天使で悪魔






黒蟲教団 〜VS四大弟子パウロ〜







  相手の心理を衝いた精神攻撃はあまり調子に乗ってはいけない。
  効果的ではある。
  効果的ではあるもののやり過ぎは禁物だ。

  何故なら相手の逆鱗に触れる場合もあるからだ。
  その場合は薮蛇。






  「ようこそ、僕の部屋に。お・ば・さ・ん☆ あっはははははははー☆」
  「まだ23ですわっ!」
  「おばさんじゃん。おばぁ、の方がいいかなぁ」
  「……」
  むきーっ!
  腹が立つ餓鬼ですわーっ!
  わたくしの前にはブレトンの少年がいる。フィッツガルド・エメラルダを奥に進ませた後、わたくし達は四大弟子とか名乗る幹部とそれぞれ戦う事が決定した。
  ダンマー戦士はアルトマーのファルカーとか名乗る剣士と対決。
  ブレトン少女はいけ好かないカラーニャと対決。
  そしてわたくしはこの餓鬼。
  戦いの場として相応しいという事なので彼の部屋までわざわざ着いてきてあげた。もっとも部屋というかただの洞穴ですわね。やたら広い空間。
  まあ、戦いには適している。
  「そろそろやりますわよ」
  「えー。これだからオバンは嫌なんだよなぁ。そりゃ人生にも肌にも余裕がないから生き急ぐのは分かるけどさぁ」
  「……」
  幼児虐待してもいいかしら?
  むきーっ!
  例え『幼児虐待のアルラ』というレッテルを今後の人生に貼られたとしてもこいつはぶん殴りますわっ!
  フルボッコ決定っ!
  ……。
  ……まあ、正直な話、こいつの年齢は怪しいですけどね。
  死霊術は死を超越する術。
  実際問題として死を超越出来るのかは分かりませんけど、不老不死はこいつらのテーマの1つ。外見を固定化したり若く見せるのはお手の物だろう。
  少なくともこんな餓鬼が幹部としているのは不自然ですわ。
  つまり。
  つまりこいつの年齢は外見と一致しないと思う。
  実は爺さんというのもありえるでしょうね。
  「名乗りなさい」
  すらり。
  氷の魔力剣チルレンドを引き抜く。
  グラーフ砦でジョニーがドサクサにゲットした有名な魔力剣。伝説級とまではいきませんけど業物なのは確かですわね。黒の派閥の総帥デュオス相手には
  威力不足でしょうけどこんな餓鬼には充分ですわ。
  少年は無邪気に笑った。
  その瞳には冷徹さが宿っているのをわたくしは見逃さない。少年の皮を被ってるだけ、ですわね。
  手加減不要でもよさそうですわ。
  「ふぅん。おばさん、戦うの?」
  「お姉さん、ですわ」
  「じゃあオバンお姉さんね☆」
  「……」
  むきーっ!
  「僕の名はパウロ。猊下の高弟である四大弟子の1人。猊下から虫の創者(そうじゃ)という称号をいただいているんだ☆」
  「虫の創者?」
  変わった称号ですわね。
  おそらくこいつの能力に対応している称号なんでしょうけど……何かを創る者という意味かしら?
  その時。

