天使で悪魔






魔術師ギルドからの依頼







  混乱に拍車が掛かる。
  内部間での泥沼の政争に魔術師ギルドは至高の理想は朽ちていくだろう。
  それは古きの終わりの始まり。






  盗賊ギルドはシャイア財団に鞍替え。
  もっとも内面は変わらない。
  要はシロディールにおいて最大の勢力を誇る犯罪結社の連合体『港湾貿易連盟』と趣旨は同じ。小奇麗な仮面を世間に示しているだけに過ぎない。
  財団という隠れ蓑を被る盗賊ギルドってわけ。
  ただ思っているよりも仮面を被ると動き易いものだ。財団という背景は意外に使える。
  港湾貿易連盟の加盟組織の大半を潰し、そこから金貨100万枚をわたくし達は強奪した。元々が犯罪者のお金だから強奪してもどこからも苦情は来ない。
  わたくしはそれを使って強大な力を秘めたモノを買い集めている。
  部下達に対しての説明では『魔術師ギルドに高値で売却する』ではあるものの、それが全てではない。
  強力な魔力アイテムで自らの能力を増幅する為にだ。
  黒の派閥の報復。
  グレイズの仇。
  以上の2つがわたくしの本心であり本音。
  必ず果たしますわ。
  必ず、ですわ。




  わたくしは屋敷をシロディールに2つ所有している。
  帝都にあるダレロス邸。
  アンヴィルにあるベニラス邸。
  その2つですわ。
  ……。
  ……ああ。そういえば帝都のスラム街にある粗末な小屋もわたくしの物件でしたわね。
  完全に忘れてましたわ。
  ほほほ。
  「この気候も落ち着きますわね」
  庭に出てわたくしは紅茶を飲んでいる。
  今いる屋敷はベニラス邸。
  わたくしは財団発足後、帝都で色々と設立の手続きや元老院への申請とかで忙しかった。ようやく終えたわたくしは余暇を楽しむ為にアンヴィルにいる。
  「ふぅ」
  ミルクをたっぷり入れて紅茶を楽しむ。
  茶器は先代グレイフォックスであるアンヴィル領主コルヴァス伯爵からのプレゼント。今では真面目に領主やっている模様。
  まあ、元の居場所に戻る為に散々わたくしを利用したわけですから真面目にやって貰わないとわたくしが困りますわね。
  庭には見事な花が咲き乱れている。
  ジョニーの手入れの賜物だ。
  今でこそ盗賊ですけど元々は庭師ですからね。
  「ジョニー、どうして死んでしまったの」
  「すいませんお嬢様、そのノリはやめてもらっても構いませんかね?」
  「あら幻聴?」
  「……」
  「とっとと成仏して欲しいですわねー。憑かれても困りものですわ」
  「……悪質だー」
  「ほほほ☆」
  縁起でもない冗談なのは自分でも分かってる。ある意味で自分が空元気なのも承知してる。
  グレイズは死んだ。
  わたくしを守る為に、死んだ。
  彼の死はわたくしの心に深い傷跡を残した。その傷は数年程度でも癒えない気がする。きっと生きている限り傷は消えないだろう。
  だけど。
  だけど、わたくしは生きている。
  グレイズに救われた命。
  空元気でも何でも元気でいなければならない。
  辛ければ少し立ち止まって泣こう、だけど決してわたくしは挫折なんてしない。
  泣くだけ泣いた。
  悔やむだけ悔やんだ。
  当面はそれでいい。歩き出す力は取り戻した。無理矢理、取り戻した。
  グレイズは亡くなったけどわたくしは生きている、生きている者はこの先も生きていかなければならない。それが死者に対する手向けであり、生者に
  とっての責任であり権利だ。空元気の大元が復讐心だろうとそこは問題ではない。
  生きる糧となるならどんな感情でも利用してやる。
  黒の派閥への憎悪であったとしても何の問題がある?
  問題などない。
  きっちりと報復しない事にはわたくしは次の生き方には進めない。
  「あの、お嬢様」
  「分かってますわ。始末希望ですのね。人斬り屋、ユニオ、生ゴミを片しちゃって」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ横暴だーっ!」
  「ほほほ☆」
  屋敷の中には新しい従者が2人控えている。
  1人は人斬り屋と自称する殺し屋、1人は元老院の諜報機関アートルムの生き残り捜査官ユニオ。どちらもわたくしの護衛であり直属。
  頼りになる2人ですわ。
  「お嬢様、そんな冗談どころじゃないんっすよ」
  「何か急用ですの?」
  「キャラヒル様がおいでになってます」
  「キャラヒルが?」
  「はい」
  「何故早くそれを言わないんですの? まったく、相変わらず悠長ですのね」
  「……真っ先に報告しにきたんっすけどね」
  「何か言いまして?」
  「……いえ」
  「最近愚痴が多いですわね、ジョニー」
  甘やかし過ぎかしら。
  やれやれですわ。
  それにしても魔術師ギルドのアンヴィル支部長がわたくしに何の用かしら?
  確かにわたくしはハンニバル・トレイブンの数少ない直弟子であり高弟ですけど直接的に魔術師ギルドとは関係ない。
  あくまで魔術の手解きを受けただけであり魔術師ギルドには属していないからだ。それにキャラヒルとは面識がありますけど仲良しというわけではない。
  何しに来たのかしら?
  暇潰しに茶飲み話するほどの仲でもないから来訪は純粋に気になる。
  「キャラヒルは?」
  「応接間に通してあります。今はユニオが応対してます」
  「分かりましたわ」



