天使で悪魔






オークション






  策を弄するのが自分だけだと思ってはいけない。
  自身だけの専売特許ではないのだから。





  グラーフ砦。
  それはニベイ湾に浮かぶ孤島に存在する砦の名前。
  一昔前は海賊の拠点、最近は人間狩りの舞台、そして今は港湾貿易連盟が所有する孤島となっている。今回のオークションの舞台でもある。
  何故こんな孤島を元老院から買い取ったのか。
  1つは孤島だから、かしらね。
  他所からの介入が基本的に遮断出来る。そしてもう1つは島に位置だろう。島を買い取り、海上要塞張りの物々しさを見せ付ける事でこの近海を通る船舶を
  威圧するのが目的だろう。さらに言うのであれば他の海運業者の邪魔が出来る。ドレスカンパニーは貿易を一手に握れる。
  おそらくはそんな感じ。
  さて。
  「ふぅ」
  わたくしは溜息を吐く。
  従者としてこの島まで付き添ってきたユニオは別室待機。別にユニオだけではなく従者は全員、別室待機だ。わたくしは、いや、正確にはオークションに参
  加した貴賓達はオークション会場であるグラーフ砦内部にいる。
  従者は砦の外、つまりドレスカンパニーがここを買い取り、大々的な補修をした際に砦に隣接させる形で新規に作った建物の中にいる。
  なかなか上手い手ですわね。
  ドレスカンパニーはこのオークションに盗賊ギルドが介入してくる事をおそらく察している。
  従者との分断、なかなか上手い手ですわね。
  それにしても……。

  「金貨10000枚、10000枚でいいですか? ……ではアイレイド時代のソマール宝石、10000枚で落札ですっ!」

  現在オークション中。
  招待された貴賓達100名分の美麗な文様の椅子がきっちりと用意され、100名全員が座っている。わたくしもその1人。
  全員が全員、着飾り、そして仮面を被っている。
  仮面舞踏会でもやるのかしらね。
  ともかくそういう趣向だそうなのでわたくしも仮面を被っている。
  灰色狐の仮面をね。
  悪趣味?
  悪趣味かしら?
  まあ、ドレスカンパニーは灰色狐が出張ると思って警戒しているわけだから期待に応えてあげなければね。
  サービス精神ってやつですわ。
  「ふわぁぁぁぁ」
  欠伸。
  欠伸を噛み殺す事すらわたくしはしない。右隣の貿易商の紳士、左隣の貴族の令嬢は露骨に眉を潜める。
  不謹慎かしら?
  まあ、ここにいるメンツは基本的に帝都社交界の常連。美麗さや華麗さを追及する面々。欠伸は不適切なのだろう、きっと。
  それにしても退屈ですわ。
  港湾貿易連盟が今回オークションを大々的に宣伝&開催したのは資金確保の為。何しろわたくし達盗賊ギルドが金貨1000000枚以上強奪してしまったの
  で連中の資金はジリ貧。オークションで金持ち連中から吹っ掛けようって腹ですわね。
  金持ち達から強制的に有り金没収?
  それはないですわね。
  今回のオークションは大々的に宣伝してた、帝都の社交界メンバーがほぼ全員ここにいる、その状況を考えるとそれはない。さすがにそれをすると帝都軍も
  黙ってないだろう。元老院に献金したところでそこまでの罪は隠し切れないし、そこまで港湾貿易連盟も馬鹿ではないはず。
  それに手持ちのお金、ありませんし。
  オークションの支払いは信用取引であって現金の持ち合わせは皆無。つまり後で自宅にお届け、その時に代金徴収、そういう制度。
  さすがに金貨で万単位は持ち運べませんわねぇ。
  だから。
  だから客の有り金目当てではない。
  あくまでオークションでまっとうに稼ぐ(商品の出所はともかくとして)のが目的であり、そしてオークションに乱入してくるであろう灰色狐待ち。
  連中の目標はその2つだろう。
  今のところ連中の両方の目的は叶ってる。わたくしはまだ動いていませんけど、灰色狐は確実に潜入してますわ。
  おめでとう。
  ……。
  ……もちろん、その後の展開はわたくし好みにさせていただきますけどね。
  わたくしはリード出来る大人の女性。
  展開もリードさせて頂きますわ。
  ほほほ☆
  「ふぅ。退屈ですわ」
  正面には演壇があり司会者が商品名の読み上げ、説明、競りの開始値段を告げている。既に商品は五つほど競られているけど大した盛り上がりではない。
  金額もショボイ。
  盛り上がりに欠けるオークションですわねぇ。
  まあ、分かる気もする。
  グラーフ砦は上にではなく基本的には下に伸びている砦。オークション会場は地下で空気は陰鬱としている。そして港湾貿易連盟の完全武装の兵士がこの
  室内の外、つまり廊下を金属の音をさせながらガチャガチャと歩いている。盗賊ギルドを警戒しての布陣なんだろうけど逆効果ですわね。
  少なくともオークションには相応しくはない。
  「ふわぁぁぁぁ」
  生欠伸。
  退屈ですわ。
  別にオークションをする為にここに来たわけではないから、オークションなんぞどうでもいい。
  貴賓は会場、従者は別棟待機。
  つまり。
  つまり完全に分断、隔離されている。港湾貿易連盟が目論んだ通りの展開。そこが、狙い目となる。連中の前提は『盗賊ギルドの人間は2人』という想定から成
  り立っている。しかし実はそうじゃない。ジョニーが透明化して入り込んでいる。彼の目的は目ぼしい商品の確保。
  上手い事やっているといいんですけどね。
  やってなかったら?
  お仕置きですわ☆
  ほほほ☆
  「……眠いですわ」
  寝る?
  寝てしまう?
  それはそれでいいかもしれない。今回のオークションの商品、買うのではなく盗むが前提ですから無駄に労力を使う必要はない。
  瞳を閉じる。

