天使で悪魔







義賊な貴族





  物事は始まり、いずれは終わる。
  それが世の常。
  決して例外などありはしない。
  灰色狐の画策と願望はここに終局を迎える事になる。
  最後のピース。
  エルダースクロールズの入手によって。





  「手に入れたのかっ!」
  吼えるように灰色狐は叫んだ。
  実際吼えているようなものだ。ここまで感情を昂ぶらせた姿を見るのは初めて。
  「ええ。お望みのものですわ」
  テーブルに巻物を置く。
  エルダースクロールズ。通称『星霜の書』と呼ばれる過去を自動的に刻む巻物。……伝説級ではあるものの特に需要があるとは思えない。
  もちろん珍しいものが好きな金持ちなら幾らでも出すだろう。
  まあ純粋に灰色狐が欲しかっただけみたいだけど。
  最初にそう言いましたしね。
  「おお信じられんっ! 入手の可能性はほぼゼロに近かったのにっ!」
  「……」
  口滑らせましたわね。
  ほぼゼロ?
  ……。
  ……まったく。駄目元の任務でしたのねやっぱり。
  任務内容がザックリ過ぎましたわ。
  「満足ですの?」
  「うむっ!」
  「よかったですわね」
  帝都にあるエルフガーデン地区の家での会合。
  吸血王ストーカーを倒し、王宮近衛兵の追撃を退けてここまで逃げて来た。尾行はなかった、完全に巻いた。人も殺していない。さらにこちら側の
  死傷者もゼロ。わたくし達は満点の成績でエルダースクロールズ強奪をやってのけた。
  まさに完璧な任務でしたわね。
  もちろん王宮の警備がザルだった、というのもありますけど。
  何気に王宮、穴場ですわね。
  生活に困ったら今後も活用させてもらおうかしら。
  ほほほ☆
  「よくやったてくれたさすがは私が見込んだ盗賊だっ!」
  「どうも」
  しかし問題もある。
  エルダースクロールズに記されているのは文字であり図形。
  わたくしは確かに大学では古代文字は専攻していなかったから読めなくて当然ではあるものの、この巻物の文字は大学の知識でも手に余る代物
  だ。知識の最高峰ですら読めない文字の巻物。
  何に使うのだろう?
  何に……。
  「私は7年もの間エルダースクロールズの解読を独学で学んできた。……まさか本当にこの手に目的のモノが収まるとは信じられん……」
  「読める……読めるんですのっ!」
  「読めん物を盗んでも仕方なかろう」
  何を言っているんだという表情で灰色狐は呟いた。
  ふーん。
  なかなか博学なんですわね。
  「ところでキャモランはどうしましたの?」
  「正式な閲覧者か。あの女、攻撃魔法で廃屋を吹き飛ばして逃げたよ。セリア・キャモランとか偽名を使っていたが実際はルマ・キャモランだ」
  「ふぅん」
  誘拐して足止めね。
  なるほど。
  よっぽどエルダースクロールズにご執心だったらしい。そうでなければ誘拐なんて盗賊ギルドの主義に反する事はしないだろう。
  それにしてもキャモランね。
  ……。
  ……まあいいですわ。
  今後関わる人物ではないですし。
  偽名だろうが関係ない。
  「これで任務完了ですわね。それで報酬は? 支払いはどんな形ですの?」
  「……」
  「グレイフォックス?」
  「……ああ、実はもう1つ頼みがある」
  「頼み?」
  報酬の話は先延ばしらしい。
  そもそも報酬はなんだろう?
  考えてみれば報酬が何かは明確に示唆されていなかった。
  金貨?
  いや。エルダースクロールズという伝説の巻物の強奪をしたのだからお金ではないだろう。
  でもだとすると何?
  「アルラ、手を出せ」
  「手を?」
  握手でもするのだろうか?
  「そうではない。こいつを受け取れ」
  「ああ、そういう事ですの」
  手のひらを見せる。
  灰色狐は小さな物体を手のひらに乗せた。
  指輪だ。
  まかさこれが報酬ですの?
  何の変哲もない指輪。魔力も何も感じない。宝石は確かに高価な等級だとは思うけど指輪以外の何物でもない。
  何だろう?
  「この指輪をアンヴィルに届けて欲しい。伯爵夫人に手渡せ、直にだ。懇意の君なら造作もないだろう?」
  「はっ?」
  「入手元を聞かれても私の事は言うな。見知らぬ者から受け取った、そう言え。いいな?」
  「はっ?」
  「この任務が終わり次第報酬を渡そう。私を信じろ。以上だ」
  「はっ?」
  意味が分からん。
  最後まで灰色狐は意味が分からん。
  手をひらひらと振ってみせる。とっとと出て行けという事だろう。難攻不落の王宮に忍び込んだ者に対する礼儀としては最悪ですわ。
  もちろん盗賊に礼節を持ち出しても意味がない。
  「分かりましたわ。では御機嫌よう」
  一路アンヴィルに。