  ざわざわ。

  「……多勢に無勢は聞いていませんわよ?」
  「僕は悪玉おばさん善玉。大勢手下を動員するのは僕の方の特権でしょう?」
  「ふん」
  背後に気配。
  ローブとフードの連中がある一定の距離を保ったままわたくしを見つめている。パウロの一声で攻撃開始するのは時間の問題でしょうね。
  敵の数は30名ほど。
  死霊術師?
  まあ、そうですわね。死霊術師ですわね。正確には死霊術師の成れの果て、ですけど。
  その者達の外見は腐っていた。
  ゾンビ。
  ただしその瞳には知性を宿していた。瞳だけは必死に人間性を主張していた。
  「グールですわね」
  「ご名答☆ さすがオバンお姉さんだけはあるね。長生きしてる分知識は深い。ああ、あとシワもちょっと深いねー☆」
  「……」
  こいつ喧嘩売ってますの?
  むきーっ!
  「オバンお姉さん、グールって何か知ってる?」
  「愚問ですわ」
  「こいつらは黒蟲教団の中では特殊な位置付けにいる連中でね、裏切り者に対しての制裁を担当しているんだよ」
  「制裁」
  「何すると思う?」
  「食べるんでしょう」
  「うわぁご名答。グールに詳しいんだねぇ。そう、こいつらは新鮮な肉を取り込む必要があるからね。そうそう、こいつらは虫の亡者っていう称号があるんだぁ」
  「無駄話は必要ありませんわ」
  グール。
  それは死霊術師の成れの果て。
  簡単に言えばリッチ化に失敗した連中の総称。
  腐った肉体に魂が宿っている状態。
  生きてはいませんけど死んでもいない、魂が宿っているから死者ではない。
  まあ、肉体的には死んでますけどね。
  生物としての機能は停止しているので腐敗する一方。基本的に腐敗を止めるに生者の肉を食らうしかないらしい。
  魔法によって腐敗の具合を一定に保つ者もいるらしいですけどあまり付き合いたい連中ではないので詳しくは知りませんわ。知りたくもないですけどね。
  それが目の前に30ほどいる。
  何が目的で?
  考えるまでもない簡単な話ですわね。
  わたくしを殺して食うのだろう。
  グールの1人が口を開く。聞き辛い異質な声だった。
  「パウロ様、こやつ、食ってもよろしいですか?」
  「いいよー☆」
  その声が合図だった。
  グール達は一斉にわたくしに向かって襲い掛かってくる。
  数は30。
  なるほど、数は多いですわね。
  だけど雑魚ですわっ!
  「霊峰の指っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  古代アイレイドの雷がわたくしの指先から放たれる。肉を貪ろうとがっつくグールの集団の大半は今の一撃で簡単に吹き飛んだ。
  グールはリッチ化に失敗した連中を指す。
  魔力が少々普通の人間よりも増幅しているもののそれだけのパワーアップでしかない。
  肉体は腐るし臭うし、グール化はある意味で罰ゲームですわね。
  魔法耐性も大した事がない。
  現に霊峰の指の1発で大半は消し飛ぶ。残った連中も躊躇する。わたくしがこれほど強いとは思ってなかったらしい。躊躇する、これはつまりただの
  ゾンビよりも役に立たないって意味合いですわね。ただのゾンビなら恐怖を感じる頭もないですけどグールには知性がある。
  恐怖を感じる心もある。
  それゆえに中途半端感はありますわね。魔力が大幅に増幅されるわけでもない、魔法耐性も変わらない、恐怖心もある。
  グールはそれほど怖い相手ではない。
  「そこっ!」
  雷を避けて肉薄してきたグールをチルレンドで一刀両断。
  さらに。
  「鎮魂火っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  炎の魔法が炸裂。
  グールは所詮はゾンビ。よく燃える。特に鎮魂火の魔法にはアンデッド退散の効力を付加させている。つまりこの炎はアンデッド系を怖気付かせ
  れるってわけ。実際に残ったグール達は炎を見て体を硬直させ、さらに後退した。良い間合ですわねっ!
  吹っ飛びなさいっ!
  「終わる世界っ!」
  炎。
  氷。
  雷。
  三つの属性の複合魔法。霊峰の指の習得前までは最高の攻撃力を誇っていた単体魔法。
  グールを狙った?
  いいえ。
  単体魔法でまだ6人ほど残っているグールは狙わない。
  狙った相手は高みの見物をしている四大弟子の餓鬼ですわ。その時グールの1人がガードに入る。ガードに入ったグールは吹っ飛んだ。
  ……。
  ……ふぅん。ガードというよりは念動ですかねぇ。
  仲間を盾にする、か。
  あまりわたくしの好きな行動ではありませんわね。
  美学に反する。
  四大弟子は恐らく大幹部、そして物腰から察すると虫の亡者と呼ばれるグール達はその配下だろう。しかし配下とはいえ勝手に使い捨ての盾にされる
  のは堪らないのだろう、グール達は戦意を失い及び腰になる。
  まあ、仕方ありませんわね。
  無能な上司を持つ部下は可哀想ですわねぇ。
  「霊峰の指っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  もちろん同情しても逃がしはしませんけどね。
  トドメの一撃。
  グール達を粉砕。
  虫の亡者は呆気なく壊滅した。
  「それで?」
  現在のわたくしのコンディション。
  魔力申し分なし。
  体力申し分なし。
  つまり絶好調というわけですわ。雑魚を蹴散らしたところで大した疲れはない。つまり幹部戦もこのまま継続して乗り越えられる。
  「オバンお姉さん、準備運動は終わりでいいかい?」
  「ええ。充分ですわ」
  「僕もまったく同意見だよ。充分だよね。ふふふ、おばんお姉さんは体が温まったし、僕はこれでお人形の素体も出来たしお互いに万々歳だね☆」
  「人形の素体?」
  「そう。それが僕が猊下から貰った能力なのさ。死体を作り変える事が出来るんだ」
  「話が見えてきませんわね」
  「簡単だよ。すぐに実践して見せてあげるから」