  「次の商品の紹介です。次は南朝時代の置物です。金額は3000から始めます。……おおっと、これは総帥」

  ん?
  司会者の声が動揺に変わる。
  ざわり。
  会場内もざわめいた。
  何ですの?
  わたくしは瞳を閉じて演壇を見る。マントで全身を包んだ人物が演壇に立っていた。妙な仮面を被っている。
  銀色の何かの顔が刻まれた仮面。
  何あれ?
  ぷっと吹き出しそうになるものの、それは拍手と歓喜の声に掻き消された。
  わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっと盛大な声が響き渡る。
  はっ?
  何故ですの?
  あんなダサい仮面を被った奴に拍手喝采する意味が分からない。
  司会者は慌てて椅子を演壇に用意し、仮面の人物は鷹揚に頭を下げてその椅子に座った。淑女は顔を紅潮させ、紳士もまた熱っぽい顔をしている。
  そして……。

  「10000枚っ!」
  「俺は15000だっ!」
  「その3倍出すわっ!」

  な、なんですの?
  仮面の男の出現と同時に突然会場内は熱気に包まれる。はっきり言って法外な金額にまで既に到達してる、わずか数秒でだ。
  基本金額は金貨3000枚なのに、おかしいですわ。
  まるで理性を失ってる?
  いえ。
  理性はある、ただしそれが制御出来ていない。理性を抑え切れていないのだ。
  これは魅了?
  「ふぅん」
  仮面の男の出現と同時に興奮冷めやらぬ展開に発展した会場。
  魅了の魔法か。
  そしてその出所はあの仮面なのだろう。
  ……。
  ……そう考えるとあの仮面は見覚えがありますわね。わたくしがしているカジートの指輪、灰色狐の仮面、どちらもオブリビオンの魔王の伝説級アイテム。
  他にも伝わっている魔王アイテムも調べ尽くした。
  何故?
  わたくしの能力の強化の為だ。
  そして奴がしているのも魔王のアイテムだ。確かクラヴィカスの仮面。魔王クラヴィカス・ヴァイルの所有物で他者を魅了する効果があるとされている。
  なるほど。
  それでオークションの紳士淑女が突然盛り上がったわけか。
  高額で競り落として良いところを見せたいのだ、魅力的な仮面の男に。わたくしに魅了が効かないのは魔王ノクターナルの加護を持つ灰色狐の仮面の力で
  相殺しているからだろう。だとしたら全てが頷ける。
  ふん。小細工ですわね。
  魔道の遣い手を甘く見ると痛い目を見ますわよ。
  「300000、ですわ」
  会場が鎮まった。
  最低金額3000の物に対して300000で落札。魅了で我を忘れている紳士淑女もこれには度肝を抜かれたらしい。当然ですわね。
  パチパチパチ。
  演壇の仮面の男は拍手、それから司会の者に何かを耳打ちしてから立ち上がり、部屋を後にした。
  司会は高らかに叫ぶ。

