天使で悪魔
戦士ではない
戦士。
戦うモノ。
わたくしは義賊。
義に生きる盗賊であり戦士ではない。
戦士、ではない。
展開はより混迷を極める。
シロディールの犯罪結社の連合体である港湾貿易連盟の1つ、ルドラン貿易の取り引きを邪魔するつもりでいた。
だが。
だがそれは思わぬ方向に向った。
犯罪結社?
そんなものの比ではない組織が出張って来た。
黒の派閥。
概要はよく分からないものの元老院直轄の諜報機関アートルム&皇帝直轄の諜報機関であり親衛隊であるブレイズ、その双方と相対し尚且つ潰せる
だけの戦力があるのだからおそらくは反政府組織。もちろん憶測だが憶測だけで終わらないだけの力がある。
黒の派閥の総帥らしきデュオス。
デュオスの腹心らしきイニティウム・マスター。
幹部集団イニティウム。
倉庫内での戦闘は火薬の爆発もあったり必ずしもブレイズやアートルムが実力を発揮出来なかったのだろうけど、黒の派閥の構成員の数は果てしなく
多かった。どれだけの動員兵力があるのかは分からないけど、敵には回したくない。
実に実戦向きな組織だと思う。
わたくしは義賊。
盗賊ギルドの指導者であるグレイフォックス。戦闘向きではない。
だけど。
だけど大切な従者がここまで傷付けられた以上、退くわけにはいかない。ジョニーはデュオスに斬られた。アートルムのユニオとかいうボズマーと共に
撤退してもらったから多分大事には至らないけどグレイズは意識を失ったまままだ転がっている。
グレイズを救う為にもわたくしは退けない。
女のプライドに懸けてデュオスを倒すっ!
「はっはぁーっ!」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
黒いオーラを放つ魔剣を振るうデュオス。
わたくしは長いクレイモアでその一撃を受けるものの、デュオスの振るう剣の威力の前に危うく腕が砕けるところだった。わたくしの振るう剣の材質は
この世界のモノではない。異界であるオブリビオンから一時的に召喚した魔剣。
だから。
だから材質的にへし折れるものではない。
おそらく普通の剣なら今の一撃で剣はへし折れ、わたくしもそのまま一刀両断だっただろう。
「やあっ!」
今度はこちらの番だ。
鋭い気合の声と共にわたくしは剣を横に一閃。
「はっはぁーっ!」
「ちっ」
デュオス、大きく飛び退く。
甘いっ!
「霊峰の指っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
飛び退いた瞬間を狙って雷の魔法を放つ。
奴に魔法は効かない。
それは分かってる。
だけど魔法を受けた瞬間に一時的に動きが硬直するのは先ほどからの見極めで分かっている。デュオスの動きが止まった。
タッ。
床を蹴り走る。
走る。
走る。
走る。
「はあっ!」
一挙に間合いを詰めてデュオスの腹を薙いだ。
この異界の魔剣は羽毛のように軽い。わたくしのような細腕でも充分に振るえる。
そして相手を屠れる。
デュオスは喚いた。
「ぐわぁー。やられちまったぁー」
『はっはっはっ』
幹部達は笑う。
デュオスにとってはただの悪ふざけなのだろう。腹を薙がれても死なないとはこいつ不死身?
確かに血すら流れていない。
それにしても。
「くくく。俺様はどうやら死んだらしい。ここが死後の世界か。……ん? お前らも後を追ってきたのか? 律儀な奴らだぜ」
『はっはっはっ』
……。
……くそ。舐めてますわね。
バッ。
わたくしは後ろに下がる。
あまり時間を掛けている場合でないのは分かってますけど正直手がないのが本音だ。
ルドラン貿易は黒の派閥とブレイズ&アートルムの混戦の中で全滅していますけど、倉庫の外にはアンヴィル衛兵隊が何も知らずに張りこんでいる。
まあ、踏み込んでは来ないだろう。
倉庫は火薬で吹っ飛びつつありますからね。
つまり。
つまりここでこのまま延々と戦っていれば逃げ損なう。
そしたらわたくしは死ぬ。
グレイズも死ぬ。
多分デュオス達は直前で脱出するだろう、わたくしの動きを何らかの形で封じてね。
それは困る。
「くくく。お前は魔道、剣技、なかなかやるな」
「あら。ありがとう」
肩に黒刀を担ぎながらデュオスはニヤニヤ笑う。油断なく相対。
魔法も駄目。
剣術も駄目。
正確には駄目ではなく無効。少なくともわたくしは奴の動きには付いて行っている。奴が不死身予備軍であるが為に明確な攻撃法方が存在しないのだ。
こんなの初めてですわ。
ここまで不死身な奴との戦いは初めて。
どう対処するか。
どう……。
「若。そろそろ時間がありません」
「ヴァルダーグ。黙ってろ」
「直にここらも火が届きます。撤退をお急ぎください。……遊びはもうこの辺で充分でしょう」
「黙ってろ」
「若」
「黙れと言っている」
「……申し訳ありません」
激昂を抑えたデュオスの口調にヴァルダーグという名の男は静かに頭を下げた。
わたくしも素人ではない。
ヴァルダーグは強い。見ただけで分かる。
それを押さえ込むだけの実力がデュオスにはあるという事だ。そしてヴァルダーグが絶対的な忠誠を誓うに値するという意味合いもあるのだろう。
ドカアアアアアアアアアアアアアンっ!