  「……お義母様……?」
  「久し振りね、アルラ」
  奴の力でゾンビ化して動き出したグールの1体の姿がわたくしの知り合いに変じた。それがわたくしの養母。
  静かな微笑を養母は浮かべた。
  ただのアンデッドではない、顔には精気が宿っているし表情もある、完全に生きている人間。
  何より喋ってる。
  ……。
  ……あまり思い出したくはないですけど、わたくしはシャイア家当主の愛人の娘。
  もちろん今のシャイア財団と当時のシャイア家は何の繋がりもない。まったくのゼロからここまで成し遂げたのはわたくしであって、名門を浪費と無能
  さでとことん叩き潰したクソ親父とは無縁。世間的にはわたくしが名家を潰した事になっていますけど本当はクソ親父が潰したのだ。
  まあ、借金塗れの名家の起死回生の為にクソ親父の親友と称する男を信じて株で大損して家を潰したのはわたくしですけど。
  ともかく。
  ともかくわたくしにとって過去はあまり好ましいものではない。
  愛人の娘。
  それもスキングラードの裏町であるスラム住まい。つまりあまり裕福ではない愛人の娘。
  そこで生き残る為にわたくしは何でもした。
  人生の底辺。
  お金になる事なら何でもしましたわ。
  剣がそれなりに使えるのはそのお陰ですわね。体得した力で強請りや強盗、他にも……まあ、お金になる事なら人に言えない事もしましたわ。
  そうしなければ生きていけなかった。
  生きるというのは奇麗事ではない、だからこそわたくしは何でもした。
  そんな中、わたくしはクソ親父に拾われた。奴の愛人だった、つまりわたくしの実の母親が病死したのは丁度この頃だった。拾われた最大の理由は
  わたくしを血縁として認め、娘とする事で破産寸前の名家の再建を画策していた。
  つまりわたくしを別の名家に嫁がせる事で、その名家の財力を当てにしていたってわけですわね。
  結局婿となる側の名家も破産寸前で話はお流れ。
  要は向こう側も破産寸前でありクソ親父と同じ事を考えていただけにすきない。つまりこちらの持参金目当て。
  だからこそ話は流れた。
  わたくしにとってクソ親父は天敵であり贅沢の末に自壊して苦しんで死んだ時は笑いましたけど、養母はわたくしを愛してくれた。
  その養母が今、目の前にいる。
  もちろんそれが虚構なのは分かってる。既に養母は亡くなっている、わたくしが弔った、だから目の前の養母が本物のわけがない。
  本物のわけが……。
  「これが僕の力だよ。そう、あれは本物だよ」
  「ありえませんわっ!」
  「ありえない。ふぅん。そんなんでよく魔術師をやってるね」
  「何ですって?」
  「ありえないなんて台詞が出るとはとても魔術師とは思えないよ。魔術において『ありえない』という概念はない。あるのは『まだ知らない』それだけだよ☆」
  「……」
  核心を衝いてきましたわね。
  確かに。
  確かにそうですわね。正論ですわ。
  魔術とは万物を統べる学問。魔術はどんな事象ですらも体現出来る。ある意味で魔術師は万物を統べる者なのだ。
  ……。