  白馬に揺られながらわたくしはアンヴィルを目指す。
  帝都で購入した白馬。
  優雅なわたくしにはぴったりですわね☆
  従者にジョニーとグレイズを引き連れてアンヴィルを目指す。スキングラード、クヴァッチを経由。旅程としては5日の距離。急ぎというわけでは
  ないのでゆったりとして観光気分の旅。要する日数はそれを考慮してですわ。
  「指輪ねぇ」
  何の変哲もないただの指輪だ。
  何の変哲もない……。


  灰色狐の思惑は意味不明。
  真意はどこにある?






  5日後。
  わたくし達一行は港湾都市アンヴィルに到着した。ジョニーには白馬の世話を命じ、グレイズは護衛として城まで同行させた。もっとも玉座にまで
  付いて来るわけではなく待合室で彼は待っている。
  「今日は何用ですかアルラ」
  「ご機嫌麗しゅうございます伯爵夫人」
  鷹揚そうに喋る玉座の女性。アンブラノクス伯爵夫人。
  わたくしが姉と慕う大人の女性だ。
  ちなみにコロール伯爵夫人はわたくしにとっては母親のような人物だ。
  さて。
  「堅苦しい挨拶は無用ですアルラ。そうだ旅の話でも聞かせてください。……お前達、お下がり」
  『はっ』
  近侍の者達を下がらせる。
  玉座の間に2人っきりになるとわたくしは指輪を取り出す。
  「プレゼントがあります」
  「プレゼント?」
  「はい」
  一礼し、玉座に近づいて伯爵夫人に指輪を手渡す。
  一瞬怪訝そうな顔をするものの驚愕な表情へと伯爵夫人は一転した。
  ……?
  見覚えがある指輪なのかしら?

  「これは……っ!」
  「……」
  「これは私の夫のものですっ! どこでこれをっ!」
  「えっ!」
  夫の指輪?
  つまりは伯爵の指輪っ!
  昔から家族ぐるみでわたくしはアンヴィル伯爵家と懇意にしていた。実はアンヴィル伯であるコルヴァスには憧れていた。まあ子供の頃の憧憬です
  けどね。明確な恋愛感情ではなかったもののわたくしは慕っていた。
  コルヴァス伯爵。
  つまり目の前にいる伯爵夫人の夫。伯爵は謎の失踪を遂げた。失踪原因も謎のままだ。もう11年も前になる。
  これが伯爵の指輪?
  何故灰色狐がこれを持っていた?
  何故?
  「アルラも知っての通り私の夫は11年前に失踪しました。……しかしおかしいのです。ずっと夫の顔が思い出せないのです」
  「……あっ」
  わたくしだけだと思ってたっ!
  11年も前だから。つまりは当時9歳だったから記憶から消えてしまっていただけだと思っていた。
  実はわたくしもだ。
  伯爵の顔がまるで思い出せない。
  この符号は何?
  バッ。
  伯爵夫人は玉座から立ち上がってわたくしに詰め寄る。
  しかし答えようがない。
  結局わたくしも何も知らないのだから。
  「アルラ、これをどこで手に入れたの? 夫の居場所を貴女は知っているの?」
  「それは……」
  コツ。コツ。コツ。
  ……?
  その時、近付いて来る足音にわたくし達は気付いた。
  振り向くとそこには『見知らぬ者』がいた。盗賊ギルドのメンバーなのか、組織と協力関係にあるだけなのかは知らないけど偽造屋だ。
  どうしてここに?
  「衛兵っ! 不審……っ!」
  「お待ちください」
  叫ぶ伯爵夫人をわたくしは止めた。
  何故こいつがここにいる?
  灰色狐の指示なのか。
  少なくとも伯爵夫人をどうこうする気はないのだろうけど……どう説明すればいいんだろう伯爵夫人に。
  説明は難しいですわー。
  見知らぬ者はわたくし達には何の意も介さずに懐から何かを取り出して被った。それは灰色の頭巾。
  灰色狐の頭巾だ。
  ええーっ!
  こいつがグレイフォックスっ!
  平然と頭巾を被る。
  そして……。

