天使で悪魔






恩人の死






  死は人を分かつ無情な定め。
  誰にでも等しく死は訪れる。
  誰にでも。






  「マスター・トレイブンが亡くなった?」
  「はい」
  帝都にあるダレロス邸。私室。
  港湾貿易連盟とのグダグダな決着を終えて3日が過ぎた。わたくしは暇を持て余す日々。自室のゆったりとした座り心地の椅子でウトウトとしていたところ
  ユニオに起こされた。ユニオが持ち込んできた、マスター・トレイブンの死を。
  頭が完全に覚醒する。
  「いつの話ですの?」
  「何日かは不明ですがここ最近です。グラーフ砦の一件の間ぐらいだと思いますよ」
  「……」
  沈黙が私室を包む。
  部屋にいるのはわたくしとユニオだけ。実に助かりますわ。他の人間の前で動揺している姿は見せられない。……別にユニオには動揺している姿を見せ
  てもいい、という意味ではない。大勢の前で晒さなくて良かったという意味合いですわ。
  「……」
  ハンニバル・トレイブンはわたくしの魔術の先生。
  プライベートでの付き合いは皆無でしたけど馴染みの深い人物。柔和な微笑を浮かべる素敵な人でしたわ。
  その人が、死んだ?
  ユニオに聞く。
  「死因は何ですの?」
  「分からん」
  「分からん? 報告するのであれは的確な情報が欲しいですわね。それでも元老院直轄の情報機関アートルムの元捜査官ですの?」
  「……言い過ぎだろ」
  さすがに腹が立ったのだろう、素敵タマネギカットの髪型のボズマーはソッポを向いた。
  言い過ぎは分かってる。
  だけど魔法の師匠とも言うべき人物の死はやはり相当に重い。
  マスター・トレイブンは恩人。
  確かにそもそもわたくしには魔法の才能があったのかもしれませんけど、彼から直々に教えを受けたからこそここまで伸びたと思っている。そしてその魔法
  の力があればこそわたくしは困難を退け、わたくしらしく生きてこれた。
  彼は終生の恩人なのだ。
  そんな人が亡くなった。
  やはりどうしても冷静ではいられない。それが人としてのあり方だと思う。
  「どうしても気になるなら調べるか、アルラ?」
  「……」
  「アルラ?」
  「……」
  魔術師ギルドは死霊術師と抗争していた。
  それが関係している?
  過労や老衰で死んだとは考えられない。マスター・トレイブンは自身の体調管理を徹底して行う人だから過労死はないと思う。気苦労は多いだろうけど。
  老衰もないだろう、初老ではあるけどまだ精力的に仕事をする人物。
  それに基本的に魔術師は長命な者が多い。魔法や魔力が関係しているのか、その因果関係は分かりませんけど高名な魔術師ほど基本的に長命。魔法
  にしても魔力にしてもマスター・トレイブンはシロディール随一。寿命での死とは考えられない。
  では何の死?
  一番考えられるのは死霊術師関係。
  刺客?
  呪詛?
  「アルラ」
  「……」
  「アルラ」
  「……ああ。何ですの?」
  「そんなに深い繋がりだったのか?」
  「恩師でしたわ。それで誰が評議長の座を引き継ぎましたの?」
  「フィッツガルド・エメラルダというブレトン女性だ」
  「フィッツガルド・エメラルダ」
  「ああ」
  どこかで聞いたような名前ですわね。面識がある?
  まあ、それは分かりませんけど何度か聞いたような響きの名前。
  「何者ですの?」
  「マスター・トレイブンの養女だ」
  「養女」
  聞いた事がありますわね。だとするとわたくしはその名前を知っている、まあ、記憶はしていませんでしたけど。
  「その養女が引き継いだんですのね?」
  「役職と称号はな」
  「役職と称号?」
  「評議長という役職、アークメイジという称号のみを受け継いだ。ハンニバル・トレイブンが有していた元老院議員としての議席はまだ申請中だ。かなり掛かるだろう」
  「何故ですの?」
  「政治家が大好きな会議会議会議のお陰さ」
  「なるほど」
  ユニオ、元々は元老院直属の捜査官ではあったものの元老院に対しての忠誠は皆無の模様。
  皮肉な口調で喋っている。
  「会議が長引く理由はもう1つある」
  「それは?」
  「その女は戦士ギルドのマスターでもある。戦士ギルドと魔術師ギルド、その2つを取り仕切る者に議席を与えると、その女の議会での影響力が強くなると考えて
  いる。それ故に長引いている。ああ、後もう1つ理由がある。その女は先帝の死に立ち会った女だからだ。元老院がそれを知っているかは不明だが」
  「先帝の?」
  「そうだ」
  ユリエル・セプティムか。
  帝国びいきのインペリアルなら名君と呼ぶんでしょうけど、わたくしは少々ひねくれている。だからこそ特に先帝を名君とは思わない。名君と呼ばれる最大の
  理由は視点の問題だ、あくまで帝国の視点でしか歴史は綴られないし語られない。侵略された側の視点など皆無。
  先帝は侵略戦争大好き人間。
  帝国の版図を確かに最大にまで拡大したもののあくまで侵略の結果。そこに平和的な手法も思想もない。
  だから嫌いですわ、先帝は。
  さて。
  「先帝の死に立ち会ったのですの、その女は?」
  「ああ。俺が調査していた」
  「あなたが?」
  「諜報機関アートルムの長官は俺に調査を命じた。しかし調査したものの特に不審な点はなかったな。……おそらく元老院は知らない可能性もある。もしも知っ
  ていたら審議などせずに申請を拒否するだろうからな」
  「なるほど」
  フィッツガルド・エメラルダのわずかな情報を入手。
  だけどそんな情報はどうでもいい。
  「誰かいませんの?」
  声を張り上げる。
  すると即座に扉の向こうから声がした。
  「お嬢様、どうかしましたか?」
  「その声はジョニーね?」
  「そうですけど」
  「始末」
  「な、何故にっ!」
  「そういう年頃ですの、わたくし」
  「年頃で殺されるのかー」
  「ほほほ☆」
  はっ!
  いけませんわ、ついついジョニーイジメ……じゃない、ジョニーイジリを没頭してしまいましたわ。
  「ジョニー」
  「はい」
  「アーマンドはいますか?」
  「参謀なら先ほどこの屋敷に戻って来ましたが……」
  「ならば彼に伝達を。元老院に赴き『シャイア子爵からのプレゼント』届けるように言いなさい」
  「プレゼントっすか?」
  「現金ですわ」
  「現金……」
  「ジョニー、急ぎなさいっ!」
  「了解ですっ!」
  扉の向こうでバタバタという音と同時にジョニーの気配が遠ざかる。ユニオは怪訝そうな顔でわたくしを見た。
  「現金?」
  「フィッツガルドなんとかという女性を議員に押し上げます」
  「何故だ」
  「わたくにしとってもマスター・トレイブンは大切な人ですからね。その後を継いだ養女とやらが議席を得ない事には報復は出来ないでしょう?」
  「確かに」
  バトルマージの大規模派兵の際には元老院の裁可が必要。
  その女性自身が元老院議員になっていれば派兵の許可は容易に発令されるだろう。そういう意味で議席は必要。
  円滑に魔術師ギルドが動くには議席が必要。
  「ユニオ」
  「はい」
  「わたくしは魔術師ギルドの動きと連動したいと思っています。……おかしな事かしら?」
  「いいえ。そういう性格は嫌いではないですよ」
  「では行きますわよ」




