天使で悪魔





エルフの彫像





  ラザーサ・インダリス。
  シェイディンハル伯爵夫人。
  つい最近、無残な姿で発見された。
  ただの事故、という者もいれば闇の一党ダークブラザーフッドの暗殺だ、という者もいる。
  どちらにせよ真実は闇の中。
  当の伯爵は完全に腑抜けとなり人生を放棄した状態となり、伯爵の鬱に輪を掛けているのがその一人息子。
  虚栄を好み伯爵の息子という特権を使い『茨の騎士団』を創設したり、放蕩三昧の人物。
  一説にはスクゥーマ中毒者。





  「珍しい彫像を手に入れて欲しいとギルドに依頼があった。最近亡くなったラザーサ・インダリスの彫像だ」
  そう、盗賊ギルドの参謀アーマンドに言われてやって来ましたシェイディンハル。
  お前は独立した盗賊だとか言いながら、税金強奪に引き続き、またも特別任務。
  それだけグレイフォックスに信頼されているという事かしら?
  ……それなら悪い気はしない。
  盗賊とはいえ、高潔なるその思想と行動に、わたくしは貴族の生き様を見せ付けられ、魅せられていた。
  是非一度、会ってみたい。
  わたくしは貴族。
  貴族貴族……貴族、なんですけどやはりわたくしは元々は貴族ではなく、認知されないただの愛人の娘。
  たまたま正妻に気に入られ、正妻に子がなかったが為に当主を継ぐに至ったわけですけど、やはり根は盗賊ではない。
  だから、どこかグレイフォックスの生き様に惹かれていた。
  あの行動こそ、貴族の生き様ではないか、と。
  ……まあ、それはいいですわ。
  ともかく、わたくしはジョニーとグレイズを引き連れてシェイディンハルに。

  正直、彫像の強奪にはそれほど面倒はなかった。
  語るほどの事もない。

  地下の聖堂に潜り込み、衛兵の監視をかわし、目的のものを盗んだ来た。
  ……ジョニーが。
  ほほほ、貴人たる者、自らは動かずに物事をこなすのが最善ですわー。
  目的達成。
  帝都へと帰還した。





  帝都スラム地区に戻ると、喧騒に満ちていた。
  外出禁止令が発令され、全員が家の中に押し込められている。帝都兵達が大挙して、展開していた。
  「何ですの、これ。まさかトカゲ狩り?」
  「お、お嬢様何を根拠にそんな……っ!」
  「お嬢。ここにもトカゲが」
  「片しちゃって」

  「御意」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ種族差別だ偏見だーっ!」
  「うるさいですわジョニー」
  「そうだぞ静かにしろ。お嬢が迷惑がってる」
  「……あ、あっしはなんて可哀想なアルゴニアンなんだー……」
  ジョニーの不平は無視。
  スラム地区の人間は何らかの形で、全員が盗賊ギルドに関わりがあるらしい。どの人物がギルドに生活を庇護され、どの人物が構
  成員なのかは分からないけれどこのような状況は盗賊ギルドを麻痺させる。
  アーマンドが約束の場所にいない。
  拘束されたのだろうか?
  「お嬢様、ここにいたら我々もやばい……」
  「そうでしたわね貴方脱獄囚ですものね。おとり作戦ですわ」
  「はっ?」
  「ここに帝都地下監獄を脱獄した……っ!」
  「ひぃっ! 勘弁してくださいお嬢様ーっ!」

  「逆らうのであれば始末ですわね」
  「ひぃっ!」
  「嫌なら……」

  そこまで言った時、グレイズが指を差す。その先にいるのは、物陰に潜む一人の女性。
  女性もこちらに気付き声を掛けてきた。

  「ああ、あんた無事だったのか、よかった」
  「えーっと……」
  「メスレデル」
  「ああ、そうそう。御機嫌よう」

  ボズマーのメスレデル。こっちに来いと、物陰へとわたくし達を引き寄せる。
  焦燥の色が濃い。

  「ミヴリーナは裏切り者だ。この騒ぎはあの女の仕業よっ!」
  「ミヴ……誰ですの? わたくし、下賎な方の名前は覚えない主義ですの。ああ、仲間は別ですのよ」

  「裏切り者、だから元仲間よ。知らないの? ダンマーの老女よ」
  「ダンマー?」
  「お嬢、この間の手紙持って来た奴では?」
  グレイズの助言で、脳裏に……ええ、ええ、確かに浮かびましたわ。でもあの時は名前は名乗らなかった。
  ふむ、知らなくても不思議ではないですわね。

