天使で悪魔
孤島への出航
義賊には義賊の流儀がある。
貴族には貴族の流儀がある。
わたくしはそれを守るだけだ。それが信義であり信条。
ここで今までの流れのおさらい、ですわ。
復習&補足ですわね。
テストに出ますわよ。出題範囲を教えられても不正解の人にはジョニーと同じ末路ですわよー☆
ほほほ☆
《港湾貿易連盟》
ドレスカンパニーを母体としたシロディール全域を取り仕切る犯罪結社の連合体。
加盟組織は表向きは善良の仮面を被っている。
奴隷売買、禁制品の密輸、麻薬、売春、殺人、放火、おおよそ金貨に繋がる事には反射的に手を出す典型的な犯罪者の集団。
帝国による犯罪捜査は行われない。
基本的には見て見ぬ振りをされている。何故ならば軍上層部と元老院に対して多額の献金をしている為だ。
今までは誰も手を出さなかった。
今までは。
加盟組織は概ね海路を使って密輸品等の売買をしているので貿易会社を装っている場合が多く、多数の船舶を保有している。
ブラックウッド団が反乱の為に必要な武具を港湾貿易連盟を通して入手しようとしていた事もある。
《ドレスカンパニー》
ダンマーであるアレン・ドレスが総帥の犯罪結社。
港湾貿易連盟の盟主組織であり、連合を組まなくとも単独でシロディール最大規模の組織の規模を誇っている。
モロウウィンドの犯罪結社カモナ・トングと太いパイプを持っており、その組織を通してのスクゥーマ売買で荒稼ぎしている。
《アレン・ドレス》
ドレスカンパニーの若き盟主。
冷酷で冷徹。極めて合理的な頭脳を有しており、情では動かない。裏切り者であった叔父のヴァレン・ドレスを冷徹に暗殺した。
犯罪結社の連合体の元締め。
極めて美しい容姿が逆に犯罪者の親玉として相応しくないというトラウマを抱えており各組織のボス以外の前には姿を現さない。
《グラーフ砦》
ニベイ湾に浮かぶ孤島にある砦。
元々は海賊の拠点、その次には人狩りの舞台、そして現在はドレスカンパニーの所有物。
元老院から正式に購入。
その後に莫大な財力を投じて砦に改修と補修を施して荘厳にして大規模な砦を構築、港湾施設を拡充させる事により船舶の長期の停泊を可能とした。
現在は海上要塞と化している。
何故そのような要塞をこしらえた真意は不明のままではあるものの、グリーフ砦を大規模化させる事により海上封鎖させて海路を押さえて他の海運業
者を威圧するのが目的ではないかという憶測が飛び交っている。
《盗賊ギルドとの関係》
先代の灰色狐は基本的に無関心。
ただアンヴィルで港湾貿易連盟が画策した時には徹底的に潰してきた(先代灰色狐の正体がアンヴィル伯なので地元での犯罪を嫌った為)。
現在の灰色狐は断固として徹底抗戦の構えで行っている。
大規模な抗争に発展しているものの、基本的に盗賊ギルドは正体と全容が判明していない為に港湾貿易連盟は後手に回っている。
盗賊ギルドは犯罪組織を潰しては資産の没収、さらに元老院や軍部との癒着を暴露。
次第に港湾貿易連盟は基盤を失いつつある。
帝都。
ダレロス邸のわたくしの自室。そこに1人のカジートが見慣れぬアルゴニアンを連れてきた。
まあ、トカゲの見分けは出来ませんけど。
カジートはスクリーヴァ。
盗賊ギルドの参謀でありシャイア財団の大幹部。序列を見るとわたくしの次になる。つまりNO2としての立場。このネコが問題を持ち込んだ。
「問題が起きました、グレイフォックス」
「問題が起きた?」
「はい」
カジートの淑女、頷く。
問題、ね。
今日はグラーフ砦でオークションがある。ドレスカンパニーが大々的に行うオークションがある。
貴族、富豪、著名人。
つまりお金と名声を持っている面々が招かれている大規模オークション。
定員は100名。
わたくしはシャイア財団の総帥であると同時に元老院に叙任された子爵。そして生まれながらに名門シャイア家の血筋……愛人の娘ですけどね。
ともかく。
ともかく家格を考えても財力的に見てもわたくしは超一流。
招待状は入手してありますわ。
もちろん正規ルートでね。
そして今日はオークションの日。グラーフ砦まではドレスカンパニー保有の船で行く事になっている。ドレスカンパニーは表向きは貿易会社なので
招待客達は何の疑いもなく乗り込めるわけですけど、わたくしは少し抵抗がありますわねぇ。
従える従者は1人だけ。
そう決められている。オークション参加する為のルールとなっている。
ユニオを選定した。
人斬り屋はわたくし暗殺の為にドレスカンパニーに雇われていた。彼を選ぶのは、選定的に問題がありますわね。ユニオは元老院の元捜査官、隠密
にも長けていますし戦闘もこなせるオールマイティさが使えると思って選んだ。
さて。
「どういう事ですの、スクリーヴァ?」
「連中への船への細工が出来ませんでした。アーマンドがそう泣き付いてきましたよ」
「ちっ」
軽く舌打ち。
今回のオークション、ドレスカンパニーは大々的に宣伝し過ぎてる。
わたくしが推測するとこれは灰色狐の誘き出し。今まで港湾貿易連盟の施設に対する襲撃には灰色狐、つまりわたくしが先頭に立って行動していた。
それは港湾貿易連盟側も把握しているはず。
動くと思っているのだろう、今回も灰色狐自身が。まあ、確かに動きますけどね。
場所は孤島。
ルールとして入島が出来るのは従者1人だけ。
孤島にわたくしの手勢を入り込ませるのは実質的に不可能。つまりわたくしは袋の鼠……いえ、袋の狐となるわけですわね。
灰色狐の炙り出しが前提なのは確かだろう。
……。
……まあ、それとわたくし達が最近連中の資産を抑えましたので、資金稼ぎという面も純粋にあるでしょうけどね。
いずれにしても危険な場所なのは確か。
それに対する小細工として相手さんの船に爆薬を仕掛けようと思ってましたけど……失敗か。
さてさて、どうしたもんか。
「スクリーヴァ、それで貴女はどうしたいのですの? 何か手が合って来たんでしょう?」
「はい」
「披露して貰いたいですわね」
「御意のままに」
ネコの淑女は恭しく一礼、背後に控えるアルゴニアンに頷いた。
誰なのかしら?