  「お待たせしましたわね」
  「話があります」
  挨拶もそこそこにキャラヒルは本題に移ろうとする。
  気の短い人ですわね。
  場所は応接間。
  キャラヒルは出された紅茶にもクッキーにも手をつけていない。わたくしが聞く限りではアルトマーのキャラヒルはマスター・トレイブンの熱烈の
  信奉者らしくお仕事大好き主義。
  ……。
  ……うん?
  だとするとここに来たのは何らかの依頼って感じかしらね。
  何の依頼だろ。
  魔術師ギルドの内部抗争はわたくしも聞いている。マスター・トレイブンの命令で情報統制が行われたらしい。何の情報の統制かは分かりませんけど
  その結果、トレイブンの養女やラミナス・ボラスは失脚したらしい。さらに評議会はある問題で大荒れ中。
  ある問題?
  さあ、わたくしには分からない。わたくしは魔術師ギルドの人間ではないので詳細は不明。
  「キャラヒル、何の用ですの?」
  「財団を発足させたそうですね」
  「ええ」
  お祝いに来たのだろうか?
  うーん。
  そうじゃないだろうなぁ。
  そういう性格ではなさそうですし。
  だとしたら何だろう。
  「アルラ」
  「何ですの?」
  「魔術師ギルドの混乱は聞いていますか?」
  「ええ。噂程度には」
  「ラミナスが失脚したのは?」
  「聞いていますわ」
  外部との折衝役ラミナス・ボラス。
  世慣れた苦労人を失脚させて魔術師ギルド上層部は何を考えているんだろう。
  そもそも組織運営は出来るのかしら。
  世間一般では魔術師は『傲慢で世間知らず』だと思われているけど、それは概ね当たり。そして魔術師ギルドを動かしている評議会はさらに『権力』を
  持っている。世間一般の魔術師像に権力を追加させるわけだからある意味で性質が悪い。
  そんな魔術師ギルドと世間の間に入って折衝していたのがラミナス。
  彼を失脚させた上層部。
  何を考えてるやら。
  「キャラヒル、後任は誰ですの?」
  「クラレンスです」
  「クラレンス」
  聞いた事のない名前ですわね。
  後任に付く以上はそれなりに経歴が必要だと思いますけどね。
  まあ、無名でも有能な人はいるでしょうけど権威主義の魔術師ギルドがそのような人物を折衝役に任命するとは思えない。
  もちろん例外もあるだろう。
  例外。
  それは無名だけど認めた、ではなく、評議員のヒモ付きだからという意味合いで。
  憶測だけどありえるとは思う。
  「何者ですの、クラレンスって」
  「デルマー評議員の教え子です。無名ですけど彼が熱烈に押したので後任に任命されたようです」
  「デルマーね」
  あのハゲか。
  マスター・トレイブンや腹心のカラーニャ評議員よりも影が薄いものの、あれでも確か評議会ではNO.3。自分のお気に入りを要職に就けるという強引な決定
  を押すだけの隠然たる権力は有していてもおかしくはない。
  「クラレンスは無能です」
  「へぇ」
  キャラヒルは断言した。
  それと同時に魔術師ギルド評議会への不信感を表情に浮かべた。
  ただそれは一瞬ですぐに事務的な顔に戻る。
  「アルケイン大学は既に機能していません。マスター・トレイブンは尊敬に値するお方ですが今は考えに狂いが生じていると私は判断しています。何がどう
  なっているのか私にも分かりません。他の支部とも連絡を取りましたが結果は同じ。どの支部にも何の情報が下りてきていないのです」
  「どういう意味ですの?」
  「分かりません」
  「ふむ」
  「確実に魔術師ギルドの動きは鈍化しています。それを何とかする必要があります」
  「わたくしは部外者ですわ」
  「分かってます。マスター・トレイブンの手助けをして欲しいとは言いません」
  「ほう。つまり?」
  「ウェルキンド石をご存知ですか?」
  「ウェルキンド石」
  「はい」
  「知っていますわ」
  魔術師なら誰でも知ってる蒼く輝く結晶。
  魔力の結晶だ。
  「その巨大な結晶があるのです。アンヴィル支部はそれを調査の末に発見しました。……いえ。眠る場所を発見した、という意味であり手に入れていません」
  「それをどうしろと?」
  「手に入れてください」
  「何故?」
  「クラレンスに報告しましたがまるで音信不通です。指示が来ない。死霊術師の動きが各地で活性化している以上、強大な魔力を秘めているものは出来る
  限り我々で確保する必要性があります。意味があるかは分かりません。しかし動くべきだと思っています」
  「報酬は?」
  「その巨大なウェルキンド石」
  「はっ?」
  「死霊術師に渡らなければそれでいいのです。貴女は悪用しないと信じています。不必要でしたら貴女の財団を通して魔術師ギルドに売却すればいい」
  「豪気ですわね」
  「場所は古代アイレイドの遺跡であるミスカルカンドです。クヴァッチとスキングラードの中間地点にあります。街道の北辺りですね」
  「分かりましたわ」
  「ただ気をつけてください」
  「何を?」
  「ミスカルカンドは古代アイレイドに乱立した無数の国家の名残の場所です。特にそこの王は強力な魔術師でした」
  「問題ありませんわ」