天使で悪魔





霊魂の宿りし場所




  命は限りある。
  どんな命も、いつかは終わるものだ。
  しかしそれを否定する者がいる。
  特に名高いのが、死霊術師。
  アルケイン大学のハンニバル・トレイブンが禁止した後も、今なお横行している。
  人が人を超越する。
  それは理想なのか、ただの悪行なのか。
  ……判断は神のみぞ知る。






  客で賑わう、カウンツ・アームズの一階。
  二階は宿泊施設、一階は酒場。
  どの街にも必ず一軒はある、よくある造り。

  「この間の船での稼ぎは金貨3000枚弱。まあまあなところで、ござんす」
  「結構な事ですわ」

  サーペント・ウェイク号で得た物資は、それなりに良い金額。
  もちろん、借金の金貨10万枚に比べればまだまだですけど、それでも一晩でこれだけ稼げと言われてもまず無理だ。
  気障な男が近づいてくる。

  「なかなか景気が良さそうだね。……ああ、僕はベルウィン・ベニラス。初めまして、お嬢さん」
  「同席は許してませんわ」
  勝手に座ろうとする、僕ちゃんに釘を指す。
  鼻白むベルウィン・ベニラス。
  「それでなんですの?」
  「実は僕の祖父が残した屋敷があるんだ。そう、この街の人はベニラス邸と呼んでいるんだけど……僕はこの街を離れる必要が
  あるんだ。それで今、売りに出してるんだけど……それなりに急ぐんだ、ここから出て行くの。買わないか?」

  「それで、場所は?」
  「教会の通りにあるんだ。……そう、魔術師ギルドのすぐ近くでもある。金額は5000、下見は後にしてくれ。僕は急ぐんだ。商談は今
  すぐ、簡潔に、この場で、今すぐ終了する必要がある。それが最低限の条件だ」
  「今すぐ、を二度と言いましたわよ」
  紅茶を一口啜る。
  母様曰く、商談は熱くなった方が負け。
  どんなに相手が激論を吐き散らしても、静かな海の如くでいるべし。それが、母様の遺訓ですわ。
  ジョニーが耳打ちする。
  「……確かにベニラス邸は存在しています。金貨5000は安いと思いますが……」
  「分かりましたわ。ベルウィンさん、金貨3000なら即金で払いますわ」
  「3000っ!」
  ベルウィンが吼える。
  交渉は相手の痛いところを突け、これも遺訓。
  どう考えてもおかしい。
  どの程度の屋敷かは知りませんけど、経済観念持ったジョニーが安いというのだから、安いのでしょう。
  なのにそんな金額で叩き売る。
  ……訳ありですわね。
  訳ありだから安い金額……ふむ、良心価格にしたからといって許されるわけじゃない。
  それに。
  当初の5000よりさらに下回る金額で妥結したならば、それは本当に訳ありなんでしょうね。
  「わ、分かった。それでいい。権利書と家の鍵はここにある。……では、僕は急ぐ。御機嫌よう」
  「御機嫌よう」

  ジョニーに支払いを命じ、要求の金貨を手にすると早足にベルウィンは立ち去る。
  急ぐ、というのは嘘ではないらしい。

  ……もっとも。
  ああも急ぐ意味合いが、よく分からない。誰か急病でここを去ってお見舞いに行くのか……でも屋敷を売る意味は?
  権利書を読む。
  アンヴィル伯爵の署名。これは、偽物ではないですわね。
  「いやぁお嬢様、良い買い物したでござんす。さすがはお嬢様」
  「何故あんなはした金で売ったのかしらね」
  「えっ? ……まあ、医療費の為とか夜逃げとか……ともかくすぐに纏まった額が欲しかったんじゃないですか?」
  「……ふむ」
  まあ、いいですわ。
  わたくしはジョニーを従え購入したばかりの屋敷に足を運んだ。





