天使で悪魔
黒の派閥 〜VS空の女王〜
大空を舞う、その姿はまさに天使。
フェザリアンは舞う。
死を振り撒く為に。
グラーフ砦の外に出る。
夜の空気が心地良い。ただしその心地良さを遮るようにあちこちに死体が転がっていた。港湾貿易連盟のチンピラの死体。
歩哨であり見張り。故に侵入者に排除された。
侵入者。
それは黒の派閥。
どれだけの数かは分かりませんけど砦内に多数入り込んでいるようですわね。だからこそチンピラの追撃はない。
実に好都合、実に助かる。
潰し合って欲しいものですわ。
……。
……まあ、数でこそ犯罪者の方が勝っていようとも質の上では黒の派閥の方が上でしょうから『潰し合い』ではなく『一方的な殺戮』でしょうね。
特に黒の派閥の総帥自ら出張って来ているわけですから当然幹部も多数率いているはず。
うーん。
とても喧嘩にはならないでしょうね。
まあいいですわ。
好きに、勝手に、殺し合いでも何でもしていればいいですわ。わたくしは後ろに付いて来る金髪少女達を見る。
「あなた達はどうやってこの島に来たんですの?」
「小船で来たよ」
「小船」
浜辺に到着するけど見当たらない。
流されたのかしら?
見当たらないといえば海上封鎖していた港湾貿易連盟の船も一隻も見当たらない。
夜の闇で見えないだけ?
いいえ。
はっきりと見えていますわ。
何故なら港湾貿易連盟の船がニベイ湾の上で多数炎上している。燃え上がる炎に照らされるその範囲の中には無傷の船は見当たらない。
黒の派閥に沈められた?
「あれがわたくし達の船ですわ」
一隻だけ。
一隻だけ健在な船がある。
ゆっくりとこちらにその船が向かってくる。元々は港湾貿易連盟の船、何しろシャイア財団は船は保有していませんからね。あの船は参謀スクリーヴァの
提案で手を組んだアルゴニアンの部族が乗っ取っているはず。計画通り、問題なく進んだのであればそのはずですわ。
徹底した海上封鎖。
だけど海の中は残念ながら封鎖出来なかったみたいですわね。
海中から襲撃、そして多数の船の撃沈。
アルゴニアンは海の王者。陸上では特に目立った能力はないですけど海中では無敵の能力を持っている。
わたくし達の作戦勝ちですわ。
「お嬢様ーっ!」
「アルラ」
トカゲのジョニー、ボズマーのユニオ。
2人は無事。
あら?
ジョニーは両腕に何かを大量に抱えている。地下牢から金髪少女達に助けて貰った後で姿を消したらしいですけど……ふぅん、ちゃんと仕事をしてたんですのね。
宝物庫からある程度は持ち出せたらしい。
律儀ですわ。
「撤収しますわよ。……ジョニーを置いてっ!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃここまで尽くしてるのにーっ!」
「ほほほ☆」
港湾貿易連盟との決戦のつもりで来ましたけど黒の派閥のお陰で随分と霞んで見えますわね、犯罪者達の組織。
格が下ってわけですわね。
ならば無理に潰す必要性もない。むしろ潰さずに利用すべきだ。
まあ、その前に裏切り者がわたくしの組織内にいるらしいですけど、まずは脱出ですわ。
黒の派閥と付き合いを深めるつもりはない。
「撤収ですわっ!」
夜の出航。
あいにく雲が出てきて満月は隠れてしまいましたけど星が美しい。そして夜の海の波間も風情がある。
……。
……そう。普通の状況ならっ!
出航から20分後。
突然空から襲撃者が現れてわたくし達が乗る船に対して攻撃を仕掛けてきた。
フェザリアンだ。
純白の翼を持つ有翼人フェザリアンは何代か前に皇帝が制定した殲滅政策により代々の皇帝一族に虐殺されてきた。
虐殺の最大理由は空が飛べるから。
つまり空が飛べるという事はどんなに堅牢で城壁を築こうとも意味がないという事。飛行能力がいずれは帝国に害をもたらすと皇帝は虐殺を続け今では
完全に滅亡したと思い込まれていましたけど、生き残りがいたんですわね。
その生き残りは黒の派閥、か。
気持ちは分かる。
帝国に対して叛意を示す為に黒の派閥に属したのは分かりますけど……わたくし達に祟る理由がどこにありますの?
