天使で悪魔







灰色狐な貴族





  王宮への強奪。
  これを成し遂げたのは新生グレイフォックスだという噂がシロディールを駆け巡った。
  伝説の義賊グレイフォックス。

  ただし代替わりした灰色狐は先代とは思想が異なる。
  あくまで貴族らしく振舞う。
  貴族は高潔であるべきというモットーの元に動く。






  ドサ。
  最後の1人はその場に倒れた。
  ふぅん。
  大手の貿易商のルドラック海運ともなると完全武装の私兵を大量に抱えているわけですのね。しかしそれが建前なのは知っている。
  この会社はダミー。
  実際には犯罪結社であり、シロディールでもっとも強大なシンジケートである港湾貿易連盟に組する組織だ。
  わたくしはここに押し入った。
  ……。
  ……いいえ。訂正ですわ。
  わたくし達はここに押し入った。深夜を待って押し入った。
  わたくし達、それはわたくし、オークの用心棒グレイズ、丁稚奉公のジョニー。しかしそれだけではない。メスレデルもいるしアーミュゼイもいる。その他
  大勢の盗賊ギルドのメンバー達も大勢引率しての襲撃。
  ただこの場にいるのは、ルドラック海運の社長室にいるのはわたくし達3人のみ。
  他の面々はメスレデル&アーミュゼイの指示で一切合切を接収している。
  接収?
  接収。
  新生灰色狐であるわたくしの最近の日課は港湾貿易連盟に組する組織を片っ端から潰す事にある。
  何故?
  暇潰しですわ。
  鬱屈してるし。
  それにまあ、良い稼ぎになりますしね。
  悪の犯罪組織の身包み全部剥いで壊滅させる、まさに義賊の鑑ですわねぇ。それに正直な話、実入りが良い。犯罪結社をカモに儲ける。
  まさにエコですわね。
  ほほほ☆
  「ここまでですわね、社長さん」
  「く、くそぅっ!」
  最後の護衛を倒されてインペリアルの小太りの社長は慌てふためく。
  こいつは善人そうに装ってはいるものの犯罪結社のボス。
  目は堅気ではない。
  「お嬢」
  「下がってて。グレイズ」
  「御意」
  「ジョニー、わたくしの盾になって果てるのですわ」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ労働基準法護ってくださいよーっ!」
  「ちっ。使えない奴ですわ」
  「そ、そういう問題っすか?」
  「ほほほ☆」
  わたくしは灰色狐の仮面を被っている。グレイフォックス、それが今のわたくしだ。先代の灰色狐は自分の『更生計画☆』に没頭していた。
  だから。
  だから極力は世間との関わりを断っていた。
  元老院や帝国軍に対しても賄賂をばら撒いて『盗賊ギルドもグレイフォックスも都市伝説』という風にでっち上げていた。
  前にレックスに聞いたんだけど盗賊ギルド関連の報告は全て握り潰されるらしい。
  賄賂の力は絶大ですわね。
  だけどそれはあくまで先代の話だ。
  わたくしには何のしがらみもない。わたくしはわたくしとしてあるがままに振舞う。
  港湾貿易連盟に対する接し方もそうだ。
  最初はただボロ儲け出来るという意味合いだけだったけど、最近は面白い事が分かって来た。港湾貿易連盟も元老院に献金して身の保身を図っている
  という事が判明した。
  不正は嫌い。
  だからわたくしは港湾貿易連盟の組織を1つずつ潰し、資産を奪い、その組織と通じていた官僚や仕官の情報を黒馬新聞に流している。
  ビバ吊るし上げ。
  腐敗政治は好きではありませんわ。
  腐敗は斬り捨てるべき。
  だからこそ必要以上に活発にわたくしは動いている。そして盗賊ギルドの組織力もフルに活用している。
  そして……。
  「この国の政治を正す為に人柱になってもらいますわ」
  「しょ、笑止っ!」
  「何ですの?」
  「盗賊ギルドのグレイフォックスが正義の味方の真似事かっ!」
  「いいえ」
  首を振る。
  正義?
  そんなつもりは毛頭ない。
  「わたくし達もまた犯罪者。だから『正』を振るう気はありませんわ。しかし『義』は我らが信念。その信念の為に港湾貿易連盟は潰しますわ」
  「戯言をーっ!」
  バッ。
  護身用の短剣を握り締めてルドラック海運のボスは向ってくる。
  小太りなオヤジ。
  それでも。
  それでも予想よりは素早かった。
  もう少し体が絞れていれば並大抵の遣い手では勝てなかったかもしれない。刺突のモーションはわたくしが知る限りでは随一だ。
  ……。
  ……可哀想ですわね。
  わたくしが相手でなければ切り抜けられたでしょうに。
  魔術も武術も得意中の得意のわたくし。
  おそらく実戦派の灰色狐は初めてだと思いますわ。盗みの技術よりも戦闘の技術に長けたグレイフォックス。
  それがわたくしですわっ!
  「霊峰の指っ!」
  「……っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  古代アイレイドの強力な雷の魔法を天井に叩き込む。
  奴の真上の添乗に。
  次の瞬間、わたくしの目の前に瓦礫の山が出来上がっていた。その下から呻く様な声。殺すわけには行かないから再起不能にしてやった。
  生き埋めの刑ですわね。
  殺さないのか?
  殺さない。
  盗賊ギルドの掟で盗みの最中に人は殺さない。つまり強盗殺人はご法度。
  それでも純粋な戦闘の際の殺人はスルーなわけですから意外に適当なのかもしれませんわねぇ。
  ともかくボスは瓦礫の下敷き。
  「元老院議員と癒着しているそうですからその証拠をゲットして撤退しますわよ」
  「御意」
  「了解っす」
  護衛は沈黙。
  親分は沈黙。
  室内を家捜しするのにはまさに打って付けですわね。
  誰も邪魔する奴がいないのだから楽勝ですわ。
  今頃。
  今頃メスレデル達は倉庫からめぼしい物を全て盗み出しているはず。盗賊ギルドの資金はこれで潤いますわねー。
  ほほほ☆
  「お嬢様、ありましたぜ」
  「よくやりましたわジョニー。始末ですわ☆」
  「何故にっ!」
  「何となく☆ ほら、きっとこの方が受けがいいですし」
  「……意味不明だー……」
  「不服ですの?」
  「不服っすよっ!」
  ジョニー抵抗する演技が上手くなりましたわねぇ。
  実は本気?
  まあいい。
  見つけたのは宝箱。盗賊の親玉をしていると開錠の技術にも長けてくる。一見見た感じでは……ベリーハードな鍵ですわね。これを開けるとなると時間
  が掛かる。いくらルドラック海運の連中を叩き潰したとはいえ、あまり長居をすると邪魔が入る可能性が高い。
  「ふぅ」
  やれやれ。
  これを使うとチート過ぎるけど仕方ない。
  ゴソゴソ。
  懐から鍵を取り出す。
  合鍵?
  そうではない。
  これは灰色狐になった際に先代から譲り受けた代物だ。それがこの鍵。深壊のピック。
  初代灰色狐のエマー・ダレロスが魔王ノクターナルから盗んだモノの1つ。
  ……。
  ……まあ、仮面も鍵も盗んでいれば祟られて当然ですわね。
  そもそも魔王から物を盗もうとする発想が怖い。
  さて。
  「仕方ないですわね」
  わたくしは鍵を鍵穴に入れる。
  ガチャ。
  あっさり開いた。
  この鍵は差し込んだ鍵穴に対応して形状が変化する。つまり鍵穴に差した瞬間に合鍵になるのだ。まさにチート、バランスブレーカーの極み。
  ともかく。
  ともかく鍵は開いた。
  宝箱の中には色々な証拠が入っている。ついでに高そうな宝石の類もね。
  頂いておくとしましょう。
  「撤退しますわ」