  「外観、まあまあですわね」
  「いやいやお嬢様。あの金額でこの外装なら、儲けものですよ。普通は金貨2万はしますって」
  「そんなにしますの?」
  「ええ、それはもう。あっしが思うに、転売したらぼろ儲けですよ」
  「それもいいですわね」
  すぐ側に教会、礼拝もすぐに出来ますしお城の近くともあって警備は万全。何かあってもすぐに衛兵が駆けつけるでしょうね。
  さらに魔術師ギルド&戦士ギルドも近くにある。
  泉も近くにあるし、何よりバルコニーがある。あそこから見る街の様子、下々の方の暮らしは私のような上流階級出身にとってはた
  まらないステータス。ふぅん。スキングラードのローズソーン邸に比べると小振りな屋敷ですけど、まあまあですわね。





  「内装は……」
  「ま、まあこんなもんでしょう、お嬢様」
  荒れ果て、朽ち、ここ数10年人が住んでいない感じ全開ですわ。

  一応、家具やら調度品も完備していますけどどれも壊れてものの役に立ちませんわ。
  ……ただ……。
  「何もいませんのね」
  「はっ?」
  「いや、ですからこれだけ荒れているのにネズミなどの類がいませんのね」
  「ああ、そういえば……」
  生命がいない。
  そりゃ害獣などの類にいて欲しいと思いはしないけど……生命が何もいないというのもおかしな話。
  そう。今この屋敷に命あるのはわたくし達だけ。
  それが何か不自然な気がした。
  「ベルウィンが薬撒いたか何かしたんじゃないですか。それが礼儀ってもんでござんす」
  「まあ、そう言われればそうなんですけど……」
  ざっと見た感じ、地下室もあるようだ。

  二階も見てみる事に……。
  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴっ!
  鳴動。
  振動。
  そして……。
  「な、何でござんすかっ!」
  「安い理由が来ましてよ。鎮魂火っ!」
  ゴゥっ!
  怨嗟の声を張り上げ、亡霊が燃え上がる。
  部屋に亡霊達が満ちていた。
  これが安い理由、これが命のいない理由。この屋敷は命あるものを許さない。
  まったく。
  「炎の精霊よっ!」
  召喚。
  人型をした炎の精霊を具現化、亡霊達の掃討を命じる。
  精霊と幽霊、格は違う。
  ……が、炎の精霊は、当然属性が炎。対して幽霊は低レベルの冷気魔法を使う。圧倒的に蹴散らす、というわけには行かないわね。
  事実、幽霊三体を屠った直後に炎の精霊は撃破。
  使えませんわね。
  ならばっ!
  「クランフィアっ!」
  二足歩行のエリマキトカゲ(?)の悪魔を召喚。
  オブリビオンの悪魔と幽霊ならば、今度は圧倒的にこちら側に軍配が上がる。わたくしは攻撃魔法も使えますが、どちらかというと
  召喚系の方が得意。貴人たるもの、やはり自らの手足となる存在をけしかける方が向いている。

  全てを一掃するのに、そう時間は掛からなかった。





  掃討した後、周囲を調べた。
  散発的に幽霊が襲い掛かってくるものの、そもそもわたくしはこんな程度の相手を敵としていない。
  あっさり返り討ちにし、探索を続けた。
  そんな中、ジョニーが一冊の古びた本を見つけた。記した者の名はローグレン・ベニラス。
  この家を売った者の祖父に当たる人物らしい。


  『アンヴィルにいるのは無智ばかりだっ!
  無智蒙昧どもめっ!

  これが高潔なる魔術の実験である事すら理解できないくせに、小うるさい連中どもめっ!
  必ず報復してやる必ずなっ!
  私は私の命を延長させ魔力を増幅し肉体を増強して不死の存在となるっ!
  その為には肉体が必要だ。
  その為には霊魂が必要だ。
  無垢な者達の多くの血潮と骨肉が私には必要……』

