天使で悪魔
王宮への追撃
ただでさえ面倒な展開。
そこに輪を掛けて面倒にするべく介入してきた組織がある。
深紅の同盟。
目的はどうやら王宮の占拠(もしくは政権の奪取)が目的らしい。王宮も政権もわたくし達には関係ないものの相手側はこちらを見逃すつもりはない。
ならば。
ならばぶつかるしかない。
ならば……。
「血血血血血血血血血血血血血っ!」
声を合わせて全速力で突撃してくる集団。
その数は100。
この任務は貧乏くじと言わざるを得ない。
非常に面倒。
「やれやれですわ」
深紅の同盟。
それは吸血鬼の組織……だと思う。
正確な事は言えないが少なくとも過ちではないと思う。その証拠に群がっている敵は全て吸血鬼。しかも自我の崩壊している連中だ。
……厄介ですわね。
自我がないのは血の乾きに負けたから。
完全にただの化け物。
戦術的にはただ突撃してくるだけで、狡猾に振舞う事すら出来ない。そもそも敵を倒す→血を吸う、その方程式だけで動いているに過ぎないのだ。
その為だけに血を吸い、呼吸をし、睡眠し、存在している。それ以外をする頭もない。
だから。
だから普通に戦えば問題はない。
しかしここには100はいる。
オカートを殺すと宣言した高位吸血鬼である『吸血王ストーカー』が退場すると同時に自我の崩壊した連中はエキサイトしている。
全力でこちらに向かって突撃してくる。
人海戦術だ。
自我がないから恐怖もない。ただちの渇きを満たす為だけに突撃してくる。一番厄介な展開だ。さらに厄介なのはこの数。100体もの吸血鬼が全速
力で突撃してくるのは正直困る。
完全に接近される前に一発お見舞いすべきですわね。
バッ。
手を前に突き出す。
「霊峰の指っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
古代アイレイドで天候魔法として開発された『霊峰の指』を放つ。全ての雷魔法の頂点に立つ一撃と言っても過言ではない高威力。
普段はそのまま放つだけ。
今回は手をそのまま右に振った。
雷が直進せずに波状的に吸血鬼の群れに襲いかかる。
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
よしっ!
先頭走ってた連中を一掃した。
10は軽く消した。
「ジョニー、囮作戦ですわっ!」
「な、なんか嫌な予感がするんですけど……」
「グレイズ彼が囮になるそうよ敵の真ん中に投げるのですわっ!」
「お嬢様ーっ!」
ひょい。
オークのグレイズが軽々とジョニーを抱え、そのまま敵の真ん中に投げる。
「人権侵害だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「さあ今のうちに後退ですわっ!」
唖然とするメスレデルの手を引いてわたくしは橋を進む。
人一人が通れる程度の広さ。
一歩足を踏み外せば下は奈落。底は当然あるのだろうけど……あまり落下した際の結末を考えたくない深さだ。
メスレデル、わたくし、グレイズの順番に進む。
グレイズは殿(しんがり)だ。
……。
……ジョニー?
もちろんスケープゴートにしたわけじゃありませんわ。
何しろジョニーには先天的に透明化の能力がある。しかも噛まれたところで血友病(吸血病の前の段階)に感染しない。アルゴニアンだからだ。
トカゲは無病。病には無縁なのだ。
だから。
だから吸血鬼に噛まれても痛いだけ。
吸血鬼にはならない。
それに透明化が出来るから相手を引っ掻き回すには丁度いい。そういう意味での囮だ。
説明は省きましたけどねー☆
ほほほ☆
「うひゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「……あれ……?」
ジョニーは投げ飛ばされた瞬間に透明化した。
にも拘らず吸血鬼に追われている。
引っ掻き回す?
いいえ。
まるで吸血鬼には透明化したジョニーが見えているような……。
「……アルラ。確か吸血鬼って体温で相手を感知してるんじゃなかったっけ?」
「……そ、そうでしたわね」
そうだった。
吸血鬼は体温を感知出来る能力がある。つまり透明化しようとジョニーは消えてなくなったわけではなく、ちゃんと存在している。
肉眼で見えないだけだ。
姿を消そうが心臓の音もするし体温もある。
吸血鬼には体温を感知する事でジョニーの位置が分かるのだ。
わたくしは叫ぶ。
「成功報酬で立派なお墓立ててあげますから安心して成仏していいですわよっ!」
「鬼ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
……鬼?