  ……まあ、雑魚の魔術師はそこまで吼える資格はありませんけどね。
  この世界においてそこまで吼えれるのは5人いるかいないかですわね。まあ、今はそういう話題はどうでもいいですわね。
  問題はあの養母は『何なのか?』を判明させる事だ。
  餓鬼に言う。
  「『あれ』はなんですの?」
  「君の養母だよ」
  「……」
  「理屈は簡単。適当な人型の素体があれば、既にこの世に存在しない人間限定になるけど肉体を再現出来るのさ。これが猊下から頂いた力なんだぁ☆」
  「お義母様の声で話すのはどういう原理?」
  「ただ無意味に僕は直接対決を先延ばしにしてたわけじゃないんだよ。僕はね、視えるんだ。君の魂から過去の人間関係や君の関係する人物がどういう
  人や性格なのかまで分かるんだ。それを僕は人形に付与する。だから人形には記憶があるんだよ。声質に関しては同一人物だから同じなんだよ」
  「視える。それも貰った力かしら?」
  「その通りだよ。納得してくれたかな、オバンお姉さん☆?」
  「ああ。なるほど」
  つまり目の前の養母はただの人形。
  グールの死体をわたくしの記憶を元に養母の姿として完全復活させたに過ぎない。多分完全に本物仕様なんでしょうね。さらに奴の力で記憶まで与えられ
  ているから養母と同じ仕草や記憶を有しているので本物同然。
  そう、本物同然。
  あくまでその程度でしかない。つまり本物同然であり本物ではないのだ。
  ならば。
  ならばっ!
  「始末に躊躇う必要はありませんわね、鎮魂火っ!」
  「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「……っ!」
  びくん。
  声帯が破れんばかりに叫ぶ養母。
  わたくしはその声を聞いてさすがに身を震わせた。罪悪感が全身を駆け巡る。
  養母ではない。
  養母ではないけど、養母の悲鳴は気持ちのいいモノではない。
  結局のところゾンビと同じ原理なのは分かってる。つまり低級な霊を養母の肉体に憑依させているのだろう。だからこそ自我がある。
  パウロは笑った。
  「あっはははははははは☆ 容赦ないねー☆ 本物だったらどうするの? 僕が君の本物の養母の魂を憑依させていた場合とかさ?」
  「ありえませんわ」
  「へぇ?」
  「わたくしの魂を視た上で、お義母様の肉体に記憶を宿した……それと同様の事を貴方がさっき言ったばかりじゃないですの」
  「あー。間抜けだと思ってましたけど頭が良いんだね。だけど悲鳴はあまり心地の良いものじゃないでしょ?」
  「……」
  「その顔、素敵だよ☆」
  外道めっ!
  「霊峰の指っ!」
  「あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  古代アイレイドの高威力の雷を奴に放つ。
  瞬間、別のグールの死体が見覚えるのある面々に変じていく。いずれも既に死んでいる連中ですわ。
  わたくしが感情的に感じる前にその者達は奴の盾と成って果てる。
  怨嗟の絶叫をあげて。

