天使で悪魔






裏社会の覇者






  世界を制するのは武力だけではない。
  様々な要素が必要になる。
  経済力も、その1つ。





  帝都。ダレロス邸。
  参謀スクリーヴァの急報から1日が過ぎた。わたくしの私室にシャイア財団の幹部達が招集された。
  部屋にいるのは計6名。
  わたくし、生涯滅私奉公のジョニー、用心棒の人斬り屋、密偵のユニオ、参謀のアーマンド、参謀のスクリーヴァの計6名。
  これが招集できる全ての幹部。
  あと2人、アミューゼイ、メスレデルがいますけど2人は冒険者の街フロンティアに出向いている。すぐには呼び戻せない。
  「お集まり頂き感謝ですわ」
  まずは挨拶。
  全員緊張の面持ちだ。
  それもそのはずですわね。おそらく今回の作戦でシロディールの裏社会を仕切れるはず。つまり、現在裏社会を牛耳っているドレス・カンパニー
  を母体とする港湾貿易連盟との最終決戦という事だ。その勝敗如何でどちらが真の覇者か決定する。
  抗争の意味?
  ありますわ。
  先代灰色狐はさほど興味を示していなかったようですけど、わたくしは裏社会を牛耳りたい。
  権力が欲しいから?
  安穏が欲しいから?
  財力が欲しいから?
  いいえ。
  どれでもありませんわ。
  わたくしは義賊な貴族。貴族としての責務を果たしたい。貴族は市民の為の存在。盗賊ギルドは今まで貧民を保護してきた。しかしそれだけでは
  意味がない。金銭的に援助するのではなく帝国の制度自体を改善したい。
  子爵の地位を利用する?
  無理。
  階級が軽過ぎる。
  元老院に多額の献金さえすれば公爵に駆け上がるぐらいは出来るでしょうけど、それでも意味がない。爵位など無きに等しい。何故なら元老院の
  一声で簡単に覆ってしまう。絶対ではないのだ。今は皇帝はいませんけど、皇帝の鶴の一言でも簡単に覆る。
  つまり爵位では世界は変えられない。
  貧しい民衆の嘆きは終わらない。
  だから。
  だから裏社会を牛耳りたい。
  犯罪結社の連合体に過ぎない港湾貿易連盟は元老院すらも動かしている。金をばら撒いているからだ。
  連中を叩き潰してその地位を奪う。
  犯罪者を潰すんだからどこからも怨みはないだろう。……尊敬もされないでしょうけどね。
  「既に趣旨は分かってますわね? 我々は港湾貿易連盟の島に乗り込みます。意見は?」

  「アルラ様」
  「何ですの、人斬り屋」
  「連中は灰色狐が誰かは分かっていない。しかし大々的にオークションを開けば灰色狐が動くと思っている」
  「まあ、実際に動きますわ」
  「それを狙ってる可能性はあるのではないですか?」
  「なるほど」
  人斬り屋の意見、実に理に叶ってる。
  例えわたくしが同じ側の立場でも相手の誘引に利用する。最悪、全ての参加者が偽装の場合もある。
  「アーマンド、参加者の身元は?」
  「全部は調べてはいません。伝手を使って飛び入り参加する者もいますので。ただ、ある程度の顧客リストは入手してある」
  「身元は?」
  「白だ。名のある貴族もいる。顧客が全て敵という事はないだろう」
  「ふむ」
  「それに既に社交界でも評判になっている」
  「ならデタラメではなさそうですわね」
  社交界で評判になる。
  それは何よりの確実性を意味している。子湾貿易連盟の力がどれほどかは分かりませんけど社交界まで統制しているわけではない。そこで出る
  噂話は確実性のある、真実味を多分に含んだ情報。連中が操作出来るものではない。
  「最終的な参加総数は?」
  「このままの流れで行けば……100人程度かと思われる」
  「ふむ」
  財布を金貨で膨らませたお金持ち100人か。
  紛れ込めますわね。
  「アーマンド」
  「はい」
  「わたくしも参加しますわ。帝国の子爵としてね。すぐに手配を」
  「了解しました」
  「だけど問題があるよ、グレイフォックス」
  今度はスクリーヴァが口を開く。
  「何が問題ですの?」
  「場所がニベイ湾に浮かぶ孤島っていうのも忘れちゃいけない」
  「それが?」
  「島に向かう船は港湾貿易連盟の所有船。私達の手の者を潜り込ませる隙間はないよ」
  「従者は?」
  「1人だけ連れて行くのが許可されている。それ以上は無理だね」
  「徹底してますのね」
  オークション。
  それはわたくし達に財産強奪されて資金の補充の為というのもありますけど、十中八九出張ってくるであろうわたくし達を始末する為のアクションでもある
  わけですわね。灰色狐は常に先頭切って行動している、連中もそれを把握している。今回もわたくし自ら出張ってくると踏んでいる?
  その可能性は大ですわね。
  それにグリーフ砦は連中の支配下にある砦。孤島は連中の要塞。
  出入りの徹底した制限。
  船以外は侵入が不可能、そしてその往復の船は港湾貿易連盟が仕切ってる。つまり逃げ場がない。連中の島なら外に厄介が漏れる事はない。
  内々に処理できる。
  元老院に献金したから、帝国軍や都市軍の動きは封じられてる。軍は介入を認められていない。あの島は完全な私有地であり外部の者は誰も勝手に
  は立ち入れない。オークションする一方で出張ってくるであろう盗賊ギルドとも雌雄を決するつもりってわけですわね。
  我々と同じですわ。
  「スクリーヴァ、防衛の体制は?」
  「港湾貿易連盟に加盟してる会社から今回の警備体制のプランを奪取してきた」
  「それで?」
  「グリーフ砦には100名の兵士がいる。島を囲む形で中型のフリゲート級駆逐艦が三隻、さらに小型帆船が無数に浮かんでいる」
  「海上封鎖も完璧ですわね」
  既に犯罪結社ではなく軍隊レベルだ。というか献金したらここまでしても許される?
  馬鹿ですの元老院っ!
  ……。
  ……いずれにしても厄介な状況ですわね。
  正攻法しか立ち入れない。
  オークション参加者になるしかない。つまり正規の渡航船に乗るしかないわけですわね。
  「ユニオ」
  「何だ?」
  「どんな状況になっても元老院は動きませんわね?」
  「港湾貿易連盟以上の献金をしない事にはな」
  「ふむ」
  「何を考えてるんだ?」
  「簡単ですわ。連中は戦力の全てを投入している。過剰なまでに戦力を集結させている。無知蒙昧ですわね」
  「……?」
  「例えば1000人の敵が陸上にいるとしますわ。だけど海の上では?」
  「船に乗るな。それが?」
  「1000人倒すより10数隻の船を叩く方が楽勝ですわ」
  「理屈ではな。しかし実際は……」
  「アーマンド。連中の陸揚げする物資の一部に可燃性のある代物を積み込むように細工して。……犯罪は連中の専売特許ではありませんわ」
  やり易い。
  やり易いようにしてくれましたわ。敵は全て集結する。しかも大半は船に乗ってる。
  一網打尽にしてあげますわ。
  海中に沈めて終わり。
  その上で連中の掻き集めたお宝を全てゲット。美味しい仕事ですわね。
  「皆さん。わたくし達が裏社会を牛耳ります。港湾貿易連盟にはそろそろ退場してもらいますわ。異論は?」
  「ありません、グレイフォックス」
  代表してスクリーヴァが答えた。
  わたくしは微笑む。
  「では全員、それぞれの準備を。では御機嫌よう」