爆発だ。
倉庫全体が火薬庫になっていたのだから仕方あるまい。
一度火が付いた以上、全てが吹き飛ぶのは確約されていた事。
……。
……厄介な。
「ふぅむ。確かにお前の言う通りそろそろ潮時だな、ヴァルダーグ」
「ここは危のうございます」
「くくく。狐女は命を懸けるべき相手ではないと?」
「御意」
「確かにな。……そろそろ始末するか」
カッチーンっ!
頭来た。
確かに対処法は見つかってはいませんけどこちらの攻撃は当たってる。向こうの攻撃は避けてる&受け流してる。
なのに、そろそろ始末するですって?
言ってくれる。
言ってくれますわーっ!
「さっきから聞いてましたら随分とわたくしを舐めてくれますわねっ!」
「舐めてなんかねぇよ。舐めきってるだけだ」
「同じですわっ!」
バッ。
踏み込む。
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
黒い刃と異界の剣は交差する。
「無理だな、その腕では」
「なっ!」
「何故てめぇが俺に勝てないか教えてやるぜ。……お前は戦士ではない、半端モノなんだよっ!」
「……っ!」
ガッ。
蹴り飛ばされる。
わたくしは痛みに耐え切れずその場に転がった。
その際に異界の剣はわたくしの手から離れる。魔力で一時的にこちら側に引き込んでいるだけの召喚剣は手から離れた瞬間、消失する。
お腹を押さえながらわたくしは懸命に立ち上がった。
……。
……何故?
今、殺せたはず。なのに何故殺さない?
「くくく」
楽しそうにデュオスは笑っている。
「どうして殺さなかったのかしら?」
「殺す? ……くくく。その価値がないからさ」
「どういう意味ですの?」
「そのまんまさ。殺すまでもない。てめぇには戦う根性がないんだよ。正確には戦いに至る理由ってもんがない。半端なんだよ。レヤウィンでやり合っ
たブレトン女とダンマー女には確固たる信念ってもんがあった。てめぇにはそれがねぇ。だからだよ。殺す価値もない」
「……」
「戦士ではないお前にはここは相応しくないのさ」
「……言ってくれる」
「言っちまったな」
「言ってくれるっ! 霊峰の指っ!」
「くだらねぇ」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
デュオスを絡め取る雷。
瞬間、わたくしは走る。走りながら再び異界の魔剣を召喚、一気に間合いを詰める。
相手は不死身?
そうかもしれない。
そうではないかもしれない。
だけど、どっちにしろ1つだけ言える事がある。
デュオスを斬る事は出来る。
ならば。
「はあっ!」
狙うは首。
不死身だろうが首を刎ねれば……死なないかもしれないけど戦闘続行は出来ないだろう。さすがにそこまで器用な事は出来ないはず。
「……つっ」
剣を振るいながら軽い頭痛を覚えた。
まずい。
魔力を使い過ぎたみたいですわ。
視界がぼやける。
剣の軌跡はズレて首ではなくデュオスの右腕を刎ね飛ばしたのみだった。……ちっ。失敗ですわ。
「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「えっ?」
デュオスはのた打ち回る。
そして見る。
次第に顔が老けていく。……いやそんなもんじゃない。急速にミイラのような形相になっていく。顔も、腕も、全てだ。
「若っ!」
「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
ヴァルダーグが抱きつき、デュオスに魔剣を左手で握らせる。
何なの?
魔剣を握った瞬間、デュオスの顔に再び生気が戻った。
あれは何なの?
