天使で悪魔






3人組の実力





  見た目で侮ってはいけない。
  実力は見た目とは無関係なのだから。






  「くくく」
  「くっ!」
  黒の派閥の総帥デュオス登場っ!
  何なのこの展開っ!
  完全に予想外の展開ですわ。
  完全に想定外の展開ですわ。
  さすがにこいつが出張って来るという流れは考えてすらいなかった。
  おそらくこいつがいるのだから黒の派閥の幹部や構成員も乗り込んで来ているのだろう、この島に。
  面倒。
  面倒ですわー。
  今回の目的はお宝の強奪。それはシャイア財団の強化、港湾貿易連盟の没落、そしてわたくしの能力の増強の為のお宝強奪。特にわたくしの強化の
  最大の理由は黒の派閥への報復の為。既にカジートの指輪を手に入れましたけど、まだ足りない。つまり準備がまだ出来ていない。
  いきなり総帥が出てきた。
  これはなかなか厄介な展開ですわね。
  だけど当面はデュオスのみ。
  雑魚はともかく幹部クラスが側に侍っていないのは楽ですわ。
  幹部はイニティウムという称号でしたっけ?
  それがいないだけマシだ。
  さて。
  「デュオス、まさかここで会えるなんて思ってませんでしたわ」
  「ここの犯罪者どもが面白い魔剣を持っていてな」
  「魔剣?」
  「本部でごろごろしてるのも性に合わんのでな。暇潰し程度の気持ちでここまで来たが……くくく、少しは楽しくなりそうだぜ」
  「あら。それはよかったですわね」
  「くくく」
  じり。じり。
  わたくしは微笑を浮かべつつも数歩後退する。
  怖い?
  怖いですわ。
  何しろデュオスはある意味で不死身状態。魂をあの魔剣に封じてある。つまり剣を砕く、もしくは剣をあの体から少しでも離せば死ぬ。しかしデュオスの力量
  を考えればそれが容易ではないのは確実。わたくしも剣は得意ですけど桁が違う。かといって魔法で勝負しても奴には魔法が効かない。
  ちっ。
  こんなタイミングでデュオスが出張って来るとはね。
  まだわたくしの強化は中途半端。
  どうする?
  どうしましょう?

  「テイナーヴァ、剣を貸して」
  「1人で大丈夫か?」
  「充分だよ」
  「そうか。気をつけろ」

  アントワネッタ・マリーという名の金髪少女はトカゲからショートソードを借り受けてわたくしの前に立つ。
  武器は2本のショートソード。
  1本は鞘に納まったまま腰に差している、1本は抜き身のまま左手で持っていた。
  左利き?
  それにしても1人で立ち向かう気ですの?
  馬鹿げてるっ!
  当然ながらデュオスの実力を知らないからこういう無謀な行動になるのでしょうけど、これは完全なる無謀ですわっ!
  デュオスもそれを感じているらしい。
  身の程知らずめ、というニュアンスを含めて呆れたように笑みを浮かべている。
  「ちょっとっ!」
  「あたしがあいつ殺すね。久し振りの獲物だなぁ」
  「勝てませんわ、あいつにはっ!」
  「何で?」
  「何でって……」
  「あたしの戦闘見た事ないでしょ?」
  「それはそうですけど……」
  「じゃあ見せてあげる」
  微笑。
  微笑した彼女の顔は怖くなるほど冷たかった。冷徹な笑顔。
  ……。
  ……この子、本気で何者ですの?
  素人ではないだろう。
  堅気ですらないかもしれない。
  殺し屋?
  そうかもしれない。
  「いっくよーっ!」
  タッ。
  床を蹴ってまっすぐに間合いを詰める金髪少女。
  ストレート過ぎるでしょ、その行動っ!
  やれやれ、そう言いたそうな顔でデュオスは腰の魔剣を引き抜こうとする。その動作の瞬間、金髪少女は速度を上げた。速いっ!
  「はあっ!」
  「下らんな」