  「……」
  幹部達は行動に移した。準備に動き出した。わたくしは私室でボーっとしている。たまにはこういう時間も必要ですわ。
  グレイズの生き様を思い出すには良い時間。
  瞑目。
  「お嬢様」
  「何ですの?」
  トカゲの声がする。ジョニーだ。
  わたくしは目は瞑ったまま応対する。
  「質問があるんですけど」
  「トカゲの丸焼きは好物ですわ」
  「はっ?」
  「好きな食べ物の質問ではないんですの?」
  「……」
  「ガソリン被ってマッチを擦れ、ですわ☆」
  「燃えるより爆発しますってーっ!」
  「ほほほ☆」
  「……元気そうで何よりですお嬢様……」
  「それで? 何ですの?」
  質問を促す。
  少しジョニーは躊躇って沈黙。
  「何か用ですの?」
  「えっと、その、お嬢様は港湾貿易連盟に取って代わって……」
  「取って代わって、何ですの?」
  「賄賂をばら撒いて元老院と繋がるつもりなんですか? その、大変失礼なんですけどお嬢様らしくないなぁと思いまして」
  「そんな好待遇はしませんわ」
  「はっ?」
  下らない。
  下らないですわ、まったく。
  裏社会を牛耳るのと、下等な犯罪者集団である港湾貿易連盟の手法を真似るのとでは意味がまったく別物ですわ。
  「ジョニー」
  「はい」
  「わたくしが連中を叩き潰すのは、犯罪者どもを一網打尽にしたいからですわ。百害あって一利なしの組織を潰すのは貴族の義務ですわ」
  「それは分かってます」
  「よろしい」
  「庶民の為にしてはフリー時代にはヴァネッサーズとしてアンヴィルで市民の家を狙ってましたね」
  「黒歴史ですわそれはっ! シャラープっ!」
  「す、すまんせんっ! あの、港湾貿易連盟に取って代わった後の元老院との付き合い方は?」
  「決まってますわ」
  わたくしは噴出す。我慢出来ずに笑ってしまった。
  賄賂を渡す?
  そんな勿体無い事はしませんわ。
  世直しの為の資金、元老院の馬鹿どもにくれてやるには惜しい。
  「ふふふ」
  「お嬢様?」
  「元老院は意のままにしますわ。ただし賄賂ではなくスキャンダルでね。連中を脅してやるのです、ふふふ、餌を与えるだけが良策ではありませんわ」
  「さすがはお嬢様。考える事が卑劣……い、いえ、画期的っす」
  「ジョニー」
  「はい」
  「始末」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ口が滑っただけなんですからお許しをーっ!」


  正攻法だけでは駄目。
  場合に応じては奇策も必要だろう。
  わたくしは義賊、しかし結局のところは犯罪者のカテゴリー。ならばその犯罪者としての特性を活かして世直しをしよう。
  港湾貿易連盟は良くない組織。
  もちろん帝国の不満を昇華させる意味合いもあるのだろうけど、犯罪は犯罪。叩き潰すまで。まあ、連中が消滅して市民の不満が高まれば元老院が
  公設の娯楽施設か何かを作るだろう。闘技場みたいにね。いずれにしても不必要な犯罪結社の組織、不必要なら潰すまで。
  そして裏社会を牛耳ろう。
  そうする事で救える命があるのだとわたくしは信じている。

  さあ。
  義賊な貴族としてのフィナーレをっ!