  「ヒエロニムス・レックスはアーマンド参謀の逮捕状を掲げ、スラム地区に乗り込んできたのよ」
  「逮捕状……捕まったの?」
  「彼は今隠れている。シェイディンハル伯爵が彼の逮捕を請求しているのよ、面倒な事になったわ」
  「何故ですの? わたくしが盗んだのよ、盗賊ギルドが絡んでる証拠は……」
  「そもそも彫像の強奪は、依頼なんかじゃないらしいんだよ。盗賊ギルド内に裏切り者がいると踏んだアーマンドが燻り出す為に、あ
  んたを利用しただけなんだ。そして裏切り者がミヴリーナだと既に判明してる」
  「そのダンマーが裏切り者の証拠はありますの?」
  「この間の徴収記録では彼女だけ免除になっていた。それでアーマンドが調べあげ、あのミヴリーナはレックスと繋がっている事が
  判明したんだ。それでアーマンドからの伝令だよ。罪もミヴリーナに着せるのよ」
  「……」
  沈黙。
  利用されるのは正直、好きではない。
  それを信頼というオブラートに包んだとしても、あまり好きにはなれない。
  本来なら捨て置く。
  しかし盗賊ギルド内で出世し、グレイフォックスに会うという特典も捨てがたい。
  母様は言っていた。
  恩は売れるうちに売れ、そして利用できるうちに利用しろ。人を動かすのも利用するのも紙一重。貴族の、格言ですわねぇ。
  「それでどうすればいいのですの? ……ああ、いえ。ミヴリーナはどこに住んでいますの?」
  「あんた頭の回転速いね。すぐ近くに住んでる。そして考えてる事を実行しな」
  彫像をミヴリーナの家に隠す。
  その後、レックスにそれを教え、犯人はミヴリーナという事にする。
  告発の大元はシェイディンハル伯爵。彫像さえ戻れば、生贄とはいえ犯人のミヴリーナさえ捕まれば告発は終わる。
  つまりアーマンドを犯人とする今回の騒動は丸く収まる。
  レックスの面目も一応は保たれるだろう。彫像も、アーマンドではないにしても犯人が捕まるのだから。
  ミヴリーナ。
  わたくしの男に手を出すなんて、無謀ですわね。
  ほほほ。どちらが愛されてるか思い知るがいいですわ。





  「探せ探すのだアーマンドをっ!」
  「はい、レックス隊長っ!」

  彫像をジョニーに渡し、秘密裏にミヴリーナの家に隠す任務を与えると、わたくしはグレイズを従えて衛兵達の陣頭指揮をしている
  レックスに近づく。職務に忠実であり、規律に忠実な衛兵隊長。
  ……間違いではないですわね。
  それはそれで、正しい行い。
  でもねレックス、人は潔癖なだけでは生きていけなくてよ。

  「第三班の報告をせよっ!」
  「あの、隊長」
  「どうした早く報告をするのだっ!」
  「その、ですから……」
  「なんだっ!」
  目を引ん剥き、向き直るレックスに対して、わたくしはにこやかに微笑む。
  「御機嫌よう。レックス隊長」
  「こ、これはレディ。……き、君、持ち場に戻りたまえ。他の者達もだ」
  明らかに動揺しているレックス。
  わたくしに気があるのかしら?
  衛兵達は初めて見るレックスの慌てぶりに戸惑いながらも、各々の持ち場に展開していく。
  かなりの数の衛兵が出張ってますわね。
  ……ふぅん。
  アーマンド逮捕云々以前に、ここでこんなにも衛兵が展開すると盗賊ギルドの首根っこが抑えられてるも同義ですわね。
  「実はわたくし、恐ろしい事を耳にしましたの」
  「恐ろしい事?」
  「わたくし、今はここに住んで……」
  そこまで言い、眼を伏せる。
  貴族たるわたくしがスラム地区に住む。それだけでも、罰ゲーム。

  同情した目を向けるレックス。
  ……。
  ああ、住んでいるというのは嘘ではないですわ。

  アーマンドが一軒、提供してくれましたの。何でも以前、アダマス・フィリダに直接逮捕され、資産没収されたブレトン娘の家。
  格安なのを盗賊ギルドが買い上げ、わたくしにくれたものですわ。
  まあ、それは置いといて。
  「実は御近所にミヴリーナという老女がいるのですけど……彼女、恐れ多くもシェイディンハル伯爵夫人の彫像を盗んだと公言して
  ましたの。死者のものを盗むとは……ああ、なんて罪深くて恐ろしい行為なのでしょう……」

  がくがくぶるぶる。
  一瞬、レックスは顔色を変え言ってはならないことを口にする。

  「まさか彼女がそんな事するわけが……彼女は私の密偵……ああ、いや何でもない。しかし確かですか、レディ」
  「……」
  「レディ?」
  「……わたくし、嘘をつくほど落ちぶれましたのね……貴族の誇りも持たない、哀れな女だとお思いですの……?」