  「ただいまの商品、300000で落札ですっ! ……それと300000で落札した淑女の方、総帥が晩餐を共にしたいと言っております」

  「分かりましたわ」
  総帥、か。
  つまりあれが港湾貿易連盟の総帥、そしてドレスカンパニーのボスなのだろう。今回の目的は相手の組織の身包みを剥ぐ事。しかし可能であるのであれば
  総帥をHITしてもいいですわね。そうすれば今後が楽なわけですし。
  晩餐の趣旨?
  おそらくわたくしが灰色狐だと狙いを付けたのではないかしら。洒落の一環とはいえ灰色狐の仮面してますし(笑)。
  まあ、相手が気付いたのであれば金額でしょうね。
  貴賓達の素性は調べ尽くしているはず、そしてわたくしが子爵なのは承知しているはず。たかが子爵程度に300000は普通は出せない。ただし港湾貿易連盟
  から金貨にして1000000枚を強奪していれば話は別ですけどね。ポンと軽い気持ちで競り落としましたけど相手に特定されたかもしれない。
  もちろんそれならそれでいい。
  退屈な展開がこれで少しは楽しくなる。それだけの話ですわ。





  その頃。
  グリーフ砦にある薄暗い地下牢。その牢獄の中。
  「あんたも運が悪いねぇ、トカゲさん」
  「ひぃっ!」
  赤いトカゲが拘束されて牢獄の中に転がされていた。足枷と手錠、完全に拘束されている。
  その者の名はジョニー。
  アルラの従者であり良き理解者……だと思う、うん(苦笑)。
  ともかく。
  ともかくそのジョニーは拘束されていた。
  他に牢獄にいるのは2人。
  「こいつを殺すよ」
  「殺すのは誰がするんで? 同族はちょっと……」
  「腰抜けだねっ!」
  「す、すいません」
  1人はアルトマーの女、1人はアルゴニアンの男性。立ち位置や口調から察すると女性の方が立場が上のようだ。
  手にはショートソードが握られている。
  抜き身だ。
  刃が牢獄内のわずかな照明として使用されているロウソクの光に照らされた。
  この2人、港湾貿易連盟に所属する構成員。
  つまりはチンピラ、ゴロツキ、エトセトラエトセトラ。呼び名はともかくとして犯罪者。2人は命じられた、盗賊ギルドの内偵者を殺せと。
  透明化していたもののジョーには発見、拘束された。
  何故?
  透明化したとしても存在そのものが消滅したわけではない。体温も呼吸音もある。生命探知という魔法を用いればその位置は把握出来る。ただし魔法には
  永続的に効果が続くものは存在しない。つまり定期的に魔法を発動する必要性がある。もちろんこの砦には大量のオークションの品物、宝物がある。
  だから生命探知の魔法を定期的に、それも砦内をくまなく張り巡らせるだけの術者を揃える必要性はある。
  だけどそれは警備の為だけ?
  ジョニーはたまたまそれに引っ掛かった?
  女は笑う。
  「あんたらの行動は筒抜けなんだよ。逐一報告されてるんだ。裏切り者がいるからね、あんたらの中に。あの女が灰色狐なのも分かってるしあんたの行動
  もばれてた。全ては計画通り。そうっ! 全ては灰色狐をここに招き寄せる為に画策されていたのよ。あの男はよく働いた、実によく働いたわっ!」
  「あの男って……」
  「答える義理はないね。例え冥土の土産でもね。さてさて総帥があんたの首をお求めよ。晩餐の為にね。さあ、死ねっ!」
  そして……。






  ニベイ湾に夜の闇が包みつつあった。
  無数の船が浮いている。
  港湾貿易連盟の船だ。表向きはグリーフ砦に招かれている招待客の安全を守る為に、つまり徹底した警備体制を敷いているという事になっているものの
  実際には盗賊ギルドの面々を外部から入れない為であり、内部から灰色狐を逃がさない為の海上封鎖だった。
  そんな中、黒塗りの一隻の船がゆっくりと近付いている。
  夜の闇に紛れて誰にも気付かれていない。
  夜の闇に紛れて……。