天使で悪魔






流儀は盗賊






  信条や立場によってそれぞれの流儀がある。
  盗賊には盗賊の流儀がある。






  眼下に白い大地が広がっている。
  絶景。
  絶景ですわ。
  「あの軍勢がなければ最高ですのにね」
  陣形を整えて整列する軍勢がわたくしの瞳に映る。整然とした隊列の軍勢は魔術師ギルド。正確には魔術師ギルド、戦士ギルド、そしてわたくしの
  シャイア財団の混成軍団。その数はおよそ370名。
  布陣する以上は敵がある。
  その敵は死霊術師の組織『黒蟲教団』。その組織は死霊術師300、アンデッド軍団2000から3000ほどがいる。圧倒的な戦力だ。
  だけどまだ戦闘には至っていない。
  現在、対峙中。
  わたくし?
  わたくしは戦場に立つのは好きではない。
  雅ではないですもの。
  美麗さを好むわたくしがわざわざ戦場に立つつもりはない。現在は小高い丘に登り、そこから両陣営の対峙を見届けているだけ。
  傍観者に徹する。
  ……。
  ……本来ならば、ですわね。
  現在は傍観だけに徹するわけには行かない。
  ハンニバル・トレイブンはわたくしにとっても恩人。フィッツガルド・エメラルダとはまた別の関係性ですけど、彼女ほど濃厚でも込み入った感情でも
  ないですけど、それでも恩人である以上報いる必要がある。恩返しは必要ですわ。
  だからこそわたくし自身が出張ってきた、そしてシャイア財団の私兵を提供した。
  まあ、私兵に関しましては、傭兵ですけどね。
  シャイア財団は盗賊ギルド。
  つまり所属している構成員は義賊。戦闘向きなのもいますけど基本的に戦闘は不得手。だからこそ今回の為に雇い入れた。魔術師ギルドと行動を
  共にしている連中は名目的には『シャイア財団の私兵』という呼称にしてますけど実際は傭兵集団。
  さて。
  「お嬢様」
  「何ですの、ジョニー」
  「本気なんですか?」
  「本気ですわ」
  今回、わたくしは皮鎧を身に付けている。皮鎧にはエンチャント効果により魔法耐性を付与してある。
  腰にはチルレンドを帯び完全に戦闘モード。
  「虫の王とやらと戦いますわ」
  「しかし……」
  「恩人に対しての恩返しには最高だと思いません?」
  「しかし……」
  「何ですの、一体」
  「それにしては手勢が少な過ぎるのでは……」
  「少ない?」
  魔術師ギルド220名(内訳はバトルマージ120名、魔術師100名)。戦士ギルド100名。シャイア財団50名(実際は金貨で雇った複数の傭兵団)。
  合計370名。
  人間の数では死霊術師を上回っている。
  まあ、確かに圧倒的なアンデッド軍団の数には格段に劣ってますけど……黒蟲教団、全面対決をするつもりがないらしい。
  見てれば分かる。
  数で勝ってるんだから一気に叩き潰せばいいのにそれをしない。
  つまり何かの思惑があるのだ。
  その真意が何かは当然分かりませんけど、圧倒的な数の前に全滅という単純な結末にはなりそうもない。そこに至るにしても、少なくとも黒蟲教団の
  意味深な思惑がある以上はいきなり全面対決にはならないでしょうね。動くのは向うの思惑通りの展開になってから。
  それならそれでいい。
  その隙を衝くだけですわ。
  「ジョニー、戦いに勝つには何が必要だと思います?」
  「人数っすか?」
  「生贄ですわ」
  「はっ?」
  「勝利の為に神に対しての供物、それが必要なのですわ」
  「願掛けっすか? お嬢様にしては、珍しい発想ですね」
  「さあ自刎ですわジョニー」
  「はっ?」
  「自ら自分の首を刎ねる事により神の歓心を買い、勝利を呼び込む礎になるのですわ」
  「生贄はあっしっすかーっ!」
  「あら。不服ですの?」
  「さすがに自殺は嫌ですってばーっ!」
  「ふぅん。それってわたくしに介錯して欲しいっていうおねだりですの? ふふふ。可愛らしいところがありますのね☆」
  「勝手過ぎる解釈だーっ!」
  「選びなさいジョニー。自刎して果てるか、わたくしに逆らって始末されるか。さあ、どっちですの?」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃなんて無茶苦茶な選択だーっ!」
  「ほほほ☆」
  気分が落ち着いてきましたわ。
  ビバ従者イジメ☆
  さて。
  「ジョニー、特別に教えてあげますわ。この状況下で勝つには敵のカリスマを奪えばいい」
  「つまり……」
  「虫の王を殺せばいいだけですわ」
  そう。
  死霊術師は無敵の死霊王として君臨する虫の王マニマルコの強烈なカリスマで一枚岩として存在し、組織力を誇示している。
  それはとても強固。
  だけど裏を返せばそれだけの存在に過ぎない。