何て迷惑なのかしら。
「くそぅっ!」
今回アルゴニアンの部族を仲間に引き入れるべく行動してくれた海中の牙が悪態を吐く。
甲板に出てフェザリアンと戦闘しているのはわたくしと彼だけ。
ああ、ムラージ・ダールというカジートは冷気の魔法で炎上している部分を消して回っている。その他の面々はオールを使って船足を速めようとしている。
完全にフェザリアンに捕捉されている状況であり実に面倒な展開だ。
ぼぅっ。
海中の牙が照明弾を放つ。
照明の魔法を彼が独自にアレンジした魔法だ。しかし夜の闇を全て削るほどの光量はない。結果としてフェザリアンを特定出来ない。
今回の作戦の為の抱き込んだアルゴニアンの部族が海中から襲撃して燃やした港湾貿易連盟の船は炎上しているのでそれなりに明るいもののやはり
天高く舞うフェザリアンまでその光は届かない。
「霊峰の指っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
当たれば1発で撃墜出来る。
当たれば、ですわね。
無駄ですわ。
トリッキーな動きのフェザリアンに当てれるとは到底考えられない。
アルケイン大学に何度か招かれて講演を開いた事もある高名な魔術である海中の牙は静かに首を振った。確かに無駄な魔力は使わない方がいいですわね。
攻撃に魔力を回すより防御に専念しないと。
それにしても面倒ですわー。
「ちっ!」
舌打ち。
フェザリアンは夜の空を自由自在に舞う。海上には港湾貿易連盟の炎上している船、海中の牙の照明弾、明かりはある。
だけど天高く舞うフェザリアンには光が届かない。
つまり。
つまり位置が特定できない。
「また来るぞっ!」
「まったく面倒ですわねっ!」
海中の牙の警告。
夜の闇を飛び交うフェザリアンから火球が放たれる。それは船の一定の距離にまで来ると無数の小さな火球に変質し船に降り注ぐ。
1発1発の威力はないに等しいけど属性は火。
船が炎上する。
「ムラージ・ダール、頼みますわっ!」
「やってるよっ!」
冷気の魔法で消火作業中のネコの魔術師。
航行不能なほどの損害ではないもののフェザリアンがどこまでも執拗に追撃してきた場合は沈没間違いなしですわ。フェザリアンはおそらく黒の派閥の
幹部であるイニティウムの1人ですわね。空が飛べるというだけではない、魔術師としての才能も格段に高い。
……。
……こういう異能集団を抱える黒の派閥が出てきたら港湾貿易連盟はそりゃ霞んでしまいますわね。
可哀想可哀想。
「海中の牙、魔力障壁を展開しますわっ!」
「船全体を防御は無理だぞっ!」
「無理でもやるんですわっ!」
「ええいっ!」
バジィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
再び降り注ぐ無数の火球を防御。
魔力が急激に消耗されていく。しかしここ敵を失うわけには行かない。フェザリアンは断続的に火球を降り注がせてくる。魔力障壁によるこちらの防御範囲
を知る為だろう、様々な角度から火の球を撃ってくる。
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
船が揺れる。
ちっ。直撃ですわっ!
船の左側には魔力障壁を張ってなかった。そもそも小型帆船とはいえ全てを魔力障壁で防御するのには無理がある。
沈没は時間の問題ですわね。
その時ユニオが船内から出てきてフェザリアンに魔法を放つ。……ああ。こいつも魔法が使えましたわね。なら早く手伝って欲しかったですわ。
「哭冥破(こくめいは)っ!」
黒い衝撃が夜の闇に消えていく。その後、それに答えるように火球が降り注ぐ。
当たらなかったらしい。
……。
……まずいですわね。完全にまずいですわねー。
この戦い、かなり分が悪い。
フェザリアン自体とのサシの勝負ならば問題はないんですけど……問題はここが船上だという事ですわね。わたくし達が相手の攻撃を避けたら船に
損傷を受ける。だから必然的に魔法で相手の攻撃を相殺、もしくは魔力障壁で防御するしかない。
相手にしてみれば的がでかい。
対するわたくし達は相手の動きを特定出来ないでいる。夜の闇もまた邪魔ですわね、相手が見えない。
海中の牙が照明弾を手から放つものの決定的ではない。
例え見えても変則的に空を舞う相手に攻撃魔法を叩き込むのは至難の業ですわ。広範囲魔法を放ったところで、広範囲に効果を及ばせる為にはその魔法
を何かにぶつける必要がある。その時初めて余波が生じる。しかし空には叩き込める障害物がない。
面倒。
面倒ですわ。
ユニオが憎々しげに呟く。
「あいつ自分の特性を理解している」
言うまでもないですわね。
あのフェザリアンは自分の能力や特性を理解した上で今のこの攻撃をしている。
能力や特性……。
「あっ」
そうですわ。
わたくしはわたくしで自らの特性を活かせばいい。
わたくしは誰?