見た感じでは女性。
いえ、トカゲの性別は見分けられませんわ。ヒヨコの性別の見分け方よりも難しいですわ。女性と分かったのは服装からだ。
初対面だろう。
多分ね。
挨拶をするとしよう。
「わたくしがシャイア財団のアルラ・ギア・シャイアですわ。御機嫌よう」
「トビウオ師匠を見た者はいるか? 銀色の水面を滑るように泳いだり、壁に張り付いて音も立てずに影のように暗闇に忍び寄っている彼女を?」
「はっ?」
「見た事はあるか?」
「い、いえ」
「ただの伝説、ただの噂話、トビウオ師匠は都市伝説のように語られる。実在しないのか?」
「さ、さあ」
「いいや、ここにいるっ! 隠密技術の達人、トビウオ師匠その人がっ!」
「……」
何者ですの?
何者ですのーっ!
思うのはただ1つだけ。何て濃いキャラなのかしら。
トビウオ師匠と称する彼女の名乗りは格好良いですけどまったく意味不明。ただ隠密技術の達人とか言ってますから当然隠密向きなんでしょうね。
彼女をグリーフ砦に潜入させるのかしら?
スクリーヴァに視線を移す。
「彼女を使う気ですの?」
「正確には彼女は海中の牙という魔術師と懇意なんですよ」
「海中の牙」
知ってる。
魔術師としては有名なトカゲですわ。何度かアルケイン大学に特別講師として招かれていた人物ですわ。面識はありませんけど。
「ではトビウオ師匠を通じて海中の牙を使う気ですの?」
「正確には海中の牙はツテ」
「……?」
「ヴェヨンド洞穴にアルゴニアンの1つの部族が住んでいます。海中の牙はその部族と懇意です。その部族を使いたいと思ってます」
「ふぅん」
裏を掻きましたわね、スクリーヴァ。
港湾貿易連盟はオークションの舞台を孤島に選んだ。ニベイ湾に浮かぶ孤島に。
海上には多数の船舶が配置されている。
つまり。
つまり完全なる海上封鎖。
でも海中は?
トカゲは水中呼吸が出来る、海中は彼ら彼女らの領域。
そうか、アルゴニアン。
その手がありましたわね。
トビウオ師匠→海中の牙→ヴェヨンド洞穴のアルゴニアン、その流れで交渉を進めるつもりらしい。
「動かせますの、スクリーヴァ?」
「それなりの資金と待遇が必要ですが」
「資金は分かりますわ、報酬と経費ですわね。待遇とは?」
「ヴェヨンド洞穴に潜むアルゴニアン達の部族はブラックマーシュのアルゴニアン王国の命令に背いた者達です。世間的に表に出れない」
「だから隠れている?」
「はい」
「それで何が目的ですの?」
「仕事が欲しいと」
なるほど。
身の保証を確保してあげる必要があるわけですね。それが部族の要求になるとスクリーヴァは見ているのだろう。
今回の作戦の役に立つのであれば安い報酬だ。
「手を貸してくだされば成否に関らずシャイア財団のメンバーとして組み込みますわ。衣食住は保証します。もちろん無銭飲食ばかりは許可しま
せんわ、毎日与えられた仕事で働いてもらいますけどね。それで問題はありますか?」
「いえ。要は市民としての待遇が欲しいわけですから問題はないでしょう」
「ではすぐに動いてください。わたくしは今から船旅、早急に交渉を」
「御意のままに」
「では御機嫌よう」
三時間後。
わたくしは船の中にいた。ドレスカンパニーが用意した船だ。
表向きはまっとうな会社。なのでその他大勢の賓客達はリラックスそのもの。船旅を楽しんでいる。
「ふぅ」
甲板に出て潮風を楽しむ。
従者としてボズマーがわたくしの後ろにいる。ユニオだ。
彼は平服、腰には一振りのナイフ。
服装はドレスをわたくしは纏っているものの、武装はわたくしも同じ。
これが規定。
護身用の武器はナイフまでと主催元に決められている。つまりドレスカンパニーにね。わたくし以外の参加者&従者も同じ装備。その他大勢は犯罪
結社の巣窟とは知らないから楽しげですけど、わたくしとしてはさほど楽しくはない。
自ら飛び込む。
自ら飛び込む危険ではあるものの楽観はしてない。
唯一の武器は正体がばれていない事ですわね。もっともわたくしは現在、灰色狐の仮面を被っている。
気が触れた?