  はらはらと涙を流し、その場で顔を覆い号泣。
  ふっ、女の涙は、最強の武器。女の特権ですわぁー。おーほっほっほっほっ。
  朴念仁レックスは、予想したとおり平謝り。
  「申し訳ありませんレディっ! レディが嘘をつくはずがない、レディが正しいっ! と、ともかくミヴリーナを詰問するとしましょう。レディ
  も告発者として一緒に来てもらう必要があります。来ていただけますか?」

  「はい、レックス隊長」
  ミヴリーナの家はすぐ近くだ。真向かい、とは言わないものの歩いて数分の位置。
  レックスは鍵を開けた。
  抉じ開けたのではなく、正規の鍵。内通者はミヴリーナで間違いない。
  家に入ると、ミヴリーナは不快そうにこちらを見た。
  ……ああ、手紙をくれたあのダンマーですわね。
  「一体何の用?」
  不審がるミヴリーナを無視し、レックスは家捜しし始める。ジョニーの仕事は早い。棚に、彫像が隠してあった。
  衛兵、そうレックスが叫ぶと一人の衛兵が入ってくる。
  ミヴリーナ、逃げられない。
  「レディの協力に感謝を。……この彫像は、ミヴリーナ、何なのか説明してもらおうか」
  「な、何言ってるのっ! 私は貴方の言われるままに情報を流してた、なのに私が盗むわけないじゃないのっ! その女よ、そいつ
  は盗賊ギルドの新顔、もっと言うならアンヴィルの三流盗賊集団の頭目よっ!」
  ……三流とは失礼な。
  「馬鹿な。レディがそんな事をするわけがない。……ともかく問題の彫像はここにある。何か申し開きがあるか?」
  「ひ、酷いじゃないかっ! 私は今まであんたに……っ!」
  「どちらにせよ密偵として利用し、罪を見逃していただけだ。お前が盗賊ギルドの一員である事は明白。……いやそれ以上にシェイ
  ディンハル伯爵の告発だ。お前は逮捕され、投獄される。引き立てぃっ!」
  時代劇さながらの叫びとともに、ミヴリーナは衛兵に引き立てられた。
  それから、レックスはわたくしに一礼。
  「貴女の誠実さと勇敢さに敬服を。貴女の証言がなければ、犯人逮捕は出来ませんでした」
  「いいえ、レックス隊長のお力ですわ」
  「そ、それでよろしければ今度お食事にでも……」
  「まあ、貴方のお家で?」
  「い、いえ、そ、そんな二人きりになったら……い、いえ、失礼。職務に戻ります」
  ……悪い人ではないんですけどねぇ。
  朴念仁ですわ、はっきり言って。
  あの頭にもう少し柔軟さがあれば、堅すぎ忠義まっしぐらと程よくマイルドになって良い男なんですけど。
  「さてグレイズ。アーマンドを探しますわよ」
  「御意」





  「利用して悪かった」
  アーマンドはまず、頭を下げた。
  何の事はない。
  アーマンドは自宅にいた。しかもわたくしの隣の家。探した時間は、無駄でしたわね。まだに灯台下暗し。
  衛兵達は撤収。
  レックスの密偵であり盗賊ギルドの裏切り者、ミヴリーナはシェイディンハル伯爵の告発により、逮捕された。
  彫像は再び墓所に。
  「わたくしを利用するなんて、やりますわね」
  「ミヴリーナと君が繋がっていない確固となる証拠がなかった。すまないな」

  「これで信用してくれたかしら?」
  「君の助けで盗賊ギルドの危機を乗り越える事が出来た。彫像は惜しいが、別に依頼があったわけではないしグレイフォックスは
  コレクターではない。報酬はこれだ、是非とも受け取ってくれ」

  金貨の袋。
  今回の一件は内部粛清であり、盗賊ギルドには収入はないにも拘らず多額の金貨。
  この間の貧民達の救済にしてもそうだ。
  はした金とはいえ、徴収された貧民達にギルドは自腹を切って返済。徴収分の金貨はわたくしに報酬として手渡すあたりはただの賊の
  集まりではない。少なくともメンバーはグレイフォックスの教えを信奉し、護っている。
  鬼平犯科帳の鬼の平蔵も感嘆するほどの高潔さだ。

  「君は信用できる、それがギルドの感想だ」
  つまりグレイフォックスの、ね。
  「光栄ですわ」
  「また仕事があるだろう。近いうちに顔を出してくれ、君になら頼めるとフォックスも言っている」
  「ふふふ」

  いつの間にか、盗賊にのめりこんでいる自分がいた。