失礼な。
このまま吸血鬼に殺されずに生き延びたら、わたくしの手で始末ですわね。
まったく。
「くっそっ!」
橋を渡り切ったメスレデルが矢を放つ。
追撃して橋に足を踏み入れた吸血鬼の1体の額に直撃。そのまま体勢を崩して後にいた吸血鬼を巻き込んで落下。2体撃破。
意外にジョニーは使えなかった。
ジョニーは全速力で別の部屋に逃げたものの、トカゲを追撃したのは10にも満たない。
まだまだこちらの方の敵が多い。
とりあえずわたくし達は渡り切った。形の上ではわたくし達が有利に立ったという事だ。
吸血鬼の軍勢は一列。
橋の幅の関係だ。
普通なら『こりゃやべぇーぜ』と思うだろうけど自我のない吸血鬼だから完全にそういう発想がない。ただ闇雲に『敵→襲って血を吸う』という方程式
しか思い描けないのだ。そういう意味で考えると無鉄砲で無思慮で恐ろしいものの、ある意味では御し易いとも言える。
「鎮魂炎っ!」
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
橋を渡ろうと躍起になってる吸血鬼の群れを吹っ飛ばす。
吸血鬼は速度が速いので爆発を突破する奴もいる。そういう連中はメスレデルの矢が容赦なくお見舞いされ、それでもさらに突破しわたくし達に到達
した吸血鬼はグレイズの豪刀の前に一刀両断されて永遠に沈黙する。
決して不死ではない。
確かに普通の人間よりも頑丈で素早いですけど吸血鬼も所詮は人間がベースになっているに過ぎない。
頭や胸を貫かれれば確実に死ぬ。
そして等しく炎に圧倒的に弱いという弱点がある。
地形の利さえ得れば負ける事はない。
……ああ、そうだ。
「炎の精霊」
わたくしは精霊を召喚する。
炎を纏いし異界の戦士。
精霊の中では最弱ではあるけど要は使い方次第だ。対吸血鬼においては他の精霊よりも使い勝手がいい。
ごぅっ。
炎の弾を投げて敵を撃破。
あとはルーチンワークですわね。わたくし達はそれぞれの攻撃手段を相手に叩き込む。
1つ行動するたびに確実に相手の数を減らしていく。
「霊峰の指っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
敵じゃありませんわーっ!
累々と横たわる吸血鬼の死体。
ざっと100体。
真の三国無双はわたくしですわー……と思わず叫びたくなるほど、殺しましたわねぇ……。
あー、疲れた。
「ふぅ」
額の汗を拭う。
結局。
結局わたくし達は怪我1つ負わずに敵を殲滅した。
自我の崩壊した吸血鬼達は律儀にも橋を渡るべく一列に並び、一列に進んで来た。そんな律儀さへの敬意として『デストロイ』して差し上げたわけ。
「ふぅ」
考える事を放棄した連中で助かりましたわ。
少なくとも吸血王ストーカーとやらが仕切った場合は面倒だったと思う。下位の吸血鬼は自分達を支配する高位には従順ですから。
やれやれ。
助かりましたわ。
「何だったのをこいつらは」
カラン。
弓を床に投げ捨てて息を荒げるメスレデル。
矢筒には矢が一本もない。
全て消耗したのだ。
それだけの激戦だったわけですわね。……確かに地形的に有利に立てたからこそ勝てましたけど万が一という事もありえた。
吸血鬼からの感染はすぐには発症しないから問題ないわけですけど、感染してたら悠長に灰色狐の任務を達成している場合ではなかったのは確
かだ。そうなれば時間のロスだし計画にも不備が生じる。そういう意味では助かりましたわ。
「アルラ、深紅の同盟なんて知ってる?」
「わたくしが?」
何故聞く?