  『日増しに干渉は強くなる。
  魔術師ギルドの煩わしい連中も騒いでいる。
  何の問題がある?
  何の恐怖がある?
  ……ああ、いや。問題も恐怖も分かるぞ。私が超越した、人を超えた人になるのが怖いのだ。
  私は干渉を避けるべく、この屋敷の地下に祭壇を築いた。
  私はそこに横たわり、死を超えるべく儀式を開始しよう。
  この秘密の部屋は何人にも侵入する事は叶わぬ様にしてあるが、万が一という事もある。
  そして、これも万が一だが私は失敗する可能性もある。
  だが、それならばそれでいい。
  限りなく低い確率だが、失敗した時は私の足跡を辿る愚かな者の肉体を奪い再起を図るまでだ』

  『魔術師ギルドの急先鋒であるトレイブンがアルケインのマスターとなった。
  あの男、死霊術を違法と抜かしおったっ!
  近い将来、私に何か干渉してくる可能性もある。自分達の理解出来ない事を異端と抜かす、愚かな連中だっ!
  街の人間は私を気の触れた老人と扱う。
  若い連中などは私とこの屋敷を呪われていると抜かし、肝試し気分でずうずうしくも入り込んでくる。
  まあ、実験台には困らんがな。
  人々は私を忌み嫌う。
  しかし直に気づくだろう。誰が優れ、誰が偉大であるかを。
  その時、奴らは平伏すのだ。
  虫の隠者となったこの私の前に、恐怖し、畏怖し、恭しく平伏すのだ。
  我こそは虫の隠者ローグレンなりっ!』

  ……読む限り、この屋敷の当時の当主は死霊術師。
  死体を弄り、ニヤデレする根暗魔術師。
  わたくしは正規の魔術師ギルドのメンバーではないものの、マスター・トレイブンの死霊術違法はそう間違いではないと思っ
  ている。ここの亡霊達は、ローグレンの人体実験の被害者の怨念、か。
  「どうします、お嬢様」
  「ベルウィンを締め上げますわ」
  「御意」
  「まったく。わたくしにこんな真似してて……始末ですわね」
  それにしてもこの間の幽霊船といい、わたくしの相手は亡霊ばっかりですわね。





  カウンツ・アームズ。
  酒場には時間的に客が来ないのか、客は誰もいない。オーナーはグラスを磨いていた。
  「あの男はどこですの?」
  「あの男? ……ああ、ベルウィン・ベニラスの事か。荷物纏めて街を出て行ったよ。あんたに売ってすぐにだ」
  「街を出て行った?」
  「帝都に行くとか言ってたけど、帝都のどこかは知らないよ、悪いけど」
  ……逃げましたわね。
  完全に確信犯ですわ。あの屋敷、あそこまで荒れ果てている以上、ベルウィンは住んでいたのではなくただ所有していただけ
  なのだろう。管理が面倒だから売った、ではなく幽霊屋敷だから手放したかった。それが、真相だろう。
  あの詐欺師め。
  わたくしじゃなかったら死んでますわ。
  ……あいつ、始末ですわね。