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  左手で振るったショートソードを弾くデュオス。
  金髪少女はその瞬間、右手で腰のショートソードを引き抜いて一閃。デュオスの喉元を切り裂いた。デュオスは驚愕の顔で後ろに仰け反る。
  ええーっ!
  デュオスは肉体的には死なないけど、わざわざ斬られる意味合いはないだろう。相手を好い気にさせる為にわざと斬られたという展開もなくはないけど
  今回は本気で斬られているんだと思う。何故ならデュオスの顔に驚愕の色が浮かんだからだ。

  ブンっ!

  喉を斬られながらもデュオスは魔剣を振るう。
  バッ。
  金髪少女は大きく後ろに飛び下がる。
  その時、援護するようにトカゲがナイフを投げる。そのナイフはデュオスの額、胸、腹に3本的確に突き刺さる。さらに大きく飛び下がり金髪少女の投げた
  ショートソードは太股に突き刺さった。さすがにその場に膝を付くデュオス。
  憎々しげに奴は叫ぶ。
  「貴様ら俺様を誰だと思ってやがるっ!」
  「氷の壁っ!」

  カチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  ネコ、魔法を発動。
  瞬時にデュオスは氷付けとなる。デュオスだけではない、デュオスから二メートルほどの範囲が氷付けとなった。狭い通路だから完全に行き止まりとなった。
  ……。
  ……えーっと。
  何なんですの、この集団。
  わたくしの出番完全になしですわね。
  スルー?
  スルーですの?
  黒の派閥の総帥がこうも呆気なく戦闘不能になるとは実に意外だ。まあ、デュオスは基本的に不死ですから氷付けになっても死にはしないだろうけど実に
  驚きの結末ですわね。大金積んでこの者達を雇おうかしら?
  ネコは自慢げに言う。
  「この氷は魔法でなければ溶けないんだ。君はこいつの事を知っているようだけどこいつは魔法を使うかい?」
  「いいえ。使えませんわ」
  少なくとも使ったところは見てない。
  多分使えないのだろう。
  多分。
  氷付けのデュオスを見る。
  「お互いに意外性に満ちた結末でしたわね、デュオス」
  総帥はカチンコチン状態。
  このままデュオスには氷付けでいてもらうとしよう。対決は次回に持ち越しですわね。
  それにしても宝物庫への通路が氷で通行不能となってしまいましたわね。
  別ルートで進むか?
  それとも撤退?
  ……。
  ……ふむ。
  黒の派閥が乗り出してきた以上、港湾貿易連盟なんかどうでもいいですわ。
  アレン・ドレスはオークションを餌にわたくしとの最終決戦を望んでいたようですけど黒の派閥がこの島にいる以上は格下の組織でしかない。
  海上封鎖?
  海上要塞?
  どちらも黒の派閥に比べると色褪せてしまう。
  港湾貿易連盟の総帥であるアレン・ドレスは自分の事を稀代の悪役だと思っているのかもしれませんけど、誰もあんな奴に注目なんかしていない。所詮あの
  ダンマーはただのチンケな犯罪者の親玉でしかない。この国の歴史に影響を与えるほどの存在ではない。
  わざわざ相手をするのも面倒。