  「エルダースクロールズの力によりエマー・ダレロスをノクターナルの頭巾を盗んだ真犯人と宣言するっ!」

  「はっ?」
  何だ今の宣言は?
  朗々と歌うように言葉を紡いだ灰色狐。
  何だったのだろう?
  「グレイフォックスどうして貴方がここにいるのですっ! 私の城に何用ですっ!」
  「その指輪は私からの贈り物だ」
  ……明かすなとか言いながらばらすのかよ。
  お陰様でわたくしが盗賊ギルドに関与しているかもしれないという疑問が伯爵夫人に芽生えた可能性があるじゃないですの。
  自分勝手な男ですわね。
  「グレイフォックスっ! 貴方が夫からこの指輪を取り上げたのねっ! 夫はどこっ!」
  「取り上げてなどいない」
  「ならどこでこの指輪を手にしたのですっ!」
  「この仮面の下の男を君は知っている。私こそが君の夫であるコルヴァスなのだから」
  「えっ?」
  本当に『えっ?』ですわね。
  第一見知らぬ者の顔とコルヴァス伯爵の顔は一致……あれー……?
  「……本当なの……?」
  「ああ」
  「だけど、だけど何故……?」
  「説明すると長い」
  バッ。
  頭巾を脱ぐ。するとそこにはコルヴァス伯爵の顔があった。
  あれ?
  だってさっきまで見知らぬ者の顔……いや、そもそも見知らぬ者の顔とコルヴァス伯爵は瓜二つだ。
  どうして今まで気付かなかったのだろう。
  それは何故?
  灰色狐は……いやコルヴァス伯爵は言葉を続ける。
  真相を語る。
  それに対して伯爵夫人は何も言わなかった。
  静かに耳を傾けている。
  「私は君を裏切っていた、しかし君を愛していないというわけではない。私は元々盗賊なのだ。君と一緒になる前もなった後も」
  「……」
  「私は先代のギルドマスターからこの灰色狐の頭巾を受け継いだ。グレイフォックスの称号とギルドマスターの地位を。……そして呪いも」
  「……」
  「これはオブリビオンの魔王ノクターナルの呪いが掛けられている」
  「……」
  「一度灰色狐の頭巾を被れば呪いが発動する。タムリエルに私を知る者がいなくなる。誰の記憶に留まらない存在となる」
  「……」
  「頭巾を被ればグレイフォックスと認識され、外すと誰でもなくなる。……私は『見知らぬ者』となるしかなかった」
  「……」
  それでかっ!
  つまりあの頭巾を被る事により『誰でもなくなってしまう』わけだ。
  まさに呪いですわね。
  でも疑問が残る。
  今はコルヴァス伯爵だと認識できる。
  呪いが解けた?
  「私はいつも君の側にいた。君が視察の為にアンヴィルの街に出た時、私は叫んだ。『私はコルヴァスだ、君の夫のコルヴァスだ』とそう叫んだ。し
  かし君は私を見て困った素振りをした。私を哀れな男としか見ていなかった。夫として私を認識できないでいた」
  「それでもっ!」
  沈黙を破り伯爵夫人は叫んだ。
  理解は出来る。
  例えどういう状況だろうとコルヴァス伯爵は元々盗賊だったのだ。
  許せない心境は理解出来る。
  「それでも私は貴方を否定しますっ! 貴方は私の夫のコルヴァスなどではないっ!」
  「そう来るか。やはりな」
  「盗賊ギルドのグレイフォックスっ! 貴方がその地位に固執するのであれば私は貴方を否定しますっ! 盗賊の首領を伯爵の地位に付けるわけ
  には行かないのですっ! 衛兵を呼ばれる前にさっさと逃げたらどうですか盗賊よっ!」
  「君が癇癪を起こす性格だと分かっていた。だからこそ友人を連れてきたのだ」
  「はっ?」
  突然視線を向けられてわたくしは間の抜けた声を発した。
  「報酬を払おう」
  「はっ?」
  「私はここに宣言する。アルラ=ギア=シャイアにグレイフォックスの力と地位を譲り渡すっ!」
  「はっ?」
  「おめでとうアルラ。君は今、義賊なった。真なる義賊に」
  「ま、待ちなさいっ!」
  盗賊ギルドのマスターっ!
  わたくしがーっ!
  没落貴族が義賊の親玉……何ですのこの展開しかも灰色狐の目的の為だけに今まで行動してきたのかわたくし達はーっ!
  完全に『灰色狐更生計画』ですわ完全にーっ!
  腹が立ちますわ無性にねー。
  利用された感全開ですわ。
  「これが答えだアルラ。お前は既に貴族ではないもしれんが、義賊である事で貴族にも出来ない事が出来るようになった」
  「……綺麗に纏めないでくださる?」
  「ははは」
  迷惑な奴ですわ。
  自分の為だけに組織を動かしてきたわけですからね。
  まったく。
  初恋の相手じゃなければ始末ですわーっ!
  「ただ分からないですわね」
  「何がだ?」
  「呪いはどうなったのですの?」
  「順を追って話そう」
  「ええ」
  「初代ギルドマスターであるエマー・ダレロスがノクターナルからこの頭巾を奪わなければ盗賊ギルドはこんなややっこしい呪いを受けずに済んだ
  だろう。呪いの力で彼は普通の人生を送れなくなった。分かるな?」
  「ええ」
  「呪いの力により仮面を被ればグレイフォックス、外せば記憶にも残らない見知らぬ者。しかし受け継いだ者達は等しく……エマー・ダレロスを含め
  て頭巾を代々後継者に譲り渡して来た。頭巾を継承すれば元の存在に戻れると信じてな。……しかし恐怖もあった」
  「恐怖?」
  「呪いが消えない場合だ」
  「なるほど。それは道理ですわね」
  「継承させても呪いが消えないかもしれない。その場合は一生を誰にも気に留められない存在として生きる事になる。まだグレイフォックスとして生
  きる方がマシだと思う。だからこそ死ぬ間際に継承させてきたのだ。そうする事で恐怖を消す為に。死を待つ、それ以上の恐怖はないからな」
  「なるほど。でも呪いが解けた理屈が分かりませんわ」
  「帝都に行け」
  「帝都?」
  「帝都にあるスラム地区だ。そう、参謀アーマンドと一番最初に会ったダレロスの庭と呼ばれる場所に行け。そこに盗賊ギルド会館がある」
  「ないですわ」
  そんな場所は存在しない。
  最近はアンヴィル暮らしではあるものの盗賊ギルド加盟以前は帝都のスラム地区に住んでいた。
  ギルド会館?
  そんなものは存在しない。
  「今はあるんだよ、今はな」
  「今は?」
  「私は歴史を変えた。エルダースクロールズの力で」
  「はっ?」
  「あれは過去を自動的に刻む巻物でしかないが、私はそこに干渉する方法を見つけた。呪いが消えた今、灰色狐の頭巾は強力な魔力を秘めた
  頭巾となった。呪いの類などない強力なアイテムだ。過去は変わった、今盗賊ギルドは新しい時代の流れを生きている。全てを君に託そう」

