天使で悪魔
暗雲のアンヴィル
誰が画策するのか。
誰が操作するのか。
運命は確かに動いている。
キャスティングボードを握るのは誰?
ダレロス邸。
帝都スラム街にあるわたくし、アルラ=ギア=シャイア子爵の邸宅。
帝都は当然ながら帝国の直轄であり、それは皇族&元老院の固有の領土。しかし唯一このスラム街は帝都の落伍者が集う場所。
当然ながら帝国の恥部。
当然ながら帝国の暗部。
要らない場所といってもいい。
官僚達は排除したいと思っているものの実力行使で追い出せば帝都市民の受けが悪いし、今まで盗賊ギルドから多額の献金を受けていた以上強制
排除は出来ない(官僚達はスラム街が盗賊ギルドの温床だった事は知らない。献金さえもらえれば何でもいいのだ)。
そこでこのわたくしがこの土地を買い取った。
多額の献金をした。
元老院にしても惜しい土地ではない。
すぐさまわたくしに譲渡した。
もちろん「献金してもらったからあーげる☆」ではなく厳かな態度で「貴殿の治世の手腕を期待して任地にする」との事。
まあ何でもよろしいですわ。
貰えればね。
そこからわたくしの攻撃が始まるわけですわ。
現に元老院や官僚達と繋がりのある港湾貿易連盟に組する組織を次々と潰している。ああいう手合いは必要ない。わたくし達盗賊ギルドはそういう組織を
次々と潰して物資や資金を強奪。
新生盗賊ギルドは悪党を食いモノにする、犯罪者の集団ですわ。
ほほほ☆
……。
……当然ながらそういう手合いと繋がっている帝国の上層部にとって盗賊ギルドは邪魔になってくる。
明確ではないにしても薄々とはスラム街が本部だと気付いていたはず。
だけど。
だけど無理には入り込めない。
何故?
簡単ですわ。
ここは『アルラ子爵の領土』なんですもの。
帝都の衛兵も勝手には入り込めない。元老院の裁可があれば別だけど裁可は出すまい。ある程度は盗賊ギルドの拠点とは気付いていたにも拘らず
厄介払いとしてわたくしに売りつけた。知ってて売りつけた。今さら『盗賊ギルドの拠点だから返せ』とは言えまい。
言えば詐欺をしたのと同義だからだ。
子爵の地位とスラム街を買い取った真意はそこにある。
新生盗賊ギルドは真なる義賊。
どんな権力にも屈指ずに義を行う集団。
もちろん盗賊だから儲けは必要。だけどそれも大丈夫ですわ。チマチマと盗むより犯罪結社を食い物にした方が儲かりますもの。
既に叙任と領土に費やした分は回収で来ている。
儲かりますわねー☆
「ふぅ」
心地良い午後のティータイム。
帝都はやはり貴族に相応しい土地ですわねー。
……。
……まあ、わたくしの領土はスラム街なんですけど。
それでも。
それでもダレロス邸は豪奢な造りになっている。
調度品も高価なものばかり。
その内の半分以上が盗品なのは、まあ、盗賊ギルドらしいですわねー☆
だけど問題にはなるまい。
何しろこれらは全て港湾貿易連盟に属する犯罪結社から華麗に強奪してきた物ばかり。まさか連中が公的機関に『泥棒にあいました』とは言わないでしょ
うね。確かに港湾貿易連盟の加盟組織は全て堅気の外面があるものの、訴えはしないだろう。
何故?
