天使で悪魔






デュオスの嘲笑





  人生最良?
  人生最悪?
  同じ事象でも立場が異なればまったく意味が異なるのだから世の中は不思議で一杯。






  妙な場所に紛れ込んだらしい。
  ハゲのおっさんが追い込まれている。妙な連中がいるし、その連中に剣を突き付けているボズマー。
  何ですのこの展開?


  ドカアアアアアアアアアアアアンっ!

  火薬がどこかで爆発した。
  ここもそろそろ危ない。
  ……。
  ……この場所が一番危なそうですけどねー。
  だけど外に出るにはここを通る必要がある。他のルートからでも出られますけどレックスの衛兵隊が倉庫の周囲に出張っている。
  あまり危険を冒したくはない。
  「ジョニー」
  「はい」
  「隙を見てグレイズを連れて逃げなさい」
  「しかし……」
  「安心なさい。後で敵前逃亡の罪で始末してあげますわ☆」
  「……マジっすかー……」
  「ほほほ☆」
  グレイズは気絶しているのだろう。
  死んでいないのは確かだ。
  だけど。
  だけどあの黒衣の奴は何者だろう?
  グレイズを倒した。
  つまりそれだけ実力が高い。グレイズはグランドチャンピオン並みの強さを誇っている。その彼を倒したのであれば相当強い。そしてグレイズを倒した
  相手は野性味溢れるに礼を尽くしている。あの男は何者?
  「くくく」
  視線をそれぞれに向ける危険な男。
  私の顔には一瞬視線を向けただけで主にはボズマーを見ている。
  舐めるんじゃないわよっ!
  「霊峰の指っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  雷が男を襲う。
  だが。
  だが、それだけだった。
  「えっ?」
  「効かんよ灰色狐。俺様はデュオス、後ろにいるのは親衛隊のイニティウム。そこの爺はイニティウム・マスター。今逃げていったのが……」
  顔を歪めて笑う。
  その笑みには侮蔑に満ちている。
  「今逃げて行ったのがジョフリー。ブレイズの爺だよ。……やれやれ。敵前逃亡か。あの爺も老いたものだぜ」
  「わたくしは……」
  「灰色狐で充分だよ、クソ女。思想なきお前なんざ敵じゃあない」
  「言ってくれますわね」
  「事実だ」

  
ドカアアアアアアアアアアアアアンっ!

  「ちっ。随分と爆発が近いな。そろそろ帰るとするか」
  「帰れますかしら」
  「帰れるさ。てめぇを殺したらな。……ヴァルダーグ、お前なら何分でこの女を殺せる?」
  「3分頂ければ」
  「くくく。この間のブレトン女は10分だったな。だとしたらこの女、相当格が落ちる。だが俺様も同意見だ。こんな奴、俺様が手を下すまでもない」
  「舐めてくれますわね」
  対峙する。
  さっき魔法がまともに直撃したのにまるで効いたようではない。
  魔力障壁を展開している?
  それとも魔法が効かないのか。
  「おい灰色狐。トカゲが逃げたぞ?」
  「えっ!」
  いない。
  あの馬鹿トカゲーっ!
  逃げてもいいとは言いましたけどグレイズ放置じゃないですのよっ!
  「随分と薄情な手下を持っているようだな。羨ましいぜ」
  「そいつはどうも」
  「くくく。三秒で消してやる」
  「出来るものならやってごらんなさいっ!」