  わたくしには行動力がある。
  そう自負している。
  そしてシャイア財団も常に即座に動くだけの行動力がある組織にしたいと考えている。参謀アーマンドはすぐに動いた。大量の金貨を献金する事で新任
  評議長に対しての議席承認を納得させた。参謀はその旨の報告をわたくしに持ち帰った。それを手土産にアルケイン大学に向かう。
  ユニオ&ジョニーを同道させたものの評議長に対しての面会はわたくしのみ。
  2人を入り口で待たせ、ラミナス・ボラスの案内でわたくしは建物を進む。
  執務室の前で彼は止まった。

  「こちらです」
  コンコン。ガチャ。
  ラミナス・ボラスはノックと同時にその扉を開ける。ここに来る際にユニオに聞いた話では新任評議長とラミナス・ボラスは兄妹のような関係らしい。
  その気安さ故にゾンザイにも思える行動になるのだろう。

  「評議長、お客様です」
  それでも恭しく一礼するラミナス。わたくしを中に促し、彼は再び一礼。退室して扉を閉じた。
  新任評議長との初の対面。
  ……。
  ……あら?
  どこかで会ったような気がするのは気のせいかしら?
  相手もわたくしと同じ感覚のようですわね。
  うーん。
  先代灰色狐の命令でマラーダ遺跡で戦ったよう気がするのは気のせいかしら?
  タロス広場地区でも共闘したような気がする。
  気のせい?
  まあ、相手もわたくしの事を知らないもしくは覚えていないようですから改めて名乗るとしましょうか。
  「アルラ・ギア・シャイアですわ。御機嫌よう」
  「フィッツガルド・エメラルダよ」
  「マスター・トレイブンの養女さんですわね?」
  「ええ」
  「彼には随分とお世話になりましたわ。元老院議員の件、解決させましたわ。いつでも出兵が可能。さらに帝都軍の部隊を同行させる事に成功しましたわ」
  「はっ? ……えっと、どうやって?」
  「議員達に大金をばら撒きましたわ。爵位も金次第な以上、可決も金次第ですわ」
  「……」
  参謀アーマンドからは元老院の調整は完了したとの報告を受けている。
  彼女の議席の獲得も完了。
  それにしてもお金次第とは随分と腐った国家ですわね。
  貴族として帝国の政権に列席している立場とはいえあまり擁護したくない国家体制ですわ。
  まあ、それはいい。
  わたくしがここに来たのは帝国の腐敗を語りにきたわけではない。
  「それはそうとマスターの養女さん」
  「はい?」
  「わたくしも今回の戦闘に一枚噛まさせて頂きますわ」