  つまりトップである虫の王を殺し、その首を連中に晒せば瓦解するだろう。まあ、そこまで望み通りにならないかもしれませんけど士気は確実に低下する。
  そして連中は知るだろう、絶対的な不死など存在しないという事を。
  死霊術師の望み、強みは『不死』。
  否定する事により連中の求心力を奪い、こちら側の勝利へと導く事が出来る。
  連中は力押しを望んでいない、あくまで仮定ですけど魔術師ギルドのアークメイジを単独で来させるように誘ってる。ハンニバル・トレイブンの死を知ってい
  るかは分かりませんけど、強力な魔術師であるアークメイジの魂を取り込むべく誘っているのだ。
  アークメイジが動けば敵の軍勢は待機の必要はなくなり侵攻を開始するだろう。
  その間に敵の親玉を叩く。
  友軍が全滅する前に。
  わたくしの要請で帝都軍が動いていますけど、完全に後備に徹するらしく動かないなだろう。
  ……。
  ……何の為の援軍?
  無意味ですわね。
  あれだけ献金したのに動いた人数は100名のみというのも片腹痛いですわ。おそらく前面に展開している魔術師ギルド&戦士ギルド&シャイア財団の
  混成軍が不利な状況に陥っても動かないでしょうね。案山子を並べているようなものですわ。つまり役に立たない。
  まあ、いい。
  少なくとも総合的に見たら人数だけは多いように映るだろう。
  実際には動かない部隊とはいえ陣容だけは多く見える。
  もちろんそれ以上でも以下でもないですけどね。
  「お嬢様」
  「何ですの?」
  「どうして今回ユニオを連れてこなかったんですか?」
  「ふふふ」
  わたくしは微笑する。
  確かに今回ユニオは連れてきていない。軍勢として魔術師ギルドに貸している部隊も純粋なシャイア財団のメンバーではない。
  あくまで彼らは傭兵団。
  純然たる盗賊ギルド関係者ではない。むしろまったく関係ない。
  そう。
  今回わたくしはシャイア財団の人間を1人も連れてきていない。この雪原にいる関係者は総帥たるわたくし、そして生涯滅私奉公のジョニーのみ。
  もろちん、意味はある。
  「ジョニー。あくまで流儀は盗賊ですわ」
  「はっ?」
  「魔術師ギルドは今回大学にいる、使える戦力は全て投入してますわ。……まあ、各支部は防衛の為に動員してないらしいですけど、大学は空同然。そし
  て帝都軍から100名をここまで引っ張り出した。当然動員される帝都軍は帝都守備軍から出されてますわ。つまりここにいるのは帝都に駐屯してる連中」
  「それが何か?」
  「分かりませんの? 現在アルケイン大学は盗み放題ですのよ? 帝都の治安維持の部隊も若干は減ってる、やり易いですわ」
  「……えっと、それが目的でしたので?」
  「あら? 不義ですの? いいえ、正当な報酬ですわ。フィッツガルド・エメラルダを元老院議員になれるように速やかなる対処をしましたわ。献金ばら撒い
  てね。帝都軍も引っ張り出しましたわ、まあ、実際には使えそうもなさそうですけどね。報酬を物で、無断で受け取る、それだけですわ」
  「……」
  「参謀アーマンドが指揮を取ってますわ。ユニオはその補佐をしてます。大学は魔法アイテムの宝庫ですから楽しみですわ」
  魔法アイテムの入手は急務。
  財団の為?
  いいえ。
  わたくしの為ですわ。
  いずれは黒の派閥の総帥デュオスを倒したい。その為には魔法アイテムでの能力増幅が急務。修行とか修練とかもしますけど時間が掛かる。
  だから。
  だから魔法アイテムが欲しい。
  「あっ、お嬢様、あれをっ!」
  「ふぅん」
  対峙する両軍。
  そんな中、1つの動向があった。馬に跨った女性が魔術師ギルド軍から1人離れた。
  フィッツガルド・エメラルダだ。
  「やりますわね」
  彼女もわたくしと同じ事を考え付いたらしい。敵が単騎で来る事を誘っているのに気付いたらしい。死霊術師側の思惑はよく分かりませんけど、トップ同士
  の頂上決戦を望んでいるのは明白だ。そうでなければ圧倒的な数のアンデッド軍で叩き潰しているはずだ。
  数では敵の方が多い。
  普通なら待つ必要がないわけですし、わざわざ誘い出して伏兵で仕留める必要すらない。
  つまり。
  つまり誘い出し、頂上決戦を望んでいるのだろう。
  その思惑はよく分かりませんけどおそらくはそれで正しいはず。繰り返しますけど敵の方が数が多いのだから、それ以外の理由はありえない。小細工
  など必要ないほどアンデッドの数は多いわけですし、頂上決戦というそれ以外の理由はありえない。
  「ジョニー、わたくしの馬を」
  「本気で単身で?」
  「あら。1人ではありませんわ」
  馬で疾走するフィッツガルド・エメラルダを見ながらわたくしは満足そうに呟いた。
  「唯一認めるに足る、最高の魔術師が相棒ですから問題なしですわ」