  「……ん?」
  その時、デュオスの動きが止まった。止まった、というよりは鈍った。後ろを妙に気にしている。
  何だろう?
  もちろんわたくしは不用意に踏み込もうとはしない。
  相手の力量は高い。
  少なくともわたくしが相対した中では……高過ぎる。以前マラーダで敵対したブレトン女も強かったけど……うーん、強いという部類が異なる。
  いや。
  どちらかというとデュオスは危険過ぎる。強いとか弱いとかではなく危険。
  あまり関りたくない相手ですわね。
  ともかく。
  ともかくデュオスは動き辛そうに後ろを見ている。
  わたくしは目を凝らした。
  ……。
  ……空間が少し歪んでいる。背景がおかしい。
  そして気付く。
  誰かが透明化してデュオスに纏わり付いている事に。
  それは……。
  「何しているのジョニーっ!」
  「あっしに構わずこいつを倒してくださいお嬢様っ!」
  「何を……」
  「早くっ!」
  馬鹿な事を言いますわっ!
  デュオスはまるで楽しむかのように笑っている。ジョニーがどうこう出来る状況ではない。そして出来る相手ではない。デュオスが振り払おうとすれば簡単
  な事だ。事実、デュオスは歯牙にも掛けていない。
  ジョニーの透明化が解けた。
  あまり長時間は出来ない特殊能力。透明化している際には纏っている衣服、手にしているナイフも共に透明化される。
  透明化が解けたジョニーの手にはナイフ。
  デュオスの首に突きつけられていた。
  「ジョニーっ!」
  「お嬢様、早くっ!」
  「……」
  「お嬢様っ!」
  「……」
  どうすればいいのよこの状況っ!
  デュオスだけ綺麗に吹っ飛ばす魔法なんてわたくしの手持ちにはない。……いや。そんな都合のいい魔法なんてない。確かに魔力をセーブすればジョニー
  への被害を『最少』にする事は可能だろうけど、それだとデュオスを倒せないだろう。
  何故?
  少なくとも奴は、デュオスは霊峰の指の直撃でも生きている。効いた様には見えない。しかし纏わり付いているジョニーも耐えられるわけじゃあない。
  どっちにしろわたくしには手がない。
  ジョニー、無謀すぎますわっ!
  事態は好転していない。むしろ悪くなっている。もちろんジョニーを責めるわけには行かない。これはわたくしのミスだ。
  デュオスは笑った。
  「おいおいお嬢様。どうしたどうした?」
  「うるさいっ!」
  どうすりゃいいのよっ!
  考えろ。
  考えろ。
  考えろ。
  「時間切れだキツネのお嬢さん。とんだ予想外だよ、お前さんはな」
  バッ。
  ジョニーを容易く振り解きこちらに投げた。
  わたくしはジョニー受け止め、そのまま庇う様に前に立つ。
  よし。
  これでとりあえず人質にされる事はなくなった。……正確にはジョニーを盾として使われる心配がなくなった。
  用心深く相手を見据える。
  敵はまだ大勢いる。
  デュオス、グレイズを倒した黒衣の男、遠巻きに戦闘を見ているデュオスの手下が5名。
  戦闘はまだまだ続く。
  にも拘らずわたくしにはこれといった手がない。
  ……。
  ……こんなはずない。今まで苦戦はした事あるけど、手がないなんて今までなかった。こんな展開は初めてだ。手がないだなんてありえない。
  わたくしが手詰まり。
  わたくしが……。
  「よお灰色狐の女」
  「何ですの?」
  「てめぇは中途半端だな」
  「……どういう意味?」
  「まんまだよ。気の強いだけのお嬢さん。お前は確かに魔道に長けている。実力はまあまあだ。しかしお前はレヤウィンで派手に暴れてくれたブレトン女
  に劣る。いいやダンマーの小娘よりもだ。能力ではダンマー女以上だが実際はそれ以下だ。意味が分かるか?」
  「いいえ」
  「てめぇには『戦う』という明確な意思がないんだよ。だからお前は中途半端なんだ」
  「霊峰の指っ!」
  「くくく」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  古代アイレイドの天候魔法『霊峰の指』。
  普通なら黒炭と化す。
  だが……。
  「俺様には魔法は効かんよ。威力の程度の問題じゃあない。絶対に、魔法は効かないんだよ」
  「ちっ」
  「つまりお前さんの最大の攻撃手段は俺には通じない」
  「……」
  「分かるか? てめぇは中途半端なんだよ。そんな雑魚には用がない。興味もない。……そろそろ疲れた。死んでもらおうか、灰色狐」
  「ふざけるなぁっ!」
  バッ。
  叫んだのはわたくし……ではなかった。ジョニーだった。
  ナイフを握り締めてデュオスに向って走る。
  「駄目っ!」
  「お嬢様を悪く言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  手を伸ばす。
  手を伸ばす。
  手を伸ばす。
  その手はジョニーには届かない。ジョニーはわたくしの手の届かない場所に。
  彼はそのまま……。
  「お嬢様を悪く言うなっ! お嬢様は弱くなんかないぞ、取り消せーっ!」
  「くくく」
  喉元に。
  喉元にナイフを突きつけた。冷たい刃がデュオスの喉元近くにある。
  「なかなかガッツがあるようだなトカゲ。なら俺様も同じ方法でやらせてもらおう。くくく。……黒き狩り人」
  ヴォン。
  その時、わたくしの足元の影が盛り上がった。
  むくむくと影は上に伸びていく。
  「なっ!」
  影が私の体に絡みつくっ!
  何なのっ!
  まるでツタが巻きつくかのようにわたくしの体を包む。次第にそれは人の形へと変質していく。
  カッ。
  眩く光った次の瞬間、わたくしは羽交い絞めにされていた。
  な、何?
  こんなに簡単に背後を取られるなんてっ!
  「何者ですのっ!」
  「黒き狩り人でございます。短い付き合いですが以後お見知りおきを」
  力が強い。
  振り解けない。
  