「ヴァルダーグ、若を連れて撤退せよ。後は私が処理する」
「マスター、御意のままに。……撤退」
ヴァルダーグ達は撤退する。
素早く。
素早く。
素早く。
わたくしにはまるで見向きもせずに撤退した。デュオスを連れて。
「若をここまで傷付けるとは正直予想していなかった。だがここまでだ。お前をここで……ブリュンヒルデ、何している?」
「若の敵には死を」
灰色のトカゲが残っている。
敵の幹部。
アルゴニアン?
「お、お嬢」
「グレイズっ!」
白いオークが、わたくしの従者がクレイモアを杖代わりにして立ち上がる。
足はガクガクしているようだけど立ち上がれる。
ゆっくりと……というかおぼつかない足取りでわたくしの横に並んだ。これなら撤退する事も出来るだろう。
「イニティウム・マスター。若を傷付けた者に残酷な死を与える権限を」
「ふむ」
女だ。
あの灰色トカゲ、女の声だ。
アルゴニアンは外観で性別が判別しづらいのが難点だ。
それにしても灰色とは珍しい色ですわね。
まあいい。
「グレイズ、デュオスには一矢報いましたからそろそろ撤退しますわよ」
「御意」
油断なく相手を見ながらわたくし達は後退を始める。
いい加減この妙な展開から退場するとしよう。
そもそもこれはわたくし達の戦いではない。
ならば。
ならばわざわざ介入するまでもない。
わたくしを徹底的に馬鹿にしてくれたデュオスには既に報復したしそろそろお暇するとしよう。
「よかろうブリュンヒルデ。冷たき死を与えよ」
「はい」
バッ。
こちらに手を向ける灰色トカゲ。
魔法?
「しゃあーっ!」
「お嬢っ!」
咄嗟にわたくしを庇い、自らの体を盾にするグレイズ。灰色トカゲの手からは何も放たれていない。魔法ではない?
虚仮脅しだろうか。
「グレイズ、大丈夫?」
「……」
「グレイズ?」
「……くっ」
不審に思いグレイズを見る。
徐々に。
徐々に石化していく。
えっ!
「グレイズっ!」
「お嬢、ここはお引きください」
「グレイズっ!」
「早くっ!」
確実に、ゆっくりと石化は広がっていく。グレイズは苦痛の声を発している。
こんな魔法聞いた事ないっ!
灰色トカゲは笑った。
「我が名はブリュンヒルデ。通称『邪悪な古き蛇』。私はアルゴニアンではない。ドラゴニアンでもない。帝国に滅ぼされた古き民」
「お嬢、お逃げくださいっ!」
「そうさな。その白色オークは直に死ぬ。心臓まで石になって死ぬ。私が止めない限りはね」
「止めなさいっ!」
「やなこった」
バッ。
押し問答は無用。魔法で一気に敵を吹き飛ばすっ!
ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
その時、何かが砕けた。
「イニティウム・マスター、私に任せていただけるのでは?」
「下らん戯言は無用。手早く始末しろ」
奴は、奴は投げた。
一振りの短剣を。
それがグレイズの石化しつつある部分に直撃、ミシミシという音を響かせて一気に崩れた。完全に石化しているのではなく石化へと移行状態だった。石の
部分が砕けるものの肉体の部分はそのまま残る。
当然肉体が一部欠損した状態だ。
肉体は思い出したかのように激しい血飛沫を発した。
「グレイズっ!」
「……お嬢、お心のままにお進みください。貴女に仕えれて幸せでした……」
「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
死んだ。
死んだ。
死んだ。
何故?
何故?
何故?
それはわたくしが戦士ではなかったから。
戦士でもないのに戦いに介入したから。自分は何でも出来ると思い込んでしまったから。
戦士でもないのに……。
「……ここはどこだ。やけに揺れるな」
「若。お気付きですか」
「ああ」
「ここは船の上です。本部まで海路を使って帰還する事にしました。……若、切断された腕は繋げました。ディルサーラの回復魔法で完治しています」
「……くくく。あの狐、やってくれる」
「マスターが処理しています。問題はないかと」
「そうか」
「今回の計画はほぼ完遂ですね。ブレイズの小隊まで絡んでくるとは思いませんでしたが……アートルム共々一網打尽です。計画は完遂です」
「まだだ」
「御意。ですから、ほぼ完遂と申し上げました」
「ほう?」
「仕上げの指示を出しました。帝都のクリュセイスが諜報員が出払った手薄なアートルム本部を処理します。黒き狩り人を援護として向わせました」
「くくく。お前にしては上出来だな」
「ありがたきお言葉」
「帝国との戦い、第一戦目は我々の勝利ってわけだ。だろう?」
「御意」
「くくく。凱旋するぞ」