わたくしは灰色狐、そして精霊使い。
ならばっ!
「海中の牙、わたくしに魔力障壁を集中してっ!」
「あんたにか?」
「ええっ!」
「分かったっ!」
その時、無数の火球がわたくしに降り注ぐ。別に私をピンポイントで狙ってるわけではないでしょうけどギリギリセーフですわね。
魔力障壁がわたくしを覆う。
心の中でわたくしは念じる、すると夜の闇を青白い光が飛び交うのが見えた。
青白い光は生命エネルギー。
灰色狐の仮面には永続的に強力な生命探知の魔法が掛けられている。念じれば生命探知が発動する。これで相手が見える。しかし相手は高速で飛び
交っている為に魔法で撃墜するのは至難の業。しかしそこは精霊使いとしてのわたくしの能力を活かせばいいだけの話ですわ。
「……」
深呼吸。
意識を集中する。あまり複数を召喚するとコントロールが甘くなりますけど10体ぐらいなら何とかなりますわね。
「炎の精霊っ!」
10体の炎の精霊を召喚。
船上に?
いいえ。
夜の闇を切り裂いて飛び交うフェザリアンの丁度真上に。
別にすぐ近くに召喚しなければいけないという法則はない。まあ、術者と召喚された者の距離が離れれば離れるほどコントロールは甘くなりますけど召喚系
のスキルを極めているわたくしにしてみれば問題ありませんわ。
炎の精霊は空が飛べませんので召喚してもすぐに墜落して海の中に落ちて果てるだろう。しかし墜落しつつも火の玉を相手に投げつける。
フェザリアン、突然空中に現れた炎の精霊の炎攻撃の洗礼を受けて炎上、そのまま落下。
暗い海に墜落した。
「ふぅ」
溜息。
戦闘とは発想の転換。それがあれば大抵は何とかなりますわ。
フェザリアンが死んだのかどうかは知らないけどこれ以上の追撃は不可能でしょうね。わざわざ死体を確認するというリスクは負わないで置こう。
黒の派閥の追撃を振り切るのが先決。
早々にこの海域から脱出ですわ。
フェザリアンの追撃を退けてホッと一息。
わたくしは船内にある一室で寛いでいる。大分疲れる戦いでしたわね。黒の派閥のイニティウムは洒落にならない強さ揃い。面倒ですわ。
港湾貿易連盟?
連中の追撃はないみたいですわね。
そもそも今回のグラーフ砦行きは港湾貿易連盟との決戦の為でしたけど黒の派閥の登場でランク外に転落。
ランク外、それすなわち興味が失せたという意味合い。
結局のところ港湾貿易連盟は所詮はただの犯罪者の寄せ集まりに過ぎない。ムキになるのも馬鹿らしくなりましたわ。決戦に対して醒めました。
まあ、決着はつけますわ。
だけどムキになって戦うつもりはない。決着の方法は既に考えてある。既にね。
「ふぅ」
ギシ。ギシ。
波で揺れる船内。わたくしは椅子に座って紅茶を飲んでいる。
今回は特別にジョニーも相対して飲んでいる。
今回は特別。
「ジョニー」
「はい?」
「クッキーもありますわよ、食べます?」
「い、いただきます」
「何を緊張していますの?」
「い、いえ。あまりにも今回はお優しいので何かいきなり不意打ちみたいなものが来るのではないかと……」
「何か言いまして?」
「い、いえ」
「まあいいですわ。それにしてもジョニーが宝物庫から持ってきた物は結構良い代物ですわね」
宝石の類。
指輪の類。
まあ、宝石や貴金属は歴史的な価値があるだけで魔力は宿していない。値打ちものですけどわたくしが欲しいものではない。もちろんせっかく手に入った
以上はコレクションに加えますけどね。
わたくしが欲しいもの。
それは魔力の帯びた装備。願わくばオブリビオンの魔王達が愛した、もしくは魔王達が作り出した魔王装備。
ジョニーが手に入れたショートソードは残念ながらそういう類ではなかったけど魔力は帯びている。柄のところにアイレイド文字でチルレンドと刻まれていた。
結構有名なショートソードですわ。
冷気の魔法が込められた一品。
チルレンドか。
良い物が手に入りましたわ。今後はこれを使うとしましょう。
「ジョニー。ご苦労様。肩でも揉みましょうか?」
「……」
「ジョニー」
「……」
「どうしましたの?」
「……やたら優しいので怖いんですけど……?」
「あら。今回運が良かったからあなたは助かりましたけど本来なら死んでいましたのよ? わたくしは無事を喜んでいる。おかしいんですの?」
「いえ。そういう意味では……」
「ジョニー。この戦いが終わったらジョニーにわたくしが結婚してあげますわ」
「……戦いが終わったら結婚するんだ、それって完全に死亡フラグですよね?」
「あら。鋭いですわね」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ死亡フラグ立ったのかーっ!」
「ほほほ☆」
グラーフ砦。内部。
犯罪結社の連合体である港湾貿易連盟が所有している拠点。しかし現在は黒の派閥が取り仕切っている。
犯罪結社と反乱組織が同盟?