「くくく。そいつは黒き狩り人。イニティウムの1人だ。主な任務は暗殺。……基本的に俺様の影の中にいる可愛い女だよ。俺様と灰色狐の影が交わった
  瞬間、お前の影に入り込んで俺様の命令を待っていったわけだ」
  「面白い化け物を飼ってますのね」
  「化け物とは失礼な女だな。そいつは影人。シロディールでも古い一族の末裔だ」
  「くっ!」
  グググググググ。
  まったく体が動かない。黒い女はただ沈黙しデュオスの次の命令を待っている。
  「トカゲ。見たとおりだ。ナイフを捨てた方がいいんじゃないのか?」
  「……くそぅ……」
  「心意気は認めるが俺様が相手ではそんな下らん手は通用せんよ。別に刺したきゃ刺せよ。どっちにしろ俺は死なん。しかし次の瞬間お前を殺す、黒き
  狩り人も灰色狐の首をもぎ取るだろう。このままじゃ2人死ぬ。だがナイフを捨てれば死ぬのはてめぇだけだ」
  「……」
  「安心しろ。俺様は約束を護る」
  「……お嬢様、お健やかな日々を」
  カラン。
  ナイフを捨てるジョニー。しかしその動作の次の瞬間、空を掴むようにジョニーは引っくり返った。血を噴出しながら。
  「くくく。まずは1人」
  「ジョニーっ!」
  「灰色狐も殺してしまえ、黒き狩り人」
  「……御意に」
  グググググググググ。
  首に力が込もる。
  「……くぅぅぅぅ……」
  「……」
  無言のまま影の女は首を絞める。
  息が出来ない。
  息が……。


  「哭冥破(こくめいは)っ!」
  ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!

  黒い波動が周囲を襲う。
  デュオスをはじめとする面々はたじろいだ。わたくしの背後にいた影の女もまた同じ。力が緩んだ。
  バッ。
  わたくしはそのまま影の女を投げ飛ばす。
  影女、影から影に溶け込み姿を消した。どの影に奴が潜んでいるかは不明。
  「くくく。捜査官ユニオか」
  「忘れてもらっては困るな」
  「お前を殺してこそ今回の作戦の成功となる。……お前さえ消せばアートルムが無傷だろうと問題はない。お前が今回の最大の目的だったんだよ」
  「痛み入る」
  「わたくしを忘れるんじゃないわよっ! 鎮魂火っ!」
  「下らん」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  炎の魔法を叩き込む。
  そのままわたくしは間合いを詰め、さらにもう1発。
  「終わる世界っ!」
  三属性の攻撃魔法。
  ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンっ!
  「効かんと言っているっ!」
  腹立たしげにデュオスは吼えた。
  勝手に吼えろ。
  わたくしはその隙にジョニーを引き摺り後退。デュオスは追って来なかった。ユニオとかいうボズマーが牽制しているからだ。
  「君は撤退したまえ」
  「まだですわ」
  グレイズが残っている。
  彼を置いてはいけない。何とかしなくては。
  敵は敵で……。

  「若。そろそろ撤退せねば。火の勢いが迫ってきております」
  「分かっているヴァルダーグ」

  敵も撤退時を狙っている。
  だがこちらほど焦ってはいない。わたくしは焦っている。ジョニーの出血が激しい。治療を急がないと死ぬ。かといってこのまま撤退も出来ない。今のまま
  撤退すれば当然ながらデュオスが追撃してくる。敵のメンツはまだ傷1つ負っていないのだから。
  確実に追ってくる。
  確実に。
  ……。
  ……わたくしは回復魔法が使えない。使えるのは攻撃魔法、召喚魔法。それのみだ。
  ボズマーに聞く。
  「回復魔法は使えますの?」
  「ある程度は」
  「では従者を頼みます。そしてこのまま撤退してください」
  「待ちたまえっ! どうする気だっ!」
  「わたくしが奴を止めますわ」
  それしかない。
  それしか。
  今までこんなに絶望的な戦いをした事がない。こんなに力量の差を見せ付けられた事はない。
  だけど。
  「退けませんわね、わたくしにもプライドがありますのでね」
  「くくく」
  ブゥン。
  異界から魔力剣をわたくしは召喚した。その剣をデュオスに向ける。
  その隙にボズマーは簡単な回復魔法を施しつつジョニーを連れて撤退。……これでいい。後は何とかわたくしがこいつらを切り抜けてグレイズを連れて
  逃げる、それが最善だ。
  もちろん色々と問題があるだろう。
  簡単ではない。
  だけどこれしかあるまい。
  「中途半端かどうか分からせてあげますわっ!」
  「やれやれ。お前程度の馬鹿女の相手をするほど俺様も暇ではないんだがな。誰かこいつを殺したい奴はいないか?」
  仲間を見渡すデュオス。
  「お前が掛かってきなさい、デュオスっ!」
  「くくく。威勢だけは良いな。いいだろう、俺様自身が相手をしてやるよ。……狐女が。身の程を教えてやるぜっ!」


  奴は笑う。
  デュオスの嘲笑はわたくしの心を冷たく吹き荒ぶ。