首だけでも生きている。
  なかなかしぶといですわね。
  ムク。
  その時、奴の体が起き上がる。
  たどたどしい足取りで動き出す。足取りは遅い。フラフラと首の方に歩き出す。
  これって……首繋げる気ですのっ!
  まずいですわっ!
  「中田のシュートが決まったーっ!」
  「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  意味不明な掛け声でパウロの首を蹴飛ばす。
  魔法?
  使えませんわ。まだ魔力が戻った気配はない。魔法が使えれば一発で吹き飛ばしますのに。
  異界の召喚剣も時間切れで消失しましたし。
  パウロの肉体は首を取り戻すべく早足で首を追いかけ始める。
  どうする?
  今のわたくしには攻撃の手段がない。
  ならば。
  「ドリブルですわね」
  走る。
  そしてパウロの首を蹴る、走りながら蹴る。
  ゲシ。ゲシ。ゲシ。
  「き、貴様っ!」
  「ボールは喋らない」
  「誰がボールだ誰がっ! 俺は四大弟子の1人、虫の創者パウロっ! 貴様の敵であり大幹部である俺に対して……っ!」
  「ボールは友達ですわ☆」
  「おのれーっ!」

  うじゅうじゅうじゅ。

  「ん? ……って……それは反則ですわーっ!」
  追い掛けて来るパウロの肉体の首の部分から肉の触手が伸びる。首を目掛けて。肉体そのものは動きを停止、しかし触手はどこまでも伸びてくる。
  気味が悪いですわっ!
  わたくしが出来る事、それはパウロの首を触手の射程外まで蹴り飛ばし続ける事。
  「どこまで逃げても追ってくるぞっ!」
  「くっ!」
  肉の触手はわたくしのすぐ背後にまで近付いてきていた。
  追いつかれるっ!

  「加勢しますっ!」

  禍々しいまでのオーラを発した魔剣を手にしたダンマーの女戦士がわたくしの脇を通り抜けて肉の触手に挑む。
  その戦士、卓越した剣の腕で触手を薙ぎ払い、そして肉体に間合いを詰めて一刀両断。
  わたくしはそして見る。
  魔剣がパウロの魂を食らうのを。
  「まさか魔剣ウンブラっ!」
  魂を食らうという伝説の魔剣だ。
  わたくしは半ば絶叫に近い声で叫んでいた。叫ぶのはわたくしだけではない。パウロの首も絶叫をあげていた。
  肉体に宿る魂がウンブラに食われた。結果として首の方のパウロも引っ張られる形で滅した。
  魂を首と体に分割して宿していた?
  まあ、それは分かりませんけど肉体もしくは首のいずれかの崩壊でどちらも死ぬようですわね。
  パウロは叫ぶ。
  もはやそれは泣き言でしかない。
  「ウ、ウンブラに斬られて死ぬ……嫌だ、二度と復活できないっ! 魂を食われるのは嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  「お黙りなさい」
  うるさく囀るパウロの首を力一杯蹴っ飛ばす。
  首は闇の中に消えた。
  「大丈夫ですか、アルラさん」
  「ええ」
  アリス、でしたっけ?
  つまりこのダンマーにわたくしは得物を奪われたって事かしら?
  きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃわたくしがダンマーの女戦士に負けたんですのーっ!
  当の女戦士は魔剣ウンブラを背にある鞘に戻す。
  だけどこの女、凄い武器持ってますわね。
  オブリビオンの魔王ですら恐れる伝説の魔剣ウンブラ、まさか実物をこの目で見れるとは思ってませんでしたわ。
  「アルラさん、あたし幹部3人倒しましたっ!」
  「へー、そうですの」
  「ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪」
  「顔文字で自慢しないで欲しいですわねーっ!」
  3人、ね。
  それはどういう勘定なのかしら。ファルカーとパウロのトドメ、これで2人。もう1人は誰かしら?
  その時、ブレトンの少女が姿を現す。
  確かフォルトナ?
  この場に現れたという事は四大弟子のカラーニャを倒したという事なのだろう。わたくしだけ四大弟子倒せなかった?
  な、なんか屈辱ですわね。
  「行きますわよっ!」
  せめて仕切るぐらいはしないと立場がない。
  まあ、いいですわ。
  虫の王をわたくしが倒せばすべて万々歳、そしてわたくしがエース。
  さて。
  「最終決戦ですわっ!」


  四大弟子の1人、虫の創者パウロを改めて撃破。