  『アルラあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』

  「……っ!」
  亡くなった知人の姿をした面々を容赦なく焼き尽くす。
  奴には雷は届かない。
  くっ!
  「分かったかな、オバンお姉さん。君は僕に絶対に勝てないのさ」
  「外道めっ!」
  「外道? 君だって今まで散々酷い事してきたんじゃないのかな? 今まで人殺したろ? 殺された側の友人や家族は君をなんと呼ぶか知ってる?」
  「……」
  「外道さ☆」
  「……」
  「僕と君は同じなのさ。だからこそ運命によりここで会った。つまりどちらが真の外道かを競わせる為にね。もしくは仲良くさせる為かなぁ?」
  「戯言ですわっ!」
  「そうかな? なら彼と仲良くすればいいさっ! 証明してみなよっ!」
  パウロは手を振る。
  するとグールの死体は今度はハンニバル・トレイブンの姿に変じた。
  マスターか。
  気が引けますけど敵は敵。チルレンドを柔和な笑みを浮かべて近付いてくるマスター・トレイブンに突き刺した。
  躊躇う?
  その必要性はありませんわ。
  記憶も人格も本人そのもののコピーではありますけど魂は偽者。つまり別人。そっくりさん。殺すのに躊躇いはない。
  ただ……。
  「アルラどうしてなんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  「……」
  びくん。
  再びわたくしは絶叫に体を震わせる。
  さすがにこの悲鳴は耐えられない。心に直接、ダイレクトに響く。
  「くっ!」
  忌々しい呪いともいえる怨嗟を振り払いつつマスターの胸から刃を引き抜く。
  狙いは人形じゃないっ!
  「パウロっ!」
  「恩人も平然と刺すとは実にお見事っ! でもこれならどうかな?」
  「……アルラ、我が愛しい娘よ……」
  クソ親父っ!
  「死ね」
  「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  クソ親父の首を刎ねる。
  わたくしは笑った。
  「殺し甲斐のある奴を寄越してくれて嬉しいですわっ!」
  心が痛む?
  まったく痛みませんわ。
  クソ親父はわたくしを道具として使った、わたくしの実の母親を貴族の道具として弄んだ、死んで当然ですわっ!
  殺す機会をくれてむしろ感謝ですわ。
  「はあっ!」
  チルレンドを振るってパウロに肉薄する。
  人形を倒す。
  殺す。
  殺す。
  殺すっ!

  「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「アルラ、殺さないでくれーっ!」
  「嫌だーっ! どうしてなんだーっ!」

  煩わしいっ!
  確かに友人と、家族と同じ顔、同じ声、だけど魂は別物。なのにこの罪悪感は何っ!
  悲しい?
  そうじゃないですわね、この感情。
  これは……。
  「パウロ、ここまでですわっ!」
  「ふふん☆」
  立ち塞がる人形は全て蹴散らした。奴とわたくしを阻むものは何もない。指先を奴に向ける。霊峰の指で吹っ飛ばしてやるっ!
  パウロはただその場に立っているだけ、ニヤつきながら。
  まだ何かする気?
  奴の足元にまだ1体だけグールの死体がありますけど養父母を殺すわたくしに対して次は誰の人形にするのかしら?
  実母?
  関係ない。
  誰が出てきても叩き潰すだけですわ。
  「覚悟なさい、外道っ!」
  「まだ分かってないのかな、オバンお姉さん。僕にはこんな事が出来るんだよ?」

  「お嬢」

  「グレイズ?」
  最後に残った人形の素体となるグールの死体は立ち上がり白いオークの姿となった。
  わたくしの従者。
  ……。
  ……奴は言った。死んだ者だけを人形として復活させる事が出来ると。
  アンヴィルで白いオークの従者は死んだ。
  ただし死体はなかった。
  もしかしたら生きているかもと思った、しかしこの場に人形として蘇った。いや、正確には蘇ったのではなくコピーされた存在。だけどこの場にいるという
  事はやはりアンヴィルで死んだという事か。気体は泡として消えた、というわけですわね。
  パウロは笑う。
  わたくしも微笑し返す。
  「そんなもので盾になると思ったら大間違いですわ。人形1つではわたくしの雷は防げませんわよ、貫通して貴方も吹っ飛ぶ」
  「出来るかなぁ?」
  「出来ますわ」
  「へぇ? じゃあ証明してよ?」
  「霊峰の指」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  必殺の雷。
  グレイズもろとも吹っ飛ばす。
  追悼の気持ち?
  ふん。
  「いい加減イライラするんですのよ、パウロ。イライラするっ!」
  「く、くそぅ」
  グレイズもどきは消し炭。
  ただパウロは生きていた。恐らく奴の着ているローブには何らかの防御が施されているのでしょうね。ある程度の威力は低減させているのだろう。
  ですけど動けるほどのダメージでもない。
  どっちにしても奴の扱える人形は全て壊した。その気になれば原形を留めている人形は扱えるんでしょうけど奴の顔から余裕は消えていた。
  あるのは恐怖だけ。
  わたくしは苦笑して肩を竦めた。
  「得意の心理戦の人形を失っただけでこの体たらく。無様というか哀れですわね」