だって元々が『盗品』ですもの。
あの連中が有していた時点で『盗品』だった。どこか別の場所から盗んできたものをわたくし達が盗んだ。訴えようがあるまい。
つまり盗んでも問題なし。
わたくしの論理は完璧ですわね。
法廷でも勝てますわ。
ほほほ☆
「ふぅ」
落ち着きますわ。
わたくしの側にはトカゲのジョニーとオークのグレイズが待立している。フリーの盗賊集団ヴァネッサーズの元メンバー……というかスキングラードで貴族
暮らししてた頃からの主従関係。庭師のジョニーと用心棒のグレイズ。
「ジョニー」
「はいはいお嬢様。紅茶のおかわりっすね」
「始末」
「何でーっ!」
「何となく」
「何となく、で始末されるのかあっしはーっ!」
「お願いよジョニー。わたくし貴方が始末される姿見ないと落ち着かない。……わたくしへの忠義があれば出来ますわよねー?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ横暴だーっ!」
「貴族は横暴なものですわ」
「……すげぇ理屈ですね……」
「何か言いまして?」
「いいえー」
「紅茶」
「はいはい」
ティーポットを手にしたジョニーが私の持つ陶器のカップに紅茶を注ぐ。
この陶器のティーセットはアンヴィル伯爵家からの贈答品。わたくしの子爵叙任に対するプレゼントだ。
さて。
「ジョニー」
「……始末はなしでお願いしますよ?」
「分かってますわ。いやですわ、ジョニーったら。ほほほ☆」
「で、ですよねー」
「死刑」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ結末が具体的だーっ!」
「ほほほ☆」
からかって遊ぶ日々。
それ以外は基本的に盗賊ギルドの仕事に全力を注いでいる。
先代とは異なり現在のグレイフォックスであるわたくしは犯罪結社を食い扶持として襲っている。
儲かる儲かる。
悪党狩りは儲かりますわねー☆
「ところでグレイズ」
「何でしょう、お嬢」
「次の標的はどこですの?」
「そうですな。……アーマンド参謀はアンヴィルで港湾貿易連盟が活発になっていると言っておりましたが……」
「アンヴィル」
今まで港湾都市アンヴィルは盗賊ギルドの保護を受けて来た。
先代灰色狐の意向だ。
……。
……まあ、それにしてはアンヴィルでは賊が多いんですけどねー。
だけどこのまま無視は出来ない。
先代は結局アンヴィル伯爵であるコルヴァスであり、保護する理由は治安維持の為であり留守を預かっていた伯爵夫人の責務を軽くする為。わたくしと
は理由が異なるものの無視は出来ない。悪党は排除する、それがわたくしの信念なのだ。
百害あって一利なし。
潰すに限る。
もっとも潰せば一利以上になるのだから尚更潰す事に全力を注がないとね。
それが貴族で義賊たるわたくしの責務。
「ジョニー、グレイズ」
『はい』
2人はわたくしの忠臣。
2人はわたくしの従者。
2人はわたくしの側近。
そしてそれ以上に盗賊ギルドにおける幹部として現在は存在している。参謀や伝令よりも一等上の役職にある。
もっとも実際にはわたくしの丁稚なんですけどねー☆
ほほほ☆
「アンヴィルか。行きますわよ。……ジョニーを処刑したらねー☆」
「御意。お嬢、お任せを」
「頼りになりますわねグレイズ☆」
「ありがたきお言葉。……聞いての通りだジョニー。お嬢の為にここで死ね。嬉しいだろう、お嬢の為に死ねるのだ。喜べ」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ滅茶苦茶な理論だーっ!」
その頃。
アンヴィルの港湾区画にある酒場『フロウイング・ボウル亭』。双子のボズマーが運営する船乗りの為の酒場。
奥の席でボソボソで話し合う2人がいる。
パッとしない服装をしているものの地元民ではないのは見る者が見ればすぐに分かった。
何故?
匂いだ。
潮の香りが染み付いていない。
だが服装は観光客には見えない。もっとも常連客にしてみればどうでもいい事だった。話の肴にする程度で別に深く関ろうとは思っていない。
さて。
「報告を捜査官」
「はい主任」
周囲には聞こえない口調。
関心が払う者がいたとしても聞こえないだろう。それだけ小声だった。
……。
……いや。
ほとんど言葉を発していない。
2人は唇を読んでいた。
読唇術だ。
「捜査官、この間の報告は本当か?」
「はい」
「詳細な報告をせよ」
「はい。……やはり港湾貿易連盟と取引をしているのはブラックウッド団の残党であるジャファジールです。まず、そう見て正しいでしょう」
「ふむ」
2人は帝都から派遣されて来た。
正確には2人だけではない。帝都から大勢の者達が集結しつつある。総勢30名。
その素性は元老院直轄の情報機関であるアートルムの諜報員達だ。
今ここにいる1人は今回の作戦の指揮を任されている主任であり報告しているのはその補佐官だ。
さて。
「ジャファジール……確かリザカールが率いた傭兵団の副長だったか?」
「そうです主任」
「ふむ」
「第一級特務部隊ヘルズキャッツ。報告を見る限りではブラックウッド団壊滅の際には姿を消したとか。……ふぅむ。未確認の情報ではあるが今だ実在す
ると見て正しいわけか。だが何故今になって、それもアンヴィルで行動なのか。他に何か報告は?」
「今のところは」
「引き続き調査せよ」
「はい」
「後は……」
「……?」
「帝都に報告せよ。これは大事になる。動かせる諜報員を全て集結させるように報告してくれ。ユニオにもそう伝えろ」
「ユニオ、ですか。確かに奴は凄腕ですが別の任務を帯びている……」
「事は深刻だ。元老院にはそう言上しろ」
「了解しました」
元老院直轄の諜報機関アートルムが帝都に送った報告。
報告先はアートルム長官。
『出所不明ではあるものの強大な財政力を背景にブラックウッド団残党は港湾貿易連盟と接触する模様』
『その詳細は不明』
『名称的にはブラックウッド団残党とはいえ純粋にはリザカールが率いた傭兵団ヘルズキャッツである為、まさかアルゴニアン王国絡みではないとは思
いますが余談がならない情勢の為、諜報員の増員を要請します』