  わたくしの名はアルラ=ギア=シャイア。
  盗賊ギルドの灰色狐。
  それが裏の顔、裏の称号。しかし表の顔も当然ながらある。それも超セレブな貴族。今のわたくしは子爵。
  何故爵位を?
  簡単。
  元老院に多額の献金をしたからだ。
  あと、アンヴィル伯であり先代灰色狐のコルヴァス伯爵とその妻であるアンブラノクス伯爵夫人の後押しにより貴族になった。帝国の慣例により子爵に
  はシロディールに領土は与えられない。例外として自分で街を作る場合はいいらしい。冒険王であるベルウィック卿みたいにね。
  彼も子爵。
  ……。
  ……わたくしの領土?
  帝都のスラム街ですわ。
  本当は叙任した瞬間に他地方に領土をあてがわれて飛ばされるはずだったんですけど、さらに元老院に献金。スラム街を買い取った。
  元老院も帝都のスラム街は惜しくなかったらしくあっさりとわたくしに譲渡。
  今ではあそこがわたくしの領土。
  意味?
  ありますわ。
  ここ最近は盗賊ギルドは港湾貿易連盟を狙ってる。そしてそいつらとつるんでいる元老院もね。
  今まで軍も元老院も盗賊ギルドから賄賂を受けてたから見ない振り知らない振りをして来た。しかし今ここにわたくし達は宣戦布告したも同義。帝都に
  おける盗賊ギルドの最大拠点であるスラム街を摘発するからしれない。
  だから。
  だから前もって叙任の運びにし、さらにスラム街を買い取った。
  悪党狩りする前にね。
  今、スラム街はわたくしの統治の元にある。
  多額の献金を受け取っている以上、元老院も今更取り消すとは言えまい。献金云々の資金は盗賊ギルドの資産から流用したけど、港湾貿易連盟から
  接収した金品のお陰で利益すら出ている状況。ビバ悪党狩り☆
  わたくしのしたい事?
  それは……。
  「貴族としての義務を果たしますわ。犯罪結社? いらない。全部潰しますわ。腐敗している士官も議員もね」


  それが新生灰色狐の信念。
  灰色狐な貴族としての義務を果たしますわ。