  日記を読み返してみよう。
  あのベルウィンの先祖のローグレン、死霊術に魅入られ、没頭し、わたくしから見るに狂気に一直線。
  ハンニバル・トレイブンがアルケイン大学評議長に就任した直後だから、死霊術は違法。
  ギルド内外に関わらず、それは違法。
  次第に干渉が強くなると書かれていた真意は、おそらく魔術師ギルドの干渉の事なのだろう。
  アンヴィル魔術師ギルド。
  元々はハンニバル・トレイブンが支部長を務めていた支部。
  訪ねてみた。
  「失礼。貴女がアンヴィル支部の支部長?」
  「アンヴィル支部長キャラヒルです。失礼ですが、貴女は?」
  「マスター・トレイブンに師事した者です。アルラ=ギア=シャイアと申します。どうぞよろしく」
  アルトマーの長身美人。
  マスター・トレイブン、という言葉を口にすると彼女は表情を柔らかくした。
  「師事した、と言うと貴女もギルドに?」
  「いえ。父様がマスターと懇意でしたので、個人的に」
  「ああ、なるほど。それで、ここには何の御用で?」
  「ローグレンと聞いて何か思い当たる節はありませんか?」
  「ローグレン? ……ああ、ローグレン・ベニラスの事ですか。懐かしい名ですね。それで、それが何か?」
  「彼の子孫の家を買ったのですけど、不法に居座ってる幽霊に手を焼いてましてね。ローグレン関係かと思いまして」
  キャラヒルは見た目は若い。
  しかし彼女はアルトマー。他の人間種と比べて、どれだけ長い寿命を有しているかは知りませんけど、少なくともわたくしの二倍
  以上は生きているはず。
  事実、ローグレンの事を知っていた。
  過去の文献など知った、ではなくおそらくリアルタイムで関わったのだろう。
  「彼は変わった老人でした。しかし、別に害というものはなく、ただ魔法好きの老人でしたよ。そう、強いて言えば道楽。学問的な知識
  はあっても実践的な能力はありませんでした。下手な横好き、というものですね」
  わたくしも魔法は道楽。
  特に召喚術に秀でていると、マスターに褒められたものですわ。
  ……懐かしいですわねぇ。
  今度、久し振りにマスターに会いに行くとしましょうか。
  「大体は無害でした。たまにネズミが大量発生したり、軽い地震のような振動が来たり。……まあ、迷惑おじさんですかね。その程度
  の彼でしたが死霊術に魅入られて以来、延命を、そう不老不死を望むようになったのです」
  不老不死。
  ……まったく、死霊術師はそもそもの法則を知らない。
  不老は存在しても、不死は存在しない。
  それがこの世界の絶対法則。
  それを捻じ曲げようと頑張っている。まったく、努力を通り越して無駄な行為ですわね。
  「彼は死霊術の古文書に没頭した。当時、私はマスター・トレイブンからこの支部を引き継いだばかりでしたが、マスターの高潔なる
  精神は心得ていました。対応する為に会議を開き、死霊術の研究の即時中止を訴えました」
  引き継いだ……ああ、彼女はやっぱりローグレン関連の当事者。
  彼女何歳なのかしら?
  「しかし彼は聞き入れなかった。結局、我々は彼が放つアンデッドの群れとの抗争に発展し、鎮圧しました」
  「彼はどうなりましたの?」
  「私の魔法で致命傷を負いましたが……そのまま地下室に姿を消しました。あの封印は私には解けなかった。今なお我々はベニラス
  邸を監視していますがあれ以来、ローグレンは現れなかった。問題ない、と見ていますが」
  監視。
  確かにアンヴィル支部とベニラス邸は眼と鼻の先。
  もし彼がリッチとして舞い戻ったならばすぐに察知出来るし、対応も出来る。
  しかし今までその兆候はなかった。
  ……。
  でも、ありえない。
  あの数の幽霊どもは、よっぽど……そう、墓地の上に家を建てたという理由でない限りあそこまで亡霊があの屋敷に縛られて
  いる意味が分からない。
  多分、日記に記された封印の向こうでローグレンは存在している。
  這い出てこないのは、完全なリッチではなく成り損なったからなのだろう。
  ……実は生きている?
  それはありえない。キャラヒルは致命傷を与えたと言っていた、例えそれが誇大に言っただけだとしても、何十年も籠もって生きてい
  れるわけがない。日記に記された封印の向こうで、おそらくまだ存在している。
  対決するしかない、か。
  「キャラヒル。助かりました。御機嫌よう」