そうではない。
要は黒の派閥が力尽くで制圧している状態。犯罪と反乱とではまったく意味が違う。規模が違う。港湾貿易連盟は格の違いを認識、喧嘩が売れないでいる。
だから。
だから黒の派閥が宝物庫を勝手に開き、立ち塞がった構成員全てを皆殺しにしても手が出せないでいる。
さすがに正面切って喧嘩は売れない。
シロディールの裏社会を牛耳る犯罪者などという面子など既に問題ではない。圧倒的な力の差を感じたアレン・ドレスは手を出すなと厳命した。
黒の派閥の構成員が宝物庫から宝を次々と運び出す。
その間、オークションに招待された面々はオークション会場に閉じ込められて震えている。
デュオスの命令で手出し無用となっている。
何故?
利用しようとしているのだ。招待された客は全て帝都の社交界の面々。黒の派閥は帝国の転覆を図っているのだとデュオスは社交界の面々に故意に
流した。彼ら彼女らが帝都に戻った際に言い触らすだろう。噂は一気に帝都全体を覆い尽くすに違いない。
噂を流す事で帝都の警戒を厳重にするのがデュオスの目的。
厳戒であればあるほど帝都の治安は強化される。その結果、市民は息苦しさを感じて帝国に対して反感を抱く。さらに反乱を警戒して帝都軍は帝都に留まり
続けるだろう。例え各都市で何か問題があっても帝都軍は動かないに違いない。帝都防衛第一という名目で救援要請が来ても黙殺するだろう。
そう。
デュオスがしようとしているのは帝国に対する信頼の失墜。
それが目的だ。
「若」
「何だ、ヴァルダーグ」
グラーフ砦内部。宝物庫の前。
せっせと宝を運ぶ黒の派閥の一般構成員を見ているデュオス、そして通路の先を指差すヴァルダーグ。その指の先にはビショビショの女性がいた。
足を引き摺る翼を持つ女性。
幹部であるイニティウムの1人で『空の女王』という異名を持つフェザリアンの女性のディルサーラ。
ヴァルダーグが信じられないように呟いた。
「ディルサーラ、まさか負けたのか?」
「見ての通りよ」
ヴァルダーグとディルサーラ。
基本的にソリが合わない2人ではあるもののお互いに力を認め合っている。そのディルサーラが敗北した。それがヴァルダーグには信じられなかった。
「撃ち落されたわ海の中に。あの狐女にぃーっ!」
「灰色狐」
「今度会ったらギッタンギタンにしてやるわっ! ……その前に羽根が癒えるのを待たなきゃいけないけどね」
「若」
「何だ?」
デュオスに向き直るヴァルダーグ。
生真面目なデュオスの懐刀は真剣な面持ちで進言する。
「灰色狐、やはり殺すべきです。ジャフジールはイニティウムに繰り上がったもののあくまで末席、数合わせ。しかしディルサーラはそうではありません」
「何が言いたい?」
「すぐに灰色狐は殺すべきです。いいえ、奴だけではありません。フィッツガルド・エメラルダ、アイリス・グラスフィル。この両名を消すべきです」
「そいつらにも幹部が2人消されたからか?」
「はい。炎の紡ぎ手サクリファイス、鉄壁の鬼人グレンデル、この両名の戦死は……」
「もういい」
「しかし」
「もういいと言ったんだ。黙れ」
「分かりました」
「明るく考えようじゃないか。ヴァルダーグ、展開を楽しめ。この程度でガタガタ抜かすようでは帝国打倒は出来んぞ? 世界最強の勇者のお前がうろたえるな」
「申し訳ありませんでした」
「深遠の暁の連中とぶつけてやればいい。それで帳尻合わせが出来る。宝の詰め込みを急がせろ。撤退するぞ」
「御意」