  「お願いだよ命だけはーっ!」
  「うーん」
  恥も外聞もなく命乞いする四大弟子のパウロ。黒蟲教団の大幹部にしては情けないですわねぇ。
  大幹部が命乞い。
  それもプライドを捨てての行動。
  さすがのわたくしもこういう相手は殺せませんわねぇ。
  始末したら寝覚めが悪い。

  「めんどうですわね」
  とっととこの展開を終わらせて苦戦しているであろう、半泣きしているであろうフィッツガルド・エメラルダの援護をしてあげないとまずいですわね。
  わたくしこそが主人公、真打登場という展開で援護に行かなければならない。
  正直これはどうすればいいんでしょうねぇ。
  パウロ、生かしておくのは危険。こいつ単体では別に敵ではないですけど虫の王との戦ってる際に邪魔されると面倒。
  では始末する?
  ……。
  ……それはそれで寝覚めが悪いですしわたくしの主義に反する。
  生かしておくのは危険。
  殺すのは主義に反するし気分的に嫌。
  さてさて。
  どうしましょうかねぇ。
  「お願いだよお姉さんっ!」
  「情けないですわねぇ」
  「そう思ったら助けてよーっ!」
  「ふぅむ」
  「そ、そうだっ!」
  「何ですの?」
  何かを思いついたらしい。助命の為の条件とかかしら?
  「僕が猊下にお願いしてあげるよっ!」
  「はあ?」
  「猊下は虫の杖というものを持っているんだよ。それには何千もの魂が封じられている。猊下が体に取り込めない分の魂を虫の杖に封じてあるんだ」
  「それで?」
  「そ、その杖を使えば死者を蘇らせれるんだっ! き、君のオークも生き返らせたらいいじゃないっ! ねっ! 名案でしょっ!」
  「……」
  不愉快そうにわたくしは押し黙る。
  いや。実際に不愉快ですわ。
  生き返らせる?
  ふん。
  死者を蘇らせるのは倫理に反する。そしてわたくしの主義に反する。
  不愉快ですわ。
  腹が立ちますわ。
  当のパウロはこれ以上の名案はないかのように、はしゃいでいる。今の提案をわたくしが受け入れると思っているようですけど、甘いですわ。それにその
  提案を虫の王がわざわざ実行してくれるとは思えない。パウロに連れられて虫の王の元に行けば、すぐさま戦闘になるだけ。
  パウロ、空手形を切るつもりですわね。
  この餓鬼にしてみればとりあえず今のこの状況を脱したいが為に提案しているに過ぎない。
  信用出来ないし、そもそも乗るつもりもない。
  どうしましょう?