  「鎮魂火っ!」
  迫り来る亡霊を焼き尽くす。
  その炎を見て、周囲に群れている亡霊達は怯え、竦み、動きが止まる。
  その炎、アンデッドには恐怖。
  ……死んでいる連中に恐怖、というのもおかしな話ですけどね。
  「鎮魂火っ!」
  後は各個撃破。
  常にわたくしのターン、ですわね。一階を彷徨う亡霊達を一掃するのに、そう時間は掛からなかった。
  「さ、さすがはお嬢様」
  戦闘能力ゼロのジョニーは、私の後ろでガクブルしながら一応、褒める。
  このトカゲ、盗賊能力は最高なんですけど、戦闘能力皆無というのが痛いですわね。荒野で修行中のグレイズは戦闘能力オンリー。
  ……どうにか足して2で割れないものかしら?
  「ジョニー、何か見えますか?」
  アルゴニアンは夜目が利く、わけではない。
  夜目が利くのはカジートだ。
  ただ、ジョニーは盗賊。暗闇に潜み、暗闇を駆ける存在。職業柄、夜目は利く方だ。
  「ひぃっ!」
  「どうしましたの?」
  「……腕腕腕……」
  「腕?」
  「ひ、人の腕の骨ーっ!」
  人相悪くなるのであまり好きではないですけど……眼を細め、ジョニーの指差すほうを見る。
  ……。
  ……ああ、確かに。
  「右腕ですわね」
  「ひぃっ!」
  日記を拾った時、ちょうど死角になっていて気付かなかった模様。
  何気なくその腕を拾い、わたくしはジョニーを促し地下へ。





  腕の骨を拾ったのに、特に意味はない。
  しかしこの屋敷、死霊術の実験の舞台になり、結果として魔術師ギルドが介入、当時の当主ローグレンは姿を消した。
  その後、一時的にここは魔術師ギルドが接収、徹底的に調べたはずだ。
  当然、人骨やら臓器やら、実験に使われた犠牲者達の亡骸は埋葬されているはず。
  なのにここに腕の骨だけある。
  ……それも曰くつきの日記の近くに。
  発想力なくても、普通はおかしいと気付くはず。
  「ここ、ですわね」
  確かに地下には封印がある。壁に記された、星の図形と神々を呪う為に血で記された文字。
  触れてみる。
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  バチバチバチィっ!
  わたくしは瞬間手を離し、その場に腰を抜かしたように倒れこんだ。
  「お嬢様っ!」
  ……悪意が流れ込んでくる……。
  ……殺せ壊せ憎め潰せ嬲れ死ね抉れ……。
  「悪意の感情は、わたくしにはもう必要ありませんわっ! 消えろ、消えろぉっ!」
  「お嬢様、どうなさったのです。お嬢様っ!」
  ……参ったわ。
  額に手を当て、頭を冷やす。
  壁に触れた瞬間、悪意が侵食してきた。貴人たるもの、一方的に押し付けられるのは好きではない。
  「ジョニー」
  「はっ」
  「下がっていなさい。壁を、悪意を吹き飛ばします」
  「はっ……はぁっ?」
  「三歩下がりなさい」
  「ははっ!」
  ……イライラする。
  ……憎しみとか恨みとか、そういう感情はもう卒業した。イライラする、思い出させやがってっ!
  「終わる世界っ!」
  炎+冷気+雷、三属性のミックス魔法っ!
  威力云々で言えば最強。単体専用ではあるものの、塵すら残さないっ!
  ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンっ!
  封印は、解けた。
  封印もろとも壁を粉砕した、というのが正しい。
  ……あっ、ジョニーが瓦礫で潰れてる。
  「ごめんなさいねジョニー。三歩下がった程度じゃどうにもならなかったわね」
  「……むぎゅー……」
  潰れ、気を失っているジョニーを放置し、わたくしは奥へと進む。
  剥き出しになっている岩肌。
  ローグレンが自分で掘った、というより彫った先に天然の空洞があったと見るべきかしら。
  かなり広い。
  自分で掘ったにしては、骨が折れるだろう。
  余程の暇人か余程の馬鹿か……ああ、どちらも当てはまるのか。
  その広い空間に、祭壇がある。
  ……いや墓標か。
  横たわる骸骨。おそらくこいつがローグレン。右腕の部分がない。今、わたくしが手にしているのがこいつの腕か。