  「理屈が分からないんですけど……」
  「ノクターナルの頭巾を盗んだ者は誰にも記憶されていない。魔王ノクターナルの呪いの干渉の所為でな。私はエルダースクロールズを使って
  その事実を書き換えた。つまりノクターナルの頭巾を盗んだのがエマー・ダレロスだと過ぎ去った時の流れに刻み直した」
  「えっと……」
  「つまりだ。今までは誰が盗んだかは記憶されていなかった。ノクターナルの呪いの所為で誰が盗んだかは記憶されていなかったのだ。しかし私
  が過去に干渉する事によりエマー・ダレロスが奪ったと歴史に記される事になった。盗賊ギルドの悲劇のそもそもの要因を消したのだ」
  「つまりそこから歴史が変わったと?」
  「厳密には異なるが……まあ、そうだな」
  「……?」
  「歴史は変えたが皆の意識は変わっていない。つまり私もアルラもエルダースクロールズの強奪の任務を忘れてはいない」
  「ああ、なるほど」
  つまり。
  つまり盗賊ギルドの悲劇の根本は歴史を修正したものの、そこから伸びる歴史はパラレルワールド的な流れではなくあくまで今までの流れを維持
  しているわけだ。そんな程度で過去の修正=呪いの解除になる理屈が曖昧ですけど。
  まあいいですわ。
  それに……。
  「アンブラノクス☆」
  「あなた☆」
  ……。
  ……勝手に解決していますしね、2人は。
  まあいいですわ。
  この際この利用された結末でよしとしてあげましょう。結局アンヴィルで盗賊ギルドが活動しないという鉄則はこの為か。伯爵夫人の手を煩わせない
  為だ。そしておそらくレックスの左遷は、賄賂を頑として受け取らない熱血&正義の気質を評価しての事だろう。
  つまり灰色狐はレックスを漢(おとこ、と読むっ!)として認めていたのだ。
  だからこそアンヴィルの治安を任せたかった。
  ……。
  まったく。
  全部自分の都合ですわね。
  しかもお陰様でわたくしが盗賊だと……いや新生グレイフォックスだと伯爵夫人にばれてしまいましたし。
  逮捕はされないでしょうけど今後会い難いですわねぇ。
  「やれやれ」
  これ以上適切な言葉はないだろう。
  本当、やれやれですわー。


















  『待てグレイフォックスーっ!』

  「ほほほ。お宝は確かに頂きましたわっ! ジョニー、グレイズ、撤収ですわっ!」
  「お嬢様、アミューゼイとメスレデルと合流しなくては。アーマンドさん達は陽動として動いているっすっ!」
  「お嬢。これで議員の不正を暴けましたな」


  義賊な貴族。
  今夜も帝都の夜を華麗に暗躍。
  ただの犯罪者?
  いいえ。
  弱き民を守る、犯罪者ですわっ!

  「リゲイル元老院議員と港湾貿易連盟の不正の証拠、わたくしが頂きましたわーっ!」