  カツン。カツン。カツン。

  「……?」
  その時、何かを打ち鳴らしながら近付いてくる存在に気付いた。
  何の音?
  パウロは頭を上げて音の方向を見る。当然ながらわたくしも見ている。洞穴の闇を引き剥がしながらこちらに近付いてくるのはリッチだった。
  リッチが手にした杖で地面を叩きながら近付いてきた。
  喜色を浮かべるパウロ。
  援軍ですわね。
  「よくぞ来た、虫の隠者っ! さあ、こいつを始末してしまえっ!」
  なんですってぇー?
  すぐさま手のひら返す四大弟子の1人。
  能力は中途半端、性格は卑屈時々傲慢。はっきり言ってこのブレトンの餓鬼が四大弟子末席な気がしてきましたわ。
  洞穴入り口で会ったダンマーの方が上なのかも。
  程度の低い餓鬼ですわ。
  ともかく。
  ともかく、新手ですわ。
  心理戦のみに特化しているパウロよりは強力な相手ですわね、リッチは。負けるとは言いませんけど多少は気を引き締める必要がありますわ。
  わたくしは構える。
  そして……。
  「何でワシがお前の命令を聞かなければならんのじゃ? おお、娘っこ。ワシじゃワシじゃ」
  「えーっと」
  やたらと馴れ馴れしいリッチ。
  どうやらパウロの仲間というわけではなさそうですわね。だけどわたくしにリッチに知り合いなんて……あー、1人いますわね。だけど召喚してない。
  「ミスカルカンドの王?」
  「そうじゃよ」
  「何故ここに……いえ、その前に済ませておきたい事がありますわ」
  パウロを見る。
  援軍が来たという高揚から一気に奈落まで落ちた表情。
  わたくしは宣告する。
  「悪いですけど貴方の人生はここまでですわね」
  「ま、待ってよっ!」
  「今さら待つ必要はないですわ。ここで見逃せば今度は背後から刺してくる、そんな気がしますの。悪いですけどここで始末させてもらいますわ」
  「無抵抗の相手を殺せるのっ!」
  「それが残念ながら殺せますわ。さっきまで避けたいと思っていたのはあくまで美意識の問題」
  「くっ!」
  パウロ、大きく後ろに飛び下がる。そしてこちらに向かって手のひらを向けた。
  「死ぬのはお前だ、ババアっ!」
  ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  大気が震える。
  轟音とともにわたくしの体は後ろに揺れた。
  放たれたのは衝撃波。
  「それで?」
  「なっ!」
  わずかに体が揺れた、その程度の一撃。痛みはさほどない。この程度の威力で幹部とは笑えますわ。
  「パウロ、貴方の持ち味は精神攻撃。巧みに相手の弱い部分を衝いてくる。それはある意味ですごいと思いますわ。でもそれさえ取り上げれば三流以下
  でしかない。心理戦も結構ですけど相手の性格を知った上でする事ですわね。逆に火傷する場合もあるわけですから」
  「ちょっ!」
  「貴方ムカつきますわ」
  「う、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ助けてマニマルコ様ーっ!」
  背を向けてパウロは逃げ出す。
  逃げる?
  逃がすかっ!
  わたくしは躊躇う事なく相手の背に向けてチルレンドを投げ付けた。
  刃が肉に突き刺さる音が響く。
  ドサ。
  死体に変じる四大弟子パウロ。チルレンドを回収する為に近付いた時、異変に気付いた。パウロの顔はまるで老人のように変じていた。やっぱり何かの
  魔法か何かでカモフラージュしていただけなわけですわね。よかった、これで幼児虐待にはなりませんわ。
  既に息はない。
  四大弟子パウロ撃破完了。
  「幹部を名乗ったにしては雑魚でしたわね。御機嫌よう」
  心理戦の根幹は当然ながら相手の心理によって勝敗が影響する。わたくしは奴の心理戦には屈しなかった。
  それが勝因。
  さて。
  「ミスカルカンドの王、あなた召喚しなくても勝手にこちらに来れますの?」
  「疲れるが出来るぞ」
  「ふぅん」
  「実は頼みがあってな」
  「頼み?」
  「うむ。ワシは今回の戦いには参戦したくないので召喚せんで欲しい。それだけを言いに来たのじゃ」
  「……?」
  「虫の王と対決するのであろう? 奴もワシも死霊術を扱う者同士。そして奴の方が強い。属性が同じな以上、あまり対峙したくないのじゃよ」
  「ふぅん」
  まあ、別にいいですけどね。
  貴族として寛大にその申し出を受けるとしましょう。
  「分かりましたわ」
  「うむ。それは助かる。ではワシは今から合コンがあるのでこれにて失礼するぞ。今日はワシの大好物の骨っ娘(ほねっこ)が来るのじゃ☆」
  「……」
  それが目的ですの?
  というか合コン……アンデッドにもそういうのがあるのかしら?
  骨っ娘。それは眼鏡っ娘のノリなのかしら?
  世の中奥が深いですわねー。


  四大弟子の1人、虫の創者パウロ撃破。