  近づくと、声が脳裏に響いた。
  ノイズの混じった、あまり好ましくない声。
  「……私はローグレン・ベニラス……罪を償いたい、罪人なり……」
  「その割には亡霊を徘徊させてますわね」
  「……私は贖罪を希望している。かつてアンヴィルにした恐ろしい所業を償いたいのだ……」
  「貴方……」
  言いかけて、やめた。
  こちらからの声は届いていない。
  もしかしたら聞く気はないのかもしれない。ともかく、要求を聞いてみよう。
  「……キャラヒルの下した決断は正しい。当時の私を止められるのは、私を殺すだけだった……」
  「それで?」
  「……私は苦悩した。今ならば九大神にも許しえ乞える。私は自らの罪を贖いたい。だから頼む、私の体を元通りにして欲しい。私
  の腕を繋げて欲しい。その時、私は自らの過ちを悔い、そしてあの世へ旅立てるだろう……」
  「……」
  腕、これですわね、やっぱり。
  でも日記から察するに、こんな殊勝な人物には思えない。
  もちろん時が立てば人は変わる。
  この骸骨も、元々はただの下手の横好き魔術男。つまり、どんな者でもいつかは必ず変わる。
  ……だけどこいつ、悔い改めるタイプ?
  まあ、いいですわ。
  手にしていた腕の骨を、欠損した部分に繋げて見る。
  途端、狂気の笑いが木霊した。
  ブォン。
  背後で異音。見ると、魔力障壁で入ってきた部分が封じられていた。そして、見る。
  ゆらりと宙に浮かぶ骸骨の姿を。
  それは再びこの世界に時間を取り戻し、復活を果たしたローグレン。
  ふん、やっぱりですわね。
  「……愚かな、愚かな者めっ! 私はかつてキャラヒルの力を侮っていた、たかが女と侮っていた。その為に私は滅びた、しかし今度
  はその過ちを教訓としよう。くくく、私は今ここに再び蘇る。虫の隠者ローグレンなりっ!」
  「三流ばぁか」
  「……貴様ぁっ!」
  「わたくしに喧嘩を売ってただで済むと思ってますのっ! 氷の精霊っ!」
  「……馬鹿めっ!」
  ローグレンの発した紅い閃光に貫かれ、氷の精霊は瞬殺っ!
  攻撃力はめちゃ高いですわね。
  ……攻撃力は。
  「そ、そんなっ!」
  「……くははははははっ! 我は無敵我は不死身、虫の隠者である……っ!」
  「なぁんちゃって。貴方、始末ですわね」
  「……くくくっ! 今更何をどうする……っ!」
  「終わる世界っ!」
  ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンっ!
  ……。
  「ふん、終わっちゃいましたのね」
  そこには何もない。
  祭壇も。
  骸骨も。
  全て消し飛ばした。
  ……死霊術師が望む、無敵の存在リッチ。
  確かに強い、でも完全なる無敵というわけでもない。結局、人を超越した……人でしかない。
  魔でも神でもない。
  人。結局、人の一歩先を行っているだけ。それも間違った進化の仕方。
  人の肉体を捨て、霊魂のみの存在となった呪われし存在。
  「肉体捨てて脱皮した程度で至高の存在とは片腹痛いですわね」












  帝都にあるアルケイン大学。
  マスター・トレイブンの私室。
  「……」
  「どうなさいました、マスター・トレイブン」
  「……ああ。カラーニャか。実はキャラヒルから書状が届いた」
  「アンヴィル支部で何か?」
  「……私の教え子のアルラが解決したのだが……虫の隠者を名乗るリッチが現れたそうだ」
  「……」
  「ファルカーの行方はまだ掴めんか?」
  元シェイディンハル支部長ファルカー。
  隠れ死霊術師で、先の死霊術師騒動を指揮していた人物。魔術師ギルドでは、死霊術師をまとめ組織化を陣頭指揮した人物とし
  て今なおその行方を追っている。その同志セレデインも現在行方不明。レイリンは死亡。
  「ファルカー、セレデインは今だ……」
  「虫の隠者ヴァンガリル、虫の隠者ローグレン……この2人はまさか……」
  「まさか、でございます。ただの御伽噺、ありえません」
  「……」
  「今更、虫の王マニマルコの再来はありえません」
  「……」
  マスター・トレイブンの苦悩は続く。