いいえ。
仮面装着というのも規定。仮面舞踏会のノリかしらね。従者であるユニオも木製の仮面を被っている。
別に灰色狐に拘る必要はなかったんですけど、まあ、相手の神経を弄くる程度はしたい。大人の遊び心というやつですわね。
……。
……それにしても仮面。
何の意味が?
今回のオークションに当たって色々と調査した。その調査の1つにドレスカンパニー総帥は美男過ぎるのがトラウマらしいというのが判明している。
どうもボスとしての容姿ではないらしい。美し過ぎるからボスとして相応しくないとか思ってるようだ。
ある意味で贅沢な悩みですわね。
まあ、もしかしたら仮面装着はそれが関係しているのかもしれない。
全員が仮面装着ならホスト役であるアレン・ドレス自身も仮面装着しても問題はないし非礼もない。灰色狐もしくは盗賊ギルドの誘き出しの側面を持つ
オークションではあるものの、より純粋に資金稼ぎという側面があるのも確かだ。自身だけ仮面装着という非礼を避ける為なのかも知れない。
「ふぅ」
「どうした、アルラ」
「船は久し振りですわ」
「そうか」
ユニオ、口調は結構ぞんざい。にも拘らずわたくしは許している。心が広い女ですもの、わたくしは。
ほほほ☆
「あのー」
「幽霊は喋らない、ですわ」
何もない虚空から声が響く。ジョニーだ。
ジョニーは生まれながらに透明化出来る特殊能力を有している。それを使って船に紛れ込んだ。ジョニーは戦力的に役には立たないですけど姿を消せる
という能力は使える。従えれる従者は1人だけという規定を逆に利用すれば有利に立てる。相手側もその規定を信じきってる。乗船のチェックもある。
つまり。
つまり絶対に従者は1人しかいないと思い込める。
勘定に入っていないジョニーが暗躍すれば相手を出し抜ける……かもしれない。
ちなみに私も姿を消せる。
この間ゲットしたカジートの指輪の特殊能力で姿を消せる。最悪の展開になった際には相手をこれで出し抜くとしよう。
「あのー」
「幽霊は喋らない。聞こえませんでしたの?」
小声で囁く。
この船の乗務員は全てドレスカンパニーの構成員。つまりは敵だ。
どこで誰が聞き耳を立てているか分かったものではない。招待客に関しては参謀アーマンドに徹底して調べさせたから安心ですけどね。
当初思ってた『全員敵』という展開にはならないだろう。
招待客の中にはわたくしよりも階級の高い貴族もいるし。伯爵だ。何人か面識あるし招待客は基本的に安全だろう。
「お嬢様」
「もう、何なんですの? そろそろ苛めて欲しい時間ですの?」
「……すいません。あっしは変態じゃないんですけど」
「そうですわね。変態ではなく変死体ですわね☆」
「なんですとぉ……」
「しっ」
「す、すいません。叫ぶところでした」
「それで? 何なんですの?」
「これって絶対罠に飛び込むようなもんですよね?」
「まあ、そうですわね」
オークション半分、盗賊ギルドの誘き出し半分、そんな感じなのは確かだ。
貴族等を誘拐して身代金目当ては……ないでしょうね。大々的にオークションを発表してるしドレスカンパニーは表向きには一流な貿易会社。
下手な真似はしないだろう。
伯爵もいる、そんなオークション会場で横暴はしないはず。そんな事をしたら元老院も庇い立て出来なくなる。
港湾貿易連盟は犯罪者、しかし法の抜け道を利用してるに過ぎない。つまりは法律の穴に沿って行動してる。今回の状況はすぐ発覚する。身代金目当
てとかはしない。やはり純粋にオークションで資金を稼ごうというのが本音なはず。
つまり正体がばれない間は何の問題もない。
灰色の狐の仮面被ってる?
これは大人の遊び心。
相手は疑いはするし注目も引くだろうけど、別に特にやましい代物は隠し持っているわけでもなく。つまり灰色狐としてドレスカンパニーの邪魔さえしなけ
れば正体が露見する事はない。灰色狐の素顔は信頼する者にしか見せていないしばれる事はあるまい。
注目を引く事でジョニーが動き易くなるでしょうしね。
さて。
「船旅、楽しみます。以後会話は禁止ですわ。海の音色を楽しむ邪魔はしないで欲しいですわね」