  「で、殿下?」

  ちっ。
  背後から、つまりわたくし達が来た方向から声がした。振り返るとそこにはネコが3人いる。
  殿下とデュオスの事を言うのだから黒の派閥だろう。
  ネコの1人が叫ぶ。
  多分こいつがリーダー格。
  「貴様何をしたっ!」
  「わたくしは何もしていませんわ」
  「貴様を殺し殿下を解放するっ!」
  「どうぞご自由に」
  「俺の名はジャフジール。イニティウムの1人『地獄の猫』とはこの俺の事よっ! 我が剣技の前に果てるがいいっ!」
  「地獄の猫ねぇ」
  怖いんだか可愛いんだか分からない異名ですわね。
  「あんた、気をつけろ」
  「気をつける?」
  テイナーヴァというトカゲが忠告してくれる。
  「何を気をつけるんですの?」
  「ジャフジールという名は知っている。剣術に長けた有名な傭兵だ。傭兵集団ヘルズ・キャッツの副団長であると同時に元ブラックウッド団の副団長でもある」
  「へぇ」
  ブラックウッド団の反乱騒ぎは知っている。アルゴニアン王国の援助で蜂起しようとしていたらしい。
  副団長ね。
  だとすると団長リザカールの腹心か。
  当然ながら面識はなかったですけど卓越した剣の腕の持ち主なのは知っている。
  どういう経緯で黒の派閥に加わり、どういう経緯で幹部であるイニティウムの1人になったかは知りませんけど妙な巡り合わせですわね。
  「来い、女っ!」
  「霊峰の指」
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「ふぅ」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  手下諸共吹っ飛ばす。
  消し炭ですわ。
  剣で勝負?
  そんな事はしませんわ。
  相手が剣術に長けているからといってわざわざわたくしも剣で勝負する理由などどこにもない。魔法で吹っ飛ばして終わりですわ。
  ほほほ☆
  「どうなさいましたの、トカゲさん?」
  「……あんたフィッツガルドに似て容赦ないな……」
  「それが誰かは知りませんけど撤収しますわよ。展開が面倒になってきたので宝物庫はやめにします。あなた達はどうします?」
  「あたし達も帰ろっか」
  金髪少女の提案に頷く2人。
  撤収用の船の拿捕はスクリーヴァが雇い入れたアルゴニアンの部族が今頃は完遂しているだろう。海中から港湾貿易連盟の一隻の船を急襲、制圧、拿捕。
  その船でわたくし達は脱出する。
  そういう手筈。
  まあ、宝物がゲット出来なかったのは痛いですけど仕方ない。
  ジョニーとユニオ?
  2人も素人ではないので空気読んで撤収準備をしているだろう。……多分。
  「撤収ですわ」





  10分後。
  氷は溶けていく。黒衣の男の手から発せられる炎で氷は溶けていく。
  捕らわれていた男は忌々しそうに呟いた。
  「くそっ! この俺様があんな名の知らぬ3人組にしてやられるとはなっ!」
  「無事で何よりです、若」
  「ヴァルダーグ。首尾はどうだ?」
  「宝物庫を襲撃しましたが若がお望みでした魔剣は存在しませんでした。おそらくはガセネタだったのではないかと」
  「パラケルススの魔剣はなかったと?」
  「はい」
  「ふむ。まあ、いい。軍資金にはなる。全て回収して船に積み込むように命令しろ」
  「招待客はどうしますか?」
  「構わん。無視しろ」
  「はい」
  ヴァルダーグは恭しく頭を下げた。
  既にこの砦の主要部は黒の派閥の部隊によって制圧された。邪魔をした港湾貿易連盟の手下は全て排除された。しかし黒の派閥にしてみれば犯罪者
  どもなど眼中にない。邪魔しない限りは排除していないしこの砦を制圧する意思など毛頭ない。敢えて皆殺しにする意思すらもない。
  何故?
  眼中にないからだ。
  ここに乗り込んできたのはデュオスが所望する魔剣の為。しかしそれはガセネタだった。それでもわざわざ乗り込んで来たのだから戦利品として宝物を奪って
  撤退するつもりでいる。そして圧倒的な力の差を見せ付けられた港湾貿易連盟は阻むつもりすらなかった。
  「ところで若。ジャフジールの姿が見えませんが?」
  「そこに灰があるだろう」
  「はい」
  「それがジャフジールだ」
  「誰が殺ったんですか?」
  「灰色狐さ」
  「やはりあの時、確実に殺しておくべきでした。すぐさま指示を出します。船で逃げようとしてもそうはさせない。空の女王に追撃させます」
  「好きにしろ」