貴族たるわたくしがこんな下々の方々が所属している組織なんか知ってるわけがない。
しかも完全に人間やめてる低脳吸血鬼の群れだ。
知ってるはずがない。
「盗賊ギルドは知りませんでしたの?」
「聞いた事もないね」
「へぇ」
だとするとよっぽど秘密主義の組織なのかしらね深紅の同盟。
盗賊ギルドは影の組織。
裏事情には精通し様々な事柄を把握しているはず。
なのに知らない。
ふぅん。
深紅の同盟はそれだけ世間から隠れている組織なのか……もしくは最近出来たばかりの組織のどちらかですわね。そして面白いのが吸血鬼ばっ
かりという事だ。まさか『吸血鬼ギルド』とかいうオチじゃないでしょうね?
まあいいですわ。
敵は粉砕。
敵は殲滅。
状況終了、これで問題はなしですわ。
「お嬢」
「何ですのグレイズ?」
「ジョニーの奴が戻ってきませんが」
「問題はありますの?」
「庭掃除がいなくなります」
「それは問題ですわね」
うーん。
ジョニーを探させるべきなのでしょうけど、どうしましょうか?
「……大した主従関係だね」
「あらありがとうメスレデル。お褒め頂き光栄ですわ」
わたくしは目でグレイズを促す。
一礼して闇の中に消えた。
探してもらうしかありませんわね。アンヴィルの自宅の庭の手入れはジョニーの仕事ですもの。無下には出来ない。
これで残るのはわたくしとメスレデルだけ。
まあ問題はない。
吸血鬼といえども生き返る事はない。あくまでも生物だからだ。
……。
……ついでに補足するとアンデッドも基本的に(稀に例外はありますけど)勝手に蘇るわけではない。死霊術師等が自我のない低俗な低級霊を
憑依させて動かしているに過ぎない。
この世界にオカルトはない。
全てタネがある。
魔法というタネがね。
それが真実。
さて。
「メスレデル、わたくしはそろそろ行きますわ」
「そうだね」
深紅の同盟?
あくまでただの前哨戦……というかただの障害物でしかない。
殲滅は目的ではないのだ。
わたくしの任務。
それは王宮の奥にある『エルダースクロールズ』の強奪。それだけだ。他の事はあくまで瑣末でしかない。オカートが殺されようがストーカーが返り
討ちに合おうが知った事ではない。少なくとも建前的にはね。しかしわたくしの美学が許さない。
このままオカートが殺されれば盗賊ギルドの関与を疑問に思う者もいるだろう。
何があろうとわたくしは巻物を入手する。同時期に吸血鬼の刺客が王宮に侵入する。
関連性はない。
だけどそれはわたくしの価値観だ。
世間は異なる。
究極の強奪をするに当たって、不名誉な事実は必要ない。例えデマだとしてもね。
強奪犯と刺客が通じてる。
そう思われるのは嫌。
ならば。
「王宮に潜入して巻物を入手してきますわ。……不本意ですけどオカートも護らなきゃ行けませんわね」
「厄介が好きねアルラ」
「好きってわけでもないんですけどねぇ」
トラブルメーカー?
そうかもしれない。
深紅の同盟が何を企んでいるかは知らないけど推測は出来る。
帝国は吸血病に対して何の対策も講じてこなかった。
ただ闇雲に吸血鬼=害獣として処断して来ただけだ。そのくせ元老院は献金してくる奴には前歴を調べる事無く貴族に取り立てている。必要なの
は前歴でも経歴でも功績でもなく金貨の量。
……。
……元老院は俗物ですわねぇ。
ともかくそんなご時世だから吸血鬼達(自我のある頭の良い吸血鬼達)の中には現状を改善しようと思う奴がいてもおかしくない。
反乱や暗殺も企む奴もいるだろう。
まあ、オカート1人殺した程度で政治が何とかなるとは思いませんけどねぇ。
そういう意味では深紅の同盟は考えが甘い。
もちろん別の思惑かもしれませんけど。
「……アルラこの音は何?」
「……さて何でしょうねぇ」
突然振動音が響く。
すぐ近くだ。
ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごっ!
何ですのっ!
その時二体の像が動く。
『……っ!』
手に剣を持つ彫像。
なるほど。
アイレイド文明の遺産ですわね。今時じゃあ見れない技術だ。ゴーレムっ!
「アルラっ!」
メスレデルはナイフを引き抜く。
目で合図する。
行けと。
「任せますわメスレデル。御機嫌よう」
わたくしは進む。
王宮に。
……王宮に……。